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No.246の一覧
[0] 見上げる空はどこまでも朱く【エヴァ】[haniwa](2009/11/30 10:37)
[1] 見上げた空はどこまでも朱く[haniwa](2006/07/23 17:23)
[2] 見上げる空はどこまでも朱く[haniwa](2006/07/23 17:15)
[3] 見上げた空はどこまでも朱く[haniwa](2006/08/12 02:52)
[4] 見上げた空はどこまでも朱く 第四話[haniwa](2006/08/12 02:56)
[5] 見上げた空はどこまでも朱く 第五話[haniwa](2006/08/12 03:05)
[6] 間幕[haniwa](2006/07/23 18:03)
[7] 見上げる空はどこまでも朱く   第六話[haniwa](2006/07/23 18:24)
[8] 世間話[haniwa](2006/07/23 03:37)
[9] 見上げる空はどこまでも朱く  第七話[haniwa](2006/07/24 19:51)
[10] 見上げる空はどこまでも朱く  第八話[haniwa](2006/08/16 15:28)
[11] 見上げる空はどこまでも朱く  第九話[haniwa](2006/08/08 16:49)
[12] 見上げる空はどこまでも朱く  第十話[haniwa](2006/08/10 17:13)
[13] 見上げる空はどこまでも朱く  第十一話 前編[haniwa](2006/09/12 00:34)
[14] 見上げる空はどこまでも朱く  第十一話 後編[haniwa](2006/09/12 00:36)
[15] あとがき[haniwa](2006/08/14 20:35)
[16] 見上げれる空はどこまでも朱く 第十二話 前編[haniwa](2006/09/12 00:27)
[17] 見上げれる空はどこまでも朱く 第十二話 後編[haniwa](2006/09/12 00:30)
[18] 後書き[haniwa](2006/09/12 00:32)
[19] 見上げる空はどこまでも朱く 第十三話[haniwa](2006/09/24 21:57)
[20] 見上げる空はどこまでも朱く 第十四話 前編[haniwa](2006/10/09 10:45)
[21] 見上げる空はどこまでも朱く 第十四話 後編[haniwa](2006/10/02 15:13)
[22] 見上げる空はどこまでも朱く 第十五話  【 Ⅰ 】[haniwa](2006/10/19 16:56)
[23] 見上げる空はどこまでも朱く 第十五話  【 Ⅱ 】[haniwa](2006/11/14 22:26)
[24] 見上げる空はどこまでも朱く 第十五話  【 Ⅲ 】[haniwa](2006/11/22 10:01)
[25] 見上げる空はどこまでも朱く 第十五話  【 The End 】[haniwa](2007/01/09 21:32)
[26] 見上げる空はどこまでも朱く 第十五話  【 For Begin 】[haniwa](2007/01/09 21:41)
[27] エピローグ《Ⅰ》[haniwa](2007/01/09 21:47)
[28] 第十六話[haniwa](2007/03/19 16:50)
[29] 第十七話[haniwa](2007/06/25 11:38)
[30] 第十八話 前編[haniwa](2008/06/01 16:46)
[31] ミソラージュ  その一[haniwa](2007/01/24 14:51)
[32] 没ネタ[haniwa](2007/07/10 13:49)
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[246] 見上げる空はどこまでも朱く 第十三話
Name: haniwa 前を表示する / 次を表示する
Date: 2006/09/24 21:57
 人は確かに持っている。


 虚像と真実


 其れは決して混ざり合うこともなく


 されど離れてしまうこともなく


 確かな境界線のもと


 互いを侵すことも無い


 その絶対矛盾を抱えながら


 自分の中に


 他人の中に


 彼女の中に


 彼の中に


 あの人の中に


 亡き人の中に


 確固として存在する。


 人は皆、


 気が付きながらも


 傷つきながらも


 その境界を彷徨わずにはいられない。


 光を曲げるガラスのように


 光を返す鏡のように


 光に溶ける氷のように


 今にも崩れそうなその儚さに迷う


 其れが


 あぁ!!其れこそが・・・・・・・・・・・・








 見上げる空はどこまでも朱く


 第十三話

 ヒビワレ    その狭間






 陽が暮れて時間も久しく経ち、その暗闇に沈んだ町並みには、ただ住宅地らしい静けさがあった。

 週末の連休ということもあってか、まるで暗い海の底に沈んだような静けさが、その小さな町を包んでいた。

 そんな町の一角をなす山川家では、ある一室のみ、明かりがともされていた。

 明かりがともされたその部屋からは、雨のようなさらさらとした、それでいて何かを伝いまとまって地面に落ちているような、ばしゃばしゃとした水音が聞こえてくる。

 そこは浴室だった。

 家主の拘りだろうか、浴室の室内は床に白いタイルが敷き詰められており、それに合わせて、壁や天井も白で統一されていた。

 備えられているバスタブは、一般的な壁と一体化しているモノでなく、大きな水瓶のような形で、その縁に備え付けられた蛇口からお湯を満たすタイプの物が置かれており、またその上にはシャワーがつけられている。

 浴場は広めにとられており、また壁には、姿見と見間違いそうになる大きな鏡が備えられていた。

 浴室全体には無駄な装飾は一切なく、バスタブから手が届くところに、これまた白に統一された棚に、命の洗濯を行うための道具が、四人が住んでいる家の浴室だということを考えると、それは本当に必要最低限のものしか置かれていなかった。

 浴室は、ただ白く、それ故に、湯気に光が揺れて淡く輝くように白かった。

 そんな空間に、碇シンジはいた。

 すでにバスタブには、人一人が入るには十分なお湯が満たされており、それでも未だ、蛇口からお湯が注がれ続けている。

 シンジはその中、裸で、その両手をだらりとさせて鏡の前に立っていた。

 鏡が湯気で曇り始めていたのだろうか、一度体をバスタブに向けると、両手でお湯をすくい、鏡に向けて撒いた。

 曇りが取り払われた鏡には、まだ幼いシンジのほぼ全身が映った。

 シンジは、日本人にしては色素が薄い。一昔前の北国の人のように、例えるならば雪のように白いとも評する人もいたかもしれない。陽に焼こうとしても、ひどく肌が赤くなってしまうだけで、一向に小麦色になることはなかった。

 故に、肌の色が極端に変わっているようなところはなく、全身がくまなく白いといえた。

 然しそれは、シンジが本来持つ肌の白さだけでなく、もう一つ別の理由があった。

 シンジのいる浴室を、もしそのまま見ることがかなう人物がいたとするならば、その様子をどのように評することだろう。

 大理石の床、白い壁に白い天井、白いバスタブに 白い棚、それらの白を映す鏡がある空間を、まるで損なうことのない白い彫像がただ其処にある。

 そんな印象を与えずにはおかなかっただろう。

 それほどまでに今のシンジには、白く、冷たく、血の気がなかった

 自分の姿が、鏡に映ることを確認したシンジは、ふとその顔を歪めた。目を細め、口角を持ち上げ、白い歯をのぞかせる。

 それを時折、左手でもむように動かし、さらに整えようとした。

 シンジは、鏡に向かって何か表情を無理矢理作ろうとしていた。

 然しその努力は一向に形をなそうとはしていないようだった。

 眉は不自然に曲がり、眉間にもしわが出来ている。鼻筋も奇妙な筋が浮かび、それがどのような表情を作り出そうとした結果なのかはわからなかった。

 その事にシンジも気が付いたのだろう。左手で顔を触ることをやめ、再びあきらめたように鏡の前に立ちなおした。

 シンジは改めて鏡の中にいる自分と見つめ合った。

 その口は一文字に固く結ばれており、顔の全容は、もうすぐ鼻にまで掛かりおそうな前髪に隠れている。その奥に隠れている目はじっと鏡を見据え、唯一悲しそうに寄せられた形の良い眉だけが、シンジの今の感情を表していた。

 シンジは思う。何度見てもクラスの男子のような男の子然とした雰囲気が、確かに自分には薄い。

 けれど、皆がよく自分に言うように女子のようにも見えないとも思った。

 ならば、自分はいったい何なのだろう。

 どちらにも付かない、付くことが出来ない自分はいったい何なのだろう。

 シンジは鏡に映る自分へ手を伸ばした。顔に触れ、そっと撫でる。手に少し水滴が付いただけだった。そんなことをしても自分の顔がはっきり男のようになるわけでも、女の子のモノになるわけでもなかった。

 中途半端な自分。

 中途半端な立ち位置

 はっきりしないそんな自分にシンジは、初めて嫌悪を感じていた。

 こんな自分だから、父は自分を連れて行かず、ここに置いていった。

 こんな自分だから、叔父達には受け入れてももらえない。

 こんな自分だから、彼女にあんな態度をとらせた。

 鏡に触れている手に、知らずに、力が込められる。

 あぁ、そうだとも

 こんなことでは


 こんな自分では、彼女の前に立つことすら叶わない。


 シンジの、欠け落ちた心が、その一歩手前で、踏みとどまったのは、その内に一つだけある思いが浮かんだからだ。

 けどそれは、今までの自分では出来ない。

 彼女の望むことさえ出来ない自分に、腹を立てていた。

 知らぬうちに両の手で拳を作り、鏡に打ち付けていた。それでもまだ足りなかったのか、さらに額を、体を倒れ込みさせるようにぶつけた。

 それらの行動には、鏡を割るためといった類の力は込められておらず、ただ鏡の中の自分に体を預けるような、鏡にもたれかかるような力しか込められていなかった。

 そのまま力なく、鏡に両手と額を擦り付けたまま、まるで跪くようにシンジは鏡の前に座り込んだ。

 床は、バスタブからすでにあふれ出したお湯で濡れていた。

 それすらもう気にならないのか、シンジはそのまま動こうともしない。座り込んだまま、額と両手を鏡に預けたまま、シンジはもう一度鏡の自分を見た。

 鏡の中の、訴えかけるような、しかしそれでいて何も映していないような目をした自分と視線が合う。

 ふっと、腕に掛かっていた力が抜けた。鏡をそっと押しやり、体をそれから離す。

 「・・・・・・・そう・・・。」

 顔も鏡から離し、俯いたままのシンジの口の端から、こぼれるような声が聞こえた。

 「・・・・・そう、君も・・・・・」

 その声は、指向性もなく、静かな浴室によく響いた。

 「・・・・君も・・・・・・・・そんな目で、僕を見るの?。」

 涙で震えているような声は浴室に響き、まるで地の底から聞こえてくるような暗い空気を、それを耳にする者に届けたことだろう。

 然し彼は一人。まさに一人。どこまでも一人。

 故に彼の言葉を聞き届ける者はいない。

 彼を見つめるのも、声をかけるのも、その震える肩に手を回すのも、彼自身しかいない。

 今、鏡の中の彼自身は、彼の姿をそのままに映し出し、彼の弱さをそのまま彼に見せつける。

 「・・・・てやる。」

 シンジはその場に立ち上がった。

 「・・・・・してやる。」

 そして、浴室の隅にあった必要最低限の器具しか置いていない棚に近づいた。

 無造作に置かれていた、使い捨ての物よりも大きめなカミソリに右手を伸ばした。

 一瞬、その冷たさに手を引きかけたが、改めて手に掴んだ。

 それも叔父の趣味なのか、それは機能性を重視したものではなく、片刃の切れ味のみを鋭くしただけの無骨なカミソリだった。

 それは幼いシンジの手にはずっしりと重く、気を抜けば取り落としてしまいそうになる。しかし、見た目にも明らかなその切れ味は、シンジの視線を捕らえて放さない。

 そっと、その刃に左手を添えた。

 浴室の暖かさを拒んでいるかのように、それは冷たい輝きと共に、それにふさわしい熱のなさだった。

 その危うさは、刀剣類すべてが持つような、つい見入ってしまう不思議な魅力があった。

 しばし、そのまま見つめてしまうに任せた。

 そうしてしばらくした後、シンジは再び鏡の自分へと向き直った。

 「・・・・・・・・消してやる。」

 確固たる意思を持って。

 カミソリを右手で持ち、左手で前髪を一房、乱暴につかみあげた。視線は、鏡の自分からそらさないまま、引っ張られた髪にカミソリの刃を当てて、一気に引いた。

 ブチッ!

 まるで引きちぎったような音とともに数本のシンジの黒い髪が、周りに散らばった。

 さらに、掴んでいた髪を振り払うかのように床に捨てた。

 床に落ちた髪は、そこに流れる水とともにゆっくりと排水溝へと移動していく。

 そんなことは気にも留めずに、シンジは鏡から視線を動かさなかった。

 無くなった前髪の部分から、隠れていた右目が露になっていた。

 それにかまわず、シンジは更に左手で髪をつかみあげた。

 それをまた、右手に持ったカミソリで乱暴に切り取る。

 左手でつかみ、右手で切り取る。

 黙々と繰り返されるその作業は、心無く行われ、むしろその行為自体がシンジの心を刈り取る儀式のように、切り取った髪の量が増えるにつれ、その作業はより円滑に行われるようになっていった。

 シンジは、その行為を繰り返すたび、自分の中の何かが変わってゆくことを感じていた。


 一房、髪を掴む度、心が強く


 一房、髪を切り取る度、心が鋭く


 一房、髪を離す度、心が軽く


 その行為を繰り返す度、弱い自分が目の前から消えていくような


 そんな気がした。

 やがて、掴み上げることが難しくなるほど髪を切ってしまうと、シンジは初めてその手を止めた。

 シンジの髪は、所々まばらなところはあったが、全体的に五センチほどの長さになり、その顔の半分を隠していた髪はそのほとんどが切り取られていた。

 辺りにはシンジの黒い髪が白い床に散乱している。シンジはその中心に立ったまま、未だ鏡を見続けていた。

 やがて、シンジは振り返ると浴槽に向かった。流しっぱなしにしていたシャワーを止めると、不自然なくらい辺りの音は消えた。

 そして次に聞こえてきた音はシンジがその中に身を浸し、真だを図下に子取れていたお湯がさらに勢いを増して溢れ出した時のものだった。

 溢れ出したお湯は、床に散らばった髪の毛をさっと押し流した。

 その様子を、シンジは横目で見ながら湯船に体を横たえた。
 
 髪を切るとき、知らぬうちに強ばっていた体が、その温もりでゆっくりと解されてゆくのを感じながら。

 湯船は、縁一杯にお湯が貼られているため、シンジはぎりぎり鼻で息をすることができる程度しか顔が出ていない。

 そうしてぷかりと顔だけ出して、乱れていた思考を小さく整理する。

 そう、

 僕は自分に言い聞かせる


 悲しくはない


 うれしくない


 怒りもないし


 楽しくもない


 感情すらない。


 この心は


 何も感じないのだと


 落ち着いて考えれば、どうということでもない。

 先生はただ、叔母さんとゆかりさんと一緒に海へ行きたかっただけ。

 そこに、僕の居場所なんて無い。

 突然紛れ込んだ僕なんて、きっと邪魔だったんだ。

 いや違う、邪魔だとかそういったものですらなく、それが当然なんだ。

 だからぼくは、平気なんだ。

 探し物は結局見つからなかった。

 当然だ

 何もなくしてなんかいない

 恐くなんか無い

 寂しくなんて無い


 僕は、壊れてなんかいない


 だから僕は、彼女の望みどうり、”笑える”ことだって出来るはずなんだ。


 弱い自分にそれが出来ないなら、そんなもの切り捨ててしまえばいい。

 そう、いま切り捨てたのは、髪の毛なんかではなく、弱い自分なんだ。

 そうすることで決意を、自分自身に示したかった。

 シンジは湯につかったまま、それらの考えを一つ一つ指を折り数え、やがてまとめた事柄に自分の指が足りなくなると、考えることすらやめた。

 シンジは、まるで音を立てないように気を遣っているかのように、けれどごく自然な動作で、音もなく湯船から出た。

 室内に響くのは、シンジの指先や、髪の毛の先からしたたり落ちる、わずかな水滴のみとなった。

 しばらく、間が空いてしまったせいだろう。シンジが再び対峙した鏡は曇りきっていて、朧気にしかシンジの姿が見えない。

 シンジは鏡に手を伸ばすと、さっと一拭きした。

 ちょうど顔しか映る程度の範囲の曇りが取り払われ、シンジの顔が映し出された。

 そしてもう一度、目を細め、口角を持ち上げ、白い歯をのぞかせる。

 そうして浮かべられたシンジの表情は、先ほどのような歪なところは何所にも見あたらず、むしろ

 和ませるような 

 見ほれてしまいそうな

 心に残ってしまいそうな

 心が冷え切ってしまいそうな、

 欠けているモノなんて何もない、完璧な『笑み』だった。






 麦茶も冷やしてあるし、今日も天気が良くて太陽がまぶしいから、居間のクーラーを効かせて涼しくしてある。もちろん設定温度は二十五℃、暑い外から帰ってくる先生達の体に負担の掛からない温度(たまたまテレビで言っていた)にしてある。


 まだかな・・・


 僕は、居間の窓からそっと外の様子をうかがった。事前に、先生は昼には戻ると言っていたことを思い出して、慌てて出迎える準備をしていた。

 その時、窓に僕の顔が映ってるのに気が付いた。

 映った僕に、笑いかけていたことに気がついたけれど、そうしていることに何も感じなかった。

 そんなことをしていたら、いつの間にか先生の車が家の前に止まり、ゆかりさんは帰ってきた。

「こらゆかり!ちゃんと荷物運び手伝いなさい!」

「はーい、ちょっとまってー。いーかーりー?」

 そんな会話と、ゆかりさんの明るく楽しげな声が居間にまで聞こえてくると、僕は台所へ行きお茶の用意をした。

 帰ってきたゆかりさんを、きちんと出迎えなくちゃ。

 勢いよくドアを開けて家の中に入ったゆかりさんは、僕が家の中のどこにいても聞こえるくらいの大きな声で自分が帰ってきたことを僕に告げた。

「ただいまー、碇ー?いないのー?」

 返事をしなかったせいだろうか、ゆかりさんは僕がいることを確かめるようにもう一度僕の名前を呼んだ。

 僕は、手に持ったお茶がこぼれないように、そっと玄関へ向かった。

「おかえりなさい。」

 僕が玄関のゆかりさんへ声をかけたとき、ちょうどゆかりさんは靴を脱ぎ終わるところだった。

 そして、彼女は僕を見た。

 「・・・・」

 一瞬、外から差し込む光に顔をそらしてしまいそうになった。

 彼女は、珍しく微かに驚いたような表情を浮かべて、日の光がわずかに差し込む玄関に立っていた。

 その手に網に入った小さなスイカを抱えて、驚いたように僕を見ていて、思わずその表情に見入ってしまいそうになった。

 海では、きっと天気が良かったのだろう

 その肌は、僕と違ってほんのりと小麦色になっていた。

「あ、碇、ただいま・・・・・。髪、どうしたの?」

「これ、変ですか?」

 しばらくボーとしていただろうか、彼女のその質問で目が覚めた。

 何でもないんですよという意味を込めて、僕はひとつまみ髪を掴みあげた。

 その間、僕はゆかりさんを見ていると、ある疑問に気がついた。

 ゆかりさんは、いつもどうりのゆかりさんだった。

 いつも僕をからかって、変わらない態度で僕に接してくれる、仲直りできて良かったと本当にそう思えるはずの、いつも道理のゆかりさんだった。

 でも、


 じゃあ何で僕は、ゆかりさんの前に立ていることに、何も感じていないんだろう?


 いや、ある違和感を感じることは出来る。

 まるで、本物の前に並べられた偽物が感じるような居心地がする。

 当然それは、嬉しいとか、楽しいと言ったものとは、程遠いものだった。

 なぜだろう、僕はこうして、ゆかりさんに会いたかったはずなのに。

 でも、今の僕はそんなことでは決して崩れたりはしない。

 だってここにいるのは、強い僕のはずだから、弱い僕なんて消してしまえたはずだから。




    僕はもう、なにも感じないはずだから・・・・・




 あれ?今何かおかしな・・・

 いつの間にか黙り込んでしまった。気が付くと、ゆかりさんがこちらを見ていた。

「どうしたんですか?ゆかりさん?外は暑かったでしょう?、はいこれ、冷蔵庫で麦茶冷やしておいた麦茶です。」

「う、うん。ありがとう・・・・・これ、お土産。」

 僕は、持っていたお盆に載せていたお茶をゆかりさんに手渡し。するとゆかりさんが、もう片方の手で持っていたスイカを僕に向かってつきだした。

「わぁ、すみません。わざわざ。気にしてくださらなくてもよかったんですよ?。」

 そうしているうちに、先生が玄関に立っていた。

「やあ、シンジ君。ただいま。」

「先生。お帰りなさい。」

 僕は、まるでゆかりさんから逃げるように先生に視線を移した。

 けれど、先ほど抱いた疑問は消えない。

 それでも僕は、笑顔を崩さなかった。

「あ、ああ、ただいま。」

 先生はそんな僕に戸惑った表情を浮かべながらも、僕にそういった。

「先生もいかがですか。」

 僕はゆかりさんの方を極力見ないようにしながら、先生に残っていたコップを渡した。

「うん、もらおうか・・・・」

「じゃあ、はいどうぞ。荷物を運ぶの、ぼくも手伝います。」

 僕は先生にそう申し出ると先に玄関を出た先生を追って、外へと出ようとした。

 先生に、そうして対応することに、ゆかりさんの時のような違和感はなく、僕は何の疑問も思い浮かばない。

「碇・・・・」

 ゆかりさんが、僕を呼び止めたのはそのときだった。

「どうかしましたか、ゆかりさん?」

「あんた、大丈夫?その・・・手、大丈夫?」

 どうやら、先生にコップを渡すときに、ゆかりさんに見られたらしい。目の前でぷらぷらと振って見せ、

「あっ、これですか?ぜんぜん平気ですよー。ちょっと料理のとき失敗しちゃって。」

 僕はあらかじめ考えておいた言い訳をつかった。

 そんな風に、本当に僕を心配してくれているゆかりさんに、僕はうそを吐いて答える。

 そうすると、また先ほどの疑問と違和感が顔を出す。

 むしろ、居心地の悪さは先ほどよりもひどくなっている。

 これはいったい何なんだろう。

 しかし、それがいったい何なのか表すことが出来ない。

 まるで、ほかのやり方をわすれてしまってしまったみたいに。

「もういいですか?」

「あっ、うん・・・・ごめん、引き止めちゃって。」

「いいえ、気にしないでください。」

 そうして、ゆかりさんとのやり取りを終えると、僕は玄関を出た。

 日陰と、日向の差だろうか、影を踏み越えるだけでむっとするような熱気が僕を包んだ。

 けれど、僕はそんなことは気にも留めなかった。

 なぜか、一刻も早く、早く、ゆかりさんから、離れ、距離をとりたかった。

 ゆかりさんのそばにいると、強くなった僕がいなくなってしまいそうな。

 僕は、笑えてるんじゃない

 そうすることしか出来なくなってるんじゃないか




        僕自身が、気がついていることに気づいてしまうんじゃないか




 今考えたことの異常さは気にならない。

 疑問は、その姿を明確にし始めた。そして、その事への回答を僕に強要するように、僕の中で大きくなってゆく。

 僕はそれから目をそらした。けど、それから目をそらすと周りのすべてが見えなくなりそうだった。

 そして、その原因となったゆかりさんが、だんだん『怖くなってきた』



  どさ!!



 だから、背中に襲ってきた衝撃に耐え切れず、無理やり現実に引き戻された。

「ど、どうしたんですか?」

 一瞬だけ、何が起こったか解らず、ぐるぐると頭の中に渦巻いていた声さえ消えてしまった。

 少しだけ振り向き、背中を確かめると、ゆかりさんが僕に覆いかぶさるように抱きついていた。

 僕は、彼女の表情を見ることは出来ない。

 ただ、背中に伝わる、彼女の体温が『怖かった』。

 「ううん、・・・・・なんでもない。」

 そういいながら、彼女は更に僕の体に手を回して抱きついてきた。

 その手は、突き刺すような日差しの下でも暖かく感じることが出来た。

 けれど、


 だめだ


 早く、この腕を


 解いてしまわないと


 突然、訳もわからず、僕はそう思った

 けれど、僕の体はゆかりさんに捕まったときから、うまく動かなくなっている。

 胸に回された手を押しのけようとしても、なぜかそれ以上、その手を拒むことが出来なかった。

 そして、不意に頭に重たいものがもたれかかってきたと思ったら、すぐ耳元から、ゆかりさんの声がしてきた。

 「碇?」

 ゆかりさんは、僕の名前を静かに呼んだ。

 「・・・・はい。」

 振りほどこうとしていた彼女の手にふれたまま、僕は返事を返した。

 「碇・・・・」

 「・・・・はい。」

 ゆかりさんも、自分さえも偽る必要のないそのやり取りは、本当に静かに続けられた。


    トクン・・・   トクン・・・


 背中越しゆかりさんの鼓動が伝わってくる。


 まるで、僕の胸を打つように。


 心の扉を叩くように、


    深く


         深く


 小さく、それでいて力強く、


 暖かく。


 切り捨てたと言い訳して、奥に閉じ込めていた弱い自分を呼び覚ますように。


「どうして・・・・・」


 どうして、わざわざ『それ』を起こすのか。


 どうして、また連れ戻そうとするのか。


 このままほうっておいてくれれば良かった。


 このまま何も感じなければ良かった。


 傷だらけの心は重たいから、


 まっすぐ見ることが苦しいから、


 自分でものぞくことが出来ないようなところに置いてきたのに。


 今にもこの手からまた零れ落ちてしまいそうになっているのに。


 なぜあなたはそれ手を拾い上げ、


 そっと僕の中においてゆくのか。


「碇。」

 そして彼女は、僕の名前を呼ぶ。

「・・・・・・・・・・・ゆかりさん?ほんとうに、もう離し・・・・」




           もうそれ以上、僕の中に入ってこないで。



 
 けれども彼女は次の瞬間こういった。




「ただいま。」




            そしてその言葉が、決定的だった。




「ただいま、シンジ。」

 彼女の言葉で、僕はそのことを認めざるを得なかった。

「ただいま・・・・ね?シンジ。」

「・・・・」

 僕は、すぐに答えることが出来なかった。

 そのとき僕は、自分の間違いに気がついたから。

 彼女の心臓と繋がってしまったかのように、背中から彼女の体温が僕の体に広がってゆく。

 もうそれを怖いとは感じなかった。


 僕は、弱さを切り落としたのではなく、覆い隠しただけ


 真実に向かい合う心算で、うそに身を浸した。


 自分の心からも目を逸らして、自分が何を感じていたかもわからなくなったから、


 今後ろにいる彼女が怖かった


 すっと、彼女の体が離れていこうとしているのが解った。

 僕は、自分でも気がつかないうちに、ゆかりさんの腕をつかむ手に力を込めていた。

 今すぐに、彼女に返さなければならない言葉があるから

「シンジ?」

「・・・・・・・さい。」

 ずっと、本当の言葉を押し殺していたから、吐き出した声は少しかすれていた。

「なーに?」

 彼女はもう一度、僕の返事をせかすでもなく、もう一度、僕を抱きしめ、包み込むように僕の言葉に耳を傾けていた。

「おか・・えりなさい、ゆかりさん・・・・」

 そうしてくれた彼女にしか聞こえないような小さな声しか出せないことが悔しかったけれど、今の僕にはそうすることが限界だった。

「うん!ただいま。」

 そんな僕の言葉でも彼女は満足げ受け止めてくれた。

「もう、ほんとうにどうしたんですか?」

「えへへ、なーんでもないの。」

 彼女は少しはにかんだようにわらった。

 そんな彼女に、僕も少し笑った。不格好だけど、先ほどまでの貼り付けただけのもでは無く、心から自然に。

 そして、そうしている間にも、背中に残った彼女の体温が、少しずつ薄れていくのを感じながら。

 僕は、はっきりと、それが悲しいことだと感じることが出来ていた。

「シンジくーん、ちょっといいかーい」

「先生が呼んでますから、僕は行きますね?」

 先生の声が、少し離れたところから聞こえてきたのはその時だった。

 僕はそちらをちらりと確認すると彼女にそう告げ、先生の方へと歩き出した。

 けれど、すぐにその足は止まった。

 そして、一度後ろに振り返った。

 ゆかりさんはまだ玄関の前に立っていた。

 僕のことを見ていたのか、少し見つめ合うような形になってしまった。そしてその目に映る僕がいることを何故か、この距離からでもはっきり解った。

 それは不思議な感覚だった。

 そこに映っていたのは、先ほどまでの薄っぺらい皮をはがされた、空っぽの僕だった。

 それは、先ほど消えてしまったはずだ。なのにどうしてまだいるのか。

 ここにいるのは、弱いままだけれど、本当の僕のはずなのに。

 そこで、ふと気づかずにはいられない


 もしかして


 弱いだの、強いだのにこだわっていた僕こそが嘘で、


本当の僕は、


  彼女の瞳に映ったとうりの、


  空っぽの僕なんじゃないか?


 さっと、彼女から視線を煽らして、今度は立ち止まらずに先生の元まで走った。

 なぜだか、その事実が、ふるえが止まらないほど恐かった。

 けれどその時は、ッその事をまた胸の中に押し込んで、それを忘れようとした。




       ふと、顔を上げてみる。




 空には雲が出始めている。


   だんだんとその数を増やしながら


     太陽の輝きを隠しながら


       それらはゆっくりと、気持ちよさそうに流れている


           流れる風が、不安を吹き消してゆく




 今日も夕立が降りそうだ。












次回予告劇場

 二期二会




 俺はバイトから帰ってくると、着替えもそこそこに、壁に立てかけてあったギターに手を伸ばした。

 あのなんともかわいらしい笑顔を向けてくれた少年の一件で、自分にもそういった趣味があったことを思い出した俺は、押入れで見事に埃をかぶっていたそれを引っ張り出し、ある程度手を加えると、又昔のように弾き始めるようになった。

 はっきり言って、とても他人に聞かせられるような腕前ではなかったが、それを手に取っている時間は、昔のように俺の大切なひと時となっていた。

 新しいコードの練習をしていると、オンボロアパートの階段を駆け上がるリズミカルな振動が俺の部屋に響いてきた。

 ギターのある生活を取り戻したことで変な癖がついた。

 こうして俺の部屋に伝わってくる足音の振動で、いったいどの部屋の客か、なんとなくわかるようになった。

 おかげで、勧誘をいちいち気にしなくてすむようになった。

 そして、今まさに俺の部屋の前に来ようとしているのは、俺の騒がしい彼女だろう。

 予想道理に、彼女はノックをすることもなく俺の部屋に入ってきた。

「あっ!お帰りー」

 何故か、俺の部屋なのに彼女はそういう。悪い気はしないが。

「おう」

「ねぇーちょっと聞いてよ!!」

 どうやら機嫌がいいらしい。俺は手に持っていたギターを脇に置くと、今にも喋りたそうにしている彼女に向かいあった。

「何があったんだ?」

「えへへー、実は今日デパートで、またあの子に会ったの!!」

「あの子ってバスの時のアイツか?」

「そうそう!髪形変えててさー。あぁ、かわいかったなぁ・・・。」

 そうか、彼女の様子だと元気にやっているらしい。

「でね~、なんと彼女連れだったのよ。」

「そうなのか?なかなかやるなぁ」

「二人ともかわいくってさ、思わず攫いそうになったね!!」

「それはやめとけ。」

 あの一件以来子供好きになった彼女はどうやら、少々暴走気味らしい。

 そこで俺は、あることに思い至り、彼女に聞いた。

「で?、あの子の名前、ちゃんと聞けたのか?」

「あ!!!」

 喜色満面だった彼女は、俺のその下世話な一言で見る間にしぼんでいった。

 俺はその方を、優しくたたかずにはいられなかった。

「あー、よしよし」

「あぁ~~、私ってバカ?」

 できることなら、名前を聞いてお友達にと、彼女はずっと言っていた。俺も同じ気持ちだったが。

 ぜひ、彼のチェロを聞かせてほしかったから。

 彼女の落胆も大きなものだろう。

「又いつ会えるかわかんないのに・・・」

「まぁ、また会えるって。結構近いとこなんだから、な?」

「でーもー・・・」

 そういって彼女は机に突っ伏した。

 その様子を、俺はため息を吐きつつ眺めていた。

 どうやら、今夜の酒の肴は、このことで持ちきりなりそうだ。

 そう思いながら、俺は冷蔵庫へと手をのばした。




 次回、

 見上げる空はどこまでも朱く

 第十四話

 休日とお小遣いの使い方

 お楽しみに?








あとがき

 近況報告:先日、別のSSを書いたところ、その感想にて、見事に『腐女子』の称号を手に入れました。
 どうも、お久しぶり。僕、haniwa。
 もし、私が男だったりしたらこの場合どうなるんでしょう?腐男子?もしくは汚宅とか?もちろん私がどちらかは、皆さんの想像にお任せします。

 「ヒビワレ」最終章でしたがいかがでしたか?実はこの時点でもあまり納得がいくものにできませんでした。無駄に長くなってしまいましたし、話の内容もなんだか蛇足の気がします。あと、影の議題が、私のアプローチでの「ヤマアラシのジレンマ」だったりします。この議題については又チャレンジしたいと思います。

 では、感想のお返事を。

 カシスさん、Cold大王さん、SIさん、黒衣さん、感想ありがとうございます。

 カシスさんへ、今回いろいろと自分なりに工夫を凝らしてみたつもりです。おかげで、新しい話でもないのに変に時間かかりました。次の話は、ちょっと道にそれますが、明るい話にしたいです。カシスさんには朗報かも。

 Cold大王さんへ、滅相もありません!!こういったアドバイスを受けることは大変励みになっています。大王様のご指摘を受けましたが、十三話も見事に失敗してる気がします。もう、一人称で話を進めるものには手を出しません。毎回、大王様を申し訳ない気持ちにさせてすみません。これからも頑張ります。

 SIさんへ、ナルト板からようこそ。感想ありがとうございます。その言葉には深い意味が込められてると受け止め、これからも頑張らせていただきたいと思います。

 黒衣さんへ、はじめまして、この身に過分なお言葉、大変恐縮であります。強く、していきたいとは思っています。けれど周りの環境が。ところで・・・?[46]の黒衣さんですか?もしそうなら、お久しぶりです。これからもどうぞよろしく。


では、十四話でお会いしませう。


P.S次回は、明るい話にします。


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