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No.246の一覧
[0] 見上げる空はどこまでも朱く【エヴァ】[haniwa](2009/11/30 10:37)
[1] 見上げた空はどこまでも朱く[haniwa](2006/07/23 17:23)
[2] 見上げる空はどこまでも朱く[haniwa](2006/07/23 17:15)
[3] 見上げた空はどこまでも朱く[haniwa](2006/08/12 02:52)
[4] 見上げた空はどこまでも朱く 第四話[haniwa](2006/08/12 02:56)
[5] 見上げた空はどこまでも朱く 第五話[haniwa](2006/08/12 03:05)
[6] 間幕[haniwa](2006/07/23 18:03)
[7] 見上げる空はどこまでも朱く   第六話[haniwa](2006/07/23 18:24)
[8] 世間話[haniwa](2006/07/23 03:37)
[9] 見上げる空はどこまでも朱く  第七話[haniwa](2006/07/24 19:51)
[10] 見上げる空はどこまでも朱く  第八話[haniwa](2006/08/16 15:28)
[11] 見上げる空はどこまでも朱く  第九話[haniwa](2006/08/08 16:49)
[12] 見上げる空はどこまでも朱く  第十話[haniwa](2006/08/10 17:13)
[13] 見上げる空はどこまでも朱く  第十一話 前編[haniwa](2006/09/12 00:34)
[14] 見上げる空はどこまでも朱く  第十一話 後編[haniwa](2006/09/12 00:36)
[15] あとがき[haniwa](2006/08/14 20:35)
[16] 見上げれる空はどこまでも朱く 第十二話 前編[haniwa](2006/09/12 00:27)
[17] 見上げれる空はどこまでも朱く 第十二話 後編[haniwa](2006/09/12 00:30)
[18] 後書き[haniwa](2006/09/12 00:32)
[19] 見上げる空はどこまでも朱く 第十三話[haniwa](2006/09/24 21:57)
[20] 見上げる空はどこまでも朱く 第十四話 前編[haniwa](2006/10/09 10:45)
[21] 見上げる空はどこまでも朱く 第十四話 後編[haniwa](2006/10/02 15:13)
[22] 見上げる空はどこまでも朱く 第十五話  【 Ⅰ 】[haniwa](2006/10/19 16:56)
[23] 見上げる空はどこまでも朱く 第十五話  【 Ⅱ 】[haniwa](2006/11/14 22:26)
[24] 見上げる空はどこまでも朱く 第十五話  【 Ⅲ 】[haniwa](2006/11/22 10:01)
[25] 見上げる空はどこまでも朱く 第十五話  【 The End 】[haniwa](2007/01/09 21:32)
[26] 見上げる空はどこまでも朱く 第十五話  【 For Begin 】[haniwa](2007/01/09 21:41)
[27] エピローグ《Ⅰ》[haniwa](2007/01/09 21:47)
[28] 第十六話[haniwa](2007/03/19 16:50)
[29] 第十七話[haniwa](2007/06/25 11:38)
[30] 第十八話 前編[haniwa](2008/06/01 16:46)
[31] ミソラージュ  その一[haniwa](2007/01/24 14:51)
[32] 没ネタ[haniwa](2007/07/10 13:49)
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[246] 見上げる空はどこまでも朱く  第十一話 後編
Name: haniwa 前を表示する / 次を表示する
Date: 2006/09/12 00:36
見上げる空はどこまでも朱く




第十一話






ヒビワレ    虚像


後編






 正午を少し回ったころ、シンジは家に戻っていた。

 すでに乾いた洗濯物を取り込んで、冷蔵庫の中身を確認し、お風呂のスイッチを入れる。

 そしてそれ以上、することがなくなった上で自分の部屋にむかう。

 部屋に着くと、ちょうど音楽室でするときのように、一人で使うには広すぎるスペースの真ん中に置いたイスに座っていた。

 その傍らには、あの後学校から持ち帰ったチェロが置かれ、ケースからはすでに取り出されている。

 然し、シンジがそれを手に取る気配はない。

 カーテンを開けた窓の外を眺めている。

 また、空には雲が出ていて、窓で区切られた小さな空を、とぎれることなく流れてゆく。

 シンジは、ゆかりのことで頭がいっぱいになっていて他に何かをやろうとする気力が沸かなかった。

 そんな様子のシンジがゆかりのことで今一番気に掛けていたことは、ゆかりが嘘をついていたことだった。

 ひとつの嘘は、その他すべてにも疑いの根を広げていく。

 夕焼けの中での出来事も、音楽室での出来事も、保健室でのあの約束も、

 そのすべてが疑心の念に彩られ、シンジを責め苛んだ。

 思考が再び滅裂になり、心がバラバラにされていく。

 思い出のぬくもりが薄れていく。思い出すことが、感じることができなくなるほどに。


  本当に彼女を、このまま信じていいのか。


 彼女も所詮、自分を受け入れてくれなどしない。


 彼女も、叔父たちと同じように、影では自分のことを、


 疎ましく思っていたのではないか?


 本当は彼女も・・・・・・



 心の蓋が開いてゆくのをとめられない。響く声はさまざまなだ。

 父の声で、叔父の声で、叔母の声で、先生の声で、クラスメイトの声で、あのときの二人組みの声で、そして、


 ゆかりと、自分の声で。


 シンジは乱暴に傍らにあった母の形見を手に取る。

 この声を消してしまいたかった。母のぬくもりを思い出したかった。ゆかりと初めて協奏したあの瞬間を思い出したかった。

 心は乱れていても、無意識のうちに弦を動かしてゆく。

 なにを弾いているのか当のシンジにすら解らない。

 時にメロディのない音の羅列で、シンジが聴いたことのある曲の断片。順番はめちゃくちゃで、音も酷いものだった。時折耳障りな音をさせてしまうこともあった。

 それにもかまわず、シンジは弾き続ける。

 音で耳をふさぐように。

 外の音と、内の声。それらが曖昧になって、わからなくなってしまえばいいと思った。


ガリッ


 けれど弾くたびに、自分の世界と外の世界の境界線、それがはっきりとシンジの中で壁を創っていく。


ガリッ


 それにあわせて、内なる声が大きくなってゆく。


ガリッ


 もうシンジのチェロからは、雑音しか出ていない。それでもシンジは演奏をやめなかった。


ブツッ・・・


 心の声が聞こえなくなるまで。


ブツッ


 人のぬくもりを思い出すまで


ぷつ・・・


 けれど、


ピチャッ・・・・・


 シンジが弦を弾くたびに、心の声はまた増え、大きくなり、


ブツッ


 チェロが音を響かせるたびに、シンジからぬくもりを奪っていく。


ブツッ


 そんな悪循環。

ブツッ
ブツッ
ブツッ・・・・・・・・・

そうして何かが削られてゆく。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・






 シンジの演奏がとめられたのは、日がだいぶ傾きはじめた頃だった。

 薄暗い部屋の中、シンジの影がふらふらと揺れている。

 まだ、シンジは演奏を続けようとしていた。何故其処まで引き続けようとしているのかは、もう覚えていない。唇をかみしめ、震える手で弓を握り直し、弦にあてがい、弾く。

 ぷつん

 ガタン!!

 弦が切れ、チェロがシンジの体から離れて床に倒れた。
 
 正確には演奏をやめたわけではなかった。もう弦も、チェロ本体も支えることさえ出来なくなってしまっただけ。

 今、最後の弦が切れてしまったことで、弾くこと事態が不可能になった。

 そこで、はっと目を見開き、夢から覚める。

 すでに弓さえ握っていられないのか、その右手が小刻みに震えている。震えながら指を開くとまめが出来て真っ赤になっていた。

 シンジは、活力を根こそぎ奪われたようなひどい疲労感を感じ、肩で息をし、椅子に座っていることさえ困難になっていた。両手をだらんと伸ばし、その手から弓が落ちた。

 「はぁー・・、ぅぐっ、はぁ・・・・・・・」

 苦しげに、息を飲むように吸い込み、けれどため続けることが出来ずに抜けていくように吐く。そうして呼吸を整えた後、現状をだんだんと把握していく。

 ぼうっとする頭で、倒れたチェロを見た。弦がすべて切れてしまい、交換しなければ弾くことが出来ないだろう。

 指を置く、指板に目をやると不自然にてらてらと光っていた。ぬめりけのある輝きは、チェロの胴の部分まで続いており、胴に行くに従って光を反射しなくなっている。

 それは何かと思い、シンジは左手を伸ばした。

 左手が視界に入ったとき、それが何か解った 

 左手は、右手よりも酷い状態だった。親指以外、すべての指に裂傷がいたるところに出来ている。

 それが、指板から伝って、チェロ全体を赤く彩っている。

 シンジの背中に向けて窓から入ってくる日の光だけが、辛うじてチェロを照らしていた。

 薄闇に見えるそれは、シンジの血で汚れ、もとの落ち着いた雰囲気は見る影もない。

 シンジは、そこで動きを止めた。

 結局あれからずっと弾き続けていた。弓を引き、弦をはじいた。いつものように・・・・・・

 しかし、それはシンジが声に打ち勝てたわけではない。その証拠にシンジの体は震えている。


 声は消えた。


 その代わり、温もりも消えた。


 シンジが動きを止めたのは一瞬で、震える手でそれを拾い上げると大事そうにケースにしまった。


 バタン・・・・・・


 両手で蓋を閉め、その音が部屋に響く。

 心の声は消えている。シンジの心には何者の声もない。 

 「寒い・・・・・」

 両手でそっと自分の体をかき抱く。血まみれの左手で服が汚れることなんて気にならない。とにかく寒いのに疲れた体は緩慢にしか動かず、シンジはイスの上から動くことも叶わない。

 シンジは何とかベットに入ろうと体を動かした。ゆっくりと体を動かしながら、窓際のベッドへ歩いた。然し其処までたどり着くことは出来ず、膝から崩れてしまう。

 ぱた・・・・・

 そのままシンジはフローリングの床に体を横たえた。そのままぴくりとも動かない。

 床は太陽の光を受け、シンジの体暖められる程度の熱量があった。

 「ふぅ・・・・・・・・・」

 僕は何をしているんだろう

 こんなことをしても何も変わらない。

 自分を痛めつけて、チェロを壊しても、目の前の現実は少しも変わってはくれない。

 シンジはまた唇をかんだ。心が重くて仕方ない。出来ることならこんなもの遠くへ投げてしまええればどれだけ楽になれただろう。

 心の底には不安が、ヘドロのようにたまって其処にあった。


トクン・・・・


 床板から伝わってくる自分の心音を聞きながら、このまま静かな部屋で寝てしまおうと目をつぶろうとした。

 其処に


トゥルルルルル・・・・・・・・・


 シンジの部屋のすぐ向かいにある電話が鳴った。

 こんな時くらい僕をそっとしてほしかった。

 然し電話はそんなシンジの気持ちなど考慮にうちに入れてくれるはずもなく鳴り続けた。


トゥルルルルルルルルルルルルル・・・・・・・・・


 電話は2分以上鳴り続けた

 しつこい・・・・、いったい誰なんだろう。

 シンジは重たい体を引きずるように動かして、耳障りな音を静かにさせるため電話を取りに行った。






ガチャ・・・


「・・・・・・・」

 電話に対応するつもりはなかった。

 すぐに切ろうとして受話器を置こうとした。

 が、聞こえてきた声は意外な人物の者だった。

『あ、もしもし碇?』

「!!。ゆかりさん・・・・・ですか?」

 ぼうっとしていた頭が急速にクリアになっていく。慌てて受話器を持ち上げて両手で包み込むように耳に当てた。

『そうよ。私以外誰がいるっていうのよ。』

「今・・・・どこにいるんですか?」

 彼女は今どこにいるのか、家に帰ってきてから頭の中を占めていた疑問が吹き出してくるようだった。

『はぁ?あんた、なにいってんのよ?。』

「?」

 シンジの必死の問いかけも、電話の先にいるゆかりには届かなかったのか、真剣さのない普段のゆかりの声が帰ってきた。

 そう、あのときのようなとげとげしい者ではなく、いつも道理のゆかりの声だった。

 シンジが聞きたかった声、シンジが取り戻したいと想ったゆかりが、どこか解らない電話の先に存在している。

 先ほどまでの不安が少しずつシンジの中から消えていく。

 疲労感などそれだけで消えてしまった。

『それよりも、さ。』

 ゆかりが話を変えようとして、黙ってしまったシンジに呼びかけてきた。

 シンジがそのまま黙っていると、ゆかりの方も黙ってしまった。なにやら雰囲気が妙だ。

「・・・・・・・・・ゆかりさん?」

 切り出しておいて黙ってしまった彼女を、シンジは聞き返した。

『ごめん。』

「・・・・・・なんのことですか?」

 シンジに、ゆかりのその謝罪は不可解に聞こえた。

 シンジがゆかりの答えを待っていると、彼女には珍しくぽつりとした様子で話し出した。

『・・・・・あんたに、ひどいこと言っちゃったこと・・・・・』

「!!」

『わたし、碇にあんなこと言うつもりじゃなかった・・・・・・。』

「・・・・・ゆかりさん・・・・」

『碇が、水が恐いって気持ちが、私よくわからなかったから・・・・』

「・・・・・・・・・・・」

『動いてる水の中で、動けなくなることがあんなに恐いものだとは思わなかった。だから、碇の気持ちも、考えることが出来なかった。』

 ゆかりの告白は、シンジの心を軽くしていく。

 相変わらずシンジには彼女の話の繋がりが見えてこなかった。

 けれど、そんなこととは関係ないところで、彼女の言葉はシンジの心に響いてくる。

 シンジは、返事が出来ず、そっと眼をつぶってゆかりの言葉に聞き入っていた。

『実は、私もね、さっきおぼれかけたの。』

「だっ大丈夫だったんですか?」

彼女のとんでもない言葉に素直に驚く自分。

『うん、すぐ助けてもらったから。』

「良かった・・・・・」

 またこんな関係に戻れたことがシンジは嬉しかった。

 本当に・・・・・・

『それでね、碇もきっと同じ気持ちだったんだなって思ってさ・・・・』

「本当に・・・・・良かった。」

『碇?』

「もういいんです、ゆかりさん。僕、もう気にしていませんから。」

『・・・・・・許してくれるの?』

「もちろんです!」

 思わず、大きな声でそういってしまった。

「あっいえ、違うんです。きっと悪いのは僕の方だったんです。ゆかりさんは気にしないでさい・・・・すみませ・・・」

 シンジはいつもの調子で、ゆかりに謝りかけた。

『碇が謝る必要はないの!謝らないで。』

「へ?」

 ゆかりのおおきな声がそれを遮った。更に一拍置いた後、ゆかりは続けた。

『碇がそこで謝ったら、私の気持ちがうそになっちゃう気がする!』

「あっ・・・」

 シンジは、はっとして何も言えなくなった。

『だから、碇は素直に謝られてなさい!』

「・・・・はい・・・・」

 大きな声にも、彼女なりの理屈にもシンジはいつも驚かされてばかりだった。

『よし!!』

 けれどそれが、

 馬鹿みたいにうれしくて

 馬鹿みたいに心地よかった。

「・・・・・あははは」

『あははははは・・・・』

 電話越しにしばらく笑いあった。




「ところで、ゆかりさん。今どこに・・・・・」

 ゆかりは、どうやら公衆電話からこちらに電話しているようだ。

『あんたさっきからなにいってんの?』

「?」

 先ほどからシンジがゆかりに居場所を尋ねても同じ答えしか返ってこなかった。

「いえ、ですから・・・・・」

 シンジが詳しく説明しようとすると聞こえるはずのない声が聞こえてきた。




『ゆかり、誰に電話してるんだい?』




『あ、パパ。』


「・・・・!」


 あまりの驚きに、シンジの反応が一拍遅れる。

 驚きにシンジの目が見開かれる。


 なんでせんせいがゆかりさんといっしょにいるんですか・・・・・・


『あんなことがあったんだから、今は休んでいなさいと・・・・・』

 遠く叔父の声が聞こえる。おそらく、ゆかりが溺れた事についてだろう。

 ゆかりと叔父の会話が電話の向こうでかすかに聞こえるが、シンジは今、それどころではなかった

 せんせいは、きょうのあさ、ゆかりさんと【いっしょに】でかけた・・・・・はず?
 
 どういうこと?

 わからない。

 わかんない

 ワカリタクナイ




『碇?聞こえてる?ちょっと碇?』

「は・・い・・・。聞こえて・・・・ます。」

 ゆかりの声で、シンジは混乱した思考から帰ってきた。しかしシンジはいまだ現状に混乱していた。

 いったいどうなっているのかがまるでわからない。

『ちょっとパパが話があるっていうから変わるね。』

「あっ、ゆかりさ・・・・」

 叔父よりもゆかりの口から、今の状況を教えてほしかったが

『シンジ君。』

「!・・・・・・は、い・・・・」

 すでに相手が代わっていた。

 突然の叔父の声に、シンジはのどを詰まらせる。

 叔父はそんなシンジにかまわず話を続けていた。

『いや、悪いね。君一人で留守番をさせて。』

「・・・・・・・・・・」

『海が恐いのも解るけど、”君も”くれば良かったのに』

「・・・・・・・・・」

『ちゃんとご飯食べてるかい?』

「・・・・・はい。」

『そうか、いや、”安心したよ”』

びくっ

 叔父の言葉に、こめられた意味に気づき、シンジの方が震える。

 右手は受話器を、左手は痛むのにかまわずズボンを握り締める

 叔父の声は、いつもとかわらない。しかしシンジには解った。叔父はきっと【あの目】で、目の前の公衆電話に向かって話をしているだろう。

 あたかもそれがシンジ自身であるかのように。

 電話から体をそむけ、目もつぶった。

 叔父と直接話しても、目をそらせば自分をどんな風に見ているか解らなくなる。

 けれど今はしっかりとそれがわかる。

 自覚してしまえば、記憶の中の叔父がシンジのことを見つめている。

 胸が締め付けられる。

 心臓の鼓動が勝手に早くなるのに、誰かの手で無理やり止められているような、叔父の手に自分の握られているような。

 血の巡りが遅くなり、体がゆっくりと体温を失っていくのが解った。

『戸締りはちゃんとしなさい。』

「はい・・・・」

 つばを飲み込む。 

 叔父は、声色を変えず、まるで今シンジがどんな状態なのかわかっているかのようにシンジに言葉を掛ける。

『あんまり夜更かししちゃだめだよ?』

「はい・・・・」

 その一言一言で確実に、シンジを弱らせていくかのように。

 飲み込むつばもすぐに乾く。。 

『それから・・・・・』

『ちょっとパパ!もうそれくらいでいいでしょう!』

 ゆかりの声が聞こえて、叔父の声が聞こえなくなった。

 シンジは目を開く。

『・・・・ああ、わかったわかった。じゃあシンジ君?』

「はい・・・・・・・」

 最後にとつけたして、

『ゆかりに変わるけど”気をつけて”、ね?』

「は、・・・・い」


 シンジに止めを刺した。


『じゃあ、』

『碇?』

 ゆかりの声が聞こえてきた。


 うれしい、またあなたのこえがきけて。


 シンジはもうすべてを理解していた。

「ゆかりさん・・・・今海にいるんですね。」

『そうよ。あんたが海が恐いからって、パパに行かないって言ったんでしょう?。』

「ははは・・・・そうでしたね・・・・・。」

 掠れて、乾いた声しか出なかったが、シンジはなるべく明るく聞こえるように話をあわせた。

『なによ、それくらいでって思ってたから、碇が約束破っちゃったんだって・・・・・・・』

「約束?」

『ほら、約束したでしょう?海で泳ぎ方教えてあげるって。』

「あ・・・・」

『それなのにあんたってば、あのとき何も言わずに、私に何でなんて聞くんだから。私との約束なんてどうでも良かったんだって。そう思ったら、碇の気持ちを考えられなくなっちゃって。碇からしてみれば、まだ泳げないのにそこで練習なんて、考えたくもないよね。それなのに私は、あんなこと・・・・・・・・』

 それであんなにおこっていたんですね。

「もうその事はいいですよ、ゆかりさん・・・・・・」

 もういいんです・・・・・

『ねぇ碇?』

「何ですか?ゆかりさん?」

『こんどさ、プールにでも行こうね?そこでなら、碇も大丈夫でしょう?』

「うん、お願いします。」

 あなたはウソをついていなかった。

 ぼくは、もうそれだけでじゅうぶんなんです。

 なのにあなたは、まだこんなぼくとのやくそくをまもろうとしてくれているんですね

 そのやさしさが、

 いまのぼくにはちょっとつらいみたいです。

「あっすみません、こっち、雨が降って来ちゃったみたいです。洗濯物取り込まないと。」

 いつのマにか、ゆかにすいてきがおちていますからきっとすごいあめなんですよ。

 ほら、ぼくのかおまでぬれてしまっているんです

『あっ、そ、そう?じゃあまた電話するね?』

「はい・・・・」

『おみやげ、期待してなさいよ!じゃあね。』

がちゃ・・・・・・

「はい・・・・・」

 電話を握ったままシンジは立ち尽くす。

「・・・・ははっ」

 ゆかりが嘘をついていなかったことがうれしかった。

「・・・・・・あはははは・・・・ふふ・・・・・・」

 叔父が嘘をついていたことが悲しかった。

「ふふふっ、くふっ、あっははははははははは・・・・・・・・」

 ゆかりのことが誤解だったことがわかってほっとした。

「あっはっはっはっは、げほっ。」

 ゆかりに嘘をついてしまったことが、苦痛だった。

「・・・・・あはっ、あははははははははっは・・・・」 

 もう寒くはない。

「あーーははははははは・・・・・・・・・・・」

 寒いのかさえわからない。

 どの感情が本物で、どの感情が嘘のなのか。

 どれをあらわして、どれを心に秘めていればいいのか。

 たくさんの感情が入り乱れて、心の中が真っ黒に押しつぶされそうだ。

「あーーー・・・・・・・、」

 シンジは、感情をわすれたような表情を浮かべ、二階へとむかった。

 階段を一歩一歩、ゆっくりと上ってゆく。

 二回の廊下を少し行くと、ある部屋の前で立ち止まった。

 ゆかりの部屋だった。

 彼女が、部屋にいないことはわかっている。

 ただ来てみたかった。部屋に入るつもりはない。ドアに触れるだけ。

 彼女の温もりのわずかな残り火だけでもいいから感じたくて。

 暗く重たい心に、一筋でいいから光を当てたくて。

 けれどそのためにドアに向かって伸ばされたては途中でとめられる。

 シンジはそこに信じられないものを見てしまった。




彼女の部屋のドアには、何人の侵入も許さない無骨な南京鍵が掛けられていた。




ピシッ




 シンジの脳裏に、【あの日】の叔父の言葉が思い出された。

 『ゆかりには事情を隠して部屋に鍵をつけさせる。』

 シンジが恐れていたことのひとつが今、現実になっていた。

「あっ・・・・・・・・・」
 
 シンジはゆっくりと後ずさり、壁に背を預け、床に座り込んだ。

 鍵を見てしまった瞬間に、何かが欠け落ちた音がした。

 シンジはふと、顔からきらきらしたものが落ちていることに気がついた。

 それは、自分から欠け落ちてしまった大事な物のような気がした。

 壁から背中を引き剥がし、それを拾い集めようのろのろと手を伸ばした。

 目の前の床に手を広げ、水底を這うように辺りを探る。

 しかし一向に、落ちてしまったものは見つからない。

 いくら、手を動かしても、それが手にあたる感触がしない。

 それでもシンジは必死になって手を動かした。

 手につかめるのは空気ばかり

 落ちたものが何かはわからない。

 いや、

 欠けたモノに気がついていても、解らないわからない振りを続ける。

 日がすっかり暮れて暗くなってしまった廊下の真ん中で、

 力なく座り込んだまま

 見つかるはずのない探し物を続ける。










 あーあつい!!何で毎日こうも暑いのかしら。シンジのお土産のスイカがすっかり生温くなっちゃったじゃない。しかもなんだか縞の部分が、熱くなってない?

 最悪・・・

 私は家につくと、私の頭くらいあるスイカだけ抱えて車から飛び降りた。

「こらゆかり!ちゃんと荷物運び手伝いなさい!」

「はーい、ちょっとまってー。いーかーりー?」

 ママの返事もそこそこに、家の玄関を開けた。

 きっと一人で暗くなってるシンジを、またいじめてやらなくては。

 勢いよくドアを開けて家の中に入った私は、家の中のどこにいても聞こえるくらいの大きな声でシンジに私が帰ってきたことを告げた

「ただいまー、碇ー?いないのー?」

 家の中は電気がついておらず、少し薄暗かった。

 それでも太陽に溶かされているアスファルトが空気を熱く焼いている外に比べて、家の中は格段に涼しい。

 私が靴を脱いでいると、居間から出てきた人物が私を迎えてくれた。

「おかえりなさい。」

 その声は静かに、私の帰還を迎え入れてくれた。

 靴をあわてて脱ぎ終わった私は、躓きそうになりながらもその声の主に顔を向けた。

 「あっ・・・・」

 一瞬、目の前で微笑を浮かべる人物が誰だかわからなかった

 私は不覚にもドッキリして声を出してしまった。

 あいつは薄暗い廊下に立っていた。あいつには珍しく、その顔ににっこりと微笑を浮かべて。

 あいつ・・・シンジはその手に何かを乗せたお盆を持って、本当にうれしそうに私を迎えてくれた。そのことも私は二度驚いた。

 ずっと家の中にいたのだろうか、

 海で日焼けしてしまった私と違って、その肌は真っ白だ。

 驚いたことはもう一つある。

「あ、碇、ただいま・・・・・。髪、どうしたの?」

「これ、変ですか?」

 私は正気に返ると、彼の一番目に付く変化に対して質問をした。

 シンジは、笑みを崩さないまま、ひとつまみ髪を掴みあげると、また照れたように笑った。

 シンジの髪の毛は、わたしが出かけていった時よりも短くなっていた。鼻に掛かるほど長かった前髪が、その白い額にわずかに掛かるほどしかない。全体的にばっさりと短くなっていた。

 所々バラバラで、それでもシンジの髪質のせいだろうか、その柔らかい髪は、はねることもなく、まるで濡れたカラスの羽のように黒く、しっとりと寝かし付けられしていた。

 私は、薄暗い廊下にたたずんでいるそんなシンジが、まるでほのかに光っているんじゃないかと思うくらい綺麗に見えた。

 そんなシンジに見とれていることがばれただろうか?

 シンジが不思議そうに首をかしげている。


 笑顔のままで。


「どうしたんですか?ゆかりさん?外は暑かったでしょう?、はいこれ、冷蔵庫で麦茶冷やしておいた麦茶です。」

「う、うん。ありがとう・・・・・これ、お土産。」

 そう、そういってシンジが持っていたお盆に載せていたお茶を受け取った私は、もう片方の手で持っていたスイカをシンジに差し出した。

「わぁ、すみません。わざわざ。気にしてくださらなくてもよかったんですよ?。」

 あ!ありがとうって言ってほしかったのに。

 そのことを言おうとしたらシンジの視線が上に動いた。

「やあ、シンジ君。ただいま。」

 振り向くと、そこにはパパが立っていて私が邪魔で家に入れないでいる。

「先生。お帰りなさい。」

 シンジは、パパの顔を見て、私に向けたものと同じ微笑を向けている。パパの顔をまっすぐみて。

「あ、ああただいま。」

「先生もいかがですか。」

 シンジは左手で、パパにもコップを差し出した。

 その手には、いたるところに絆創膏が張られている。

「うん、もらおうか・・・・」

「じゃあ、はいどうぞ。荷物を運ぶの、ぼくも手伝います。」

 パパが飲み干したコップを受け取りながら、シンジはそういった。

 その間、シンジはずっと笑顔だ。

 私はだんだんとそのことに疑問を抱き始めていた。シンジの笑顔はとてもきれいだ。きれいだけど、今のシンジの微笑み方は、何故かわわたしの呼吸を苦しくさせる。

「碇・・・・」

 外に荷物を運びに行こうとするシンジの背中を私は呼び止めた。

「どうかしましたか、ゆかりさん?」

 相変わらずの笑顔で、私に聞いてくる。

「あんた、大丈夫?その・・・手、大丈夫?」

「あっこれですか?ぜんぜん平気ですよー。ちょっと料理のとき失敗しちゃって。」

 あはは、と傷だらけの手を目の前で忙しく振りながらシンジは笑っている。

「もういいですか?」

「あっ、うん・・・・ごめん、引き止めちゃって。」

「いいえ、気にしないでください。」

 そしてシンジは私に背を向けて、太陽の下に歩き出した。アスファルトの熱が地面の空気を揺らしている。

 シンジがその中に立つと白い肌がますます光って見えた

 わたしが何を言っても今のシンジには何も届いていないような、

 シンジの姿がおぼろげに、不確かなモノに変わっていくような、

 そんな不安が止まらなかった。

 行かせたくなかった。



  どさ!!



「ど、どうしたんですか?」

 気がつけば、わたしはシンジに駆け寄り、シンジを後ろから抱きしめていた。

 そんなわたしにびっくりしたのか、シンジは驚いて顔だけでちらりとわたしの方を見た。

 「ううん、・・・・・なんでもない。」

 わたしは自分でも思いもしなかった自分の行動が恥ずかしくて、頭半分ほど低いシンジの頭に額を押しつけるようにして、少し屈み気味になりながらもシンジに抱きつき続けていた。

 腕の中に収まったシンジは、ほんとうに小さくて、芯から冷えているんじゃないかって思うほど、その体は冷たかった。

 当然、シンジからすれば居心地の悪いことだろう。先ほどからわたしの腕をはずそうともぞもぞと動いていた。けれど決して無理矢理離そうとせず、そっとわたしの腕に自分を離してくれるように促すように触れるだけ。

 その手さえ、震えている。

 でも、そんなことではわたしは碇を離しはしなかった。

 「碇?」

 「・・・・はい。」

 「碇・・・・」

 「・・・・はい。」

 わたしが、シンジの名前を呼んで、碇がそれに答えてくれる。それだけでわたしの不安は消えてくれた。

    トクン・・・   トクン・・・

 シンジの胸に当てている手からシンジの鼓動が伝わってきた。

「どうして・・・・・」

 シンジが耐えかねたように、シンジがわたしに聞いてきた。もうシンジは偽りの笑顔なんて浮かべていてないだろう。

    それでいい。

 シンジの問いかけにはきっといろんな意味が込められていただろう。その一つ一つにわたしは答えも持ち得なかったが、一つだけ理由があった

 でもそれは言うことが出来ない

 理由をこたえることが出来ない。

 いえるわけがない。

 抱きしめてシンジを引き留めた理由

 あのままシンジを行かせたら、

 まるで消えてしまいそうだったからなんて・・・・・

 いえるわけがなかった。

 口にしてしまえば、ほんとうに今、目の前にいるシンジがほんとうに消えてしまいそうな気がしたから。

「碇。」

「・・・・・・・・・・・ゆかりさん?ほんとうに、もう離し・・・・」

「ただいま。」

 ぴくんと、小さくシンジの体がはねる。

「ただいま、シンジ。」

 ゆっくりと、シンジの体が暖かくなってきている。

 きっと、今ならわたしの声が届く。

「ただいま・・・・ね?シンジ。」

「・・・・」

 わたしはシンジの返事を待った。

 けれどシンジはいつの間にか俯いて、黙り込んでしまった。わたしはシンジの正面に立とうとして腕を離そうとした。

 けどそれは、わたしの腕がシンジに捕まれることで離すことはなかった。

「シンジ?」

「・・・・・・・さい。」

 小さな声で、何か言っていた。わたしは捕まれた腕をそのままに、シンジに耳を近づけた。

 そのじれったい言い方には、わたしは何も言わない。わたしは静かにシンジの言葉を待った。

「なーに?」

「おか・・えりなさい、ゆかりさん・・・・」

 ほっとはき出すような、シンジらしい言い方で、そういってくれた。

 わたしはやっと、ほんとうのシンジに迎えられたような気がした。

「うん!ただいま。」

 シンジの言葉は今度こそほんとうのシンジの言葉だった。

 シンジはわたしの腕を掴んでいた手に力を抜いた。わたしはシンジからゆっくり腕を放した。その手のひらに残ったシンジの体温の暖かさが、なんだかうれしかった。

 わたしがゆっくりと離れるとシンジは振り返ってわたしを見た。

「もう、ほんとうにどうしたんですか?」

「えへへ、なーんでもないの。」

 ふふっと、シンジと私は笑いあった。シンジは少し困ったような笑い方だったけど、さっきのよりもずっといい。

「シンジくーん、ちょっといいかーい」

「先生が呼んでますから、僕は行きますね?」

 道路の向こうから、パパの呼ぶ声が聞こえると、そう言ってシンジはまた、パパの方へと駆けだしていった。

 けれどすぐに、立ち止まって、ゆっくりと私の方へ振り返った。私が不思議そうに、シンジを見ていると、そのことにシンジは気がついたのか、また、先ほどと同じ少し困ったような、けれどどこか遠くて、眩しいものを見ているような目で私のことを見ていた。

 けどそれは一瞬で、すぐにシンジはパパの下へ走っていった。

 なぜだろう、私はそのとき、もう一度彼のことを引き止めたくて仕方がなかった。

 彼は、もう陽炎の中に揺らぎ続けるものでも、その中に融けて消えてしまいそうなのもでもなく、確かにそこにいる彼なのに、

 けれども彼はもう、私の手の届かないところまで行ってしまった。

 私は、光の下に走り行く彼の、何かを振り切るような背中を、もう見ていることしか出来なかった。





       ふと、顔を上げてみる。




 空には雲が出始めている。


   だんだんとその数を増やしながら


     太陽の輝きを隠しながら


       それらはゆっくりと、気持ちよさそうに流れている


          汗ばんだ頬をなでる風が気持ちいい




 今日も夕立が降りそうだ。















次回予告

許さない


絶対許さない


何が在ろうと許さない


絶対絶対許さない


あいつがどんな弁明をしようとも


あいつがどんないいわけをしようとも


許さない


例えどんな理由が在ろうとも


例えどんな過去が在ろうとも


絶対に許さない。


どんな釈明も、


どんな謝罪も、


どんな贖罪も


今の私には通じない


絶対に許してなんかやらない。



別に泣かせたい訳じゃない


別に悲しませたい訳じゃない


別に怒ってるわけでもない


でも許さない



ホントはそう、


悲しいのはわたし


落胆したのもわたし


期待していたのもわたし


楽しみにしていたのも、


ほんとうはわたしの方。


あいつは何にも悪くない。


だけど、



なんだか許せない。


次回

「 ヒビワレ    真実 」


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