「総員、第一種戦闘配置!」
国際会議出席の為に不在の総司令 六分儀ゲンドウに代わり、副司令である冬月コウゾウが指揮を執ることになった。
発令と同時に第3新東京市は戦闘形態に移行し、将来の首都の姿から使徒迎撃要塞都市の姿に変わっていく。
〔中央ブロック、収容開始!〕
サイレンが響き、都市中央部のビル群が地下に沈み込む。沈下したビルはロックボルトで固定され、地下に広がるジオフロントの天井部に収容された。
〔収容完了!〕
〔各種兵装ビル、起動!〕
まだ不完全な設備ながらも兵装ビルにミサイルや砲弾が装填され、要塞都市の戦闘態勢は整った。
NERV発令所の主モニターには、超低空で飛行しながら第3新東京市に接近する使徒の姿が映っていた。
赤紫色の巨大な体躯。硬質的なのに、油虫(ゴキブリ)のようなヌメッとして油っぽい感じがする。胸部? には、数週間前に襲来した使徒と同じく赤い球体があり、その下部には甲殻類
――――― 海老や蟹の足を思わせるものが四対、八本確認された。さらに背面部には、擬態のつもりなのだろうか、大きな目玉のような模様が見える。
前回の人型であった使徒と比べ、あまりにかけ離れた、異様な姿であった。
「司令の居ぬ間に、第4の使徒襲来………意外と早かったわね」
このイカの化け物………と呟きながら、ミサトはモニターを睨む。
「前は十五年のブランク。 今回はたったの三週間ですからね」
作戦部オペレーターの日向マコト二尉が応える。
「こっちの都合はお構いなしか………女性に嫌われるタイプね」
ミサトの冗談に日向は「そうですね」と同意しそうになるが、彼女の険しい表情を見て、慌てて口を噤んだ。
ダダダダダダダダダダダダダダダッ!!接近する使徒に対して山腹に造られたミサイル陣地、そしてロープウェイに擬装された対空砲が激しく火を吹く。
その中を悠然と進む使徒。なんらダメージを与えていない。
「税金の無駄遣いだな」
ミサイル一発幾らするかは判らないが、まったく効いていないこれらの攻撃で、一秒間に何千万円単位の金が消費されていく。
冬月の呟きは当然のものだった。
第334地下避難所。住民の他にも、第壱中の生徒は全員、ここに避難していた。
何度も訓練をしている為か、皆の表情は明るい。おしゃべりをする女生徒たち、カードゲームに興ずる者たちなど、様々である。
そんな中、眼鏡の少年・相田ケンスケは、何が見えるのだろうか、ビデオカメラを覗いていた。
「ああ! まただ!」
「なんや? また文字だけなんか?」
トウジが覗いたケンスケのTVチューナー内蔵ビデオカメラには、非常事態宣言発令の為の情報規制案内が映っていた。
「報道管制ってやつだよ。 一般人には見せてくれないんだ。 こんなビッグなイベントなのに
―――――― なあ、トウジ?」
「ん……なんや?」
「ちょっと………」
トウジはケンスケの意図を察し、二人になれる場所に移動しようとする。
「委員長」
「なに?」
「ワシら二人、便所や」
「もう、ちゃんと済ませときなさいよ」
眉間にシワを寄せ、不快感を示しながらも了承するヒカリ。
「すまんなぁ~、イインチョ」
ヒカリに向かって手をヒラヒラと振りながら、二人は避難所を出て行く。
そして、その二人を静かに見詰める少年が一人………。
「やっぱり動いたか………洞木さん」
「ん……なに? 綾波くん?」
「僕もトイレ」
「もう! すぐ帰ってきてよね」
「りょ~かい」
トウジと同じように、おどけて手を振りながら避難所を出たシンは
――――― 「さて、急いで出口に先回りしないと……スキル=レリエル」
虚数空間の海を渡り、シェルターの出口に急いだ。
NERV本部施設、ケイジ内
――――― 使徒殲滅の為の人型決戦兵器・人造人間エヴァンゲリオン、その零号機の出撃準備は既に整っていた。先の起動実験中の暴走事故から、まだ二十日あまり。システム調整は終わったものの、機体の改修は間に合わず、黄色のボディのままである。
エントリープラグの中で、レイは白いプラグスーツに身を包まれ、発令所からの発進命令を待っていた。
その表情に恐れはない。家族を、大切な人たちを守るという強い決意が表れていた。
兄や母は、使徒との戦闘はGGGに任せろと言ってくれる。レイ自身、GGGのことはよく知っているし、信じていない訳ではない。
しかし、自分の手で
――――― 自分の力で
――――― 自分の意思で愛する人たちを守るという想い(こころ)は、誰にも覆せるものではなかった。
そして、それこそ、自分に心と家族をくれたシンに対する、レイの想いの強さであった。
レイがL.C.Lの満たされたプラグ内で目を瞑って集中していると、発令所から通信が入った。
「レイ、準備はいい?」
ミサトの問いに頷くレイ。
「よし! 発進準備!」
ミサトは内心、嬉々としていた。やっと自分の指揮で使徒を倒せる。復讐を果たせると………。
そんなミサトの思いに気付くことなく、ケイジでは零号機の発進準備が進む。
〔エヴァ零号機、射出口へ移動!〕
〔3番ゲート、スタンバイOK!〕
〔進路クリア、オールグリーン!〕
「発進準備、完了!」
「了解!………あっ!」
発進! と言おうとして、ミサトはあることに気付いた。
「日向君、GGGの動きは?」
日向も ハッ……! と気付き、コンソールを操作して使徒以外の飛行物体の反応を探す。
「反応
――――― ありません!!」
日向の報告に満足して頷くミサト。
「(誰にも邪魔はさせないわ)」
サキエル戦で何もできなかった所為か、ミサトの闇は深まっていた。レイを見る目も歪んでいる。
「エヴァ零号機、発進!!」
ミサトの号令を合図に、零号機が地上に射出された。
エヴァンゲリオンと使徒の最初の戦いが始まる。
トウジとケンスケはトイレを済ませ、連れ立ってシェルターの出口へ向かっていた。
「よし! ここを曲がれば出口に続く階段だ」
ケンスケは、NERV職員である父親のコンピューターから避難シェルターの構造図を手に入れていた為、一度も道順を間違わず、出口に向かうことができた。
「なあ、ケンスケ。 ほんまに行くんか?」
「何だよ、トウジ………ここまできて怖気づいたのか? 男だろ? 覚悟を決めろよ」
「…………しゃあないな」
トウジは説得を諦めて覚悟を決めると、ケンスケと共に角を曲がった。
すると、出口に向かう登り階段の前に人影を見た。
「誰や? おい、ケンスケ。 誰かおるで」
「え?」
ケンスケは途端に不安になる。もしNERVの人間に見つかりでもしたら、叱られる程度では済まないかもしれない。
人影は スッ…… と前に出ると、非常灯の光に顔を晒した。
「あ、綾波?」
「綾波か?」
ケンスケとトウジは、いる筈のない人物の登場に心底驚いた。誰にもバレていないと思っていたのだ。
「鈴原君、相田君………悪いけど、君たちをここから先に行かせる訳にはいかない」
シンはとても静かに
――――― それでいて透き通るような声で、トウジとケンスケの前に立ち塞がった。
発令所ではミサトが唸っていた。こちらの
――――― エヴァ零号機の攻撃が効かないのである。
使徒のA.T.フィールドを中和してのパレットガンでの銃撃。それは有効な作戦のはずだった。
しかし実際は、A.T.フィールドを中和しても使徒本体の防御力がパレットガンの威力を上回っており、劣化ウランの銃弾は脆くも砕け、粉塵となって使徒の姿を隠した。
「馬鹿! 爆煙で敵が見えない!」
指揮官としては相応しくないミサトの一言。作戦通りに行動したのに怒られるのでは、生命を懸けて前線で戦う者の士気も下がるだけだ。
それに気付かない
――――― いや、知らない彼女は、戦闘指揮の経験が圧倒的に不足していた。
それでも彼女を作戦指揮官にしたのは総司令の六分儀ゲンドウである。
自分の進める計画に邪魔にならない程度で、無能ではないが有能でもない人間。そして、セカンドインパクトの目撃者で、使徒に対して異常とも言える復讐心。
それらの条件が奇跡的に合わさった彼女の存在は、ゲンドウにとって非常に都合がよかった。
だからこそ、様々な失敗や職場放棄を繰り返す彼女が、国連直属の特務機関であるNERVで作戦課長をしていられるのだ。
粉塵の煙で使徒が見えなくなった為、レイは距離を取ろうと銃を構えたまま後退する。
「レイ! 何で退がるの! その場で待機よ!!」
レイはミサトの指示を無視する。作戦拒否権のことは知っているが、それ以上に『前の世界』の経験からだ。
『以前』の第4使徒戦後、訓練プログラムにより見せられた戦闘データでは、この後、光の鞭での攻撃が煙の中から来ていた。それを彼女は思い出したのだ。
「レイ! 命令を
――――― 」
聞きなさい!! と言おうとした時、事態が動いた。
煙の中から光の帯が走ったかと思うと、その光に触れた兵装ビルが、鋭利な刃物に切断されたかのように斬り裂かれ、崩れ落ちた。
使徒の両腕と思われる部分からは、光の触手のようなものが出ていた。それを振るい、鞭のように撓らせ、使徒はエヴァ零号機に襲い掛かる。
「レイ! 逃げて!!」
とても指揮とは思えない指示が飛ぶ。
「あの光の鞭の先端は音速を超えてるわ。 レイには無理よ!」
リツコが冷静に使徒の攻撃を分析し、レイをフォローする。が、すぐさまミサトの反論がくる。
「何でよ!? シンクロ率70%でしょ!?」
「だからと言って、レイ自身が強くなってる訳じゃないのよ! あくまでレイ個人の強さがベースなの!!」
ちっ! と僅かに舌打ちしたミサトをリツコは見逃さなかった。顔を顰め、不快感を露にする。
くだらない言い合いしている間にも使徒の攻撃は続いている。レイは必死で避けるが、音速を超えた鞭が起こす衝撃波だけで吹き飛ばされてしまう。
〔きゃあぁぁぁぁぁっ!!〕
レイの悲鳴が発令所に響く。
「葛城さん! 指示を!」
レイの危機に我慢できなくなったか、日向がミサトに指示を求める。
「え? あ? えと、え~と………」
どもるばかりで何もできないミサト。とっさのことに対応することができない。それも彼女の才能の一つ。
モニターには、倒れた零号機の左足首に光の鞭を巻きつけている使徒が映っていた。
「何をする気なの?」
リツコ達は見ていることしかできない。
使徒は零号機を持ち上げると、鞭を振るって投げ飛ばした。
「ああああああっ!!」
ズズゥン!!第3新東京市郊外の山腹まで飛ばされる零号機。その際、鞭が巻きつけられていた左足首が切断され、そのフィードバックによる痛みと山に叩きつけられた衝撃で、レイは気を失ってしまった。
たった一人の戦力が気絶した為、NERV発令所はパニックに陥るが、そんなことはお構いなしに、使徒は再び零号機に襲い掛かろうと近付いてくる。
その時、発令所のオペレーター青葉二尉がある反応を捉えた。
「使徒に対し向かってくる高熱源反応を確認!」
「何ですって!?」
「主モニターに出します!」
青葉がコンソールを操作するとモニターに、赤く光り輝き高速で回転しながら使徒に向かって飛んでくる物体が映った。
「あれは………」
ミサトを含めた全員に覚えがあった。あれは、あのロボットの
――――― 使徒もそれに気付いたのか、零号機から視線を移し、A.T.フィールドを展開する。が、それはフィールドを難なく突き破るとシャムシエルを吹き飛ばし、零号機から引き離した。
そして、その使徒と零号機の間に一体の巨人が舞い降りた。緑色に輝く翼を展開し、オレンジ色の髪を靡かせる その黒いロボットは
――――― 勇者王 ジェネシック=ガオガイガー「また………あのロボット!!」
ミサトが殺意の篭った瞳でモニターを睨みつけた。
第拾捌話へ続く