巻の五十八「慣習とは反対の道を行け。そうすれば常に物事はうまくいく」 前回までのあらすじ。 レイセンさんと仲良くなったと思ったらドつきあいする羽目になった。 概ね間違ってないから困る。「それじゃあ二人とも、準備は良いかしら?」「あ、はい」「出来れば無期限停止にして欲しいです……」 訓練自体に文句は無いんだけど、相手がレイセンさんと言うのはちょっと。 せっかく少しは仲良くなれたと言うのに、また嫌われてしまうのは正直困ります。 え? 正々堂々戦えば問題ないって? ――それで勝てないから、こうして悩んでるんですヨ? 前に軽くやり合った感触だけで分かるけど、レイセンさんは相当強い。 狂気の魔眼に注視しがちだけど、総合能力の方もかなり高めである。 少なくとも、ドつきあったら確実に負ける。 ……まぁ、負けても良いなら正々堂々戦っても良いんだけど。「弾幕、スペルカード以外は「何でも」あり。判定は、有効打相当の攻撃を先に当てた方を勝ちとするわ」「有効打相当で勝ち、ですか?」「ええ、当てても構わないけれど、‘何度かやりたい’から出来れば寸止めするようにしてね」「……うぐぅ、了解」 お師匠様の意図を考えると、そういうワケにもいかないんだよなぁ。 この模擬戦は、新たな武器を与えられた僕がどう戦うのかを図る為のモノなのだろう。 後々の指導に関係する事を考えると、さすがに手段を選ぶワケにはいかない。 だけど、手段を選ばないとレイセンさんの好感度がガタ落ちするのは確定的に明らかなんだよねぇ。「晶、変な遠慮はいらないわよ」「姉弟子?」「私は私の流儀でやるから、貴女は貴女の流儀で戦いなさい」 ニヤリと笑って、レイセンさんがお師匠様から渡された棒を構える。 むぅ、気を使われてしまった。まさか姉弟子にそんな事を言ってもらえるなんて……。 でもそうだよね。遠慮して手段を選ぶのは、別の意味で彼女に失礼だよね、うん。「よーしっ! 全力で行きますよ、姉弟子!!」「ええっ、かかってきなさい!」 僕も銀の棒を、あえて‘展開させないで’構える。 場の空気が締まっていく中、お師匠様が厳かに訓練の開始を宣言した。「―――始めっ!」 その声とほぼ同時に、レイセンさんがこちらに向かって駆けだす。 なるほど、先手必勝で優位に立つつもりか。そうなると実力的に劣勢な僕は、勢いに押されて負ける可能性が高い。 だけど……スイマセン。姉弟子の性格上、絶対そう来るだろうなーと思ってました。 僕は軽く棒を前後させて、相手の動きを見守っている‘フリ’をする。 そして、彼女がある一定の距離を踏みこんできた瞬間。僕は自らの腕を滑車の軸にして、仕掛けていた罠を釣り上げた。「どっせぇいっ!!」「きゃあっ!?」 踏み出したレイセンさんの右足が、勢いよく空に上がる。 その脚には、半透明のツタのようなモノが巻きついていた――いや、僕が作って巻きつけたのですがね? そのツタは真っ直ぐこちらに伸び、腕を通して棒に繋がっている。 ……思いの外上手く行ったなぁ。 氷による鞭。以前は、持ち手の部分の頑丈さと振りまわす部分の柔軟性が両立出来なくて断念したんだけど。 持ち手の部分を棒で代用したらイケたね。やっぱり意外と使い勝手いいかも、この武器。 ――おっといけない、トドメをささなくちゃ。「ブレイク!」「あわわっ」「ほぉあちょっ!!」「しまっ!?」 捕縛している鞭を思いっきり引っ張り、レイセンさんの体勢をさらに崩しつつ相手を引き寄せる。 その状態で氷の武器を破壊。そのまま棒を展開し、姉弟子の額に目掛けて一撃を叩きこむ。もちろん寸止めで。 「そこまで、晶の勝ちよ」 同時に、お師匠様が僕の勝利を宣言してくれた。 ――良かった。今のが有効打に認定されなかったらどうしようかと思ったよ。 僕は安堵の息を吐き出しながら、伸ばした棒を元の長さに戻す。 そしてそれと同時に、顔を真っ赤にして掴みかかってくるレイセンさん。 ああ、やっぱりこういう展開になりましたか。「いきなり何やってるのよアンタは! 最初くらい、普通に打ち合おうとは思わなかったの!?」「あはは。その、姉弟子ならそう考えるだろうと思っていたので、僕らしく裏をかいてみましたスイマセン」「ぐっ……」 あ、堪えた。 激昂するかと思いきや、僕の言い訳にレイセンさんは言葉を詰まらせた。 ああ言った手前、怒る事は出来ないと考えたのだろうか。 本当に真面目な人だ。色々な意味で汚い自分が情けなくなってくる。 不意打ちしてゴメンなさい、レイセンさん。 でも、出来ればもうちょっとヒートアップして頂いて、もっと冷静さを失って貰えると大変ありがたいです。 「貴方「何でもあり」になった途端、活き活きとし始めたわね」「そ、そうですか?」「師匠の言うとおりよ。……何を企んでいるのか知らないけど、その胡散臭い笑顔は引っ込めなさいな」「いやその、自分としてはポーカーフェイスを貫いているつもりなんですが」「あら、なら貴方には策謀の才能があるわね。能面よりずっと相手を混乱させられるわよ、その笑顔」「……左様でございますか」 褒められているのだろうか、ソレは。 自分の頬をむにむに弄りながら、思わぬ後見人の影響に唖然とする僕。 ひょっとして、以前紫ねーさまと将棋指していた時に色々考えていた僕を、あの人が複雑そうな顔で見ていた理由はコレだったのだろうか。 今まで良く出なかったなぁ。……今後は少し気をつけよう。「あ、あははっ、とりあえず次を始めましょうよ」「そうね。うどんげも準備は良いかしら?」「ええ、今度は引っかかりません!」 その警戒心が美味しくてたまりません、とか考える僕はもう手遅れかもしれない。 いや、ぶっちゃけ警戒して頭を固くしてくれないと、こっちに勝ち目が無いだけなんですけどね。 再び武器を展開した僕は、こちらの一挙手一挙動も見逃さないと言わんばかりの視線を向けてくる彼女と相対した。「それでは二本目―――始めっ!」 お師匠様の合図に合わせて、今度は僕が駆けだす。 警戒を高めていたレイセンさんは、一瞬だけ反応が遅れてしまったようだ。 よしっ、予定通り! 僕は中央の掴みから手を離し、棒の端に氷の取っ手を生み出して、そこを片手で掴み取る。 反対側には三日月を半分にした形の刃を生成した。平たく言えば大鎌だ。 僕はその鎌を、相手に向かって思いっきり振りかぶる。「ふん、今度は射程を変えた武器による奇襲? だとしたら甘いわっ!」 それなりに不意を突いた攻撃を、レイセンさんはあっさりと受け止める。 明らかに強度的に劣る木の棒であっさりと、刃に触れないように柄を抑える技術はさすがとしか言いようがない。 「片手で、しかも端を持つような不安定な持ち方で、有効打を与えられると思わない事ね」「あー、やっぱ無理ですか」「不意を突くにも限度があるわ。奇天烈な行動をとれば良いってものじゃないのよ?」「まぁ同感ですね。僕も、‘捕縛目的’じゃなければこんな事しませんよ」「――えっ?」 僕が苦笑いすると同時に、鎌の刃が根元からへし折れるように曲がり姉弟子の棒を包み込む。 二人の棒の先端が、丁度十字に交差した状態で固定された。 レイセンさんの表情が驚愕に染まる。何しろ、抑えられた相手と抑えた相手が綺麗に入れ替わったのだ。 そしてその動揺が、今この瞬間では致命的な隙に繋がる。 僕はあえて空けていた片手に、氷製武器を生成した。「アイシクルゴールデンハンマーっ!」「くっ!?」「ふむ……そこまで、晶の勝ちね」 氷で出来た小さめのハンマーを、レイセンさんの頭の上で止める。 特にゴールデンである事に意味は無い。ついでに言うとハンマーである意味さえ無い。 僕は決着の宣言を聞くと同時に、氷製武器とくっつけていた棒の接合部分を解除して距離をとった。 その理由は……言うまでもないだろう。「ふ、ふふふ、ふふ―――とことん真っ当に戦う気が無いみたいね。貴女の持ってる武器は飾りか何か?」「いや、僕の中では大分有効利用してるつもりなんですが」「どこがよっ! ちょっとは師匠から貰ったその武器を使って、正々堂々戦ってみなさいよっ!!」「むぅ……分かりました。やってみます」「…………」 あ、疑惑の視線。全然信じてない。 まぁ、信頼されてない理由は分かるし、実際裏をかく気満々なんだけど。 ……これは、せっかく生まれつつあった絆ぶち壊し確定かなぁ。「準備は良いみたいね。それじゃあ三本目――始めっ!」 段々険悪になってきた空気の中、お師匠様のマイペースな合図がかけられる。 さっきよりもより身構えるようになったレイセンさんに対し、僕は展開した棒を構え―――そのまま、空高く放り投げた。「……へっ?」 呆然と、宙をクルクル回る棒を見つめるレイセンさん。 その隙に「魔法の鎧」を装着し、僕は一気に彼女へ向かって駆けだした。 相手が呆然としている内に、気で強化した手甲を腹部へと叩きこむ! ……振りをする。 「そこまで……晶の勝ちね」「へっ? へっ?」 放り投げた棒は、特に何の問題も無く地に刺さる。 それでようやく何が起きたのか理解出来たレイセンさんは、ついに自分を抑える事を止めた。「あ・き・らぁぁぁぁぁっ!! 私が言った事、理解できていなかったのっ!?」「いや、理解してましたよ?」「どこがよっ!」「だから、お師匠様から貰った武器を(囮に)使って、正々堂々(拳で)戦いましたが」「全く別の文章になってるじゃないっ!?」「……ダメ?」「ダメに決ってるでしょっ!?」 ですよねー。 自分でも今の受け取り方は無理があると思った。思ったけど曲げない、絶対曲げない。 僕はニコニコ笑いながら、レイセンさんの怒りを受け流す。 姉弟子はその態度に大分イライラしているようだけど、僕は鋼の意思で表情を固定した。 今回の手は、正真正銘一発限りの使い捨てネタだ。二回同じ事をしても間違いなく返り討ちに遭うだけだろう。 しかし、‘僕が二度とこの手を使わない’事をレイセンさんに悟られてもいけない。 疑惑は片隅にあるだけで足枷になる。張り子の虎でも、中身が張りぼてだと知られなければ相手には脅威となり得るのだ。 「上等よ、もう引っかからないわ。何をやってこようと絶対に見破ってやる」「……良い感じに疑心暗鬼になってるわねぇ」 全くです。僕のせいですが。 割れよと砕けよと言わんばかりのレイセンさんの殺意溢れる視線に、この後どうやって永遠亭を逃げ出すか考え始める僕。 ゴメンなさいてゐさん、いつも通りにしていたら嫌われてしまいました。「ところで晶。貴方のソレ、何かしら?」「あ、この前アリスから貰った魔法の鎧です。普通に殴るより効きそうだったんで使ったんですが、ダメでしたか?」「いえ、鎧自体に問題はないわ。‘何でもあり’だと言ったでしょう?」「それは良かった。……で、何か?」「何でも無いわ。ちょっと気になっただけよ」 そうですか。じゃあ細々と聞こえてくる「やっぱり比率が……」とか「もっと厳しく……」とかも空耳ですね。 良かった良かった。―――オウチニカエリタイ。 「それじゃあ二人とも、四回目行くわよ?」「……らじゃあ」「ふふふふふ、お願いします。ふふふふふ」「では、四回目―――始めっ!」 お師匠様の合図と共に、レイセンさんがとった選択は待機。 最早完全に待ちの姿勢である。……勝算があるならともかく、ただの受け身でソレは良いカモですよ? 僕は放り投げた武器を拾い―――真っ直ぐレイセンさんに向かって‘歩いて’行く。 戦う気があるのかと言いたくなるほど悠々と歩を進めていく僕に、レイセンさんの警戒はどんどん増していった。 それでも僕はマイペースに足を動かし続ける。それに合わせて身を固くする姉弟子。 歩く僕、固まる姉弟子。 それでも歩く僕、しつこく警戒する姉弟子。 歩みを緩めも早めもせず進み続ける僕、色んな意味でガチガチになっている姉弟子。 そのまま僕は射程に入るまで歩みを進めて、何の飾り気も無い一撃を姉弟子へ振り下ろした。何度も言うけど寸止めで。 「……あれ?」「はい。晶の勝ち」 目の前に突き付けられた棒を、呆然と見つめるレイセンさん。 まさか今まで散々不意打ちしてきた僕が、普通に攻撃してくるとは思わなかったのだろう。 だからこそ、このタイミングで‘正々堂々’攻撃をしかけたんだけどね。 「ちょ、何よそれ! 何で普通に戦うのよっ!!」「毎回‘卑怯な戦い方’を選ぶ必要が、特に無いからですが」「ぐっ……」 これもまぁ、相手に与える足枷の一つだ。 馬鹿正直に不意打ちし続けるのは、愚直に真っ直ぐ戦う事と何も変わらない。 所詮、奇策とは正道あっての有効手なのである。 とは言え正道上等と言わんばかりに突撃を仕掛けたら、返り討ちに遭うのは目に見えている。 正々堂々でモノを言うのは普段の努力。それが足りないからこそ、こうやって小細工を色々仕込んでいるのであります。 あれだけ無警戒に歩いていけば、ある意味不意打ちと変わらない気もするけどね。 相手が‘普通に戦った’と認識しているなら問題無し。 これからは巻いた種育てるように、清濁入り混ぜて攻めていけば紙一重の差で勝ち続けていけるはず。多分。 ……模擬戦って言うより詰め将棋だよなぁ、コレ。「またその胡散臭い笑い! 今度は何を企んでるのよ!?」「いや、今のは考え事をしていただけで」「それは……企んでると言うんじゃないのかしら?」「う、うぐぅ」 それにしてもこの模擬戦、勝利難易度の割に実入りが少なすぎる気がするんですが。 十分後、僕はそれから四回程行われた模擬戦全てに勝利した。 ……ある意味、今までで一番キツい戦いだった。 何しろただ勝つだけでは、数を重ねるうちに相手が調子を取り戻してしまう。 そうなってしまってはこちらの負けだ。それを防ぐためには、相手の気勢を削いだまま勝つ必要がある。 つまり――こちらの必須勝利条件、秒殺完封勝ちのみ。 これなんて無理ゲー? いや、何とかやり切りましたけどね? 「ぐぅう……」 そろそろネタ切れの感が否めない僕の目の前で、レイセンさんが後頭部を抑えて蹲っている。 八戦目の決め手となった、僕のジャーマン・スープレックスがまだ効いているのだろう。 さすがにアレは寸止め出来なかった。そんな加減出来ない技をトドメにチョイスするのもどうかと思ったけど、ネタ切れだからしょうがない。「いやー、今のは派手に決まりましたねー」「芸術的なブリッジね。往年のカール・ゴッチを思わせる素晴らしいフォールだったわ」「姫様、適当な本から適当な引用して語るの止めなよ」「えー? 今回のはそんなに外れてなくない?」「ふ、二人とも黙っていてくださ――いたた」 五戦目あたりから観戦を始めたバカ殿――もとい、永遠亭の主が好き勝手な野次を飛ばす。 輝夜さんは相変わらず、お伽話のイメージを爽快にぶち壊してくれるなぁ。 お座敷セットまで用意して優雅に観戦と洒落こんでいる彼女に、かつて思いをはせた竹取物語の姫の姿を重ねてブルーになる僕。 ちなみに、その隣で当たり前のように実況をしているてゐに関してはノーコメントで。あの兎はもう何でもアリな気がする。「もういっそ、形振り構わず逃げに走ったらどうかしら? 意外と面白いモノが見れるかもしれないわよ?」「しませんっ!!」 見ているだけの輝夜さんの無責任な煽りは、レイセンさんの調子を削ぎたい僕にとってこの上ない援護だ。 だけどたまにこうやって、さりげなく彼女にアドバイスを送るから侮れない。 かなり湾曲な伝え方だから、真面目なレイセンさんは馬鹿にされてると思ってるみたいだけどね。 ……実際のところ、逃げに走られると僕はかなり困ります。 こちらが八戦全て優勢でいられたのは、姉弟子がずっと攻めに逸っていたためだ。 そういった精神の相手ほど、その勢いを挫いてやれば容易に隙を見せる。 だけど逃げられるとそうはいかない。何しろこっちは、勝負に時間をかけるワケにはいかないのである。 必然、そうなると今度はこちらから攻める必要が出てくるんだけど――その状況で余裕が無くなるのは間違いなく僕だろう。 つまり負け確定である。……敗北条件多いんだから、アドバイスは程々にして下さい輝夜さん。「さて、今日の所はこれくらいにしておきましょうかね」「ほへ?」「っ、師匠! 私はまだ戦えますよ!?」「勘違いしないのうどんげ。これはあくまで‘晶のための’模擬戦よ?」「……ううっ」 ヒートアップするレイセンさんに、お師匠様がクールなお言葉をかける。 嗚呼、お師匠様の姿が神様に見えますっ! 思わぬ救いの言葉に、内心で小躍りするネタ切れな僕。 ちなみにこのまま戦い続けていたら、九戦目で僅差勝ち、十戦目でめでたく詰みとなっておりました。 いやほんと、絶妙のタイミングでストップかけてくれましたよ。 まるでその事を読んでいたみたい……みたい?「ふふふっ」 ――確実に読まれてましたねコレは。天才マジ怖い。 僕は改めて、己が師匠の恐ろしさを実感した。 さらにお師匠様は、ニッコリ笑顔で僕に難題を押し付ける。「それじゃあ晶、今度は復習としてうどんげの応急手当てをする事。良いわね」「……え?」「あら、何かおかしな事を言ったかしら? 薬師の修業も貴方には必要でしょう?」 いやまぁ、確かにおっしゃる通りですが。 僕はこっそりと、蹲っているレイセンさんの方に視線を移す。 寸止め推奨とは言え、戦っている以上不慮の事態は必ず発生してしまう。 僕は頑丈だし、攻撃されないよう上手くやってきたから体力の消耗だけで済んでいるけど、レイセンさんは違った。 八戦全てやり込められた彼女は、物の見事にボロボロになっている。「それほど重症では無いから、今の貴方には丁度良い練習台よ。ふふっ」 ……まさか、この人ここまでの展開を全部読んでた? いや、さすがにそれは無い。幾らなんでも有り得無さ過ぎる。 それが事実なら、お師匠様は僕が戦う前から僕の戦い方を察していた事になるじゃないか。 幾らお師匠様だって、さすがにそこまで予知していたなんて事は……。「そうそう、そんな事あるワケないじゃない」「……………」 絶妙なタイミングで合いの手を入れられた。天才ギガンテック怖い。 いやしかし、お師匠様の言葉自体にはウソが無いはず。確かに練習台として今のレイセンさんは最適だと言える。 強いて問題があるとするなら、レイセンさんの警戒度がマックスだと言う事だろうか。 好感度が一度上がってから下がった分、説得するのは難儀しそうだ。 僕はフォローの言葉を考えつつ、姉弟子へと顔を向ける。 ……とりあえず、最初は謝罪の土下座から始めた方が良いかな。「―――はぁ、意地を張ってもしょうがないわね」「はい?」「てゐ、薬箱取ってきて。晶はその間に、手順の再確認をしておきなさい」「あいあいさー」 深々と溜息を吐いたレイセンさんが、僕の土下座より早く口を開いた。 あっさりと敵意を引っ込めて、姉弟子はてゐに指示を飛ばす。 その変わり身の早さに、むしろ僕の方がついていけずポカンとしてしまう。「……あの、姉弟子?」「なによ」「その、良いんですか? 続きをやらなくて?」 レイセンさんの性格と僕に対する印象を考えると、最悪で試合続行を主張してくると思ったんだけどなぁ。 ちなみに、最良の展開でも五分くらいはゴネられると思ってました。 僕のそんな問いかけに、レイセンさんはどこか悟ったような笑みを浮かべる。 彼女は遠い瞳で虚空を見つめながら、ポツリと呟くように声を漏らした。「今回の一件で、私は貴女と言う人間を少し理解出来たわ」 「はぁ……分かられてしまったのですか」「ええ、要するに貴女は――てゐと同じスタンスのキャラなのね」「はぇっ?」「そんな人間に真正面から挑もうとしていたなんて、私も馬鹿だったわ」 慈愛すら感じさせる笑顔で、レイセンさんは僕に笑いかける。 ただしその表情には、微妙に諦観の念が込められている気がしないでもない。「物腰が柔らかで話が通じるように見えるから、まさか‘そっち系’の人間だとは思わなかったわよ」「あのー、姉弟子?」 どこか自分に言い聞かせるような態度で、姉弟子は何度も頷いた。 何だか良く分からないけど泣けてくる。主に、彼女に対する憐憫と僕の扱いに対する二つで。 そして変なスイッチが入ったのか、悟りがボヤキに変わっていくレイセンさん。 そろそろ同情の涙で身体の水分を使い切りそうです。「ふふ、分かってみれば簡単じゃない。単にトラブルメーカーが増えただけの話よ」「姉弟子ー、俯かれながらブツブツ言われると超怖いんですがー」「タイプ違いの悪戯兎が増えた、それだけの事だったのね。ふふっ、ふふふふふ……」 どんよりと黒いオーラを放ち続けるかつてレイセンさんだったモノ。 どうして良いか分からなくなった僕は、藁にも縋る思いで相変わらず観戦モードの輝夜さんに話しかけた。「輝夜さん、これは歩み寄れたと判断すべきなのでしょうか?」「少なくとも敵よりは近くなったんじゃないの? ある意味、今までより遠くなった気がするけどね」 どうでも良さそうな輝夜さんの言葉が、心に染みいる模擬戦となりました。 ―――ちなみにお師匠様は、笑ったまま一度も助け船を出してはくれませんでした。天才マジェスティック怖い。