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No.246の一覧
[0] 見上げる空はどこまでも朱く【エヴァ】[haniwa](2009/11/30 10:37)
[1] 見上げた空はどこまでも朱く[haniwa](2006/07/23 17:23)
[2] 見上げる空はどこまでも朱く[haniwa](2006/07/23 17:15)
[3] 見上げた空はどこまでも朱く[haniwa](2006/08/12 02:52)
[4] 見上げた空はどこまでも朱く 第四話[haniwa](2006/08/12 02:56)
[5] 見上げた空はどこまでも朱く 第五話[haniwa](2006/08/12 03:05)
[6] 間幕[haniwa](2006/07/23 18:03)
[7] 見上げる空はどこまでも朱く   第六話[haniwa](2006/07/23 18:24)
[8] 世間話[haniwa](2006/07/23 03:37)
[9] 見上げる空はどこまでも朱く  第七話[haniwa](2006/07/24 19:51)
[10] 見上げる空はどこまでも朱く  第八話[haniwa](2006/08/16 15:28)
[11] 見上げる空はどこまでも朱く  第九話[haniwa](2006/08/08 16:49)
[12] 見上げる空はどこまでも朱く  第十話[haniwa](2006/08/10 17:13)
[13] 見上げる空はどこまでも朱く  第十一話 前編[haniwa](2006/09/12 00:34)
[14] 見上げる空はどこまでも朱く  第十一話 後編[haniwa](2006/09/12 00:36)
[15] あとがき[haniwa](2006/08/14 20:35)
[16] 見上げれる空はどこまでも朱く 第十二話 前編[haniwa](2006/09/12 00:27)
[17] 見上げれる空はどこまでも朱く 第十二話 後編[haniwa](2006/09/12 00:30)
[18] 後書き[haniwa](2006/09/12 00:32)
[19] 見上げる空はどこまでも朱く 第十三話[haniwa](2006/09/24 21:57)
[20] 見上げる空はどこまでも朱く 第十四話 前編[haniwa](2006/10/09 10:45)
[21] 見上げる空はどこまでも朱く 第十四話 後編[haniwa](2006/10/02 15:13)
[22] 見上げる空はどこまでも朱く 第十五話  【 Ⅰ 】[haniwa](2006/10/19 16:56)
[23] 見上げる空はどこまでも朱く 第十五話  【 Ⅱ 】[haniwa](2006/11/14 22:26)
[24] 見上げる空はどこまでも朱く 第十五話  【 Ⅲ 】[haniwa](2006/11/22 10:01)
[25] 見上げる空はどこまでも朱く 第十五話  【 The End 】[haniwa](2007/01/09 21:32)
[26] 見上げる空はどこまでも朱く 第十五話  【 For Begin 】[haniwa](2007/01/09 21:41)
[27] エピローグ《Ⅰ》[haniwa](2007/01/09 21:47)
[28] 第十六話[haniwa](2007/03/19 16:50)
[29] 第十七話[haniwa](2007/06/25 11:38)
[30] 第十八話 前編[haniwa](2008/06/01 16:46)
[31] ミソラージュ  その一[haniwa](2007/01/24 14:51)
[32] 没ネタ[haniwa](2007/07/10 13:49)
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[246] 第十六話
Name: haniwa 前を表示する / 次を表示する
Date: 2007/03/19 16:50
 そいつがまさに諸悪の根源だと、私は常日頃から考えていた。


 人が幸せな時間を過ごしているのにもかかわらず、押しつけがましい親切を向けてくるその存在は、もはや許し難い。
 いや、考えるに、この存在自体が人の罪の現れなのだと言うことすら出来るだろう。
 それほどまでにこいつの存在は私には我慢ならない。
 何故、他の人たちはこの存在を許しておけるのだろう。
 目を背けようと努力したこともある。慣れてしまえば自分も周りの人と同じようにこいつと接してやれる。そう信じていたこともあった。


 でも、もう無理。できない。あり得ない。


 きっとこいつは私のことを憎んでいるに違いない。なぜなら私がこんなにもこいつのことを憎んでいるのだから。
 だからこいつは攻撃の手をゆるめないし、むしろその勢いを強めつつある。
 だけど、私は負けない。負けてなんかやらない。
 こいつがやる気なら、私もそれ相応の対応をしてやるまでだ。
 だから、
 私は、こいつに容赦なく攻撃を加えることが出来る。

 そう、この振り上げた右手を、何の躊躇もなく――――




ピピピッ ピピピッ ピ――バチィ!!




「むぁ?」

 そうして私の一撃で、憎いらしいあいつ、目覚まし時計の息の根を止めてやった。








 見上げる空はどこまでも朱く


 第一部 二章


 第十六話  


 【 】い空の下










「……空しい勝利だったわ」


 すでに沈黙したデジタル式の目覚まし時計を手に、私はベットから上半身だけを起こして一人つぶやく。
 しかし、こいつもなかなかの強者だった。甲高い電子音は、どうしてこうも耳障りに聞こえるんだろう。布団に潜っても確実に音は耳に届くし、私の幸せな眠りを妨げる。しかもこいつは、ご丁寧なことに時間がたてばたつほどにその威力を増していくという小憎らしいことまでしてくれる。
 そんなことを考えていると、思わず四角いこいつを持つ手に力が入ってしまう。
 まえに使っていた、ベル式の目覚まし時計は良かった。
 無駄な装飾の無いあの丸くて古臭いデザイン。きらめく銀色のボディの安っぽさ。そして何より、布団にくるんじゃえば簡単に聞こえなくなるひ弱さ。しかし、結局そのひ弱さがたたって私がたたき壊したことを思い出して、また悲しくなる。
 持っていた時計をベットの上に放り投げ、改めて自分の部屋を見渡した。
 右を向けば本棚。左を向いても本棚。おまけに正面を向いても、ベットの脇にある机の上にも本棚。
 そのすべてに隙間なく本が並べられている。
 古い本や真新しい本まで、いろんな本がそこにはある。その薄暗い部屋を照らし出すのは、机の正面にある窓から差し込む朝日の光だけ。
 わずかに舞い上がっている塵が、その光を空間に映し出していた。その光景に、私はいつもの朝が始まったことを理解しはじめた。
 さて、今日は何着ていこうかな。
 まだ抜けきらない眠気から少しふらふらしながらベットから立ち上がり、私の部屋の中で唯一女の子らしい場所、ドレッサーに向かった。
 少し大きな鏡には、まだ眠そうな女の子が映っている。肩まである髪はぼさぼさで、その目はまだ半分しか開いていない。

「……おはよう」

 ゆっくりと表情を作りながら、まずは今日の自分に挨拶をしてみる。


 それが私、山川ユカリの一日の始まりだった。


―――――――――――――――


 結局、いつもどおりズボンと適当なシャツに着替え終わった私は、カバンを持って、すでに人の気配の無い一階に下りた。
 居間のテーブルには、少しくしゃくしゃになった新聞がたたんで置いてあった。パパはもう出かけたみたい。
 最近、パパはいつも朝が早い。以前なら朝稽古のおかげで顔を合わせることも多かったが、パパが高校で担任のクラスを持ったことと、演劇部がちょうどこの間公演が終わって、練習がなくなったことで、最近ではあまり顔をあわせていない。
 次に、誰もいない台所。
 そこにいてもいいはずの、ママの姿はそこにはない。
 そういえば、今日がママの仕事の日だっけ。
 ママは、私が五年生に上がってからまた以前のように本格的に仕事を始めた。今日みたいに朝から家を空けることが多くなっているけど、ママはとっても楽しそうだから、私の事もかまっては欲しいと思うこともあるけど、がんばって欲しいとも思う。


 だからもう、この時間に家には誰もいない。


 ただ静かに、朝食だけが私を迎えてくれた。
 今日のメニューはハムと卵のサンドイッチ。まるで喫茶店に出てくる品物のように三角に切られ、皿に盛り付けられている。少しはしたないが、冷蔵庫から出した牛乳をコップに注ぎながらそれを手早くつまんでいく。パンにはさまれた卵の甘みを楽しみつつ、牛乳で流し込んみさっさと食事を終える。
 お皿とコップを流しに運んで、水につけておく。
 蛇口をひねってザーと水が流れていく音。蛇口をきゅっと閉める音。そして台所から見える居間を振り返ると、カチコチと壁に掛けられた時計の音。


 そこで、もう一度誰もいない家の中を見渡した。


 なぜか、心の中に、何かを置き忘れたような、小さな空白があるように感じた。


 私は、私が動かなければ時計の音しかもう聞こえてこない部屋の中で立ち止まった。
 少し寂しい朝食。少し寂しい私の朝。けれど、それにはもう慣れてしまった。
 ちょっと昔の私なら、こんなのは嫌だと駄々をこねただろうか? 文句を言う相手が目の前にいない以上言っても仕方の無いことではあるけれど。
 だから、突然私の胸の中にストンと落ちてきたこの言いようのない空白は、きっと別の理由があるはずなのに。
 徐々に登校時間に針を進める時計を見ながらそんなことをぼんやりと考えた。
 少し早いけど、もう出かけよう。
 カバンを背負いながら、居間を出て、玄関に向かう。

「行ってきます」

 そうして私は、何が欠けているか解らぬまま、静かな朝の光景を後にした。


―――――――――――――――


「おはよう」

 学校に着いて、五年二組の教室の扉を開けると、また誰かがパネルを操作したらしく、クーラーの効きすぎた部屋は外と違ってひんやりとした空気が流れてきた。教室を見渡すと、そこにはすでにクラスメイトが何人かいた。
 目のあったクラスメイトたちに挨拶をしていると、一際元気な返事をする二人組みがいた。

「あっ! ユッカリちゃーん、おっはよー!」

「おはよーさーん」

 私が自分の机にカバンを置いて一息つくと、その二人組みは嬉々として私の傍に近づいてくる。

「大変よ! 大変!」

「かとちゃん、どうしたの?」

「こないだ、学年統一のテストがあったでしょう? あれ今日帰ってくるんだって!」

「あー、あれね」

 少々忙しく話すこの子は加藤さん。本人いわく、ツインテールとちょっと厚めの唇がチャームポイントらしい。

「うち、ぜんぜんできんかってん。憂鬱やわー」

 私の机にあごを乗せて座り込み、関西弁で愚痴るこの子は佐藤さん。こちらも本人いわく、ショートヘアとつり気味の目がチャームポイントらしい。
 二人とも私が五年生にあがってから同じクラスになった。
 なかなかに個性的なこの二人はとても仲がいい。なぜかその個性がぶつかり合うことも無く、よく二人で私に絡んでくる。
 私はそんな二人を横目で見つつ、鞄から荷物を散りだした。

「そんなに気にすることないんじゃない?」

「「……」」

 そうして、先ほどの話題を投げやりにかわしていたら、二人がなにやら不穏な目で私を見つめていた。
 加藤さんは座っている私を見下ろし、佐藤さんは上目遣いに私を見ている。なにやら、いたたまれない気分にさせる嫌な目つきだった。

「ンマ! お聞きになりまして奥さん」

「んもーばっちりですがな奥様」

 今にもオホホと、おば様笑いをしてくれそうな勢いだ。

「な、何よ」

「そりゃ、ユカリちゃんはいいよねぇー、成績優秀で、スポーツもそこそこ。……あたしらみたいな劣等生の気持ちなんて……ねぇ?」

「辛いなーかとちゃん? もう、うち眩しゅうてユカリちゃん見らへんわ」

「あたしもよさっちゃん!」

「かとちゃん!」

 なんとも卑屈に態度を全身で表しながらも、その口元に笑みを作りながらお互いの肩に手を置く二人。
 私はその様子を少々あきれながら見ていた。

「あんたらねぇ……」

「えーんよえーんよ気にせんといて? うちらみたいなのんと違て、ユカリちゃんはそのままインテリブルジョアジーな人生あるいとったらええわ」

 私がその小芝居に一言物申そうとすれば、手のひらを私に向けて佐藤さんはそれを遮った。
 その指の隙間からちょっとだけ見えた表情はなんとも楽しそうだ。

「なによ、インテリなブルジョワって。意味判って使ってる?」

「知らんでもえーの、この場合。嫌がらせなんやから」

「「ビバ! 何ちゃって英語知識!」」

 二人で声を合わせ、両手を掲げ胸を張ってこんなことを言う。事前に打ち合わせでもしていたんじゃないかと疑いたくなるくらい息がぴったりだった。
 二人はそばで見ている私が本気であきれるくらい仲がいい。

「はいはい……。ちなみに、ビバはイタリア語よ」

「「え゛!」」

 私の最後の一言に、手を上げたままびしりと固まる。
 二人はこんな時も、とても仲がいい。
 空しくも、今度はとても楽しい優越感を味わいつつ、私は朝のホームルームが始まるまでそうして時間をつぶした。


―――――――――――――――


「じゃあこれからテストを返します。名前を呼ばれた人は順番に取りに来てください。まず国語から、飯田さん」

「はい」

「加藤さん」

「は~い」

 そうして中野先生が順番に名前を読み上げていく。私は自分の順番を、目の前でテストを受け取った人が点数を見たときの一喜一憂する表情を楽しみながら待った。
 ふと、テストを受け取って席に戻っていく人の流れの中に、先ほどの二人がいるのを見つけた。点数を見せ合った後お互いに肩を落として、その頭上に暗い影を作っている。その一つ一つの動作が大袈裟で、どんな結果だったかよくわかる。
 その光景を見ていてふと、その場所から気持ちがどこか離れていくように感じた。


 やっぱり、何かが足りない気がする。


 目に映る、教室の何気ない光景の中で、何かを忘れているような


 埋めきれない空白があるような―――――



「―――川さん! 山川ユカリさーん」

「あっ、はい」

 思考の中に落ちていた意識を慌てて教室の中に戻すと、いつの間にか私の番になっていた。
 ぼーっとしている間に何回名前を呼ばれたんだろう、クラスの生徒全員が勢いよく立ち上がった私を見ていた。見られることには慣れているけれど、こういう時の視線はさすがの私も気恥ずかしく感じた。
 テストを受け取って後、点数を確認せずに席に戻った。同時に背後に不振な気配を感じる。

「わ! ユカリちゃんすごい! 百点!」

「ほー、すごいー」

「まぁ、得意だからね。って! 後ろから勝手に見ないでよ!」

 いつの間にか肩越しに覗き込んできた声に、あわててテストを隠す。振り返って見ると、先ほどまで前で見せ合いをしていた加藤さんと佐藤さんがいた。
 私は二人に文句を言ったが、彼女らは悪びれる様子も無く続けた。

「えーやん減るもんじゃなし。……ちょっとその点数分けて!」

「そしたら減るじゃない。で? さっちゃん達は何点だったわけ?」

 そういうと、二人はすうっと息を吸い込んだ後、目を見開いて叫んだ。

「うち四十一点!」

「あたし四十点!」

「「二人合わせて八十一点!」」

 今度は、突然叫んだ二人にクラス全員の視線が集まり、何ともいえない空気が流れる。
 中野先生は名前を読み上げるのを止め、テストをすでに受け取った人もまだの人も、二人を見ていた。
 クラスの全員がこの成り行きを見守っている。
 何となく、落ちが読めてしまった私を含めて。
 そう、二人の作戦には重大な欠点がある。

「八十…一点? ……あれ?」

「負けてるわね」

 一瞬、時が止まったかのような沈黙の後、

「ぐはっ!」

「っ! さっちゃーん!」

 突然佐藤さんが胸を押さえてその場に倒れ、加藤さんがそれを支えた。
 何故か息も絶え絶えになりなった佐藤さんは、加藤さんに手を握られて、口を開く。

「ごめん……な、かとちゃん。うち、うちもうあかんわ」

「何弱気なこといってるのよさっちゃん! ……大丈夫、大丈夫なんだから! あと一人、私たちと一緒に立ち向かってくれる仲間さえいれば……」

 突然部屋が暗くなり、二人にスポットライトが当てられているかのような、そんな錯覚に陥りかける。が、しかし二人のキャラクターのせいか、すぐにそこが教室であることに立ち返る。
 そして二人の小芝居は最終局面に入ろうとしていた。

「ええねん、うち、かとちゃんといっしょで、たのしかっ……た」

「……さっちゃん? ねぇ、さっちゃん目を開けて!」

 がくりと力なく佐藤さんが崩れ落ちた。その表情は何かやり遂げた、誇らしい表情だった。

「……助けて。誰か……誰か! 誰か助けてください!」

 何故かそこで、先生を含めたクラスの全員の視線が私に注がれていることに気が付いた。その視線に含まれている意味も、私には十分すぎるほど理解できてしまった
 どうやら、私にこの小芝居を終わらせろと言うことらしい。


 ……やだなぁ


 でも仕方ない。先ほどから目の前の二人もつこっみを待って、ちらちらとこちらを見ていることだし。
 私は、この状況に最も適した言葉をこの二人に送ろう。

「ネタが古いわよ」

「「ぐはっ!!」」

 今度は本当に苦しそうに崩れ落ちる二人を見つつ、私はみなの望み通りの役目を果たした。


―――――――――――――――


 次に帰ってきたテストは算数だった。
 私は返された自分のテストを先ほどと違い、やや苦い思いをしながらにらんでいた。

「むー」

 そうしていると先ほどと同じように佐藤さんが私のテストを覗き込んできた。

「ユーカーリーちゃーん。算数何点やったー?」

「……六十点」

 小さくつぶやいてから、しばらく静かな空気が流れた。
 おやと、不思議に思う。何かしらの反応を示すはずの彼女から、何の変化も無い。
 何事かと思って佐藤さんに振り返ると、彼女は何度も私のテストと自分のテストを見比べていた。
 そして私が彼女を見ていることに気がつくと、口の端をゆがませにやりと笑い、自分の相方に振り返った。

「かとちゃーん! ニュースニュース!」

「どーしたの?」

「うちユカリちゃんに算数で勝ったで!」

「え! ちょっとさっちゃん何点?」

 聞いた私にさっちゃんは自分のテストをドンと突き出した。

「六十一点!」

「なんだ、一点だけじゃない」

「ふっふーん。勝ちは勝ちやもーん。ほーら、ほぉ~らぁ」

「くっ!」

 たかが一点。そう切り捨てることもできたが、面の前で鼻を膨らませてふんぞり返っている彼女には何の効果もないだろう。
 私と佐藤さんがそうしてにらみ合っていると横から加藤さんがやってきた。

「どーしたの? ユカリちゃんにしては珍しい点だね?」

 私は手握りつぶしたい気持ちを抑えつつ、手元のテストに目を落とした。

「……算数って苦手なのよ。特に分数の割り算。何でこいつはひっくり返るのよって思わない?」

「えー、しゃあないやん。きっと昔の偉い人が考えたんやろし、そこら辺は割り切らんと」

「でもね? 6を2で割ったら3でしょ? じゃあなんで二分の一で割ったら十二で増えるのよ?」

「あー、それわやなぁ……」

「さっちゃんそれ以上言ったらだめだよ」

 佐藤さんが得意げに説明しようとしたところを、その肩に手を置いて加藤さんが止める。加藤さんはまるで私から隠れるように、ひそひそと佐藤さんに耳打ちした。

「なんでな、かとちゃん?」

「ゆかりちゃんのスイッチが入ったら面倒くさいから」

「……あー」

「何よスイッチって! さっちゃんも! 何納得してんのよ」

「あわわ、聞かれとった!」

 わざとらしく大袈裟に驚いてみせるところがますます腹立たしい。私は思わず立ち上がると、二人を正面に見据えた。

「いい? 私が言いたいのはねぇ、分数の掛け算割り算なんてそもそも社会に出た時に―――――」

 そして私は、二人を目の前に並ばせて、分数の存在が如何に無意味な物であるかという話をはじめた。


「……かとちゃんのあほ」

「……ごめん」

「ちょっと! 聞いてるの!」

「「……はい」」


―――――――――――――――


 お昼休み。
 給食も食べ終わって、教室には私と何人かのクラスメイトしか残っていなかった。私は自分の席に座ったまま窓から外を見ていた。
 小さな雲が遠くに一つ二つ浮かんでいて、今日はそんなに風も強くないから、ゆっくりと流れていく、とてもよく晴れている空。
 閉じた本を机の上においてぼんやりとその光景を眺めながら、朝から引きずっている奇妙な空白、仲のいい二人を見ていると、ふっと湧き上がる、そんな言いようのない気持ちについて考えていた。


 私は今まで観じたことの無い、この不思議な気持ちを持て余していた。
 それはどこかもやもやとしていて、せっつくような感じは無いけれどちょっとした時に後ろを振り返らせるような、いつまでも胸に残って離れない。これは、どうしたらいいんだろう。
 そもそもこの気持ちの原因は何だろう。
 別に今日忘れ物があった訳じゃない。宿題もちゃんとやってあったし、体操着も持ってきてた。誰かとの約束をしてたわけでもなかった。
 この不安にも似た空白の原因になるような物は、何一つないはずなのに。
 それとも、今見てるこの景色のせいなのかな。
 今日と、昨日の違いはなんだろう。きのうも確か晴れだった。遠くまで見通せるほど澄み切っていて、雲は無かった。でもこんな気持ちにはならなかった。たった二つ、雲が浮かんでいるだけでこんな気持ちにはならないと思う。
 その前はどうだったろう。別に、今日と変わらない空だったと思う。その前は珍しく雨が降って少し気持ちが落ち込んだかもしれない。それでもこんな空白は、私の胸の中には生まれなかった。


 なのに――――




 ――――違う、何かが違う。




 止めよう。
 こんな時はふて寝しよう。うん、そうしよう。こんなことでうじうじ悩んでるなんてちっとも私らしくないって思うけど。
 もう、どうしていいかわからない。

「うっだぁ~~……」

 ぐったりと机に突っ伏してみる。クーラーの効いた部屋で少し冷えたほっぺたを、日の光が当たってるところにくっつけるとほんのりあったかかった。それにつられて、少しだけ気持ちがほぐれたような気がした。
 そこへ、

「なーにふてくされてるの、ユカリちゃん」

「んー? ……なんだ、かとちゃんたちか。ちょっとねー」

 私がへたれているところへ声が掛けられた。
 首だけを声のほうへ向けてみると、バレーボールを持った加藤さんと佐藤さんがいた。私が気だるげにしていると、佐藤さんは私の前に回りこみ、心配げに覗き込んできた。

「なんやぁ、そんなにうちに算数で負けたん悔しかったん?」

「ちがうわよ。でも、ちょっと説明できないんだけど……」

「あたしら今から校庭に遊びに行くけど、ユカリちゃんも一緒にいかない?」

 加藤さんが両手に持っていたボールをくるくると回しながら言った。けれど、もう動く気にもにもなれなかった。

「せっかくだけど、遠慮しとくわ」

「なーに? 本格的に元気ないね。五月病ってやつ?」

「そーなんか。ほーらユカリちゃん元気出してー」

 正面にいた佐藤さんが私の肩を揉んでくれた。
 それでも顔を上げない私を見かねたのか、

「そんな時はあれだ、気分転換にすこし少し動いたほうがいいと思うよ?」

「……そうね。私もそう思うんだけど……」

 加藤さんの言葉に、もう一度外を見る。
 窓に切り取られた、相変わらずの晴れた空が見えた。
 気の無い返事しかしない私にとうとう諦めたのか、佐藤さんは肩を揉むのをやめ、加藤さんがため息をついた気配がした。
 こんな時に気遣ってくれるのは正直うれしかった。しかし、

「せやけど、あれやな。こないに元気の無いユカリちゃんも珍しいなー」

「そうだねー。でも……」

 言葉の途中で加藤さんが思案気に言葉をとぎらせた。

「でも?」

「……なんか落ち込んでるユカリちゃんもかわいい。ハッ! そっかこれが萌えってやつなんだね!」

 まるで役者のように高らかに吼えたりもする。私を元気付けるためなのか、それともただふざけたいだけなのか。
 またさっきみたいに子芝居を始められても、次は止められそうにない。

「また、何を―――」

 馬鹿なこと言って、と続けようと顔を上げたとき、何故かわなわなと震えている佐藤さんが目に入った。
 佐藤さんは、加藤さんをまるで信じられないものを見るかのような目つきで見た後、さっと目を伏せた。
 相方の異変に気がついた加藤さんが振り返った。

「って、あれ? さっちゃん?」

 声を掛けられた佐藤さんは、先ほどまでと違いおずおずと口を開いた。

「……ごめんな、かとちゃん。うち、そっちの趣味はないねん。でもかとちゃんは、……かとちゃんは友達やから……ごめん!」

「ちょっ! ちょっとさっちゃん! 違うの、誤解だってばー!」

 言い終わると佐藤さんは私の手を取った。そして悲しそうな目で私をまっすぐ見て言う。私はあっけにとられて何も言うことができなかった。

「ユカリちゃん、うちらは清い仲でおろな?」

「もー! 違うんだってばー!」

「きゃー、よーごーさーれーるー」

「まてー!」

 そうして二人は私の目の前で追いかけっこをはじめてしまった。ばたばたと教室を駆け回る二人を目で追いながら、私は掛ける言葉を見失っていた。
 やがて二人は教室の外へと向かう。しかし、そのまま出て行かず途中で二人して私に振り返った。

「ほなねユカリちゃん」

「元気出してね」

 何とかひらひらと手を振って見送ると、あっという間に二人は教室から姿を消した。いたずらが成功した時のような笑い声と共に。
 廊下に響いていた二人の足音さえ聞こえなくなって、私はいつの間にか、何かをする元気が少しだけわいていることに気がついた。


 やられた。まったく、一体いつの間に打ち合わせしてるんだろう。


 私は、二人の心遣いに感謝しつつ、一回だけ息を吐いてから席を立った。


―――――――――――――――


 屋上は一般生徒立ち入り禁止となっている場所だった。


 当然、普段は屋上に続く扉にも鍵が掛かっている。
 でも、それは代々上級生から受け継がれているある方法で簡単に開けることができる。といっても、そんなに大げさなものじゃなくて、引き戸になっている扉と扉の隙間から細長いもので鍵金をいじってやるだけなんだけど。屋上に続く踊り場はちょっとした物置になっているから、少し丈夫な細長い棒を見つけるのにも苦労しない。
 そうして結構簡単に屋上に来ることはできるけど、実際にここまで来る人は少ない。
 先生に見つかったら怒られるし、何より屋上には本当に何も無いから。


 それでも、私は屋上へと続く階段を上っていた。


 屋上は私の好きな場所の一つだった。
 大きな声で発声練習をするとき、気分を変えて本を読むとき、ちょっと一人になりたいとき。
 そんな時、私はときどき此処に来る。
 階を一つ上がる毎に、踊り場やそれぞれの階に居る生徒の影が減っていく。廊下越しに聞こえてくる、校庭で遊んでる人たちのはしゃぐ声が、だんだん遠くなる。
 そしてそれも、少しづつ聞こえなくなっていく。
 屋上に続く階段、その踊り場に響く上履きの音が、大きくはっきり聞こえるようになっていって、もう屋上が近いことが分かる。
 そこまでの道のりは、とても素敵だと思う。
 一つ上るたびに薄暗く、人の気配も薄れていく階段は、先に何があるのかほんの少し不安にさせる。
 そして一番上、屋上へと続く扉を前にして、本当はいけないことなのにと思う気持ちと、扉に手をのばす時の少しだけわくわくする気持ち。


 そう、今、扉を前にした私の気持ち。


 その気持ちの前に、ほんの少しだけ不思議な空白は薄れた気がした。
 扉の前の踊り場には、相変わらずいろんなガラクタがそこら中に散らばっていた。
 どこかのクラスの出し物に使った看板、演劇に使う背景、誰かの忘れ物た傘。
 古くなったペンキにも似た匂いがするその場所は、物がたくさんあって賑やかなはずなのに、どこか寂しげだった。
 積み上げられたガラクタの中から適当な棒を見つけようとしたとき、髪にふわりと風が吹いた。
 風が流れてるほうを見ると、扉がすでに開いていた。
 誰だろう?
 私みたいな物好きはあんまりいないと思ってたんだけど、どうやら私より先にここへ来た人がいるみたい。
 少しがっかり。せっかく気分を変えたくて、一人になれる此処に着たのに。あぁでも、ここまでわざわざ来たのはどんな人なのか少し気になる。


 そうして私は、少し迷いながらも、屋上への扉へ手を掛けた。



「きゃ!」

 扉を開けた瞬間、さっきまで弱かった風が一瞬大きくなり私を外へと一気に押し出した。
 バランスを崩したけれど、何とか転ぶことは無かった。ただ、先に来ていた人を驚かせたんじゃないかという焦りと恥ずかしさからに、すぐに顔を上げた。
でも、視線の先には誰もいなかった


 だけど、そこには色があった。


 この学校は、少し高いところにある。周りに校舎よりも高い建物は無くて、だから私と空の間には何も無い。
 その背の低い手すりに囲まれた屋上は、容赦の無い太陽に照らされているはずなのに、さらさらと流れる風がその熱を遠くへと運んでいく。


 その場所で、見た。


「わぁー……」

 自然と、ため息交じりの声がこぼれた。
 目の前に広がった光景は一瞬で私の焦りも恥ずかしさも、誰かの存在すらも消し飛ばした。


 私は見た


 扉の向こうには別世界が広がっていた。
 髪を撫で付けるように優しく吹く風。
 遠く、少し傾き始めた太陽にきらきら光る水平線。
 教室からも見えた二つの雲は、さっきよりも流された場所に浮かんでた。
 平地に続く町並みの、そのすぐ上に見える雲は、私のいる校舎からあまりにも遠く離れているせいか、地面すれすれに浮かんでいるみたい。
 雲は地面に大きな影を作りながら、今も風に流されてゆっくりと動いている。
 そんな光景は、まるで自分が空に浮かんでいるような気分にさせる。


 そして、見た。


 それは自然と目に映る。
 手を伸ばせば届くかもしれない。届いても、やっぱりその手にはつかめないかもしれない。
 でもそれを見た人には、その先に何があるのか考えずにはいられない。その先を目指さずにいられなくなる。


 そんな


 どこまでも【青】い空を


 私は見ていた


―――――――――――――――


 しばらくその光景に魅入ってしまった。
「んー……」
 ぐーっと空に手を伸ばして、わずかに残った夢見心地な気分を追い払う。
 不思議な空白は、まだ私の中でくすぶってる。それでも、此処に来るまでよりもずっと軽くなっていた。
 うん、やっぱりこんな天気のいい日に悩んで教室でじっとしてるなんて、私らしくなかった。今ならそう思える。ふて寝してた自分が馬鹿らしくなる。
 そうして体をあちこち動かしながらふと、此処にもう一人誰かがいることを思い出した。
 けれど、周りを見渡しても、屋上には誰もいなかった。そこで改めて屋上にあるものが目に入る。
 誰かが打ち上げた野球のボールや、しぼんだ風船、テレビのアンテナ、それらが点々と散らばってる。この前来たときよりもあまり代わり映えはしてなかった。
 そして、私が出で来た扉がある建物。それ以外もう屋上には何も無かった。やっぱり誰もいないのかな。


 ―――いや、いた。


 半分あきらめて視線を動かそうとした時、建物の上にある給水塔のすぐ下に、ちいさな靴が裏側をこちらに向けているに気がついた。
 建物の影になって私からはその足しか見えなかった。どうやら塔の下で座っているらしい。私に気がついてないのか、少しも動く気配が無い。
 一体誰なんだろう。
 何故こんなに気になるんだろう。
 一人だと心地いい場所は、ほかの誰かがいるとなんだか気まずくなる。だから、いつもの私ならさっさと別の場所に移動してるはずなのに。
 屋上は滅多に人が来ない。少なくとも、私はひとりで此処に来て誰かに会ったことは無かった。だからこんなに気になるのかもしれない。それとも、此処に来た理由を聞いてみたいのかも。
 給水塔の下に続くはしごは、扉のすぐ脇に見つけることができた。私は音を立てないようにはしごに近づいた。
 はしごに手を掛けた時、ゆっくりとそれを上る時の胸の高鳴りは、屋上の扉に手を掛けた時とは比べ物にならない。
 それでも私は呼吸の音さえ押さえつけて上り続けた。
 建物はそんなに高くなかった。はしごもすぐに終わりが見える。
 そうして私はそっと、学校で最も高い場所を覗き込んだ。




 ―――あぁ、なぁんだ




 見つけた。
 風はそよそよと優しくて、ひんやりとした塔の陰に太陽の温もりの届くその場所で。


 そいつは静かに目を閉じていた。


 起こすのが可哀想な位静かな寝息は、私が近寄っても少しも乱れなかった。
 そっと、ヘッドフォンをつけたまま傾げる顔を覗き込む。
 男の子の癖に、女の子みたいに長いまつげ、目に掛かるくらい長い前髪がさらさらと揺れてる
 本当に馬鹿らしい。こんなことで悩んでたなんて。
 そんな自分がおかしくて、笑ってしまいそうになる。


 パズルの最後のピースは見つけた。
 後は空白を埋めるだけ。


「おはよう」


 ぴくりとまぶたが動く。
 静かに、閉じられていた瞳が開き、私を捕らえる。私はそっと手を伸ばして髪の毛を払ってあげる。
 そして、もう一度


「おはよう、シンジ」

「……おはようございます、ユカリさん」


 寝ぼけながら、シンジはにっこりと笑った。私もつられてしまう。でも、ちっとも嫌じゃなかった。
 だって、私は、こうして欠けていたモノを見つけることが出来たから。

 風は今も優しく、日差しは暖かい。








 次回予告

 いつかくるかもしれない

 その時を

 私は

 僕は

 待ち続ける






 次回、見上げる空はどこまでも朱く

 第十七話

 「思い、果てなく」











あとがき

 お久しぶりです、haniwaです。
 ほぼ二ヶ月ぶり。……ごめんなさい、リアルで忙しくてパソコンに向かうことさえ出来ませんでした。しかもこんなにお待たせしたのに、山場ゼロ、葛藤ゼロ、オリキャラ満載、シンジ君の台詞一行、エヴァ度ゼロ。いい加減にしろと自分に言いたい。
 十六話は2章のプロローグ的な位置づけです。がんばって久しぶりに一人称です。読みにくいですが、自分としてはギャグを結構いれたつもりです。あと、少し文章の書き方を変えてみました。変なところが在ればご指摘頂けるとうれしいです。
 では、感想のお返事を。

Cold大王さん、イドゥケスさん、カシスさん、カエルさん、感想ありがとうございます。

 Coldさんへ、暴走気味でしたのでちょっとのりが軽くなりすぎたかなとも思いましたが、気に入っていただけたようでうれしいです。ゲンドウ、でるかなぁ。話の流れ次第ですね。もし誰か出してほしい原作キャラがいたら教えてください。限定一人くらいで。……追伸についてですが、しまった! そっちのほうが面白そうだ! でも違う人なんです。キャラの書き分けができてなくてすみません。

 ィドゥケスさんへ、そうですね、人が目指してる平和の姿って言うのはそんなに変わらないはずなのに、ほんの些細な違いだけで悲しい結果になってしまいます。人は一生その間で苦しむ悲しい生き物なのか? 原作ではここにもふれているような気もします。少し細かいところにまで気づいてくださったようで、書き手としてはうれしい限りです。

 カシスさんへ、良かった、本当に安心しました。それまでの話がありにも暗かったので軽すぎるぐらい軽くしてやろう思って書きましたが、リクエストしてくださったカシスさんに気に入って頂けるかどうか不安でした。黒服の彼・彼女については現在外伝2を製作中です。話の内容は真っ黒ですが、楽しみにしててください。

 カエルさんへ、はじめまして、感想ありがとうございます。エヴァのSSを書く上で、オリキャラは敷居が高く、受け入れがたいという人が多いと思っていましたが、カエルさんのような感想を書いてもらえると大変励みになります。二章では原作との違いが一番出る場面がありますので、どうかお楽しみに。……ユカリの扱いですが、何も言えません。彼女の扱いを話すとそのままエンディングを話すことになるからです。どうか見守っていてください。これからよろしくお願いします。

 次回は最低2週間以内には完成させたいです。どんどん筆は遅くなりますが、haniwaはこの話をなんとしても完結まで持って行きたいと考えています。どうかお付き合いください。

 追伸:ひっそりと没ネタを更新しています。どんなお話かは見てのお楽しみ。どっかで見たこと在るって人は教えてください。


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