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No.29636の一覧
[0] シンジのシンジによるシンジのための補完 Next_Calyx【完結済】[dragonfly](2023/05/31 23:36)
[1] シンジのシンジによるシンジのための補完 NC 第壱話[dragonfly](2011/09/07 08:30)
[2] シンジのシンジによるシンジのための補完 NC 第弐話[dragonfly](2011/09/07 08:32)
[3] シンジのシンジによるシンジのための補完 NC 第参話[dragonfly](2011/09/07 08:31)
[4] シンジのシンジによるシンジのための補完 NC 第四話[dragonfly](2011/09/07 08:32)
[5] シンジのシンジによるシンジのための補完 NC 第伍話[dragonfly](2011/09/07 08:32)
[6] シンジのシンジによるシンジのための補完 NC 第六話[dragonfly](2020/06/12 09:17)
[7] シンジのシンジによるシンジのための補完 NC 第七話[dragonfly](2011/09/07 08:33)
[8] シンジのシンジによるシンジのための補完 NC 第八話[dragonfly](2011/09/07 08:33)
[9] [IF]シンジのシンジによるシンジのための 破譚 NC #EX2[dragonfly](2011/09/07 08:33)
[10] シンジのシンジによるシンジのための補完 NC 第九話[dragonfly](2011/09/07 08:34)
[11] シンジのシンジによるシンジのための補完 NC 第拾話[dragonfly](2011/09/07 08:34)
[12] シンジのシンジによるシンジのための補完 NC 第拾壱話[dragonfly](2011/09/07 08:34)
[13] シンジのシンジによるシンジのための補完 NC 第拾弐話[dragonfly](2011/09/07 08:35)
[14] シンジのシンジによるシンジのための補完 NC 第拾参話[dragonfly](2011/09/07 08:35)
[15] シンジのシンジによるシンジのための補完 NC 第拾四話[dragonfly](2011/09/07 08:35)
[16] シンジのシンジによるシンジのための補完 NC 第拾伍話[dragonfly](2011/09/07 08:36)
[17] シンジのシンジによるシンジのための補完 NC 第拾六話[dragonfly](2011/09/07 08:36)
[18] シンジのシンジによるシンジのための補完 NC 第拾七話[dragonfly](2011/09/07 08:36)
[19] シンジのシンジによるシンジのための補完 NC 第拾八話[dragonfly](2011/09/07 08:36)
[20] [IF]シンジのシンジによるシンジのための 破譚 NC #EX3[dragonfly](2011/09/07 08:37)
[21] シンジのシンジによるシンジのための補完 NC 第拾九話[dragonfly](2011/09/07 08:37)
[22] シンジのシンジによるシンジのための補完 NC 第廿話[dragonfly](2011/09/07 08:38)
[23] [IF]シンジのシンジによるシンジのための 破譚 NC #EX4[dragonfly](2011/09/07 08:38)
[24] シンジのシンジによるシンジのための補完 NC 第廿壱話[dragonfly](2011/09/07 08:39)
[25] シンジのシンジによるシンジのための補完 NC 第廿弐話[dragonfly](2011/09/07 08:39)
[26] [IF]シンジのシンジによるシンジのための 破譚 NC #EX5[dragonfly](2011/09/07 08:39)
[27] シンジのシンジによるシンジのための補完 NC 第廿参話[dragonfly](2011/09/07 08:40)
[28] [IF]シンジのシンジによるシンジのための 破譚 NC #EX6[dragonfly](2011/09/07 08:40)
[29] シンジのシンジによるシンジのための補完 NC 第廿四話[dragonfly](2011/09/07 08:40)
[30] シンジのシンジによるシンジのための補完 NC 第廿伍話[dragonfly](2011/09/07 08:40)
[31] シンジのシンジによるシンジのための補完 NC 第廿六話[dragonfly](2011/09/07 08:41)
[32] [IF]シンジのシンジによるシンジのための 破譚 NC #EX7[dragonfly](2011/09/07 08:41)
[33] シンジのシンジによるシンジのための補完 NC 第廿七話[dragonfly](2011/09/07 08:42)
[34] シンジのシンジによるシンジのための補完 NC 第廿八話[dragonfly](2011/09/07 08:42)
[35] シンジのシンジによるシンジのための補完 NC 第廿九話[dragonfly](2011/09/07 08:43)
[36] シンジのシンジによるシンジのための補完 NC 第丗話[dragonfly](2011/09/07 08:43)
[37] シンジのシンジによるシンジのための補完 NC 第丗壱話[dragonfly](2011/09/07 08:43)
[38] シンジのシンジによるシンジのための補完 NC 第丗弐話[dragonfly](2011/09/07 08:44)
[39] シンジのシンジによるシンジのための補完 NC 第丗参話[dragonfly](2011/09/07 08:44)
[40] シンジのシンジによるシンジのための補完 NC 第丗四話[dragonfly](2011/09/07 08:44)
[41] シンジのシンジによるシンジのための補完 NC 第丗伍話[dragonfly](2011/09/07 08:44)
[42] シンジのシンジによるシンジのための補完 NC 第丗六話[dragonfly](2011/09/07 08:45)
[43] シンジのシンジによるシンジのための補完 NC 第丗七話[dragonfly](2011/09/07 08:45)
[44] シンジのシンジによるシンジのための補完 NC 第丗八話[dragonfly](2011/09/07 08:45)
[45] シンジのシンジによるシンジのための補完 NC 第丗九話[dragonfly](2011/09/07 08:45)
[46] シンジのシンジによるシンジのための補完 NC 第世話[dragonfly](2011/09/07 08:46)
[47] シンジのシンジによるシンジのための補完 NC 第世壱話[dragonfly](2011/09/07 08:46)
[48] シンジのシンジによるシンジのための補完 NC 第世弐話[dragonfly](2011/09/07 08:46)
[49] シンジのシンジによるシンジのための補完 NC 第世参話[dragonfly](2011/09/07 08:47)
[50] シンジのシンジによるシンジのための補完 NC 第世四話[dragonfly](2011/09/07 08:47)
[51] シンジのシンジによるシンジのための補完 NC 第世伍話[dragonfly](2011/09/07 08:47)
[52] シンジのシンジによるシンジのための補完 NC 最終話[dragonfly](2011/09/07 08:47)
[53] シンジのシンジによるシンジのための補完 NC カーテンコール[dragonfly](2011/09/07 08:48)
[54] シンジのシンジによるシンジのための保管 NC ライナーノーツ[dragonfly](2011/09/07 08:48)
[55] シンジのシンジによるシンジのための補完NC 外伝 ex9[dragonfly](2011/09/07 08:48)
[56] [IF]シンジのシンジによるシンジのための 破譚 NC #1[dragonfly](2011/09/28 10:09)
[57] [IF]シンジのシンジによるシンジのための破譚 NC 第拾壱話+[dragonfly](2011/09/28 10:10)
[58] シンジのシンジによるシンジのための補完 NC #EX10[dragonfly](2020/10/16 17:13)
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[29636] シンジのシンジによるシンジのための補完 NC 最終話
Name: dragonfly◆23bee39b ID:8f9dece3 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/09/07 08:47


横抱きに抱えていた初号機を、足元に下ろす。
 
全てにケリをつけるために、ターミナルドグマに降りてきた。
 
 
見上げるのは、磔けられた白い巨人。リリス。
 
弐号機の視点では、僅かに顎を上げることのほどもないけれど。
 
 
…………
 
 
戦略自衛隊も白いエヴァも退けたネルフは、ゼーレの告発に出た。
 
 
支配下に置いたコピーも含めて6台のMAGIは、世界中のコンピュータを掌握するに充分だ。あらゆる映像や資料を、ネルフに都合の良いように取捨選択してネットに流す。その伝播経路の誘導、与える資料の重要度の選別も込みで。
 
国連もゼーレも、そのさまを指を咥えて見ているしかなかっただろう。
 
状況開始のエンターキーを嬉々として押し、モニターの照り返しの中、終始口の端だけで笑っていたナオコさんがちょっと怖かったけれど。
 
 
放送衛星・通信衛星を用いた全域放送も検討されたが、ゲンドウさんが嫌がった。そんなタマではないと言うのだ。反応が読みづらいからと諜報部が反対を表明したのが、なんだか怪しい。
 
歴史に残る演説になるだろうからと、リツコさんと額を突き合わせて考えたのに。
 
 
 
第3新東京市の決戦から一週間。もともと所在のはっきりしなかったゼーレのメンバーは、まだ見つかっていない。そのまま行方をくらましたようだ。
 
国連で主導的な国は、ゼーレとのつながりも太い。たちまち槍玉に挙げられ、収拾には時間がかかるだろう。
 
だが、それらはヒトの諍いだ。時間をかけて、ヒトの力で解決していけばいい。
 
 
 …
 
国際法廷の準備に、ネルフのトップ2人とリツコさんが第2新東京市に乗り込んでいる。それぞれの護衛として、ミサトさんと加持さんも一緒だ。
 
そちらは心配ない。ゲンドウさんはすべてを告発する前に、ゼーレに騙された被害者としてのシナリオを日本政府にちらつかせていた。それ自体はあながち虚構でもなかったみたいだが、ネルフ側の思惑ひとつでゼーレの傀儡政府だと見做されかねない現状では、乗らざるを得ない船なのだ。…たとえ泥舟だったとしても。
 
日本政府と戦略自衛隊は、自らの保身のために全力で2人を警護するだろう。
 
 
…………
 
 
できれば、もっとこの世界に居たかった。
 
シンジを、レイを、…そしてアスカの成長を見守りたかった。皆の幸せを見届けたかった。
 
だけど、ほかの世界に背を向けてこの世界に居残れば、それは逃げになる。逃げた先で見つけた幸せに固執すれば、あとでどれほど後悔することになるか計り知れない。
 
それに、ことが落ち着いて国連軍などが駐留することにでもなれば、おいそれとターミナルドグマには踏み入ることができなくなるだろう。リリスを殲滅する機会を逸することになる。
 
だから、本部棟をナオコさんに任せて、こうして降りてきたのだ。
 
 
リリスを、かけられた仮面の、意匠化されたヤハウェの目を見上げた。
 
…ずっと、気になっていたことがある。
 
なぜ、白き月の巨人がアダムと呼ばれ。黒き月の巨人がリリスと呼ばれるのか。だ。
 
聖書になぞらえて我々の始祖とするならば、黒き月の巨人こそアダムと呼ばれるべきだろう。だが実際に与えられたのは、アダムに逆らった女の名だった。聖書においてはイザヤ書でただ一言、夜の魔女とだけほのめかされた悪魔の名である。
 
最初に南極で白き月の巨人が見つかった時、それがアダムだと思ったから。というなら、間違いだと気付いた時点で訂正してしかるべきだ。ほかならぬ、神の名なのだから。
 
それを良しとしなかった、理由があっていい。
 
アダムとリリスは、同一の存在によって撒かれたとされる。その差異は恐ろしく少なく、生み出される生命の方向性だけだ。
 
命の実をもつ単体生命か、知恵の実をもつ群体か。
 
いまさらどうしようもない事実を敢えて無視して、それでも白き月の巨人こそを神と崇めたのは、ゼーレが白き月の使徒として生まれたかったからではないだろうか。命の実をもつ、単体生命として。産みの親たる黒き月の巨人を否定してでも。
 
 
自らの創造者を肯定して、なおかつこの世の不条理を否定する。そういう思想に一つ、心当たりがあった。
 
 
グノーシス主義
 
この宇宙が、ヒトの人生が苦しみに満ちているのは、この宇宙が紛い物だからだという。
 
どこかに【真の神】が存在し、死も苦しみもない【真の世界】が存在するはずだと説くのだ。
 
【真の神】から秘法を盗んで【悪の宇宙】を作った【偽の神】の正体を暴けば、ヒトは【真の世界】へ招かれるだろうと予言する。
 
 
アダムを見つけ、リリスを見つけ。その正体に気付いた者には、啓示のように鳴り響いたことだろう。
 
我々は、ニセモノの神に造られたのだと。
 
 
不幸なことに、目覚めさせてしまったアダムは暴走させて消し去るしかなかった。そうしなければ、人類は問答無用で粛清されてしまうのだから。
 
だが、ゼーレは【偽の神】の正体を暴くべく、その方法を模索していたに違いない。もちろん【悪の宇宙】の住人として一緒くたに消し去られぬように、【真の神】へ語りかける方法をも。
 
おそらく人類補完計画は、その意に叶う部分があったのだろう。
 
 
ゼーレが具体的に何をなそうとしていたか、それは判らない。
 
だが、その手を直々に下した二つの事例から、想像することはできる。
 
 
一つは、リリス、あるいはその分身たる初号機を以って遂行されるサードインパクトだ。
 
重要なのは、リリスで執行するにはロンギヌスの槍が必要不可欠だったことだろう。
 
つまり、行われようとしていたのが、リリスだけで発動する純粋なサードインパクトではなかったということだ。初号機で行うなら、槍は不要だったのだろうから。
 
限定された。あるいは歪曲されたサードインパクトは、何を狙ったものだろうか?
 
 
サードインパクトで、もたらされたモノ…
 
赤い海
 
巨大な綾波
 
 …
 
あの赤い海に水漬く、巨大な綾波の残骸。あれはもしかして、人類によって告発されたリリスのなれの果てではないだろうか?
 
【偽の神】として最も親しき者に裏切られたのだとしたら、その最期はロンギヌスの槍で処刑されなければならなかったのだろう。ゴルゴダの丘のように。
 
では、裏切り者の末路は?
 
マタイによる福音書や使徒行伝に従うなら、死だ。リリスを否定して、原始のスープへと還元したあの赤い海が、人類の死の姿だった。
 
…なるほど。神も人も、全ての生命が死を以って、一つになるのだろう。
 
 
もう一つが、ゼーレから送り込まれてきたカヲル君だ。
 
その出自から考えると、あの姿が第17使徒としての彼の本来の姿ではないように思う。ゼーレによって与えられた姿だったのではないだろうか。
 
それが、ネルフに送り込むための擬態のためだけとは思えないのだ。
 
ゼーレが、アダムとその使徒によるインパクトを望んでいたとは思えないから、やはり彼は斃されるべくして送り込まれたのだろう。
 
しかし、どうせ斃さなければならないのなら、わざわざヒトの姿にする必要がない。
 
彼をヒトの姿にした理由があるはずなのだ。
 
 
ヒトの姿を得たカヲル君が、他の使徒と違うとすれば、それは自ら滅びを選んだことだろう。
 
ヒトの心を知ろうとした使徒は居たが、感情移入することを知り、自らの孤独に気付いた使徒はカヲル君だけだった。彼の心こそ、ガラスのように繊細だったのだ。
 
ヒトの心を持った使徒。それは、ゼーレの目指した理想のひとつだったのではないだろうか?
 
 
私は想像する。
 
何もかも滅びたあの赤い海で、何億年もの眠りから目覚めたアダムは何を思うのだろうかと。
 
自らが産み出した生命は全て斃され、あまつさえそのうちの一つは歪められてココロを持ち、恐るべきことに自ら命を絶った。赦されざる背徳を犯して。
 
歪められたとはいえ自ら命を絶った吾が子を、どう思うだろうか。
 
心というモノを産み出したリリスの仔らを、どう考えるだろうか。
 
赤い海に溶け込んだヒトの心を、どう捉えるだろうか。
 
ココロというモノを、どう感じるだろうか。
 

 
あくまでも、これは想像に過ぎない。
 
だが、アダムが群体の使徒を生み出す可能性はあるだろう。生命の実と知恵の実を併せ持った、新たな使徒を。今の人類が何億年も繁栄するよりも、新たな生命が発生するよりも、遥かに高い確率で。そう、オーナインくらいには。
 
もしそうなればアダムに従った者は最後の審判を免れ、永遠を生きる神の国へと迎え入れられたことになるのだろう。
 
神を贖って得た銀貨30枚を賭ける程度の、価値はあるかもしれない。
 
 …
 
だが、それは。道を譲ってくれたカヲル君の想いを踏みにじる選択だ。
 
だから、否定しよう。
 
永遠の生は、永遠の死と同義だ。
 
自分が生きて得るものと、自分が死して遺されるものを比較して、だからこそカヲル君は死を選んだのだ。
 
自らを殺すことなく、人類も滅ぼさず。その選択肢があったからこそ、この世界のカヲル君は旅立つことを選んだ。
 
カヲル君の孤独を想像するしかないように、どのような容であれヒトは生きることに悩むだろう。死を知らぬ体になれば、なおのこと。…永遠に。
 
ならば、生きて生きて生き抜いて、精一杯生きて、そして滅べばいい。
 
人は、生きていこうとするところにその存在がある。つまり、生が貴重で特別な状態だからこその人間なのだ。
 
死を身近に感じてこそ、生きていくことの何たるかを、ヒトは求めるのだから。
 
 
…………
 
 
基本的に、設備の整った野戦病院に過ぎないネルフの医療部には、足りないものがたくさんある。
 
例えば、リハビリ施設がその代表格だ。
 
だから今、武道場の一角は臨時のリハビリ施設になっている。
 
 
上がり框からそっと中をうかがうと、歩行訓練に励む母親を懸命にアスカが支えていた。
 
 
昏睡状態からいきなり弐号機を直接制御してしまったキョウコさんは、無理がたたって健康を損なってしまった。肉体を動かす経験を奪われてしまい、なかば半身不随になってしまったのだ。
 
しばらくは療養とリハビリを続けなければならないだろう。
 
 
バーを掴みそこなって転びかけたキョウコさんを、見事な体捌きで廻り込んだアスカが受け止める。
 
 …
 
心底申し訳なさそうに顔を伏せて、いったい何をアスカに詫びているのだろう。叩いたと言っていい勢いで母親の両頬を挟みこんで、娘は何を訴えかけているのだろう。
 
 
失った10年を取り戻そうとでもするかのように、母娘が抱き締めあった。
 
奪ってしまった歳月は返しようもないけれど、せめてこれから幸せに暮らしてくれれば…
 
 
初号機の廃棄処分に、弐号機を使う。そのことをアスカに断わろうと思って来たが、割り込むのはあまりに無粋だった。
 
私が弐号機との接触実験を行うことは特に秘密でもなんでもないのだから、それまでに文句をつけに来なかったことこそを承諾の意と受け取っておけばいいだろう。
 
 
…………
 
 
弐号機の乗り心地は、奇妙と言うしかない。
 
変質してしまって切り捨てるしかなかったキョウコさんの心と、奪い返した運動への記憶を合わせた…穴だらけのパッチワークのようなコア。そのココロ。
 
直接制御と間接制御を足して、ばらばらに間引いたような操作感とでも云おうか。
 
今も、充たされきれない飢餓感をもって忍び寄ってくる気配があるが、それに取り込まれるような私ではない。
 
 
 
改良型プログナイフを抜いて、その刃を繰り出した。
 
この世界に禍根を残さぬよう、リリスは殲滅しなければならないのだ。
 
リリスがある限り、ゼーレはサードインパクトを諦めないだろう。今もどこかで虎視眈々と機会を窺っているに違いない。
 
 
当然のことに、その分身たる初号機も置いては行けない。まずは、こちらの処置だ。
 
跪き、その胸部装甲を剥がすためにナイフを差し入れようとした途端、手首を掴まれた。同時、視界が切り替わる。
 
オレンジ色の水面と赤い空。いつもなら不自然なまでにまっすぐな水平線が、嵐のような荒れようだ。
 
…これは、いったい?
 
一瞬、弐号機の心の中かと思ったが、この荒れようが解からない。
 
気付けば、水面に立って幼い男の子がこちらを睨んでいた。
 
シンジ…?
 
いや、私のこの心を映したのだろう。ヒトと接触するための容をとる。そこまで心を成長させているとすれば、ここは初号機の心の中だ。
 
おそらく、ATフィールドを反転させて私の心を引き寄せたに違いない。
 
 
  〔 ナ ゼ 〕
 
この感じ…
 
 初号機が、…怒っている?
 
自らの思考を整理して言葉にするには、まだ経験が足りないのだろう。舌っ足らずな感じすら、きっと私から受け継いで…
 
怒ってることは解かるし、何かを訊きたがってるのも解かるが、何に怒っていて、何を訊きたがっているのかが判らない。
 
 
  〔 ス テ ル 〕
 
私が返答に困ってることをかろうじて察したらしく、言葉を足して。
 
  〔 ヤ メ ル 〕
 
他者との関係の上での個我は、さすがにまだ発達してないらしい。自身がすべてである使徒なのだから、当然だろうけど。
 
  〔 ケ ス 〕
 
畳みかけるように訴えかける初号機は、言葉が通じてないと知って、顔を歪ませた。
  
実際にエントリーをせず、反転したATフィールドによって寄り添っている今、お互いの心の距離は意外に遠い。言葉の力を使わなければ、意志を伝えられないほどに。
 
それは、使徒には耐え難い隔たりなのだろう。シンジの姿をした初号機が、へたり込んで泣き出した。現実の聴覚を揺るがしたのは、暴走まがいの咆哮だけど…
 
自らの思いを表現できないことを悲しむほどにまで、心を成長させていたとは。
 
…寄り添って、抱きしめる。
 
 
この世には、たった1種類だけ、超能力を使える者が居る。
 
言葉を交わさずとも吾が子の心を受け止めることのできる、母親という名の魔法使いが。
 
この世界に来て。シンジの、レイの母親として過ごした私にも、きっとその力が降り積もってる。
 
エヴァンゲリオンとしてではなく、1人の子供として見れば、その心も読み解けるだろう。
 
 …
 
 
幼子の怒りは、外界を理解できない自らの内面から生じるものだ。そのほとんどが、もっとも近しい母親に起因する。
 
私に原因があるとすれば…、
 
 
そうか、私が弐号機に乗ったから、嫉妬したんだね。
 
その上でナイフなんか持ち出したから、捨てられた、殺されると思ったのか。
 
「ごめんね、初号機」
 
君にはまだ理解できないだろうと思って、勝手に事を進めようとしてしまった。
 
「捨てないよ」
 
  〔 ホ ン ト 〕
 
答える代わりに、弐号機に取り込まれるぎりぎり寸前にまで自我境界線を緩める。使徒である初号機には、この方が理解しやすい。子育てとしては反則だけど、今回限り。
 
抱きしめ返してくる小さな腕に力が篭った。と感じた瞬間、視界が戻ってきた。
 
 

 
 
横たえていたはずの初号機の姿がない。
 
見上げる先、リリスに対峙するように紫色の背中。
 
 …
 
初号機が、独りで動いている!
 
そういえば、先ほども弐号機のナイフを押しとどめた。なにより憑依使徒戦時、暴走した初号機は私の援けなしに行動していたではないか。
 
成長は、その心だけではなかったらしい。自分で自分の体を使えるまでに、なっていたんだ。
 
 
そうして私の意を汲んで、採り得なかった最善の道を歩むために、リリスの前に立っているのだろう。
 
 
…自らの意志で、私について来てくれると言うんだね。
 
「…ありがとう」
 
 
顔だけで振り返って、初号機が口を開く。基本的にコミュニケーションの必要がない使徒に発声器官はないけれど、その口がなにを紡ごうとしているか不思議と解かった。
 
  〔 ド ウ イ タ シ マ シ テ 〕
 
 
頷いて見せた初号機が、リリスに相対する。
 
その右手が、体の陰に消え…
 
めりめりと音をたてて引き剥がしているのは、その胸部装甲だろう。見えなくとも判る。
 
やがて打ち捨てられた装甲板が、リリスの体液の水面に大波を引き起こした。岸壁を乗り越えて、弐号機のつま先を濡らす。
 

 
決意を研ぎ澄ますような、沈黙。
 
 …
 
その右手が、再び体の陰に消える。
 
 
初号機が、吼えた。
 
ぶちぶちと、身の毛のよだつような音とともに抉り出された、初号機のコア。…痛いだろう。苦しいだろう。今の初号機は、きっと痛みを感じることが出来る。
 
「ごめん。ごめんね、初号機」
 
放つ光と熱が、その右手を焼け爛れさせていった。
 
私が乗っていては、心臓を抉らなければ再現できない動作。借り物のこの肉体を損なうわけにはいかなかったから、弐号機で行おうとした作業。
 
 
その苦しみを独りで引き受けて、初号機が己がコアを磔刑の巨人に打ち込んだ。
 
水面が何物をも拒まぬように、リリスの体表をさざなみが伝う。
 
 …
 
弾かれるようにのけぞった初号機の右腕に、手首から先がない。
 
途端にリリスが発した光の奔流は、物理的な衝撃すら伴って、視界を真っ白に染めた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
                                         
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
暴力的な光圧が収まるのを感じて、まぶたを開く。
 
 
リリスの足元には、その体液に水漬く1万2千枚の特殊装甲。この世界での身体をLCLに還元して、初号機が旅立ったのだ。
 
 
 
取り落としかかっていたプログナイフを、握り直す。
 

 
手応えが、…なんだか鈍い。弐号機との間に薄皮一枚挟まったような、もどかしさを覚える。まるで、チルドレンとしてシンクロしていた時のような、隔てられた感覚…
 
だが、悩んでる暇はない。
 
間接制御の操作感覚を思い出しながら、特殊装甲を掻き分けるようにしてリリスの前に。
 
 
 …
 
リリス、我らが水源よ。
 
貴女から流れ出た雫は、まだかろうじて自らの力で流れを形作っていけるだけの勢いを持っている。
 
だけど、貴女が居ては、流れ着く先はあの赤い海になってしまうだろう。
 
それは、始祖たる貴女にとっても不本意であるはず。
 
だから、今は眠って欲しい。すべてを見通すその7つの目を瞑り、再び生命が目覚めを必要とするその時まで。
 
 
 
その仮面に斬りかかろうと振りかざしたナイフが、手の内からすっぽ抜けそうになる。弐号機に、私の意志が伝わりづらい。それは、シンクロ率を大幅にカットされたときの感覚にも似て…
 
いや、違う!インダクションレバーを握る、この手そのものからも力が抜けていく。
 
 
初号機の反転ATフィールドから戻ってきて以来、まとわりついている違和感。それが、弐号機との間ではなく、この身体そのものとの間にこそ生じていることに今、気付いた。
 
私の心と、この身体の間に乖離が生まれつつある。
 
この感覚には、憶えがあった。葛城ミサトの肉体から離れたときのものに似ているから。だけど、まだリリスを殲滅してないのに…
 
 
いや、考えている暇などない。このまま体の自由を失ってしまっては、この世界に禍根を残してしまう。
 
力を篭めやすくするために逆手でナイフを掴みなおし、柄尻を左手で支えながらリリスの仮面に突き立てる。捻って刃を折って、テイクバックを取りながら替え刃を装備。
 
その胸に刃を突き立てると、勢い余ってナイフを握り潰してしまった。…もう、力の制御も覚束なくなってきている。
 
爆発に備えて身構えようとする動作が、絶望的に遅い。
 
 
爆炎に煽られて、弐号機が吹き飛ばされた。体勢が悪かったのか転がりに転がって…もう、ATフィールドが展開できなくなっている。いや、すでに痛みすら感じなくなってきていた。
 
 
視界がぶれて、狭くなっていく。
 

 
!?
 
もう動かないはずの、動かせないはずの、右手の人差し指が跳ねた。
 
この唇が、私の意図に拠らず、言葉を紡ごうとしている。 …もう聴こえないけれど。
 
 
かつて、心を閉ざしたミサトさんは、私の心を知ることで目覚めたという。
 
もしかして母さんも、…母さんの身体も、私の心に触れて、その心を甦らせようとしている?
 
 
…そうなら。もしもそうならば、私の心残りはすべて任せよう。
 
 
  シンジ
 
  レイ
 
  アスカ
 
    …そして、…      
 
   
      このヒトが居るから、サヨナラは言わないよ。
 
 
 
 
 
 
……










  
****



 







……



 
 
 
波の音にまぶたを開くと、海が、…赤い。  
 
 
「おかえりなさい」
 
背後からかけられた声に振り返るのをためらったのは、それが綾波の声ではなかったから。
 
「…シンジ?」
 
見下ろす体は本来の、自分の姿。だから、背後に居るのは…
 
「…母…さん」
 
しゃりしゃりと砂を踏んで歩み寄ってくる気配に、体をこわばらせる。
 
「どうして顔を見せてくれないの? …母さんのこと、やっぱり赦せない?」
 
かぶりを振った。
 
「…そんなことはない。そんなことはないよ」
 
エヴァにかかわることが不幸でしかないのだとしたら、その最初の犠牲者はやはり母さんだっただろう。覚悟があっただろうことは解かっていたが、そこに至る経緯をも知った今、安易な非難などできるはずもない。
 
 
起こさざるを得なかったセカンドインパクトの後、一番の問題は、いつ使徒が現れるか判らないことだった。
 
セカンドインパクトは、あくまでイレギュラーな事態だ。当然、裏死海文書にもそのようなケースの記述はない。
 
…手懸りはないのに、不安要素はあった。
 
たとえば、人間が書いた文章や記録といったものには、かならず時系列が意識されている。ところが裏死海文書には、時間に関する記述が一切ない。そのくせリリスがファーストインパクトを起こしてから、その使徒たる人類が現れるまでに35億年を要した。アダムやリリス、あるいはそれらを産み出したモノにとって、時間など意味がないという証拠ではないだろうか?
 
それが、単にタイムスパンが長いだけだと一蹴は出来なかった。命の実を持つ単体生命を、出来損ないの群体と同じように扱ってよいか判らなかったのだから。
 
ただ、南極で目覚めたアダムが即座にインパクトを起こそうとしたことからすると、楽観視は出来なかっただろう。使徒のコピーたるエヴァが、比較的短期間のうちに素体まで構成できてしまったことも不安を後押ししたに違いない。
 
 
いつ襲来するか判らない使徒に対抗する手段を模索していた母さんの決断が、苦渋に満ちていたことを…僕以外の誰が解かってあげられるだろうか。あれほど母さんを愛していた父さんですら、補完計画を提唱することでその想いを踏みにじってしまったというのに。
 
 
じゃあ…。と踏み込んできた母さんから、逃れるように一歩。…赤い波が靴を洗う。
 
「…非難されなきゃならないのは、僕だ」
 
初号機ごと見殺しにしたことも、結局父さんに罪を犯させてしまったことも。…とても顔向けできない。
 
「私が怒ってると、思ってるの?」
 
「…だって」
 
嘆息は、しかしやさしく。
 
「私の心を知ったなら、私が今どう思っているかも、解かるでしょう?」
 
ちらり。と盗み見た母さんは、40間近とは思えない若々しい顔をほころばせていた。…いや、キョウコさんと同様に母さんの時間も、初号機に取り込まれてから止まっていたんだろう。
 
その若さこそが母さんの糾弾ではないかと怖れていたのに、母さんの笑顔が嬉しくて、涙腺が緩む。
 
「あなたが育てたシンジが、世界を救うためにあなたを殺したとして、あなたはそのシンジを恨む?」
 
かぶりを振る。
 
でしょう? と肩にかけられた手に促され、振り返った。
 
「それが、親ってモノなの」
 
実に嬉しそうに、母さんが微笑んだ。僕が逃げた分の一歩を詰め、抱きしめてくれる。
 
「そのことを、シンジはもう知っているでしょう?」
 
 …
 
なにものをも憚ることなく、素直に涙が流れた。それが、母親という存在の大きさかもしれない。
 
 

 
 ……
 
ようやく落ち着いて、ゆっくりと体を引き離した。手の甲で涙をぬぐう。
 
「母さんも、手伝ってくれるの?」
 
予想に反して、母さんはかぶりを振る。
 
「私はここに残って、この宇宙そのものを再生させる道を探すわ」
 
「できるの?」
 
きっと方法はあるわ。と母さん。
 
「ヒトの数は20億。その心を知れば、この宇宙は甦る。そうレイちゃんに言われたのでしょう?」
 
母さんの視線の先に、綾波。いつから居たのか、すこし距離を置いて。
 
「それは、コップ一つで海を掻き出すようなものね。確実で、無理はないけど…」
 
とても大変だから。と、眉根を寄せて。
 
「シンジがキョウコさんの心を写したように、全ての心を写す方法があると思うわ」
 
なるほど。リリスの力なら、それは不可能ではないだろう。
 
だが、大掛かりにやれば、他の世界への干渉を増やすことになる。下手をすれば複写元の世界を滅ぼしかねまい。
 
だからこそ最低限度の干渉方法として、綾波は僕を送り込んでくれたのだろうから。
 
母さんの手招きに、綾波が近寄ってきた。その手に、一株の紫陽花。
 
「それに、シンジを手伝ってくれる人は、もう居るんでしょう?」
 
「そのとーりっ!」
 
いきなり背中をどやしつけられて、息が詰まる。
 
「シンちゃん、おっひさ~♪」
 
すかさず僕の首根っこを抱え込んだミサトさんが、綾波から引っ手繰った紫陽花を突きつけてきた。
 
「見て見て、シンちゃ~ん」
 
近すぎて見えません。
 
「2つもサードインパクト防いじゃったんだからぁ♪」
 
ようやく開放してくれた。
 
見ると、確かに紫陽花の花が増えている。併せて、4つになった小さな花弁。
 
「聞いてよシンちゃん。レイったらヒッドイのよ~。
 最初は手慣らしだからってアタシ自身に放り込んでくれたのはいいんだけど、向こうのアタシにも意識がある世界だったから、まるで二重人格みたいでホ~ント大変だったんだから~」
 
そうか。あまり気にしてなかったけど、意識のある人物に取り付くとそんなことになるんだ。
 
悪霊みたいに思われるわ、精神鑑定は受けさせられるわ。と、ぶちぶち。自分自身と口論したとすれば、ずいぶん苦労したんだろう。
 
 …
 
…綾波の口の端が2ミリほど上がっている。狙ってやったんだね…
 
 
「それでね…」
 
ミサトさんが救ったもう一つの世界のことは、聞くまでもなかった。心の奥底に、僕の知らない碇シンジの記憶が注がれるのが判ったから。
 
 
ミサトさんは、その世界で僕になったらしい。
 
第3使徒戦で重傷を負い、植物人間になった碇シンジに。
 

 
僕と同様に結構酷い目にあったようだけど、碇シンジが前向きなだけで、どれだけ結果が違うかということの見本のような世界だった。
 
やはり、この世界を滅ぼしたのは…
 
「シンちゃん…」
 
僕の表情をどう受け取ったのか、ミサトさんが辛そうだ。
 
「アタシ、シンちゃんに…」
 
言い募ろうとするミサトさんの唇を、そっと人差し指で塞ぐ。
 
お互いに、お互いの心を知ったのだ。いまさら、どんな言葉が必要だというのだろう。
 
だから、かぶりを振った。
 
それだけで理解してくれたのだろう。ミサトさんが涙ぐみながら頷いてくれた。
 
 
「いいねぇ。言葉はリリンの力。なのに、その力に頼らずともお互いを理解できる。絆はリリンの本質だね」
 
振り返ると巨大な影。このシルエットは初号機か。
 
差し出された掌に腰かけて、カヲル君が微笑んだ。
 
カヲル君も初号機も、それぞれにリリスを使ってここに来たのだろう。
 
「え? え? ええっ!?」
 
事情を呑み込めない様子のミサトさんが、困惑顔を往復させている。
 
砂浜に降り立ったカヲル君が紫陽花を指さすと、花弁が一つほころんだ。
 
「及ばずながら、ひとつ、宇宙を看てきたよ」
 
サキエルが木星のアンモニアの海を気に入ったようでね。とカヲル君が、指折り数えて使徒たちの落ち着き先を教えてくれる。
 
惑星ごとだとすると数が足りないんじゃないかと思っていたら、気ままに太陽系内を飛び回っているのとか、太陽の中でお昼寝しているのとか、MAGIの中からリツコさん相手にチューリングゲームしてるのとか、孫衛星気取りで月の衛星軌道を巡っているのとかも居るらしい。賑やかなことだ。
 
 
「…つぎは、だれ?」
 
小首を傾げるように、綾波。
 
次に、誰の心を知るべきか。それについてはずっと考えていた。あいまいな希望だけでお願いすると、綾波はとんでもない選択をしてくれるし…
 

 
 …
 
 ……
 
あれ? 綾波がなにか言ってくると思ったんだけど…
 
見れば、じっと僕の言葉を待っている。僕の心を見透かしている様子はない。
 

 
きっと綾波にも、思うところがあったんだろう。みだりにヒトの心に立ち入るべきではないと、学んだのだろう。
 
嬉しさに口元が緩んだのを、不思議そうに見つめている。
 
実を言うと、綾波の心もちょっと知ってみたいなんて思っていたのだけれど…、綾波を見習って胸の裡にしまっておこう。ヒトの心を直接知るなんて裏技を使わなくても、綾波とは想いを伝えあっていけると思うから。
 
自分の考えを確認するように頷いて、綾波の視線に応える。
 
次に知るべき人の名を告げようと口を開いた。その時、
 
「ワタシは外しなさい」
 
唐突にかけられた声に、驚いて振り向く。
 
「ハロゥ、シンジ。元気してた?」
 
サンライトイエローのワンピースもまばゆく、アスカが仁王立ち。
 
「アスカ!?」
 
「そうよ? まさか、このワタシを見忘れた?」
 
そんなわけない。と言おうとして口を開いた瞬間、風が捲いた。
 
とっさにまぶたを閉じるけど、…この世界に、風? ワンピースの裾を捲り上げるような?
 
おそるおそるまぶたを開くと、間近にアスカの顔。思わずのけぞる。
 
「アンタも成長してるみたいじゃない」
 
よしよし。と言わんばかりに肩をぽんぽんと叩かれる。そのままふいっと横をすり抜けたアスカが、ミサトさんの手から紫陽花を抜き取った。
 
綾波が微妙に視線を外してるところからすると、さっきの風。…やっぱり綾波の仕業なんだね。
 
 
僕はまだ、アスカの心を持ち帰ったことはない。カヲル君や初号機のように、リリスを使って自力で来れるとは思えない。
 
…とすると、このアスカは、この世界に元からいたアスカ。僕がこの浜辺で首を絞めたアスカ、ということか。
 
アスカの手の中で、紫陽花の花弁が一つほころんだ。
 
 
アスカもまた、僕と同様に他の世界を護っているんだろう。途端に、アスカが赴いた世界の、碇シンジの記憶が芽吹く。
 

 
… そっか、一所懸命に、励ましてくれたんだね。
 
 
ほころんだ花弁を、アスカが嬉しそうに眺めている。
 
 
「…なによ」
 
ずっと見つめてたことに気付いたのだろう。視線だけこちらに寄越して。
 
アスカとは色々話したいことがあった。お礼も言いたかった。なにより、たくさん謝りたかった。
 
だけど、いざ話せる機会ができてみれば、どんな言葉も…想いを語るに足らない。
 

 
会いたかった。も、ありがとう。も、ごめんなさい。も…、どれも、この想いを乗せるには軽すぎる。
 
 
 …
 
だから、この言葉に…始まりの意味すら篭めて、微笑む。
 
「おかえりなさい」
 
虚を突かれたらしいアスカは一瞬呆けて、ぷいっと顔を逸らしてしまった。
 

 
「…ただいま」
 
 
アスカがどんな顔をしてるのか見てみたいな。と思っていたら、ミサトさんが身体を折り曲げるようにして覗き込んだ。
 
「あれ~? アスカったら、もしかして…」
 
実に嬉しそうに、にたりと笑ってる。こういうとき、ミサトさんのフレンドリーさを羨ましいと思う。とても真似できない。
 
「…なによ」
 
「ぶぇっつに~」♪
 
互いの頬っぺたを掴みあって、あっという間に取っ組み合いのケンカを始めてしまった。…これはまあ、ある意味で仲がいいんだろう。
 
 
綾波が2人の傍に寄っていったので、てっきり仲裁するのかと思ったら、憮然とした表情で紫陽花を拾って戻ってきた。
 
…いや、毒気を抜かれたらしくて、結局ケンカも収まってしまったけどね。
 
 
 
「…つぎは、だれ?」
 
小首を傾げるように、綾波。
 
次に、誰の心を知るべきか。それについてはずっと考えていた。
 
様々な事象に干渉できる立場になってみて痛感したのは、根治治療を施すには、あまりにも世界を知らないということだった。
 
特に、相対する者たちのことを…
 
 …
 
孫子に曰く、彼を知り己を知れば百戦殆うからず。彼を知らずして己を知るは一勝一敗す。彼を知らずして己を知らずは戦えば必ず破れる。
 
いや…。敵とか味方とか、勝つとか負けるとか、そういう狭い了見で臨んではそれこそ事を仕損じるだろう。理解しがたいからこそ、相手のことを知るべきなのだから。
 
それが、結論だ。
 
「キール議長の心を知ることのできる世界、ある?」
 
しばし。瞑目するようにまぶたを閉じて、綾波が闇の中を探っている。
 
 
サードインパクトから世界を護る以上、ネルフやエヴァから距離を置くことには不安があった。だけど、ミサトさんが見せてくれた前向きな姿が、アスカが援けてくれたシンジの心が、何とかなると教えてくれる。碇シンジの心を安定させることさえ出来れば、最悪サードインパクトだけは阻止できると確信できた。
 

 
「…あるわ。地軸がずれた時の事故で、脳死寸前のキール・ローレンツが居る宇宙」
 
気をつけなくてはならないのは、それが誰であれ、覚悟が足りないと世界は救えないということだが。
 
「…いくの?」
 
赤い瞳が、ひたと僕を見据えて。
 
「うん」
 
…そう。と無表情に、綾波が右手を伸ばしてきた。
 
その眉根に寄ったわずかな憂いを見抜ける程度には、綾波のことを知っているつもりだ。
 
額に触れようとした指先を、そっと掴みとる。
 
「綾波。…ありがとう」
 
「…なに?」
 
胸の前で、綾波の手を包んだ。
 
「綾波がここで待っていてくれるから、安心して行ってこれるんだ。…だから、ありがとう」
 
「…なにを言うのよ」
 
ぽっ。と頬を染めた綾波の、視線がこの手に注がれる。
 
「帰る家…ホームがあるという事実は、幸せにつながる。良いことだよ」
 
カヲル君の言葉に賛同して、頷く。
 
 
荒れ果ててしまった世界だけど、壊してしまった世界だけど。この世界こそが僕の帰るべき家だった。
 
この世界があるからこそ今の僕がいて、この世界のようにはしたくないと思うからこそ頑張れる。
 
この世界が僕の心の中にある限り、僕は立ち止まらない。新たな世界へと赴き続けるだろう。
 
 
 
「…いってらっしゃい」
 
綾波が、僕の額に触れてきた。
 
拡がる光は、新しい世界への導きだ。
 
この手は小さくて、一度に多くは救えないけれど。あきらめさえしなけば、きっといつか。
 
またこの世界に還ってくることを約束して、
 
 
 
    「 いってきます 」
 
 
 
 
 
                      シンジのシンジによるシンジのための補完 おわり


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