巻の七十七「長いこと考え込んでいるものが、いつも最善のものを選ぶわけではない」「うーん、どーしたもんかなー」 妖怪の山には、一際高い杉の木がある。 その天辺に座り込み、僕は虚空を見上げながら頭を抱えていた。 ちなみに、座ると言っても高い所にある枝に腰かけているワケでは無い。 文字通り木の一番上に片足を乗せ、しゃがみ込んでいるだけである。 ……これくらいの真似が意外と余裕で出来る様になるのだから、気を使う能力と言うのはそら恐ろしいモノだ。 失敬、ちょっと現実から逃避していました。 どうも僕は、物事を誤魔化すのに肉体的疲労を用いる傾向があるらしい。「まぁ、ぜーんぜん誤魔化せて無いワケですがね」 椛から遠見の役割を任されたと言うのに、全然集中できていない。 どうやら思っていた以上に、僕は先日の早苗ちゃんの一言を引きずっていたようだ。 ―――それに晶君、いつか外の世界に戻ってしまうんでしょう? ショックを受けているのは、恐らく図星を指されたからだ。 考えない様にしていたその事実を、彼女はあっさりと指摘してくれた。 そう、僕はいつか外へと帰らないといけないのである。それも、出来得る限り早急に。 そうしないと僕は―――高校入学一年目にして早々、留年してしまうのだ! ……あ、今なんだくだらねーとか思ったでしょ。 いや、でもこれが結構洒落にならない問題なんですよ。 そもそも高校と言う存在は本来、義務教育の範疇から外れた教育機関だ。 世間の風潮では「通っていて当たり前」みたいに言われているけど、自由選択である以上小・中学より大きな問題が発生する。 無駄に言い方が小難しくなってしまったので、簡単に結論だけ言っておこう。 要するに――高校卒業して大学まで行く気だった僕は、紫ねーさまに頼みこんで結構な進学校に通っていたんですヨ。 頼みこんだと言っても、学費を工面して貰っただけですけどね? せっかく色んな意味で苦労して合格したと言うのに、一年もたたないうちに退学するのはイヤだなぁ。 と言うか、外での僕の扱いはどうなっているんだろうか。やっぱり行方不明者として捜索願いが出されているのかな。 このまま神隠し的な意味でめでたく幻想入り――と言うのは、正直勘弁して欲しい。 「とは言え、じゃあ今すぐ帰るかと聞かれるとそうはいかないワケで……」 いや、帰る手段はすでに分かってるんだけどね? 爺ちゃん倣って、こちらの世界の博麗神社に行けば良いだけだし。 だけど、無責任にハイサヨウナラと出来ない理由が今の僕には多く有り過ぎるのである。 こうしてウダウダしている間に、外の世界で自分の居場所が無くなっていくと考えると怖いモノがあるけど。 フランちゃんの事や他の色々な事を放置して、外に戻るってのはさすがに無いよねー。「結局、半端な現状に甘んじちゃうワケですと」 抱え込んでる問題は慌てて何とかなるモノでも無いから、出来る事をコツコツやっていくのが最善だと分かってはいるんだけど。 やっぱりどうも落ち着かないのだ。座りが悪いと言うか何と言うか――いや、木の上に居る事は関係無くてね。 ……ちなみに、「幻想郷側に永住する」と言う選択肢は今のところ僕には無い。 例えそれが幻想入りの流れとして自然な事だと分かっていても、「外の世界に居場所が無くなったから幻想郷へ」と言う考えはどうしても享受出来ないのである。 憧れの幻想郷を、逃げ場所にするワケにはいかないしね。 「等と、心の中でカッコつけてみたものの。結局モヤモヤするしかない僕でした、まる」「――そんな時こそ新聞作りですよっ! 晶さん!!」「うひゃひゃいっ!?」 ぼーっと考え込んでいると、背後からいきなりそんな元気の良い声がかけられた。 思わずバランスを崩し、そのまま倒れ込みそうになる僕。 それを声の主、文姉が掴んで引っ張り起こした。 「大丈夫ですか? 晶さん」「文姉……次からは場所を考えて脅かしてください」「脅かす事自体は容認するんですね、では無くてですね。――最初から驚かすつもりはありませんよ、晶さんが気付かなかっただけでしょう?」「うぐっ、返す言葉もありません」「そんな状態じゃ、哨戒任務なんてまともに出来やしませんよ。ここらで一発気分転換を図るべきです」「それで……新聞作りなの?」「はい! 天狗の一大ムーブメント、一度は経験してみたいと思いませんか?」 初耳です、文姉。いや、鴉天狗界隈ではそうなのかもしれませんけど、少なくとも椛は興味無かったみたいですよ? もちろん彼女の提案――と言うか心遣い自体はとても嬉しいし、ありがたいんですがね。 新聞作りの経験なんて僕、小学生の頃に作った学級新聞くらいしかありませんよ? ちなみに題材は「学校の七不思議」で、読者の評価は「ありきたり過ぎて逆に新鮮」だった。 ……褒められていたのかどうかは今でも分からないけれど、少なくとも新聞記者としての才能は無かったんだと思われる。「もちろん、トーシローな晶さんに一人で作れと言うほど私も鬼ではありません」「トーシローって幻想郷にも伝わってたんだ……」 「ですから晶さんには、特別に助っ人を呼ぶ事を許可しましょう!」「というか、普通新聞って複数の人間で作らない?」「群れるのは甘えです」 天狗は基本群れるもんでしょうに……。 しかし、ハッキリとそう言い切る文姉の姿は何と言うか男前だった。 こういう所、文姉は幽香さんに似ているよね。言ったら怒られるから言わないけど。「とにかく、晶さんには知り合いがたくさん居るんですから、こういう時こそ頼りまくるべきなんですよ! さぁ、行った行った」「あぶなっ!? ちょ、ちょっと待ってよ文姉。僕にはまだ仕事が……」「上司権限でやらせません。後は私がやりますから、晶さんはとっとと新聞を作ってきてくださいっ!」 不安定な場所にも関わらず、遠慮なくグイグイと押してくる文姉。 飛べる人にとって、高低差なんてモノはあってないようなモノなのでしょうか。いや、僕も飛べるけどね? どっちにしろ、上司権限で暇を出された時点で諦める以外の選択肢は存在しないのである。 いまいち調子も悪い事だし、ここは文姉の言葉に甘えるとしようか。 「それじゃ文姉、言われた通りちょっと行ってきます」「はいはい。……あ、新聞は後でちゃんと提出してくださいねー」 氷の翼を展開し、僕は目的地も決めないまま飛びだした。 ちなみに、どれくらいの規模でどれくらいのモノを書けばいいのかを聞きそびれた事に気付いたのは、新聞を書く直前の話だった。 さて、それにしてもどうしたものだろうか。 ゆっくりと空を飛びながら、僕は早速途方に暮れていた。 助っ人を呼んでも良いと言われたモノの、僕は文姉以外に新聞作りのプロを知らない。 そもそも、新聞記事って何を書けば良いんだろうか? それすら分からない以上、誰にも助けを求められないような気が……。「そんな時こそ、奇跡の巫女たる私の出番ですよ!」「うわぁ!?」 ふわふわ飛んでいた僕の背後から、不意を突く様に話しかけてくる奇跡の巫女。 何だろうかこのデジャブは。ひょっとして、妖怪の山では僕を驚かすのが密かなブームになっているのでせうか? 「い、いきなり何さ、早苗ちゃん」「ふっふっふ、話は聞かせて頂きましたよ、晶君。新聞を作るそうじゃないですか」「……どこで聞いたんデスか? その話」「奇跡の力ですっ!」「え、そういうキャラの方向性で行くの?」 と言うか、奇跡ってそういう範囲でも適用されるもんなんですか? 早苗ちゃんなりに、自分の能力の新しい解釈を見出したのかもしれないけど……。 さすがに守矢の風祝として、その能力の使い方はどうかと思いますヨ? あと、そのノリは文姉の専売特許なので正直オススメ出来ません。「……本当は、お二人が話している時にたまたま通りがかっただけなんですけど。そう言った方が箔がつくかなーって思って」「そういう箔の付け方は、後々悲劇しか生み出さないと思う」 確かにその場で感心はされるかもしれないけど、所詮はハッタリ、本当に出来る様になったワケじゃ無い。 僕も弾幕ごっこの際に、フェイントとしてハッタリっぽいのを良く使うけどさ。 それを、自分のキャラとして使うのはちょっと……。 幻想郷の面々とは長い付き合いになるワケだし、後の遺恨にしかならない嘘は正直止めといた方が良いですヨ? と言うか居るから。そういう「この人なら何をやってもアリ」みたいなキャラ。幻想郷にはアホみたいに居るから。 しかもそちらの方々の場合だと、本当にその場に居ないで話を聞けるから尚タチが悪い。「やっぱりそうですよね。なら、このやり方は止めておく事にします。……ハッタリの内容を考えるのも辛いですから」「早苗ちゃんは、真顔で嘘をつけるタイプじゃないしね」「あっ、でも私の出番だって言葉は本気ですよ? 是非とも晶君の新聞作りに協力させてください!」「……協力か。うーん」「な、何か問題がありますかね?」 早苗ちゃんの提案はありがたいけど、一つ大きな問題がある。 それは――彼女の持つ最大のコネである、守矢神社に関する記事が書けないと言う事だ。 まぁ、アレですヨ。幾ら懇意にしている相手とは言え、いきなり宗教色満載の記事を乗っけるワケにはいかないって事ですよ。 もし早苗ちゃん自身が書くとか言いだしたら、新聞じゃ無くて完全に布教冊子になっちゃうしさ。 「とりあえず、守矢関連の記事を書かないのなら協力をお願いしたいんですが」「守矢のお話はダメですか。――あ、なら、「風祝のお手軽献立紹介」とかどうでしょうか」「ふむ、それは悪く無いかもね」 幻想郷の新聞は、そういう地方紙みたいな内容の方がいいかもしれない。 実際土地だけで見ればかなり狭いし、ピンポイントな記事を書いた方が読者も読みやすいと思う。 そうなると、質より量で攻めた方が良いかもね。「よし! それじゃあ僕の新聞づくりを、早苗ちゃんにも手伝って貰おうか!!」 「お任せください! ……で、最初は何をするんですか?」「ふっふっふ、良い質問だね早苗君」「光栄であります、晶先生!」 さすが親友。あっさりこっちのノリについてきてくれるね。 無意味に自慢げな感じで胸を張る僕に、見よう見まねの敬礼を寄こす早苗ちゃん。 このツーカー的なやり取りは、今までありそうで無かったモノだなぁ。 ――相手が本気か冗談なのかは置いといて。 とにかく、僕はそのまま間違った似非教師口調で話を続けた。 口元には不敵な笑みが浮かんでいたが……ぶっちゃけ、深い意味は無かったりする。「まずは助っ人―――いや、仲間集めですよ、早苗君!」「と言うワケで、やってきました紅魔館!!」「わー、まっかっかですねー」 早苗ちゃんを連れて、僕はやや久しぶりになった紅魔館へとやってきた。 門番をやっているのは、毎度おなじみ紅美鈴……では無く、マイマスター幽香さんだ。 「あらあら、面白い組み合わせね」「お久しぶりです! 花の妖怪さん!!」「どうも、幽香さん。なんかすっかり門番姿が板についてますね」「代わってあげる気は無かったのだけどね。……まぁ、ハンデは必要でしょう?」 僕の言葉に、幽香さんはシニカルな笑みを浮かべて肩を竦めた。 彼女の視線は、真っ直ぐ屋敷の中へと向けられている。 ……そういえば、さっきから庭の当たりが何やら騒がしい。 爆発音と、それにかき消される程度の弱々しい悲鳴が何度も聞こえてきているような。 僕は半分以上の好奇心に動かされ、恐る恐る屋敷の中を覗き込んだ。「アハハハハハ! 鬼さんコチラ、手のなる方へっ!!」「ちょ、ちょちょちょ、ちょっと優曇華院さん! 本当に妹様は狂気に侵されていないんですかっ!?」「何度も言わせないでよ! 魔眼はとっくに使ってるわ、アレがあの子の‘素’なのっ!!」 するとそこには、四人に分身したフランちゃんに弾幕で弄られている美鈴とレイセンさんの姿がっ! 何と言う地獄絵図。なのにある意味呑気な様子でヤイヤイ言いあえている二人は、凄いとしか言いようがない。 ……慣れてるんだろうなぁ。こういう事態に。 大分切なくなった僕は、とりあえず目の前の光景を見た感想を率直に述べる事にした。「えっと……どこらへんがハンデ?」「あら、色々緩くなってるじゃないの」 猟奇的表現の規制とかですか? と言う問いかけは微妙に洒落にならないので止めた。 まぁ、幽香さんが不在だし、二対一だし、ハンデがあると言えばあるのだろう。 どう見てもハンデになってないけど、これ以上の地獄絵図があると思えばまだマシ――うん、マシに違いない。 「ところで、今日は何の用なのかしら? フランに会いに来た、と言うだけでは無さそうだけど」「まぁ、ちょっとフランちゃんに協力……みたいなものをお願いしようかな、と」「それは面白そうね。―――私も手を貸しましょうか?」「あ、いや。新聞作りですヨ? 一緒に新聞を作ろうかって誘いに来ただけなんです」「あら、そうなの。どこぞのブン屋みたいな事をするのね」 露骨に興味を失った風の幽香さんが、好きにしろと言わんばかりに門番の任に戻る。 この様子だと、誘っても色よい返事は貰えなさそうだ。 まぁ、幽香さん好みのネタじゃないよね。新聞の記事作りは。「それじゃあ晶君、早速スカウトと参りましょうか!」「……せめて、あの弾幕ごっこが終わるまでは待たない?」 あの弾幕の嵐に突っ込む勇気は、さすがに持ち合わせておりません。 そんな僕の言葉に、早苗ちゃんは爽やかなスマイルを返して――そのまま、大混戦の中へ駆け出して行った。「ちょっと、早苗ちゃぁん!?」「任せてください。守矢の風祝として、パパパッと騒ぎを片付けてみせますよ!」「いや、そうされるとむしろトラブルが拡大しちゃうので、出来れば勘弁して欲しいんですがーっ!!」「東風谷早苗、突貫しまーすっ!!」「ちょっとは話を聞いてよ!?」 元気よく進んでいく早苗ちゃんに続いて、僕も大混戦の中に向かっていった。 彼女の実力は知らないけれど、幾らなんでもあの面子……と言うかフランちゃんの仲裁をするのは少々厳し過ぎるはずだ。 フランちゃんを何とか出来るほど強ければ、早苗ちゃんが自分の実力不足を痛感するはずは無いのだから。 おまけに、早苗ちゃんはあの場に居る誰とも面識が無い。 そんな人間が乱入した日には、どんな大惨事が待っている事か――。「あ、お兄ちゃんだーっ! わぁーいっ!!」 等と焦っていたら、弾幕の嵐の発生主があっさりスペルカードを解除して僕に突撃をしかけてきた。 それも、意識を刈り取る絶妙な位置の超低空タックルだ。そのあまりの的確さに、僕は防御する事も出来ずフランちゃんを受け入れてしまう。 こ、これっ、僕か美鈴じゃなきゃ、ほぼ百パーセントの確率で酷い事になっていたぞ……。 「ひっ、久しぶりだね。フ、フランちゃ……ん」「えへへー。会いに来てくれたんだね、お兄ちゃんありがとー!」 無邪気に頭をグリグリと押し付けてくる、ここだけ見ると可愛らしい姿のフランちゃん。 ただし、僕の肝臓は一撃必殺の頭突きを受けて軽くヤバい事になっている。 これだけ身体に響くタックル受けて、良く笑顔を維持できたなぁ自分。いや、大分ギリギリだったけどネ? 気合いだけで何とか踏ん張れるようになるんだから、ほんともう「気を使う程度の能力」様々ですよ。 ……でも、こうも頻繁に身体の頑丈さを喜ぶ事態が起こるって言うのはどうなんだろう。 深く考えると絶対へこむので考えないけど。ちょっとフクザツ。 「あんなに夢中で遊んでいたのに、晶さんが来たらすぐに止めちゃうなんて……少し寂しいですね」「私は純粋にホッとしたわ。あんな桁違いな連中と遊ばされるのはもう勘弁よ」「まぁまぁ、それも新鮮な経験じゃないですかー」「……どちら様ですか?」「奇跡の巫女です!」 おっとっと。大惨事は避けられたみたいだけど、あっちはあっちで問題が起こりそうだ。 全員と面識のある僕が行かないと、また何かややこしい事になってしまいそうである。 僕はフランちゃんを小脇に抱えると、噛み合っている様な噛み合っていない様な会話をしている三人の所に向かった。 こうして僕等の新聞作りは、大分前途多難な感じで始まった。 未だどんな記事を書くかすら決まっていない、問題だらけの状況だけど。 ――――まだ予定していた助っ人の半分にも声をかけていないと言う事実が、多分一番の問題点なんじゃないかなぁ。