巻の六十五「行動はいつも幸せをもたらすものではないが、行動なくしては幸せはない」 フランちゃんが、僕に向かって炎の剣を振り下ろす。 僕はその一撃に狙いを付け、光の剣で炎を斬り払った。「あははっ、まだまだぁっ!」 ―――――――禁忌「レーヴァテイン」 即座に、フランちゃんが魔剣のスペルカードを発動する。 再度彼女の手に生まれる炎の剣。唸る様に騒ぐ灼熱の塊が、間髪いれず僕に襲いかかってきた。 僕はそれを、手にした神剣で薙ぎ払う。 炎の剣が構築される。フランちゃんが斬りかかる。炎の剣だけを斬り払う。 再形成、斬撃、薙ぎ払い。 斬る、薙ぐ。斬る、薙ぐ。斬る、薙ぐ。斬る、薙ぐ。斬る、薙ぐ。斬る、薙ぐ。斬る、薙ぐ。斬る、薙ぐ。斬る、薙ぐ。「はぁぁああああああっ!」 相手の攻撃を、愚直なまでに防ぎ続ける。 攻勢には出ない。狙うのは、彼女の持つ炎の魔剣だけだ。 さすがにフランちゃんも、レーヴァテインばかりを狙うそんな僕の行動に違和感を覚えたのだろう。 怪訝そうな顔で、糾弾するような視線を僕に送ってくる。 「あきら、どうしたの? なんでその剣で私を攻撃しないの?」「……ちょっと色々あってね。でも、手加減しているワケじゃないから安心しても良いよ」 額の汗を拭い、僕は少し弱音の混じった笑みを浮かべた。 消極的な態度だから、フランちゃんが不機嫌になるのも分かる。 ここでモチベーションを下げられても困るから、素直に狙いを白状する事にしよう。「言ったでしょ? 我慢比べだって」「え?」「僕はフランちゃんの攻撃を全て捌く。それこそ、フランちゃんの体力が尽きるまでね」 スペルカードの発動には、何かしらの力を使う。 それはフランちゃんだって同じ事だ。何度もスペルカードを発動すれば、消耗する事は確実なはず。 僕の「天之尾羽張」は、発動中にそれほど体力を持っていかれない。 この条件下なら、消耗戦に持ち込んでも勝算は少なからずある――と良いなぁ。 問題は、吸血鬼の体力がどれほど続くかと言う事だ。 体力にはそこそこ自信があるけど、相手はそもそも規格外。 分は確実に悪いけど……平和的に終わる手をこれしか思いつけなかったんだよねー。「そっか、だから‘その剣’を使ったんだね」「……ほへ?」「惚けるのは止めてよ。その剣、レーヴァテインの炎と一緒に私の魔力を結構持って行ったじゃないの」「なるほど、相手の力を奪うその剣を使った長期戦狙いと言う事ですか。さすが晶さん!」「あ、あはははは、そ、そーなんですよぉー! あははははは」 ……この剣、「斬る」んじゃなくて「奪う」んだ。 そんな基本的な所からすでに分かって無かったんですが、僕。 それにしても、当たってないフランちゃんの魔力を持って行くって実は相当凄くない? ますます扱いが面倒になった気もするけど、現状の狙いを考えると救世主と言っても過言ではないだろう。「あはは、面白くなってきたね! でも、あきらの体力は大丈夫?」「今のところ、僕が唯一自慢できる技能がソレです」「晶さん、その自慢は芸達者な人の台詞じゃありません」 ですよねー。 自分で言ってて、ちょっと泣きそうになりました。 「良いよ、我慢比べ! 私が疲れる前に、あきらを黒コゲにしてあげるっ!!」「丁重にお断りいたします! せめて三分焼き位にしてくださいっ!!」「人間だと、三割くらいの火傷で致命傷だってパチュリー様が言ってましたが」「美鈴はちょっと黙ってて!!」 そういう、リアルに命の危機を感じさせる台詞はちょっと自重してください! 色んな意味で劣ってるこっちが守勢に走る無茶は、すでに重々承知してるんですからっ! おまけに今のやり取りで、落ちかけていた相手のテンションはマックスに。 ……勝利条件がハッキリするだけでも、モチベーションってのは大分変わってくるからなぁ。 ああ、とってもピンチの予感。「いっけぇぇぇえええっ!」 ―――――――禁忌「レーヴァテイン」 構築される炎の剣。再び、終りの見えないモグラ叩きが始まろうとしていた。 だが、振り下ろされた魔剣は神剣と交差し、一瞬の間拮抗する。 「なっ―――」「確かに凄い剣だよ、ソレ。だけど対処法が無いワケじゃないね」「そ、そーなんですかー」「出力を上げれば、少しは抵抗出来るみたい。力を一瞬で全部奪ってるワケじゃないのかな」「あ、あはは、それはどーでしょうかねー」 ヤバい。今まで圧倒的なパワーばかりが目立っていたけど、この子結構頭もキレる。 能力を完全に把握できてない現状だと、先に対抗策を打たれる可能性もあるかもしれない。 しかし現状だと、ただ愚直に剣を振りまわすしかない気が……。 「どうするの? 今度は、何を始めるのかな?」 どこか挑発するような笑みで、フランちゃんが僕の出方を窺う。 ――その姿を見て、乱れかけていた頭が冷えた。 ちょっと対抗手段を手に入れただけで、危うく五分に戦えると思い込む所だったよ。 忘れていた。そもそも、こっちの小賢しい知恵が通じる状況じゃないのだ。 今はただ全力で、何も考えずに剣を振りまわせば良い。だから――「そういう事は、破られてから考えるっ!!」「……いっそ清々しい程の無計画っぷりですね」「そうかな? 後の事を‘あえて考えない’って、意外と英断だと思うよ?」 チクショウこれも読まれてる! フランちゃんってば、狂気を抑えると頭が回る様になるんですね!! 狂っててもそうでなくても強いとは……どうやら僕が楽できる機会は早々訪れないようだ。 しかし、それでこそ覚悟も決まると言うモノだ。 「宣言する。ここから先、僕が使うのはこの「天之尾羽張」だけだっ!」 知られていようが読まれていようが、真正面から受けて立つ。 これが、今の僕に出来る最善の‘策’だった。「なら私も、「レーヴァテイン」だけであきらを捻じ伏せてあげるっ!!」「――上等っ!」 フランちゃんの炎の剣が、さらに二倍近く膨れ上がる。 ……狙いは、剣同士が拮抗する時間の延長か。 炎の剣が長時間維持されていれば、それだけ僕の身体が熱気に晒される事となる。 持久戦をするに当たって、その状況は些か僕に不利だ。 どうやら彼女は、本当に真っ向から僕の策を捻じ伏せに来るつもりらしい。 「さぁ、いっくよぉぉぉぉおおっ!!」 振り下ろされる炎の剣。それを僕は何とか受け止め、四散させる。 すでに何度も繰り返された光景だ。けれど状況は、確実に不利な方へと傾いて行っている。 炎の剣が構築される。フランちゃんが斬りかかる。炎の剣だけを斬り払う。数秒、剣同士がぶつかり合う。 再形成、斬撃、薙ぎ払い、膠着状態。 斬る、薙ぐ、拮抗。斬る、薙ぐ、拮抗。斬る、薙ぐ、拮抗。斬る、薙ぐ、拮抗。斬る、薙ぐ、拮抗。斬る、薙ぐ、拮抗。斬る、薙ぐ、拮抗。斬る、薙ぐ、拮抗。 工程の増えた激突は、確実に僕の体力を削っていく。 炎の照り返しが厳しくなってきた。集中力がゾリゾリと紙やすりで削られていく気がする。 心の奥から、弱音が漏れてきた。 それを無理やりに追い出して、僕はフランちゃんと相対し続ける。 ……よく見ると、彼女の顔にもうっすらと疲労の色が。 そうか。出力を上げたって事は、それだけ相手も疲れやすくなったって事なのか。 だとしたら、やっぱり条件は五分だ。「あはは、もうそろそろ参ったカナ!?」「いや、まだまだぁっ!」 その事実に、抜けかけていた気合いが再注入される。 僅かな疲労を訴える身体に鞭を入れて、光の剣を振りかざす。 輝く神代の剣は、再び一瞬の間も与えず魔剣を消滅させた。「―――また、力が強くなった?」「ふっふっふ、世の中意外と気合と根性で何とかなるものなんですっ!!」「わぁー、気合と根性って凄いねっ!」「妹様、その人の言葉は話半分で聞いてください」 どうでもいいけど、壁の花になってから美鈴のツッコミが味方に厳しいです。 これが多分、世間で言う所の岡目八目なんでしょう。 傍から見ると僕の行動はツッコミ所満載と言う事ですね、余計な御世話だ。 せっかく入った気合が、心持ち減ったような気がしてきたじゃないか。「あ、なんか光が弱くなった」「本当に減ってる!? いけない、集中集中!」 何とか落ちかけたモチベーションを高めて、剣の威力を維持させる。 どうやらこのスペカ、意外と僕の精神の影響を受けやすいらしい。 黒王号みたいに暴れはっちゃくな性能してる癖に、そういう所だけ迎合されても正直困るんですけど。 「と言うワケで、テンションが下がり切る前に続行お願いしますっ!」「うんっ、いいよっ!!」「それではどうぞっ!」「……戦略上仕方無いとは言え、シュールな光景ですよねー」 うん、僕もそう思う。 こっちの神剣の性質上、斬りかかる事が出来ないのは地味に辛いよなぁ。 「隙在りーっ!」「なんのっ!」 振り下ろされた炎の剣を斬り払う。これで同じ表現を何度繰り返した事だろうか。 しかし、お互いの疲労を考えるとそろそろ終りも近いかもしれない。 あくまでポーカーフェイスを維持しながら、僕はさらに気合いを入れて光の剣を振りまわす。 斬る、薙ぐ。 再構築、斬る、薙ぐ、拮抗。 斬る、薙ぐ、拮抗。 再構築、斬る、薙ぐ、斬る、薙ぐ。 斬る、拮抗、薙ぐ、拮抗、再構築。 斬る、再構築、斬る、再構築、斬る、薙ぐ。 幾度となく繰り返される剣撃。 命がかかっているはずのそのやり取りには、いつしかおかしな空気が混ざり始めていた。 いつ、必殺の一撃が繰り出されてもおかしくは無いのに。 心はどこか落ち着き、まるで対話をしているような暖かさすら感じている。 それは、フランちゃんも同じなのだろう。 今までの無邪気な笑みとは違う、どこか照れくさそうな笑顔で、彼女は真っ直ぐ僕の顔を見つめている。 今この瞬間、僕とフランちゃんは確かに通じ合っていた。 だから僕達は、惜しむようにはにかみながら、ほとんど同時に‘終わり’の言葉を口にする。「えへへ、もう限界みたいだね」「うん。でも、フランちゃんもそうでしょう?」「そうみたい。こんなにヘトヘトになったの、生まれて初めてかも」「そいつは重畳。きっと今日のご飯は、凄く美味しく感じると思うよ」「あははっ、それは楽しみだなぁ。……でもその前に、決着を付けないと」「勝っても負けても、恨みっこ無しだからね」「うんっ!!」 神剣が激しく輝き、魔剣が轟々と燃え盛る。 最後の一撃とするために、僕達は己の剣へと残った全力を注ぎ込んだ。「それじゃあ、行くよ」「うん、せーので行こうか」「了解」 <―――せーの> それが本当に同時だったのか、誰にも分からない。 けれど双方の剣は、図ったかのように二人の中間点で激突した。 光は炎を、ゆっくりと侵食していく。 一方の炎は威力が弱まる都度勢いを増し、均衡を保ち続けている。 一進一退。互いの体力を少しずつ削っていきながら、幻想の鍔迫り合いは続いていった。 「うぐぐぐぐぐぐっ!」「ぐむむむむむむっ!」 熱気が辛い。柄を持つ手が汗で滑りそうだ。 互いに一歩も引かない、壮絶な意地の張り合いの結果は―――「へぅう~」「あにゃあぁ~」 拍子抜けするほどあっさりとした、ガス欠による引き分けだった。 両者のスペルカードが、ほぼ同時に消滅する。 ……ううっ、まさかここまで来て引き分けるとは思わなかった。 コストパフォーマンスとか技の相性とかを考えると、勝てる可能性のある勝負だったからちょっとショック。 けどまぁ、問題は無いか。「―――じゃあ、後は任せたよ。美鈴」「えっ!?」「やれやれ、こういう火事場泥棒的なやり方は好きじゃないんですが」 倒れ込もうとしている僕の背後から、今まで事態を静観していた美鈴が飛びだした。 今まで、彼女に傍観を決め込んでもらった理由の一つがコレだ。 勝負に括るつもりは無いけど、やっぱり決着は一応、付けなきゃいけないもんね。「妹様、失礼致しますっ!」 ―――――――撃符「大鵬拳」 美鈴の拳が、吸い込まれるようにフランちゃんに叩きこまれる。 それが決め手となり、思いの外短時間で僕等の‘遊戯’は終了したのだった。 「ぶーっ、ズルいよめーりん。あのタイミングで攻撃してくるなんて」「す、すいません、妹様」 それから数時間後。何とか息を整えた僕等は、思い思いの格好で休みながら先ほどの弾幕ごっこを振り返っていた。 フランちゃん的に納得がいかないのか、彼女は先ほどから何度も美鈴の行動を咎めている。 とは言え、僕としてはむしろあそこで‘動いて貰わない方が困った’ので、ここは何とか彼女に納得して貰わないといけない。 そう、ある意味僕が一番得意としている、この口先三寸でっ!! ……いや、誠実さまで投げ捨てているワケじゃありませんけどね?「落ち着きなよフランちゃん。あの弾幕ごっこは二対一、美鈴が手を出す事には何の問題も無いんだよ?」「ぶーっ、でもでもー」「フランちゃん。後に控えている誰かを信じて捨て身になれる……人をそれは絆の力と言うんだよ」「……言うんですか?」 そこ、フォローしてるんだから怪訝そうな顔しないの。 正直自分でも、言っておいてかなり無茶な理屈だと思ってるんだから。「凄いね、絆の力かぁ……」 でも信じるんですね、フランちゃんは。 頭の回転は良いはずなのに、この高野豆腐の様な受け入れ具合はどうなのだろうか。 やっぱり、彼女の知識は偏りまくってるのかなぁ。 あっさり信じられてしまって、何だか得も言えぬ罪悪感がヒシヒシと……。「私も使いたいなぁ、絆の力」「今後は、僕や美鈴がいるからフランちゃんにも真似出来るかもね」「本当!?」「うんうん、だよね?」「ええ、もちろんですよ」 せめてもの償いにと苦笑する僕と、純粋に善意から頷く美鈴。 正直、フランちゃんが捨て身になって戦う相手と会いたくないと言うのが本音なのですが。 ……あと、恥ずかしいから絆の力を連呼するのは止めて。僕が悪かったから。「でも―――楽しかったぁーっ! いっぱい遊べたねっ!!」「それは良かったよ。遊び足りないとか言われたらどうしようかと」「うんっ、‘今日はもういいかなっ’!」 良かった良かった。初めの一歩としては上出来過ぎる結果が出たようだ。 メデタシメデタシだよね。 それで終わっておいて良いんだよね。 え、最後の台詞? フランちゃんってば何か言いましたっけ? 聞こえなかったデスよ? 僕には何も聞こえなかったですじょ?「すっごく疲れたから、今日はゆっくり休んで明日また遊ぼうねっ!」 ……吸血鬼の体力って本当に底なしなんだなぁ。 安易に遊ぼうと言った過去の自分を、ちょっと蹴り飛ばしたくなりました。 「明日も、大変な一日になりそうですね」「あはははは……そうですねぇ」「まぁ、今日これからも大変なんですけどね」「ほへ?」 うんざりした様子の美鈴が、再び僕にだけ聞こえるような小声で囁いてきた。 彼女は視線で促すように、僕達がさっきまで弾幕ごっこしていた広間を指し示す。 たび重なる弾幕で、広間は瓦礫に塗れ水浸しになり所々焦げていると言う酷い有様で……。 わぁー、有り得ない程大惨事だー。「さ、一緒に御片付けシマショウカ?」「………」 美鈴の、仲間を増やすゾンビみたいな笑顔。 それがこれからどれほど辛い作業になるのかを、暗に語っておりました。「フ~ランちゃーん! これから御本でも読みにいきませんかーっ!!」「わーいっ、読む読むー!」「ぜったい逃がしませんよっ!」 フランちゃんを抱きかかえ、僕は急いでこの場からの離脱を試みる。 後ろからは、割と必死の形相をした後片付け係。 体力を消耗し切った今の僕には、少々厳し過ぎる相手だ。 しかし、逃げるだけなら手段は豊富にある! 僕は氷翼を展開し、全速力で加速した。「わーい、今度は追いかけっこだー」「なんて大人げない逃げ方を!? ちょっとは手伝う気力を見せてくださいよ!」 いやいや、僕にはこれからフランちゃんの御守りと言う大事な役割があるからね? 自分自身を誤魔化しながら、僕は本日二度目となる鬼ごっこに興じるのだった。 ――――ちなみにその後、最初のカーブを曲がり切れずあっさり捕まる事になるのですがね。いやぁ、悪い事は出来ないもんです。