綾波レイが第3新東京市中学校に入学した事により、彼女の監視のためにNERV内部の人間を担任の教師として派遣する事になった。
「で、結局誰にするわけ」
先月、本部に転勤してきたばかりの葛城ミサトが技術部の何でも屋である赤木リツコに尋ねる。
「まず、頭に浮かんだのは何かと面倒見のいいマヤだけど、彼女がいないと私が困るから却下」
「まぁ、それはそうでしょうね」
これにはミサトも同意する。伊吹マヤは教育者としても間違いなく優秀な人物であると思われるが、今やそれ以上にNERV本部のコンピューター屋としてNO2の実力を持っている貴重な人材なのだ。
「となると、日向、青葉の両名も却下ね」
彼らも情報技術のエキスパートとして重要な人材だ。他の仕事をさせているような余裕はない。
「……ま、まさか私だったりするわけ」
「正直それ真剣に考えたわ。でも、どう考えたって堕落した生活を送ってズボラなあなたに教師をする資格はない」
「むっ、どういう意味よそれ」
「あんたのあの素晴らしい自室をみれば、誰でもわかる事よ。大学時代に加持君が『こんなの女の部屋……いや、人間の住む部屋じゃない』って私に泣きついてきたほどなのよ」
やれやれとリツコは溜息まじりに口にする。
「あっ、あっはははは」
リツコの的確な指摘にもう笑ってごまかすしかないミサト。
「じゃ、私とあんまり面識のない人になるわけ。まさか司令や副司令って事はないでしょうし」
「当然でしょ。って言うか、副司令は大学教授の出身だからともかく、し、司令が教育者だったら……人類が滅ぶわね」
冗談半分ではあるが青ざめた表情で応えるリツコ。ミサトもうんうんと賛同する。
「第3新東京市の2-Aの担任として派遣されるのは、九条竜(くじょう・りゅう)3尉に決定したわ。彼は今年NERV本部に直接採用された新人で元々はオペレーター候補として勤務するはずだったんだけど、彼の希望により基本的には教師としての仕事に専念する事になったわ」
「ふぅん、聞いたことのない奴ね」
「実はファーストチルドレン綾波レイのクラスの教師採用については、希望者をNERV本部で募集したの。1次試験としてセンター試験並の筆記テストをして、2次試験で私が監督官として面接をして採用を決定したってわけ」
「ふ~ん、なんか受験みたいね。それにリツコが監督官ねぇ~」
「彼の1次試験の成績はさんざんだったわね。せいぜい並の高校生レベルと言ったところよ」
「じゃあ、なんで採用したのよ?」
「そうね、どう言うべきかしらね……彼には壮絶な決心みたいなものを感じたのよ。目のぎらつきと、あの言葉の熱さは普通じゃなかったわ」
「たかが学校の先生で? セカンドインパクトの影響で貧乏になって明日の生活もできないような状態ならともかく、採用に落ちたって本部では普通に働けるわけでしょ?」
「そうなんだけどね……。でも彼をあの姿を見ていると、とてもそんな状況には思えなかったわ」
「ふ~ん、まぁいいけどさ」
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今日から、九条竜は第3新東京市中学校の新任教師として勤務する事になった。本来、2-Aの担任になるはずだった根府川先生から書類等の引継ぎを受ける。
「いや~、お若い先生ですな」
「はい、頼りにならない新米ですがよろしくお願いします根府川先生」
「あれ、私の名前をもうご存知で」
「はい、既に知り合いから伺っております」
引継ぎの作業はそれほど時間が関わらずに終わり、その後は雑談に入る2人。根府川先生は例によってセカンドインパクトの話を熱心に語っている。
(先生のセカンドインパクトの退屈な話も懐かしいよな、ホント)
長い雑談が終わると、九条竜は2-Aの教室に入っていった。
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「起立、礼、着席」
委員長である洞木ヒカリの恒例の挨拶により、今日も1日の授業が始まる。
「新任の九条竜です。みんな、これからよろしく。さて、綾波レイ」
「はい」
「社会教師としてさっそくだが問題だ。セカンドインパクトの発生原因とその背景、その後の政治背景について自分の言葉で的確に述べよ」
……いきなり、この先生は何を言い出すんだと困惑する生徒達。そんな彼らにはまったくの無関心で、レイは与えられた問題について的確な回答を出すことだけに専念する。
「はい、セカンドインパクトは20世紀最後の年、巨大隕石が南極に衝突し、氷の大陸は一瞬にして溶解。水位は20Mも上がりました。この影響により異常気象が世界中を襲いさらに経済恐慌により世界は大混乱に陥ります。この異常事態に日本政府は憲法9条を改正し、戦略自衛隊を組織。国内外で起こった暴動を鎮圧。その後、首都を水中に沈没した旧東京都から長野県松本市に移転し本格的な復興が始まります。また、未知の脅威である使徒の襲来に備え、NERV総司令碇ゲンドウ等の提案により第3新東京市を設立し、現在防御網を固めています」
突然の九条の問題にすらすらと応答するレイ。事前に考えていた回答ならともかく、これだけ長い意見を一瞬も詰まる事無くスムーズに回答できてしまうところはさすがである。
「よくできた。では、ここからは普通の授業に入るよ」
この話はここから始まる。九条竜、これは未来から来たもう一人の碇シンジの物語である。