巻の六十二「勇敢な行為は、決して勝利を欲しない」 どうも、前回に引き続き命の危機にある久遠晶です。 暇だからと紅魔館を探検していたら、死亡前提の鬼ごっこをする羽目になりました。何が何やら。 あれからさらに十分ほど逃げ続けていますが、一向に状況は改善されません。 ――これはもう死んだかもしれないね。「わぁぁぁん、何でこんな事にぃぃいぃいいいっ!!」「本当ですよっ! 何でこんな事になったんですかっ!?」 さっぱり状況が掴めないまま一緒に逃げていた美鈴が、半泣きで事の原因を尋ねてきた。 ご尤もです。僕も可能なら、誰かにその答えを教えて欲しいくらいです。 ……強いて言うのなら、フランちゃんと友達になった事が原因と言えるのかもしれないけれど。「アハハハハ、マテマテマテーっ!!」 根本の原因はそれじゃ無いんだろうなぁ。多分。 波長の乱れもそうだけど、フランちゃんの態度には色々と謎が多い。 そこら辺をはっきりしない事には、こうなった理由を説明する事は出来ないんだろう。 ……けど、落ち着いて話せる状況じゃないよねぇ、明らかに。「と、とりあえず、時間稼ぎしよう、時間稼ぎ!」「い、異議は無いですけど、どうするんですかっ!?」「―――どうしよう?」 氷壁? すぐに壊されるからダメ。 狂気による幻覚? 自爆スイッチを押すような行為なのでアウト。 アブソリュートゼロ? やってる間中動けなくなるからかく乱としては悪手過ぎる。 いっそ立ち向かうってのは……普通に死にますね、はい。 ヤバい、結局なーんにも思いつかなかった。やっぱりこのままご愁傷様一直線ですか?「そうだ晶さん、アグニシャイン! アレ使えませんかっ!?」「おおっ、それだっ!!」 丁度良く目の前には十字路が広がっている。これなら何とか出来そうだ。 僕は美鈴に目で逃げる方向を伝えると、自らの真後に向かってスペルカードを発動した。 ―――――――転写「アグニシャイン」「わっ!?」 当てるのではなく視界を塞ぐような炎の広がりに、さすがのフランちゃんも一旦足を止める。 その隙に、僕と美鈴は十字路の右側へと転がり込むよう移動した。 さらに壁を塞ぐ形で、僕は氷壁を展開させる。 普通の場所なら偽装するのに氷の壁は厳しいけれど、光のあまり入らない地下なら細工込みで何とかなるだろう。 念のため、気を使う能力で冷気を遮断しておく事も忘れない。 後は……フランちゃんが深く考えずに移動してくれる事を祈るだけだ。 「あれ? あきらー? めーりん?」 ……僕等の名前を呼びながら、フランちゃんは十字路の左へと移動していったようだ。 よ、良かった、ここで右に曲がられたらアウトだった。たまには自分に有利な事も起こるもんだね。 とは言え油断は禁物だ。僕は仕草だけで移動する事を美鈴に提案し、静かに奥へと移動した。「はぁ、一応何とかなりましたねー」「本当に一応だけどね。今のうちに何とか対策を考えないと、結局フランちゃんに殺されちゃうよ」「え゛っ? 晶さん、また妹様と会うつもりなんですか?」「遊ぶって約束しちゃったからねぇ。そういうワケだから、色々話を聞かせて貰えないかな」 やっぱり、情報不足は如何ともしがたい。 本人に聞くのは色々と問題があるから、出来れば今のうちにフランちゃんの事を色々知っておきたいんだけど。 ……美鈴さんは何ゆえ、そんな信じられないような顔でこちらを見つめてくるんですか? 言いたい事があるなら聞くよ? 罵声は基本的にスルーするけどね。「ほっ、本当に何があったんですか? きちんと説明して欲しいんですが……」「別に良いけど、そんな複雑な話でも無いよ?」 美鈴に促されるまま、僕はフランちゃんとの出会いから遊ぶに至った経緯までを説明した。 最初は神妙に聞いていた美鈴だったけど、やがてその表情は呆然としたモノに変わり、最終的には唖然とした表情へと変化した。「そ、それだけなんです? ほとんど成り行きじゃないですか」「はっはっは。毎度成り行きに身を任せている自分としては、そこらへん特に気になりはしませんネ」「……晶さんって、変わってるって言われません?」「地味に何度か」 ただ、その都度「変」の意味は違っているみたいですけど。 やっぱアレかな、外の人間の感性は幻想郷の感性と大分違うのかな。 ……そういう事だよね? 外内無関係に変とかそういう事じゃないよね?「まぁ、そういう晶さんだから、妹様もあれだけ懐いているのかもしれませんね」「あ、やっぱアレ一応は懐いてるカテゴリに含まれる反応だったんだ」「そうじゃないんですかね? あれだけ狂気に満ちた状態でも、晶さんに「ありとあらゆるものを破壊する程度の能力」を使いませんでしたし」 えっ、なにそれこわい。 美鈴がさらっと明かしてくれたフランちゃんの能力は、予想していたよりも遥かにチートでした。 あ、いや、ある意味予想通りかな。どっちにしろ何の救いにもなりはしないけど。 ……それにしても美鈴、フランちゃんが暴走してる事自体にはわりと冷静な様に見える。 やっぱり彼女には、なにか複雑な事情があるのだろうか。 「ねぇ美鈴、フランちゃんってどうしてこんな地下深くに居たの?」「それは、その……」「ここまで巻き込まれたんだから、ちょっとくらい教えてくれても良いんじゃない?」「んー……そうですね。晶さんは妹様のお友達みたいですから、特別ですよ?」 あ、思いの外あっさり許可が下りた。僕的には、もう二、三回くらい問答があるかと思ったんだけどなぁ。 これは美鈴が温いのか、それとも実はそんな大した事ない事情なのか。 とりあえず、聞いてから判断させて貰おう。……けど、前者は色んな意味で勘弁して欲しいっす。「妹様――フランドール様は、今まで地下から出た事が無いんです」「今まで? それって、具体的にはどれくらいの時間?」「私も聞いた話になりますけど……確か、四百九十五年ほど」「……それはまた、えらいスケールの出不精ですね」「で、出不精ではありませんよ! 妹様は……その、少々気がふれているので、お嬢様が表に出ないよう言いつけているのです」 なるほど、道理で彼女の波長を弄ってもすぐに乱れるワケだ。 僕の魔眼は狂気を操るためのモノであって、狂気を治療するためのモノでは無い。 発現した狂気を抑えた所で、根源の部分を正せなければモグラ叩きになるのも必然だろう。 それでも、何度か弄り続けてやればまともな精神状態に‘慣れ’そうな気はするけど。 そういやフランちゃん、波長を弄った後も言動におかしなモノがあったよね。 あの時は、てっきり狂気の魔眼が効かないもんだと思っていたけど、アレはひょっとして……。「美鈴、フランちゃんは今までずっと地下に居たワケだよね」「あ、はい。それは間違いありません」「ちなみにその間、世間に対する勉強とかそういう事はしてきたの?」「正直、本人が積極的で無い事もありまして、あまり……」 だろうなぁ。あの世間知らずっぷりだ、本当に全然勉強していなかったに違いない。 でもこれではっきりした。波長の乱れを修正しても尚、彼女の言動がおかしかった理由は間違いなくソコにある。 常識とは、言いかえればその人間にとっての‘当たり前’である。 多くの人間は、他人との触れ合いや自らの体験でその当たり前を修正していく。 だけどフランちゃんには、前者の経験が圧倒的に不足しているのだろう。 そうなると彼女は――例え歪んでいたとしても――後者の経験だけで、自身の常識を構築して行かなければならなかったのだ。 そしてその結果があの地獄遊戯か。……五百年モノの自分ルールってのは、色んな意味でタチが悪いなぁ。「――晶さん。一つ、お願いしてもよろしいですか」「ほへ?」 僕が考察を進めていると、美鈴が真面目な顔で詰め寄ってきた。 真顔でそんな事言われると思わずドキドキしてしまうけど、どうもそんな色気のある台詞じゃ無さそうだ。「妹様を、外に出して頂けませんか」 そして彼女の口から語られる、想像以上にトンデモないお願い。 一瞬何を言われたのか分からず僕は、ただ呆然と美鈴の顔を見つめていた。 え、マジで? 何かの冗談とかじゃなくて?「ええぇぇぇぇえっ!? そ、外に出すって!?」「私達には、狂気に囚われた妹様を地下に押し留める事しか出来ませんでした。ですが、晶さんなら……」「ちょ、ちょっと待った。ストップストップ!」 目を輝かせて有り得ない事を力説しようとする美鈴を、僕は慌てて静止した。 今、途中で遮ったけど凄い評価が下されようとしてなかった? 紅魔館の面々を差し置いて、僕なら何とか出来るとか色々突拍子も無さ過ぎじゃありませんか。 僕はさらに否定の言葉を口にしようとする。 しかしその前に、やたら神妙な顔の美鈴が遮られた言葉を続けた。「確かに晶さんはパチュリー様ほど賢く有りませんし、咲夜さんほど仕事が出来るワケでも有りません」「……美鈴」 それはアレ? 新手の罵倒と考えて良いの? いや、確かにその通りだけどさ。僕多分君の事グーで殴っても許されると思うよ?「ですが私は信じています。久遠さんの発想力と悪知恵と往生際の悪さなら、私達では思いもしない救済方法を考えついてくれるとっ!」 ――これって、ブチ切れても良い場面だよね。 拳を握りしめ断言する美鈴に、さすがの僕もちょっとカチンとくる。 そもそも、その三つの要素で何とか出来る問題じゃないでしょう。 確かに彼女の狂気は、疑似モグラ叩き前提になるけど抑える事が出来るし。 残ったフランちゃんの‘常識’の問題も、案が無いワケじゃないんだけど……アレ、案外何とか出来そう? とは言え、ただ「遊ぶ」のだってキツいのに、外に出れるようアレコレ工面するって言うのは……。『ねぇねぇ、あきら』『私達って「トモダチ」なのかなっ』『本当っ!?』『じゃあさ、じゃあさ、一緒に遊ぼう!!』「――ねぇ美鈴。僕からも、一つ聞いて良いかな」「はい? なんですか?」「フランちゃんにはさ、友達とか居たの?」「……少なくとも、私は聞いた事がありません」「そっか」 参ったなぁ。ひょっとして僕、フランちゃんの初友達だったりする? いや本当に参ったね。――自分がこんなにも情に脆いなんて、思いもしなかったよ。「さてっと。それじゃあそろそろ、僕の「トモダチ」に会いに行こうかな」「その、晶さん……」「……言っておくけど、何とか出来る保障なんて無いからね?」「あっ、じゃあ!」「それから、美鈴にも手伝ってもらうよ! 拒否権は無し、いいねっ!!」「はい! もちろんですっ!!」 軽く背伸びをする僕に合わせて、美鈴が嬉しそうにガッツポーズをとる。 心強い事だ。それじゃあ今度こそ、頼りになる味方として力を貸してもらおうかな。 僕がそう決意すると同時に、今度は前方から何かが砕ける音が聞こえてきた。 ふむ、フランちゃんは中々空気が読める子みたいだね。「見ーっつけた! ずるいよ二人とも、勝手にかくれんぼ始めるなんてっ!!」「あはは、ゴメンゴメン」 プンスカと怒っているフランちゃん。 だけど波長に乱れは無い。調子が良いようで何よりで。 ……これなら、イケるかもしれないね。 僕は美鈴に目配せして、こちらに会話を任せる旨を伝える。 彼女が軽く頷くのを確認し、僕は改めてフランちゃんに向き直った。「じゃあフランちゃん、お詫びってワケじゃないんだけど……僕等と弾幕ごっこしない?」「え゛えっ!?」「わー、良いのっ!?」「もちろん。条件は――そうだね。スペルカード枚数制限無し、時間も無制限でどうだっ!」「ど、どぇぇええええっ!?」「わーい、やるやるーっ!」 僕の提案に、無邪気に喜ぶフランちゃん。いきなり裏切られたような顔をする美鈴。 まぁ自分でも痛快な自殺行為だと思わないでもない。実際ちょっと手足が震えていたりする。「ちょ、ど、どういうつもりなんですか晶さん。死ぬ気ですかっ!?」 フランちゃんに聞こえないようコッソリと、美鈴が僕に耳打ちしてきた。 その表情はかなり切迫しており、自らの悲惨な未来を実にハッキリとした形で視覚している様だった。 ……美鈴でも、フランちゃんの相手はさすがにキツイのか。 とは言えここでこの提案を撤回するワケにはいかない。 僕も美鈴と同様に、フランちゃんへ聞こえないよう小さく言葉を返した。「とりあえず、フランちゃんの狂気に関しては、ゆっくりとそうでない状態に慣れて貰うしかないと思うんだよ」「そうでない状態に慣れる、ですか?」「そう。僕の狂気の魔眼で平時の状態を維持できれば、多少は狂気を抑えられるようになる―――と良いなぁと考えているワケです」「最後の一言が完全に余計ですが……なるほど、有効そうな手ですね」 お遊びで狂人の振りをしていた男が、気付けばいつの間にか本当に狂ってしまっていた。と言う話を昔本で読んだ事がある。 精神と言うのはそれほど繊細なシロモノである。 ずっと平静の状態を保っていれば、フランちゃん更生の一端くらいは担ってくれるかもしれない。 少なくとも、狂気垂れ流しよりは良い結果を生み出す事だろう。「でもそれとこの弾幕ごっこに、どんな関係があるんですか?」「平たく言うと――フランちゃんに対するお勉強タイムってところかな」「へっ?」 魔眼による治療は、効果があったとしても根本的なモノにならないのは確実だ。 相手の狂気は五百年近く培ってきた年代モノである。それを治すためには、下手すると同じくらいの時間をかけなければいけないだろう。 さすがにそれは難しい。それに、この方法だけでは魔眼への依存が強くなってしまう。 「狂気の魔眼が存在しないとやっぱり危険だ」と言う認識をされてしまうと、外出できるようになっても今と状況はあまり変わらない。 理想としては、彼女自身が有る程度狂気を抑えられる様になる事が望ましいのだ。「だけどそのためには、フランちゃんのデンジャラスな‘常識’を何とかしないといけないんだよね」 何しろ「身体バラバラは綺麗で楽しい」なんて、外の世界では一発アウトの意識を持ってる子だからなぁ。 狂気に同調するような性格では、狂気の抑制なんて間違いなく不可能だ。「だったら何で弾幕ごっこなんてするんですか。普通にお勉強とかした方が良いじゃないですか」「……それをするためにも、僕等はこの試練を乗り切らなきゃいけないんだよ」「ええ~っ」 彼女の常識は、狂気同様五百年近く行動の指針となったモノだ。 それをこちらから無理矢理直させようとしても、招くのは反発だけだろう。 結局、自分のルールと言うのは自分自身に修正させるしかないのだ。 しかし――ルールを望む方向に修正させるよう、僕らが‘干渉’する事は出来る。 そのためには、フランちゃんにとって僕らが「影響を受ける」に足り得る存在となる必要があるのだ。「えーっと、つまる所どういう事ですか?」「名実ともに「トモダチ」になるって必要があるって事ですヨ。――仲良くなるには相手のやり方に倣う、基本でしょう?」「い、言いたい事は分かりますけど、やっぱり無茶ですよっ!?」「じゃあ、そんな美鈴に外の世界の格言を送ろうか」「な……なんですか?」「死ななきゃ安い」「この人本当にメチャクチャだぁーっ!?」 そうは言うけどね。今回の目的はあくまでフランちゃんと仲良くなる事だから、勝つ必要は全くないんだよ? もちろん勝つ気が無ければ勝負にならないので、そこは真剣にやるけどさ。 結果として、フランちゃんを楽しませつつ生き残っていれば僕的には万事オーケーなのである。 と言うか美鈴、さっき「拒否権無しで手伝う」って言葉に頷いたじゃん。約束は守らないとダメだよ。「ま、覚悟を決める事だね。なーに、フランちゃんが満足した時に五体残っていれば良いだけの話さ。イケるイケる!」「……晶さんが幻想郷に馴染みまくった理由を、今何となく把握しました」「二人とも、さっきから何を話してるのー?」 おっと、さすがに話しこみ過ぎたかな。 僕は彼女の問いに応えるよう、魔法の鎧を展開する。「ちょっとした作戦会議……って所かな。‘遊ぶ’んだったら、より楽しい方が良いでしょ?」「わぁ……凄い、凄いワクワクしてきた!」 僕はゾクゾクしてきたけどね。死の予感を背中で感じとったおかげで。 だけど、引かないから。 わりと淡白に話してるけど――これでも結構、‘友達’のために熱くなってたりするんだよ?「はぁ、分かりましたよ。こうなったら私も、最後までお付き合い致しますっ!」「わーっ、めーりんもやる気満々だねっ」「うう、でも出来れば、無事に終われる保証が欲しいです」 美鈴さん、往生際が悪すぎますよ。 いや、まぁ気持ちはよく分かるんですけどね。「大丈夫。無事に終わるよ」「……晶さん?」 そんな半泣きの美鈴に、僕は苦笑しながらそう告げた。 我ながら信用できない無い保障だけど、今回ばかりは僕にも多少の確信があったりする。 でも、「終わる」と言うのはちょっと違うかな?「―――無事に終わらせるよ。美鈴だって、僕にとって大切な友達だからね」 ここまでお膳立てされて、ヤル気にならない男の子なんていませんよ。 それじゃあ、気合いを入れて頑張るとしましょうかね。「ところで、ここじゃ狭いから移動しない? 出来れば逃げやすくなれるくらい広い場所に」「うん、いいよー」「……不安です。とんでもなく不安です」 いやその、最低限備えておく事も大切だと思うんですよ。