巻の六「帯に短し襷に長し」 絶賛正座中の久遠晶です。 小川に戻ったら、怒り最高潮の射命丸さんが現れました。 なんでやねん。「怒るに決まっているじゃないですか!」 僕の目の前で仁王立ちしていた射命丸さんが叫ぶ。 怒りの理由は良く分からないけど、生まれてきてごめんなさい。「アキラぁ。いくら何でも、勝手に一人でこの辺を出歩くのはまずいって」 隣にいるにとりも、怒ってはいないけど射命丸さんの意見には同意するらしい。 うーん。そこまで危ない場所なのかな、この辺りって。 そりゃあ、歩いてて数分で妖怪に出くわしたけど。 食べられそうにも、なったけど。 ……はい、危険地帯ですね。すいません。 とりあえず、さっきまでの出来事は黙っておこう。「森の奥に進めば、宵闇の妖怪とかと出くわしちゃうしね」「そうです! 久遠さんが最初に会った氷精と同程度の力しかない弱い妖怪ですが、食欲だけは人一倍なんですよ!」「そうだよ~? 人間のアキラなんて、あっという間に食べられちゃうかもね」「そ、そうなのかー」 真摯な態度の射命丸さんと、軽い口調のにとりが揃って同じような忠告を口にする。 けど、その台詞は数時間ほど前に欲しかったです。いえ、ああなったのは自業自得なんですけどね。 ……というか今、射命丸さんの口からサラリととんでもない事実を聞かされた気が。 ううっ、チルノってやっぱり大した事ない妖精だったんだなぁ。 初版の幻想郷縁起にも、妖精は人間より弱い存在だって書かれていたからおかしいとは思ってたんだ。 ―――その、射命丸さんに助けられて、冷静になった後に気づいたんだけど。「まー、無事で良かったけどね。うん、私も一安心さ」「ははは、まったくですねー。はい」 こうして人は、どうでもいい秘密を背負っていく事になるのか。 僅か一日で墓まで持って行く恥を大量に抱え込んだ僕は、にとりの言葉に苦笑を返すしかない。「―――笑い事じゃないですよ」 そして、怒り続行中の射命丸さんに再び叱られました。 「ご、ごめんなさい」「そう思っているのなら、もう二度とこんな事しないでくださいね」「はい、もう不用意な行動はとりません。……だから、もう怒らないでほしいんですけど」「………私は別に怒っていません」「うぐぅ」 ではなんだというのですか、貴方のコメカミに浮かぶ四つ角のマークは。 射命丸さんはソッポを向いたままで、全然こちらに視線を合わせようとしてくれない。 ううっ、本当に生まれてきてごめんなさい。「こーら、アキラ!」「あいたっ!?」「反省するのはいいけど、落ち込むのはいただけないよ。ほら、背筋伸ばして!」「いたっ、いたたっ。わ、わかった! わかったから叩かないで!!」 にとりが僕の背中を叩いて姿勢を変えさせる。 その、言ってる事はもっともだし、その優しさは大変嬉しいんですが。 河童の腕力でバシバシ背中を叩くのだけは止めてください。 最初に肩を掴まれた時にも思ったけど、河童のパワーは思いのほか強いんですヨ? 痛い痛い。すごく痛い。「文の事なら気にしなくていいって。アレは怒ってるんじゃなくて、自己嫌悪しているだけだからね」「へ? 自己嫌悪?」 それって、自分に対する嫌悪の事だよね? まんまか。 「そ、自己嫌悪。文は生真面目だからさ、責任持つって言った相手の面倒見きれなかった自分が許せないんだよ」 えーっと。それはつまり、射命丸さんはもう怒ってないってことなのでしょうか? ……僕には怒っているようにしか見えないんだけど。 けど、射命丸さんとにとりの付き合いは長いみたいだし、実はそうでも無かったりするのかも。 「にとり! 久遠さんに変な事吹き込まないでください!!」「なによー。私がせっかく、拗ねてるアンタのフォローしてやってるっていうのに」「拗ねてないわよ!」 ――いや、単ににとりが恐しいほどポジティブシンキングなだけか。 うん。僕も射命丸さんと同じ意見だよ、にとり?「怒っても拗ねてもいないのなら、その辛気臭い顔をとっとと引っ込めたらどうだい」「むぐっ」「アキラは反省した。無事にも帰ってきた。それで万事問題無し、だろ?」「………確かにそうですね。これ以上意固地になっても時間の無駄、ですか」 そういって、射命丸さんはこちらに顔を向けてきた。 改めて相対する彼女の表情は確かに、怒っていると言うよりは悔いているように見える。 ……僕が思っていたよりもずっと、射命丸さんは「約束」を重く捉えていたのかもしれない。 「あの、射命丸さん――」 謝ろう。そう思った僕は、何度目なのか分からない謝罪の言葉を口にしようとする。 だけどその言葉は、射命丸さんの指に遮られてしまった。「ごめんなさい。貴方の手伝いをすると言ったのに、約束を守れなくて」「い、いや、元々僕が勝手に出かけたのが悪いんだから、射命丸さんは謝らなくても……」「―――ならこれで、この件はおしまいですね」 人差し指を僕の唇から離して、射命丸さんが意地悪そうに微笑んで見せた。 そっか、これで「お相子」ってことなんだ。 なら、僕の返事は決まっている。 僕も同じように意地悪な笑顔を浮かべて、射命丸さんに答えを返す。「そうだね。反省も済んだし、全部水に流しちゃおうか」「はいっ!」 これでひとまず、この問題は解決ってことかな? そんな事を考えながら、僕は射命丸さんと笑い合うのだった。 ………で、にとり。その、「面倒のかかる奴らだなぁ」みたいな笑顔はなんなのさ。 その後。夜も近いという事で、僕は今日の宿となる場所に案内された。 川の近くに建てられた簡素な水車小屋は、にとり曰く、普段工房として使っている別荘なんだそうな。 宿の件は僕から頼もうと思っていた事だけど、彼女らは頼むまでもなくそこらへんの面倒もみてくれるつもりだったらしい。 ほんと、ありがたい話です。「ところで久遠さん。今日尋ねておきたいことが一つだけあるんですが」「はい?」 夜も更けたため、結局射命丸さんのインタビューは明日へと回す事となった。 色々あって僕も疲れていたから、その提案はありがたい。 もっともその結果、取材待ちの射命丸さんやにとりもここで一緒に泊まる事になったわけなんだけど。 ……いや、どっちにしろ誰かいないと人間の僕は危ないわけだから、インタビュー云々はあんまり関係ないのか。 とにかくそう決まったため、にとりは今、台所で夕飯の準備を進めてくれている。 しかし、メニューは鍋のはずなのに材料の八割がキュウリを占めているのは何故なんだい、にとり?「久遠さん。出来ればこちらを見て話を聞いてほしいんですが」「あ、ごめん。ちゃんと聞いてるよ」「では、改めて……貴方の能力の事、改めて教えてもらえませんか」 あれ? 教えてなかったっけ? 相対する形で居間の反対側に座っていた射命丸さんは、懐から手帳とペンを取り出してすっかり記者モードに入っている。 台所にいるにとりも興味が湧いたのか、顔だけをこちらに向け会話に参加してきた。「へぇ~、アキラは能力持ちだったんだ」「そういえばにとりは知らなかったっけ、僕の能力の事」「私は事前に見ているので想像はついているんですがね。やはり、本人の口からきちんと聞いておかないと」「はははっ、夕飯前の雑談には丁度いい話題だねぇ」 確かに、そう長引く話題でも無いだろうしね。 そう思った僕は、軽い気持ちで射命丸さんの質問に答えた。「僕の力は【相手の力を写し取る程度の能力】だよ」 ―――けど、二人の態度を見て即座に答えた事を後悔する。 なんですかその驚きの表情は。 特に射命丸さん、貴方はある程度想像していたのではないですか。「あ、あやややや! なんですかそのチートくさい能力は!! 【冷気を操る程度の能力】じゃなかったんですか!?」「それはチルノの能力を覚えただけだよ?」「幻想郷ならやりたい放題できるねぇ。そりゃ凄い」「凄いかなぁ?」「あやや、いったいどこが凄くないというんですか。是非とも教えてほしいですね」 あれ? なんか誤解されてる? 憮然とする射命丸さんに、唖然とするにとり。 確かに、字面だけで判断すると凄い能力に聞こえるかもしれないけどね。 ……実は全然大したことない能力なんだよなぁ。「僕が相手の力を覚えるには、三つの条件をクリアしなきゃいけないんだよ。だから凄くないの」「……三つの条件、ですか?」「そう。第一に僕は、’相手が能力を使用した所を見ていなければならない’の」 例えばチルノなら、冷気を操るところ。 あの宵闇の妖怪なら……闇を動かすところだろうか。 どんな形でもいいから相手が力を使うところを「視認」しないと、僕は相手の能力を覚えられないのだ。 ほら、早速使い勝手悪い。「あやややや、それは……」「――第二に僕は、’相手の能力の名称を知っていなければならない’」 この名称と言うのは、もちろん正しいものでないと駄目だ。 それも、「何となくこれだろう」では許されない。 名前と言うのは、そのモノの存在意義を表す重要なモノ。 僕が能力を扱うためには、名付けられた正しい名前を「確信を持って知る」必要がある。 うん、だいぶ面倒くさいね。「………あやや」「第三に僕は、’相手の能力を理解していなければいけない’」 これは、簡単そうに見えて実に難しい条件である。 冷気や炎等の分かりやすい現象を操る能力なら、理解するのは簡単なんだけど。 例えば【世界を変革できる程度の能力】とかになるともうお手上げだ。 世界って何を意味してるの? 変革って具体的に何を? そういった事をきちんと理解できていないと、僕は相手の力を使えない。 ……能力持ちの中には、絶対自分の力を把握していない奴だっているはずなのに。理不尽だ。 「ついでに言うと、全部の条件満たして僕が相手の能力を覚えても、性能はだいぶ劣化してものになるから」 劣化の根本的な原因は、僕自身のスペックの低さにあるんだろうけど。 能力を覚える相手が僕より強い妖怪である以上、覚える能力が弱くなってしまうのはしょうがない事なんだろう。 ついでに僕は、使用経験不足からくるマイナス補正が最初にかかるからなぁ。 ――自分で言ってて泣けてきた。なんて使いにくい能力だ。「あやや、凄いのか凄くないのか全然わからない能力ですねぇ」 だけど他人にまではっきりと指摘されたくはないぞコンチクショウ。「悪かったね! どーせ他人のふんどしで相撲を取ってるだけですよ!!」「相撲!?」「あ、そこに食いつくんだ。変なところで河童だなぁ……」 にとりは全然河童らしくなかったから、ちょっとびっくり。 いや、そこはどうでもいいだろうよ、僕。「僕も使い慣れてるワケじゃ無いから、今、能力で説明出来るのはこれくらいかな」「ふむ―――久遠さん。その能力、見せてもらってもかまいませんか?」「いいけど……誰の力を写し取るの?」「私で構いませんよ。それより、能力を使う際に試してほしい事があるんですが……」「はぁ、なんですか?」 試すって言われても、僕の能力はそんな発展性のあるものじゃないよ? ガチガチに条件を定められている上に、「写し取る」っていう限定された使い方しかできない力だからね。「私の力は【風を操る程度の能力】です。これがどんな力か、理解できますよね?」「そりゃ、そんな分かりやすい力ならね………で、それが?」「私は「能力を使ってはいません」が、名称と能力の理解は出来た。という事ですよね」「そうだけど……あ、なるほど」 試したいってそういうことか。 これなら能力を確認するのと合わせて、「条件」の真偽もある程度確かめられる。 「条件」が本当なら、僕は今の状況じゃ射命丸さんの力を覚える事は出来ないはずだからね。「なるほど、やってみる価値はあるね」 実は僕自身、能力の発動条件が正しいのかは分かっていないのだ。 つーか無理だから。無理ですから。 基本相手頼みな僕の能力は、外の世界で試す事なんか不可能だって。 だけど、これで「条件」が本当なのかを確かめる事ができる。 ……出来れば嘘であって欲しいけどなぁ。使い勝手的な意味で。 しかし「あの人」が僕に、嘘の条件を教えるとも思えない。ううぅ……どっちなんだろう。「ええぃ! とにかく、試してみればわかるさっ!!」「はい。お願いします」「アキラ頑張れー!」「よーし……へりゃあ!!」 両手を胸の間にかざし、精神を集中させる。 ―――が、もちろん何も起こらない。「やっぱりダメかぁ……」「……というか、『へりゃあ』ってなんですか。へりゃあって」「気の抜ける掛け声だねぇ」「うるさいなっ! ほっといてよ!!」 その場のノリで何となく口から出たんだよ、悪かったね!「はいはい。それじゃあ今度は、全部の条件を満たした上で試してもらえますか?」「うぐぅ」 そういった射命丸さんの片手に小さな竜巻ができあがる。 釈然としないものはあったけど、とにかくこれで全ての条件は満たされた。 カチリと、頭の中でイメージの歯車が動き出した気がする。 僕の力が射命丸さんの能力を写し取った。 今までウンともスンとも言わなかった胸の間に、ゆっくりと風が集まっていく。「おおっ―――」「これは……」「へへぇ」 あっという間に、僕の両手の間に小型の竜巻が出来上がった。 射命丸さんの手にある竜巻より荒い風だけど、僕の能力が証明された事には変わりない。 もちろん「条件」が本物である事も、これで証明されてしまったのだけど。 ……やっぱり、厳しいよなぁ。 「あやや、これは素晴らしいです」「うん。文の風よりだいぶ大雑把だけど、凄いよアキラ」「そ、そんなに褒められても困るんだけどね。何度も言うけど、能力は劣化してるんだし」 それに、力の扱いもやっぱり上手くいかない。 冷気と違って風には「流れ」があるせいか、気を抜くと―――「―――あっ」「あややっ、久遠さんソレは!」 本家風使いの射命丸さんは気づいたみたいだけど、もう遅い。 一瞬気を抜いてしまった僕の風は、とたんに制御を失い、暴風となって小屋の中を駆け巡った。 小さめの竜巻が暴走しただけなので、小屋自体が吹き飛ぶような事はなかったんけど……。「アぁ~キぃ~ラぁ~」「は、はわわわわ」 同じく被害を受けた台所が、壊滅的なダメージを受けてしまいました。 あはは。いくら鍋が色んなものを煮るからって、調味料全部をぶち込む事はないでしょうに。 アレ? にとりさん、顔怖いですヨ? ―――その後、僕が大激怒したにとりに延々と叱られたのは言うまでもないことだ。 ……幻想郷に来てから叱られてばっかです、爺ちゃん。