「……でありまして、これが世に言うセカンドインパクトであります」
先生がそう言った途端、教室にざわめきが生まれた。
「そのころ私は根府川に住んでいましてねぇ。美味しいお餅屋さんがあって、よく行ったものでした」
本を読むヒト。ゲーム機を取り出すヒト。イヤホンを装着するヒト。先生の話を聞くヒトは居ない。
語る者とてない、セカンドインパクト以前の話。本などでは得難い、その時代に暮らした人々の証言。興味深いと思うのに。
「三人姉妹が看板娘をしてましてね、彼女ら目当ての人たちも多かったんじゃないでしょうか?」
遠く、窓越しに空を見上げるように話していた先生が、こちらを向いた。それでも教室のざわめきが止まらない。
「ちょっとみんな、授業中でしょう」
着席したまま振り返って。洞木ヒカリの叱責はしかし、声を抑えて。
「あー、またそうやってすぐに仕切るー!」
「いーじゃん、いーじゃん!」
「よくない!」
声を荒げた洞木ヒカリを、それから教室を見渡したらしい先生が、こちらを向いて少しその眉を持ち上げた。
「お餅屋さんなのに、なぜか店の裏手で椎茸を栽培しておられました」
体ごと窓側を向いた先生がまた、空を見上げる。
「それを珪藻土切り出しの七輪で焼いてくれるのですが、それがまた美味しかったものです」
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目の前で盛大に溜息をついたのは、私の整形外科の主治医。
見ているのは、シャーカステンに貼り付けた胸部レントゲン写真だった。
「どうやら君の肋骨は、癒合することを諦めたようだな」
ここ。と指示棒で指し示してみせて。
「骨折した断面が丸みを帯びているだろう。基礎層板が形成されつつある」
もう痛みもほとんどあるまい。との呟きに、頷く。
サンダルフォンとの戦いのとき。断崖に叩きつけられたときも転んだときも、肋骨の軋みが気にならなかった。
D型装備や耐熱プラグスーツのお陰だと思っていたけれど、そうではなかったらしい。
手術できればいいんだが…。と、一際大きく嘆息。
「こうなっては内臓を保護する機能は期待できない。入浴以外ではコルセットを外さないこと。解かったかね?」
「…はい」
もうすでにそうしているけれど、言うほどのこともないと思ったので素直に頷いた。
つづく