ターミナルドグマへ向かう途中、リニアエレベーターで碇君と一緒になった。
…
…あまりにも重くて、それでリニアエレベーターが沈んでいっているのかと思わせるような、沈黙。
物理的な圧力を以ってのしかかってきて、息苦しさまで覚えてしまいそう。
サハクィエルと戦ったあとから、私と碇君との間で成立した会話は数えるほど。碇君から話し掛けられることが、とても減ったから。
碇司令に褒められたいと言っていた碇君は、自分が褒められなかったことに、私だけが褒められたことに、思うところがあるのだろう。
それはきっと、妬みと呼ばれる感情。感じたことがないから、断言は出来ないけれど。
けれど、視界の隅から盗み見た碇君の表情は、それだけで構成されているわけではないように思われた。
胸郭から抜け落ちるような、呼気。いつのまにか、呼吸まで自粛していたらしい。
「明日、父さんに会わなきゃならないんだ。なに話せばいいと思う?」
ようやく口を開いてくれた碇君の選んだ話題は、碇司令のこと。それをすこし、さみしいと思う自分がいた。
「…碇君は、何を話したいの?」
「よく、判らないんだ」
今、なにを話しかけたらいいか判らなかった私には、碇君の気持ちがよく解かるような気がする。
「…碇司令に、訊いてみたいことは?」
「父さんに…か、」
考え込んでしまった碇君。けれど、この沈黙は痛くない。
ベルが鳴って、リニアエレベーターの加速が鈍る。碇君の目的のフロアに到着したらしい。
「お陰で、なに話していいか判ったような気がするよ。ありがとう、綾波」
すこし硬さのとれた笑顔に、私には判らない成分を含ませて、碇君がリニアエレベーターを後にする。
「…どういたしまして」
押していた開のボタンから離れた指に、絞られるような痛み。ココロとカラダが乖離して、千切れたような。
「あっ綾波?」
閉じ始めた扉のセーフティを叩くようにしてリニアエレベーターを降りてしまったけれど、何か、明確な理由があったわけではない。
ただ、このあと私はターミナルドグマから当分戻れなくなる。このまま碇君と別れては、いけない気がしたのだ。
「…碇君。私…」
けれど、言うべき言葉を持たない。
「…」
「綾波…あの?」
自分のココロを、言葉にできない。
泣きたくなる原因の、潰し方が判らない。
溢れたココロは、ただ涙となってこぼれ落ちることしか知らない。
「…綾波…」
一歩、こちらに踏み込んできた右足と、ついて来ない左足。碇君の途惑いは、きっと私のせい。
碇君を困らせてるかと思うと、自分の存在すら赦せなかった。
「…ごめんなさい」
自分を消し去ることはできないから、せめて顔を伏せて、駆け出した。
****
ガラスシリンダーの中で、LCLに浮かぶ。
魂のバックアップ作業は、私が綾波レイとなってからは初めてだ。それまでは、少なくとも1ヶ月に1回は為されていたのに。
それに、赤木博士も居ない。綾波レイの記憶に拠れば、実際の機器操作は全て赤木博士に任されていた。
まぶたを閉じているのに、碇司令の視線を感じる。それから逃れたい、隠れたいとココロが欲しても、狭いガラスシリンダーに逃げ場はない。薄紙の一枚でよいから隔てるものを欲しいと思う。
ヒトの感じる羞恥心とは、こういうものかもしれない。などと思ったのは、ずっと後のこと。
「レイ…」
呼びかけに、まぶたを開く。
その視線を霞ませるような、サングラスという形のココロの壁。少し安堵するけれど、この姿に別のカタチを見出されていることに変わりはなくて、つらい。
せめて焦点をぼかそうとして……しかし、綾波レイの記憶に残る光景との間に生じた違和感が答えを求めて、知らずその視線を受け止めていた。
そういえば前回のバックアップの時、碇司令はレンズが素通しのメガネをかけていたはずだ。零号機の起動実験で破損したことは知っているが、何故それがサングラスに変わったのか、私は知らない。
***
碇君の姿を見つけて、ついフレームの陰に隠れてしまった。碇君が昨日のことをどう思っているのか、私では想像もできない。
ここには、このVTOL機が着陸できるだけの場所がないようだ。刻まれた道路の法面にホバリングで横付けし、碇司令が降りていった。
一瞬、視線を感じたけれど、ついて行かない。
― 用事がある。作業も中断だ。ついて来い ―
無為にターミナルドグマに留まっていても愉しいことは何ひとつないから、碇司令の言葉に従った。赤木博士が居てくれれば、他の選択もあったかもしれないけれど。
今はそれを後悔している。
碇君は司令に会うと言っていたから、この事態は予想できたはずだった。
谷を一つ挟んで、VTOL機が着陸する。元は、何か店舗があっただろう場所の駐車場。放置され、荒れ果てたさまが寂しい。
キャノピー越しにはるか遠く、碇君と司令の姿。ATフィールドで光の屈折率を操作して、視界内を拡大したいという誘惑に、耐える。
しゃがんでいた碇君が立ち上がって、司令の方を向いたところだった。
この距離で見えるとは思えないのに、再びフレームの影へ隠れてしまう。
なぜ私は、碇君から逃げなくてはならないのだろうか?
私が悪いわけではないと思う。もちろん碇君は悪くない。
誰も悪くないはずなのに、なぜココロの距離は離れてしまうのだろう?
アイドリングだったエンジンが、唸りを増した。時間が来て、碇司令を迎えに行くらしい。
「レイ…、なにをしている」
キャビンに上がってきた碇司令が、シートに沈み込むようにして身体を隠していた私を見咎める。
「…碇君に、見られたくありません」
そうか…。と向けられた視線は自然と私の瞳孔を捉え、碇司令がほんの少しだけ私自身を見てくれたような……、そんな気がした。
****
「いやぁ参っちゃったわよねぇ。あっさり抜いちゃったりしてぇ? ここまで簡単だと、正直ちょっと拍子抜けよねぇ」
惣流アスカラングレィは、上機嫌だ。先ほど行なわれたシンクロテストで、葛城三佐に「は~い、ゆーあっナンバーワン♪」と言われて以来。
シャワーを浴び、衣服をまとう間も、ずっと口を開きっぱなしだった。
「まっ、ここんところアンタちょっと調子悪いみたいだけど、ワタシに置いてけぼり食わないように、頑張んなさい」
頻繁に背中を叩かれるのは痛いけれど、惣流アスカラングレィはとても嬉しそうで、だから私も嬉しい。
「さ、帰るわよ。早く仕度しなさい」
「…えぇ」
私の帰り支度を妨害していたのが誰か、そのことは口にしないほうがよいのだろう。このこと知ってる。処世術と、赤木博士が言っていた。ヒトが、ヒトとの関わりを潤滑にするために憶える技術だと。
****
赤木博士の研究室の前に、人影。今まさにドアフォンを押そうとして。
「…伊吹二尉」
振り返った伊吹二尉は、私を見て後退った。瞳孔が急速に散大して、その中に私の姿が大きい。
「…レイ … ちゃん…」
このヒトが、こんな目で私を見るようになったのは、ラミエルと戦ってしばらくしてからだったと思う。碇君による零号機の再起動実験が成功して、ダミープラグの開発が始動した、その時から。
私の姿を追って突き刺さるような視線は、私がそちらを向くと微妙に逸らされていた。今は近すぎるからか、微動だにせず私に向けられて。
伊吹二尉が私に対して感じているものを、今の私なら少し感じとれる。それが恐怖なのか、嫌悪なのか、それともさらなる感情なのか、そこまでは判らないけれど。
私の存在自体が誰かをおびやかしているかもしれないと思うと、この身を消し去ってしまいたくなる。でも、それはできないから、せめて伊吹二尉の視界から外れようとしたその時、
「あら? 貴女達」
「…赤木博士」
「せんぱい…」
ドアが開いた。
「レイ。そのワンピース、似合うじゃない。ようやく着る気になったの?」
赤木博士から与えられた衣服をどう取り扱っていいか判らなくて、今まで放置していた。制服とパジャマがあれば、全て事足りていたから。洗濯当番の日に非番が重なった葛城三佐がなぜか私の制服を洗ってしまわなければ、こうして袖を通すことはなかっただろう。
己が身ひとつで生きる使徒にとって、衣服もまた理解の及ばないものだ。羞恥心というものを知ったと思える今ならその有用性は解からないでもないが、衣服を着用することそのものを愉しむという感覚はやはりよく解からない。
けれど、抱きつかんばかりの勢いで葛城三佐に褒められたり、いま赤木博士の優しい眼差しにさらされていると、それが及ぼすことへの喜びを見出せるような気がする。
「衣服は、その人の所属や主張を代弁する物でもあるわ。レイ、今の貴女はどこにでも居る普通の女の子みたいよ」
……どこにでも居る普通の、女の子。その言葉に覚えた熱量を、逃すまいと胸元を押さえた。物理的な熱ではないけれど、そうせずには居られない。
「そのワンピースもそうだけど、貴女に渡した衣服は全てマヤが選んだのよ。お礼、言っておきなさい」
言われて見やった伊吹二尉が、また瞳孔を散大させた。こういう時、何て言えばいいのか判らないけれど、この服を着用することで得られた私の気持ちを伝えたいと思う。
「…この服が、私に喜びを教えてくれました。他の服も、私に喜びをくれると思います。
…ありがとう、ございました」
下げた頭を戻した時、盛んにしばたかれるそこには、恐怖も嫌悪もないように見えた。
「どう…いたしまして」
抑揚のない返事だったけれど、それは感情を隠しているわけではないように思える。
「さあ、いつまでもこんなところに突っ立ってないで中に入りなさい。時間がないわ」
ダミープラグの開発のために呼び出されたコトを思い出して、まるで冷水を浴びせかけられたかのようにココロが冷えた。
「…あの」
一歩下がって、赤木博士からも伊吹二尉からも、垣間見える赤木博士の執務室からも視線を逸らす。
…
「ダミープラグの開発は、気が進まない?」
応えない。応えられない。今、ここに居たくないことも、ターミナルドグマに赴くたびに喚起され、私を蝕もうとする綾波レイのココロのことも。
「貴女の気持ちが解かるとは言えないわ。しかし備えは常に必要なのよ。人が生きていくためにはね」
…ヒトが? と見上げた私の視線を受け止めたまま、「そう、人が」と赤木博士が頷く。
その、ヒト の範疇に私も入れてもらえているような気がしたから、心に占める諸々を締め出せる。
「…わかりました」
赤木博士に促されて、引き込まれるように研究室へと足を踏み入れた。
「あの!」
背後からかけられた声に振り向くと、伊吹二尉が手にした紙袋を突き出して、
「めっ珍しく鳴門金時が手に入ったので、フランを作ってきたんです!ですから!お茶にしませんか」
まるで悲鳴のように一気に言い切った。
下唇をきつく噛んでいるのが、判る。けれど…、固く閉ざされていたまぶたがそっと開かれた時、私に注がれた視線は、潤みすら含んで柔らかい。
「そのっ!…みんなで……」
伊吹二尉の視線に釣られて、赤木博士を見やる。
仕方ないわね。とついた嘆息に湿度は一片も感じられず、なんだか軽やかだった。
****
『そりゃもう、こういうのは、成績優秀、勇猛果敢、シンクロ率ナンバーワンのワタシの仕事でしょう?』
機嫌よさそうに言い放った惣流アスカラングレィは、通信を閉ざすなり接敵を始めてしまった。
向かっているのは、宙に浮いた縞模様の球体。このヒト知ってる。レリエル、第12使徒。
「…葛城三佐?」
発令所への通信ウィンドウには、こめかみを押さえた葛城三佐の姿。
『レイ、シンジ君。バックアップに廻って』
「…了解。初号機、バックアップ」
『零号機も、バックアップに廻ります』
惣流アスカラングレィの機嫌のよさが染ったみたいに、弐号機の動きが速い。
『シンジ、ファースト!そっちの配置はどう?』
「…待って」
『そんなに早く移動できるわけないよ!』
ビルを盾に大通りを横切った瞬間、視線が通って弐号機の姿が見えた。スマッシュホークを構えたまま、不自然に前傾姿勢になる。
「…いけない」
レリエルの注意を惹きつけるためにハンドキャノンを構えた時には、弐号機右肩ウェポンラックから、ニードルショットのフレシェットが射出されてしまっていた。
『消えた!?』
『なに?』
『パターン青、使徒発見!弐号機の直下です!』
なりふり構っている時間はない。インダクションレバーを引き起こし、高機動モードへ。電源ケーブルは断ち切れるに任せ、弐号機めがけて一直線に駆け出した。
『かっ、影が!なによこれ!』
幸い、正面に立ち塞がるようなビルは無いけれど、初号機を掠めそうなビルには銃弾を、低いビルは踏み潰して突き進んだ。
『アスカ、逃げて!アスカっ!!』
黒い円の中心で、弐号機はもう胸元まで沈んでいた。
ATフィールドを帯状に弐号機まで伸ばし、先端は析複化の応用でUの字型に加工する。そのATフィールドに引っかかった弐号機が、こちらを見た。
「…惣流さん」
駆け込んだ勢いそのままに、弐号機の腋の下に手を差し入れる。
『ファースト、アンタなんで…』
その言葉を私が口にしていいものか、すこしためらったけれど。
「…仲間だもの」
何か言い立てようとした惣流アスカラングレィを視界から外し、弐号機を持ち上げる。
「…碇君!」
『綾波、こっちだ!』
私の意図を読み取ってくれた碇君が、腰を落として受け止める体勢。すこし、嬉しい。
『ちょっ、ファースト、』
皆まで聞かず、弐号機を投げ飛ばした。
『こら~~~~』
引き摺るような悲鳴を残して飛んでいった弐号機が、零号機に受け止め…られずに諸共に潰れた。
碇君と惣流アスカラングレィは目を回したみたいだけど、無事。
通信ウィンドウ越しにそれを確認すると、その横のカウンタが、残りわずか。
「…葛城三佐。初号機、活動限界です」
『なんですって!』
電力がなくなったくらいで初号機が止まることはないけれど、今は状況の流れのままに。
『ファースト? アンタ!?』
弐号機との通信ウィンドウに笑顔を向けた途端、エントリープラグの照明が落ちた。すぐさま灯った非常電源の赤い光が、惣流アスカラングレィの代わりに私を非難するよう。
…
この時を、待っていた。
準備を整えて、待っていた。
初号機がレリエルに呑み込まれきっただろうことを見計らって、まぶたを閉じる。
意識を移すと、そこは初号機のココロの中。オレンジ色した水面と、赤い空。
水底深く視線をめぐらせると、そこに碇ユイが2人いる。
胎児のように身体を丸め、その眠りは深い。
1人は、初号機に乗って以来続けてきた、碇ユイを拾い集め、隔離していく作業の成果。ときおり寝言めいてくすくすと笑っているのは、長き虜囚の果てに、ココロ壊れてきているから。
もう1人は、ロンギヌスの槍を刺しに行ったときにリリスを使って、様々な宇宙の碇ユイから模ってきたココロの雌型だった。
ここ最近の私のシンクロ率が特に低かったのは、そのためだ。
…
水面に揺れて見える、碇ユイ。それはきっと、宇宙がなくしたピース。
私は、幾多の宇宙を護ってきた。力ずくで、6グレートグロスと1グロスと6ダース。そして、エヴァンゲリオンとして過ごした、6つ。
その中で、ひとつだけ特に印象に残っている宇宙があった。
初号機として赴いて、碇ユイを捕り込むことなく戦かった宇宙。そこは、私が生まれた宇宙を別にすれば唯一、碇シンジが笑っていた――幸せそうに見えた宇宙だった。
…接触実験を無事終わらせた碇ユイに向けられた、幼子の笑顔が。…シャムシェルと戦ったあとにアンビリカルブリッジで叱られた少年が呟いた、願いが。今まさに目の前の出来事であるかのような鮮明さで脳裏に浮かぶ。それらを思い起こすたびに、ただ宇宙を護るだけでは足らないのだと想いを新たにしてきた。
ヒトの為すことへの干渉を許されぬ日々の中で、あの宇宙だけが優しかったのだ。
そうして思い至ったのが、彼女の存在だった。その宇宙にあって、他の宇宙にない、欠けたるピース。碇ユイ。
彼女を帰還せしめることで、歪みゆく諸々を引き止めえると期待する。
…
そうしてこの時を、待っていた。
準備を整えて、待っていた。
ロンギヌスの槍が手に入り、リリスの元へ赴き、様々な宇宙の碇ユイからココロを模ってきた後の、この機会を。
リリスのコピーたる初号機なら、ヒトの自我境界線を操ることができる。あのヒトのやり方を、タブリスのすることを見ていた私なら、どうすればいいか教えることができる。
この、2人の碇ユイを混ぜ合わせ、全き姿でこの世界に帰還せしめることができる。
初号機に覚醒を促すと、たちまちコアが臨界を越えて、吼えた。
自らを慰め、しかし縛り付けていたモノからの開放の予感に、打ち震えている。
あまり時間がない。いつまでもこんなところに居る気はないし、長く放って置くと、碇ユイの雌型までもが変質し始めてしまう。
さあ、始めましょう、初号機。
碇ユイのATフィールドを、ココロの壁を解き放ちなさい。
欠けたココロの補完。長き時に偏り、狂ってしまった想いを捨て、二つの魂を今、ひとつに。
そして、この宇宙に齎しなさい…
二つの碇ユイが重なるにつれ、現実の腕の中でその肉体が存在感を増していく。
けれどLCLでは、成分が足りない。
コアのエナジーから直接生成させるのも、LCLを核融合させて作り出すのも、この狭いエントリープラグの中では無理がある。発生する熱で、すべてプラズマ化してしまうだろう。
だから、左手の手首を噛み裂いた。
流れ出る赤い血。赤く照らされたエントリープラグの中にあって、なお赤い。ANALYSYS PATTERN・BLOOD TYPE-RED。それは、ヒトの証。なのに、相当な量を失ってもそう簡単には死ぬことのないこの身体が、私がヒトでないと詰る。私の命じるままに細胞の代謝を落とし、手足への血液供給を遮断しておきながら。様々な赤と、異口同音に。
いまLCLを薄めた私の涙も、碇ユイの肉体を再構成するために使われるのだろう。
…
目前に、碇ユイ。
あのヒトが私にココロをくれたときの姿だから。碇君の母親だから。嬉しい。
目覚めるにはまだ時間がかかるだろうけれど、このヒトが居るだけでなにもかも上手くいきそうな、そんな気がする。
おかえりなさい
声に出さずに呟くと、自然に口元が綻んだ。
さあ、これで初号機は解き放たれた。ヒトの与えた祝福と呪縛から、335京7266兆7880億9066万5241カウントの歳月を越えて。
その悦びと寂しさに、初号機はずっと吼え続けている。当り散らす対象もないままに、手足を振り回していた。自分の力の使い方を知っていたら、とっくにレリエルを殺していただろう。
「…私のココロを、あなたにも分けてあげる。この気持ち、あなたにも分けてあげる」
私を受け入れなさい。貴方でもあるこの私を受け入れなさい。…ほら、心地いいでしょう? ココロが充たされるでしょう?
私では、貴方にココロはあげられない。私のココロを味わわせてはあげられるけれど、貴方そのもののココロをカタチ作ってはあげられない。
けれど、貴方にも使命をあげる。この宇宙の、今を護る戦い。
無尽蔵に湧き上がる力を、心置きなく振るえる相手を教えてあげる。
貴方を取り巻く、この無間の闇がレリエル。他者の抵抗を奪うために、己がココロの虚無を形になさしめた使徒。
さきほどから、私たちのココロに、かぼそい触手を伸ばしてきてるでしょ? 充たしたATフィールドで、貼りつくようでしょう?
知りたいなら、訊けばいいのに。欲しいなら、請えばいいのに。
言葉を持たずココロを知らない使徒は、こうして無遠慮にヒトのココロを撫で回すことしかできない。
よほどココロの壁が薄くならない限り、入ってもこれない微弱な干渉だけれど… …そう、貴方も不快なのね?
なら、言えばいい。「いいかげんにしろ」と。「無礼者」と斬って捨ててやればいい。
途端に発生したアンチATフィールドは、初号機の拒絶のココロを乗せて、たちまちレリエルを崩壊させてしまった。
つづく
2008.05.26 PUBLISHED
2008.06.01 REVISED
special thanks to オヤッサンさま レイ(as初号機)のユイに対する思いの描写不足ついてご示唆いただきました。