中学二年生の夏。僕たちは、親に頼み込んで自然教室に来ていた。
太平洋に浮かぶ小さな島「三友島」
合宿と勉強会を兼ねた、夏休みにピッタリの企画だった。
参加しているのは、僕…碇シンジと、学校の友達。
第壱中学校2年A組の、よくつるむ仲間たちだ。
「ねえ見てシンジくん、カニがいるよ…」
「そうだね、三友島の自然も、捨てたものじゃないね」
屈みこんで熱心にカニを見ているのは、渚カヲル。
髪や目の色がみんなと違うけど、僕たちはあまり気にしてない。
仲間の一人だ。
「中学生にもなって、海で自然観察だってよ…明らかにナメてるよな」
砂浜でケンスケがぼやく。彼も僕の友達。
ミリタリーが大好きな変わり者だけど、あながち自然が嫌いなわけじゃないっていうのは、
顔を見れば分かる。
「相田には似合ってるって」
アスカが笑いながら言った。
彼女は惣流.アスカ.ラングレー。名前のとおり、ドイツからの転校生。
小学校の終わり頃になってから来たんだけど、僕とはすぐに仲良くなった。
「似合ってるのは、委員長だろ」
「へ?…なに?」
名前が出たからか、砂をいじっていた委員長が振り向く。
あだ名のとおり、学級委員長をしてるしっかり者だ。
本当は『洞木ヒカリ』っていうんだけど、みんな『委員長』と呼んでる。
(おかげで、すぐに下の名前が出てこない)
その後ろで黙って泳いでいるのは、綾波レイ。
僕とは時々話すけど、他のみんなとはあまり関わらない。
クラスでもちょっと浮いた女の子だ。
「綾波!!あまり遠くに行くと、危なくない?」
「碇くんには…関係無いでしょ」
僕はちょっと凹んだ。
何せずっとこの調子で、同じクラスになってから少しも打ち解けられてない。
社交的なアスカが仲間に引き入れたけど、僕とアスカ以外とはあまり話もしない。
「もしもし…兄ちゃんやで。今自由観察の時間なんや…ナツミは元気にしとるか?」
岩に座ってケータイで話してるのは、鈴原トウジ。
妹思いの、僕の親友。
いつもつるんでるせいか、トウジとケンスケと僕で、『三馬鹿トリオ』なんて言われちゃったりしてる。
「みんなも…此処へ連れてきてあげたいな」
カヲルがふと、顔を上げていった。
「みんなって、シンジくんの家族かい?」
「うん…まあね」
「おーい!!男子もこっち来て泳がない?」
アスカが波打ち際で手を振っている。
「ヒカリの水着が見られるわよー!!鈴原に見せたいんだってー!!」
「ちょ、ちょっとアスカ…やめてってば…」
委員長の顔が赤くなってる。
トウジはケータイを切ると「ん?可愛え水着やなあ」なんて月並みな感想を漏らした。
「コラ!あんたに見せたいって3時間もかかって選んだやつなのよ?そんな当たり前の感想言うんじゃないわよ」
「じゃあ何て言えばええねん!!大体お前はなあ…」
「あーあ、また始まったよ」
まいったね、という風にカヲルくんが微笑んだ。
アスカとトウジはこんな感じで、よく言い争ってる。
まあ…仲良しだからこそだと思うけど。
「あー!!!」
そのとき、委員長が叫んだ。
「どうした?」
ケンスケが駆け寄ると、彼女は岩場の隙間を指さして言った。
「こんな所に置いたの誰ぇ?」
そこでは、今晩遊ぶはずだった花火が、すっかり水に浸かっていた。
「なんだ…これから盛り上がるところだったのにな…」
カヲルくんが残念そうに肩を落とす。
「あたしのヘビ花火も濡れちゃった?」
アスカが花火をつまみ上げて確認する。
「そろそろ、宿舎に戻ってもいいんじゃない?」
いつの間に上がったのか、綾波が髪を拭きながら言う。
「でも…まだ遊び足りない感じ…」
アスカは花火がダメになったせいで不満そうだ。
「ああ、ワイもまだ帰りたくないわ」
「だよな」
トウジとケンスケも同じようだ。
「だったら…」
カヲルが、砂浜の向こうを指さす。
「向こうに洞窟があるの、知ってる?」
「洞窟?」
僕が聞き返すと、うなずいた。
「そういえば…聞いたことはあるわね」
アスカがつぶやくと、「行ってみない?」とカヲルが笑った。
「おお、行く行く!!」ケンスケはもうノリノリだ。
「シンジはどうする?シンジが嫌なら…別にええけど」
トウジはどうやら、僕に合わせるつもりのようだ。
「僕は…行ってみたい、かな」
「決まりぃ!!そうと決まれば速く行こうぜ!」
「もー、これだから三馬鹿トリオは…」
アスカはぶつくさ文句を言いながらも、僕達の後に着いてきた。
「…怒られても、知らないわよ」
綾波も、着替えて走ってくる。
こうして僕たちは、カヲルくんの言う「洞窟」に足を運ぶことになった。
洞窟はひんやりとしていて、
気持ちが良かった。
「暗い…なんだか怖い…」
アスカが珍しく震えている。
彼女は妙に鋭いところがあるから、ちょっと不安なのかもしれない。
「だーいじょうぶだって、いざとなったら来た道を戻ればいいんだからさ」
ケンスケは相変わらずのんきだ。
「何かあったら、あんたが責任取りなさいよ」
委員長がむくれている。
「お、見ろや…光やで」
トウジが指差す先にはわずかに光が漏れており、
部屋のような空間が見える。
僕たちはその部屋に降り立った。
ケンスケは興奮して、パシャパシャと写真を撮っている。
パソコンがたくさんあり、後は椅子だけ。
「綾波の部屋みたいだ…」
「どういう意味なの?」
綾波の住んでいる部屋も、ベッドとわずかな棚くらいしかなかったはずだ。
この部屋とよく似ているような気がする。
「あ…」
カヲル君が振り向く。
そこには、銀髪をオールバックにした上品そうな初老の男性が立っていた。
彼は背中のリュックサックを下ろし、僕たちを柔らかな笑みで見つめる。
「君たちは…誰かね?」
「あ、あの…僕たちは…」
僕がオドオドしながら話そうとすると、
ずいっとアスカが進み出て話し始めた。
「私たちは、自然学校で此処へ来ていたんですけど、洞窟があるって聞いて来たんです。
不快になったのなら、ごめんなさい」
外面だけは無駄にいい(失礼)なアスカは、
てきぱきと状況を説明する。
「そうか…ここを知っているのかい?」
「この洞窟、地元の人ならみんな知ってるし…」
カヲルがパソコンを眺めながらつぶやく。
「そうか…そうなのか…」
老人はリュックを下ろすと、
机に浅く腰掛けて言った。
「君たち、ゲームやらないかい?」