使徒殲滅から一時間程過ぎた頃、エヴァのパイロットである五人のチルドレン達は発令所に集められていた。
全員が集まったことを確認したミサトは朗らかな笑顔を見せた。
「取りあえず皆、使徒との戦いご苦労様でした。辛い戦いだったけど、よく全員無事で戻ってきてくれたわね、ありがとう」
そして彼女はまず、集められた五人の少年少女に向け、真摯な言葉を与えた。
それは子供達の命を預かる責任ある立場の人間としてのものだけではなく、一人の人間として、いつも真剣に子供達と接する彼女らしい実に暖かみのある言葉ではあったが、チルドレン達の反応はいつもより薄い。
まぁ、それも仕方ないわね。と彼女は苦笑を浮かべ、早々と子供達の疑問に応えることにした。
「今、私の隣に立っている彼には今日から一ヶ月、この本部にいてもらって基本的にはあなた達の教官役になってもらうつもりなんだけど……皆、こいつ一体何者だって顔してるわね?」
チルドレン達はその言葉に、うんうんと頷く。
先ほどの窮地を救った鮮やかな手際から、エヴァを操縦する技術については自分達より遥かに上で、教官として相応しい事は十二分に分かったが、それでもその正体が謎過ぎる。
つい先日まで日本にいたオリジナルチルドレンの一人、鈴原トウジさえ、超えるかもしれないこの男は一体何者?
少年少女の期待が集まる中、ミサトは溜めに溜め、緊張が最高潮に達したその瞬間、声を張り上げた。
「紹介しましょう。彼こそがネルフ本部が誇るエース! 伝説のサードチルドレン碇シンジ君よ!」
生きて神話に登場する英雄と肩を並べた少年。世界を救い続け、そして夢幻であるかのように消えたエヴァの申し子。
自分達が最も尊敬し、目指してきた人物が目の前にいるという信じられない出来事に子供達は驚愕し、一瞬悲鳴を上げかけ、
「どうもご紹介に預かりました、碇シンジです。これから一ヶ月よろしくお願いします」
その英雄自身が至極あっさりと挨拶し、頭を下げた事で言葉を失った。
彼らが想像していた人物と違い、その反応から姿から、あまりに普通だったからだ。
顔立ちは中世的でそれなりに整っているとはいえるが、彼らが知る他のオリジナルチルドレンの渚カヲルのように神秘性があるわけでもなければ、先ほどもあげた鈴原トウジのように英雄然とした荒々しさもない。
自分達が憧れ、尊敬するオリジナルの中でも、更に別格とされた人物としては、見れば見るほどに普通すぎて……少年少女達が、自分達は騙されているのでは? とさえ疑い始める中、一人の少年が手を上げた。
「質問良いですか?」
「あら? ソウシ君何かしら?」
「出来れば葛城さんではなく、碇シンジさん本人に答えていただきたいんですがよろしいですか?」
丁寧ながら何処か棘のある少年の言葉に、ミサトはわずかに頬を引きつらせる。
しかしシンジ本人は大して気にした様子も無く、どうぞと軽く促した。
質問を促された少年はそんな軽い態度さえ気に食わないのか、睨みつけるような表情で問う。
「俺の記憶が確かなら、記録の上では碇シンジさんは一年前逃亡したとなっていたはずですが、間違いありませんか?」
「うん。その通り僕は逃げ出したよ」
またも何でも無い事のように言葉を返され、それがあまりにあっさりしすぎていた為、言葉の意味が理解出来ず、一瞬少年も勢いを殺され……しかしそれも本当に一瞬のことで、意味を理解した瞬間、怒りで顔を紅潮させた。
エヴァのパイロットとして選ばれたからには、人々の命を預かる責任ある立場の人間として、チルドレンとしての誇りを持つべきであり、それは軽々しく捨てられるものではないと、少なくとも少年はそう思っている。
しかしその責任から逃げた目の前の男は悪びれもせずあっさりと何でもないことのように肯定したのだ。
自らのプライドを傷つけられた事で怒り、再び口を開き
「何で……いなくなっちゃったんですか? あんなに凄いのに……逃げる必要はなかったんじゃないですか?」
だがその前に気弱な細い声に先を取られた。
それは一週間前に仲間に加わった新人パイロットの少女。
予想外の人物に先んじられ、気勢を削がれた少年はそのまま口を閉じる。
「良い質問ねミキちゃん。それ私もずっと疑問に思ってたのよ。シンちゃん何で急にいなくなったの?」
「使徒が怖くなった。っていう理由じゃ納得してくれないですよね?」
それはそうだ。
先ほどの戦闘で、既に彼がエヴァを運用しさえすれば、使徒など問題ない事などこの場にいる全員が知っているのだ。
彼らの視線を一身に受け、困ったように笑う青年はふぅと息を吐き出し、
「僕はある目的を果たす為に姿を隠しました……悪いけどその目的の方はちょっと説明するのが恥ずかしいから、これで納得して貰えると助かるかな?」
そう言い、彼は言葉通り、照れくさそうに笑う。
そんな理由で納得しろと言っても出来るものでは無い。誰もがその一番大事な目的を聞きたいのだ……だがしかし何故か彼の表情を見ると、それ以上言葉を発することが出来ず、問いただすことが出来なかった。
発令所に重苦しい沈黙が降り……聞いて失敗したかなぁと頭を掻いていたミサトは、何かを思いついたようににやりと笑い明るい声で、全員の視線を集めた。
「はいはい。ここで皆に、特に女の子達に注意なんだけど、こんなに可愛い顔したシンちゃんは一皮剥けば、この風貌からは全く想像出来ないほど、かな~り獰猛な狼なの。少しでも隙を見せたらパクリといかれちゃうから、後で泣きたくなかったら気を許しちゃ駄目よん」
その意図に気づいたのか、一瞬苦笑を浮かべたシンジは、心外だとでも言いたげなじと目を作り、彼女に詰め寄った。
「ミサトさ~ん、ちょっと人のことを節操無しのろくでなしみたいに言わないでくださいよ。少なくとも僕は浮気を一度もしたことありませんよ?」
「浮気はしないねぇ。世界中に現地妻を作りまくってる男が何言ってんだか」
「現地妻って……その期間しかいませんよって予め納得づくで、相手の方には付き合うかどうかは決めてもらっているわけですし、最後は結構、綺麗に別れてますよ?」
「相手が未練たらたらで泣いて縋っても、無視して一方的にいなくなるのが綺麗な別れねぇ……全く初めて会ったときは可愛い純情少年だったのに、いつの間にかこんなに軽くなっちゃって、ほんと誰に似たんだかねえ」
「うーん、僕としては偉大な姉の影響を多大に受けたつもりなんですが……」
「ほぉ、私を見て育ったらそんなになったと……少し見ない間に言うようになったじゃな~い」
「いたたたた! 決まりすぎです、ミサトさん! ギブですギブ!」
「おほほほっ、離さないわよシンちゃん。女の敵に月に代わっておしおきよ!」
「ぎゃああ~~~、本当に落ちる! 落ちるぅ!」
本当に楽しそうな笑顔でヘッドロックをかける作戦部長と、本気で痛そうな悲鳴を上げている英雄に、少年少女の誰もが目が点になった。
それまでのやり取りを黙って見ていたリツコも、どうしていいか分からないといった様子の子供達を見るに見兼ねたのか、苦笑を浮かべ、注目を集めるようにパンパンと手を打ち鳴らした。
「はいはい。ミサトにシンジ君。二人の仲が良いのはよく分かったけど、皆唖然としてるわよ。じゃれ合いはそれ位で紹介の続きをしなさい」
ただ空気を換えるだけのつもりだったはずが、久しぶりのやり取りを本気で楽しんでしまっていたのかもしれない。
気恥ずかしげに頭を掻きながらミサトが離れていき、残されたシンジは困り顔でリツコに尋ねた。
「リツコさん。いつもはもっと適当にやってるので良く分からないんですけど、僕はこれ以上何を話せば良いんでしょう?」
「確かにこんな新入部員歓迎会みたいな事をやろうと思うのはミサト位ね……そうね。もう少し詳しく、あなたがどういう人間なのか説明してあげたら良いんじゃないのかしら?」
「僕がどういう人間か。ですか……」
ふむと考えるように顎に手を添えるシンジ。
再び発令所に沈黙が降り、その静けさに何となく緊張し、チルドレン達はごくりと生唾を飲み込み……
「僕は『バカシンジ!!』
口を開きかけた彼の言葉を遮り、突然聞こえてきた鼓膜が破れそうなほどの大声に一斉に耳を押さえた。
何事かと原因を探り、辺りを見渡せば、発令所の大きなモニターに赤髪の美女が映るウインドウがめいいっぱい広がっていた。
「あっ、久しぶり~」
『久しぶり~。じゃないわよ! バカシンジ! あんた急にいなくなった癖に、何普通に本部なんかに現れてんのよ!?』
「まあ、説明すれば長くなるけど色々あったんだ……それよりアスカまた綺麗になったね」
『えっ、そ、そう?』
セカンドチルドレン、惣流アスカラングレー。
青年が普通に発したアスカという名前でようやくその正体に気づき、しかしそれでもこれが本当にあのセカンドチルドレンなのかと彼らは疑った。
何せ、彼らがセカンドチルドレンについて確認出来たのは、使徒と戦う際の勇ましい姿か、メディアに露出した際の大人びた理知的な姿のみ。
戦乙女と称えられるほどの美しく勇敢な姿しか知らない彼らが、一人の青年に綺麗になったと褒められ、年頃の女性らしく照れる今の姿と直結しなかったのも仕方が無い事だ。
少年少女が呆然とする中、彼女は勢いよく言葉を続ける。
『ま、まぁ私が綺麗な事は当然のことだしぃ……ってそうじゃなくてようやく捕まえたわよ、このバカ! バカシンジの癖にこの私に一年も顔見せる所か一度も連絡寄越さないって何様のつもり!? どっかで野垂れ死んでるのかと思ったじゃない!』
「ごめんごめん。でもアスカって結構、僕の位置把握してたんじゃないの?」
『な、ななな何でそれを!?』
「何でってアスカ、僕の位置を把握するのに加持さんに頼んだろ? そのついでで加持さん結構、僕の所に会いに来てくれたよ?」
『何で私が会ってないのに加持さんだけ……裏切ったんだ。加地さんも皆と同じで私の事、裏切ったんだ!』
「それ僕の台詞じゃ……アスカは加持さんに僕にばれないよう言ってなかったみたいだし、別に裏切ったわけじゃないんじゃないかな? それよりわざわざ通信繋げてきたって事はアスカ、僕に何か用事があったんじゃないの?」
『そ、そうよ。バカシンジ! あんた何で、中国ロシアアメリカで、次が日本なのよ? どう考えても次は絶対ドイツでしょ!? 飛行機にでも乗ってさっさとこっち来なさい!』
「いや、何でその流れでドイツが絶対なのか分からないけど……でもすぐに来いってのは無理だよ? もう既に日本のネルフと一ヶ月契約結んじゃったし、一年放浪した後は一度戻ってこようって前々から決めてたしね」
『む、むー。じゃ、じゃあ次でいいわ。次は絶対にこっち来なさいよ!』
「ドイツかぁ……でもアスカが教育しているドイツのチルドレンは優秀だしねぇ。僕に教えられることは無いし、特に行きたいところがあるわけでもないから行っても特にやる事無いし……そっちにいる間ずっと、アスカが相手をしてくれるって言うなら考えるけどね」
『えっ、えっ、私?』
「駄目かな?」
相手をするという言葉に色々と妄想を膨らませたのか、赤髪の美女は真っ赤な顔で俯いた。
ニコニコと笑顔で答えを待つシンジにちらりと視線を向けると、やがて大きく息を吐き出し、今だ赤みの取れぬ顔で偉そうに腰に手を当て、胸を張り、尊大に言い放つ。
『バカシンジの相手なんて本当は冗談じゃないけど? まぁあんたがどうしても相手して欲しいって泣いて頼むんだったら、この忙しい私が貴重な時間の合間を縫って、少しぐらい相手してあげても『セカンド邪魔』
しかし話の途中で冷めた声と共に赤髪の美女に変わり、モニターに大写しになったのは蒼銀色の髪を持つ美女。
『セカンドはうるさい……それよりも碇君、会いたかった』
「僕も会いたかったよ。綾波も綺麗になったね」
『……何を言うのよ』
ファーストチルドレン、綾波レイ。
チルドレン達はその登場に先ほどと同等に驚き、そしてまたもやこれは本人なのかと疑った。
メディアに映る彼女は蒼銀色の髪に、赤い瞳という月の女神と称えられるに相応しい神秘的な容姿を持ちながら、常に無表情で何処か人形めいたものを感じさせていた。
しかし今目の前にいる女性からは、その容姿も言葉少ないその様も知っている通りなのだが、その表情は何処か輝いているように見え、透けるような白い肌が薄っすらと赤く染まっているのだ。
彼女はあまり抑揚もつけずにゆっくりと、しかし何処か緊張した面持ちで言葉を続けた。
『そんな事よりも碇君。ドイツなんか良いから、次はノルウェーに来て』
「ノルウェーって、今、綾波のいる所だよね?」
『ええ……ノルウェーいいとこ、一度はおいで。よ』
「うーん……綾波がそんな事言う様になるなんて何か感慨深いなぁ。色々と勉強したんだね」
『……碇君が教えてくれたから』
「僕そんな事教えたっけ? さっぱり覚えが無いけど……まぁいっか。でも綾波がいるのに僕が必要って、ノルウェーはそんなに困ってったっけ?」
『北欧は全部一緒なの』
「全部一緒? ああ、そうか。北欧の守りは全部一箇所の支部で統一してるんだっけ?」
『そう……だから私一人では20人も教えられないの』
「そっか、それは手伝った方がいいかも……でもドイツにいけば、アスカが相手してくれるっていうのは惜しいなぁ。あっ、そうだ。ノルウェーにいけばその間、綾波が僕の相手をしてくれるって考えても良いのかな?」
『め、命令ならそうするわ』
「命令ならなんて悲しいな。僕は綾波自身の言葉が聞かせてほしいのに……」
悲しげに眼を伏せるシンジに、レイはあっ、と手を伸ばし……何かを決意するように首を振った後、その手を握り締め、胸元に引き寄せながら真っ直ぐと前を見つめ、モニター越しでも、その想いを伝えようとするように一生懸命言葉を紡いだ。
『こんなモニター越しではなく、私は碇君に直接会いたい……だって私の望みは碇君と一つに『おっと、そうはいかないよ!』
精一杯の告白を邪魔するように、いや、事実邪魔するために現れたウインドウに映し出されたのは銀髪の美しき青年。
『ふぅ、彼女は稀に大胆な行動を取るから、油断ならないねぇ……っとそれよりシンジ君。君の笑顔は相変わらず好意に値するね』
「ありがとう、カヲル君の笑顔は相変わらず爽やかだね」
『ふっ、それが僕のアイデンティティーだからね』
フィフスチルドレン、渚カヲル
衝撃も三度目ともなれば流石に驚きは無いが、それでもその美貌は衰える事無く、ファサッと爽やかに髪をかきあげる彼の綺麗な笑顔に、少女達は頬を染める。
しかし当のカヲルはそんな少女達の様子を気づいて無視しているのか、それとも全く気づいていないのか、怪しく揺らめく赤い瞳を、笑顔のシンジただ一人に向けて、甘く囁く。
『ドイツもノルウェーも確かに良い所だと思うけど、次はイタリアでどうだい?』
「イタリアね……カヲル君の所かぁ。でもイタリアのネルフって統率も取れてるし、世界最強の支部と名高い所だよね? 僕なんて本当に必要ないんじゃないかな?」
『人はエヴァの為に生きるにあらず、さ。イタリアは観光スポットも美味しい食事も豊富だよ』
「あ~、そっか。確かにそれは一度行ってみたいかもしれない……」
『君はその心のままに動くべきだよ。勿論、君がこちらに来るのなら僕がつきっきりで案内してあげるよ。フィレンツェの美術館で芸術を嗜み、ミラノでショッピングを堪能し、ナポリの街を探索する。僕らの友情が深まること間違い無しさ』
「うーん、楽しそうだねぇ」
『そして夜には僕の家に行こう。僕が用意した上質な赤ワインと君の作るパスタで会話は弾む。そのまま僕ら二人で街灯の灯る美しき街並みにも負けない素敵な夜を描きだし、夜明けのコーヒーを飲もうじゃないか!』
「僕ら未成年だし、お酒は止めておこうよ。って言うか最後のは友情を深めるのとは違った方向性に行ってる気がするんだけど……」
『昔、誰かが言った。法は破るためにある。っとね。それに最後の部分も全然違ってないよ……綾波レイではないけれどね。僕の望みはシンジ君との友情を深めていき、そして身も心も一つになる事なんだよ』
「ごめんなさい。謹んで辞退させて頂きます」
『ふっ、あっさり断られてしまった……君は一時的接触を極端に嫌うね。シンジ君は相変わらず繊細な心を持っているようだ』
「えぇ、そうかな? 今は人に触れるのも結構大丈夫だし、皆には変わったって言われるんだけどなぁ」
『それは物事を一面でしか捉えられない単純な人間の言葉さ。僕から見た君は出会った頃と少しも変わらない。いつまでも変わらない繊細な心は好意に値するけど、君は少し臆病すぎるね……怖がらないで。一度試してみれば世界が変わるよ。さぁ、僕と共に新たな世界へと旅立とう!』
「はははっ、相変わらずカヲル君は面白いなぁ。さて冗談はこれ位にして……確かにカヲル君には一度、前の事でお礼をしなくちゃと思ってたし、次はイタリアに行こうかな?」
女性が囁かれれば、喜びのあまり卒倒しそうなほど魅力的な告白を、あっさりと流されたカヲルは、いつものアルカイックスマイルをほんの少しの苦笑に変え、言葉を続ける。
『君の頼みを聞くことは僕にとっての喜びだし、恩に感じる必要は無いさ。まぁ、折角来てくれるというのにそれを無碍にするつもりはないけれど……それよりシンジ君。いつも言っているけど先ほどからの言葉は冗談じゃなく、僕は本気で『アホかぁ!』
銀髪の青年の告白の途中、突き飛ばすように現れたウインドウに映し出されたのは、黒髪を短く切りそろえた勇ましい表情の青年。
『ったく渚の奴は相変わらず台詞がやたら長ったらしく芝居がかっている上に、内容も気色悪いのぉ。っとそんな事よりシンジ。お前元気そうやな』
「お蔭様で、トウジも元気そうだね」
『ワイの取り柄はそれしかあらへんからな』
フォースチルドレン、鈴原トウジ。
彼は一週間ほど前までこの日本にいた最もよく知るオリジナルチルドレンではあるが、その時の彼を知っている者にとってはある意味、先ほどの三人よりも衝撃だった。
普段、あまり己を語らず、常に厳しい表情で笑顔など見せた事もなく、戦場では誰よりも先を走り、ついてこれる奴だけついて来いと背中で語る戦国時代の武将のような男であった……しかし今、その男が青年の前では、少年のように楽しげな笑顔を見せている。
にっかりとそんな擬音がつきそうな明るい笑顔を浮かべたトウジは、そのまま言葉を続けた。
『それより、そっちの状況見てくれたなら分かる思うが、どうもワイは教えるのに向かへんみたいやねん。日本の次はオーストラリアの方に寄ってくれへんか?』
「そうかなぁ。あんまり見てないから詳しくは言えないけど、こっちの子結構皆頑張ってると思うよ。って言うかトウジ。こっちはしょうがないけど、そっちはまだ一週間だろ? 諦めるのはまだ早いんじゃない?」
『まぁなぁ、でもどうにも……まぁ、それは置いとくにしてもやな。アキの奴が最近色気づいて、センセを紹介しろ紹介しろ言うてうるさいねん』
「うーん。会いたいって言ってくれるのは嬉しいけど、アキちゃんってトウジの妹だろ? 僕自身そんなつもりは無いんだけど、評判ではかなり鬼畜な奴になっているみたいなんだけど、大事な妹をそんな奴に会わせて良いの?」
『おうおう、乱世の英雄、碇シンジの武勇伝はこっちにも聞こえとるで。随分お盛んらしいなぁ……まっ、でもアキに会えば、センセの方が惚れ込んで、離したくなくなる思うで』
「兄馬鹿だねぇ」
『アホォ。身内の欲目やのうてホンマの事言うとるだけや。口うるさい所はあるが、赤毛猿やら、鉄面皮やら、ホモやらの灰汁の強いのよりは随分ましなのは確かや』
『赤毛猿ぅ!?』
『……私が鉄面皮ね』
『という事はホモとは僕の事かな?』
トウジの言葉に反応し、今度は先ほど消えていったオリジナルチルドレンが総出で現れ、モニターを四分割した。
『トウジ君。その言葉は訂正してもらいたいね……僕が望むのはシンジ君との関係だけ。何物にも変えがたきこの想いを単純に同性愛者と一括りにされるのは納得いかないよ』
『同じやアホォ。考えただけでも気色悪ぅてサブイボ出るっちゅうねん』
『さ、サブイボ……なんて下品な言葉だ。本当に君は好意に値しないね。嫌いって事さ』
『おお、おお、どんどん嫌ぅてくれて結構や。ワイはノーマルやから、ホモも暴力女も勘弁やからな』
『暴力女って何よ! 馬鹿で下品なジャージ男なんてこっちから願い下げよ!』
『アホかっ、もうジャージは卒業したっちゅうねん! っとそれよりワイは別に惣流の事とは一言も言ってへんで。お前にも一応自分が暴力女っちゅう自覚はあったんやな』
『なぁんですってぇ! アホジャージの癖に生意気よ! ドイツチルドレン引き連れてそっちに乗り込んでやるから首を洗って待ってなさい!』
『だからジャージは着てへん言うとんのにこの女ぁ。やれるもんならやってみぃ! 返り討ちにしたるわ!』
『碇君……私の所に来て。私の望みは碇君と一つに『ファーストぉ! あんたはどさくさに紛れてさっきの続きしようとしてんじゃないわよ!』……本当にセカンド邪魔』
どういう操作をしているのか、全員のウインドウは相手を押しつぶすように大きくなったり小さくなったりを繰り返し、全員が全員それぞれ口勝手に低レベルな口喧嘩を続けている。
いつまで経っても終わりそうに無い不毛な言い争いを、シンジは皆元気だなぁ等と暢気に呟いて、何が楽しいのかにこにこと微笑みながら見守り、チルドレン達は尊敬するオリジナル達のこんな姿が信じられず、ただ呆然とモニターを見上げるのみ。
そんな中、ネルフが誇る才女二人は同時に大きなため息を吐き……
「……リツコ」
「ええ……分かってるわ」
リツコのコンソール操作により、モニターの電源が落とされ、四人の姿はふっと消え、今までの騒がしさが嘘のように思える静寂が、発令所を包み込む
呆然とする少年少女の前で、振り返ったシンジは彼らの疲れきった顔を見回して、にこりと微笑み。
「まぁ、というわけで僕はこんな感じの人間だから、これから皆よろしくね」
どんなだよ!
と全く意味不明な彼の言葉に心の中で同時に突っ込む彼らだが、疲れきった頭の片隅で、常に冷静沈着で、雲の上の存在であるオリジナルチルドレンが彼に関わるだけで全員あんな風に変わるなんて、この人は見た目どおり普通の人というわけではないのだろうなぁと目の前の青年について何となく理解するのだった。
後書き
何だ……これ?
もう何か、前回気に入っていただいて楽しみにしてくださった方、ここまで読んでくださった方々、ごめんなさい。
勢いのままに書いたらこんな事に……ごめんなさい。いや、もうほんと何だか本当にごめんなさい。
謝りすぎて、もう何に対して謝っているんだか分からないことに謝りたい気分です。
そんなこんなで内容には全く触れずに謝ってばかり、書く意味無いよなこれって感じの後書きでしたが、皆様がここで断念せずに、最後までついてきて欲しいなぁという事だけはしっかり願いつつ、終わりにします。
それではまた次回のお話で。