見上げた空はどこまでも朱く
第五話
「」の先に見えたもの 後編
とてもにぎやかな夕食だった。と言うよりも誰かと会話をしてこんなに楽しかったことが初めてのことだったかもしれない。
こんなに人と話をしながら人と食事をしたのも初めてだった。僕は一人だけ夢の中にいるような気分だった。
「ごちそうさま」
ゆかりさんの食事を終える一言に、はっと目が覚める。ゆかりさんはお休みと僕をを含めた居間にいる全員に言いながらさっさと二階にいってしまったようだ。僕もあわてて手をあわせ食事を終えた。
「ごちそうさまでした。」
「おそまつさま。」
「じゃあシンジ君、君の部屋に案内するよ。」
「はい。」
そういって先生は席を立った。
「荷物は本当にあれだけかい?」
「はい、どうしてですか?」
「いや、ゆかりと比べるとずいぶん少ないと思ってね。やっぱり男の子だからかな。」
「僕は、ものがたくさん在ると落ち着かなくて。」
話してみてわかったけれど、ゆかりさんはすこし気が強そうだったし、彼女の部屋なら引きこもりがちな僕の部屋よりも、確かに華やかでものは多いだろう。でも僕は音楽が聴けてチェロが弾ければほかは、特にほしいものはなかった。ものがたくさんあると落ち着かないと言うのも嘘ではなかった。
「そうなのか、しかし必要なものがあればいいなさい。君のお父さんからは養育費や何やらをきちんと預かっているんだし、遠慮することはないから。」
「はい・・・」
お父さんがそんなことをしてくれていることを僕ははじめて知った。
じゃあ何で僕を先生のうちに預たんだろう。ふとした先生の言葉に、だんだんと自分の思考に沈みかける。それをを先生の声が引き上げた。
「シンジ君?どうしたんだ?。」
「あっ、すみません。ちょっと考え事をしてしまいました。」
「そうか、何か聞きたいことが在れば言ってくれればいいんだよ?」
先生は、心配そうに僕にそういってくれた。
「・・・・はい。・・・その、すみませんでした。」
「いやいいんだ。じゃあいこうか。」
「あのっ、片付けを・・・・」
「手伝ってくれるのはかまわないけれど、あんな大きな荷物でくるんだもの疲れているでしょう?今日はいいから、もう休みなさい。」
「ん?じゃあなんであのケースは自分で持ってきたんだい?あれも送ればここまでくるのも楽だったろうに。」
「あれは・・・・その、大事なものだったので。」
「そうなのか。いやすまない少し気になっただけだから。」
「いえいいんです。じゃあ先生いきましょう。」
そうして僕と先生は居間を出て家の置くの部屋に向かった。
案内してもらった部屋は僕一人で使うには少し広い部屋だった。
「結構広いですね」
家具もなく、部屋にあるのは僕が前の家から送った荷物のはいている段ボールと部屋の隅には真新しいベットがあるだけの清潔な壁の白い部屋だった。大きな窓もついていて、カーテンが閉められている。この部屋が使われていないなんて信じられないくらい素敵な部屋だった。僕は少し澪とれてしまった。たとえる何だろう、夏の日の麻、晴れた日、誰もいない電気のついていない体育館、でも窓から入る光でほのかに明るい。そんな感じかな。
「気に入ったかい?」
「・・・はい、なんだか僕にはもったいないきがします。本当に僕なんかが使っていいんですか?」
本当に、ほぅと、ため息が出るくらい簡素化もしれないけれど素敵な部屋だった。
「元々客間だったからそんなに家具を置いていないが、何か必要なものがあれば言いいなさい。遠慮せずにね。」
「はい、ありがとうございます。」
「じゃあまたあした。明日は日曜だけど転校先の小学校へ挨拶に行かなければいけないから、今日はもう寝なさい。」
「はい、先生。おやすみなさい。」
「お休み。」
そうして僕は一人、今日から僕の部屋になった、少し大きな部屋で今日一日を終えようとしていた。
明日の準備をしてベットにはいった。でも目をつむると今日起こったことが思い出される。今日は本当にいろんなことがあった。本当にいいことがたくさんあった。その一つ一つの出来事が今の僕にはとても大切なものになるような気がした。明日も今日みたいに、ううん、これからはきっとといいことがたくさんある。今日の出来事は僕にそう思わせてくれたし、きっとそうなると信じさせてくれた。そんなうれしさがこみ上げてくるのを止められない僕は興奮して寝付けないでいた。
興奮してのどが渇いた僕は居間に水を飲みに行った。するとまだ電気がついている。どうやらまだ先生と叔母さんが起きているようだ。何を話しているんだろう?
いけないと思いつつもそっと隙間からのぞこうとして、
次に聞こえてきた言葉に僕は固まった。
「それで、いつまであれを引き取ってるつもりですか?」
『あれ』?『あれ』って僕のことだろうか?
それは冷たく、吐き捨てるような言い方だった。叔母さんの言う『あれ』って言うのが、なぜかすぐに僕のことだとわかった。
いやそれよりもこの声は叔母さん?・・・・・本当に?全然知らない人みたいな声だった。それくらいさっきとは比べられないくらい冷たい響きのこもった声。
「あいつが引き取りに来るまでだ。それまでやつも金を送るといってきている。」
今度は先生?そっと、本当にそっとドアの隙間から確認する。でもそこにいたのは本物の叔母さんと先生だった。さっきまであんなに明るい食卓だったテーブルで、別人みたいに冷たい顔をした先生と叔母さんが、食事の時と同じ席に座って、同じように向かい合って座っていた。
「それもいつまで続くかしら。」
「何が言いたいんだ。」
「あんな子を引き取るのは、反対だったんですと言ってるんです。」
叔母さんはさっきまで僕が座っていた席を、まるでまだ僕がいるかのように見据えながらそういった。その目を見ると、僕はこれがどういうことかを悟りだした。
なぜかそこで、ふとあの日の朱い空を思い出した。
「それは私も同じだ。あんな無愛想なやつと関わり合いになどなりたくわなかったよ。ましてやその息子を預かるなんてな。」
先生はそう吐き捨てた。もう叔母さんの言葉を聞いたときからそこから動けなくなっていた僕の体を、ますます硬くした。
そして思い出す父の硬い背中
「それにあなた、碇がなんて言われてたか知ってる?『妻殺し』って言われているのよ。」
ここにいることがばれるんじゃないかと思うくらいびくっとふるえた。僕はあの眼で直接みられているような気持ちがした。右手で左腕を、左手でズボンをきゅっと掴み、寒くもないのに震える体を押さえつけた。
先ほどからなぜかあの日の空の朱さと父の背中が見え隠れして離れない。
「そりゃもちろん人の噂ですけど、あの人無口でしょう?周りに何のいいわけもしないものだから、ほんとに殺したんじゃないかって噂なのよ?そんなとこの子供を引き取ったんじゃ、ご近所からなんて言われるか。何たって『妻殺しの息子』がいるんだもの、噂なんて広まるときはあっという間なのよ?」
「ふんっ。あの男ならやりかねんな。もし本当にそうだとしても私はおどろかんよ。」
「そんなことじゃないんです、ゆかりがかわいそうでしょう、そんな子と一緒にいるなんて。」
「今日のあの子の態度をみていなかったのか?確かに物珍しさからいろいろきて多様だが、なぁにすぐに相手をしなくなるさ」
もう先生たちの方に顔を向けられない。下を向いて、けれど目を見開いて僕はそこからまだ動けなかった。さっきからずっとこの場所から逃げたいのに。
まるであの日と同じ様に・・・・・・・
「で、いつまで?」
「だからわからんと言ってるだろう。金は送られてくるんだ、それでいいだろう。」
「あなたはそれでいいかのしれませんけどね、その『妻殺しの子供』の世話をするのは私なのよ?私の苦労も少しは考えてください。」
もう聞いていられない。そんな言葉を聞きたくない。ここにいればもっと聞きたくない言葉を聞かされる気がする。
あの日の父の背中の本当の意味がわかってしまいそうだから・・・・・
「それは・・・・」
「それにこれからのこともあります。ゆかりはどうなるんですか?小学生のうちはいいかもしれませんけど、中学生になったときにどうするんです?何か間違いがあったときには私は知りませんからね!!。」
「・・・・・ゆかりには事情を隠して部屋に鍵をつけさせる。あれは、そのうち庭にでも部屋を作ろう。」
「ゆかりはともかく、シンジくんの方はそれに従います?」
おどけるように夕飯の時の言葉遣いで、僕の名前を会話に出す叔母さん。その言葉に込められている意味とあのときと同じやさしい口調。さらに心が締め付けられる。
僕と一緒にいたあのときも、
同じことを
叔母さんは考えていたのだろうか。
その可能性はもう確かなものだった。先ほどのの楽しい時間が、みるみるあの日と同じ朱い色の『何か』に変わっていく。
「なに心配いらんさ。おまえもみただろうあの気の弱さ、こちらから何を言ってもあの子は従うことしかできんさ。それにチェロだったか、そのための部屋だと言い聞かせれば断る理由も無いだろう。心配することはなにもない。」
「・・・・わかりました。そこまで考えがあるのでしたらこのことはお任せします。」
渋々納得した様子の叔母さんと先生は、その後も何か話を続けていたけれど。もう先生たちの言葉を僕の耳に入れたくはなかった。何とか引きはがすように足を動かすと、ただゆっくりと先生たちに気づかれないように部屋に戻りベットに入った。
ふるえが止まらない。
寒くて、寒くてたまらない。
のどがからからで飲み込むつばどころか、流す涙もないみたいだ。
あの眼が消えない。もう二度と見たくなかった、あんな目で見られたくなかった。あんな目で見られることなんてもう無いと思っていたのに。そう思えばこそこちらに来ることも少しは楽になれたのに。
顔に押しつけた布団が、少しかびくさい。明日晴れたら布団を干そう。そう、だから早く寝よう。目をつむって必死に僕は寝ようとした。
先ほどの会話を早く忘れたくて。『受け入れてもらえてなんかいなかった』ことをわすれたくて、そのことから逃げたくて。
ああ、でもまたあの夢を見てしまいそうだった。あのことを思い出してしまったから。
でもつらい、こんなつらいことよりましなはずだった。夢の叶ったと思った後の裏切りはこれまでの何よりもつらいものに感じた。
そうして僕のここでの最初の夜はすぎていった。
「希望」、「願望」、「信頼」、それらの先に見えたもの、
希望は、明日に歩けると思える道標
願望は、暖かく楽しい家族の団欒
信頼は、新たに出来た絆
標に従いたどり着いたのは、暗い明日。
近くにいたと思った人は子供のらくがきで、
絆は結び目だらけですぐに切れた。
「」の先に見えたものは
突き落とされるような裏切りだった。
次回予告
朱い夕日、朱い空。
なにも語らない父の背中、
僕を指さし物影で笑う黒い人たち、
一人の僕、
巨人、
朱い・・水?
溶けて消える、
・・・・お母さん?
そして思い出される消してしまいたい過去。
次回、「その音色が奏でるものは」
ご期待してくだされば幸いです。
書こうとしても書けない後書き。
haniwaです。なんか変に長くなりました。最初のいい雰囲気が好きだった方、すみません。すべてはこのためです。今回も結構勢いで書きました。誤字、脱字、又は「ファンとしてはこの設定のミスはゆるせねぇ。」等ございましたら、遠慮無く知らせてください。haniwa に出来る精一杯の速度とボキャブラリーを持って対処していきたいと思います。特に今回、シンジ君は今第二東京にいてその前は今の鎌倉あたり、後の第三東京にいたってことにしています。ここらあたり間違っていたら教えてください。
では皆様に喜んでいただければ歓喜の極み。