巻の六十三「忍耐とは、肉体的な小心と道徳的勇気の混じり合いである」 どうも、熱い心に不可能は無いと信じている久遠晶です。 フランちゃんとの、未来と友情と命をかけた弾幕ごっこに挑む事になった僕と美鈴ですが。「よ、ようやく出られた」「はぁ……ようやく外だー」「ううっ、誰ひとりとして外への道順を知らないだなんて思いませんでした」 ――今の今まで、外への出口が分からず右往左往しておりました。フランちゃんも一緒に。 いや、しょうがないじゃないですか。そもそも僕等迷子になっていたワケですし。 フランちゃんが外への道順を知っているはずも無いのだから、こうなるのは言わば必然だったワケなんですよ。 ……まぁ、それも結局は言い訳なんですけどね。 長時間迷ったおかげで、全員テンションがダダ下がりですともさ。「はぁ……とりあえず、広間に移動しましょうか」「え、家の中でやっちゃって良いの?」「あまり大丈夫ではないんですが、外には太陽の光がありますからね」「ああ、なるほど」 そういや、フランちゃんも吸血鬼だったっけ。 レミリアさん曰く、日光がダメなんじゃなくてただ苦手なだけらしいけど、どちらにしろ外でやり合うのはあまりよろしくないか。 「でも……後片付けは一緒に頑張りましょうね?」「まぁ別に、それくらいは構わないけど」 ソレ、後片付け程度で何とかなるのかなぁ……。 そもそも、そこまで生き残れるかどうかがすでに怪しい気がする。 何しろフランちゃんと対峙している間、僕は暴走対策として常に狂気の魔眼を使用しておかないといけないのだ。 と言う事はつまり、魔眼を軸にした技――主に面変化等は使えなくなるわけでして。 ううっ、こういう時にこそ攻撃の幅が増えて防御能力が上がる四季面と天狗面が必要なのに。 さっきは根拠も無く大丈夫だなんて言ったけど、段々不安になってきたよ。 「よーし、それじゃあ始めよっか!」「委細承知っ!」 しかしそんな状況でも、フランちゃんのテンションが戻った瞬間に臨戦態勢へと入ってしまうパブロフの狗な僕。 どうして、マイボディはこんなにも物分かりが良いのだろうか。 少しは逃げる素振りを見せても罰は当たらないと思うんだけどなぁ――ま、最終的には諦める事になったでしょうがねっ。 ……なるほど、僕の身体は僕よりも賢いワケですか。 「ところで始めるのは良いんですけど、何か作戦みたいなものは無いんですか?」「そうだなぁ――作戦は『おのおのかってに』で」「何だか凄いイヤな予感のする作戦名ですが、具体的にはどんな事をするんですかね」「個人で戦いつつ、相方がピンチになったら殴ってでも助ける」「うわぁ、適当だぁ……」 いや、一応深い考察の元に決めた作戦なんですよ? 文姉クラスの実力者ならともかく、美鈴や僕の力量じゃ格上相手にお互いを常にフォローするのは難しい。 アリスと違って攻撃タイプの住み分けも出来てないから、即席のコンビネーションも危険だろうし。 ……その、器用貧乏な癖に近接寄りの僕が悪いんですけど。 こればっかりはどうしようも無いので、結局一番互いの実力が発揮できる個人プレーに走るしか無かったのでございます。 ヘッポコオールマイティキャラでごめんなさい。「……まだ作戦会議?」「あ、すいません。始めてください」「じゃあ、早速行くよーっ!!」 元気良く右手を掲げたフランちゃんが、スペルカードを宣誓した事でやっと弾幕ごっこが始まった。 って、しまった!? あっさり彼女に先手を譲っちゃったぁーっ! ―――――――禁忌「クランベリートラップ」 発動する、彼女のスペルカード。 紫色の弾幕が、フランちゃんを中心として無秩序に広がっていく。 さらに合間を縫いながら、こちらを目指して青い弾幕が僕と美鈴それぞれに近づいてくる。 ランダム弾とホーミング弾を組み合わせた弾幕か、これは厄介だね。「……でもっ!」「ちょ、晶さんっ!?」 僕は真っ直ぐフランちゃんに向けて駆け出した。 紫の弾は避け、青い弾は強化された手甲と足鎧で全て叩き落とす。 弾幕ごっこの回避方法としては三流だけど、フランちゃんを楽しませる大道芸としては充分だ。 手足の痺れを感じつつも前進し、僕は彼女の目の前まで辿り着いた。 そのまま、勢いよくフランちゃんに向けて拳を打ち出す。 「あははっ! 凄いよ晶、カッコイイ!!」 しかし、その一撃はあっさりと彼女に受け止められてしまった。 まるで触れるような軽い握られ方なのに、僕の右手はピクリとも動かない。 恐るべし吸血鬼の腕力。わりと全力で殴ったはずなのに、まさか歯牙にもかけられないとは。「でも残念、飛んでっちゃえっ!!」「うにゃぁぁぁあ!?」 そして、凄まじい勢いで放り投げられた。 視界が逆さまになり、あっという間にフランちゃんから遠ざかっていく。 ただし追撃は無い。一応、扱い的にはクランベリートラップの最中となっているためだろう。 それなら――「隙在りっ!」 僕は着地を完全に捨てて、スペルカードを発動させた。 ―――――――幻想「ダンシング・フェアリー」 巻き起こる氷と風の弾幕がフランちゃんを包み、そのダメージが彼女のスペルカードを解除する。 うーん、この技が真っ当に決まったのは初めてかもしれないね。 戦闘中でありながら、そんな事に感激してしまう呑気な僕。 ちなみにその間にも僕の身体は、無防備な姿勢で勢いよく壁へと向かっていた。 そろそろ歯を食いしばるべきだろうか。……最低でも、意識くらいは保っていたいなぁ。「あ、危ないっ!」「おぶっ!?」 そんな僕を、割って入ってきた美鈴がしっかりと受け止めてくれた。 ナイスフォローだ。何だかんだで美鈴は本当に頼りになるなぁ。 受け止める姿勢がお姫様だっこで有る事は気になるけど、とりあえず先にお礼を言う事にしよう。 「ありがと美鈴、助かったよ」「助かったじゃないですよ! いきなり無茶をし過ぎです!!」「は、はわわ。スイマセン」 怒られてしまった。いや、気持ちは分かるけどね。 だけど、僕も無計画に殴りにいったワケじゃないんですよ? これでも一応、色々考えた上で行動しているんです。 いやまぁ、確かに半分くらいは勘と思い付きで動いてるんだけどさ。「その、聞いてよ美鈴」「なんですか?」「確かに無茶だった事は認めるけどさ。スペルカード発動中なら、普通に殴りかかるより実はずっと安全だと思わない?」「そりゃ、相手が弾幕メインなら近接の方が楽になりますけど……吸血鬼の腕力はそれでも充分脅威じゃないですか」「うん、それはちょっとびっくりした」 ある程度覚悟はしていたんだけど、まだまだ甘く見ていたって事だろう。 僕がそう言うと、美鈴は呆れた様に溜息を吐き出した。「予測していたのなら、ちょっとは自重してくださいよっ! 怪我したらどうするんですかっ」 「その時は、大人しく諦めてたよ」 呆れきった様子の美鈴に、僕は肩を竦めながらはっきりと断言した。 そんな返答はさすがに予想外だったらしく、彼女はキョトンとしながら僕の顔を覗き込んでくる。 少し気恥ずかしいが、今はそういう場合じゃ無い。 僕はお姫様だっこの姿勢から抜け出すと、苦笑しながら自らの解答に補足を加えた。「スペルカードを使わないフランちゃん相手にやられる様なら、彼女と遊び続ける事なんて出来やしないよ」 弾幕ごっことは、人と妖怪が対等に戦うためのルールだ。 だけどそれにだって限度があると言う事を、僕は以前幽香さんに教えてもらった。 そう、僕は示さなければいけないのだ。フランちゃんに、自分が彼女と対等に戦える相手であるという事を。 そうでないと僕は、フランちゃんの友達を名乗る事が出来ない。 ……確かに、友達だからこそ必要な気遣いというモノはある。 力が無ければ仲良くなる事が出来ないと言うのは、幾らなんでも悲し過ぎるとも思う。だけど―――「我慢をするのは、男の子の役割だからね」「……晶さん」 僕も、自分が卑怯な人間だって自覚はわりとあるつもりだ。 必要ならプライドだって投げ売りするし、清廉潔白に括るつもりも全くない。 ヘタレだとかチキンだとか散々言われたとしても、命さえあれば何も気にしない。 だから、その呼称自体に文句を言うつもりは全くない。けど。 意地と覚悟だけは、何を言われようと最後まで貫き通すつもりだ。 「はぁ……分かりました、もう無茶をするなとは言いません。けど――私の事も、ちゃんと頼ってくださいよ?」「保証は出来かねます」「そ、そこは頷いてくださいって!」 いやぁ、難しいでしょう。 ……どうも今ので、フランちゃんのスイッチが完全に入ったみたいだし。「あはははは、凄いねっ! ならこれはどうかなっ!!」 ―――――――禁忌「カゴメカゴメ」 氷の山を吹き飛ばしたフランちゃんが、二枚目のスペルカードを使用する。 緑色した直線状の弾幕が、檻のように僕と美鈴を閉じ込めた。 出口は――無い。 「えっ!? と、閉じ込められた!?」「落ち着いてください。次の弾幕で包囲が崩れますから、その隙にっ!」 美鈴がそう言うのとほぼ同時に、巨大な黄色の弾幕が大量にばら撒かれる。 さらに彼女の言った通り、列を成していた弾幕はゆっくりと無秩序にバラけていった。 ただし、その大半はこちらを目指して降り注いでくる。 って、隙じゃなくて攻撃じゃんかコレ!? とりあえず、出来る限り避けて行かないと!「はぅあっ!? おっと! わっはぁっ!」 僕はロッドを展開して、避けられそうにない弾を幾つか叩き落とす。 それでも、回避するのに精一杯で攻撃には移れそうにない。 ……そういえば、何気に全方向から襲いかかってくる弾幕は初めてだ。 今までの弾幕はだいたい使用者を中心に全方向へ広がっていくタイプだったから、これはちょっとやり難い。 やり難いと言うか、正直ヤバい。ロッドで裁く量が増えてきた。 このままだと、一発当たった瞬間雪崩れ込むように弾幕の山を喰らってしまいそうだ。 美鈴は――裁くのでいっぱいいっぱいなのは僕と一緒だけど、まだ隙を窺う余裕は持っているみたい。 あの様子なら、フォローすればイケるかな?「美鈴!」「あ、はいっ?」「僕は無理そうだけど、突破するなら援護するよ! 何する!?」「えーっと……ではなにか、障害物のようなものを」「了解!」 そういう小細工は、はっきり言って得意分野ですともっ! 僕は思いっきり地面を踏みつけ、無数の氷の柱を隆起させる。「必殺! 毎度おなじみ氷壁畳み返し応用へぶっ!!」 その隙に弾を二、三発喰らったのは、まぁその御愛嬌と言うか何と言うか。 でも弾幕雪崩れ込みは防いだよ! 脇腹が痛くても頑張りますっ!! ちなみに、美鈴とフランちゃんは氷柱の方に注目してて僕のドジに気付いてない。セーフ。「うわぁ、すっごぉい! キラキラしてて綺麗!!」「ナイス援護です。これならいけますっ!」 障害物が出来た事で一瞬乱れた弾幕を掻い潜り、美鈴が駆け出した。 まるでスーパーボールのように、彼女は柱を土台にして縦横無尽に跳ねまわる。 凄いなぁ。良くあの速さで動きまわって、頭をぶつけたりしないもんだ。 僕も氷翼展開時には似たような動きをするけど、当たらないようにしてるだけで見えてるワケじゃないからなぁ。 もっともフランちゃんは、かく乱するような彼女の動きをそもそも気にしていないようである。 完全に見切っているのかそれとも、始めから見切るつもりが無いのか。 前者でもまずいけど、後者だとしたら……。「妹様、御覚悟をっ!」「ふふふっ、待ってたよめーりん!」「くっ!?」 ―――――――禁忌「恋の迷路」 先ほどの弾幕のスペルブレイクと同時に、次のスペルカードが宣誓された。 螺旋を描くような弾幕が、光のカーテンとなって全体へと広がっていく。「美鈴!?」「―――甘いですっ!!」 ―――――――星気「星脈地転弾」 しかし弾幕が美鈴へと到達する前に、彼女のスペルカードが発動した。 膨大な量の「気」が美鈴の手に集まっていき、巨大なエネルギー波として放たれる。 何とも強大で、恐ろしく発生の速いスペルカードだ。 さすがは本家本元、気の扱い方が桁違いに上手い。 ―――しかしそれでも、フランちゃんのスペルカードを破るには至らないらしい。 二つの弾幕は、ぶつかった所で完全な拮抗状態になってしまっている。 マズいね。広域技であるフランちゃんの弾幕と、一点突破を主眼に置いた美鈴の技が互角って言うのは。 「あ、晶さぁん! 見てないで手伝ってくださいよぉっ!?」「あっ、ゴメンゴメン」「援護してくれるんじゃなかったんですかーっ!?」 そう言えばフランちゃん、さっきスペルブレイクしていたっけ。 新しいスペルカードを使ってはいるけど、美鈴が拮抗しているおかげでこっちには弾幕があまり来ないし。 援護し放題じゃないか。確かに、ぼーっと見ている場合じゃ無かった。「それじゃあフランちゃん、覚悟!」「わっ、あきらも来るの?」 美鈴に当たらない場所へ移動し、僕もスペルカードを宣言する。 とりあえず、一番威力のある弾幕を叩きこもう! ―――――――零符「アブソリュートゼロ」 放たれた蒼い閃光は、余波で床を凍らせながらフランちゃんに直撃した。 それにしても我ながら凄まじい威力だ。多少減殺されたものの、光は相手の弾幕を見事に凍らしている。 確か、幻想化した「凍結」の概念が混じってるんだったっけ。 弾幕すら凍りつかせると言うのは、自賛を抜きにしても相当な威力である気がする。 気で出来た美鈴の弾幕も、まるで水晶のように美しく固まっていってるし。「あわわわわっ!? ちょっと晶さん!?」「……あ、ゴメン。なんか思ったよりも効果範囲が広かったみたい」「びっ、びっくりしましたよ。さりげなくこちらを巻き込まないでくださいっ!」 すいません。こんなに強烈だとは思わなかったんです。 発射口である手が凍る前に何とか離脱した美鈴へ、僕は苦笑いと共に謝罪を送る。 でもこのスペカ、最初のヤツより大分弱体化してるんですぜ? 今更だけど、「フリーズ・ワイバーン」ってハードルの高いスペルカードだったんだなぁ。「ぷはっ、私もビックリしたよ!」 そしてあっさりと、自身を拘束していた氷を破壊する妹様。 なるほど、付与された概念は強烈でも威力は大した事無いんですね。生まれつつあった自信が見事に死にました。 しかもダメージは皆無、相手のテンションだけは急上昇。一瞬回れ右したくなった僕を誰も責められまい。「あきらもめーりんも強いねー。私一人だと辛いかも」「いや、当方フランちゃん一人でいっぱいいっぱいなんですが」「同右です……」「だから、私も二人に負けないよう‘増える’ね」 そういって彼女は、ニヤリと笑って二人に……えっ、二人に? どうやら僕の目は少しおかしくなってしまったらしい。長時間魔眼を使い過ぎていたせいだろうか。 軽く目を擦り、改めて僕は目の前の光景を見直す。 ――今度はなんと四人に増えておりました。何でやねん。「ほえっ!? ちょ、うぇっ? あれぇ!?」「お、落ち着いてください晶さん。アレは妹様のスペルカード、「フォーオブアカインド」ですっ!」「増えるの!? スペルカードを使うと増えちゃうの!?」 今まで見てきたスペルカードの中で、一番無茶苦茶な技なんですけどソレって。 そもそも、増殖とフランちゃんの能力には何の関わりも無いっすヨ? アレか。自分と言う個体が一つしかないと言う事実を破壊したワケですか。ねーよ。 「うふふふふっ、安心して良いよ。他の三つは弾幕を放つ事しか出来ないニセモノだから」「ぐ、具体的に言うとどの程度の事が出来るニセモノなんですか?」「弾幕ごっこなら一通り出来るよっ」「めーりんさん、トイレ行ってきて良いですかね」「あはは、男の子なら最後まで意地と我慢を貫くべきですよ?」「ですよねー」 や、逃げる気はありませんでしたけどね。一応確認しておきたかったんデスよ。 どこぞの四○の拳なら個々の実力は弱体化するのに……。 さすがは幻想郷、質量保存の法則なんてクソ喰らえって事ですか。 そしてフランちゃん×4は、各々の手に巨大な炎の剣を――ってちょっと待ったちょっと待った!?「い、妹様!? それって「レーヴァテイン」……他のスペカの弾幕じゃないですかっ」「どぇぇぇええ!? ちょ、フランちゃん。幾ら枚数制限が無くても、スペカの同時発動はダメだよ!?」「ふふっ、大丈夫だよ。‘コレ’はそういうスペカだから」「えーっと……それはつまり」「じゃあ、行くよっ!」 ―――――――禁忌「フォーオブアカインド・ジャックポット」 本体と思しきフランちゃんが、炎の剣を振り下ろす。 その一撃は、僕と美鈴を綺麗に分断した。 そして分身と思しきフランちゃん達が、美鈴の所に二人、僕の所に一人向かってくる。 数的有利を確保した上で、各個撃破を狙ってくるなんて……フランちゃんってば無邪気な割に意外とクールね。 比較的僕より技量の高い美鈴に二人行ってるのは、まだ僥倖だと思うけど。 「あはは、私も行くよーっ!」 ――ああ、そういえば本体が残ってましたネ。うっかりうっかり。 もちろん彼女は、まっすぐこちらを目指している。 ヤバい。とりあえず一対一の状況の内に、目の前の分身フランちゃんを倒しておかないと!「と言うワケで分身フランちゃん、かくごふっ!?」「あ、晶さぁーん!?」 わーい、分身なのにフランちゃんってば超つよーい。 そういやさっき近接戦であっさりブン投げられてましたね、忘れてました。 ましてや今度はスペルカード付き。そりゃあっさりとド突き回されてしまうはずですよ。 何とかロッドでレーヴァテインを受け止めて致命傷は避けたけど、困った事に手が痺れてまともに動けそうに無い。 そして、そんなこんなやってるうちに本人がやってきてしまいました。「わーいっ、隙在りー!」 声だけは和やかに、勢いは凄まじく炎の剣を振り下ろすフランちゃん。 一方の僕は、分身の攻撃を受けたせいで反応する事が出来なくなっていた。 ……あ、ヤバい。これは確実に避けられない。それに多分、この一撃を受けたら僕は―――「ふっとんじゃえーっ!」「あ、晶さん!?」「あっ……」 炎の剣が当たる直前、僕は思わず目をつぶってしまった。 近づいてくる轟音と肌を焼く熱風が、死をもたらす攻撃がすぐ近くまで迫っている事を教えてくれている。 ……もうダメだ。 この状況を打開する手が、今の僕には存在していない。 ――ゴメンよフランちゃん、友達になるって約束したのにあっさり死んじゃって。 ――美鈴もゴメン、面倒な事態を全部押しつける形になっちゃった。 僕は頭の中で色んな人に謝罪していく。幸か不幸か、文姉や幽香さんやアリス、にとりに親分と謝る相手には事欠かなかった。 やがて紫ねーさまに謝り、最後に外の世界の友人への謝罪を思い浮かべようとして、さすがに僕も違和感を覚え始める。 長い。幾らなんでも着弾に時間がかかり過ぎだ。そろそろ、身体中に炎が引火してもおかしくない頃なんだけど。 ……そういや、前にも似たような事があったっけ。 あの時は文姉が助けてくれたんだよね。もしかして、今度もまた? 僕は恐る恐る目を開けてみる。すると――― 「ピンチの時は、頼って安心魔界神!」 灰色に染まった世界で、半透明な謎のお姉さんがぷわぷわ浮かんでいた。 ええー、何これ。これが噂のバッドエンド後のショートコントって奴ですか? 赤いと思われるゆったりとしたローブを身に纏い、銀色と思しき髪をサイドポニーにしている謎のお姉さんは、人差し指を両頬に固定したままニコニコしている。 ……ひょっとして、これツッコミ待ち?「私が‘再生’されたと言う事は、アリスちゃん、死ぬようなピンチに陥ったと言う事ね」「アリス? アリスの関係者なんですか?」「危ない真似ばっかりしているみたいで、ママちょっと悲しいわ」「ママって――まさかアリスのお母さん!?」「でも大丈夫! この鎧にこっそり仕込んだ魔法が、アリスちゃんをしっかりと守ってくれるから!!」「……あのー、すいません。僕の話も聞いてもらえませんかね」 ガン無視で話を薦めるアリスのママ(仮称)さん。 僕がストップをかけると、キョトンとした顔でマジマジとこちらを見つめてくる。 凄く可愛らしい人だ。とてもじゃないけど一児の母だとは思えない。「あら、アリス……ちゃん?」「あはは。いやその、大変申し訳ないんですが」「髪型と髪の色と瞳の色と服と体型と顔の造りと性別変えた?」「そこまで違ったら別人の線を疑いましょうよっ!?」 この恰好した僕の性別を当てる所は、素直に凄いと思うけどさぁ! そこまでボケ倒されると、逆にツッコミ辛いですよ?「アリスちゃんは心配性ねぇ。ママだってそういう時はちゃーんと疑うわよ?」「いや、だから僕はアリスじゃなくてね」 ……アリスがしっかりしている理由、何となくわかった気がする。 おでこをつつきながら、可愛らしく僕を叱るアリスのママ(半確定)さん。 これは、現状を把握するだけでも時間がかかりそうだなぁ。 あまりに突飛過ぎる状況に、僕は思わずため息を漏らすのだった。「それにしてもアリスちゃん、細くなったわねぇ。ご飯ちゃんと食べてる?」「本人聞いたら大激怒しますよソレ」 ――とりあえず最初に、この変な誤解を解かないとなぁ。