「う~~ん、四体分裂……イレギュラーというには単純だけど、強力だなぁ……」
メインスクリーンに映し出された戦闘データを見ながら少年が一人、腕を組んで唸っていた。
「裏死海文書や僕の経験が当てにならないと判っていながら、未だに無意識でもそれに頼っていた……油断、というより『甘え』だね、これは」
GGGオービットベース・メインオーダールームには、制服のままの綾波シンの姿があった。使徒襲来における特別非常事態宣言が解除された後、彼はすぐここに来たのだ。勿論、スキル=レリエルの空間転移を使ってである。
なぜ制服姿なのかというと、シンは使徒戦の際、『
適格者』ではない為に他のクラスメートと同じく、毎度お馴染みとなったシェルター『第334地下避難所』に移動する。新たな指示が出るまで避難しているわけだが、ただ単に其処でお気楽な友人達とお喋りに興じているのではない。相槌を打って適当に相手しながらも、彼はサハクィエルの能力を使い、戦いの一部始終を見ていた。
二体ではなく四体に分裂したイスラフェル。皆を巻き込んだN2ミサイルの爆発。『以前』と同じように、侵攻を食い止めるだけに終わってしまった戦闘。そして撤退。
シェルターから地上へ戻る許可が出ると、シンはすぐさまオービットベースへ向かおうとした。が、そこは中学生の哀しさ。今回の使徒襲来が午前中であったことも災いして、第壱中学校の生徒には授業がまだ残っていたのだ。
これには生徒全員が不平不満を洩らしたが、文句を言ったところで予定のカリキュラムが変わることはなく、皆は渋々、シェルターから教室に戻り始めた。
しかし、少年の気持ちは既に今後の使徒対策に動いていた。一秒でも時間が惜しかった。
そこで彼は、担任の根府川先生に体調不良を訴え、早退を申し出た。級友達の「本当か~?」と怪しむ視線が背中に突き刺さっていたが、老教師は大して気にしていないようで、すぐに了承した。
許可を貰った直後、荷物を持って全速で駆け出したシンに対して「どこがやねんっ!」とジャージ少年以下、いろんなところからツッコミが入っていたようだが、それは丁重に無視した。
その後、誰もいない場所でディラックの海を使ってオービットベースに移動。
やっとのことで辿り着いたシンは、ちょうど撤収してきた機動部隊の面々と共に、作戦会議へ参加しているのだ。
コンソールでカタカタとキーボードを打つ猿頭寺に合わせ、スクリーンに映るデータ表示が目まぐるしく変わる。それについて大河や火麻、ライガ、ガイを始めとした機動部隊のメンバー、そしてミコト達が意見を交わしていく。
今、GGGが置かれている状況を確認すると、現状で動ける
勇者(はゴルディーマーグ、マイク・サウンダース13世、風龍、雷龍、ジェイアークのみ。
先の戦闘においてN2爆発のよる被害を受けた氷竜と炎竜の修理は、問題なく進んでいる。あらかじめ造られていた予備パーツに換装するだけなので、明日にも完了するということだ。
同じくダメージを受けたボルフォッグだが、こちらは少々難しい。ミラーコーティングを発動させて氷竜達を庇ったボルフォッグのダメージは、装甲だけではなく、駆動系を始めとしたフレーム部分全体に及んでおり、変形機構にも数センチ単位の歪みが発見された。破壊されたガンマシンには2号機、3号機といった予備機があり、それにAIメモリを移し変えるだけで良いのだが、ボルフォッグの方はパーツ全てをバラしてのオーバーホールが必要になった。修理を突貫で行っても、完了は使徒の再侵攻予定日ギリギリとのこと。
そして使徒戦の要、肝心のガオガイガーであるが、これが一番難しかった。破壊されたジェネシックマシン『プロテクトガオー』。これまでの戦闘のように破損したのではなく、今回は完全爆散した為、修復は不可能。新たに一から製造することになった。
だが、これについて獅子王ライガ博士は胸を張って豪語した。
「僕ちゃんに任せたまえ。 完璧に仕上げてみせるでな」
さすがはGGG研究開発部と言ったところか。三重連太陽系での戦いを経て、シンジと共にこの世界に来てから一年。各ジェネシックマシンのデータは解析済みである。装甲材質や内部パーツその他は地球製の物になってはしまうが、オリジナルと何ら遜色の無い物が造られるだろう。
とはいえ、今回のイスラフェル戦は間に合わない。製造から機動・性能チェック、合体テストなどの期間を考えると、最低でも3週間以上の時間が欲しい。ガイガー単体ならば問題ないが、ガオガイガーとしての出撃は不可能となったのだった。
「このデータじゃが
―――― 」
「Dr.ライガ、それでは
―――― 」
「今回の戦闘に際して
―――― 」
様々な意見が飛び交う会議の中、戦闘データを見ているシンの表情は、悔しさを滲ませていた。
「くっ……」
唇を噛み締めて床を蹴る。
当初からの計画とはいえ、見ていることしかできない自分に、シンは歯痒く情けない思いをしていた。そして、何よりも護りたい少女二人を戦わせていることが焦りとなってきている。
「完成を急がないと……使徒の強さは増してきている」
そう呟くシンの脳裏には、オービットベース研究棟の特別
檻(で眠っている紫の守護鬼神の姿が浮かんでいた。
「シン君は、それについてどう思うかね? ………シン君?」
「……え? あ、はい!」
大河からの問い掛けに、シンは思考の海から呼び戻された。慌てて俯いていた顔を上げると、みんながこちらを見ていた。
「どうしたのかね?」
「あ、いや……すいません。 ちょっと考えごとを……」
「では、今の懸案事項については?」
「……聞いてませんでした」
シンは、申し訳なく頭を下げる。その様子に大河を始め、スタッフの面々は苦笑した。誰よりも使徒戦に懸ける少年にしては、珍しいことだったからだ。
「何か悩み事でもあるのかの?」
「相談があるなら、いつでも乗るぜ」
ライガ、火麻だけでなく、スタッフ全員が心配そうに見詰める中、シンは首を振って気持ちを切り替えた。自分のことよりも、まずは目の前の問題を片付けなければならない。今は集中する時だ。
「ありがとうございます。 大丈夫です」
「……そうか。 それでは会議を続けよう。 猿頭寺君、先程のデータをもう一度」
大河が指示を出すと、モニターの表示が変わる。シンが手元の書類を取ろうとした時、会議の違和感に気付いた。さっきまでいたはずの女性スタッフの二人の姿が見えない。
「あれ? 長官、母さんとリツコさんは……?」
「それもさっきの懸案に関係があるのだよ」
意地悪く微笑む大河に、少年はバツの悪い思いをしながら笑って頭を下げた。
〔本日、午前10時58分15秒。 二体に分離した目標『甲』・『乙』との戦闘中、GGG機動部隊が乱入〕
第3新東京市地下、NERV本部施設内のブリーフィングルーム。ここでもGGGと同じく、先の使徒戦における戦闘報告会議が行われていた。
経過を説明しているのは最上アオイ二尉。スーパーコンピューターMAGIを構成する三つの人工頭脳の一つ、『メルキオール』の主任オペレーターで、ショートカットの
髪型(が似合うメガネ美人である。本来、この様な会議の進行は伊吹マヤ二尉の仕事なのだが、彼女はNERVを離反した赤木リツコ博士の
役職(を埋める為に暫定的ではあるが『技術開発部統括代理』に就任しており、現在はケイジでエヴァの修理に追われている。
会議出席者は不在の最高司令官、総司令 六分儀ゲンドウに代わり、副司令の冬月コウゾウ。作戦課長であり前線で指揮を執った葛城ミサト、彼女の副官の日向マコトと同僚の青葉シゲル。エヴァパイロットの綾波レイと惣流アスカ・ラングレー。そして何故か、特殊監査室の加持リョウジと保安諜報部のルネ・カーディフも会議に参加していた。これに司会進行の最上アオイを加えた九人が出席者の全員だ。
このブリーフィングルーム、一風変わった造りをしている。会議室というよりは、映画の試写室のような内装だ。正面にはデータを映す為の巨大なプロジェクションモニター。それに向かい合って並べられた一列七席の座席が三列あり、一番後ろに幹部用と思われる席が三つ並んでいる。
まるで本当に試写室
―――― いや、一歩間違えれば映画館だ。
どういう意図で設計されたのか? 誰かの趣味なのだろうか?
まあ、それはともかく、座席の一番前の列にレイとアスカ、ミサトがそれぞれ離れて両端に座り、二列目の真ん中の席に加持、少し離れてレイとアスカのちょうど真後ろの席にルネが、三列目の端の席に青葉、そして奥の幹部席に冬月とデータ処理役の日向、司会のアオイが座っていた。
「何で作戦に関係ないヤツまで……」
ミサトは、加持とルネの参加に良い顔をしなかった。加持に対しては若い頃の関係から、ルネには得体の知れない奴という不信感からだ。しかし加持は「職務内容を査定、査察するのが仕事でね」と笑い、ルネは「チルドレンの護衛だよ」と無愛想に答えた。
加えて、二人の参加を冬月が許可している為に何の文句も言えなかったことが、使徒戦から続く彼女の苛立ちをますます募らせていた。
〔ディバイディングドライバーにより戦闘フィールドを形成後、GGGは目標との戦闘を開始〕
余計な照明を落とされた薄暗い室内に、戦闘状況を説明するスライド写真が映されている。右下には『撮影:NERV総務局3課』という表記があった。
報告ごとに変わる写真を見るスタッフの様子は様々だが、指揮官とパイロットと間には明らかな差が見えた。ミサトは歯噛みしながら報告を聞き、レイは淡々とした表情を浮かべながらも、静かな怒りの視線をミサトへ向けている。そしてアスカは、ぶすっと拗ねた面持ちで横を向いていた。赤く腫らした左頬に濡れたハンカチを当てて。
一体、どうしたというのか?
話は、少し前に遡る。
パァァンッ!会議の準備中、室内に乾いた音が響いた。皆が何事かと目を向けると、そこには怒りの形相で右手を振り抜いた格好のミサトと、彼女と対峙する二人の少女がいた。赤みを帯びて腫れ始めた左頬を押さえるアスカと、その前に庇う様に立ち、烈火の如く燃える赤き瞳でミサトを睨み付けるレイであった。
あまりのことに、皆は唖然となった。ミサトとアスカの衝突なら、まだ話は解る。互いが身に秘めている
性(の激しさを知っているからだ。しかし、レイのあんな表情は初めて見るものだった。
「……葛城一尉、どういうつもりですか!?」
「それはこっちの台詞よ! あんた達ねぇ! どうして私の指示に従わないの!? 通信は聞こえていたはずよ! おかげで余計な手間が掛かったじゃない!」
決して口には出さないが、ミサトの言葉の端々には『駒は駒らしく、私の命令を聞け』というのが感じ取れる。
それがさらにレイの怒りを昂ぶらせ、アスカの沸点を超えさせた。
「アンタ馬鹿ァッ!? あそこではまだGGGが戦っていたじゃない! 同じ目的で戦っている仲間を助けるのは当ったり前でしょうが!」
「アスカの言う通りです、葛城一尉」
「なに言ってんの! GGGが仲間!? 冗談じゃないわ! あんた達がもう少しきっちりしてれば
―――― 」
「それを言うなら
―――― 」
「違います、葛城一尉。 あれは
―――― 」
激しく言い争う三人だが、その後はただの罵詈雑言の応酬へと発展し、ついていけなくなったレイがオロオロし始めた中、それは加持とルネを伴った副司令の冬月が入室するまで続いた。
GGGと違い、NERVが会議を始めたのは戦闘終了後から四時間半も経ってのことだった。何故こんなにも時間が掛かったのかというと、端的に言えば撤収作業その他に時間が掛かったからである。その原因も、やっぱりと言えばやっぱりなのであった。
エヴァ二体を肩に担いだゴルディーマーグと、アスカとレイを乗せたGGGの救護車がNERVの前線司令部であった指揮車まで来た際、それを迎えたのは感謝の言葉ではなく、ミサトの罵声であった。曰く、汚い手でエヴァに触るな! 曰く、アスカとレイに何してんの!? まさか、治療する振りして洗脳しようっての!? などだ。
これにはGGG救護員だけでなく、さすがのゴルディーマーグも呆れ、口を利くのも億劫になってしまった。
その後、自分を完全に無視して作業を続けるGGGに業を煮やしたミサトは、懐の拳銃を取り出してゴルディーマーグに向かって構えるという暴挙に出た。後ろから彼女を羽交い絞めした副官の日向が、何とか指揮車の中に押し込めて事無きを得たが、ようやく撤収作業が終了した時には一時間半も経っていた。
さらにはアスカとレイの体調回復にも時間が掛かった。二人は、エヴァでの高機動移動中のシンクロ強制カットによる転倒の影響で、船酔いに近い症状を起こしていた。前線で使徒と直接戦った者が会議に出ないわけにはいかず、その回復を待って会議を始めることになった為、時間が遅れに遅れたというわけだ。
時を戻そう。
会議は淡々と進んでいた。静かなものだ。進行役のアオイ以外、口を開く者はいない。
経過報告ごとに正面のモニターに映し出されるスライド写真。それにも『撮影:NERV総務局3課』という表記がしてあり、GGGのロボットである氷竜と炎竜、ビッグボルフォッグ、ゴルディーマーグらが写っている。
〔エヴァ零号機、弐号機は、指揮官である葛城一尉の指示に従わず、目標のA.T.フィールドを中和。 GGGの行動を援護〕
カシャッ! と音がしてフィルムがスライドし、写真が変わった。使徒に攻撃を仕掛けるGGG機動部隊の姿がある。
「ググ……!」
腕を組んでモニターを見詰めるミサトの表情が鬼の如く歪んだ。噛み締める歯がギリギリと鳴っている。
〔午前11時09分22秒、ゴルディオンハンマーによりコアを摘出するも、目標はさらに四体に分裂。 GGG機動部隊を圧倒しました〕
GGGが苦戦しているスライド写真に変わると、途端にミサトの機嫌が良くなった。底の浅い……というより単純な女だ。
〔同14分49秒、葛城一尉より国連第2方面軍へN2爆雷を要請〕
今度は『N参号作戦概要』と書かれた書類の表紙と、国連軍が撮影した艦隊の写真に変わった。
〔しかし、ディバイディングフィールド内にエヴァ二機が侵入。 指揮車からの制止を無視した為、シンクロを強制切断〕
また写真が変わり、転倒して砂煙を上げる零号機と弐号機が映る。
「はん、私の命令を聞かないからよ。 何よ、あれ。 あんなゴロゴロ転がっちゃってさ。 ダサイったらありゃしないわ」
見下した目付きで嘲笑うミサト。アスカのこめかみに青筋が浮いた。
「フザけてんの!? アンタがやったことでしょう! 高速移動中にシンクロ強制カットだなんて、なに考えてんのよ!」
「……たぶん、その場の思いつき」
隣でボソリと呟いたレイの声。それは思ったよりもよく聞こえた。
「でしょうね。 もしかして、ミサトってバカ丸出し?」
「何ですってぇぇ!? 粋がってんじゃないわよ!!」
お返しとばかりに鼻で笑ったアスカ。安っぽい挑発ではあったが、それに乗ったミサトが激昂し、席から立ち上がる。
睨み合う両者。お互いの間に火花が見えるようだ。
〔え~~……時間もないので続けます〕
司会進行のアオイは、これを完全に無視して会議を進めた。あまりのくだらなさに頭を抱えていた冬月も、これを了承。ある意味、この場で一番逞しいのは彼女だろう。この諍いに半ば呆然となっていた日向と青葉は、ある意味、彼女を尊敬した。
また写真が変わる。
〔GGGはN2ミサイルの着弾を阻止しようとしましたが、結果的にN2はGGGのロボットとエヴァ二機を巻き込んで爆発〕
アスカとミサトは睨み合った姿勢のまま、一旦止まる。太陽のように輝く巨大な爆発火球の写真を見て、二人の言い争いはさらにヒートアップした。
「見なさいよ、アレ!! アタシ達を殺す気なの!?」
〔しかしながら、四発目のN2爆雷については葛城一尉からの要請外であり、なぜ発射されたのかは現在、国連軍からの回答待ちの状態です〕
「待機命令に従わないのが悪いんでしょうが!」
「ふむ……日向二尉、早急に回答するよう督促を出しておいてくれたまえ」
「だからって! 味方がいる場所に撃ち込むバカが何処にいるってーのよっ!」
「了解しました」
「四発目のN2なんて知らないわよ!」
冬月の指示に隣の日向は頷く。すでにアスカとミサトは皆が無視の方向らしい。
「要請出したのはアンタでしょ!!」
〔続けます。 爆発に巻き込まれたエヴァ両機ですが、機体はGGGのロボットに庇われており、深刻なダメージはありません。 ですが、装甲等の換装やシンクロ強制カットによるシステム障害等のチェックに時間を要するとの報告を受けています〕
写真が変わった。それにはケイジでのエヴァの状況が写っており、整備班の人間が忙しく動いているのが判る。
〔この状況における技術開発部統括代理のコメント〕
〔まったく、余計な仕事を増やして……。 赤木博士がいらしたなら、きっとこう仰ったでしょう………『無様ね』と〕
マヤの言葉に、ミサトのこめかみに浮かんでいた青筋が一段と大きくなった。アスカと諍いを続けていても、自分への嫌味だけは聴こえたようだ。因みにこのコメント、ご丁寧に『無様ね』のところだけリツコの声が入れられていた。以前、何処かで録音されていたものだろう。無駄に芸が細かい。
「何よ、今のは!」
ミサトは怒りを露に睨み付ける。しかし、アオイはその形相に負けることなく、
冷静(に受け流した。
「私はマヤ
―――― あ…いえ、伊吹二尉からの言葉をそのまま流しただけですから」
「いい加減にせんか! 座りたまえ、葛城君! 惣流君もだ」
やっと出た冬月の一喝。ミサトはしぶしぶ席に戻った。
アスカの方には異存などない。つまらない言い争いに辟易していたところだ。やめるのには良いきっかけだった。
〔続きまして……え~~、N2爆発の混乱に紛れ、目標はディバイディングフィールドから脱出。 この後、目標との戦闘域が移動します。 総務局3課による記録が中断された為、ここからは観測衛星からの映像からMAGIが導き出したものになりますが
―――― 〕
次に映された写真は、GGGによる使徒戦の第2ラウンドだった。画像は多少荒っぽいが、キングジェイダーの他に見知らぬ機体が写っているのが確認できた。
「あれは!?」
〔GGGの新しいロボットのようです。 機体形状からの推測ですが、超竜神の戦闘特化型と思われます〕
身を乗り出して反応するミサトだが、事情を知っている数人は落ち着いたもの。つい先日、四足草鞋となった加持は「ほう…」と顎に手を当てて興味深そうにモニターを見詰め、ルネは「後はあいつらだけか、寝ぼすけめ」と未だ目覚めぬ鋼鉄姉妹のことを思い嘆息し、アスカとレイは、声を抑えて周りに聞こえないようにヒソヒソと話す。
「あれって撃龍神ってやつよね?」
「そのようね。 無事に目が覚めたみたいで良かった」
〔午前11時35分28秒、この二体の攻撃により目標は活動停止。 構成物質の約74%を損壊〕
今度は、戦闘後にNERVの第3光学観測班が撮影した写真と科学調査分析部調査局2課の分析結果報告が映し出された。それによると損壊率は『甲』が74.00102289%、『乙』が73.99989782%、『丙』が73.73390514%、『丁』が74.24149325%とある。
「やったの?」
「予想以上の損壊度だが、それでも足止めに過ぎん。 再度侵攻は時間の問題だ」
やけに明るく言うアスカとは反対に、冬月は眉間に皺を寄せていた。
「まったく……恥をかかせおって」
彼がそうぼやくのも無理はない。勝ったのなら、まだいい。この戦闘、国連軍は当然として、戦自の方でもモニタリングされていたはずだ。それなのに、このような失態を晒して敗北し、またしてもGGGに助けられた格好になってしまった。NERVの作戦行動については、全て報告書の提出が義務付けられている。国連議会、さらには予算委員会の反SEELE、反NERV派連中の嘲笑が聞こえてくるようで、冬月は胃が痛かった。
「ま、立て直しの時間が稼げただけ儲けものっすよ」
飄々とした加持の態度に、冬月は怒りを覚えた。この男がSEELEや日本内務省に通じているのは判っている。この場で利敵行為によるスパイ罪で投獄してやりたくなったが、それは何とか抑えて気持ちを整える。この男は、まだ『使える』からだ。
加持を無視するように席から立ち上がった冬月は、僅かに滲み出た渋い顔でチルドレン二人に問い掛ける。
「いいかね、君達。 君達の仕事は何だか判るか?」
「……使徒の殲滅」
「使徒を倒してサードインパクトを防ぐこと」
二人は異口同音に答えた。
「その通りだ。 こんな醜態を晒す為にNERVは存在している訳ではない。 それには君達がもっと葛城君と協力して
―――― 」
「だったら! 私達の協力うんぬんの前に、何でGGGとは連携できないの!? 目の前に危機が迫っているのに敵対し合ってどうするのよ!」
アスカは、同じ目的で戦っている組織が対立しているというこの無駄な状況が我慢できなかった。NERV上層部の自分勝手な思惑、私情に駆られた戦闘指揮官という存在が、余計に彼女を腹立たせる。
「あいつらと連携? 馬鹿言わないで。 大体、あいつらは正規の組織じゃないのよ!」
ミサトにはアスカの言うことが理解できていない。自分の邪魔をするものは全て敵なのだ。
しかしアスカにしてみれば、それは幼稚な言い草に過ぎない。
「だから何? くだらないこと言ってんじゃないわよ! サードインパクトが起こったら取り返しのつかないことになるって、アンタいつも言ってるじゃない! 誰が責任取るのよ! それとも何? インパクトで人類が全滅したら誰にも責任追及されなくて済むからいいなんてタカ括ってるのかしら?」
「アスカ!!」
細すぎるミサトの理性の糸が、瞬時に切れた。
パァァンッ!!ブリーフィングルームに再び響く乾いた音。
来ると判っていながら、アスカは避けなかった。それは彼女の覚悟の証。
「ミサト……指揮官が感情のままに人を殴らないで。 全体の士気に係わるわ」
「あんた、もう一度殴られたいの?」
「止めろ、葛城。 それ以上はやりすぎだ。 アスカもだ、言い過ぎ
―――― って、おい! 何を!?」
また振り上げられたミサトの右腕を掴んだ加持は、彼女のこめかみに銃を突き付けるルネ・カーディフの姿を見て、ぎょっとした。
「あ、あんた…何のつもりよ……?」
「チルドレンの護衛が私の仕事だと言っただろ? これ以上、その娘に手を上げる気なら
生命(を賭けな」
冷たい銃口の感触に僅かに怯むが、それに負けずにルネを睨みつけるミサト。そして、そんな眼光など歯牙にもかけず、冷静な顔付きのルネ。だが、大事な妹分を理不尽に叩かれ、内心は
腸(が煮えくり返っていた。
一触即発の雰囲気が辺りを包む。
「二人とも! そこまでだ!!」
冬月の叱責が、そんなピリピリとした空気を霧散させた。
「つまらん諍いは止めたまえ! アスカ君の言うことも判る。 しかし、それでは対使徒特務機関としてのNERVの面子が立たないのだよ」
冬月の言葉に、アスカから失望の溜息が漏れた。
「大人の言い訳ですね。 アタシ達が何の為に戦っているかを考えたら、そんなこと絶対に言えないわ」
「私達は……あなた達の面子の為になんて戦ってない」
「その娘達の言う通りだな」
突然、アスカとレイの言葉を肯定する声が聞こえた。先程の騒ぎの最中、誰も気付かなかったのだろう。いつの間にか開いていた出入り口のドアには、スーツ姿の一人の老人が立っていた。
「冬月副司令、君は先ほど醜態と言ったな。 しかしだ、二人のような少女を戦場に送り出さねばならない今この現状こそ、何物にも勝る醜態だと、私は常日頃、心に感じているのだが、どうかね?」
「ああん? 誰よ、あんた」
不審者を見るような表情のミサトだが、その他のスタッフは全員 驚愕に顔を染め、次の瞬間には立ち上がって姿勢を正し、敬礼した。副司令の冬月までもだ。
「え? ちょっと、みんな……どうしたっての? このジジイが何だって言うの?」
「ちょっとミサト……あなた、本気で言ってるわけ?」
聞き覚えのある声が聞こえた。それは老人の隣に立つ女性からで、その姿はさらなる驚愕をもって迎えられた。
「リツコ!?」
「「「「「赤木博士!?」」」」」
にこりと微笑む。見紛うことなく彼女だ。
冬月は慌てた。自らNERVを離れた赤木リツコがここまで入ってこられるはずがない。この老人の登場にしてもそうだ。何者かの手引きなのか。
「赤木君、どうやってここに!? 君のIDは既に失効して
―――― 」
「いませんわ」
「何っ?」
「GGGに入って判りましたが、NERVの対人警備は本当にザルですわね。 返し忘れていましたこのIDですんなりゲートを抜けることができましたし、警備員に至っては、私がまだNERVの人間だと思っている人もいましたわよ」
懐からIDカードを取り出してクスクスと笑うリツコ。
冬月は愕然を通り越して唖然となった。
NERVの情報に関する秘密体質が、こんなところで弊害となるとは。そして、そこへさらに人材不足も加わっている。リツコのIDが抹消されていないというのは、データを処理するMAGIの管理が完璧ではないということだ。やはりマヤだけでは荷が重かったか。
だが、自分達が進める補完計画の実行の為には、有能過ぎる人間を外部から入れることはできない。有能でもなく、無能でもない。そんな条件の人間など、滅多にいるものではない。そう考えると、今いる人間だけで行うしかないが、それでも、これらのミスの積み重ねが計画の遅延に繋がっていくだろう。裏死海文書によってスケジュールが決まっている以上、それは何としても避けたい。
しきりに何かを考えている副司令の様子に、ブリーフィングルームが静寂に包まれる
―――― が、それも一瞬だけだった。
「リツコ! あんた、いったい何しに来たのよ! それと、そこのおっさん! あんたは誰なのよ!? いま保安部を呼ぶから動くんじゃないわよ!!」
リツコの隣に立つ老人と自分達の立場を考えたら、あまりに無礼な言葉。冬月は、すぐさま思考の海から引き揚げられた。
「葛城君、いい加減にしたまえ!!」
「へ?」
冬月は激昂するが、ミサトにはその理由が判らない。
「やれやれ……私はここに常勤しているわけではないが、自分が勤める機関が所属する組織機構のTOPの顔くらいは覚えていてほしいものだな。 特に、それ相応の役職にある人間はな」
「申し訳ありません、グランハム事務総長!」
もはや平身低頭するしかない冬月だ。腰を90度曲げて頭を下げている。
「はあ、何よ? 事務総長?」
「国連事務総長 ショウ・グランハム氏。 国連事務局の長であり、その直属機関であるNERVにおいても多大な影響力を持つ方よ。 六分儀総司令でさえ、この方の言葉は無視できないわ」
リツコの言葉で、途端にミサトは姿勢を正し、敬礼した。青褪めた顔での「はは…はは……」と乾いた笑いが何とも哀しい。
そんな中、ショウのことをよく知る一人の少女は、彼の登場に首を傾げていた。
「小父様……どうしてここに?」
「レイ、小父様って?」
隣のアスカが小声で尋ねる。
「大叔父様のご親友なの」
「あ、それでなのね」
「綾波レイ君……今の私は公務で来ている」
いつもは優しく好々爺の表情をしているショウがとても厳しい顔を向けたので、レイは慌てて頭を下げた。自分をフルネームで呼んだことで判るように、公私の区別を付けろということだろう。
「し、失礼しました。 申し訳ありません、事務総長」
「いや、判ればそれでいい。 ……さて、会議で話すことはもう無いだろう? 何をしている? 使徒の再侵攻まで時間が無い今、流れ落ちる砂時計の砂一粒はダイヤモンドよりも高価となっているぞ。 キビキビ動かんか!!」
「「「「「は、はいっ!!」」」」」
ショウ・グランハムの叱責に近い激が飛び、スタッフ達は慌ててブリーフィングルームを出て行く。
「ああ、冬月君は少し待ちたまえ。 葛城君もだ」
「は?」
「…………」
「今回の件で話がある。 何処か適当な部屋を用意してくれないか」
「は……それでしたら、総司令室に」
「うむ。 赤木君はどうするね? 一緒に来るかね?」
そう問われ、少し考えるリツコ。
「……もし、副司令の許可が頂けるのであれば、ケイジでエヴァの修理を手伝いたいと思うのですが……」
「なに言ってんのよ! 勝手にNERVを出て行ったあんたに、そんな事させるわけにはいかないわ!!」
ミサトの言うことも尤もだ。しかし
――――「ああ、構わんよ。 伊吹君に手を貸してやってくれ」
「はぁ!?」
あっさりと許しを出した冬月に、ミサトは言葉を失った。
冬月は、使徒の再侵攻に備えて早急にエヴァを直しておくことが最重要で、尚且つ、リツコの後任となったマヤが毎日悲鳴を上げていることを承知している。今、この世界で誰よりもエヴァに詳しいであろうリツコの申し出は、正直言って有難かった。目の前しか見えていないミサトには、それが判らないのだ。
唸るミサトを一瞥し、リツコはケイジへ向かった。
ショウ・グランハムは冬月の案内で総司令官公務室へ。リツコの姿が見えなくなるまで睨みつけていたミサトは、ようやく一人置いていかれたことに気付き、慌ててショウと冬月の後を追った。
第四拾弐話へ続く