「オーバーホール?」
GGGオービットベース・ディビジョンⅨ『極輝覚醒複胴艦 ヒルメ』の中で整備を受けていたゴルディーマーグは、整備部オペレーター・牛山カズオから機体のオーバーホールを提案された。
「うん。 このところ戦闘続きだろう? トドメはみんなゴルディーマーグの仕事だから、無理が出てるんじゃないかと思ってね。 次の使徒が来るまで、まだ間があるから、この機会に
――――― って思ったんだけど………」
GGGの勇者ロボットの中で、ゴルディーマーグは一番頑丈に造られている。それは、本来の機構・能力である重力波発生装置『ゴルディオンハンマー』と、それが放つ強大なグラビティ・ショックウェーブからガオガイガーの機体を守る緩衝ユニット『マーグハンド』の為である。しかし、いくら頑丈だからと言っても、絶対に壊れないという保証は無い。その能力と使用頻度ゆえに、念には念を入れた整備が必要となってくるのだ。
そう説明されると、ゴルディーマーグは納得した。
「確かにな。 このところ大まかな整備しか受けてないからな。 一回、徹底的にやっとくのも悪くないな」
「どうする?」
GGG参謀である火麻の思考パターンを基礎(ベース)に開発された超AIを持つゴルディーマーグ。彼の、直情的で真っ直ぐな性格を受け継いでいる為、納得すると決断は早い。
「おう。 やってくれ」
「了解。 じゃあ、さっそく始めようか」
既に準備をしていたようで、整備員達が慌ただしく動き始めた。
最初から準備してたのか……… と、牛山の思い通りになってしまったことが少し悔しいゴルディーマーグであった。
次の日のNERV本部。
昨日のお説教が効いたのか、ミサトは珍しく遅刻せずに出勤した。
仕事場である作戦部に向かう途中、すれ違う人間みんながみんな、まるで珍獣を見たかのような顔をする。
「何でこの時間に?」
「泊り込みでお仕事ですか? お疲れ様です」
「やっべ~~………今日、カサ持ってきてねぇよ」
等々、いろいろ言われるので、執務室に着く頃には思いっきり脱力したミサトの姿が見られた。
椅子に座った途端、机に突っ伏すミサト。まだ午前9時を過ぎたばかりだというのに、既に仕事をする気力が失せている。
「何であんなこと言われなきゃなんないのよ~~~………」
日頃の行いが悪いからだ。
「う~~~………………よし!」
何か思いついたらしく、勢いよく立ち上がり、執務室を後にするミサトであった。
「で………どうして私の所に来るのかしら?」
赤木リツコは不機嫌だった。 せっかく気合を入れて仕事を始めようとした矢先の訪問者。 会いたくない、という訳ではないが、やる気が削がれたのも事実だった。
「だって~~………愚痴を聞いてくれそうなのはリツコしかいないんだもの~~」
「まあ、みんなの言うことも判らなくはないわ。 記憶が確かなら、あなたが本部に配属になって遅刻せず出勤したのは、まだ10回に達してないもの」
「うぐっ………!」
「それだけ、この時間にあなたがここにいることは不自然なのよ。 諦めることね」
「あ~~~……う~~~………」
当たっているだけに何も言い返せないミサト。
頭を抱えて唸る彼女を無視し、仕事に戻るリツコ。 相手をするだけ時間の無駄だ。
RRRRRRRRR! RRRRRRRRR! RRRRRRR……………パソコンの傍の電話が鳴った。 また邪魔が……… と思いながらも、リツコは電話を取る。
「はい、赤木です」
〔冬月だが〕
「あら、副司令。 おはようございます」
〔ああ、おはよう。 さっそくで申し訳ないが、先の第5使徒戦に関する技術開発部の報告を聞きたいのだが………。 作戦部からは昨日聞いたのでね〕
「お説教ついでにですか?」
その様子を想像し、クスクスと笑うリツコ。 一方、ミサトは昨日を思い出したのか、情けない顔でリツコを見ていた。
〔まあ、そうなんだが………。 時間はいいかね?〕
苦笑しながらも訊ねる冬月。
「ええ、大丈夫です。 今から報告に上がりますわ」
〔司令室で待っとるよ〕
ガチャッ と電話を切り、パソコンを操作する。 先日作成した報告書をプリントアウトすると、それを持って席を立つ。
「いつまで唸ってるつもり? さっさと仕事に戻りなさい」
「判ったわよ」
拗ねたように返事を返すミサト。
リツコはその様子に嘆息し、「子供ね」と言いたげな顔をミサトに向けながら、部屋を出る
――――― が、そう言えばと、あることを思い出した。
「ところで、アレ………予定通り、明日やるそうよ」
「………判ったわ」
ミサトにも思い当たる節があるのか、神妙な顔で頷いた。
ポーン! と、総司令官公務室に来客を告げるチャイムが鳴る。
「赤木です」
「入りたまえ」
プシュッ!ドアをロックしていた圧搾空気が抜けると、自動的にドアが開く。床と天井にユダヤ神秘思想の最奥義たる宇宙全体の宗教的象徴概念図『セフィロトの樹』が描かれたこの部屋の主、NERV総司令 六分儀ゲンドウの許可を得て、リツコは入室した。
リツコは、持ってきた報告書の束をゲンドウと、その隣に立つ副司令の冬月に渡す。
冬月は一通り目を通すが、ゲンドウはいつものポーズのまま動かない。
そんなゲンドウの様子に嘆息しながら、冬月が口を開いた。
「では、技術部の報告を聞こうか」
「はい。 先日の第5使徒殲滅戦『Der FreischUtz』作戦においてGGGから提供された技術の数々は、我々NERVとしても非常に価値があるものでした。 特に、ポジトロンライフルに使われた技術は他にも転用・応用が可能です。 差し当たっては兵装ビル設備に使用を考えております」
冬月は、リツコの報告に頷きながら書類の内容を確認していく。
「ふむ………このエネルギー源だった『GSライド』とかいう物については?」
「GSライドに関しては改めて調査をしたところ、その技術の高さに驚きました。 同じ物を造れないこともないですが、我々の技術力を遥かに凌駕しております。 私見ですが、あれは完全にオーバーテクノロジーだと見ております」
「使えないのかね?」
「作戦終了後、内部に組み込まれていた『Gストーン』が完全に機能を停止していることが確認されました。 このGストーンをどうにかしない限り不可能でしょう」
「Gストーン?」
「GSライドの中枢
――――― 動力源のようなものです。 獅子王博士は『無限情報サーキット』と言っておられました」
「ふむ………」
冬月は考え込む。
学者畑の自分ではよく判らないが、この報告書を見る限り、これはかなり有用なものだ。このまま使えなくなるというのはもったいない。エヴァのエネルギー源として使えないか?
そう考えた。
「同じ物を造れないこともないと言ったが
――――― できるかね?」
「………中枢以外でしたら」
「ん?」
「調べたところGストーンは、地球には無い物質と技術で造られていることが判りました」
「何だと!?」
返ってきた予想外の答えに、つい声が大きくなった。
「あの時は戯言だと思い無視していたのですが、獅子王博士はこう仰ってました。 『あれは未知なる異文明の産物だ』と………」
「馬鹿な………地球外の物だというのか?」
あまりにも突飛だ。しかし、実際 間違ってはいない。
三重連太陽系・緑の星において『対機界昇華反物質サーキット』として開発されたGストーン。無限情報集積回路であると同時に、結晶回路を利用した超々高密・高速度の情報処理システムであり、膨大なエネルギーの抽出源でもある。NERVにはそれを解析し、造り出すだけの技術は無かった。GGGですら、ギャレオンのデータバンクやオリジナルのGストーンに集積されていた情報で、やっと複製品を精製することができたのだから。
「獅子王博士の言を信じるならば、地球外知的生命体の存在を立証する、またと無い証拠でしょう」
「君は、そんな寝言を信じるのかね?」
常識を考えるならば、これはもっともな意見である。
「科学者としては信じられるものではありません。 ですが使徒と同様、実際に存在しているのですから信じる他はありません」
「う……む………」
冬月は改めて資料を読む。ここに書かれてあることが本当なら、NERVはあらゆる点でGGGに劣っていることになる。すなわち、それは『人類補完計画』のシナリオに、それも自分達のシナリオに深く影響する事態なのだ。
「そのGSライドを動力源に持つGGGの所有兵器
――――― 彼らは『勇者ロボ』と呼んでいますが、これについても我々を超える技術が使われています。 特に『ジェネシック=ガオガイガー』と呼ばれる黒いロボットは、リリスのダイレクトコピーたるエヴァ初号機すら遥かに凌駕する性能を持っています。 これを超えるには、S2機関を搭載し、それを完全に制御した初号機のみと思われますが、その初号機は既に消滅しており、事実上、我々NERVがガオガイガーを倒すことは不可能だと思われます」
「セカンドチルドレンの弐号機をもってしてもかね?」
「ドイツ支部からのデータを見る限り………ここは敢えて難しいと言わせていただきますわ」
不可能と断言できなかったのは、エヴァンゲリオン弐号機のパイロットである少女 『セカンドチルドレン』 惣流・アスカ・ラングレーの実力が、ここ一年で飛躍的に上がったことが関係している。一年前はシンクロ率も70台を超えた辺りで頭打ちだったのが、ある日を境に、いきなり85%という記録を叩き出した。そして、最近はシンクロ率も90の大台を超え、A.T.フィールドを使った攻撃まで出来るようになったと言う。かなり眉唾ものの話だが。
「
――――― 赤木博士」
突然、ゲンドウがいつものポーズのまま口を開く。身動き一つしなかったので、眠っているんじゃないかとリツコは思っていた。
「何でしょう?」
「GGGの本拠地は特定できたか?」
「六分儀司令とGGG長官 大河コウタロウとの会談 及び 作戦ミーティングでのGGGからの通信を逆探しましたが、発信コードに特殊なジャミングが掛けられているらしく、特定することはできませんでした」
「周到な奴らだな」
冬月が口を挟む。
さらにリツコが続けた。
「それと、これは作戦前のミーティングの際にGGG側から齎された情報なのですが
――――― こちらの書類をご覧ください」
「ん? 何かね、このブロック体は?」
「GGGは『コアクリスタル』と呼んでいます。 使徒のコアを『浄解』と呼ばれる方法で本来の形の戻した物らしいのです」
「本来の形だと!?」
冬月は、一瞥しただけだった書類に改めて目を向ける。ゲンドウも同じだ。
「このコアクリスタルを全て集めることで現れる『マスタープログラム』なるものを破壊し、使徒の存在を完全に消滅させることがGGGの目的らしいのです」
「六分儀………知っていたか? このこと」
「………いや」
冬月もゲンドウも混乱していた。
初めて聞く情報。使徒に関しては10年も前から研究してきたはずなのにだ。
リツコは続ける。
「何処でこの情報を手に入れたのかまでは判りませんでしたが、彼らは明らかに我々以上の情報を持っています。 裏死海文書を超える情報を」
「使徒に関して裏死海文書以上の情報は無い」
ゲンドウは断言する。
確かに、使徒の情報に関して裏死海文書以上の情報は無い。それはGGGとて判っている。
「では、彼らは原文を持っているのでは? SEELEが持っている物がオリジナルだという保障は無いのですから」
「「………………」」
そう、GGGは持っているのだ。オリジナルと等しき存在。綾波シンが持つ『記憶』こそ、本当の裏死海文書と言える物。
しかし、そのシンの記憶を超える事態が起こっているこの世界。 それを知らず
――――― 薄々は感じているものの、敢えてそれを否定し、未だ修正可能だと言って裏死海文書の内容を信じるゲンドウやSEELE。 愚か者達の宴は、いつまでも続く。
あまりに突飛な情報と報告を受けたゲンドウと冬月は、混乱で考えが纏まらず、沈黙を続ける
――――― と、そこにリツコが、さらなる爆弾を落とした。
「それからもう一つ。 これは作戦に関してのことではないのですが………」
「何だね?」
「ドグマに保管されていたレイの素体が、全て消滅していました」
ガタッ!!そう聞いた瞬間、ゲンドウが目を見開き、椅子を倒さんばかりの勢いで立ち上がった。
冬月も同様、驚愕に顔を染めている。
「どういうことだ!?」
「私は事実を申しているだけです」
リツコは淡々と答える。
「原因は!?」
「判りません」
「あれはダミーシステムの根幹たるものだぞ!」
「あら、そういえばそうでしたわね」
状況にそぐわず、あまりに冷めたリツコの態度。それがゲンドウの癇に障った。
「何故、そんなに冷静でいられる!?」
ゲンドウが喚いた瞬間、リツコの表情から感情が消えた。いや、冷たさが増した。凍りつくような瞳が、目の前の髭男を見下していた。
「………あなたに抱かれても嬉しくなくなったから」
「!!」
「私の身体を好きにしたらどうです? あの時みたいに………」
「………………」
リツコの視線がきつくなる。思わず目を逸らすゲンドウ。
「あなたの自己満足についていく自分に嫌気がさしただけですわ」
「き……君には失望した………」
声が震える。そんなゲンドウの様子をリツコは嘲笑う。
「失望? 笑わせてくれるわね。 私には何の期待も希望も抱かなかったくせに………」
「………………」
ゲンドウは言い返せなかった。図星だったからだ。それに何より彼女が怖かった。
「ご心配していただかなくても、技術開発部統括としての仕事はちゃんと続けますわ。 いつまでココにいるかは判りませんけど………」
「辞めると言うのかね」
震えるゲンドウの代わりに冬月が訊ねる。
「まだ決めてません。 いつもこうして持ち歩いてはいますけどね」
そう言って、リツコは懐の封筒を見せる。そこには『退職願』の文字が見えた。
「………!!」
「ま……待て、赤木博士」
冬月の狼狽をよそに、ゲンドウが震える声で待ったを掛けた。
「何でしょう?」
「君はいろいろ知りすぎている。 そう簡単に行くと思っているのか?」
勝ち誇ったようにニヤリと笑みを浮かべるゲンドウ。
すると、リツコの瞳がさらなる冷たさに満ちた。
ぞくぅっ!!冬月の背を悪寒が走る。こんな経験は初めてだった。かつてSEELEに詰問を受けた時にもこんなことはなかった。
ゲンドウは黙ってリツコを見据えるが、額には汗の粒が浮かんでいた。
「………本当に下衆な人。 今のあなたをユイさんが見たら、何て思うでしょうね?」
「ぐっ………!」
既に見ており、決別も決めているのだが、そんなことリツコは知らない。
「あ、そうそう。 明日はスケジュール通り、旧東京に行きますので。 ………では、失礼します」
冷たく、しかし哀れんだ目をゲンドウに向け、形だけ一礼した後、リツコは総司令官公務室を退いた。
後には、床にへたり込む冬月と、冷や汗に背中をズブ濡れにしたゲンドウだけが残った。
その頃の綾波邸。
「ちょっとお父様!? いきなりそんなこと言われても!」
マイは電話で怒鳴っていた。相手は父ソウイチロウ。プライベートの時だけは、マイはユイに戻ってソウイチロウを父と呼ぶ。最初は、全てが終わるまで芝居を続けようということだったが「せめて、プライベートの時だけは!」と、ソウイチロウは泣いて懇願した。変なところでガキっぽい親父だ。
「私だって用事が
――――― あ! ちょっと!」
切られたようだ。
「もう!」
ガチャン! と少し乱暴に、マイも受話器を置く。
「
クワァ~ ?」
ペンペンは、珍しく大声を上げていたマイを心配する。 それに気付いた彼女は、微笑みを浮かべて彼の頭を撫でる。
「びっくりした? ごめんね、大丈夫よ」
「
クワワッ !」
安心したのか、片手を上げて返事をすると、お気に入りとなったソファーに戻った。
「ふうっ………。 何が『碇家の名代』よ」
既に切れた電話を見て溜息をつくマイ。
「どうして私とシンが日重の発表会なんかに行かないといけないの?」
第弐拾陸話へ続く