時は戻り、再び 第壱中学校 2年A組の教室。
転校の挨拶も終り、シンは担任から席を指定される。そこに向かいながら彼は、ある少年の姿を探した。前の世界において、自分の不甲斐無さの所為で片足を失った親友のことを。
「(………いない!? どうしたんだ?)」
以前 転校してきた時も、彼はいなかった。あの時は、サキエルと初号機の戦いに巻き込まれて怪我をした妹の看病の為に、数日の間、学校を休んでいた。
だが今回は、無事に助け出したとガイ達から報告を受けている。彼がいない理由はない。
「(誰かに聞いてみようか………いや、いきなり聞いたら不自然だよな)」
そう思いながら、シンは席に着く。すると
――――― 「綾波君」
隣の席から声を掛けられた。おさげ髪で、そばかすがチャームポイントの女の子から。
「私、洞木ヒカリ。 このクラスの委員長をしてるの。 何か困ったことがあったら相談して」
「ありがとう。 改めて……綾波シン。 よろしくね」
そう言ってシンは右手を差し出す。
「こちらこそ」
ヒカリは、差し出された右手を優しく握り返した。その途端
――――― 「「「「あ~~~っ! ヒカリ、ズルい~~~!!」」」」
シンとヒカリの握手を見た他の女生徒から非難が上がり、二人は数人の女子に取り囲まれた。ちなみに、既に朝のHRは終わり、担任の先生は一時間目の授業の準備で職員室に帰っている。
「な…なに?」
シンは戸惑いながら、周りを見る。
「あたし、佐藤イツキ。 よろしくね」
「雪島エリよ。 よろしく」
「わたし、夏目ショウコ………」
少女たちが次々と挨拶し、握手していく。
「う、うん」
シンはそう返すのが精一杯だった。
無理もない。
彼は前の世界でも、同年代の女の子とあまり話したことはなかった。つまり、免疫がないのだ。
次第に顔が赤く染まっていくシン。
「綾波君、顔真っ赤よ?」
「もしかして、照れてる?」
「「「「かわい~~!」」」」
黄色い声が教室に響く。
更に赤くなるシン。
それを見て心がざわめくレイ。
「(……なに……この気持ち……お兄ちゃんを見てると……なんか…イヤ……)」
変わり始めたばかりのレイでは、この気持ちの正体は判らない。
そんな中
――――― ドタドタドタドタドタドタドタ………!!雰囲気をぶち壊すような音が、何処からか近付いてきた。
足音だろうか?
その音は、この教室の前で止まった。
ガラッ!!「ハァハァ……遅れて…ハァハァ……すまんです!」
ドアが開き、汗だくの男子生徒が教室に入ってきた。短髪でジャージ姿、そして関西弁の少年は、シンが探していた少年でもあった。
彼が入ってきた瞬間、教室は しん…… と静まるが、すぐいつもの喧騒を取り戻した。
「よう、トウジ! 今日は遅かったな」
汗まみれのジャージ少年・鈴原トウジに話し掛けたのは、親友である眼鏡少年・相田ケンスケだ。
「何や? もうセンセおらんのか?」
「HRはとっくに終わったよ」
遅刻に対して多少の小言を覚悟していたトウジだったが、既に担任は職員室に帰った後。せっかくの気構えに肩透かしを喰らった気分だ。
「はあ~………急いで損したわ」
嘆息した彼が席に着こうとすると、
きゃ~~っ!!教室の一角で歓声が上がった。
トウジは、何事かと其処
――――― 数人の女子が集まっている場所に目を向ける。
「なんや? えろう騒がしいのぅ」
「転校生だよ、転校生」
「転校生?」
もう一度見る。女子の一団の隙間から、女顔で、なよっとした優男の顔が見えた。
「あいつか………」
「綾波の双子の兄貴だってよ」
「あいつに兄貴がおったんか?」
「今まで離れて暮らしたんだってさ」
「ほ~ん………」
ま、何でもええわ と、すぐに興味を失くしたトウジは、少し乱暴に机へ荷物を置き、席に着いた。
トウジが教室に入ってきたのは声で判った。あの特徴的な関西弁は彼の個性の一つ。決して忘れることはない。
「(トウジ! ……遅刻しただけか……よかった)」
ほっと胸を撫で下ろすシン。
そんな彼の様子に気付いたのは、ずっと見ていたレイだけだった。
「(よかったね、お兄ちゃん)」
前の世界でも、シンはトウジの事をずっと気にしていて、第13使徒戦以降、それは、自分一人では抱えきれない程の重荷へとなっていた。彼が心を閉ざすようになった原因の一つだ。
しかし、これで彼が『フォースチルドレン』としてエヴァンゲリオンに乗ることはないだろう。その要因たる『妹の怪我』が、この世界では取り除かれているのだから。
そうはいっても、ここが『平行宇宙』で、様々なイレギュラーの可能性がある限り、まだどうなるかは判らない。だが、シンの肩の荷は確実に一つ減った。レイはそれが嬉しかった。
シンはトウジやケンスケに話し掛けようとするが、どうにもタイミングが取り辛く、今日は何も話せないまま終わってしまった。
放課後
一緒に帰ろう
街を案内してあげる
という女子の誘いをどうにか断り、シンはレイと一緒に家路へとついた。
あまり会話はなかったが、久しぶりにレイと一緒に下校できたことは、シンにはとても嬉しいことで、それはレイも同じだった。
碇家が第3新東京市に用意した綾波親子の家は、コンフォート24というマンションの最上階、フロア全部であった。各部屋の壁をブチ抜いて繋げた為、馬鹿に広い部屋ができてしまった。
イヤな予感がしながらも玄関を開けたマイが最初にしたことは、ソウイチロウへの文句の電話だった。
「なに考えてるの!? 広すぎるわよ!!」
というマイの言葉に、返ってきたのは「儂が遊びに行った時、部屋が無かったらどうする?」という訳の判らない理屈だった。
何度か大声での応酬があったが、「まあ、狭いよりはいいか」とマイは半ば諦め気味に受け入れた。
その後、新しくできた孫
――――― レイに電話を代われと しつこいくらい煩いソウイチロウと、代わった後、同じ人間か? と思うくらいデレデレした声でレイと話すソウイチロウとのギャップに辟易した母の姿を見て、思わずシンが苦笑するという光景が、綾波家の新居に見られた。
ちなみにコンフォート24は、シンたちが通う第壱中学校から徒歩15分、NERV本部に通じる緊急通路までは2分のところにある。レイがチルドレンを続けるというので住所を教えたが、その5分後にはNERV保安諜報部が盗聴器を仕掛けに来た。しかし、綾波家の下の階には碇家のガードとGGG諜報部が万全の体制で控えていた為、NERV保安諜報部はマンションの敷地内にすら入ることができず、全て撃退されていた。
「ただいま~」
「………ただいま」
「あら、お帰りなさい」
シンとレイが帰ると、エプロン姿のマイが出迎えた。
「あれ? 母さん、オービットベースに行ったんじゃ………」
「今日は簡単な仕事だけだったから、早く終わったの」
「そうなんだ」
マイは、GGG研究部でライガの片腕として副主任の役に就いていた。『東方の三賢者』の一人としての知識と見識はGGGでも十分通用し、既に幾つかの成果を挙げていた。
「早く着替えてらっしゃい。 おやつ買ってきたから」
「うん、判った」
「……はい……」
シンとレイはそれぞれの部屋に。そして、ラフな部屋着に着替えると、紅茶のいい匂いがするリビングに戻った。
場所は変わって地球衛星軌道上
――――― GGGオービットベース。
大河コウタロウはディビジョン艦隊の内の一隻、極輝覚醒複胴艦ヒルメのメンテナンス・ハンガーへ来ていた。未だ目覚めない勇者ロボたちの状況を知る為である。
「Dr.ライガ」
「おお、長官。 どうしたね?」
「彼らはまだ目覚めないか」
大河は、メンテナンス・ベッドで眠っている勇者たちに視線を移す。
「機体の修理はパーフェクトに終わっとる。 後はAI部分の自己修復を待つのみじゃな」
三重連太陽系での戦いは、GGGに勝利を齎したものの、その代償は大きかった。
機体は元より、超AIにも深刻なダメージを受けた勇者たち。
あの戦いから一年以上経つというのに、目覚めたのはゴルディーマーグとボルフォッグの二体だけであった。
「シン君の力も機械の修理には向かないらしいな」
「スキル=イロウルの能力は、電子機器の支配と制御。 超AIも電子機器の一つとはいえ、眠っているものを無理やり起こした場合、どんな不具合が生じるか判らんからのう。 こればかりは手の出しようがないんじゃ」
「人間で言えば『頭脳』に相当する部分だからな。 弄るわけにはいかんか」
「一番酷いのは光竜と闇竜じゃ。 『内蔵弾丸X』を使った後遺症が予想以上に酷いわい」
弾丸Xは、Gストーンエネルギーの増幅器として開発された特殊ツールである。しかし、増幅したエネルギーを限界以上に引き出す為、一歩間違えば、そのままGストーンが機能停止する諸刃の剣。
だが、この鋼鉄の姉妹は、遊星主との戦いで、それを躊躇うことなく使った。
「次の使徒が現れるまで、まだ少し時間があるが………」
「それまでに目覚めてくれるのを祈るのみじゃな」
未だ目覚めぬ勇者は七人。
氷竜
炎竜
風龍
雷龍
光竜
闇竜
そして、マイク・サウンダース・13世。
今はただ、その力を蓄え眠るだけ………。
綾波邸
夕食が終り、レイは風呂へ。シンはリビングのソファーでまどろんでいた。
マイは洗い物をしながら、シンに呼び掛ける。
「ねえ、シン?」
「ん? なに?」
「後で書斎に来てくれる? 話があるの」
「うん、判った」
別に今でもよかったが、マイの洗い物が終わるまで待った。
はっきり言って、シンは暇だった。
前の世界では、家事はシンの仕事だった。炊事、洗濯、掃除、その全部が。
家族三人で暮らし始めた最初の日、いつもの癖で夕飯の準備に取り掛かろうとしたシンに、マイが「それは母さんの仕事よ」と言って台所に立たせなかった。
マイにしてみたら子供に余計な負担を掛けまいとした親心なのだが、シンは少し寂しい思いをしたのも事実だった。
しかし、シンはマイの気持ちもよく判っているので、それを表に出すことなく、マイが忙しいときや疲れているときは手伝うことにした。
シンが思いに耽っていると、いつの間にかマイは洗い物を終え、書斎に行っていた。
声ぐらい掛けてくれたって………と思いながら、シンも書斎に向かう。
コンコン「はい」
「入るよ、母さん」
マイは、書斎の中央にある大きな机で仕事をしていた。大会社の社長室にあるような重厚なやつだ。もちろんソウイチロウの趣味である。
「ごめんね、シン。 疲れてるのに」
「かまわないよ。 で、なに?」
「コレのこと」
マイは書類の束を机に置く。
「ああ………。 どうなの? できる?」
「設計に問題は無いわ。 ライガ博士もそう仰って下さった。 でも
――――― 」
「ん?」
「本当に必要なの?」
「うん。 ガイさん達だけに戦わせておくわけにはいかないし、この後、何が起こるか判らない。 戦力はあるに越したことはないんだ」
「それは判るけど………」
「あの【計画】にも絶対に必要なものだしね」
「人が人として生きる為に?」
「その為の僕の能力(ちから)………そして【NEON-GENESIS】と【皇帝計画】さ」
シンは机に両肘を立て、両手を口の辺りで組んだ。あのポーズだ。
「何それ?」
「髭の真似」
「やめなさい。 似合わないから」
コンコン話が一段落したのを見計らったかのように、書斎のドアがノックされた。
「はい?」
「………お母さん」
ホクホクとよく温まり、頬を上気させたパジャマ姿のレイが、ドアから身体を半分出して書斎の中を覗く。少しだぶだぶな恰好が可愛いらしい。
「レイ? どうしたの?」
「……お兄ちゃん……いる?」
「ここだよ。 どうしたの?」
「お風呂……空いたから……」
「判った。 ありがとう」
「シン、先に入りなさい。 私は最後でいいから」
「うん、そうする」
そう言ってシンとレイは書斎を出た。
シンは着替えを持って風呂へ向かう。その途中、レイは兄のシャツの袖を掴んでその歩みを止めた。
「ん?」
「………お兄ちゃん」
「なに?」
「今日……一緒に寝ていい?」
「へ?」
「ダメ?」
「え? あ? いや……ダメじゃないけど………」
「じゃあ、いい?」
瞳を潤わせ、上目遣いでシンを見るレイ。
「いや……その……あう……」
「(うう、かわいい……それにいい匂いが……って、なに考えてんだ)」
シンの心の中では、『理性』という名の天使と『欲望』という名の悪魔が、ガオガイガー真っ青の戦いを繰り広げていた。
「そういうことなら三人で寝ましょ」
いつの間にか後ろにいたマイ。
「母さん?」
何を言うんだ、この人は?
「三人?」
「私とシンとレイ。 川の字で寝るのよ」
「川?」
川という字は判るが、それで寝るということが判らないレイ。
「そう、川。 と、いうわけで………シン、いいわね?」
「どういうわけだよ」
「ほらほら、さっさとお風呂入ってきなさい。 レイ、リビングにお布団敷くから手伝って」
「はい」
「僕の意見は無視ですか?」
笑顔で客間から布団を出してくる母と妹を見ながら、シンは祖父の言葉を思い出していた。
シンジ、碇家の女は強いのだ。 油断するでないぞ。シンは妙に納得してしまい、溜息をつきながら風呂へ向かった。
でも―――――シンは思う。
穏やかな………本当に穏やかな家族の光景。 日常の一コマ。
これこそ、幼い頃から僕が願い、望んでいた温もり。
一度は手に入れかけた………でも壊れた。 壊してしまった。
あんな思いは、もう嫌だ! 二度と! 絶対に!
だから、護り抜く! 全身全霊を懸けて!!
……………………ねえ、アスカ
僕は
君にも
この温もりを伝えたい………第拾陸話へ続く