翼を広げた白いエヴァが8体、頭上を旋回していた。 この体には、あまり射撃のセンスがない。起動前には1体しか撃ち落せなかったのだ。 ………… 『 約束の時が来た 』 ぐるりと、ホログラムの石板が机を囲む。 『 ロンギヌスの槍を失った今、リリスによる補完はできん。唯一、リリスの分身たるエヴァ初号機による遂行を願うぞ 』 石板の輪の外から、事のなりゆきを見守る。位置関係からして、目前の石板はきっと【01】だろう。 「ゼーレのシナリオとは、違いますな…」 組んだ指で口元を隠したゲンドウさんが、ぼそりと。 「人は、エヴァを生み出すためにその存在があったのです」 冬月副司令は背筋をまっすぐ伸ばして、年齢を感じさせない。 「人は新たな世界へと進むべきなのです。そのための、エヴァシリーズです」 使徒を退けた後のエヴァの活用法として、宇宙開発を提案している。自力で大気圏を突破でき、推進剤なしで宇宙空間を飛び回り、再突入も朝飯前。小惑星を地球圏まで牽引したり、ガス惑星へ資源を採取しに行ったりも可能だろう。 大きすぎるのでEVA向きではないが、それでも宇宙ステーション開発、人工衛星の軌道投入など大活躍間違いなしだ。 シンクロや制御方法の問題が残っているから、一筋縄ではいかないだろう。維持費もまだ高価すぎる。だが人類は、狭すぎる地球から巣立たなくてはならない。 『 我らはヒトの容を捨ててまで、エヴァという名の箱舟に乗ることはない 』 『 これは通過儀式なのだ。閉塞した人類が再生するための 』 『 滅びの宿命は、新生の歓びでもある 』 『 神も人も、全ての生命が死を以って、やがて一つになるために 』 いつものポーズを寸分たりとも崩さず、ゲンドウさんが口を開いた。 「死…は、何も生みませんよ」 『 死は…、君たちに与えよう 』 ホログラムが消え照明がともると、この司令室が小さく感じるから不思議だ。 サングラスを外して、ゲンドウさんが見つめてくる。ゼーレ相手の時は、特にレンズの色が濃い。 「我々の過ちを正すときがきた。そうだな、ユイ」 ええ、と頷く。 すべては私の覚悟が足りなかったから捲き起こされた、人災なのだ。 そういう意味では、ゲンドウさんですら被害者だった。 だが、私と罪を分かち合うことが彼を支えているとすれば、それすら告解を許されない。 すべてをこの胸の裡に沈めたままに、けりをつけなければならなかった。 「初号機を指定してきたからには、ここで実行する気なのでしょう。 ならば、ここで挫きましょう。人類補完計画を」 うむ。と頷くゲンドウさんたちを残して、ケィジへと向かった。 *** ― 我らはヒトの容を捨ててまで、エヴァという名の箱舟に乗ることはない ― この言葉が、脳裏に焼き付いて離れない。 不完全な群体としての人類を、完全な単体へと進化させる人類補完計画とも矛盾する言葉だ。 ― 神も人も、全ての生命が死を以って、やがて一つになるために ― その言葉を否定するかのようなこの言葉。なのに、この言葉も、やはり補完計画と矛盾する。 神がリリスのことだとすれば、それはリリスへの還元に他ならない。リリスは他の可能性を試すだろう。人類にとって、新生などありえぬ真の滅びだ。 何もかも矛盾するのは、ゼーレにとっても人類補完計画が口実に過ぎないからだろう。あるいは、ゼーレとて一枚岩ではないのか。 いずれにせよ、別の目的があるように思う。 ………… A-801発令と同時に、MAGIへのハッキングが始まった。 しかし、使徒すらあっさりと退けたMAGIオリジナルと赤木親子の前に、5対1程度の彼我戦力差がいかほどのものか。 あっという間に蹴散らして、MAGIコピーを支配下に組み込んでしまった。 もしかして白いエヴァの起動を阻止できるかもと期待して調べてもらったが、ウイングキャリアーは飛び立った後で無線封鎖済み。弐号機と同様に自律起動が可能であろう量産機は、もはや物理的な手段でしか止められないようだ。 … 初号機で広域展開したATフィールドで、進攻してくる戦略自衛隊を押しとどめる。一歩間違えていたら、そこに子供が乗った陸上軽巡洋艦とやらが並んでいたかと思うと、ちょっと気が重い。 計算違いだったのは、戦自の展開が予想以上に早かったことだ。初号機を地上に射出しようとしたときには、すでに幾部隊かジオフロントまで侵入してしまっていた。そのためミサトさんには、本部棟の防衛指揮に廻って貰わざるを得なかったのだ。 ゼーレはやはり、こちらの叛意を見抜いていたのだろう。いや、MAGIを攻略できないことを、織り込み済だったのかもしれない。 ここを戦場にするつもりだろうから市街地への進攻はないが、周辺のゲートはほとんど制圧されていた。いくらかは初号機で恫喝し拘束させることができたが、それでも多くの戦自兵がジオフロントに侵入したようだ。 『アスカは?』 ミサトさんの声が厳しい。 ジオフロントはともかく、侵入者邀撃システムが間に合った本部棟の攻略は容易ではない。それでも、軍隊相手にネルフの職員で対抗するのは難しいだろう。 『 付き添いで303病室です 』 つけっぱなしのモニターが、発令所の様子を教えてくれる。今は、これ以上の進攻を堰き止めることしか私にはできない。ゲンドウさんの揺さぶりが日本政府に効くのを、待つしかなかった。 『構わないから、母親ごと弐号機に乗せて』 『 しかし、現状ではエヴァとのシンクロはできませんが!? 』 『そこだと確実に消されるわ。匿うにはエヴァの中が最適なのよ』 まあ、起動させなければ大丈夫だろう。 了解。と返したマヤさんがコンソールに向き直っている。 『 クランケの投薬を中断。発進準備 』 『アスカ収容後、エヴァ弐号機は地底湖に隠して。すぐに見つかるけど、ケィジよりマシだわ』 上空からの落下物を、初号機の視覚が捕らえた。N2爆弾らしい。 一瞬、戦略自衛隊を一掃するのに使おうかと邪念がもたげるが、考え直す。遺恨を残してどうするのだ。 ただ、自分たちが何をしようとしているか、自覚してもらうぐらいは赦されるだろう。 ATフィールドのスロープで誘導したN2爆弾が、戦自部隊の上空で炸裂する。 … …… 反射的に伏せていた戦自兵たちが、草木の一つもそよがないことに気付いてか、顔を上げはじめた。 空中から立ち昇る爆炎と、自分たちを守るかのように輝く光の壁を不思議そうに見上げている。 大仰な身振りを見せ付けてから、肉眼で視認できるよう光波を放射させていたATフィールドを元に戻した。 続いて、大陸間弾道弾が雨のように。 こちらはさすがに細々と誘導できない。ATフィールドに角度を持たせ、第3新東京市周辺に分散させればいいだろう。 イメージするのは、反りのある宝形造りの屋根だ。 当たり所が悪かったのかATフィールドに接触した途端に爆発したのが幾つかあったが、概ね散らばって、これらも戦自部隊の上空で爆発した。 見れば、なにやら確信していたのか、ちらほらと立ったままで見届けている戦自兵がいるようだ。 … 今のデモンストレーションが効いたわけでもないだろうに、第3新東京市を包囲していた戦自部隊が退き始めた。よもや。と思って確認すると、MAGIが予測したウイングキャリアー到達時刻が間近だ。 身長40メートルに届くエヴァンゲリオンが全力で立ち回れば、その行動半径はN2爆弾の危害範囲をはるかに越える。いや、そもそも想定のしようがない。 ジオフロントに兵力を残したままで撤退しようというのだから、ウイングキャリアーの到達は間違いないだろう。 *** いくら初号機でも、S2機関搭載のエヴァ8体に取り囲まれるのは拙い。 ポジトロンライフルを乱射しながら、郊外へと駆けだす。 フル稼働ではないが、最初からS2機関を始動させる。機動戦になるだろうから、アンビリカルケーブルを引き摺ってはいられなかった。 『 8番にソニックグレイブ、出ます 』 日向さんの手配は、ミサトさんの指示だろうか。ジオフロントに進攻した戦自部隊は、まだ片付いてないというのに。 ライフルを放り捨て、武器庫ビルからソニックグレイブを抜き取る。 充分に引きつけてから振り返ると、白いエヴァたちが降り立ったところだった。戦術も連携もなにもない降り位置。ありがたい。 無防備に突出していた1体に駆けより、その首を落とす。すかさず胸郭を断ち割り、覗いたコアを突き崩した。 さらにプラグも引き抜いた方がいいかと悩む間もなく、駆け寄ってきた1体が大剣を振り下ろしてくる。 斃したばかりの亡骸を蹴り飛ばしてやると、ぶち当たって諸共に倒れた。 いくぶんか遅れて到着した1体が、斬りこんでくる。ちょっと回り込めば倒れた味方をフォローしつつ攻撃できたろうに、そんな素振りは微塵もない。 仲間を救けようなんて感情はないようだ。 その攻撃を避けた足でそのまま駆け出し、起き上がろうとしていた量産機を逆袈裟に斬り捨てる。…手応えが浅い。致命傷ではないだろう。 止めを刺すのは諦めて、足を止めず駆け抜ける。さすがに囲まれだしてきたのだ。 連携するほどの知能はないようだが、数で押されてはたまらない。 『 【よみかぜ】が乗っ取られました! 』 『なんですってぇ!』 ジオフロントも苦戦しているようだ。 地底湖に停泊させてあるフリゲート艦が奪われたらしい。 一応ネルフ船籍のあの艦は、必要に応じて国連軍から人員を借りて運用している。ただ、帯刃使徒にジオフロントまで進攻されてからは半ば臨戦態勢であったため、全くの無人ではなかったはずだ。 A-801の発令によって国連軍が手出しできなくなっているとはいえ、乗艦を明け渡す義務まではない。 それがこうも早く乗っ取られる。…いや、そもそも強奪の対象に選ばれたこと自体が、国連軍と戦略自衛隊のつながりを示唆しているように思えた。 ヴァーチャルディスプレイには第3新東京市の俯瞰図が表示され、各エヴァの位置が示されている。 市内外の観測機器が無事なのと、MAGIが衛星を確保してくれているおかげだ。多少のECMなど、問題にもならない。 1体だけ孤立している量産機を見つけ、分断するためにATフィールドを張る。 便宜上【#3】とナンバリングされた白いエヴァにかけより、フィールドの中和に切り替えつつ、その胸郭を突き刺す。 手応えがあった。刃をえぐり、蹴り倒すと、6体の量産機が折り重なるように襲い掛かってきた。うち1体はさっき止めを刺しそこなったヤツだ。もう回復したらしい。 再びATフィールドを張って堰き止め、距離を取ってから一部だけ解除。その隙間を1体がすり抜けたところで張りなおす。突っかかってきたのは【#6】。 こうして1体ずつ斃して行けば、何とかなるだろう。 時間稼ぎに後退ろうとしたところで、ATフィールドを中和された。 足止めをしていた5体が雪崩を打って押し寄せてくる。 …さすがに同じ手は何度も喰わないか。 腰のホルダーから取り外したN2爆弾を【#6】に向けて放り、ATフィールドで囲う。 突然の閃光に、駆けつけてきていた5体が怯んだ。その隙に【#6】に止めを刺す。 堰き止めるためにいま一度ATフィールドを張ってみるが、即座に中和された。ありがたいことに、障害物を排除しているだけで、意図的にフィールドの中和をしているわけではないらしい。フィールドを張った位置を踏み越えると、あっさり中和を放棄してくれる。…役割分担をしてこちらのATフィールドを中和し続けたりされては、たまらなかったが。 ほぼ横一列に並んだ量産機の側面に回りこみつつ、距離を取る。 分断を狙って矢継ぎ早にATフィールドを張ってみるが、間髪入れずに中和されて効果がない。 ここで牽制に兵装ビルからの攻撃が欲しかったが、もちろん無い物ねだりだ。…こんなことならアスカの言うとおり、初号機のアビオニクスを変えておけばよかった…。弐号機を失って初号機に乗れることを知ったアスカが、そう提案してくれていたのだ。今後は初号機に乗るつもりだったのだろう。 向かってくるその先頭は【#5】。すかさず、その後方へ向けて重力遮断ATフィールドを敷いた。 自らを引き寄せる重力を失った4体が、慣性の法則にしたがって吹っ飛ぶ。地球の自転方向と逆に走ってきていたから効果が薄いが、それでも音速に近いはずだ。 振り下ろされた大剣を躱し、流れのままに袈裟懸けにする。 少し浅い。切り口から手を突っ込んで、コアを握りつぶした。 『 15番にポジトロンライフル、出ます 』 なるほど。翼を広げて体勢を立て直したらしい量産機どもが、無雑作に着地しようとしている。これを狙わない手はない。 ソニックグレイブを突き立て、手近の【#2】にポジトロンライフルを連射。 初弾が命中したと思ったら、次弾からATフィールドで防がれた。すっと前に出てきた【#8】の仕業らしい。仲間を庇ったというのか。 とっさに敷いた重力遮断ATフィールドは、たちまち中和される。それで無防備になった【#1】に狙いをつけるが、トリガーが空振りした。残弾ゼロだ。 ポジトロンライフルを投げ捨てると、白いエヴァたちがにたり。と嗤った。 量産機たちの学習能力は高いようだ。一度使った戦法は通用しないし、チームワークも憶えつつある。 最初からこの状態だったら勝ち目はなかったかもしれないが、もうすでに残りは4体。なんとかなるだろう。 ソニックグレイブを引き抜いて、白いエヴァたちに向かって駆け出す。 今までの傾向から距離を置くと思ったのだろう。いささか反応が鈍い。 S2機関を全開。さらに光の翼を展開する。 物理的にダウンフォースを得るのにも使うが、目的はコンデンサ代わりにエネルギーを蓄えることだ。これまで、必要以上に初号機の力を見せないようにしてきたが、もうなにを憚るでもない。 大剣を構えて、受け止める体勢の【#8】。包囲しようと展開する3体。 ソニックグレイブを叩きつけるように見せておいて、疾走の勢いそのままに双手刈り。その背後に展開したディラックの海へと諸共に飛び込んだ。 唐突に無重量状態に放り込まれた量産機が、途惑って手足をばたつかせている。たちまちバランスを失って複雑なスピンを描き出した。 白いエヴァから離れないように、左腕をその右腕に絡ませる。 エネルギーを溜め込んだ光翼と引換えに造り出した空間はさして広くないが、一旦離れてしまうと近づく手段がなかった。ディラックの海を展開している間は、ATフィールドを使えない。虚数空間を内側から支えなければならないからだ。 ソニックグレイブを短く握りなおして振りかぶると、石突きがATフィールドを叩いた。こうまで密着した状況でATフィールドを割り込ませられるほど器用ではなかったらしく、初号機ともども取り込んでしまったのだろう。 だが、テイクバックが充分に取れなかった分、刺さりが浅い。 そのまま胸郭を切り裂いて、直接コアを握りつぶそうとしたところでディラックの海が鳴動した。 まさか。と思う間もなく、第3新東京市に引き戻される。【#8】を下敷きに、覆いかぶさった体勢。回復したヴァーチャルディスプレイが、周囲を3体のエヴァに取り囲まれていることを教えてくれた。 それぞれが同心円状に輝く光の壁を捧げている。アンチATフィールドか。 よもや、こんなに早くディラックの海を破られるとは。 量産機の学習能力は、急速に成長しているらしい。 …かつて、3人が戦っているところを見た限りでは、これほどの強敵ではなかったと思う。S2機関を搭載して、回復力が高いこと以外、特筆するような相手ではなかったはずだ。 これもまた、私の判断ミスの結果。何かの反作用なのだろうか? …可能性は高い。 どうすべきか。その逡巡を見逃してくれるほど甘くはないようだ。組み敷いてた【#8】に喉笛を掴まれた。両手で絞められたらたまらなかったが、右腕を封じておいたお陰で左手のみ。それに、かけられた握力の割りに息苦しさがない。狙いは足止めなのだろう。 アンチATフィールドを解除し、白いエヴァが同時に3方から斬りかかってきた。 とっさに【#8】の右半身の下に重力遮断ATフィールドを敷いてバランスを崩させ、ぐるんと体勢を入れ替える。 身代わりに差し出した【#8】の体に、衝撃。ほぼ同時だったらしく、1度だけ。 見やれば、その肩口に一振り、切っ先が食い込んでいた。 残る2本はおそらく左脇腹と右脚を斬り付けたのだろう。だろうと云うのは、この体勢では見えないということと、右脇腹と左脚が痛いからだ。 【#8】の体の下から這い出て、右脚一本で跳ねて距離を取る。 追撃とばかりに投げつけられた大剣を、ATフィールドで止めた。途端に形を変え、ロンギヌスの槍となってフィールドを貫こうとする。 ATフィールドを折り重ね。角度をつけて切っ先を逸らす。その間にもう一度横に跳ねた。 ロンギヌスの槍はベクトルを逸らされた上に、小規模遠隔展開した囮のATフィールドを追いかけて飛び去る。あの勢いなら大気圏突破もありうるだろう。月で、オリジナルと仲良くするといい。 気付けば、兵装ビルから発射されたミサイルが、続く追撃の出鼻を挫いてくれていた。ジオフロントのほうはまだケリがついてないだろうに、無理してなければいいのだけれど。 … S2機関で発生させたエネルギーを細胞分裂に廻して、初号機の治癒を促進する。 プラグ内を、赤く血液がたなびいた。脇腹と太腿の切創から出血しているらしい。幸い、深手ではなさそうだが。 残念なことに、この肉体にはS2機関のエネルギーを利用できる細胞の持ち合わせがない。初号機の影響で通常より早く回復しているかもしれないが、ヒトの細胞の分裂速度には限りがある。 視線の先で立ち上がる【#8】。その傷は、ほとんど塞がっていた。 どんな策を講じても、即座に対応される。このうえロンギヌスの槍まで持ち出されては、いずれ追い詰められるだろう。初号機はともかく、私の体力が保たない。なにより、量産機どもがエヴァの枠内で戦っているうちにけりをつけなくては。 … できればやりたくなかったが、この肉体を溶かして初号機と完全に一体化するしかないだろう。 ヒトの精神の枠を保ったままでは、初号機の能力を引き出しきれない。理論上は、己のATフィールドを展開したままで相手のフィールドを中和することすら可能なのに。 ヒトの心の箍を外し、使徒としての初号機を呼び覚ますのだ。 … さあ、いくよ。初… ! 今まさに、自我境界線を消し去ろうとした瞬間、第3新東京市が震えた。ジオフロントから突き上げてくるような揺れ。 「なに…?」 『 弐号機、起動! 』 その報告の意味が沁みこむ前に、 『負けてらんないのよぉ!アンタたちにぃ!』 発令所経由のその雄叫びは、…アスカ!? 『どおぉりゃああああああ!!』 またもや第3新東京市を微震が襲う。 量産機も、なにやら不穏な空気を察したらしい。動きが止まっている。 駆け寄りながらナイフを装備。手近な【#1】に斬り付け、【#8】と【#2】の間にダイブ。ソニックグレイブを掴み取って前転。立ち塞がる【#4】を殴り倒して駆け抜けた。 『ミサトっ、早くっ!』 『21番射出、急いで!』 ヴァーチャルディスプレイに弐号機の出現位置。案の定、さっきまでの初号機付近。今は量産機の背後を突く位置だ。 振り返り、量産機に向かってナイフを投げる。こちらに注意をひきつけねば。 ロックをかけてなかったらしく、弐号機がリニアカタパルトの勢いそのままに上空へと跳ね飛んだ。そのまま鉛直に落下するかと思えば、あにはからんやこちら目掛けて跳び蹴りの体勢。どうやらATフィールドで誘導しているらしい。 ぎりぎりまでひきつけて、量産機のATフィールドを中和しながら跳び退く。 背後から【#1】を蹴りつけた弐号機は、【#8】を捲きこみ、【#2】を跳ね飛ばし、起き上がろうとしていた【#4】を轢き倒して外輪山の山頂まで遡った。 …なんだか、かつての分裂使徒戦を彷彿とさせる光景だ。 「アスカちゃん、とどめを刺して!」 投げつけたソニックグレイブを、振り返りもせずに弐号機が掴み取った。 『任せなさい』 【FROM EVA-02】の通信ウインドウのなかで、アスカのサムズアップ。座っているのはタンデムエントリープラグ。後席に着いたキョウコさんが眉を顰めているところを見ると、意識を取り戻したらしい。 自我境界線を乗り越え、エヴァから帰還してきたキョウコさんなら、弐号機を直接制御できる。そのキョウコさんをコアに封じた人格になぞらえて、アスカは間接的に弐号機を操縦しているのだろう。 『 16番にスマッシュホーク、出ます 』 武器庫ビルからスマッシュホークをひったくって、起き上がろうとする【#4】を斬り上げる。 上半身を浮かせた量産機のコアを軸足で蹴りつけ、返す刃でスマッシュホークを振り下ろした。 『10時の方向』 ミサトさんの声に視線をやると、捕獲用ワイヤで絡め獲られた【#2】の姿。どうやら、ジオフロントの方はカタがついたらしい。 力づくでワイヤを引きちぎろうとする量産機めがけ、スマッシュホークを投げつけた。ATフィールドで誘導しつつ、直前でフィールド中和に切り替える。 防げるつもりでにやついたその顔を半ば割り断って、スマッシュホークが突き立った。 助走をつけて、跳ねる。 全質量と重力加速度の全てを蹴り脚に載せて、叩きつけるのはスマッシュホークの峰。装甲を施されていない量産機の、その体を両断した。 見やれば、こちらより僅かに早くケリをつけたらしい弐号機が、こちらに駆け寄ろうとした体勢を解いて腕を組んだ。なんだか、憤懣やるかたない様子。 …アスカはおそらく、暴れ足りなかったのだろう。 つづく