真っ暗で何も見えない部屋。その中で碇シンジは、正直 感心していた。
「(人間は暗闇の中では容易く不安になり、心が乱れる。個人差はあるだろうけど、初めての場所では特にね。 NERV
―――― いや、『父さんが望む碇シンジ』の性格なら、この演出もあながち間違いじゃない。 パイロットの精神を適度に壊すという事に関してはね………。 やはり、策略家としては一流と言っていいのかな。 気を付けないと)」
そう考えていた時、突然、黒一色だった目の前の景色に色が付いた。照明が灯ったのだ。
「あ………」
少年の視線の先には、巨大な顔らしきがあった。懐かしさで、つい顔が綻びかけるが、今、それは少年の態度としては相応しくない。
「(おっと、驚いたふりしないと怪しまれるな) な、何だ? 顔?………鬼みたいだ」
紫色の装甲に包まれた目の前のものは、一見して角の付いた怪物に見える。
「(どうでもいいけど、初号機のデザインって誰のアイデアなんだろ? 母さんの趣味かなぁ? 後で聞いてみよ)」
そんなことを考えながら驚いたふりをしているシンジの質問に、白衣の女性
―――― 赤木リツコが答える。
「鬼というのは言い得て妙だけど、正確には違うわ。 これは人の作り出した究極の汎用人型決戦兵器………『人造人間 エヴァンゲリオン』、その初号機よ。 建造は極秘裏に進められたわ」
「(究極の汎用ねぇ………決められたパイロット以外、まともに動かせないものの何処が汎用なんだろう? もしかして、何処でも使用できるって意味の汎用かなぁ………)」
初号機を見ながら声も無く立ち尽くしているシンジの様を、リツコは、驚きのあまり声も出ないのだろうと考えた。
「(シナリオ通りね)」
すると、シンジがおもむろに口を開く。
「これが
―――― 父の仕事ですか?」
「そうだ」
生の声ではない。明らかにスピーカーを通した声がケイジ内に響き渡る。
シンジは音のした方向、巨大な顔の上方に視線を向けた。
「久しぶりだな」
其処
―――― 分厚い強化ガラスに覆われた整備指揮所らしきブースにいたのは、特務機関NERVの総司令にしてシンジの父、碇ゲンドウ。
「父さん……」
シンジは表情を曇らせ、顔を背ける。
そんな息子の態度に、ゲンドウは「シナリオは順調だ」と確信し、ニヤリと嫌な笑みを浮かべた。
「ふっ………出撃」
その言葉にいち早く反応したのは葛城ミサトだった。
「出撃ぃっ!? 零号機は凍結中でしょう!………まさか、本当に初号機を使うつもり!?」
「他に道は無いわ」
と、リツコが答える。
「ちょっと待ってよ! レイはまだ動かせないでしょう? パイロットがいないわよ!」
リツコに食って掛かるミサト。
「さっき届いたわ」
冷静に答えるリツコ。
「マジなの?」
親友であり、同僚である彼女の問いにリツコは、「碇シンジ君」と少年を呼ぶことで答えた。
呼ばれたシンジが「はい?」と顔を上げる。
「あなたが乗るのよ」
「…………………えっ?(お、いい演技)」
内心 上出来だと思っているシンジを余所に、話はスイスイと進んでいく。
「でも、綾波レイでさえ、エヴァとシンクロするのに七ヶ月もかかったんでしょう? いま来たばかりのこの子には、とても無理よ!」
「座っていればいいわ。 それ以上は望みません」
「しかし!」
「今は使徒撃退が最優先事項です。 その為には誰であれ、エヴァと僅かでもシンクロ可能と思われる人間を乗せるしか方法はないわ。 判っているはずよ、葛城一尉」
「………そうね」
渋々、納得するミサト。
二人の遣り取りを聞きながらシンジは、「やはり同じか」と呟いた。その声はとても小さく、誰にも聞こえていない。
「(ミサ……葛城さんの気持ちも判らなくはないんだよなぁ。 使徒殲滅という使命感と子供を戦場に送るという罪悪感で葛藤している心…………でもね、中途半端な優しさは、周りを不幸にするだけです。 ちゃんと割り切らないと、本当の意味での偽善者になりますよ)」
そう思いながらシンジは、上から傲岸不遜に自分達を見下ろしている父
―――― ゲンドウを見た。
「………父さん、なぜ呼んだの?」
「お前の考えている通りだ」
「じゃあ、僕がこれに乗って、さっきのと戦えって言うの?(………そうだ)」
「そうだ」
「嫌だよ! 何を今更なんだよ! 父さんは僕を要らないんじゃなかったの!?(………必要だから呼んだまでだ)」
「必要だから呼んだまでだ」
「何故……僕なの?(………他の人間には無理だからなぁ)」
「他の人間には無理だからなぁ」
「無理だよ、そんなの。 見たことも聞いたこともないのに出来るわけないよ!!(………説明を受けろ)」
「説明を受けろ」
「そんな………。 できっこないよ! こんなの………乗れるわけないよ!!(乗るなら早くしろ。 でなければ……帰れ!!)」
「乗るなら早くしろ。 でなければ……帰れ!!」
ゲンドウの、その脅しつけるような言葉に、シンジは父に向けていた視線を逸らし、顔を下に向けた。
サキエルの視界に、ようやく目的地である第3新東京市が入った。街まではまだ1~2kmほどの距離があるが、箱根の山々の上に立つ使徒には、街の全景が見渡せた。
サキエルは一旦、そこで歩みを止める。目的の場所が、何か固い殻のようなものに覆われているのに気付いたからだ。
殻
―――― 第3新東京市の街をそう捉えたサキエル。実際、到達すべき場所であるジオフロント内に至るまでは、何十にも及ぶ特殊装甲板の防御壁を破壊しなければならないのだ。
そのことを正確に感じ取ったサキエルは、自分の生来の能力である『光のパイル』だけでは足りないと考え、すぐさま、その問題を解決するための行動に入った。
「
―――― っ! これは!?」
「どうしたね?」
使徒の状況をモニターしていたオペレーターの声に冬月は反応し、報告を促す。
「目標の胸部に高エネルギーの集中を確認!」
「何っ!?」
「分析パターンも紫(パープル)、青(ブルー)と周期的に変化しています!」
「何が起こっているんだ………」
冬月を始めとしたNERVの面々が見詰める主モニターには、胸の部分
―――― 特に顔のような仮面部分を中心として、苦しそうに踠くサキエルが映し出されていた。やがて、大きく身体を反らした使徒の胸部には、新たな顔が生まれていた。
「形態を変えた? 何か意味がある
――――― 」
その疑問を冬月が言い終わる前に、解答が出た。
新たに生まれた仮面部分の両眼が輝き、放たれた閃光が第3新東京市を襲った。十字を模る巨大な火柱と共に街が破壊されていく。
「まさか………この短時間に機能を増幅させたのか!?」
休むことなく、続けて光線を発射するサキエル。
街と夜空を焼き焦がす爆発の火柱は、衝撃を伴ってNERV本部施設全体を揺らす。
シンジ達がいるケイジも例外ではなかった。
ちっ、とゲンドウの舌打ちが聞こえた。
「奴め………ここに気付いたか!」
〔第1層 第8番装甲版、融解!〕という被害を伝える報告がケイジに響き、その間も使徒は攻撃の手を緩めることなく光線を発射し続ける。
轟音と共にまた揺れた。
もはや、一刻の猶予も無い。
「シンジ君、時間が無いわ」
「乗りなさい!」
リツコとミサトの言葉に、シンジは俯き、肩を震わせる。
泣いているのだろう。ミサトはそう思い、シンジの肩に手をやり、優しく諭す。
「シンジ君、何のためにここに来たの? 逃げちゃだめよ、お父さんから。 何よりも
――――― 」
自分から、と言おうとして、ミサトはシンジの顔を見た。その顔は
―――――笑っていた。
壊れた笑顔ではない。諦めの笑顔でもない。そう、心底愉快な顔だった。
「『平行宇宙』だとは思っていたけど………こうまでそっくりとはね」
「し…シンジ君?」
ミサトは混乱していた。何故、この状況で笑っていられるのだろうと。
そしてシンジは、ついに声を出して笑い始めてしまった。
「プ…クク……ク、アハ、アハアハ……ダメだ、我慢できないや………アーーッハッハッハッハッハッハアアアァッ!!」
皆、唖然としていた。その笑い声はまさに、喜劇を見に来た観客のような笑い方だったのだ。
それがゲンドウの癇に障る。馬鹿にされているように感じた。
「何がおかしい」
「だ、だってさ……クク……みんな、あまりにも僕のシナリオ通りに動いて喋ってくれるんだもの………ヒヒ……笑わないほうがおかしい……ってハハハハハ!!」
「シナリオだと? 貴様、何を言っている!?」
「アハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」
シンジは狂ったように笑い続ける。
「ちっ!」
恐怖のあまり、シンジが使い物にならなくなったと判断したゲンドウは、少しシナリオとは違うが、もう一人のエヴァパイロットを使うことを決める。
発令所との通信を開き、年上の副官を呼び出した。
「冬月」
〔何だ〕
「レイを起こしてくれ」
〔ふむ………使えるかね?〕
「死んでいるわけではない」
「死んでいるわけではない」
ゲンドウとシンジの声が重なった。それも一字一句間違わずに。
驚いたゲンドウは、弾かれたように下にいる息子を見る。シンジは「悪戯成功!」とばかりに ニィッ と笑みを浮かべていた。
「言ったろう? シナリオ通りだって。 アハハハハハハハハハハハハハハ!!」
「シンジ君、不謹慎よ!! こんな時に!!」
「ハハ………そうですか?」
リツコが窘めるが、シンジは聞かない。
そうこうしていると、シンジ達 三人が入ってきたドアとは反対側のドアが開き、ケイジ内に一台のストレッチャーが入ってきた。医師らしき男一人と女性看護師二人が付き添っている。
そのストレッチャーはベッドのようになっており、その上には一人の少女が横たわっていた。身体に巻かれた包帯や右腕のギプス、そして左腕に打たれている点滴が、彼女の怪我の重さを物語る。
ストレッチャーを運び込むと、医師と看護師達はさっさと出て行った。まるで、自分の仕事はこれで終わりだ、と言わんばかりに。
「レイ、予備が使えなくなった。 もう一度だ」
「…………はい」
ゲンドウの命令でストレッチャーから起き上がろうとする少女。怪我の痛みが動きを緩慢にさせる。
いつの間にか、シンジの馬鹿笑いは止んでいた。じっと包帯の女の子
――――― レイと呼ばれた少女を見ている。
その顔は、先程まで大声で愉快に笑っていた男の子と同じ人物とは到底思えぬほど凛々しく、憂いを帯びながらも強い決意に満ちている
――――― そんな顔に見えた。
「(マヤが見たら、一発で落ちるでしょうね)」
ここにはいない潔癖症気味のカワイイ後輩を思い浮かべ、リツコが苦笑しかけた時、
「綾波………」
不意に呟かれたシンジの声。それをリツコは聞き逃さなかった。
「シンジ君……今、何て言
―――― 」
ドゴォォォォォォォンン!!リツコが最後まで言い終わる前に、更に強い衝撃がケイジを揺らす。使徒の閃光による攻撃が防御壁の全てを貫き、ジオフロント内まで届いたのだ。
十字の炎が地下世界を照らした。
「あうっ!」
「きゃぁ!!」
突然の衝撃を受け、ミサトとリツコは尻餅をつく。同じようにストレッチャーがバランスを崩して倒れ、乗っていたレイを放り出す。と同時に、震動により天井の照明器具が壊れて外れ、それがシンジとレイに向かって降り注いだ。
「危ないっ!!」
ミサトが叫んだ。しかし、この体勢では間に合わない。
シンジは「くそっ!」と叫び、レイを守る為に動いた。
「律儀にこんな事まで同じじゃなくてもいいだろうに」
シンジは驚くべきスピードでレイに近づくと、覆い被さるようにレイを庇う。しかし、ただこのまま何もしないでは、二人とも潰されてしまう。
「(しょうがない、スキル=ゼル
―――― )」
シンジは意識を集中させて能力を発動しようとするが、すぐにそれをキャンセルした。
照明器具の残骸は降ってこなかった。巨大な手が、襲い来る凶器の全てからシンジとレイを守っていたのだ。
「エヴァが動いたぞ!?」
「右腕の拘束具を引き千切っています!」
ケイジ内の整備員がありえないことに動揺する。それは、エヴァを最もよく知るリツコも同じであった。
「そんな!? ありえないわ! エントリープラグも挿入されていないのに!」
だが、ミサトはこの光景に希望の光を見た。
「インターフェイスも無しに反応している………というより、守ったの? 彼を?……………イケる!!」
ミサトは、自分の目的である使徒への復讐が間接的にでも果たせると思い、シンジに期待を抱いた。
しかし、シンジはそんなミサトを無視して初号機に目を向ける。ここに来て初めて見せる優しい眼差しで。
「(ありがとう、母さん。 もう少し待ってて)」
シンジはそのままの表情で、腕に中に抱きかかえるレイを見た。
前と同じ、痛々しい姿。傷口が開いたのか、包帯の所々が血で滲んでいる。
シンジは涙が出そうになるのを堪えて、聞こえるか聞こえないかの小さな声でレイに語りかけた。
「綾波………ゴメン。 本当なら、君はこんな怪我を負うことはなかったんだ。 でも使徒との戦いが始まるまで、できるだけイレギュラーを減らさなければならなかった。 だから零号機の暴走事故を止めることができなかったんだ。 謝って済む問題じゃないけど、この責任は必ず
――――― 」
取るよ、と言いかけてシンジは言葉を止めた。レイの手がシンジのシャツを掴み、ぼそぼそと何かを呟いていたからだ。
「え? なに?」
シンジは、レイの口に耳を寄せる。
「……い…かり……くん…だ…め………あれ…に……のら…な………いで」
「!?」
驚愕!
シンジの瞳が大きく見開かれる。
今、この時点で彼女が僕の名前を知っているはずがない。仮に知っていたとしても、「エヴァに乗らないで」などと言うわけがない。
………だとしたら、まさか……………まさか!
「……い…か……りくん……もう…かか…わらな……いで………」
「あ……あやな……み……?」
途端、涙が溢れた。
彼女だ………綾波レイだ。
僕の知っている、僕を知っている綾波レイだ。
何故かは判らない。
でも、無性に嬉しかった。
また逢えた。
今度こそ救える………彼女を。
身勝手な大人たちの最大の犠牲者である彼女を。
シンジはレイを抱きしめた。 にちゃぁ という音と共にシャツに血が付いたようだが、そんなことは気にもならなかった。
嬉しかった。
唯々、嬉しかった。
しかし、そのシンジの気持ちをブチ壊す女が一人、その名は葛城ミサト。
「シンジ君、あなたが乗らなければその娘が乗ることになるのよ。 怪我人を戦わせて恥ずかしいとは思わないの?」
ミサトの無神経極まりない言葉に、シンジは本気でキレかけた。
だが、怒りをその身に滾らせようとも少年は、あくまで穏やかに言葉を返す。
「この娘を戦場に出そうとしているのはあなた達でしょう。 いい歳した大人が子供を最前線で戦わせて………あなた達こそ恥ずかしくないんですか?」
「うっ………し、仕方ないじゃない。 エヴァはあなた達じゃないと動かせないんだから………」
「本当に?」
「ええ」
ミサトでは分が悪いと踏んだリツコが割り込んできた。
「エヴァンゲリオンには、特別な才能を持った14歳の子供しか乗ることができないの」
「欠陥品じゃないですか」
「何ですって!?」
リツコの目つきが険しくなる。それはそうだろう。NERVの誇る決戦兵器を欠陥品呼ばわりされては。
「だって、そうでしょう? 子供しか乗れない兵器のどこが究極の汎用兵器なんですか? そんな兵器を自慢して、尚且つ怪我人を乗せようとしたり、脅迫して無理やり乗せようだなんて………本当に自分達のやっていることが恥ずかしくなんですか?………もう一度聞きます。 恥ずかしくないんですか!!」
「「「「………………………………………」」」」」
誰も、何も言い返せなかった。
シンジの言う通り、客観的に見ても自分達のやっていることは、大人が子供に対して行って良いことでは決してない。
しかし、使徒を倒さなければ人類全てが滅ぶ。
仕方がない。それが大人達の免罪符。
「もういい、葛城一尉!」
事の成り行きをただ見ていただけの髭男が叫ぶ。
「人類の存亡を賭けた戦いに、臆病者は不要だ!」
その言葉にシンジは即座に反応する。
「臆病なのはあんたの方だ! そのサングラスで視線を隠し、髭面と威圧的な言葉で相手を怯えさせることでしか、他人と付き合うことができないんだろう?」
「……………」
「沈黙は肯定と受け取るよ………それに、僕はまだ『乗らない』とは言ってない。 『乗れるわけない』とは言ったけどね」
「シンジ君、それじゃ………!」
俯いていたミサトが顔を上げる。
「乗りますよ、ここまで来たら。 それに………時間が無いんでしょう?」
ドゴォォォォォン!!未だ使徒の攻撃は続いている。何度目になるのか判らない衝撃がケイジを襲った。
「その様ね………リツコ!」
「判ったわ。 シンジ君、ついてきて」
「ちょっと待ってください」
そう言ってシンジはレイを抱き上げると、静かにストレッチャーに乗せた。
「………だ…め……だめ……」
「心配いらないよ。 綾波はゆっくり休んでて」
シンジはレイの頭に手をやる。すると、痛みで震えていたレイの身体が急に弛緩したかと思うと、次の瞬間には安らかな顔で眠りについていた。
「!!………シンジ君、レイに何をしたの?」
「眠りのツボってやつです」
リツコの質問をはぐらかすシンジ。実際はA.T.フィールドの応用で怪我の痛みを取り除き、強制的に眠らせたのである。今のレイに無理をさせるわけにはいかない。
リツコからインターフェイス・ヘッドセットを受け取ったシンジがエントリープラグに乗り込もうとする。
と、そこにリツコから声が掛かった。
「ねえ?」
「はい?」
「あなた………本当に碇シンジ君?」
「…………何故、そう思うんです?」
「私を赤木さんと呼んだわ」
「?………赤木リツコさんでしょ?」
「ええ、そうよ。 でもね、私はあなたに『よろしくね』としか言ってないの。 ミサトも『リツコ』としか呼んでないし」
「……………!」
内心、しまった………と思うシンジだが、それは決して表情には出さない。あくまで冷静を装う。
「何故、私の姓が『赤木』だと判ったのかしら? いえ………もしかして、知っていたのかしら?」
「(鋭いなぁ………やっぱ要注意だよ、リツコさん)」
「どうかしら?」
「生きて帰ってきたら、ちゃんとお教えしますよ」
「楽しみだわ」
プラグのハッチが閉められ、エヴァンゲリオンへのエントリーが始まる。
「冷却終了。 ケイジ内、全てドッキング位置」
「パイロット、エントリープラグ内コックピット位置に着きました」
「了解。 エントリープラグ挿入」
「プラグ固定………終了」
「第一次接続、開始」
「エントリープラグ注水」
シンジの足元からオレンジ色の液体が湧き出てきた。その水位は徐々に上がっていき、その液体でプラグ内部が満ちていく。
「(あ、忘れてた)な…何だ、これ!?」
シンジの問いにリツコが答える。
「大丈夫。 肺がL.C.Lで満たされれば、直接 酸素を取り込んでくれます」
L.C.L
――――― Link.Connect.Liquid(リンク・コネクト・リキッド)の略で、同調接続用液体とも呼ばれるものである。また、プラグ内全てが液体で満たされるため、衝撃緩和材としての機能もある。
「う、がぼぅ………気持ち悪い」
「我慢なさい! 男の子でしょう!!」
ミサトの激が飛ぶ。ムカつくシンジ。
「男でも、気持ち悪いものは気持ち悪いんです。 だいたい、セクハラですよ、そのセリフ」
「口が減らないわねぇ」
そういう間にも、作業はどんどん進む。
「主電源接続。 全回路、動力伝達」
「起動スタート!!」
「A10神経接続………異常なし」
「初期コンタクト、全て問題なし」
「双方向回線、開きます」
「シンクロ率…………えっ!?」
赤木リツコの部下であり、右腕でもある『カワイイ後輩』伊吹マヤが信じられない、そして予想もしない結果に驚いた。
「マヤ、どうしたの!? 報告しなさい!!」
「あ、すみません! シンクロ率99.89%! 暴走、ありません」
「そんな!?」
さすがのリツコも驚きを隠せなかった。初めてのエヴァとのシンクロで、いきなり理論限界値ギリギリのシンクロ率など予想できるものではない。一瞬、やはり偽者かと考えた。だが、初号機にシンクロできたという事実が、彼が碇シンジ本人という何よりの証明だということを思い出した。
「どうなの、リツコ?いけるの?」
ミサトが不安そうに聞いてくる。
「ええ、動かす分には問題ない……いいえ、充分よ」
「よし! エヴァンゲリオン初号機、発進準備!!」
ミサトの号令と共に、ケイジ内が慌ただしく動き出す。
「第1ロックボルト解除!」
「続いて第2ロックボルト解除!」
「アンビリカルブリッジ移動!」
「第1、第2拘束具除去!」
「1番から15番までの安全装置を解除」
「内部電源、充電完了」
「外部電源コンセント、異常なし」
「エヴァ初号機、射出口へ!!」
「5番ゲート、スタンバイ!」
「進路クリア、オールグリーン!!」
「発進準備完了」
「了解」
ミサトは全ての準備が整ったのを確認した。後は発進の号令を出すだけ。
後ろを振り向く。
発令所の中央部、一段高くなっている司令塔に総司令 碇ゲンドウはいた。机に両肘をつき、顔の前で手を組む
―――― 部下からは『ゲンドウポーズ』と軽口を叩かれている、いつものポーズで司令席に座っていた。
使徒戦の指揮官として作戦を任されているミサトは、最後の確認をする。
「構いませんね?」
この時、ミサトは『総司令』にではなく、『シンジの父親』に向かって確認をしたつもりであった。だが、ゲンドウはそれを知ってか知らずか、『総司令』として答えた。
「もちろんだ。 使徒を倒さぬ限り、我々に未来はない」
「はっし
――――― 」
「待ってください!!」
発進命令を出そうとしたミサトを遮るようにして、ロン毛が特徴のオペレーター、青葉シゲルが叫ぶ。
「何よ! こんな時に!!」
「第3新東京市上空に未確認飛行物体!」
「何ですって!?」
「まさか、新たな使徒!?」
「いえ、A.T.フィールドは計測されておりません」
「映像で確認、主モニターに回します」
そこに映し出されていたのは、飛行機と呼ぶにはあまりに大きすぎる翼を広げた謎の飛行体。生命体ではない。明らかに機械であり、人工物だと判る。
「何よ、あれ?」
「飛行物体より通信!」
「!!………人が乗ってるの!?」
「どうしますか?」
眼鏡を掛けたオペレーター、日向マコトが聞いてくる。
「………いいわ。 回線を開いて」
覚悟を決めたミサト。
開かれた回線を通じ、主モニターに現れたのは地球を侵略に来たタコ型の宇宙人
―――― ではなく、厳つい顔でモヒカンヘア、そしてマッチョな男であった。
あまりに予想外な姿だったため、固まってしまう発令所の面々。マヤなど石化している。
「あ~~、こちら地球防衛勇者隊『Gutsy Galaxy Guard(ガッツィ・ギャラクシー・ガード)』だ。 これより使徒殲滅戦を開始する」
第肆話に続く