ラミエルは第3新東京市の中心部に辿り着いた。街を見下ろすかのように空中に停止すると、下部からドリル型のシールドを突出させて地面に突き立てる。ジオフロント内への侵攻を開始したのだ。
第4使徒殲滅から間を置かず襲来した第5使徒に、NERVはこれまでになく慌てた。先の使徒戦で零号機が敗北を喫しただけでなく、これまで大した被害なく使徒を殲滅してきたGGGでさえ、この第5使徒の攻撃力を前に撤退を余儀なくされた。
この光景を見たNERV発令所のオペレーターの中には、使徒によって起こされるサードインパクトを想像して恐怖に駆られる者や、既に生を諦めて戦意を失くしている者もいた。
しかし、この女性だけは殺気を込めた瞳と興奮した面持ちで使徒ラミエルを見ていた。
葛城ミサト。使徒への復讐に全てを懸ける女。
第3新東京市に、消滅したはずのエヴァンゲリオン初号機が現れた。フワフワと宙に浮かび、何か薄っぺらな印象さえある。
これは、敵を撹乱する為に予め造られたダミー人形である。初号機が消滅してしまったことで出番が無いかと思われたが、こんなところで役に立った。備えあれば憂いなしだ。
ダミー人形に組み込まれた機能が作動し、銃を構えるような動きを取りながら使徒に近付いていく。
しばらくは何の動きも無かったが、その距離が4km程まで近付くと、光の矢がダミーを貫いた。
〔敵、加粒子砲発射! ダミー蒸発!〕
「次!」
これは、使徒の能力を測定する為の威力偵察。ミサトはオペレーターの報告に頷き、更に指示を出す。
それに従い、今度は第3新東京市の傍にある芦ノ湖に設置された移動砲台用線路に、独12式自走臼砲というレーザー砲列車が姿を見せる。
照準を合わせた後、間髪入れずにレーザー砲が発射された。
使徒は至って冷静に
――――― いや、機械的にか
――――― A.T.フィールドを展開してレーザーを弾くと、お返しとばかりに自走臼砲に向かって加粒子砲を放つ。
爆発と共にダミーと同じ運命を辿る自走臼砲。
〔12式自走臼砲、消滅!〕
「なるほどね」
何かを掴んだようだ。
NERV本部、戦術作戦部 作戦室。
宇宙船の内部のような幻想的な雰囲気を持つこの部屋では、ミサトと作戦部オペレーター・日向マコト二尉、そして数人の作戦部員が集まり、データの検証を行っていた。
「これまで採取したデータによりますと、目標は一定距離内の外敵を自動排除するものと推測されます」
「エリア進入と同時に加粒子砲で100%狙い撃ち。 エヴァによる近接戦闘は危険すぎますね」
作戦部員の報告を日向が補足すると、上司らしくミサトが問う。
「A.T.フィールドはどう?」
「顕在です。 相転移空間を肉眼で確認できるほど、強力なものが展開されています」
「誘導火砲、爆撃なんかの生半可な攻撃では泣きを見るだけですね、こりゃあ」
「攻守とも、ほぼパーペキ。 正に空中要塞ね。 ………それで、問題のシールドは?」
「現在、目標は我々の直上………第3新東京市、ゼロエリアに侵攻。 直径17.5mの巨大シールドが、ジオフロント内NERV本部に向かって侵攻中です」
「敵は此処
――――― NERV本部へ直接攻撃を仕掛けるつもりですね」
「しゃらくさい。 ………で、到達予想時刻は?」
「はい、明日午前0時06分54秒。 その時刻には22層全ての装甲防御を貫通し、NERV本部に到達するものと思われます」
「あと10時間足らずか」
〔敵シールド、第1装甲板に接触!〕
作戦会議中だからといって使徒の侵攻が止まるはずもなく、状況は刻々と変化していく。
「零号機の状況は?」
回線を通じて第7ケイジで零号機の修復・調整を行っている技術部、及び 整備班を呼ぶ。
そして、それに応えたのはリツコであった。
〔一番問題なのは切断された左足首………残り10時間じゃあ修復は不可能。 義足を着けることはできるけど、まともには動けない。 あと、装甲等は問題ないわ。 3時間後に換装完了予定」
予想していたとはいえ、あまりに不利な状況に、ミサトは己の脳細胞をフル活動させて作戦を練る。
「状況は芳しくないわね」
「白旗でも揚げますか?」
日向の冗談じみた台詞にミサトは不敵な笑みを浮かべる。
「その前に
――――― チョッチやってみたいことがあるの」
「目標のレンジ外、超長距離からの直接射撃かね?」
冬月がミサトから提案された第5使徒殲滅作戦を確認する。
ここはNERV本部最上階にある総司令官公務室。無駄に広い部屋に重厚な机が一つ。そこに座っている髭眼鏡と傍らに立つ白髪電柱爺が偉そうにしている。………そういえば、いつ帰ってきたんだ? この髭。
「そうです! 目標のA.T.フィールドを中和せず、高エネルギー集束帯による一点突破しか方法はありません!」
胸を張って答えるミサト。
「MAGIはどう言ってる?」
「スーパーコンピューター・MAGIによる回答は、賛成2、条件付賛成が1でした」
「勝算は8.7%か………」
「最も高い数値です」
10%を切ってるくせに、この自信はどこからくるのか。
そこでようやく髭が口を開いた。
「反対する理由はない。 やりたまえ、葛城一尉」
「はい!」
お墨付きを貰い、ミサトはスキップで司令室を後にした。
「無理ね」
作戦案を見たリツコの開口一番の台詞がコレ。
「何が無理なのよ!!」
当然、ミサトは怒る。せっかく練った作戦を、頭から否定されたのだ。
「あなた、この使徒のデータ………本当に信じる気?」
「作戦部が必死で集めたデータよ! 信頼できるわ!」
リツコは呆れたように嘆息した。
「これによると【使徒の攻撃射程は最大5kmと推測】とあるけれど?」
「それがどうしたのよ?」
「GGGのロボットとあの使徒の戦闘を思い出して」
「?」
ミサトはリツコの言わんとすることが判らない。
「GGGのロボットは20km先から攻撃を受けたのよ」
「………あっ!!」
「いま気付いた
――――― というより、GGGとの戦闘データなんて最初から考慮に入れてなかったわね?」
「あ……いや、その………」
「それにね、光学兵器というのは、大気圏内じゃ距離が離れれば離れるほど、その威力が低下するの。 それが20km離れていてもあの威力よ。 この作戦案にある二子山からの狙撃なんて自殺行為もいいところ。 目標のレンジ外どころか、思いっきり射程圏内じゃない」
「………………」
当たっているだけに何も言い返せないミサト。
「この使徒のデータから判ることは一つ。 NERVは使徒に相手にされてない。 嘗められてるのよ、あなたは」
「なっ!?」
「寄ってきた羽虫を軽く追っ払った程度の『手加減された力』を、使徒の『実力』だと思って作戦を進めないで。 みんな死ぬわ」
「判ってるわよ………」
「判ってる人は、こんな間違いはしないわ」
「くっ………!」
ミサトは悔しさに唇を噛み締める。
「もう一度データを洗い直しなさい。 時間が無いわよ」
リツコの言葉に頷いて発令所に戻ろうとすると、その発令所から呼び出しが掛かった。
〔葛城一尉! 至急、発令所までお戻りください!〕
息を切らしてミサトとリツコが発令所に入ってくる。
「あ、葛城一尉! 赤木博士も!」
「はぁ、はぁ………何があったの!?」
「ライブ映像です!」
日向がコンソールを操作し、モニターに映像を呼び出す。
NERV本部直上、第3新東京市。そこには、使徒と対峙する紫色の人型ロボットがいた。
NERV戦術作戦部の使徒に対するデータ収集が終わって、しばらくの後
――――― 第3新東京市の中心部に向かって疾走する一台のパトカーがあった。けたたましくサイレンを鳴らし、ラミエルに近付いていく。
それに反応したラミエルの円周部が輝き出した。
騒がしい害虫を駆除するかのように、閃光がパトカーに向かって放たれる。その光は確実に対象を融解、消滅させるはずだった。
しかし
――――― 「システム・チェーェェンジッ! ボルフォォォッグッ!!」
パトカーが人型のロボットに変形した。GGG諜報部に所属する勇者ロボ、ボルフォッグである。
ボルフォッグは、その性能を如何なく発揮し、素晴らしいスピードで加粒子砲を躱した。
「ガンドーベル! ガングルー!」
ボルフォッグはサポートメカを呼んだ。何処からともなく、誰も乗っていないバイクとヘリコプターが現れる。
バイク型のビークル形態から人型のガンロボット形態に変形するガンドーベル。そして、同じようにヘリコプターから人型に変形するガングルー。
「三身一体!!」
ボルフォッグからの合体シグナルを受け、それぞれがフォーメーションに入る。ガンドーベルが右腕に、ガングルーが左腕に変形し、メインボディを成すボルフォッグが機構を組み替えて一回り大きく変形すると、それぞれの腕が合体した。より戦闘用にパワーアップした勇者が姿を現す。
「ビッグ! ボルフォォォッグッ!!」
忍者をイメージしたフォルムそのままに、兵装ビルの屋上に音も無く降り立ったビッグボルフォッグ。
「確実に勝利を得る為に、あなたのデータ、調べさせていただきます!」
「な……何よ、あいつ!?」
ミサト達の目に飛び込んできたのは、NERVが初めて見るロボットの姿。しかし、あのようなロボット、何処の所属だということは、考えるまでもなく誰もが判りきっていた。
「GGGのロボットね。 初めて見るタイプだけど………」
「なに落ち着き払ってんのよ、リツコ!」
「これまで色々なことがありすぎたから………これくらいじゃあね」
「何をしに来たんでしょうか?」
日向がもっともな疑問を投げ掛ける。それにリツコが答えた。
「おそらく偵察でしょう。 GGGも何のデータも採らず、あの使徒に立ち向かうことはしないみたいね。………ちょうどいいわ
――――― マヤ!」
「は……はい!」
「あのロボットが使徒の能力を知る為に何かするでしょうから、それに便乗して、もう一度 あの使徒のデータを集め直しなさい。 そのデータと作戦部が集めたデータを比較検討して、もう一度作戦を練り直すわ」
「ね、練り直し?」
日向はリツコの言葉に驚いて、慌ててミサトを見た。
ミサトは、悔しさを親指の爪を噛んで耐えていた。
「いいわね、ミサト?」
「………いいわ」
殺意に濁ったミサトの瞳がモニターを睨んでいた。
再びラミエルの閃光が走る。
「あまい!」
光の矢がボルフォッグを掠めていく。
絶対に油断はできない。
ジェネシックアーマーに覆われていたはずのガオガイガーの装甲すら、大した抵抗無く貫通したラミエルの加粒子砲だ。一撃でも受けようものなら、即座にスクラップだ。
しかし、ボルフォッグにとって幸いしたのは、荷電粒子を加速させてからビームを撃ち出すまで数秒の時間を要すること。
ボルフォッグは、それを見切っていた。
「4000マグナム!」
右腕に装備されたバルカン砲が火を噴く。しかしラミエルは、すかさずA.T.フィールドを展開して防御した。
ボルフォッグのセンサーアイがデータを採り溢すことなく集めていると、三度、ラミエルの円周部が光った。
「超! 分身殺法!!」
全身にミラーコーティングを施したビッグボルフォッグは、凄まじいまでの超スピードを実現させ、光と化した。その光は三体に分かれると、ラミエルの加粒子砲を難なく躱し、それぞれが攻撃を仕掛けていく。
「シルバームーンッ!!」
銀色の三日月を思わせるボルフォッグのブーメラン攻撃がラミエルを襲う。だが、これもA.T.フィールドに防がれる。
「では、これはどうです! ダブル・ブーメランッ!!」
二つの月光が煌めく。が、これすらA.T.フィールドは通さない。
ラミエルは攻撃を行おうと粒子の加速を開始するが、間髪入れずにガンロボットが攻撃を加え、攻めの手を緩めない。ラミエルはA.T.フィールドを張り続けるしかなかった。
「(攻撃と防御は同時に行えないということですか)」
様々な角度からデータを集めていく。
「シルバー・クロスッ!!」
ボルフォッグは二つのブーメランを合わせた。ブーメランの最大威力を誇る攻撃である。
「はあぁぁぁぁっ!!」
十字の輝きがラミエルに迫る。だが、これも効かなかった。
再び、三つの光は一つに集まり、紫の勇者が現れる。
「ならば、我が最大奥義! 必殺! 大回転大魔断ッ!!」
全身にミラーコーティングを纏った鋼鉄の独楽の体当たりがラミエルのフィールドにぶつかる。
ガキキキキキキキキキキキッ!!金属同士が削り合うような耳障りな音と共に火花が飛び散る。しかし、これはビッグボルフォッグの機体が一方的に削られていくだけであった。A.T.フィールドは微動だにしない。
一方のラミエルだが、こちらもビッグボルフォッグの凄まじい攻撃を前に、防御するだけが手一杯だった。特に、最後の回転攻撃は、A.T.フィールドの出力を全開にして防がなければならない程だった。
いい加減に鬱陶しくなってきたラミエルは、一気に排除してしまおうと勝負に出た。
ブウゥゥゥゥゥゥゥン………クリスタル円周部に光が走る。
「ん? 先程より粒子加速の時間が長い………。 来ますね、本気の一撃が」
それを察知したビッグボルフォッグが構えた瞬間、それは来た。
ビカッッ!!!それまでの加粒子砲がオモチャの鉄砲に思えるほどの攻撃。
光の奔流がビッグボルフォッグを襲う。
「くっ!」
来ることが判っていた為、何とか躱すことができたが、後方にあった兵装ビルの幾つかが流れ弾で融解し、爆発した。
その時、「何てコトすんのよ!!」とNERVの作戦課長が馬鹿デカイ声で叫んでいたが、ビッグボルフォッグは知る由もなかった。
「なるほど………このA.T.フィールドの強度、そして攻撃スピードと威力………。 やはり、シン隊員が以前戦ったラミエルとは違うということですね………」
ビッグボルフォッグのメモリーには、シンが前の世界で戦った全ての使徒のデータが入力されていた。それと今回のデータを比較したのである。
「データ収集完了。 撤退します…………ホログラフィックカモフラージュ!」
光学迷彩を起動させ、忍者は姿を消した。
ラミエルのシールドは、最初から何事もなかったかのように動き続けていた。
「いいデータが採れたわ。 マヤ、どう?」
「比較……出ました! 加粒子砲の威力は、作戦部が採取したデータより40%以上の出力UPが認められます。 A.T.フィールドも同様です」
「ほら見なさい。 マヤ、そのデータに加粒子砲の射程を20kmと仮定して入力。 ミサトの作戦案の成功率を出して」
「…………0%です」
MAGIは全会一致で失敗を示していた。
この結果に、ミサト以下 戦術作戦部の部員たちは呆然と固まっていた。
「何をしてるの!? せっかくデータが揃ったのよ! さっさと作戦を練り直しなさい! ミサト、時間がないのよ! 一秒だって無駄にはできないんだから………早く行きなさいっ!!」
「「「「「は、はい!!」」」」」
リツコの怒声に我に返った作戦部一同は、駆け足で仕事に戻った。
それを心配そうに見詰めるマヤ。
「………大丈夫でしょうか?」
「やってもらわないと困るわ。 でも
――――― 」
「え?」
「GGGが何とかしてくれる。 そう思う自分がいるのも確かなのよ………」
「先輩………」
マヤにはリツコを非難することができなかった。何故なら、彼女も同じ思いだったからだ。
パチ~ン、と静寂に包まれた広すぎる部屋に将棋の駒を打つ音が響いた。
NERV副司令 冬月コウゾウは、総司令室で一人、指南本を片手に詰め将棋を打っていた。彼の数少ない趣味の一つである。
部屋の主である六分儀ゲンドウは、それを咎めることなく、いつものポーズで席に座っていた。
おもむろに冬月が口を開く。
「シナリオにない事態ばかり続くな」
「問題ない。 修正可能な範囲だ」
「GGGもか?」
「奴らが使徒を倒すのなら、それに越したことはない。 我々は力を溜め込むだけだ。 補完計画に向けてな」
「GGGの本拠地、そして初号機コアの行方も判らずにか?」
「諜報部が全力で洗っている。 それに奴も加わった」
「加持リョウジか………。 三足草鞋だぞ、信用できるかね?」
既にバレバレの加持リョウジ。
「問題ない。 当たり障りのない情報で馬車馬のように働く」
「それにしても、えらく早いお帰りだな。 下半期予算を決める大事な会議だ。 そんなに短い訳なかろう?」
「……………」
いきなり話題が変わる。
冬月の問いにゲンドウは答えない。いや、答えられないのだ。
碇の籍を抜かれ、旧姓である六分儀に戻ったことを散々からかわれたばかりか、数々の失態を追求された。通常予算は何とかなったものの、追加予算の確保に失敗したなどとは言えるものではなかった。
後日、予算の件で冬月から「どういうことだ!!」と問い詰められたのはお約束。
予算の件も然ることながら、国際会議の場でNERVの失態を追求できたのは、偏に国連事務総長ショウ・グランハムを始めとする反SEELE派と、ここ一年、凄まじい勢いで経済界のTOPに躍り出た碇財閥の裏工作が実を結んだ為である。
徐々にNERVも、そしてSEELEも、その組織力を削られていった。
RRRRRRRRRR! RRRRRRRRRR! RRRRRR……………電話が鳴った。
ゲンドウが取るだろうと思っていたが、いつまでも鳴り続けるので、冬月は将棋の指南本を置き、何もしない髭の代わりに受話器を取った。
「総司令官公務室だ」
〔え? 副司令ですか?〕
「伊吹君かね?」
〔は、はい!〕
マヤは、まさか冬月が出るとは思わなかったので慌ててしまった。
「どうしたね?」
マヤが何も言わない為、こちらから訊ねる。
〔え? あ、ああ……失礼しました。 あの……GGGから通信です。 使徒戦について作戦提案があると………〕
会話はスピーカーでも流れていたので、本来この連絡を受けるはずの人物にも聞こえているはずだ。
冬月がゲンドウを見ると、掛けている色眼鏡が キラッ と光ったように見えた。
「(また、何か企んだようだな)」
長い付き合いだ。冬月は、すぐに気付いた。
冬月は「判った」とマヤに伝え、ゲンドウと共に発令所に向かった。
使徒のドリル・シールドがジオフロントに到達するまで、あと8時間42分16秒。
第弐拾壱話へ続く