初号機篇 第壱話の後日譚+裏話です。
成人女性視点であるため、それなりのストーリー進行があります。直接的な描写はしませんから18禁というわけではありませんが、15歳以下の方にはお奨めしません。
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火傷の痕も生々しいその掌で触れられても、思っていたほどの激情は湧かなかった。嫉妬に焦がれて、よりこの人のためにこの身を投げ出しかねないと、考えていたのに。
…
なるほど…ね。
レイからそう聞いてなかったら、今、まぶたを開くことはなかっただろう。
その眇めた眼差しの中にぼやけて映る私の姿こそ、この人にとっての私に違いない。輪郭はおろかその色彩すら曖昧で、ただ人の形をした物体が映っているだけだった。男性のそれは視覚に拠る所が多いと聞くから、この人が私にオンナを求めてないということを膾に刻むように実感する。利用するための作業、にすぎないのだろう。
レイがそう感じたように、この人は私も見ていない。そのことは解かっていたはずなのに……、ダメね。人はロジックじゃないもの。
「今日は安全です」
それでも。と一縷の望みを篭めて口にしたのは、愚かな女の言葉。女としての母さんを憎んでいた私にとって、口が裂けても言えない言葉のはずだった。
「…」
ぼそりと返された言葉は、上辺には私を気遣う言葉。私を大切にしている言葉だった。
けれど、やはり解かってしまった。
この人にとって、万が一の危険を冒してまで求めるほどの価値が、私には無いということを。
それに、信用されてない……いえ、見縊られているということを。
こんな私でも、最低限のプライドがある。イリノイの女医じゃあるまいし、そんな陳腐な罠で男を繋ぎとめようだなんて思ったりしない。
途端に湧き上がった怒りに、爪を立ててしまう。
この人は、私がそんな女ではないことを知らない。知ろうともしないのだ。
…
食い込んだ爪の感触が、それが齎す手応えが、この人の眼鏡を踏みつけた時とは違うと、気付く。それは、暴走した零号機の実況見分でこの人の眼鏡を見つけた時とでは、私の心が違うから。
預けられた体重を鬱陶しく感じて、自分が女だと実感してしまう。心一つで、まるで別の肉体のようだった。男は相手を愛してなくても抱けるそうだが、女は違うらしい。相手を愛してなければ、触れられることすら苦痛になる。相手が愛してくれているなら、まだしも……。
耳元で荒い息をつくこの人を、私はきっとこの人が私を見るような目つきで見ているのだろう。
そのことに少し、自己嫌悪。
この人が私を利用しているというなら、私だってこの人を利用していたのだ。
注いだだけのものに見合う見返りがないと気付いたから、それでもいいと妥協できなくなったから興味を失っただけなのに、そのことをこの人のせいにしようとしている。
ベッドの端で背を向けたこの人に声をかけようとして、口を噤む。
決意を口にする前に、熱いシャワーが欲しかった。
おわり
2008.7.14 DISTRIBUTED
このシリーズでは一貫して一人称視点で表現していますが、パイロット執筆の段階では気にせず他者視点を描くこともあります。必要に応じて本執筆時に反映させるのですが、初号機篇ではキャラ設定的に放置の方向でした。…そんなんだから作品ごとお蔵入りになるんですが…orz
ここまでお付き合いくださった方であれば、省略された部分を解かっていただけるかもしれないということで今回追加しました。
注:イリノイの女医
男性から騙し取ったモノで受胎し、養育費を勝ち取ったヒト(実話)