巻の七十六点五「家庭はどこで始まるか? 若い男と若い娘が恋愛に陥ることから始まる」神奈子「遅いっ! 早苗はまだかっ!!」???「……さっき出かけたばかりじゃないか。積もる話もあるんだろうし、しばらくほっといてやりなよ」神奈子「そんな悠長な事を言っていたら、早苗があの男の毒牙にかかってしまうっ!」???「あはは、無い無い。あの子がどんな子か、外の世界で私らはずっと見てきただろう? あっちは気付いて無かったけどさ」神奈子「だから警戒しているんだ! アイツは絶対、早苗目当てで神社に通っていたに違いない!」???「(それこそ有り得ないと思うけどなぁ……)でもあの子、早苗の話ちゃんと聞いてたじゃないか」神奈子「早苗の話なんだから、ちゃんと聞いて当然だ!」???「ウチに来るたびにお賽銭入れて、いっつも私らに挨拶してくれてたのも?」神奈子「……ま、まぁ、あれは評価してやっても良い。信仰では無かったが、誠意はあった」???「いつもお世話になってるからって、奉仕活動にも毎回参加してくれてたよね?」神奈子「アイツの掃除は丁寧だったなぁ……はっ!? だ、騙されないぞ! それがアイツの手口なんだっ!!」???「往生際が悪いなぁ、神奈子だって何だかんだ言ってあの子の事を気に入ってるんだろう?」神奈子「な、何を根拠に……」???「前に、アンタが加護を与えた武将の軍旗を見せさせてやってたじゃないか」神奈子「あれは早苗がうるさいから、仕方無く許可してやっただけだっ!」???「(あの後、一日中上機嫌だったくせに)」神奈子「そ、それに、アイツの人間性はこの際関係無いのだ。早苗に手を出そうとする事自体が問題なのだからな」???「(それ、あの子の事半ば認めてるよね。と言わないのが私の優しさ)それこそ、別にどうでも良い話じゃないか」神奈子「なっ、お、お前は良いのか!? 早苗が嫁に行くんだぞ!?」???「表現は正確にしなよ。あっちが婿に来るんだろう? 風祝の直系は残さないといけないワケだし」神奈子「どっちにしろ、早苗が他の誰かの者になるなんて許容出来ないっ!」???「(……結局そこなのか、この神馬鹿は)」神奈子「早苗は本物の神になって、私達と末永く楽しく暮らすんだ!」???「あのねぇ、そうなると私らを祀る人間が居なくなるじゃないか。祀る人間のいない神なんて死んだも同然だよ?」神奈子「適当に信者の中から才能のあるヤツを選んで、宮司でもやらせたらいいだろう。とにかく……」???「――――神奈子、ちょっとそこ座って」神奈子「な、なんだ?」???「ねぇ神奈子。私らが争ったあの日から気の遠くなる様な時間が経って、私の王国もアンタの王国も無くなったワケだけど」神奈子「うむ、信仰だけは残ったがな。盛者必衰の理とは良く言ったもんだ」???「アンタが私の血族を取り込んで、ミジャクジの信仰を自分のモノとしたその経緯は……忘れて無いよね?」神奈子「お、おぅ……」???「早苗はその‘洩矢’の子孫だ。――それを途絶えさせると言うのなら、私は再びミジャクジの恐怖をアンタらに教えてやらなきゃいけなくなる」神奈子「そ、そんな今更。私とお前の仲じゃないか」???「神奈子こそ忘れてないかい? アンタは侵略した大和の神で、私は侵略された土着神だ。あくまで盟約を違えると言うなら―――」神奈子「うっ、ううぅ~、そんな意地悪言わないでも良いじゃないかぁ~」???「(……これが、かつて軍神とも恐れられた風の神の姿か)まぁ、全部が本気じゃないけどさ。見知らぬ輩を新しい風祝にするのは止めてよね」神奈子「じゃ、じゃあどうすればいいと言うのさ!」???「早苗の子供を風祝の後継者にすれば良いだけの話じゃないか! その後なら、早苗が人を止めても特に文句は言わないよっ!!」神奈子「結局それかっ! そんなに早苗を嫁に行かせたいのかっ!!」???「だから婿で……まぁそこは良いか。私だってねぇ、早苗にずっと今のままで居て欲しい気持ちはあるよ?」神奈子「なら――」???「話は最後まで聞くっ! だけど、それと同じくらい後継者の問題も大事だと思ってるのさ。自分の代で守矢の血筋が途切れたら、早苗だって悲しむだろう?」神奈子「うぐっ、そりゃそうだけど……」???「早苗はいつか良人を迎える。これはもう確定事項だ、覆させはしない。だけどね……良人を‘選ばせる’事は出来るんだよ」神奈子「……だからって、アイツと早苗がくっつくのを認めるのは」???「まだ渋るのかい? 分からないヤツだねぇ」神奈子「だ、だってぇ」???「知識は豊富で才能もある、人間性も悪くないし、何より早苗が満更でも無い。……これだけの優良物件、百年待っても見つからないと思うけど?」神奈子「言いたい事は分かるさ。分かるけど―――それでも納得いかないんだ! 幾らなんでも、早苗に結婚は早すぎるっ!!」???「(いや、さすがに今すぐ結婚はないから)やれやれ。そういう事なら認めなくて良いさ」神奈子「……へっ?」???「存分に追い払ってやればいいって言ったんだよ。早苗はあくまでアンタの風祝だからね、決定権は神奈子にある」神奈子「え、い、いいのか?」???「そこでへこたれる様なら、神奈子の言うとおりあの子は「早苗目当ての優男」だったって事だろうからね」神奈子「ふ、ふむ。確かにそういう事になるな」???「だからアンタは守矢の神として、本気であの子を試してやればいいんだよ」神奈子「なるほど――よしっ、ではお前の言うとおり、この私自らあの男を試してやろうではないか。うふふふふ……」???「そうそう、その意気その意気」???「(ま、さっきはあー言ったけど、実際の所あの二人の間に恋愛感情は無いだろうね)」???「(早苗は気の合う友達って感覚が先行してるから、相手が異性だって事実は綺麗に抜け落ちてるだろうし)」???「(あの子はあの子で、どうもまだ恋愛ってものを理解出来て無いみたいだから)」???「(神奈子の疑惑は、勘違い以外の何物でも無いんだけど……)」神奈子「はーっはっはっは! 覚悟してろよ久遠晶、この私が貴様の資質を見極めてやろう!!」???「(男女の友情なんてモノは、ちょっと押してやればころっと恋愛に変わったりするもんさ)」???「(外堀を埋めるのは失敗したけど、それならそれで作戦を「飴と鞭」に切り替えてやれば良い)」???「(障害があればあるほど、恋愛ってヤツは燃え盛るもんだからね)」???「(私があの二人にフォローを入れる必要があるけど……ま、たまには縁結びの神様を気取るのも悪くないか)」神奈子「よしっ、それじゃあ早速早苗を連れ戻して」???「それは早苗に悪いからダメ」神奈子「……そ、そうか」???「(利用してゴメンね神奈子。でも私、早苗の赤ちゃんを抱っこしたいんだよー)」???「(早苗が生まれた時は病院だったから、私らは神社で待ってるしか出来なかったけど……幻想郷は産婆に任せるからね)」???「(へへへー、私が一番に早苗の子を抱きしめてあげるんだー)」???「あーうー、楽しみだねー。ふふふっ」神奈子「くっくっく、まったくだな。あーっはっはっは!!」晶「――おかしいな。暖かいのに妙な寒気が」文「それはいけません! 私が暖めてあげましょう、主に人肌で!!」早苗「あ、私体温高いですよ?」幽香「(……これが私と良い勝負をした巫女と、宿敵と認めている天狗の姿だと思うと、涙が出てくるわね)」