「いまかえった。」
「お帰りなさい、あなた。」
「ただいま、あれはもうついたのか?」
「はい、もうお風呂にも入れましたし、あなたのことを居間でまっています。」
「わかった。すまんが、先に風呂に入らせてくれ。」
「はい」
見上げた空はどこまでも朱く
第四話
「」の先に見えたもの 中編
おじさんが帰ってくるまでにお風呂に入ったあと、休んで待っているように言われた。でも、初めての家で緊張していたぼくは少しでも紛らわせるために、夕飯のお手伝いを申し出た。叔母さんは休んでていいよと言ってくれたけど、何かしていないと落ち着かなかった。
しばらくして、テーブルに食器を並べていたら、玄関に人の気配がした。夕飯の準備をしていた叔母さんがそちらに行った。どうやらおじさんが帰ってきたようだ。そうしてすぐに鞄を持った叔母さんを連れておじさんがやってきた。おじさんはお父さんと同じくらいの身長でお父さんよりも肉付きのいい男の人だった。高校の学校で先生をしているからかな。その口調も無口な父とは比べられないほど明るいものだった。
「やぁシンジ君ひさしぶりだね?この前会ったのは去年だったかな、おおきくなったねぇ」
「あっ、おじ・・・さん・・・えと・・・その、お、おじゃましてます。」
そんなおじさんの態度にも僕は緊張してしまったが、どもりながらも何とか返事を返すことが出来た。でも返事をした後になんだか気恥ずかしくなってしまって思わず俯いてしまった。でも叔父さんはそんな僕に気を悪くしたわけでもなくこういってくれた。
「おいおい、シンジ君、今日から君もこの家の人間になるんだ、そんなにかしこまらないでくれ。」
「はっ、はい!!すみませっ・・・・いえ、ええと・・・」
「どうしたんだい?」
「そっ、その、ありがとう・・・ございます。」
その叔父さんの気遣いに報いたかった。でも、何とか謝るんじゃなくお礼を言うことが出来てほっとした。
「んっ、気にしないでくれ。そうだ、ゆかりにはもう会ったかい?」
「はい、さっき見かけました。」
「ゆかりは、・・・挨拶しなかったろう?」
「いっいえそんなことは、・・・・」
まさか詰め寄られてじっと観察されました、なんてことは口が裂けても言えないし、恥ずかしい。
「いや、いいんだ。あのこは、はずかしがりでね。しかも、君が来ることになったのも急なことだったから、そのことも昨日説明したばかりなんだ。そのことが少しばかり気に食わないらしい。」
叔父さんの話を聞いて先ほど自分に起こったことを詳しく思い出した。あんなにかおををちかずけられておどろいた。でも、叔父さんが言うほど恥ずかしがり屋だとは想わなかったけれど。
「・・・そうなんですか、そんなこと無かったですよ。確かに挨拶は出来ませんでしたけど、僕は・・・気にしていませんから。」
あのときは驚いただけでなにも考えられなかった。あらためて思い出し手みるとそれだけで顔が朱くなってしまった。本当にかわいい子だったと思う。あのときちゃんと挨拶が出来なかったから今度はしっかりしよう。
「そういってくれると助かるよ。じゃあこの後ちゃんと紹介しよう。あれと仲良くしてくれると私もうれしいよ。」
「・・・はい・・・叔父さん。」
それから叔父さんはお風呂に入るために居間から出て行き、僕は夕飯の準備のお手伝いを続けた。ほとんど準備が終わったところで叔父さんがお風呂から上がり、居間で新聞を読んでいた。しばらくの間、居間と台所には時々僕と叔母さんが話す声と食器を運ぶ音、それから叔父さんが新聞をめくる音とても静かだったけれど、なんだか穏やかでゆっくりと時間が過ぎていく。僕は少し幸せだった。もうそろそろ夕飯の準備が終わってしまうことが残念だった。
「じゃあ、これ運びますね?」
「ええ、おねがいね。」
最後のお皿を僕我はこび終わると叔父さんはそれを確認して、二階にいる誰かを呼んだ。
「ゆかりー、ごはんできたぞー」
「・・・・・・」
二階から降りてきたその子は、・・・いつの間にお風呂にはいたのだろう。先ほど結んでいた髪を下ろしていた。叔父さんが言うには僕と同い年らしい。なんだか僕よりずっと年上に見えた。そしてやっぱり・・・・その、きれいな子だった。でもなんだか少し不機嫌けれど、きっと笑えばもっときれいなんだろと思うと少し残念だった。
さぁ、僕はいまから大変なことをしなければならない。
この子の目の前に改めて立ち、自分のことを紹介しなければならない。これはぼくには大変な難行だ。僕は今日何度締めたかわからない腹をを今一度締め直し挨拶をした。
「あの・・・、はじまして、碇シンジです。その・・これからよろしく。」
「・・・ふんっ」
それでも僕の細い腹をいくら締めても出たのはこれくらいだった。彼女の返事は当然のことだったろうけど僕は二の句を告げないでいた。すると見かねた叔父さんが助けに入ってくれた。
「こらゆかり!!ちゃんと挨拶しないかっ」
「あら、これから家族になる人に、そんなもの必要なの?」
「屁理屈を言うんじゃない。ちゃんと挨拶をしなさい。」
「・・・・はじめましてっ。これでいいでしょ!。ママ、ご飯にしてよ。」
渋々、そんな感じが抜けきらないそんな挨拶だったけどちゃんと僕の顔を見て彼女はそういってくれた。
「だったらゆかりも少しは手伝いなさい。シンジ君は手伝ってくれたわよ。」
「知らないわよあんなやつ、なんかくらそうでさっ。」
「すまんな、シンジ君。あの子にはあとで・・」
「いいえ、・・・いいんです。いきなりきて、ここにいるのは僕なんですから・・・・。」
そうして少し会話の中にとげを残してしまったけれど、山川家での初めての夕飯はこうして始められた。
食事が始まって少したった後も、僕はあの子に話しかけられないでいた。食事の手を進めながら人と話をすることがこんなに難しいと思わなかった。僕は叔父さんや叔母さんにいろいろ聞かれるごとに、箸をおいて話を返していた。彼女にも質問はされたけれど、何を言って返したかよく覚えていない。質問の内容は、
学校はどこなのか、どこから来たのか、何かやっているのか、背が低いのね、勉強では何が得意か、自分はこうだとか、etc、etc。
彼女なりに気を使ってくれているんだと僕は思った。僕はご飯を食べるのをとめてでも質問に答えた。
学校はたぶんこの近所の小学校です。受験なんてしてませんから、神奈川県のほうから着ました、チェロが少し弾けます、前の学校でも低いほうでした(泣)、算数と音楽です、国語と社会ですかすごいですね、などなど、
会話も食事も進められ、そろそろ食べ終わるころになってもまだ僕は一度も彼女のことを呼べず、こちらから話しかけられもしなかった。これではまずいと思った。一緒に住むことになるこの子となるべくなら仲良くなりたかった。
「あの・・・山川さん?。」
呼び方を気にして彼女のことを姓で呼んでしまった。
あははとおじさんとおばさんが笑う。
「シンジ君、私も山川なんだが?」
「そうよ?私も。」
そういわれる可能性を考えなかったわけじゃないけど精一杯ここまでだ。
「えぅ・・・・じゃあなんて呼んだらいい?」
「名前もう知ってるんでしょう、そっちでよびなさい。」
「ええ!!」
彼女はとんでもないことを言う。無理だ、僕は女子どころか同い年の男子でさえ名前で呼んだことがなかったからだ。
「うう・・・・ゆ、ゆかりさん?」
「さんいらないわよ。なんで同い年のこにそんな風に呼ばれないといけないのよ?」
「・・・・ごめんなさい。人を呼び捨てとかしたこと無いので」
何とかそれで許してもらおうと苦肉の策が、彼女ゆかりさんには聞かず、あっさりそのことを話す羽目になった。うぅ・・・・なさけない。
「あんた、暗いわねぇ。こんなのと一緒に暮らさないといけないなんて、先が思いやられるわ。」
「うう・・・ごめんなさい。」
「こらゆかり、シンジ君をいじめるのはやめないか。」
「ふんっ、こいつがくらいのがわるいのよパパ。」
「・・・・その、叔父さん、僕なら気にしていませんから。」
「そういうことじゃ無いんだが、シンジ君がそういうんならここはよしとしよう。・・・・・ところでシンジ君?」
「はい?」
今度は先生が、なんだかいたずらっぽい顔になって僕に話しかけてきた。
「もしかして私のことも呼びにくいかい?」
「いえそんなことは、無い・・・・ですけど。」
そんなに僕は呼びにくそうにしていただろうか?おばさんとゆう言葉の響きはそれほど違和感は感じない。でも、僕は叔父さんとこれまでこんなにこんなに話すことはなかったし、叔父さんくらいの年の男の人と言ったらお父さんか、学校の先生くらいだった。そのせいか確かに少し叔父さん、そういった呼び方に不慣れだった。
「そうかい?でも呼びにくかったら、なんと呼んでもいいからね。そうだな、先生なんてどうだい?僕も呼ばれなれているし、シンジ君も呼びやすいだろう?」
「・・・・はい、じゃあ先生、うん。僕もこの方がお呼びしやすいです。」
「じゃあ決まりだ」
あははと満足したように先生はわらった。
たわいもないやりとりだったろう。それでも僕には夢にも見たこと無い楽しい食事。
そんな団欒はゆっくりと終わりに向かっていた。
僕にはそれが少し残念だった。