「待ちなさい、リツコ!!」
火麻と共にツクヨミに乗り込もうとするリツコを呼び止めるミサト。その表情は怒りに満ちていた。もし拳銃を携帯していれば、間違いなく、その銃口をリツコに向けていただろう。脅してでも彼女を止める為に。
「本気!?」
「ええ」
「裏切るっていうの!?」
「裏切り
――――― そうかもね………あなたやマヤ達から見れば、私は裏切り者になるのよね………」
「まだ遅くないわ。 一緒に帰るわよ、リツコ」
「ごめんなさい。 もう後悔したくないの………絶対にね」
リツコの表情は、もはや何者にも変えられぬほど、強い決意に満ちていた。
何故このような状況となったのか?
――――― 少し、時を戻そう。
イロウルとの戦闘終了後、地上に降りたツクヨミとヒルメは、救助した日重スタッフや式典招待客らを降ろし、勇者ロボや戦闘で使用したハイテクツールなどの回収作業を行っていた。
リツコは、その陣頭指揮を執っていた火麻に、先日のライガからの申し出を受けるということを伝えた。
火麻は当初、大いに戸惑った。何故なら、リツコがGGGに来ることなど正直無理だと思っていたからだ。
シンの記憶で、彼女のゲンドウに対する想いの深さは知っていた。だからこそNERVを
――――― ゲンドウの下を離れることはないと思っていたのだ。
「いいのか? あんたはNERVの表も裏も知り尽くしている人間だ。 そんな簡単に辞められるものなのか?」
「私のこと、よくご存知なんですね」
「あんたをこっちに引き込むことは最初からの計画だったんだ。 俺は無理だと思ってたがな」
「あら、どうしてです?」
「六分儀ゲンドウとの関係」
「!!」
リツコの目が驚愕に見開かれ、火麻を見た。そこまで知られているとは思っていなかったからだ。
「そういうことだ」
俯くリツコ。しかし
―――――「………もう、そんなことは関係ありませんわ」
すぐに顔を上げる。
「私は、自分に正直でいたいのです」
晴れ晴れとしたリツコの表情。その美しさに、火麻は思わず見惚れてしまった。
「?………どうしました?」
「あ、いや……何でもねぇ。 後悔しねぇな?」
「ええ」
「なら、準備ができたら連絡をくれ。 うちのスタッフを迎えに寄越す」
「いま連れて行ってはくれませんの?」
「いまから?」
「既にいつ退職しても良いように準備はしていましたし、辞表は郵送するつもりです。 それに
――――― 」
「それに?」
「挨拶に行けば………きっと殺されます」
リツコは、はっきりと言い切った。NERVの裏を
――――― いや、実態を知る人間だからこそ言える台詞だ。
「………判った。 これからよろしく頼む、赤木博士」
差し出された火麻の右手。
リツコに、もう迷いは無い。笑顔を浮かべ、握手に応じる。
「こちらこそ。 よろしくお願い致します、火麻参謀」
GGGにとって、頼もしい仲間が増えた瞬間だった。
そしてその後、火麻と共にリツコがツクヨミに乗り込もうとするところへミサトが登場し、冒頭の台詞となるというわけだ。
説得するどころか、感情のまま ギャアギャア 喚き立てるようになったミサト。彼女を無視して、リツコはツクヨミに乗り込む。
リツコが艦橋に入ってきたことにミコトは驚いていたが、GGG入隊の意思があることを説明すると、「歓迎します」と笑顔で握手を交わした。
暫くして撤収作業が全て終わり、超翼射出司令艦ツクヨミと極輝覚醒複胴艦ヒルメは、オービットベースへ帰還していった。手を振って感謝を伝える日重スタッフや、呆然と見送る戦自関係者、そしてミサトを残して………。
超翼射出司令艦ツクヨミ。
後は帰還するだけなので、特に緊張することなどなく、結構和やかな雰囲気の艦橋内。
リツコは空いていたオペレーター席に座っている。そこに火麻が話し掛けた。
「なあ、赤木博士」
「はい?」
「いいのか? 葛城一尉のこと………」
「ミサト………ですか?」
「親友なんだろ?」
リツコは一瞬、きょとんとした顔になったが、すぐ元の綺麗な笑顔を浮かべる。
「フフ………」
「ん? 何か変なこと言ったか?」
「いえ………火麻参謀って、もっと怖いイメージがありましたから………お優しいんですね。 好きですよ、そういう方」
「なぁっ!?」
瞬間、真っ赤に茹で上がる火麻。
そんな彼の様子に艦橋内の所々で押し殺したような笑い声が漏れる。が
――――― 「ぶわはははははははははははははははっ!! に、似合わないっ……あは……はははははははは!!」
ただ一人、何の遠慮もなく大声で笑う少年がいた。そして、それに釣られて他のスタッフ達も笑いを堪えられなくなり、やがて艦橋に爆笑の渦が生まれた。
「お…お前らっ! シン、てめぇ! 今のは笑うところじゃねぇぞ!!」
「フフフ
――――― って、ええっ!?」
思いもよらぬ少年の名に驚き振り向いたリツコの目に、「どうも」と挨拶するシンが映る。
「あ…あ、あああ綾波シシ、シン!?」
「お久しぶりです」
「ど、ど……どど、どうして、あ、あ、あああなたがここに、にに?」
予想もしなかった人物の登場に混乱し、どもりまくるリツコ。
「どうしてって
――――― そうですねぇ………僕がGGGのスタッフだからじゃないですか?」
「ええっ!?」
逆にシンから訊き返され、さらに混乱してしまったリツコ。
「ないですか?
――――― って………お前は俺達がこっちに来てから、ずっとスタッフの一人だろうが。 それも主要の」
「ははは、そうですね」
シンは ケラケラ と笑い、火麻は呆れたという表情を作る。
混乱し過ぎて呆然とするリツコ。しかし、ふと あることに気付き、我を取り戻した。
「じゃ……じゃあ、もしかして
――――― マイさん……も?」
「母さんはGGGの研究開発部に勤めていますよ。 ライガ博士の助手です。 さすが『東方の三賢者』の異名は伊達じゃないですね」
「そうなの………って、ちょっと待って! 東方の三賢者って………何でマイさんが?」
「クスクス……本当にその名前が『本名』だと思っているんですか?」
含み笑いで、まるで悪戯が成功した子供のような表情を浮かべるシン。
「ま、まさか………」
リツコは、嫌な予感がした。
「そのまさかですよ」
にこやかに肯定するシン。
「………碇……ユイ…さん」
声が擦れてしまうリツコ。
「そして、その人を『母』と呼ぶ僕は?」
「………シンジ君」
「正解です。 改めて………お久しぶりです、赤木リツコさん」
見る物、聞く物、全てがリツコの常識を壊していく。そして、それを決定付けたのが次の光景である。
「リツコさん、見えましたよ。 あれが僕達の本拠地、GGGオービットベースです」
シンの指差す先を見たリツコは、驚きに目を見開かせる。シンが自分のことを名前で呼んだことにも気付かない。それほど信じられない光景だった。
「………………………………………うそ」
リツコの目には、人類の夢の一つと言われた巨大宇宙ステーションが映っていた。
「まさか、衛星軌道上に基地があるなんて思ってもみなかったわ。 NERVの諜報部がいくら探しても見つからないはずね」
火麻とシンに先導され、リツコはオービットベース・メインオーダールームに続く通路を歩いていた。科学者としての好奇心がそうさせるのか、キョロキョロとあらゆる場所に視線を移す。
「着きましたよ、リツコさん」
シンと火麻の向こうに見える自動ドアが開いた。
ドアのこっち側と向こう側の光量の違いからか、リツコは一瞬ほど眩しさに目を細めるが、すぐに慣れ、シンに促されて入室する。
「ようこそ、赤木リツコ博士! GGGオービットベースに。 我々はあなたを歓迎します」
メインオーダールームの中心、長官席から立ち上がったGGG長官大河コウタロウに、リツコは心からの歓迎を受けた。それは他のメンバーも同様で、主要スタッフ総出で迎えてくれた。
正直なところ、リツコは困惑していた。これほどの歓迎を受けるとは思ってもいなかったのだ。
戸惑いながらも挨拶する彼女。その後、唯一面識が無かった研究開発部オペレーター、スワン・ホワイトが自己紹介を兼ねて挨拶し、リツコは正式にGGGの隊員となった。
所属は、誰もが予想通りのGGG研究開発部。マイと同じく、ライガの補佐である。
「赤木博士、よく来てくださった」
ライガは、改めてリツコに感謝を伝えた。
「リツコで結構ですわ、獅子王博士。 私の方こそ感謝しております。 GGGに招いて頂いたことを」
「ボクちゃんのこともライガと呼んでくれてええぞい。 それでのう……彼女が君と話したいらしくてなぁ」
リツコは、ライガの隣で控えていたマイに視線を向けた。
「………ユイ…さん……」
「シンに聞いた?」
「はい」
そう返事すると、リツコは深々と頭を下げた。
「リツコさん?」
「あなたにそう呼んでもらえる資格など、私にはありません。 私は、あなたのご主人と関係を持ったばかりか、娘さんであるレイさんへの仕打ちなど、取り返しのつかないことを数多くしてきました。 こんなことで許されるとは思っていませんが、謝らせてください。 申し訳あ
――――― 」
「待って」
ユイは、リツコの謝罪を途中で止めた。彼女の肩にそっと手を添え、顔を上げさせる。
「許してもらうのは私の方よ。 私のくだらない我が侭が、今のこの状況を生み出した元凶なの。 あなたの人生を狂わせてしまったのも私。 あなたのお母さん、ナオコさんを死なせてしまったのも、私に責任の一端があるわ」
「いえ、母は自ら………」
「知ってるわ。 でも、原因を作ったのは私。 あの男が狂う原因を作ってしまった私の所為。 あなたは何も悪くないの」
「………ユイ……さん」
ユイの優しい言葉に声が詰まるリツコ。
「ふふ………それにしても美人さんになったわね。 最後に会ったのは、まだあなたが高校生の時だったかしら?」
「ユイ…先……生……」
リツコの瞳が潤み始める。声も涙声だ。
「あらあら、懐かしい呼び方ね。 リッちゃん」
「う、う、う……う…わああぁぁぁぁぁぁぁんっ!!」
ぼろぼろと涙を零し、ユイの胸で泣くリツコ。
耐え切れなかったのだ。今まで溜まっていたものを全て吐き出すように、恥も外聞も無く、彼女は声を上げて泣いた。
この世界のユイとリツコは、既知の間柄だった。一時期、リツコの母ナオコに頼まれ、彼女の家庭教師をしたこともあったのだ。
ユイは自分の娘を慰めるようにリツコの背中を摩る。その行為に落ち着いてきたのか、泣き声は徐々に収まり、ヒクッ……ヒクッ………と しゃくりあげるような声になってきた。
「落ち着いた?」
「ヒック……すいま…せん………ヒック、もう……だいじょうぶ…です」
ユイから渡されたハンカチで涙を拭い、離れるリツコ。
「汚して……しまいましたね。 すみません」
ユイの服には、涙で取れてしまったリツコの化粧が付いていた。
「いいのよ、これくらい。 これからもよろしくね、リッちゃん」
「はい。 よろしくお願いします、ユイ
――――― いえ、マイさん!」
リツコの心にかかっていた靄は、いま完全に晴れたのだった。
取れてしまった化粧を直す為、マイの案内で化粧室に行っていたリツコが戻ってきた。その顔はとても晴れやかで、その美しさに男性スタッフは一様に感嘆を呟くが、ガイだけはミコトに尻を抓られた。
「では、ライガ博士。 いろいろと教えて頂きたいことがあります」
リツコは知りたかった。第5使徒戦の時から、ずっと心に引っ掛かっていたことを。
「ふむ……約束じゃからな、何でも聞いてくれ。 ボクちゃんのスリーサイズは
――――― 」
「そ……それは、また別の機会に………。 まず、最初の質問ですが、あなた方はいったい何者かということです。 世界最高水準を誇っていたNERVの科学力を遥かに超えるテクノロジー。 そして、NERVやSEE
――――― 」
リツコは一旦躊躇した。いま口にしようとした組織の名は、一部の者以外、誰も知るはずの無い名。自分自身、ゲンドウと関係を持って初めて知った組織だ。GGGが知っているのかと自問したが、よく考えると、それは愚問の極みだった。
「
――――― いえ、おそらく知っているはずですね………NERVやSEELE以外、誰も知るはずの無い使徒の詳細な情報。 いったい、何処でこんな技術や情報を手に入れたのですか?」
「それ
――――― 」
「それについては、私が説明しよう」
ライガを遮って、大河が答える。台詞を盗られたような格好だが、ライガに異存など無く、逆に「頼むわい」と大河に委ねた。
大河は、以前ユイに説明したのと同じようにリツコに語った。あの時は病室だった為に言葉のみでの説明だったが、今回はGGGが本来の世界で経験してきた数々の戦闘データ、ゾンダーや機界31原種との戦い、三重連太陽系でのソール11遊星主との戦いなどを、途中ライガやガイ達の補足説明などを交え、全てをリツコに語った。
その後、シンがスキル=アラエルで自分の正体や目的を伝え、そのあまりの内容にリツコは、しばらく茫然自失となってしまった。
数分後
―――――ようやく気持ちの整理が付き、再起動を果たしたリツコは、自嘲気味に呟いた。
「全てはGGGの計画通り………。 私は
――――― いえ、NERVやSEELEは最初から道化を演じていたということになるのね」
天井を見上げた彼女の目は、遠くを見つめている。
「補完計画を完璧に防ぐ為に、僕達は全ての要因(ファクター)を取り除こうと思っています。 まずは、リリスのダイレクトコピー・エヴァンゲリオン初号機。 コアの中の母さんと依代としてのサードチルドレン・碇シンジの存在。 そしてリリスの魂を有したレイと、その素体達。 これだけでも、あの髭の計画は防げます」
「だから、浄解を必要としない初号機のコアも持ち去ったのね。 ユイさんを助ける為に
――――― そして、400%なんていうシンクロ率でわざとエヴァに溶け込んだシンジ君も助ける為に」
「そうです。 依代・碇シンジとエヴァ初号機の存在抹消、そして母さんの救出。 一石三鳥だと思いません?」
「レイの出生も嘘なのね」
シンは頷く。
「あれはレイを救う為のハッタリ………真実はリツコさんも知っての通りです。 でも、それが何だと言うんです? 彼女は僕達の大事な家族です」
「そうね、その通りだわ。 今のレイを見ていると本当に幸せそうだもの」
リツコには最初、レイの変わり様が信じられなかった。だが、今なら判る。心から信じ、愛してくれる者がいれば、人は変われるのだ。
そう、『人』は変われる。レイは、紛うことなく『人』なのだから。
「NERVはそれで良いとしても、SEELEの方はどうするの? そんな簡単に諦めるかしら?」
「どんなことがあっても、あの老人達は諦めないと思います。 でも、実際に動く人間がいなくなったらどうでしょう? あの人達は命令するだけで、自分では何も行動できない人間ですから」
「なるほどね。 そういえば、六分儀司令も同じタイプね」
「その点、GGGは長官からして『ああいう人』ですから。 いざとなったら、自分がガオガイガーにフュージョンする! なんて言いかねません」
「よく判ってるじゃねぇか」
シンの言葉に火麻が賛同し、メインオーダールームは笑いに包まれる。当の本人は、苦笑しながらポリポリと頭を掻いていた。
「さて、赤木博士が新しいスタッフとして加わったことで、我々は新体制をスタートさせようと思う。そこで、それに伴い、新たな計画(プロジェクト)を立ち上げる」
「はあ?」
「新しい計画?」
大河の話は、火麻、ガイを始め、ミコト、スワンといったスタッフ陣には寝耳に水だった。しかし、ライガやマイは落ち着いており、シンに至っては、どこからか書類を用意し出した。
「みんなに黙ってボクちゃん達だけで話を進めていたことは謝るわい。 じゃが、状況がどう転ぶか判らんかったからのう。 必要なくなれば、すぐ廃案にするつもりじゃった」
「俺にまで黙ってるなんて、水臭いんじゃないか?」
「なっはっは! すまんのう、参謀」
「この計画の発案者は綾波シン、そしてマイ博士。 スーパーアドバイザーとしてDr.ライガが就く予定だ。 なお、この計画には赤木博士も参加してもらう。 さっそくで申し訳ないが、よろしいか?」
「もちろんです。 こちらに来たばかりの私を参加させて頂けるなんて光栄ですわ。 必ず期待に応えてみせます」
「うむ、頼もしいかぎりだ。 では、シン君。 皆に資料を配ってくれ」
「はい」
大河の指示で、シンは書類を一人一人、スタッフ全員に配っていく。結構な厚さがあるそれを、皆は最初、軽く読む程度だったが、内容が進むに従って、次第に真剣な表情になっていった。
「おい……これは………!?」
火麻に続き、ミコト、ガイも口を開く。
「新型ディビジョン艦の建造計画ですか!? それに
――――― 」
「シン君! これほどのもの、本当に必要なのか!?」
「ガイさんが言いたいことは判ります。 確かにこれは『過ぎた力』です。 使わないことに越したことはないですが、万が一を考えると………」
「万が一?」
「使徒の強さ、行動に予想がつかないということです。 今後、裏死海文書の記述は『指針』にはなりますが、『確定情報』にはなりえません。 あらゆる可能性を考えた時、僕の頭に使徒本来の姿
――――― 『最終形態』の存在が引っ掛かりました。 ガイさん達の世界において、機界31原種の本来の姿が『Zマスター』であるように、この世界の使徒にも同じような形態が存在し、その力は想像を絶するものです。 これは、それに対抗する為の力であり、僕達の『希望』の一つなんです」
「使徒の最終形態………希望………」
そう呟き、書類を見詰めるガイの視線の先には、『鳳凰XX』と『皇帝計画』の文字があった。
しかし、書類に記されている計画は一つではなかった。
「………これは、エヴァね?」
最後まで書類に目を通したリツコが、発案者であるシンに問う。
「そうです。 あなたをGGGに引き入れた理由の一つでもあるんですが………これは、初号機を造った母さんと、それを実戦レベルで使えるまでに整備したリツコさん、その二人の力が無ければ、決して造れない物なんです」
書類には基本フレームの設計図の他にも、武器装備要項、そして制御システム案なども書かれてあり、その出来栄えにリツコは感嘆の溜息を漏らす。赤き世界で『能力』を手に入れたとはいえ、努力と才能無しで、これ程のものは作れまい。さすがは『東方の三賢者』碇ユイ
――――― いや、綾波マイの息子だと思う。
シンの言葉は、さらに続く。
「生命体に強制的な進化を促す17種の使徒『A.D.A.M-SYSTEM』………光と闇、正と悪、雄と雌など
――――― 全てのものには対となるものがあるように、A.D.A.Mにもそれは存在します。 それこそ、このシステムのアンチプログラムであり、もう一つの僕等の『希望』………」
リツコは、改めて書類を
――――― その中の設計図を見る。そこには機体デザインのラフ画もあり、そこに描かれている姿は、かつてのエヴァ初号機を彷彿とさせるデザインなのだが、背部に装備された六対十二基の『フィールド・バインダー』と呼ばれるものの存在が、これは従来のエヴァとは全く違う機体なのだと言わしめていた。
「それが真の………本当の『EVANGELION』です」
地上。第3新東京市、マンション・コンフォート24。
「「ただいま~~」」
やっとシンとマイは帰宅することができた。
現在、午後8時20分。
本来なら夕方6時頃には帰ってくる予定だったのに、いろんな出来事がありすぎて、こんな時間になってしまった。
そのシンとマイの額には、冷汗が浮かんでいた。いま、二人の頭にあるのは、この家の『お姫様』のご機嫌のことだった。何の連絡もせず、随分と待たせてしまっている。
恐る恐るリビングのドアを開けると、そこには机に倒れ伏しているレイがいた。
「………遅い」
たった一言だが、普段以上に重い呟き。眉間に皺を寄せ、こちらを睨んでいる。
グ~~キュル~ギュルル~~~~………レイのお腹が鳴った。
だが、恥ずかしがることもなく、逆に「私はこんなにお腹が空いているの」と言いたげな視線をシンとマイに送っている。
「ご……ごめんなさいね、レイ」
「夕飯、まだだろ? ほら、お寿司買ってきたから食べよう? ね?」
マイは申し訳なさそうな表情を浮かべ、両手を合わして謝る。そしてシンは、機嫌直しも兼ねて買ってきた特上寿司を見せた。
「………甘エビ……ある?」
ぶんぶん、と音が聞こえるくらいの勢いで首を縦に振る二人。レイに喜んで貰う為に買ってきたのだ。抜かりは無い。
ニンマリと笑顔を浮かべたレイは、突っ伏していた机から立ち上がると、小皿と醤油を用意し始める。
目に見えない重圧(プレッシャー)から開放されたシンとマイは、そこでようやく、ホッと一息つくとことができた。
しばらくして、「「「いただきます」」」「
クワァッ 」という声がリビングに響いた。
「あら、眠ったようね」
後片付けをしていたマイは、リビングが静かになったので覗いてみた。
夕飯後
――――― レイは、待たせ過ぎたお仕置きということで、ソファーに座っているシンの肩に頭を乗せ、満腹感にまどろんでいたが、昼間ヒカリ達と遊んだ所為か、そのままスヤスヤと眠ってしまっていた。
「ずっと前から気付いてたくせに」
何をいまさら、という顔のシン。
「脹れてないで、レイをベッドに寝かせてきて」
「りょ~かい」
シンは、肩に乗っているレイの頭をゆっくりと退かし、ひとまず起こそうとする。
「駄目よ。 起こしちゃ、可哀想でしょ。 抱っこしてあげて」
「ええ!? ちょっと、母さん!?」
「シーッ! 大声出さないの」
有無を言わせぬマイの微笑。こころなしか、ニヤついて見えるのは気の所為か。
さすがのシンも、マイの笑顔とレイの寝顔には勝てなかった。
「………ったく、しょうがないなぁ」
シンは、レイを起こさぬように抱き上げる。右腕をレイの脇に通し、左腕で両脚を抱えた。俗に言う『お姫様抱っこ』というやつだ。
その様子を、マイは更にニヤニヤした顔で見ている。
何か無性に悔しいので、お返しすることにした。
「ねえ、母さん」
「なに、シン?」
「今の母さん、ミサトさんにそっくりだよ」
「ぐっはぁ!!」
思わぬ反撃に、マイは心臓の辺りを押さえて蹲った。痛恨の一撃だ。
「お仕置き完了」
ショックで倒れ込むマイを無視して、シンはリビングを後にした。
レイを抱っこしたままのシンは、脚で器用にドアを開け、レイの部屋に入った。
静かにベッドに寝かせ、布団を掛ける。
「………ムニャ……お兄ちゃん…………ンン……」
零れた寝言に応えるように、シンはレイの頭に手を添える。
「お休み、レイ」
部屋を出ようとした時、一冊の本が机に置かれているのが目に入った。
「そういえば、何か本を読んでるって言ってたっけ。 これかな?」
シンはその本を手に取る。文庫本のようだ。
「前の世界でもレイは本を読んでたよなぁ………どういう本なんだろ?」
書店のカバーがしてある為に題名が判らないシンは、表紙を開いてみた。そこに書かれてあった題名は
―――――兄と妹シリーズ 【 禁断の蜜月 】「
――――― 勘弁して」
第参拾話へ続く