エヴァちーと 第参話 鳴らない、電話 Aパート[改訂版]
「ノゾミおはよう・・・今日はとてもいい天気よ。洗濯日和・・・だから3日分まとめて洗濯機回しちゃった。最近家事サボってたからなぁ、へへ・・・そうだ、今日はノゾミが好きなハンバーグ作ろうか!・・・・・・ねぇノゾミ・・・だから早く起きて・・・お姉ちゃんに笑って見せてよぅ・・・」
ピッピッピッ、、、と人工呼吸器の規則的な作動音が静穏な病室に響く。
病室のほぼ真ん中に置かれたベッドには小学校低学年程の幼女が全身包帯に巻かれ、痛々しい姿で眠っていた。
10日ほど前のあの日、崩れた瓦礫の下敷きになり重傷を負った彼女は、未だ意識不明の重態であった。
幼女・・・洞木ノゾミの姉である洞木ヒカリは目に涙を溜め、唇を噛みしめた。
なぜ、妹がこんな酷い目に遭わなくてはならないのか・・・。
どうして、あの日、自分はノゾミの所へ助けに行かなかったのか・・・。
もちろんヒカリに罪など無い。彼女はクラスの委員長として立派にクラスメイト達を学校付属のシェルターに誘導し、警戒警報が解除されるまで大人しくジッとしていただけだ。
そして警報が解除された後、シェルターから出て帰宅した。しかし、妹のノゾミがいつになっても家に帰ってこない。心配で姉のコダマと一緒に一晩中町を探し回ったのである。
行方不明の妹の所在が判明したのは次の日の昼過ぎ、父からの電話だった。
姉と一緒に急いで病院に駆けつけ見たものは、変わり果てた妹の姿だったのである。
ノゾミは国連軍のN2爆雷に巻き込まれたのだ。
といっても、ノゾミが逃げることになっていたシェルターが破壊されたわけでは無い。
彼女はシェルターにクラスメイト達と避難をする際、友人だった鈴原サクラがいないことに気がつき、担任の先生の制止を振り切ってサクラを探しに出てしまったのである。
そして巻き込まれた。
件のサクラは後に無傷で助かったのだが、ノゾミはこの有様となってしまったのだった。
今回の件、誰が悪いわけでも無い。かわいそうだが、一番悪いのはノゾミだ。
もしくは先生だろうか・・・。しかし、先日お見舞いに来てくれた担任の先生は憔悴しきっており、土下座でヒカリ達に謝ったのだ・・・。いくらなんでもその上で責めるのは無理だった。
父が勤めているネルフからも見舞いがあり、司令部の青葉さんというロン毛の人と鈴原整備部長・・・サクラの父親が来てくれた。入院・治療費は全額ネルフが出してくれるそうだ、まさかそこまで対応してくれるとは思ってもみなかった。
「学校・・・行かないとね・・・さすがにクラスの委員長がこれ以上休んじゃダメだよね・・・ふふ、ノゾミに叱られちゃうな・・・いつも口うるさく休まず学校に行けって言ってるんだし・・・」
シンジは己の情けなさをつくづくと感じていた。
彼は第三新東京市第壱中学校、2-Aの教室、自分のデスクで思い悩んでいた。
(ああ、ああ、どうして僕はこんなにもヘタレなんだ・・・)
シンジが第三新東京市に来て1週間が経つ。
来た日の翌日の朝に七乃からお口のご奉仕を受けて以来、その日の夜はアヤカ(水着着用)と一緒にお風呂に入って洗ってもらったり、次の日のネルフ初日の夜は千鶴さんにマッサージをしてもらったり、夏美ちゃんに耳掃除してもらったり、さらに翌日はエリナさんの大人な誘惑(目覚めのキス)を受けたり、あずみさんに甲斐甲斐しく朝食を食べさせてもらったりしていた(口移し有り)。
しかし、悲しいかな。精神力がこれでもか!と高まっているシンジでも地の性格は直らないのか、自ら彼女達に起こす行動は『FSS(太ももスリスリ)』が限界なのである。彼は完全に受け専だったのだ。
女性達に自ら近づいて来てもらい、あれやこれやしてもらうのは良くても、自分から何かをヤルとなると途端に手が止まってしまう。彼女達に嫌われるわけがない、大丈夫!胸を揉め!と頭の中の神様が囁くのだが、できないものはできないのだ。これが草食系男子(オレラ)の悲しみというものか・・・。
こういう場合は「とりあえずソープに行け」というのが俺たちの北方謙三先生の言葉なのだが、シンジ君のソープ通いを彼女達が許すはずが無く、そもそも彼はまだ14歳だ。だから、別に無理してこの年齢で背伸びする必要などもないのである。
ちなみに、シンジに性的な行為をしているのは七乃だけだった。
彼女は所謂『18禁ゲーム』原作の世界の住人であり、そのへんの基準が緩かったのだ。
アヤカ以下その他の女性達は『一般向け』原作世界のヒロイン達であり、七乃(フ○ラ)=夏美(耳掃除)で実は彼女達に取って同じくらいのご奉仕水準だったのである。
七乃がそう言う行為をしていることを、他の女性達がたとえ知っていたとしても、そう簡単にあれこれとエッチな行為が出来るわけが無いのだ。しかし、最初の七乃が基準になっているシンジからすると、他の女性達が今ひとつソフトなのは自分が情けないから・・・と凹んでしまうのである。まあ、さすがにアヤカ達もシンジのそんなくだらない悩みがわかるわけがない。
さて、そんな青い性春の悩みを頭を抱えてうんうん唸っているシンジを、クラスメイト達は様々な視線で見つめていた。
先週転校してきたばかりのイケメン転校生。これだけなら彼は女子からは好奇心を、男子からは敵愾心を持って、とりあえずは受け入れられただろう。だが、この転校生はただの転校生では無かったのである。
まず、その登場が凄かった。メイド姿の女性に豪華な御輿を人力車のように引かせて登校してきたのである。その後ろをリムジンが後走し、そしてそのリムジンからは3人の美少女が出てきたのである。そして御輿から降りたシンジの右腕をアヤカが、左腕を千鶴が、その豊満な胸を当てるようにして組み、一緒に校舎の中へと入ってきたのである。
(夏美はその後ろを隠れるようにして歩いていたが)
こうして一挙に4人の転校生を受け入れた第壱中学であったが、一体転校生達は何者なのか?という疑問が学校中に溢れた。ほどなく金髪のハーフ系美少女が雪広財閥の娘であり、明るい茶髪のスタイル抜群大和撫子が那波重工の娘、そばかす・赤毛・クセっ毛の少女が一般庶民であることがわかった。
そして、そんな彼女達を侍らしている少年が彼女達の婚約者であり、さらにはネルフのパイロットであることもあっさり知れ渡ってしまったのだった。学校中大騒ぎである。
さらに酷いのは「こんな可愛い子達を独占しやがってふざけんなー」と上級生の男子生徒が廊下を歩いていたシンジに掴みかかるという事件が起きたのだが、彼のメイドが窓から現れ、あっという間に男子生徒を何処かへ連れ去っていった。
放課後、その男子生徒は全裸に剥かれ、校庭の鉄棒に逆さ吊りされていたのが発見され、以降男子生徒の誰ひとりとしてシンジに近づく者はいなくなってしまったのである。
まあ、休み時間の度にあずみが教卓の中や天井、隣の綾波レイ(不在)のデスクの下から現れてお茶を淹れてくれたり、3年の教室からアヤカたちが頻繁に遊びに来てくれたりしているので寂しくはなかった。まあ、班分け授業とか、体育の時間とかにボッチにされてしまっているのだが、悲しいかなこういう目に遭うのは以前の学校で慣れている。
というかクラスメイトから無視されているというのは彼にとっていつものことであり、逆に他人と話さなくていいのは気楽だなと思っていた。彼は自分の家族(ハーレム)とだけ仲良く、楽しく生活できればそれで満足していたのだ。しかし、それは彼にとって都合の良い人間関係でしか無く、全員がYESマン、優しい女性達しかいなかった・・・それでは彼の人間的な成長を阻害してしまうのも事実であった。
アヤカ達はその弊害に気付いてはいたが、特に現状問題は無く、それを正そうとも思わない。
彼女達は『神の洗脳』を受けており、シンジのことは全て肯定的に行動することが定められていた。つまりはシンジの事をいくらでも甘やかしてしまうのだ。
シンジの心が成長すれば、彼女達もまた変わることが出来るのだが(といっても好意的・彼に服従するという事は変わらないが)、今はまだそのような段階ではなかったのだ。
さらにマズイのがチートシステムで自身のレベルを簡単に上げていることだ。
精神レベルを上げたことで『他人の気持ちをよく考えない自己中』な未熟な精神が、それを基準にレベルアップしていったため、他人にいくら批判をされようと、煽られようと全く気にしないという『訓練されたvippar』のような精神構造になっていた。
今、例えば14年後のアスカがここにいたとして、シンジ君に酷い罵詈雑言を言ったとしよう。しかしこのシンジ君では「ふーん」の一言で終わりである。彼女の言葉の意味を考えようともしないし、反省もしない。ましてや堪えることもないのだ。
つらつらと何が言いたいのかと言うと、今から学校にやってくる少女にとってその態度は許せないものとなるのである。
「・・・おはよう」
「おはよう、洞木さん」
約一週間ぶりに洞木ヒカリが3時間目の休み時間から登校してきた。
「おぅ・・・おはようさん、いいんちょ・・・」
「鈴原・・・うん、おはよう・・・」
「ああ・・・あの・・・今回のことはスマンかったな・・・」
「・・・ううん、妹さんが悪いわけじゃないわ・・・」
「・・・」
トウジは複雑だった。視線の先にはメイドにお茶を淹れてもらい優雅に休憩している『ネルフのロボット』のパイロットがいる。
彼は自分の妹を助けてくれた命の恩人である。シェルターに入り損ねた妹を彼は己の危険を顧みず、さらには上の命令に逆らって助けてくれたのだ。まさに男の中の漢だった。
しかし、運悪く目の前の少女の妹は瓦礫の下敷きになり怪我をしてしまった。
それを思うとシンジにもっと上手く戦えんかったのか!!と怒鳴り散らしたくなる。
だから、シンジが転校してきてこの一週間、トウジは複雑な思いを抱え、シンジに礼を言うこと無く一切の接触をしていなかったのである。
「・・・あの・・・メイド(?)さんがいる人って転校生??」
ヒカリがようやく最前列のシンジ達に気がつきトウジに尋ねる。
「ああ、そうだよ。先週転校してきたんだ。あのロボットのパイロットなんだってさ」
トウジの横の机で戦闘機の模型で遊んでいた相田ケンスケがトウジの代わりに答えた。
「パイロット・・・って、あの戦いの時の?」
ヒカリの目つきがやや険しくなる。彼女からすれば化け物も国連軍のN2もネルフのロボットもこの町で暴れた迷惑な連中ということには変わりがないのだ。そして、ヒカリは彼がトウジの妹を助けた人物だとは知らなかった。
「ああ、そうだよ。いいよなぁ・・・俺もパイロットなりたいよ・・・」
ケンスケはシンジと是非お近づきになりたかった。あのネルフのロボットの情報も欲しかったし、彼の婚約者達の写真も撮って売りたかったからだ。しかし、転校初日にあのメイドに小便を漏らすほどの殺気をぶつけられて以降近づくのを諦めていた。あずみからすれば「勝手に写真を撮るなこの童貞野郎」くらいの軽い睨みだったのだが、命のやりとりなどしたことも無いカメラ小僧には少々お灸が過ぎたようである。
「そう・・・」
ヒカリはそう心なく呟くと自分の席に戻っていった。
トウジはその様子をただ見つめることしかできなかった。彼はヒカリとシンジとの板挟みで勝手に苦しんでいたのである。別段そのどちらもトウジの苦しみなど知るよしもなかったのだが・・・。
「しかし・・・恩人とは言え、ちゃらっちゃらした奴やのう・・・」
「ああ、パイロットっていう人種はいつ死んでもおかしくない・・・だから、あんな『刹那的』な生活を好むんだよ。例えば女に溺れたり、金遣いが荒かったりとかね・・・くぅ格好いいなー!!」
「・・・さよか・・・そうやな・・・いつ死んでもおかしゅうないか・・・」
トウジはケンスケに気のない返事を返したあと、再度ヒカリの方へ視線を移動させる。
彼女は普段人付き合いが良く、周りの席の女子達と笑って話しているのだが、今日はただジッとデスクに座っているだけだった。トウジには彼女が必死に何かに耐えているように見えた。
昼休み、ヒカリはシンジの元へ向かった。
「碇君・・・でいいんだよね」
ポケーッと未だにどうやってアヤカ達とエッチなことをするか考えていたシンジは声をかけられたことで漸く現実に戻ってきた。
「へ?ああ・・・うん。そうだよ。碇シンジ。君は?」
「私は洞木ヒカリ・・・このクラスの委員長をしてるの」
「洞木ヒカリ??」
シンジはどこかで見たような聞いたような気がした。はて何でそう思ったのかしらんと己の記憶を探る。
(ああ、そういえば、母さんの世界のリストを眺めていたとき『洞木ヒカリ』の名前があったんだっけ・・・伊吹さんのときにアヤカさんが言ったように、この世界の重要人物は母さんの世界でも同じくらいの重さがあるんじゃないかってことで見るようにしてたんだよな・・・。じゃあ、この子も何らかの重要な役割をもった女の子ということになるのかな??)
はて、こんなただの中学生がこれから使徒戦のような物騒なコトに関わってくるのだろうか?隣の席の綾波さんは同じパイロットだから仕方が無いにしても・・・。
(名前が灰色になってて詳しいプロフィールが読めないのが辛いところだよね)
「??何??碇君、ボーッとして・・・。あの、、、申し訳ないけど一緒に屋上に来てもらえないかな。君に話があるの」
「え?ああ、いいけど・・・。あずみさん、僕は大丈夫だからアヤカさん達に後で屋上に来るよう伝えてください」
「・・・了解しました(ペコリ)」
シンジとヒカリは屋上へ向かう。その様子を見ていたトウジ(+ケンスケ)もヒカリが心配になり二人の後を追った。
パチン
二人で屋上に来てすぐ、ヒカリはシンジの頬を張った。
シンジは屋上に上がって来るまでの道のりで、さすがにヒカリの様子が尋常では無いことに気がついていたので、空気を読み甘んじて彼女の平手打ちを受けた。
「ごめんなさい。碇君が悪いのでは無いと頭ではわかっているわ。でもどうしても我慢ができなかったの!!どうしても許せないのよ!!」
「・・・その理由を教えてくれない?」
「妹が・・・私の妹があの日瓦礫の下敷きになって大けがをして入院しているの。まだ意識不明で目を覚まさないし・・・あんなに元気だったのに・・・」
「(何のことだ?僕が戦った時、辺りには『さくらちゃん』しかいなかったと思ったけど・・・ビルだって壊してないし・・・というかこれ言いがかりじゃない?あー叩かれて損したなぁ・・・)それで、その瓦礫って何が原因で落ちてきたの?」
「・・・国連軍の爆弾だってお父さんが・・・」
「(はい、言いがかり乙、なんだネルフですらないじゃないか。まあ、一応僕はネルフの特務三尉だから国連軍に関係があると言ったらそうだけどさ)・・・シェルターには入ってなかったの?」
「あの子・・・友達を探すためシェルターに入らなかったの・・・」
「(はぁ??シェルターにすら入ってないのかよ!気の毒だけどそれ自業自得だよね。妹さんの年齢にもよるけど・・・その場合悪いのはその場の責任者だよね。学校の先生とかさ・・・。それも気の毒だけどね・・・)ふーん・・・」
シンジの顔はまさに( ´_ゝ`)であった。
もちろんヒカリの妹に関してかわいそうだとは思うし、同情する。
しかし、自分が戦った際に巻き込まれて怪我をしたのだったら謝罪もするが、それ以前に別のところが落とした爆弾で怪我をしたのを自分に当たられても筋違いである。
ヒカリがもうちょっと美少女であれば多少は心も動いたかもしれないが、すでに『ソバカス素朴美少女』は夏美がいるためシンジの心の触手はさほど動かなかったのだ。
シンジからすれば地味な少女がヒステリーで突っかかってきているに過ぎず、迷惑この上なかった。
ヒカリを庇うと、彼女はこの10日間ろくに食事をとらず、睡眠不足で目の下にクマを作り、家と病院の往復で憔悴していた。普段の明るく元気な彼女の魅力が消えてしまっているのである。
「おい!碇!!なんやその顔は!!」
そんな二人の様子を覗き見ていたトウジは我慢できず、飛び出してきた。
「鈴原!」
「・・・(誰?)」
「碇!お前には感謝しとる。お前がわいの妹を助けてくれた男の中の漢(おとこ)やっちゅうのもよーくわかっとる。今いいんちょが碇に言うとることも言いがかりやろうと思う。思うけんどな・・・碇の器(うつわ)やったらいいんちょの悲しみを受け止めてあげられるんちゃうやろか!」
「・・・・・・(え?誰の妹だって?ああ・・・サクラちゃんのことか。そういや鈴原って言ってたもんな・・・。というか何で僕?先週転校してきたばかりの僕に何を求めてるんだよ。これが言いがかりだってわかってるんなら、こいつはお前が受け止めろよ、友達なんだろ。僕に迷惑かけるなよ、地味子と糞ジャージのくせにふざけんな」
「・・・碇・・・声に出てるよ」
トウジの後ろに着いてきていたケンスケが呆れて指摘する。
「もういい、私が馬鹿だった。碇君、迷惑かけてごめんね、じゃあ」
ヒカリはシンジに背を向けると屋上から走り去って行った。
どうやらヒカリは泣いていたようだった。
「おんしゃーふざけやがって!!」
「おわっ危な!」
どうしたことかいきなりトウジが殴りかかってきたため、慌ててシンジはその拳を受け流し、足を引っかけて転ばせる。そしてまだ起き上がって反撃してきそうだったので、彼の後頭部をサッカーボールキックで打ち抜き昏倒させた。
「びっくりした・・・これがキレる十代ってやつか」
「・・・いや、まあ、そうなのかもしれないけど・・・碇は容赦ないな」
「そうかな??・・・あずみさんだったらアキレス腱を切るか、首の骨を折るくらいのことしそうだけど・・・」
「首を折ったら死んじゃうよ・・・でも、あの人ならやりかねないな・・・ああ、僕は相田ケンスケ、知っているかどうかわからないけどクラスメイトだ」
「ああ、うん。見たことはあるよ。よろしく」
「ああ、よろしく・・・。俺、将来戦自に入るか戦場カメラマンになりたいんだよ。だから碇にもいろいろ話が聞きたいんだけど・・・いいかな。俺は委員長やトウジの件に関しては碇の方が気の毒だと思うし・・・いちいち民間人に謝ってたら戦士は戦えないしさ」
「そう言ってもらえるとありがたいよ」
「うん、ああ、まあ、こいつは俺が保健室に運んでおくよ。だからさ、すまないけど、あそこで俺を睨んでいるメイドさんを落ち着けてくれないかな。また小便チビリそうなんだ・・・」
ふと見ると、アヤカ達が屋上の入り口に勢揃いしていた。
「ああ、ごめんごめん。あずみさん!もう大丈夫だから『メイドモード』に戻って!」
シンジがヒカリを泣かせ、トウジを蹴りで昏倒させたことはすぐクラスに広まった。
人望が高く世話になった人も多かったヒカリとスポーツが出来、それなりに人気者だったトウジの二人に非道(笑)を働いたことは許されざることであり、こうして、シンジは転校一週間目にしてクラスの中で完全に孤立(ケンスケ除く)することになったのである。
<<原典破壊(小)ボーナス>>
『君はトウジ君ではなくヒカリちゃんにビンタされた。所謂神の悪戯である。めんごめんご。お詫びに30万ポイント進呈する。』
「鈴原・・・」
「・・・いいんちょか・・・」
放課後、ヒカリはノゾミの入院している病院に行く前に、シンジによって昏倒させられ保健室で寝ていたトウジを訪ねた。
「大丈夫?」
「おう・・・あの阿呆、ひとのあたまかち割る勢いで蹴りよってからに・・・おかげでどでかいたんこぶができたわ・・・でも、大丈夫や。丈夫なのがわいのとりえやからな」
トウジはヒカリの前で強がってみせる。
「・・・ありがとう」
「なんで、いいんちょに礼を言われんといかんのや」
「怒ってくれたんでしょ・・・私のことで・・・何で?」
「・・・碇にむかついたんは・・・いいんちょがあいつに馬鹿にされたからやな・・・でもケンスケに言われたわ。碇の言い方は問題あるけんど、やっぱりこっちが悪いってな。いいんちょの妹が怪我したんは碇のせいやない。そもそも碇が所属してるネルフがやったわけでもない・・・あいつはもし目の前に助けられる奴がいたら、わいの妹を助けたように、いいんちょの妹があの日もし目の前にいたら助けてくれた奴やってな・・・いいんちょやわいがあいつに当たるんは間違いや、こっちが全面的に悪い・・・いや・・・結局はわいがわるかったんやろな・・・」
「なんで鈴原が悪いの・・・一番悪いのは私でしょう」
「違うんや・・・碇も言うとったやろう・・・先週転校してきたばかりの奴に・・・そもそもいいんちょは碇に今日初めておうたんやろ、そんな奴をいいんちょの悲しみのはけ口にするんは間違いなんや。ほんとなら今まで一緒にやってきたわいたちクラスメイトが・・・さらに言うたら、事情を知っとったわいがいいんちょの器(うつわ)にならんといかんかったや・・・ごめんなぁ」
トウジはヒカリに頭を下げた。ヒカリはトウジのこの言葉に戸惑った様子だったが、、、
「・・・ごめんね、鈴原・・・私、自分勝手だったね・・・いくら妹が怪我したからって関係ない人に当たったりして・・・鈴原にケガまでさせて・・・私こそごめんなさい・・・うぅ・・・」
ヒカリは泣き出した。トウジは頭を上げると優しくヒカリを抱き寄せ胸を貸した。
壱中の鈍感王トウジもこうして立派に男を見せることができたのである。
(・・・ま、二人が立ち直るのならなんでもいいけどさ・・・碇にしちゃ迷惑な話だよ。これじゃ二人の当て馬もいいとこじゃないか。まあいいや、今日はさっさと帰るとするかな・・・)
トウジの様子を見に来たケンスケは二人に気付かれないよう、静かにその場を離れたのだった。
放課後、シンジはあずみの御輿に引かれてネルフ本部へ通うのが日課となっていた。
最初の日、ゲートまで出迎えに来ていたミサトは、御輿に乗ってやってきたシンジにドン引きしたのだが、メイドのあずみ恐さで「へぇーなかなかコセイ的な乗り物ね」くらいしか言えなかった。
ミサト率いる作戦課では、まずシンジの身体能力を試すことにした。
彼の過去の調査書では運動は苦手、平均より相当低いとの見解だったのだが、すでにこの調査書はなんの宛てにもならないと評価されており、改めて調査することになったのである。
その結果、それまでいくらレベルを上げてもあまり使う機会がなかったシンジも心底驚くほどの身体能力だった。100メートルを10秒代で走り、5kmの持久走を10分代で走る。それもほとんど疲れを見せず流して走ってだ。ネルフ本部の周回コースを一緒に走ったミサトだったが周回遅れの無様な姿を見せるに終わった。
実際にシンジの記録はジュニア記録並だったのである。
格闘技に関しては、もちろんシンジは空手も柔道も習ったことなど無い。
なので、この分野に関してはミサトにも一日の長があった。しかしそれも最初うちで、次第にミサトの動きに慣れてくると、今度はミサトが綺麗に投げられる始末である。
拗ねたミサトが訓練を保安部の男達に任せ、リツコの執務室へ愚痴りに行ったが、リツコもコアの解析の件で機嫌が悪かったので、早々に追い出されることになった。
結局、たった1週間ほどで素晴らしい上達を見せ、シンジの才能に惚れこんだ保安部の部長さんがウチの娘を嫁にどうだ?と言い出す始末だった。
日向が担当した座学でも、シンジは卓越した才能を見せた。
知力が高まっているシンジにとって、教本など一度読んだら全て理解してしまう。
作戦課が用意した戦闘・戦術の教本を1日で読み理解してしまうと、早々に彼の仕事が無くなってしまった。
本来は1年以上かけて行う予定の講義であり、日向の報告を受けたミサトはそれが信じられず、ならばと人事課に頼んでネルフの採用試験をシンジに受けさせた。
人事部から日向の持ってきた教本以外のテキストも貰い2日間勉強(といっても読んだだけ)してテストに臨み、見事満点の成績をたたき出したのである。これには人事部長さんがウチの姪を嫁にどうだ?と言い出す始末だった。
「・・・それで・・・私に何を言いたいわけ?」
「生意気にもシンジ君が凄すぎて、もう教えることが無いのよ!!」
「いいじゃない・・・そんなに優秀なら・・・彼を技術部で借りたいわ、こっちは猫の手も借りたいくらい忙しいの。作戦課で彼の訓練の必要がないなら、こっちのテストを前倒しにするしね・・・。そういうことで手配しとくわよ」
「えーーー!せっかく、レイやアスカの訓練を見直して、『碇シンジ育成計画』を作ったのに・・・」
「作ったのはあんたじゃなくて日向君以下作戦課でしょうが・・・」
「でも・・・スゴイですよね・・・今やってる戦闘シミュレーションでもレイどころかドイツのセカンドチルドレンの成績をも超えてますよ!シンジ君ってまさにエヴァに乗るために生まれてきた!って感じですね」
マヤが頬を染めて嬉しそうにシンジのシミュレーションの様子を眺めている。
その成績はとても今週初めて訓練に臨んでいるとは思えないものだ。
「・・・まあね・・・彼が喜んでエヴァに乗ってるなら結構なコトよ」
「器用なのね・・・生きるのが・・・」
最近、綾波レイは一人でいることが多かった。
もとより、彼女は他人に興味が無く、一人でも平気だったのだが、それでもヒゲ司令との絆だけは大事にしていたし、彼に深く依存していたのだ。
しかし、使徒襲来後、サードチルドレンがネルフに来て以来、ヒゲが彼女の元を訪れることはなかった。ヒゲもユイが生きていることが判明し、己のシナリオの遂行を中断させると、今はレイに興味を失ってしまったのである。
もちろん、だからといってレイを殺そうだとかどうこうしようとは思っていない。
ただ、ファーストチルドレンとして使徒撃退に頑張ってくれたらそれでよかったのだ。
実の息子であるシンジすら好きこのんで会いに行かないヒゲである、興味を失ったレイにわざわざ時間を割いて、『釣った魚に餌をやりに行く』ほど人間は出来ていない。
そもそもそんなポンコツな男だからこそ、こんな有様になっているのである。
レイは司令部付きのチルドレンなので、シンジがやっている(というより、もう終わってしまった)作戦課の訓練をしていない。零号機はまだ起動実験まで一ヶ月以上もあり、シンクロテストも予定されていない。レイにはやることが何も無かった。なら家にさっさと帰ればいいのだが、本部にいればもしかしたらヒゲに呼ばれるかもしれないという小さな思いと、もう一つ、最近出来た新しい絆のため、こうして連日パイロット控え室で控えている次第なのである。
パイロット控え室ではあずみがソファに横になってぐーぐーと寝ている。
この2週間、毎日あずみとこうして過ごしているのだが会話はただの一回も無い。
レイはもとより、あずみも人付き合いが苦手・・・というか好きでは無い。
仲間であるアヤカ達であればそれなりに話すが、それ以外の有象無象と仕事以外で会話をする気などさらさらなかったのだ。
可愛そうなのはシンジとの契約交渉でパイロット専属の事務官に抜擢された、司令部付で青葉と同じろうじん副司令の部下だった阿賀野カエデである。
彼女は発令所でサブオペレーターとして大井サツキや最上アオイなどと共に勤めていたのだが、この度移動を命じられ、このパイロット控え室が新たな仕事場となったのである。
パイロット控え室は所謂ロッカールームなどではない。
ちゃんとオフィスになっており、シンジの机はもちろん、レイの机、今はここにいないがセカンドチルドレンの机、カエデの机に、予備の机の5台が置かれ、さらにはあずみが占有している応接セットも置かれている。発令所からのホットライン電話、発令所の様子や外の様子などを見ることができる液晶テレビも3台壁に設置されていた。簡単な給湯設備に冷蔵庫、電子レンジ、電気ポット・・・お菓子だって経費で認められているのだ。
直接の上司はパイロット達であり、実質シンジである。シンジはカエデに無体な命令はしないし、勤務はシンジ達が帰る夜8時まで、家に帰るのは少し遅くなるが、その分出勤時間は昼過ぎからであり、残業も少なく、さらには日曜日が常にお休みというまさに天国のような部署だった。
しかし・・・ここに配置になって2週間・・・カエデは胃薬が手放せない・・・。
まず、シンジ直属のメイドのあずみだ・・・この子が恐い!
別に彼女はカエデになにか危害を加えるということはない。シンジが訓練中は今のように応接セットのソファに寝転んで寝ているからだ。
ただ、外からシンジ宛ての電話があった際、その用件を聞き、まず最初に伝えなくてはならないのがこのメイドさんなのである。
カエデがメモを持ってあずみの元に行き「あの・・・」と声をかけたら、思わずひぃと声を上げてしまうくらい機嫌の悪そうな悪魔のような目つきで睨むのである。
その後彼女からメモをひったくると手をヒラヒラさせてあっちへいけとジェスチャーをする。もちろん、そんなことをされなくてもダッシュで自分のデスクに戻る。
そして、もう一人がファーストチルドレンである綾波レイだ。この子が不気味だ!
彼女は毎日控え室にやってくる。が、特に彼女は今何のスケジュールも入っていない。
というより、ケガがまだ治っていない、頭に包帯をぐるぐる巻いた少女になんの訓練があるというのか・・・。
さっさと家に帰って養生をしていて欲しいものだが、しかし彼女は毎日部屋へやってきては自分のデスクに座ってじっと本を読んでいる。それも何も飲まず、トイレにもいかず、微動だにもせず、同じ体制でずーーーーと本を黙って読んでいるのだ。
そして、この二人が互いに一切しゃべらない。だからカエデもしゃべらない。
この場に人間が3人もいるにも関わらず、シンジが部屋にいないときはただただお通夜のように沈黙しているのである・・・。
これは普通のメンタルを持つカエデにはことのほかきつかった。
(はあ、最初聞いたときは楽な仕事だーと思ったんだけど・・・そんな甘い話ないよね・・・というかさこの二人『変人』すぎるよ。協調性ゼロ。社会性もゼロ。シンジくんは格好良くて素敵なんだけどなーってさすがに一回り下の男の子はアウトだけどね・・・でも、マヤあたりは本気で彼のこと狙ってそうなんだよなぁ・・・あの子もあれでかなりズレてるし・・・。ショタコン?だっけ。百合もありそうだけど・・・あーあ・・・)
そうこうカエデが悩んでいると、救世主であるシンジが控え室に戻ってきた。
というよりシンジが部屋に近づいてくると、あずみが急にソファから飛び起き、ドアの方へ歩いて行くと、深々と頭を下げる。それと同時にシンジがドアを開けて部屋に入ってくるのである。
「お疲れさまー」
「お疲れさまですぅぅぅシンジ様!!さあ、どうぞこちらへおかけになって下さいませ、私がソファを暖めておきましたぁ!!すぐにお茶をおいれ致します!!」
「うん。ありがとう」
このあずみの『通常モード』から『メイドモード』への変わりようにカエデは顔を引きつらせる。これは何度見ても見慣れることは無い。というより、これを見てなお素知らぬ顔で本を読み続けるレイになにか敬意を表したくなってくるから不思議だ。
「あずみ、綾波さんとカエデさんにも淹れてあげてよ」
(シンジ君、君は何をおっしゃっているのですか・・・配るとき睨むんですよ!彼女!)
「はい、わかりましたぁー!」
あずみは天使のスマイルでお茶を淹れに行く。
(ああ、でも「いいですぅ」って断っても睨むんだよなー。ご主人の優しさを台無しにしやがってって・・・。どのみち睨まれるんならお茶を貰った方がいいよね)
そんな葛藤を続けているカエデを他所にシンジはレイの側へと行った。
母親であるユイの話によると、別世界では彼女とは遠い親戚関係でとても『仲が良かった』そうである。現在の彼女の様子を伝えると、いろいろ思い当たるふしがあるらしく、シンジにレイを大事に扱うようにとお願いしていた。
シンジもヒカリのように暴力を振るわれるのは勘弁だが、あれこれと世話を焼くのはどんとこいである。レイは大人しいし、従順だし、ようやく最近女の子に慣れてきたシンジにとって彼女は良い練習台になっていた。
シンジはレイの側に行くと、座っている椅子をずらし、ひょいと本を読んでいるレイを椅子から持ち上げる。
所謂お姫様だっこしたままソファへと連れていくのである。
これは当初シンジがレイに声をかけても無視され続けたので、面倒になって思わずこうしたら、とくに彼女から文句も出なかっためシンジが味をしめて行っている行為だった。
レイをソファに連れてくると自分の隣に座らせて、あずみの淹れたお茶を飲ませる。
今のところシンジがレイにできるのはこれだけだ。
「綾波さんは父さんに今日は会えたかい?」
「・・・いいえ・・・」
シンジの問いかけにレイは悲しそうに首を振る。
「そっか、まあ、僕も2週間前に会って以来見てないしなぁ・・・。司令ともなったら、いろいろ忙しいだろうし・・・そもそも本部にいるのかなぁ?カエデさんは知っていますか?」
「え!!碇司令ですか・・・少し待って下さい、マギで確認します。・・・えーと、一昨日から海外に出張中のようですね」
「だってさ・・・そりゃいないんだから会えないよね」
「・・・ええ・・・」
「どうするの?明日もここに来る?」
「・・・・・・碇君も来るの?・・・」
「僕?うん、明日はシンクロテストだってさ。いい加減、本部に来るの週3日くらいでいいんじゃないかな・・・綾波も父さんがいないんだったら本部に来てもしょうがないでしょ」
シンジがそう言うとレイは首を振って、
「・・・碇君が来るなら来る・・・」
「熱心だなぁ(感心、そういえば母さんが綾波さんを一度連れてこいって言ってたっけ」
「碇君のお母さん?・・・碇司令の奥さん・・・お母さん・・・」
「まあ、綾波さんとは親戚(?)だそうだし、身内だよね。遠慮はいらないよ、次の日曜日においで、迎えに行くから」
「・・・・・・・・・・・・わかったわ(ドキドキ)」
「そういえば、明後日から学校にも来るんでしょ?」
「ええ、明日の検診で問題なければ・・・」
「ごめんね」
「?」
「いや、僕のせいでクラスの雰囲気最悪なんだよね。きっとレイも同じ目で見られるかも」
「大丈夫、気にしないわ」
「だよねー」
シンジはよしよしとレイの頭を撫でる。レイはくすぐったそうに目を細めた。
ついでに自分の頭も撫でてもらおうとあずみが膝をついて、シンジに頭を出してきたので、もちろん一緒に撫でてあげた。カエデはグッと我慢して自重した。ここで彼女が席を立ちあずみと同じように膝をついて頭を出せば、実はあずみはカエデを同士認定し、多少は優しくなるのであるが、残念ながら彼女はその機会をみすみす逃したのであった。
Bパートに続く