- AD2013 - 「…め?」 「残念。ぬ、だよ」 保育所からの帰り道。後部座席に納まった子供たちがしているのは、対向車のナンバープレートでの、ひらがなの勉強だった。 昨日は同じようにして足し算の勉強をしていたし、明日は引き算の勉強だろう。 そのうち、同じようにして漢字の勉強…は、ないか。公用車を除けばみんな湘南ナンバーだから、勉強には使えまい。 第3新東京市は治外法権ではあるが、だからと云ってなにもかもネルフ、国連直轄で賄うのは無理がある。そこで、旧来の行政をそのまま受け入れていることが多い。自動車登録番号標はその代表例で、第3新東京市は湘南自動車検査登録事務所の所轄となる。 赤信号で停車すると、目の前の横断歩道を歩行者が横切りだす。なんとはなしに眺めていたその流れの中に、見知った顔を見つけて思わず我が目を疑った。 「…ナオコさん?」 そんなバカな。ナオコさんはMAGIコピーのセットアップで、今はソ連のはずだ。予定ではあと3ヶ月は帰れないはずで、こんなところに居るはずがない。 「ナオコさん!?」 ウインドウを開けて呼びかけると、はたしてその人物が立ち止まった。間違いない、ナオコさんだ。 こちらに気付いたナオコさんは、バレちゃった。とでも言いたげに舌を見せると、人差し指を唇に当ててウインク。じゃあね。と、ばかりにひらひらと左手の指先だけ閃かせたナオコさんは、笑顔のままに横断歩道を渡りきってしまう。ほどなく雑踏の中へ消えてしまった。 「お母さん、知ってる人?」 「…ええ、リツコお姉ちゃんのお母さんよ」 えー!とシンジが驚いているが、信号が青に変わらなければ一緒になって叫んでいたことだろう。 翌日。なんだか疲れた様子のリツコさんに話しを聞くと、帰宅したら夕食の支度を整えてナオコさんが待ち構えていたらしい。そのまま土産話を延々と聞かされたのだとか。 では、何故ナオコさんが3ヶ月も予定を繰り上げて帰ってきたかというと、カラクリがあった。 5台目のMAGIコピーセットアップということで、ナオコさんはその作業を全てMAGIに任せたのだそうだ。松代のMAGIコピーを監督役に、各地のMAGIコピーを総動員してセットアップ作業をさせたらしい。 MAGIコピーが4台稼動してようやくできた最速の布陣だと、ナオコさんは言う。それに、これからはわざわざ現地に行かなくて済むわね。と笑っていた。 せっかく予定が空いたのだから、しばらく羽を伸ばそうかしら。とはナオコさんの弁だけど、あのタイプの人が、大人しく体を休められるはずがない。3日もしないうちに白衣の袖に手を通していることだろう。 終劇2007.11.1 DISTRIBUTED ボツ事由 タイミング的に、イジメ篇直前のエピソード。雰囲気が軽すぎてなんだかそぐわないので不採用。