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No.29540の一覧
[0] シンジのシンジによるシンジのための補完【完結済】[dragonfly](2023/06/22 23:47)
[1] シンジのシンジによるシンジのための補完 第壱話[dragonfly](2012/01/17 23:30)
[2] シンジのシンジによるシンジのための補完 第弐話[dragonfly](2012/01/17 23:31)
[3] シンジのシンジによるシンジのための補完 第参話[dragonfly](2012/01/17 23:32)
[4] シンジのシンジによるシンジのための補完 第四話[dragonfly](2012/01/17 23:33)
[5] シンジのシンジによるシンジのための補完 第伍話[dragonfly](2021/12/03 15:41)
[6] シンジのシンジによるシンジのための補完 第六話[dragonfly](2012/01/17 23:35)
[7] シンジのシンジによるシンジのための補完 第七話[dragonfly](2012/01/17 23:36)
[8] シンジのシンジによるシンジのための補完 第八話[dragonfly](2012/01/17 23:37)
[9] シンジのシンジによるシンジのための 補間 #1[dragonfly](2012/01/17 23:38)
[11] シンジのシンジによるシンジのための補完 第九話[dragonfly](2012/01/17 23:40)
[12] シンジのシンジによるシンジのための 補間 #EX2[dragonfly](2012/01/17 23:41)
[13] シンジのシンジによるシンジのための補完 第拾話[dragonfly](2012/01/17 23:42)
[14] シンジのシンジによるシンジのための 補間 #EX1[dragonfly](2012/01/17 23:42)
[15] [IF]シンジのシンジによるシンジのための 補間 #EX9[dragonfly](2011/10/12 09:51)
[16] シンジのシンジによるシンジのための補完 第拾壱話[dragonfly](2021/10/16 19:42)
[17] シンジのシンジによるシンジのための補完 第拾弐話[dragonfly](2012/01/17 23:44)
[18] シンジのシンジによるシンジのための 補間 #2[dragonfly](2021/08/02 22:03)
[19] シンジのシンジによるシンジのための補完 第拾参話[dragonfly](2021/08/03 12:39)
[20] シンジのシンジによるシンジのための 補間 #4[dragonfly](2012/01/17 23:48)
[21] シンジのシンジによるシンジのための補完 第拾四話[dragonfly](2012/01/17 23:48)
[22] シンジのシンジによるシンジのための 補間 #5[dragonfly](2012/01/17 23:49)
[23] シンジのシンジによるシンジのための 補間 #EX4[dragonfly](2012/01/17 23:50)
[24] シンジのシンジによるシンジのための補完 第拾伍話[dragonfly](2012/01/17 23:51)
[25] シンジのシンジによるシンジのための 補間 #6[dragonfly](2012/01/17 23:51)
[26] シンジのシンジによるシンジのための補完 第拾六話[dragonfly](2012/01/17 23:53)
[27] シンジのシンジによるシンジのための 補間 #7[dragonfly](2012/01/17 23:53)
[28] シンジのシンジによるシンジのための 補間 #EX3[dragonfly](2012/01/17 23:54)
[29] シンジのシンジによるシンジのための補完 第拾七話[dragonfly](2012/01/17 23:54)
[30] シンジのシンジによるシンジのための 補間 #8[dragonfly](2012/01/17 23:55)
[31] シンジのシンジによるシンジのための補完 最終話[dragonfly](2012/01/17 23:55)
[32] シンジのシンジによるシンジのための補完 カーテンコール[dragonfly](2021/04/30 01:28)
[33] シンジのシンジによるシンジのための 保管 ライナーノーツ [dragonfly](2021/12/21 20:24)
[34] シンジのシンジによるシンジのための 補間 #EX7[dragonfly](2012/01/18 00:00)
[35] [IF]シンジのシンジによるシンジのための 補間 #EX8[dragonfly](2012/01/18 00:05)
[36] シンジのシンジによるシンジのための補完 オルタナティブ[dragonfly](2012/01/18 00:05)
[37] ミサトのミサトによるミサトのための 補間 #EX10[dragonfly](2012/01/18 00:09)
[40] シンジ×3 テキストコメンタリー1[dragonfly](2020/11/15 22:01)
[41] シンジ×3 テキストコメンタリー2[dragonfly](2021/12/03 15:42)
[42] シンジ×3 テキストコメンタリー3[dragonfly](2021/04/16 23:40)
[43] シンジ×3 テキストコメンタリー4[dragonfly](2022/06/05 05:21)
[44] シンジ×3 テキストコメンタリー5[dragonfly](2021/09/16 17:33)
[45] シンジ×3 テキストコメンタリー6[dragonfly](2022/11/09 14:23)
[46] シンジのシンジによるシンジのための補完 幕間[dragonfly](2022/07/10 00:12)
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[29540] シンジのシンジによるシンジのための補完 第拾話
Name: dragonfly◆23bee39b ID:7b9a7441 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/01/17 23:42




「で、なに。今度はリツコが使徒を殲滅しようとしているわけ?」

発令所に連れてきた途端にアスカが言い放ったのが、このお言葉だった。

地底湖に迎えに行き、シャワーを浴びせ着替えさせ、その道すがらに事情を話したのだが。

「そのうちエヴァはお役御免になりそうだわ」

「そうなるといいね」

「…そうね」
 
「アンタ達バカァ? 皮肉に決まってんでしょ!」

口ゲンカを始めたので、早々に発令所からご退散願った。

どのみち、マイクロマシンのようなこの使徒にエヴァは役に立たないのだ。


…………


発令所

多機能会議用テーブルを床下からせり上げて、即席のミーティングルームだ。

R警報の発令を見越して、各フロアの人員は一時待機させている。いつでも退避させられるように。

「彼らはマイクロマシン、細菌サイズの使徒と考えられます」

あらゆる使徒の中で、最も対応に苦慮した1人。それがこの微細な使徒だった。

「その個体が集まって群を作り、この短時間で知能回路の形成にいたるまで爆発的な進化を遂げています」

前回はわけもわからずに放擲され、事が終わるまで捨て置かれた。
裸だったこともあって、随分と心細かったように思う。

「進化か」

だから、どのような使徒で、どうやって殲滅したのか、なにも知らなかった。
知らないということは、それだけで大きなリスクになる。

このような状況の連続で、よくもまあ彼女は勝ち抜けたものだ。

「はい。
 彼らは常に自分自身を変化させ、いかなる状況にも対処するシステムを模索しています」

今こうしてリツコさんの説明を聞いて、ようやくどういった相手であるのかが判った。

かつて、自らがエヴァに乗っていたとき。もう少し周囲のことに興味を持っていれば、この程度のことは知りえただろう。

そうしていれば、短時間とはいえ子供たちを地底湖に放り出さずに済んだだろうに。

ただ流されるままに生きていたあの頃が、いま恨めしい。

「まさに、生物の生きるためのシステムそのものだな」

ダメだ。気持ちを切り替えなくては。後悔など、いつでもできる。

とはいえ、エヴァで対処できる相手だとはとても思えない。
リツコさんに任せるしかないだろうし、きっと彼女もそうしたことだろう。

だが、使徒殲滅の責務を担う作戦部長として、ミーティング中に指を咥えたまま傍観するなど許されるはずがなかった。

「ロジックモードの変更が可能なのですから、電源供給を停止して、MAGIシステムの物理的な停止はできませんか?」

「効果は期待できるけど、最後の手段にしたいわ」

即答だ。
リツコさんのことだから、この程度の対策は検討済みということだろう。

「どうして?」

「MAGIの人格が揮発してしまうからよ」

「コンピュータなのに?」

「貴女の使っているノイマン型ストアードプログラムとかとはモノが違うのよ。……そうね」

リツコさんが皆まで言う前に、マヤさんがホワイトボードを押し出した。

/ マーカーを手にしたリツコさんが、斜め右上に向かって線を引く。

「これ。この続きはどうなると思う?」

「そのまま、右斜め上?」

「そうね。じゃあ、こうすると?」

・ 書いた線をイレーザーで消して、上端の一点だけを残す。

「右斜め上、って答えちゃダメなのね」

その通りよ。と頷いて。

「有機コンピュータである。ということも理由の一つだけど、人格移植型だということのほうが問題なのよ」

リツコさんの右の人差し指が、親指を叩いている。煙草、呑みたいんだろうな。

「MAGIは、考えるコンピュータよ。
 考える。ということは、問題に対する答えが毎回変わりうるってことね」

例えば……。とリツコさんが再びマーカーのキャップを外す。

「過去に、ある命題Aから結論Bを導出させたとするわ」

TheseAと殴り書きにして円で囲む。その横に矢印でつなぐSchlussB。

「そのあとに、命題Cを解かせる」

丸く囲ったTheseC。

「そこで導き出された結論Dは、前提条件として命題Aの結論、その過程に影響されている」

A→B→C→D。矢印でつなぎ合わされ、一直線に。

だから。とリツコさんがTheseA、SchlussBを消した。

「前提条件がないと、命題Cの結論はDではなく、Eになるわ」

SchlussDを×で消すと、TheseCから斜め下に矢印を引いて、SchlussEにつないだ。

それが悪い答えかどうかは一概には言えないけどね。とリツコさん。

「MAGIは、思考を積み重ねてその精度を向上させてきたのよ。
 ログに残ってない失敗ですら、MAGIにとってはかけがえのない反面教師なわけね」

「第127次定期検診が終わったばかりですから、現状への復帰は可能です」

マヤさんの補足に、リツコさんが頷く。

「けれど、思考の継続性は失われるわ。MAGIはこの状態になる」

・ マーカーの先で指し示す、点。

「過去ログを読ませて補強するでしょうけど、元通りとはいかないし時間もかかるわ」

点から左斜め下に向かって、とんとんとんと点線を引いている。

  ・
 ・





思考の継続性こそがMAGIの核心ということらしい。であれば、それを失うことはMAGIを失うことに等しいだろう。

これが使い古した5年落ちのパソコンなら、データを移せばことが済む。

だが、考えるコンピュータであるMAGIにとってそれは、ベテランから新人に業務引継ぎを行うようなものではなかろうか。仕事の内容をすべて教えてもらったからといって、新人がすぐにベテラン並みに働けるわけがない。ということなのだろう。


「……確かに最後の手段ね」

「判って貰えたかしら?」

ええ。と頷く。作戦部長に出来ることはない。と確信した。

「では、臨戦時下作戦部権限によりY-19を補則Fで発令。対使徒作戦権限の全てを第一種戦闘配置解除までの間、技術部に委譲します」

使徒出現が確認された時点で、自動的に作戦部の権限は強化される。
そのための部署だからだ。
さきほどMAGIのI/Oシステムをダウンさせようと試みた時、司令部付きの青葉さんが日向さんにカウントを依頼したのも、そこに起因する。


正式に権限を委譲しておかないと、作戦部の顔色を窺って技術部が思い切った手段を打てない。
門外漢が決定権を握っていては百害あって一利なしだ。

「ミサト、貴女……」

「信頼しているわ、リツコ…。あとはよろしくね」

司令に向き直り、敬礼。

「わたくしは地底湖の子供たちの保護に向かいます」

うむ。と頷く父さんをあとに、発令所を後にした。


…………


「それで、MAGIを護りたかったの?」

リフトアップされたカスパーの躯体内。
のたうち這いまわるパイプ類はボイラー室か何かのようで、これが世界屈指のスーパーコンピュータの内部とはとても思えない。

おっと【のるな!へこむ】って書いてあるパイプに体重をかけるところだった。

リツコさんが電動丸ノコで外板を切り取ると、人の脳にも似たMAGI・カスパーの中枢部が姿を見せる。

「違うと思うわ。
 母さんのこと、そんなに好きじゃなかったから」

接続用の探査針を打ち込み、コンソールにつないでゆく。

「科学者としての判断ね」

リツコさんが苦悩を抱えていることはわかっていた。

「お母さんってどんな人だったの?」

大勢の綾波たちを壊したあのとき、泣き崩れたリツコさんから得たいくつかのキーワード。

“あの人”と“親子揃って大莫迦者” そして、おそらくは“綾波への嫉妬”

「ちょっと、こんな時にカウンセリングはやめてよ」

「こんな時だからよ。今なら心に壁を作る余裕はなさそうだもの。
 素直なリツコ…を見せて欲しいわ」

“あの人”について確証はない。だが“綾波への嫉妬”と、その破壊を自分に見せつけたことから思い当たるのは自分の父親、碇ゲンドウだった。

「油断ならないわね。
 この機会を窺っていたって云うの?」

だが、父さんについては自分に切るべきカードがない。おそらくはリツコさんの方がよほど理解しているだろう。

「まさか、そんなわけないでしょ」

第一、父さんのことは自分にとっても心苦しい話題だった。ミイラ取りがミイラになりかねない。

【碇のバカヤロー!】か……、誰が書いたか知らないけれど、気が合いそうだ。

「そこに至った過程と理由を聞かないと、納得できないわね」

ならば、リツコさんの心をひも解くには親の話を訊いてみるしかなかった。

「……MAGIがお母さんだって、教えてくれたでしょう」

それが父親なのか母親なのか、MAGIの話を聞いていて判ったような気がしたのだ。

「……考えてみたらリツコ…って私にとってお母さんなのよ」

「はい?」

手、止まってるわよ。と指摘されて、リツコさんがキーボードをたたき始める。これで間に合わなかったら貴女の責任よ。と先に倍する速度で。

「ほら、大学時代を思い出したって言ったでしょう。
 あの頃、女の子の一通りを貴女が教えてくれたわ」

「呆れた、その程度の事で母親扱い? 貴女、私をそんな風に見てたの?」

「大事なことよ。気付いたのは最近だけど」

タイピングの音色が半音上がったような気がした。キーボードに集中したリツコさんの、疑問符の提示。

「…レイちゃんを預かったでしょう。
 色々と教えているの、あなたがそうしてくれたように」

マシンガンのような打鍵音が、明らかに乱れた。

「こういうの、母親の役目だわ。って思ったら、学生時代を思い出したのよね」

「そう……」




見事に染め上げられた金髪を、学食で見かけたとき。

時を遡ってから初めて出会った知己の姿に、載せたカレーライスごとトレイを落として泣き出した。

それは、すべてを本当にやり直すことができると実感した瞬間だったから。

嬉しくて嬉しくて身も世もなく泣いて、声をかけてくれたことがまた嬉しくてさらに泣いて、リツコさんを戸惑わせたことをよく憶えている。

「わっ私じゃないわよ」と周囲に弁解しようとするリツコさんの様子がなんだか可笑しくて、泣きながら笑った。


そうして知り合った直後は、べらべらとよく喋るヤツだとリツコさんに思われたことだろう。

当時、自分にとってリツコさんは全てをやり直せることの象徴だったから、顔を見てるだけでも嬉しくて、のべつ幕なしに口を開いていたように思う。

また、常に気分が高揚していて何かと強引だったから、リツコさんも迷惑していたに違いない。

そのせいで、加持さんとあんな出会い方をしてしまったわけで……

なぜあんなにもはしゃいでいたのか。

当時の自分を振り返ってみると、恥ずかしくて顔から火が出そうだ。



「だから、もっと知りたかったのリツコ…のこと、そのお母さんのことも」

嘆息。煙草が呑みたそうだった。

「MAGIにはそれぞれ母さんの人格がインストールされているわ。
 科学者としての母さん。母親としての母さん。カスパーには、女としての母さんがインストールされているの」

ディスプレイを反射して、リツコさんのメガネが光る。ちょっと不気味です。

「科学者としては優秀。でも母親としては最低だったわ。女としては…… 人のことは言えないか」

最後は消え入るように呟いたので、聴き取るのに集中力が要った。

「母さんに、コンプレックスが……あるのかしらね」

プログラムを組みながらキーパンチをして、平然と受け答えをこなしている。リツコさんは頭の中にMAGIでも飼っているのではないだろうか。

「そっか……リツコ…も、まだ子供ってことか」

「なによ、それ」

いらついてきているのは、ニコチン切れのせいばかりではなさそうだ。

「親を気にして、親と較べてるうちは子供なのよ。
 親と同じで苦しみ親と違って悩む、子供って云うのはそういうものなの。
 そんなことはどうでもいいって事に気付くまでは、大人ではないわ」

「較べているうちは大人になれない……か」

「リツコ…はきっと、お母さんを亡くしたときに親離れできてなかったのじゃないかしら。
 居ない相手と比較しても、ただ苦しいだけよ。客観的になれないもの。
 もちろん、成長の度合いを知るために親と比較することは必要なことだけれど」

禁煙パイプかニコチンガムでも差し入れるべきだろうか?

「今この時なら、いくらリツコ…でも感情の立ち入る隙はないと思うわ。
 冷静に、客観的に、お母さんと比較できるまたとない機会ね。
 まずは科学者としての二人はどうかしら? スペシャリストとゼネラリストで較べ難いけど、高名なのは赤木リツコ博士よ。
 女としては、どう?」

「……そうね。互角かもしれないわ」

口の端を吊り上げて、意味ありげな微笑み。
『母娘揃って大莫迦者』とは、そういう意味なのだろうか?


 『来たっ! バルタザールが乗っ取られました!』


始まったか。しかし、自分が慌てても仕方がない。
 
「母親としては、高名な赤木リツコ博士を産み育てたお母さんには実績があるわね。
 でも、娘からは好かれてない。大きな減点だわ。
 当のリツコ…は未知数だけど……、私のこと、どう思ってる?」


   ≪ ・人工知能により 自律自爆が決議されました ≫


「どうって貴女……。まさか……」

思わずこっちを向くリツコさん。それで手が止まらないのが流石。


   ≪ ・自爆装置は三審一致ののち 02秒で行われます ≫


「私はリツコ…のこと好きよ。尊敬してる」

しっかりと顔を見て言うと、一瞬、ほんの一瞬だけ打鍵音が途切れた。

「ちょっと止してよ。冗談きついわ」

そっぽを向く、その頬が赤くなっているようだ。


   ≪ ・自爆範囲はジオイド深度マイナス280 マイナス140 ゼロフロアーです ≫


「本気よ。
 子供を産んだだけでは単に経産婦になったというだけで、母親としての評価に関係ないもの。
 実の母親と育ての母親、どっちが子供にとって大切か。
 親はなくとも子は育つ。要はどう育てたか、どう想われているか、よ?」

今なら解かる。
血縁だけが家族ではないのだと、気付かせようとしてくれていた人が居たことに。
当時の自分にその態度だけで悟らせるには、彼女はあまりにも不器用すぎたが。

その姿を反面教師にしていると言ったら、彼女は怒るだろうか?


   ≪ ・特例582発動下のため 人工知能以外のキャンセルは出来ません ≫


「詭弁よ。
 たとえそうでも、こんなトウのたった娘なんか要らないわよ」

「私でダメなら、…レイちゃんはどう?」


 『バルタザール、さらにカスパーに侵入!』


「私を助けてくれた貴女が、…レイちゃんをほったらかしてるのが信じられなかったわ。
 会わなかった間にいったい何があったの?」

「余計なお世話よ」


 『該当する残留者は速やかに待避してください。繰り返します、該当地区残留者は速やかに待避してください』


「……ごめん」


「……」

しばしの沈黙。でも、判る。打鍵音が教えてくれるリツコさんの心の動き。

「……私も言い過ぎたわ。レイのことは前向きに考えとくから……」

「ありがとう」


   ≪ ・自爆装置作動まで あと20秒 ≫

 『カスパー、18秒後に乗っ取られます』


「言っとくけど、レイに「おばあちゃん」なんて呼ばせたら絞めるわよ」

お継母さん、かも。とか思ったりしたことは、口が裂けても言えない秘密だ。


   ≪ ・自爆装置作動まで あと15秒 ≫


「リツコ…、急いで」

躯体から身を乗り出してみると、スクリーン上のMAGI模式図はほとんど真っ赤だった。
リツコさんに任せておけば大丈夫だと信じていても、さすがに恐い。


   ≪ ・自爆装置作動まで 10秒 ≫


「大丈夫、1秒近く余裕があるわ」

      ≪ ・9秒 ・ 8秒・ ≫

「1秒って」

      ≪ ・7秒 ・ 6秒・ ≫

「ゼロやマイナスじゃないのよ。マヤ!」

      ≪ ・5秒 ・ 4秒・ ≫

『いけます』

      ≪ ・3秒 ・ 2秒・ ≫

「押してっ」

        ≪ ・1秒・ ≫


        ≪ ・0秒・ ≫

            ・

            ・


           ・


 ……静寂が、耳に痛い。


今にも赤く塗りつぶされそうなMAGI模式図の片隅に、1ブロックだけ残された青い領域。
静かな点滅がぴたりと止まったかと思うと、一気に押し戻すようにして全体を青く染め直した。


   ≪ ・人工知能により 自律自爆が解除されました ≫


……

 『 『『『「「「「 ぃやったぁー! 」」」」』』』』 』


発令所から歓声が降ってくる。

マヤさんも、安堵のあまりか泣きそうだ。

振り返ると、リツコさんが内壁にもたれかかったところだった。

「使徒殲滅おめでとう。
 これで貴女もアスカ…ちゃんに睨まれるわね」

「嬉しそうに言わないでよ。それに、そもそも……」

「仲間が欲しかったんですもの」

嘆息。煙草が呑みたそうだ。

「お祝いするんでしょ。私のリクエスト、訊いてくれるのかしら?」

「もちろん」

その日の夕食が随分と豪勢になったことは言うまでもない。



****


「どう、レイ?初めて乗った初号機は?」

第1回機体相互互換試験

『…碇君の匂いがする』

 被験者 綾波レイ

「シンクロ率は、ほぼ零号機のときと変わらないわね」

見下ろすケィジの中。正面に初号機の姿がある。

「パーソナルパターンも酷似してますからね。零号機と初号機」

「だからこそ、シンクロ可能なのよ」

試験中に作戦部長に出来ることはないから、ただ付き添うのみ。

「誤差、プラスマイナス0.03。ハーモニクスは正常です」

「レイと初号機の互換性に問題点は検出されず。では、テスト終了。
 レイ、あがっていいわよ」

『…はい』



エヴァの互換性を確認するというこの実験。
手を尽くして、綾波と初号機の組合せのみで行わせるに押しとどめることができた。

 
「どう、シンジ君。初号機のエントリープラグは?」

第1回機体相互互換試験(追試)

『なんだか、変な気分です』

 被験者 碇シンジ

「違和感があるのかしら?」

『いえ、ただ、綾波の匂いがする……』

かつての零号機の暴走。その原因は判らないが、起こさずに済むならそれに越したことはない。

その時のことは一切憶えてないが、なにか重大なしこりを心に負った。そんな気がするのだ。

「シンクロ率に著変、認められず。ね」

「ハーモニクス、すべて正常位置」

作戦部からの再検討の要望に対し、当然のようにリツコさんは難色を示した。
司令の命令だ。と伝家の宝刀を抜いたほどだ。

だが、その程度で引き下がるほど今の自分は諦めのいい性格ではない。
ことに、子供たちのためとあらば。

もともとパイロットに関わる実験は、越権行為にならない範囲で可能な限り企画立案から立ち会うようにしている。だから自分の技術部に対する発言力、影響力は意外に大きい。

お陰で、意義の少ない第87回機体連動試験を取りやめさせるのは難しいことではなかった。今頃アスカは格闘訓練だろう。

「これであの計画、遂行できるわね」

それに、ATフィールド実験に費やす時間が増えていた。
作戦部がシンクロ率やハーモニクスを重要視しないことも含めて、当然のごとく他のスケジュールは縮小傾向にある。

「ダミーシステムですか? 先輩の前ですけど、私はあまり……」

「感心しないのは解かるわ。
 しかし備えは常に必要なのよ。人が生きていく為にはね」

さらには、他のパイロットを乗せて、エヴァに悪影響がないか? という懸念を提出した。
そのため、このように彼による初号機へのシンクロ追試が優先されたのだ。

「先輩を尊敬してますし、自分の仕事はします。でも、納得はできません」

最後に、作戦部長による技術部長への粘り強い説得工作があった。
何のことはない、微細群使徒を殲滅した夜に祝いと称して酔い潰した。というだけのことであるが――我らが技術部長に限らず、世の働く女性たちは、佳い酒に目がないのだ――。


リツコさんは約束を守る。たとえそれが、酔って前後不覚になったときのものであろうとも。

「潔癖症はね、辛いわよ。人の間で生きていくのが」

ダミーシステムの名を口にしてから、マヤさんの表情は曇りっぱなしだ。

「汚れた、と感じたとき分かるわ。それが」

ついにうつむいた。

「……」

敬愛する先輩から重要な仕事を任せられているのだろうに、その表情は冴えない。


この試験の主眼がダミーシステムの開発にあることは、秘密でもなんでもない。
それは、目の前の師弟が人目もはばからずにやり取りしてるのを見れば判るだろう。

機体相互互換試験は表向き、対外的な名目にすぎないのだ。

だからこそ適当な口実を与えてやるだけで、カモフラージュ目的の他の試験の中止、延期が実現したのだろう。


ダミーシステム。

作戦部はその存在を歓迎していない。
仕様を見れば一目瞭然だが、とても作戦行動をまっとうできる代物ではなかった。制御下にない味方は、敵よりも厄介だ。

できるものなら、かつてエヴァ参号機と対峙した初号機がどんな戦い方をしたか、微にいり細をうがって語ってやりたかった。


もしもの備え。その必要性は判らないでもないから、開発そのものまで妨害する気はないのだが……




                                                         つづく

2006.09.11 PUBLISHED
..2006.10.06 REVISED

special thanks to オヤッサンさま シンジasミサトの家族への思いの源泉についてご示唆いただきました


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