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No.3151の一覧
[0] 神様なんていない[神無](2008/05/31 00:47)
[1] 神様なんていない 第一話[神無](2008/06/02 23:41)
[2] 神様なんていない 第二話 前編[神無](2008/06/02 23:18)
[3] 神様なんていない 第二話 後編[神無](2008/06/04 23:31)
[4] 神様なんていない 第三話 前編[神無](2008/06/13 00:38)
[5] 神様なんていない 第三話 後編[神無](2008/06/13 21:35)
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[3151] 神様なんていない 第二話 後編
Name: 神無◆39aaf7d2 ID:a935cf71 前を表示する / 次を表示する
Date: 2008/06/04 23:31


ネルフの一角にある赤木リツコの研究室。

天才の孤城として、普段は冷たく人を拒むその場所が、現在は和やかな雰囲気へと代わっていた。

その空気を作り出していたのはそこにいる二人の人物、部屋の主である赤木リツコと、穏やかな風貌の青年、碇シンジであった。


「この一年、放浪の旅はどうだったかしら?」

「ええ、リツコさんに勧められた通り旅に出て良かったです……世界は広かった。生命は僕が思っていたものよりずっと力強く、僕の力なんてほんの些細なものでしかない……そんな当たり前の事を知って、あんな考えは全て自分の思い上がりだと実感できました」

「そう、良かったわね」


手元の作業の片手間に、表情は柔らかくその言葉も簡潔ながら何処か暖かみを感じられる会話を青年と交わしていたリツコだったが、その会話の内容が少しだけ引っ掛かり、作業を止めた。


「私はあなたに旅するように勧めたんだったかしら? 私の記憶が確かなら、あの時は今のネルフにあなたがいては邪魔だからと冷たく追い出したんじゃなかった?」

「そうでしたっけ? 僕は涙涙の感動の別れだったと記憶していますよ?」

「私とあなたで随分と記憶が違ってしまったものね」

「真実は一つでも、事実は人の数だけありますからね」

「……道理ね」


まぁ、どうでも良い事かと青年の言葉に頷き、作業を再開しながら会話を続ける。


「それで悩みを解決したあなたはこれからどうする予定なの? そろそろ日本で腰を落ち着ける?」

「そうですねぇ……ここを出た一年前は悩みが解決したら、そうしようと考えていたんですが、今はもう少しだけ世界中を見て回りながら考えようと思っています。僕の力は些細な物でしかありませんが、それでも出来る事は結構ありそうですし」

「そう……私にはあなたが選んだ道に口を出す権利はないけれど、これだけは言わせて……絶対に自分ひとりで背負い込んでは駄目よ。あなたは何でも一人で解決しようとする所があるから」

「心配してくれてありがとうございます……でも大丈夫ですよ。僕自身、力強い生命の一部であり、自分自身が思っていたよりもずっと強い事が分かりましたから」


本当に彼はこの一年で成長した……穏やかに笑うその姿から彼が、エヴァを操る技術以上に内面の成長が著しい事をリツコは深く理解した。


自閉的で臆病だった少年が、サードインパクト以降、自分も含めた他人と深く関わる事で、それなりに成長したと思っていた1年前でさえ、こんな風に話してくれる事はなかったはずだ。


「……あなたは本当に良い経験をしたのね」

「ええ、とても……それもこれもあの時、僕の背を押してくれたリツコさんのお陰ですし、その恩をどう返そうかと迷っている位で」

本気でそう考え、頭を悩ませているらしいシンジにリツコは苦笑を浮かべる。

あなたは気づいていないかもしれないけど、私はあなたにたくさんの物を貰ったから、恩を返すべきは自分の方で……そんなものが無かったとしても、今の私はあなたの為に損得勘定抜きで喜んで行動するのに。


そこまで考えて彼女は自分が彼を心酔する渚カヲルが言っていた事と、同じような事を考えている事にふと気づいた。


「そうだ! 今は無理かもしれないけど、いつかリツコさん僕と一緒に旅に出ません? きっとたくさん素晴らしい事を経験できますよ!」

「そうね……その日を楽しみにしているわ」


自分と彼が一緒に旅に出る。

今と立場のそう変わらない彼はともかく、ネルフ本部の技術部長として重大な責任を持つ立場にある自分が旅に出るなど、いつ実現する事になるのやら……冷静な頭で即座に現実問題と照らし合わせ、気の長い話だと思いながらも、その提案が実現された時の事を想像し、心躍らされている自分がいるのを確かに感じる。


人間はロジックじゃない


リツコは改めてそう実感し、苦笑を深め、そして作業をしていた手を止めた。


「さっ、初号の調整はこれで済んだわよ」

「ありがとうございます」


彼女が先ほどから何の作業をしていたかといえば、この原動機付き自転車を直すことであった。

数刻前とは見違えるほど綺麗になった相棒を眺め、瞳を輝かせるシンジ。


「うわぁ~、やっぱりリツコさんが調整してくれると、こいつも一味違う気がしますねぇ」

「ふふっ、褒めても何もでないわよ。それより一つ注意して置くけど、私がエヴァ以外をいじるのは久しぶりだから、残念ながら調整が完璧だとは保障出来ないわ」

「そうですか。じゃあ、ちょっと走らせてこようかな……あっ、コーヒー入れておきましたから冷めない内に飲んでおいてくださいね?」

「ええ、ありがたく頂くわ」

「それでは失礼しますね。本当にありがとうございました」


子供のように顔を綻ばせ、原付を押しながら出て行く彼の背中を、微笑みで見送ったリツコは、彼が置いていったコーヒーのカップを手に取り、己の執務机に腰を下ろすと一枚の用紙を取り出し、記入し始めた。


しかし彼女が新たな作業を始めてから数秒も経たない内に、青年の出て行ったドアがシュッと空気を抜ける音と共に開き、一人の女が駆け込むように入ってきた。


「シ~ンちゃん。久しぶりに一緒にご飯でも……ってあれ?」

「少し遅かったわねミサト。彼ならあなたと入れ違いで直してあげた初号の試運転に行っちゃったわよ」


今から追いかけても間に合わないと悟ったのだろう。

予定が狂い、がっくりと肩を落としたミサトは、そのまま適当な備え付けられたソファーに腰を下ろし、顔を上げる事無くコーヒーを啜りながら作業を続ける親友を、胡乱そうに見つめた。


「初号ってシンジ君の原付でしょ? エヴァがどれもこれもボロボロだって言うのに、研究室に篭って何をしているかと思えば、そんなものを先に直してたわけ?」

「直したとは言っても別に壊れていたわけでもないから、ちょっとした点検だけで大した時間は掛かってないわ。それに彼は壊れていたエヴァを自己修復してくれたんだから、優先してあげても罰は当たらないと思うけど?」

「そりゃそうなんだけどねぇ……でもあれやるとエヴァがシンジ君だけに適応しちゃうから、神経系統をかなり調整しないと他の人間が乗れないようになるんじなかった?」

「あら、よく知ってたわね」

「何でそこで意外そうな顔すんのよ? そりゃ、それ位知ってるわよ。大体あんたが渡した資料に書いてたんじゃない」

「いつも適当なあなたが技術資料にちゃんと目を通すなんて意外以外の何物でもないわ……やっぱり大事な弟の関わる事だから? これからは重要な資料には彼の名前でも入れるようにしようかしら」

「茶化さないでよ。で実際どうなの?」


それは世間話なんかではなく、彼女の仕事である作戦立案に関わる事であるし、確かに真面目に話すべきことではある。

話をそう認めたリツコは、作業の手を止めて顔を上げ、彼女に視線を向けた。


「……まぁ、そうね。シンジ君が自己修復が可能なレベルまでシンクロを上げるとエヴァが勝手に彼に適応するわ。それを他の子用に直すのはとても面倒で、細かい調整もいれて考えると、場合によっては時間的にエヴァを直す方が短いこともある位にね」


現在、最もエヴァに詳しいとされているリツコでさえ、その調整は難しく、だからこそシンジは今日の戦闘時には彼女にやって良いのかどうか尋ねたし、どんなに便利だろうが修理の為に自己修復を活用しようという意見は上げられた側から却下されているのだ。


「でもそうだとしても他のエヴァの修理にはかなり時間が掛かるし、一体で使徒に対処するならシンジ君に任せるのが、一番安全性が高い。彼がいてくれる間はそのままにした方が、都合が良いと思うけど?」


これで話は終わりと作業を再開しようとしたリツコであったが、ミサトが未だに何処か納得いかないような顔で自分を見つめている事に気づき、ため息を吐いた。


「……何か不服そうな顔ね?」

「いや、別に不服ってわけじゃないんだけど……リツコにしては人を信頼しすぎてるって言うか、な~んかシンちゃんには甘いなぁと思って……アメリカに転属になった司令とはすっかり縁を切ったみたいだし、未来の義息子に点数稼ぎって訳でもないだろうしねぇ」

「あら? 碇元司令とは偶に連絡は取ってるわよ」

「アメリカの司令とネルフ本部の技術部長としての職務についての話でしょ? 私が見た限りじゃ、あんたと司令の会話って事務的なだけで、男と女の匂いが全くしないのよねぇ」

「全く……あなたは相変わらずそんな事にだけは敏感ね」


そんな事にだけって何よ。

親友の辛らつな言葉に対し、不満げに唇を尖らせたミサトであったが、何を思いついたのかにやりと笑うとからかうような口調で言った。


「今思い返してみると、サードインパクトを防いだ後位から、シンジ君もリツコに対してやたら気安くなったし……もしかしてシンちゃんの筆下ろし相手はリツコだったりして」

「ブフー!」


その言葉に口に含んでいたコーヒーを噴出したリツコ。

そんな彼女の真正面に座っていた為に、噴出したコーヒーを顔面から思いっきり被ったミサトは、きゃああ~~と悲鳴を上げる。


「何すんのよリツコ! 私の一張羅がコーヒー塗れに……ってその反応、冗談で言ったのにマジなの!?」

「……」


そんな疑問と疑惑の視線に対する、リツコの応えは沈黙。


「……マジなのね」


しかしその沈黙こそが肯定の証であると悟ったミサトは、じと目で、一見冷静な親友の顔を睨んだ。


「シンジ君は絶対異性に興味を持つ年頃だって言うのに、敵意むき出しだったあの頃のアスカはともかく、刷り込みにあったようにべったりだった渚君……は置いておくことにしてもレイにも手を出さないし、私が続きをしましょうって誘っても、軽く受け流すから変だと思ってたんだけど……まさか既にリツコに食べられちゃっていたとは神様でも思うまいね」

「……男と女はロジックじゃないわ」


生ぬるい視線とねちねちとした嫌味を、いつもの冷静な表情と得意の口上でさらりと流すリツコ。

しかし冷静を装う彼女が、その瞬間先ほどまで手にしていた一枚の紙を素早く隠したのをミサトは目ざとく見つけた。


「今、何を隠したの?」

「た、たいした物ではないわ」

「常に冷静沈着で有名なネルフの誇る技術部長様が傍目で分かるほど動揺しているのに大した物でないわけないでしょ!? いいからそれをよこしなさい!」

「ちょ、ちょっと乱暴に引き抜かないでよ!」

「潔く渡せば、乱暴に何てしなかったわよ。っと何々……これ同居願い届けじゃない!?」


その用紙が何かを知り、大声を上げるミサト。

そこにはまだ保護者欄に書かれた赤木リツコという文字しかなかったが、話の流れから誰と誰の同居願い届けなのかは勘の鋭いミサトには容易に想像できた。

鋭い視線に晒されたリツコは勢いよく立ち上がり、その勢いのまま、バンと机を叩くと彼女らしからぬテンションで一気に畳み掛けた。


「あ、あの子はそのままだと子供達には刺激的すぎるから、私ぐらい分別のある大人が傍にいて防波堤になってあげないと駄目なのよ。そう! これは職場の風紀を守る為、大人として当然の行動よ!」

「へぇ~、職場の風紀を守る為の防波堤ねぇ。確かに大義名分はご立派ですけど? その防波堤があんまり役に立ちそうに無いんじゃねえ」

「……」


リツコはミサトの指摘に沈黙を持って応えた。

いや、沈黙で応えたのではなく、実際には何も答えられなかったというのが正解か。

何せ、実際に自分がシンジと同居したとして、彼に求められた時に拒む理由も無く、それ所か、自分から彼を誘う可能性さえ、既に予想していたのだから。

そんな親友の心情を鋭く読み取ったミサトは、ちっと忌々しげに舌打ちしたものの、なぜか一瞬にやりと笑い、神妙な顔を作った。


「でも確かにリツコのいう事は一理あるわね。あの子達の為に防波堤は必要かも……しょうがない。血の繋がりはなくても、自他共に認められたシンジ君の姉であるこの私がまた同居しますか」


仕方ないと口にしながらも、その表情は言葉を裏切り、だらしなく緩んでいる。

自分は清廉潔白ではないし、下心が無いとは言えないが、少なくともこの女にだけは責められる理由は無いとリツコは果敢に反撃を開始した。


「ミサト、あなた姉を自称する癖に弟に手を出す気? それにあなたには加持君がいるでしょ!?」

「大事な弟をマッド中年猫女にやる位なら、七年前に言えなかった事とやらをうやむやにどっか行った男捨てて私が貰うわよ! っていうかむしろ欲しいわよ!」

「本音が出たわね……大体中年はお互い様でしょ!? 家事をやろうとしても出来ない生活不能者のビア樽女よりはやれば出来る私のほうが格段にマシよ!」

「やってない点じゃ同じでしょ!?」


片や、生ける勝利の女神と称えられた美貌の作戦部長、片や、三賢者の正統なる後継者と称えられる美貌の技術部長。

本部ネルフの誇る才色兼備な女達による随分低レベルな言い争いは、各々の部下達が涙を流しながら、お願いですから仕事してくださいと頼みに来るまで続いたと言う。

しかしまだまだそれは数時間後の話で、二人の美女がネルフ内でくだらない言い争いを続けていたのとほぼ同時刻、この第三新東京市では一人の少女が深刻なピンチに陥っていた。



そこはビルとビルの狭間、通行人など現れる筈も無い路地の一角。


「なぁ、いい加減俺達のお願い聞いてくれよ」

「な、何度も言いますけど今の私はお金持ってないんです」

「ふーん、そうかそうか。でも持ってないって言っても少しぐらいは持ってんだろ? ちょっとで良いから恵んでよ」

「本当に……ありません」

「またまた~、冗談が上手いねぇ」


逃げ場の無い袋小路で、ニヤニヤと笑う男に問い詰められながら少女-如月ミキは目の前の現実から逃避し、こんな事になるなんて、私の何が悪かったんだろう? と自分の今日の行動をなぞっていた。


パイロットとして初めての使徒戦に参加し、苦戦を強いられるも何とか無事に生還して、警戒態勢が解かれたのはつい数時間前。

緊張が解け、お腹が空いていることに気づいた彼女は、ネルフの食堂で食べれば良いものを、天気が良い事を思い出して、今までの人生で最高潮と言っても良いほどの機嫌の良さも手伝い、今日は外で食べようと引きこもりがちな彼女にしては一大決心をし、コンビニに寄ってお弁当を買い、公園に行った。

ポカポカとした陽気に包まれた食事の最中、思い出すのは先ほど出あったばかりの青年の優しい言葉。


「僕が君の手助けをするから、何でも聞いて、何でも頼って……君と仲良くなりたいんだ」


そんな言葉は普段の彼女ならば社交辞令だと思い込む所だが、何故か彼の言葉だけはすんなりと信じることが出来、それだけで世界が変わったような気がしたのだ。

……それに可愛いって言われた。

その言葉だけは信じられず、そんなわけない、ただのお世辞だと思い込もうとするも、勝手に心は喜び、胸が弾んだ。

例えお世辞でも、あの人に――碇さんにまた可愛いって言って貰えたら嬉しいな……そう考え出すと途端に少女は自分の格好が急に気になり始めた。


先ほども述べた通り、引きこもりがちで、あまり外に出ない彼女は服を持っておらず、今日の緊急招集の際も学校もないのに、制服で発令所に向かったのだ。

食事を終えても、日が落ちるまでにはまだまだ時間もある。非常警戒が終わってから結構時間も経ったし、店も開いているだろう。


無駄に使えるほどお金に余裕があるわけでもないけど、見るだけ見てみようかな。


そう思い、彼女にしては珍しくすぐに行動したのが運の尽きだった。


何処のお店に行こうかとふらふら歩いていたその時、いきなり二人組みの男に声を掛けられ、ついて来いと強引に腕を引っ張られた。

誰か助けてと周囲に視線を送るも、誰もが目に入っていないかのように通り過ぎて行く姿に絶望し、すぐに諦め、言われるままに従った結果、こんな路地に連れ込まれたのだ。


男達に声を掛けられ、連れ込まれる前にどうせ誰も助けてくれないと諦めずに、勇気を出して叫ぶべきだった……いや、そもそも私如きが調子に乗って、色々と行動した事がそもそもの間違いじゃなかったのだろうか。

考えれば考えるだけ全て自分の責任のような気がしてきて、少女は更に落ち込み、ついにはあまりの情けなさに涙ぐむ。

少女を追い詰める男の背後で、この行動が元々乗り気でない様に無愛想に突っ立っていた男は、そんな様子を見かねたのか迫る男の肩に手を置いた。


「おい、もう止めないか? こんなに気が弱そうなのにこれだけ脅しても出さないって事は、その女の子、子供だし、本当に持ってないんじゃないか?」

「なわけねえよ。今の親は甘いから、俺達より中学生の方が持ってるっての……なっ、てなわけでさぁ。俺達今かなりお金に困ってんのよ」


そんな男の言葉も聞かず、肩に置かれた手を鬱陶しげに振り払い、男は更に問い詰める。


「俺はさ。見ての通りあんまり気が長くないわけよ、出来れば自分を自分で制御できるうちに出して欲しいなぁと俺は思ってるわけなんだが」

「持って……ません」

「へぇ……まだ頑張るのか。これは素直に出せるようにちょっと痛い目にあって貰った方が良いかな?」


コキコキと指を鳴らす音に、少女はヒッと声にならない悲鳴を上げる。

誰か……誰か助けて……

漫画やドラマじゃあるまいし、助けなんか来るはずない。

そう分かっていながらも、少女は心の中で助けを呼びながらぎゅっと目を瞑り……その瞬間、何か妙な音が聞こえることに気づき、目を開けた。

それは目を開けた瞬間に消えるような小さな音で、助けを求めるあまり幻聴が聞こえたのだろうと彼女は結論付けようとしたが……


「おい、何だこの音は?」


それは幻聴なんかではなく、実際に聞こえた音で。
どうやら男達にも聞こえたらしく、少女を無視して彼らは目を瞑り、その音に集中した。


「これは……バイクのエンジン音か?」

「はぁ? 馬鹿言うなよ。こんな所をバイクで走るって何処の馬鹿だよ? 曲がりきれずにすぐに追突するのがオチだぞ」

「いや、確かにそうなんだがこの音は……しかも鼻唄まで聞こえるし、段々近づいてきている気がしないか?」

「確かにそう言われればそんな気も……こんな現場見られると不味いし、ちょっと見てくるか」

「おい、危ないから動くな! この音からすると結構なスピードで近づいてるぞ!」


仲間の制止の声も聞かず、平気平気と軽く手を振った男は、首だけで振り返り、袋小路の外へ向かい、へらへらと笑いながら歩き、


「ここは特に複雑で、スピードなんて出せるわけねぇよ。どうせ改造したバイク音とそいつの鼻唄がでかいだけで意外に遠くに「フン~フ~って危ない!」ぎゃああ~~~!?」


そして丁度、猛スピードで角を曲がってきた原付に跳ね飛ばされ、宙を飛び、そのまま放置されたゴミ袋の山に頭から突っ込んだ。

宙を飛ぶ仲間の姿にもう一人の男が唖然とする横で、少女はその原付の搭乗者の正体に思い当たるも、それはありえないと考えを振り払う。


しかしもしもそうなら、自分のピンチに駆けつけてくれたのは嬉しい……でも憧れさえ抱き始めていた人物の正体が、こんな滅茶苦茶な人だったら少し嫌だ。

心の中で否定してみるも、見れば見るほど、その原付に見覚えがある気がしてくるし、その格好も先ほど見たものと同じように見え……人を轢いたことで原付を止め、慌ててメットとゴーグルを脱いだその人物は案の定、碇シンジであった。


「あちゃぁ~~、やっちゃったよ……まさか、こんな暗くて狭い路地に人がいるとは思わず、ついつい飛ばしちゃって……大丈夫ですか?」

「人がいるとかいないとか関係なく、何で狭い路地で飛ばそうとするんだよ!? っていうか原チャリにあんな速度で突っ込まれた人間が大丈夫なわけあるかぁっ!」

「いやいや、原チャリに突っ込まれた事に対して、それだけ勢いよくツッコミを入れられるなら全然大丈夫だと思いますよ。いやぁ、無事で良かった良かった」


埋もれていたゴミの中から勢いよく飛び出し、その勢いのままにツッコミを入れる男の怒気を柳に風とばかりに華麗に受け流し、勝手に自己完結してうんうん頷いていた彼は、何で、この人がここにと呆然としている少女に話しかけた。


「しかし凄いなぁ。初号に轢かれて無傷だった人間を見たの僕、初めてだよ。日本の若者は軟弱だって聞いてたけど捨てたもんじゃないね。ねぇ、君もそう思わない?」

「え、あの……私よく分からないんですけど、取りあえず軟弱ってそういう意味じゃないんじゃないでしょうか?」

「うーん。こんな訳の分からないボケに対し、実に的確なツッコミだね……欲を言えば、もう少し勢いが欲しいところだけど及第点。一人だけ女の子だから君に振ってみたけど、どうやら正解だったみたいだ。ってよくよく見れば、もしかして君は如月ミキちゃん?」

「な、何で私の名前を知っているんですか?」


驚愕する少女に返ってきたのは、底の見えないアルカイックスマイル。


「ふふっ、当然のことさ。日本の本部ネルフが誇る五人のチルドレンの一人、如月ミキちゃん。君は自分の立場をもっと良く知るべきだよ……な~んて、まぁそれは冗談で。一応僕は教官だから自分が教育する子達の顔と名前は、さっき資料でしっかり確認させてもらったんだ」

「そ、そうだったんですか」

「そうだったんです。だから別にストーカーってわけじゃないから安心してね。しかしまさかこんな所で偶然出会うとは……さっきの戦闘といい、君とは何かと縁がありそうだね」

「そ、そうですね」


青年のにこやかな笑顔と言葉に、かーっと顔を真っ赤にしながら、嬉しそうに頷く少女。

そんな二人の間に漂う甘酸っぱい空気は、この場所がうす暗い路地である事を差し引いても、実に良い雰囲気ではあったのだが……


「人を轢いた人間が、被害者無視して良い雰囲気作ってんじゃねえ!」

「「あっ、すみません」」


全く持って正論を言われ、同時に頭を下げる。

二人の仕草はピタリと揃い、何処となく微笑ましい光景であったが、男達は笑わず、表情を険しくする。

一体こいつは誰なんだ?

二人の男が、突然現れた人物の正体を探るように鋭い視線を向けるも、青年は全く気にした様子も見せずにポケットに手を突っ込むと携帯を取り出し、ふむと首を傾げた。


「え~っと、119でしたっけ? 177でしたっけ?」

「な、何がだよ」

「いや、警察ですよ警察……どうも日本をしばらく離れてたから忘れちゃって。あっ、ちょっとミキちゃんとお兄さん達の貴重な時間を無駄にして申し訳ないけど、付き合って下さいね」

「け、警察!?」

「何でそこで驚くかなぁ? いくら相手が無事でも事故は事故。警察への報告は義務だからねぇ。点数とかよく分かんないけど、今回は人を轢いたから免停だろうなぁ……ごめんよ初号! 僕の注意が至らなかったばかりに、君とはしばらくお別れだ。寂しいだろうけど、少しの間、我慢してね!」


恋人との別れを悲しむかのように原付に抱きつき、はらはらと涙を流す一人の青年。

傍から見れば非常に滑稽で、笑いを誘う姿であったが、その場にいる人間は誰も笑わなかった。

いや、それどころか二人の男の内の一人は殺気立ち、血走った目で懐に手をいれ……


「携帯をしまえ!」

「へっ?」


取り出したナイフを、原付バイクに頬ずりかましている青年に突きつけた。


「な、ナイフなんて出しちゃってどうしたんですか? 時間は取られるのは確かに嫌かもしれないですけど、義務ですからしょうがないですし、そんなに興奮しなくても……」

「ごちゃごちゃうるせぇ、俺はさっさとその携帯しまえって言ってんだよ! 警察なんて呼んでみろ。ただじゃおかねえからな!」


相方の暴挙にもう一人の男は焦り、先ほどよりも力強くその肩を掴んで制止する。


「お、おい、止めろよ。さっきその男が言っていたのが本当の事ならその女の子はネルフのチルドレンだぞ? 下手に傷つけでもしたら俺達がやばい!」

「だったら尚更だろ。俺達はそのチルドレンを脅して金を取ろうとしてたんだぞ? こいつらの口封じしねえと既にやべえんだよ!」

「だからってナイフ突きつけて何になんだよ! 口封じの為に殺す気か!?」

「……最悪そうする」

「本当に馬鹿かお前! 短絡的なお前が殺人を犯して裁かれるのは勝手だがな。チルドレンっていえばエヴァのパイロットで、仕事とはいえ、俺達を守る為に命を掛けて戦ってるんだぞ! その恩をあだで返す気かよ!?」

「ああん、何言ってんだ? ガキから金を取ろうとしてた癖に今更良い子ぶってんじゃねえよ!」


青年と少女そっちのけで、言い争いを始めた二人組みの男達。

ようやく状況を理解し始めたらしいシンジは冷や汗をたらりと流しながらそんな二人を指差し、自分よりも状況を分かっているであろう傍らの少女に尋ねる。


「え、え~っと? 今、あそこで言い争っているお兄さんたちはもしかして所謂一つの不良さん達?」

「はい……多分」

「あはは~。僕今お兄さん達の会話でありえない想像しちゃったんだけど……ミキちゃんが絡まれているとこに、丁度よく僕が突っ込んできたなんて話ないよね?」

「いえ……残念ながらご想像通りです」


ヒロインのピンチに颯爽と現れるヒーローって……そんな漫画みたいな話あるの?

17歳という若さでエヴァという兵器を操り、現在進行形で何度も世界を救っている青年は、そんな事を考え、空を見上げる。

しかしよくよく考えてみれば別に原付で突っ込んできただけで、助けたわけではないし、状況を悪化させただけのような気も……と考えたところでようやく、目の前の二人の男が言い争いに夢中で、自分達には全く注意を払っていないことに気づいた。

今ならいける。
そう確信したシンジは、どうすれば良いか分からず、おろおろとうろたえている少女に微笑を向け、


「ミキちゃんちょっとごめん」

「えっ、あっ、へっ?」


小柄な少女の体を小脇に抱えた。


「元から俺は反対だったんだ……金が欲しいからって、気の弱そうな女の子捕まえて脅すなんて、せこい考えは男のすることじゃない」

「今更それを言うか!? いつもてめぇはそうだ。甘い汁だけ吸う癖に都合が悪くなると自分は関係ないって面をしやがって、俺はお前のそういう所が前々から気に入らないと「こ、このまま行くなんて無理ですって! せめて普通に乗せてください!」「あ~、そんなに大声出しちゃ駄目だってば!」てめぇらうるせぇぞ! 今こっちは大事な話の途中……ってお前一体何を?」


突然の大声に振り返った二人は、少女を小脇に抱えた青年がバイクに跨る姿を見た。

そんな彼らに対して、何のつもりだ。と口にしつつも、今の状況を思い出して何となく想像がついたが、しかしまさかと男達が目を点にする中、彼はにこりと微笑んで手を振り、


「今回はお互い悪かったって事で一つ手を打ちましょう……それじゃさようなら~!」

「きゃあああ~~~~!」


一刻も早く逃げようとするその気持ちはよく分かるけど、流石にその体勢はやばくないか?

残された二人の男は、自分達が今喧嘩していた事どころか、ネルフのチルドレンを脅していた事さえ忘れ、つい先ほどまで金を脅し取るつもりだった名も知らぬ少女の身を心配しながら、ただただ呆然とした表情で、恐ろしい速度で小さくなっていく原付の背を見送るのだった。






「勝手に買って来ちゃったけど、ミキちゃんは烏龍茶で良かったかな?」

「……はい」


数十分後、第三新東京市にいくつかある公園の一つ。

青い顔でベンチに腰を下ろしたミキに烏龍茶の缶を手渡したシンジは、彼女の隣に腰を下ろすと自分用に買った緑茶の缶を開けて、一口含み、明るく話しかけた。


「いやぁ、不良のお兄さん達怖かったねぇ」

「はい……でもバイクの運転手の小脇に不安定に抱えられて、そのまま時速100km近くのスピードで延々走られる方がずっと怖かったです」

「あ、あははっ、そりゃそうだよねぇ」


気まずさを誤魔化すよう乾いた笑い声を上げていたシンジだが、青ざめてぐったりとしたままの少女に笑顔を引きつらせ、


「……ごめん」


とても申し訳無さそうに頭を下げた。


「い、いえ、気にしないで下さい。確かに怖かったですけど、助けてもらいましたし、私もあの場合はああするしかなかったと思いますから、だから本当に気にしないで下さい!」


あわわと慌てながら、そうフォローしてくれた少女に「そう言ってくれると助かるよ」と苦笑を返したシンジは、神妙な顔で首を捻る。


「でもミキちゃんがあれだけのピンチになっても黒服一人出てこないなんて……使徒戦の残務処理で色々忙しいとは思うけど、流石に無用心だなぁ」


肉親をコアに溶かす事で、無理やりシンクロを可能にすると言う荒業を使い、ほぼ専属としてしか使えなかった先代のエヴァに比べ、新しいコンセプトで作られた量産機は何故か20歳以下の人間しかシンクロ出来ないという欠陥はあるものの、その前提を除けばほとんどの人間がシンクロ可能となっている。

しかしそれでも才能というべきなのか、シンクロを運用レベルまでもっていけるほどの人間は非常に少なく、それなりに貴重なのだ。

シンジには、本部ネルフの無用心をといただけの当たり障りの無い軽い話題を振ったつもりだったのだが、何故か少女はその言葉に落ち込み、暗い表情でポツリと呟いた。


「私はいてもいなくても良い。どうでもいい存在ですから……今日の戦闘でも何も出来ませんでしたし……」

「いや、そんな事ないって、入って一週間の新人パイロットとして君はかなり頑張った方だと思うよ。最後まで残ってたのはミキちゃんだったし、ミキちゃんが残ってなかったら僕は乗れなかったんだから」

「でも私が最後まで残っていたのは頑張ったからじゃないんです……皆がどんどんやられていく中、私は怖くて動けなくて……私は臆病者だから最後まで残ってただけなんです……」


これは不味い……泥沼だ。

今の彼女にはどんなフォローの言葉も意味をなさず、逆にこっちの言葉は勝手に解釈して、勝手に落ち込んでいく事だろう。

そういう性格を誰よりも良く知り、彼女の持つ、人によっては鬱陶しいとまで思うであろうほどのネガティブな思考を即座に理解したシンジは、どうしたものかと頭を悩ませたが、顔を上げたその時、自分の相棒を視界に入れ、妙案を浮かべた。


「ミキちゃんはローマの休日って映画見たことある?」

「ローマの休日……ですか? 見た事無いです……すみません」

「いや、別に趣味の問題だから見てないからって謝る必要はないんだけどね。その映画は簡単に説明しちゃうとお姫様と新聞記者の身分違いの恋が描かれた有名なラブストーリーで、その中でも二人でべスパに乗るデートシーンが特に有名で……古い映画だから知らなくても無理ないけど名作だし、一回くらい見ても損はないと思うよ」

「はぁ、そうなんですか」


何でこの人は急に映画の話なんてしたんだろう? 

急にそんな話題を振った意図が掴めず、混乱するも、何となくで少女は気の無い相槌を返す。

飲みかけの缶を置き、立ち上がった彼はそのまま原付の元へ向かい、そのシートをポンポンと叩き。


「でちなみにこれは随分と改造されて面影は大分なくなっちゃったけど、そのべスパをベースにしてるんだ。で長々と説明しちゃったけど、結局僕が何を言いたかったかっていうとね?」


にこりと微笑みを浮かべた青年は舞台上の役者のように優雅に歩を進め、ベンチに座る少女の前で膝を突くと恭しく彼女の手を取り、


「もしよろしければ、これから僕とデート等いかがでしょうかお姫様?」


勿論今度は安全運転でね

そう魅力的なウインクをくれた彼の誘いを断る理由は彼女には無かった。




あけて翌日、第三新東京中学校、2年A組の教室。


「……こうして人々は一瞬の記憶を失い、それでも世界は変わらず動いていた。これが世に言うサードインパクト未遂事件でありまして。っとそろそろ時間ですね。これで四時限目は終わりにしましょう」


老教師が話を終えると同時に、キーンコーンカーンコーンと終了のチャイムが鳴り響く。

昼休みに入り、生徒たちが慌しく購買に走り、仲の良い者同士がグループを形成し、思い思いに昼食を食べ始める中、そんな生徒の一人―如月ミキはゆっくりと授業の片づけを終えながら、今日の特別なお昼は何処で食べようかと、嬉しそうな顔で考えていたその時だ。


「ミキっぺ~、お昼ご飯一緒に食べない?」


そんな少女に明るく声を掛けてきた女子生徒がいた。

明るい茶の髪を揺らして駆け寄り、陽気な笑顔を浮かべた彼女の言葉にミキは明らかな動揺を示した。


「み、ミキッペ?」

「ありゃ、気に入らない? じゃあ、ミッキー! は色々と問題ありそうだし、ミっちょんは、な~んか微妙だし……ん~、ごめん。良いのが全然思いつかないや」

「い、いえ、呼び方は好きな風に呼んでくれても構わないんですけど……どうして私に話しかけてくれたのかなって疑問に思って」


少女が驚いたのはその馴れ馴れしい言葉以前に、転校一週間で暗い奴と認識され、普段は空気のように扱われている自分なんかに彼女が話しかけてきてくれた事だった。


「クラスメイトに話しかけるのに理由なんていらないと思うけど? ってあ~、そっか。自己紹介もなしに、いきなり馴れ馴れしくしてごめんね。私の名前は」

「さ、坂上マキナさんですよね?」

「あっ、私の名前知っててくれたんだ。すっごく嬉しい!」


喜びを体全体で表すようにピョンピョン飛び跳ねる少女の名前を、ミキが知っていたのは当然の事だった。


「いえ、あの、マキナさんは明るくて可愛いからクラスでもみんなの中心にいて目立ってますし……それにエヴァのパイロット仲間ですし」


そう、この元気印の明るい少女―坂上マキナこそが、もう一人の少女パイロットであった。


「可愛いなんて照れるなぁ。それにしてもナ・カ・マ……ああ~、なんて良い響き。いや~、感激っす! 今まで女の子は私一人だったけど、今は二人なんだって、ようやく実感できたわ……何か感動して、無性に叫びたい気分なんだけど、叫んでも良いかな?」

「あ、あの……それは出来れば止めて欲しいかなと」


今でさえ、メディアではオリジナルチルドレン以外は露出せず、チルドレンの詳細が公表されていない所為で、パイロット繋がりだという関係を知らぬクラスメイト達は、クラスで一番明るい少女とクラスで一番暗い少女という意外な組み合わせに疑問を抱き、少なからず興味を集めているのだ。

今叫ばれたらどうなる事か……あまり人目というのが得意でない少女は、引きつった顔で止めるようお願いした。

彼女にとって幸運な事に、その当人は「じゃ止めておくね」とあっさり引き下がってくれ、そして疑問に答えてくれた。


「で何で話しかけたのかなんだけど……恋に恋するうら若き乙女としては碇シンジさんって英雄である事もさる事ながら、世界中の女の子をメロメロにしてるってとこもな~んか魅力的だと思わない?」

「は、はぁ」

「でそこでミキっぺに話しかけたわけなんだけど、ミキっぺ一緒にエヴァに乗ってたし、その後も会話したんでしょ? だったらあの人がどういう人か教えて欲しいなぁなんて思ったりなんかして、それだったらお昼を一緒に食べたら話も弾むかなぁって思って誘ったんだ」


そこまで聞いてようやく、ミキは彼女が自分に話しかけてくれた理由を理解した。


「つまりマキナさんは碇さんの事が聞きたくて、話しかけてくれたんですね」


彼女は自分に興味を持ってくれたわけではなく、あの青年について聞きたかっただけ。

何故、話しかけてくれたのかが分かり、納得がいき……それでも少しだけ落ち込んだ。

少女の表情がわずかに寂しげに曇っている事に気づいたのか、マキナは今までの明るい表情が嘘のようにしゅんと肩を落とした


「あっ、それだけが理由じゃないんだけど……え~っとごめんね。私って馬鹿で無神経だから、偶に知らない内に人を傷つけちゃうんだ。あの……気に触って嫌いになったのなら、今日から無視してくれても全然構わないから……本当にごめん」


背を向け、とぼとぼと歩き去っていく少女にミキは慌てた。


「ち、違うよ。理由なんてどうでも良くて、話しかけてくれた事が本当に嬉しかったし……私に答えられる事だったら何でも聞いてよマキナちゃん!」


その理由が少し寂しかったのは本当だけど、話しかけてきてくれたことはもっと嬉しかった。

そう必死に、気が弱く、普段から声の細い少女にしては精一杯絞り出した大声に、マキナはピタリと足を止め……しかし彼女の肩は震えていた。

人を傷つけてしまった……私は何て事をしてしまったのだろうとミキは青ざめ、彼女の泣き顔を想像して、心を痛め。


「にひ~」


しかし振り返った予想とは違い、だらしない笑顔を浮かべていた。

一瞬何が起こっているのか理解できずぽかんと口を開いていたミキだが、目の前の少女の肩が震えていたのは泣いていたからではなく、笑っていたからだと気づき、うるうると涙目で酷いと訴えた。


「ひ、酷いよ……本気で心配したのに、マキナちゃん騙したの?」

「い、いやいや、騙したわけじゃないんだよ? ミキっぺがマキナちゃんって呼んでくれた事にちょっと驚いてね」

「あっ……ご、ごめんなさい」


何故それで驚くのかはよく分からないが、自分が何か気分を害す事をしてしまったのだろうと彼女は慌てて頭を下げた。

そんな彼女にマキナは違う違うと手を振る。


「いやいや、嬉しかったんだから謝らないでよ。あんまり嬉しすぎて、このまま頬の筋肉が緩みきったままだったらどうしようって位で」

「そ、そんなに嬉しかったんですか?」

「うん! 物凄く嬉しかった!」


感情を体全体で表す少女はとても分かりやすく、その表情と声色で、彼女の言葉はお世辞ではなく、本当に嬉しかった事がミキにもよく分かった。

しかし何故そこまでと納得がいかない様子のミキに満面の笑みを浮かべた少女は、その理由を説明した。


「私の勝手な思い込みなんだけどさ。さんっていうとよそよそしいけど、ちゃんって言うと何か仲良い気がしない?」

「そうかな……うん、確かにそうかもしれないね」


一瞬そうかな? と疑問に思った少女も、すぐにその通りだなと納得できた。


少女の脳裏に思い浮かんだのは、青年の優しい声。

ミキちゃんと呼んでくれるからこそ、こんなに近くに感じ、疑い深い自分がこんなにもすんなりと受け入れる事が出来たのだ。

今だって青年を思い浮かべるだけで、ほんわかと胸が暖かくなり……だからだろうか、でしょ? と笑う少女には表情を引きつらせる事なく、初めて素直に笑い返すことが出来た。


「ど、どうしたの、マキナちゃん?」


のだがその笑顔も一瞬で焦りの表情に変わった。

何故か笑顔を浮かべた途端、急に真っ赤になった少女が上を向いて、首筋をトントンと叩き始めたのだ。


「や、やばいわ。ミキっぺ。その笑顔反則……あまりに可愛すぎて鼻血出そう。っていうか出てるわ、これ」

「えっ? あっ! きゃあ~、本当に出てるよっ!?」

「い、いや、大丈夫だからね? そんなに慌てないで」

「で、でも血が! 血がぁっ!?」


あいつらうるせぇ……

きゃあきゃあと騒ぐ二人に、クラスメイト達の迷惑そうな視線が集まるも、彼女達は気づかず騒ぎ続け……そんなこんなで数分後、間抜けにティッシュを鼻に詰めたマキナは、そんなもの無いかのような明るい笑顔を浮かべ、拳を勢いよく天に突き上げた。


「さてさて、色々ありましたが……若い私達の時間は貴重で特に昼休みは短い、一刻も早く友情を深める為に屋上にゴーよ!」

「う、うん!」


彼女に合わせるように、恐る恐るだが、確かに小さく拳を上げながら、ミキは決意する。

私も碇さんのように色々な人と仲良くなる事を目標にしよう。
まず最初の一歩としてマキナちゃんと仲良くなれたらいいな……ううん、きっとなれるよね。だって彼女は良い人だし、優しいから。

そうですよね、碇さん?

机から取り出したお弁当に向けて、小さく微笑み、


「あれ? いつもパンなのに今日はお弁当なんだね」

「う、うん」


そのお弁当を指摘され、これ以上、追求しないでと心の中で祈った。

何故なら追求されれば自分では誤魔化しきれないと自覚していたから。

そうすると話さなければいけない……友達になれるかもしれない少女が気にする青年と昨日、デートした事を、そしてそのまま昨晩、家に泊めてしまった事を。

その結果、彼に朝食とお弁当を作ってもらい……そしてもう一つ、重大な事を説明しなければいけなくなるであろうから。





「ミキちゃんと同居したいぃ!?」


作戦部の部長室に部屋の主、ミサトの大声が響いた。


「本人とは既に話し合って、了承して貰ったんですけど……駄目でしょうか?」


何でそんなに驚くのだろうとでも言いたげに首を傾げるシンジに、ミサトは一般論を説く。


「駄目でしょうかって……17歳の男の子と14歳の女の子が二人っきりで、一つ屋根の下で寝るのは世間的にかなり問題があるわよ」

「え~っと、実は既に彼女の家に昨日は泊めてもらってたりして」

「……シンジ君、いくらなんでも手を出すの早すぎるわよ」


噂以上じゃないと、頭を抱える彼女の思考を読み取り、シンジはミサトさんの想像しているような事はありませんとはっきり否定する。


「昨日は何だかんだで、あの後、デートに行くことになったんですけど……流石に使徒戦で疲れてたんでしょうね。ミキちゃんすぐに眠くなっちゃったらしく、うつらうつらしちゃって……取りあえず家の場所を聞いて送ったんですけど、家に着いたとたん彼女が寝ちゃいまして……鍵を持ってくわけにもいきませんから、戸締りが出来ませんし、不味いかなぁとは思ったんですけど、結局泊まっちゃいまして」

「ふーん、確かに話の筋は通ってるわね」

「ちょ、ちょっと信用してくださいよミサトさん」


明らかな疑惑の目に向けるミサトに、情けない声を上げるシンジ。


「そりゃシンちゃんの事は信じたいけど……でもねえ。男子三日会わずば活目してみよって言うしぃ。噂じゃかなりのプレイボーイだしぃ? 男と女が二人っきりで、一晩一つ屋根の下で何も無かったと言われてもねぇ」


全く信じていない彼女に、シンジは真剣な表情で、真正面から立ち向かう。


「確かに彼女の家に泊めて貰いましたけど、部屋は別でしたし、邪な気持ちはこれっぽっちもないと神に誓えますよ」

「天使殺しの英雄が、神に誓ってもねぇ」

「信頼性ゼロだと。まぁ、そうですね。では相棒の初号に誓いましょう」


原チャリに誓ってもねぇ、とはそれ以上追求しなかった。ミサトも本気で彼の事を疑っていたわけではないのだ。

今までのやり取りはからかいを含んだ、まぁ、じゃれあいの一種であり、しかしそんなじゃれ合いで、彼が本気で少女との同居を望んでいる事を理解した。


「で一泊しただけで何で同居になったわけ? ミキちゃんを狙っているわけじゃないんなら、彼女の家が気に入ったってわけじゃないんでしょ?」

「まぁ、そりゃそうですけど……それがひとつ気になる事がありまして」


気になる事? と首を傾げるミサトに、青年はええと頷き、その気になる事についてすぐに述べた。


「ミキちゃんの食事ですよ」

「食事?」

「そうなんです。一宿の恩があったので、お弁当でも作って上げようと思って、夜に仕込みをしようと冷蔵庫を開けたんですけどね……ほとんど何にも無いんですよ。その代わりと言っては何ですけど、冷凍室に、レンジでチンすれば良いような冷凍食品とか、戸棚の中はカップ麺とか菓子パンとかばっかり充実してて……成長期の女の子があれじゃ駄目ですよ」

「まぁ、それは確かにまずいかもねぇ」


その理由は同居していた事から家事を一手に担っていた所為か、特に食事に気を配るようになった彼らしいと納得できた。

しかしそれでも……


「でもセカンドインパクトやその後の使徒の所為で、今は両親共に揃っているなんて家庭は少ないし、そういう子結構多いんじゃない? 全く食べてないとかならともかく、レトルト物とはいえしっかり食べてるならそんなに気にしなくても良いと思うけど……」

「確かにそうかもしれないですけど……」


でもですね、ミサトさんと反論の声を上げ。


「なんかあの子を見ていると、この子は一人じゃ駄目なんだ。自分が手助けしてあげなきゃって気になっちゃって……他人の人生を救えるなんて傲慢な考えを持つほど、自分が偉くないってのは分かっているつもりだったんですけど、どうにも彼女は放っとけないんですよね」


ミサトが知る限りでも、碇シンジと言う人間は確かに元々面倒見の良い子ではあった。

がしかしここまでお節介な人間ではなかったはずだ……そんな彼が何故そこまであの少女に立ち入ろうとするのであろうかと、少女の特徴を思い浮かべる。

いつもおどおどとして小動物めいた仕草の女の子。自閉的で、他人と関わるのが苦手、主張するのも苦手で人の意見に流される……そこまで考えて、ふと誰かに似ているような気がした。

その人物は一体誰であったろうと、ふと顔を上げ、その瞬間少女が誰に似ているのか理解した。


「あなたがそんなにあの子を気にするのは、あの子が昔の自分に似てるから……かしら?」


そう、少女はミサトの知るあの頃の碇シンジ少年にそっくりだったのだ。


「そうなんでしょうか? ……いえ、そうかもしれませんね」


そうなのだろうかと一瞬、首を捻ったシンジだったが、すぐにそうなのだろうと納得した。

大して気にした様子もなく、気恥ずかしげに笑う青年。

この青年にとってのあの辛い記憶を完全に乗り越え、全ては過去の事になっているのだなと理解したミサトは、弟が得た強さに対し、誇らしげに微笑み……しかしと厳しい表情を作った。


「今のあなたはあの頃の私よりもずっと大人で、違うのかもしれない……それでも寂しがり屋で、愛情に飢えた子供の側にいるのはとっても辛い事よ? それこそ全てを投げ打ってでも、ただその子の為に生きなくちゃいけない位に……あんな結末を迎えた偽者の家族を知っていて、それでもあなたは家族になる事を望むの?」


そう尋ねたミサトに、一切の迷いを見せず、はいとシンジは力強く頷き、


「確かにあの頃の記憶は皆バラバラで、辛い過去が多いです。近くにあるのに届かないから辛くて、だったら初めから無かったら良かったのにとさえ思って……でも今思い返してみると、あの時、ミサトさんがいてくれたお陰でかなり救われたのも確かなんです。あの時僕の傍にミサトさんがいてくれたように、短い間でもミキちゃんにとって良い兄としていられたらなって思うんです」

「……シンジ君」


その言葉は決定的だった。

それぞれが他人に愛情を求めながら、傷つけあう事しか出来なかった不器用な家族。

ミサトはあの頃の自分を未だに責めていた……子供達は救いを求め、その手が伸ばされている事を知りながら、掴む事の出来なかった後悔で、寝る前に思い出して眠れない事がある位に。

それでもあの時、あなたがいてくれて良かったと言ってくれた青年の言葉があまりに嬉しくて……あの時からの罪がようやく、許されたような気がした。

ミサトはわずかに溜まった涙を袖でごしごしと乱暴に擦り、自慢の弟に満面の笑みを向け、


「分かったわ。この作戦部長ミサトがシンジ君とミキちゃんの同居を認めます!」

「ありがとうございます」


頭を下げるシンジにからかいの笑みを向けた。


「た~だ~し、あなたとミキちゃんの同居はあくまで家族として許しただけで、不純異性交遊は許しません! シンちゃんは知らなかったかもしれないけど、私はミキちゃんの隣に住んでいるんだから、シンちゃんが少しでも邪な気持ちを抱いていると私が感じたらすぐに駆けつけて、即座にボコボコだから覚悟しなさいよ!」

「はいっ、気をつけます」


冗談めかせた口調ながらも、優しい笑顔を浮かべたミサトに対して、シンジは綺麗な敬礼を返し……こうして如月ミキと碇シンジの同居は決まったのだった。






後書き

ここまで読んでくださった皆様ありがとうございました。

当初の予定ではこの『神様なんていない』では格好良いシンジを書くつもりだったのですが、読み直してみると……うん、何かウザイなぁ。何でこうなっちゃったんだろう?

まぁ、何故こんな事になっちゃったかについてはこの際置いておきまして、本編自体というか文章について皆様に意見を聞きたいことがあります。

自分が気になっているのは、ここまで読んでいただいた方には分かると思いますが、会話文が長い事でして……どうも私には全キャラに肉付けしたがる性質があるらしく、色々入れようとして会話文が妙に長くなってしまいます。

このままで良いのか。それとももっと簡潔に纏めるべきなのか。
出来ればご意見を頂けると幸いです。

それではまた次回。


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