巻の五十七「あまり道徳的になるな。自分を欺いて人生を台無しにしてしまう」 次の日、早速僕はお師匠様に教えを乞うため永遠亭に向かった。 すでに迷う要素皆無の迷いの竹林を抜け、永遠亭の門を越えた僕の前に現れたのは――。 「良くもまぁ、おめおめと顔を出せたわね」 両手を腰に当て不敵に微笑む僕の姉弟子、レイセンさんだった。 こちらが玄関の土間に居るせいで、見下ろされる形になるのが心臓に悪い。 謎のライバルキャラと邂逅した主人公は、総じてこんな気持ちになるのだろうか。 どうでもいいけど、その悪役チックな言い回しは現在の状況と合わない気がしますよ? 内心でそんなツッコミを入れながら、僕は出来る限り元気に姿勢を正した。「うっす! おめおめと顔を出して知識を学びに来ました!! ヨロシクお願いしますっ!」「そ、そう……良い心がけね」 ありゃ、まさかのドン引き? むぅ、今のはレイセンさんからのテストだと判断したのですが、違ったのですか。 永遠亭の門を潜った以上、僕は薬師の弟子として相応しい態度を取らなければいけない。 そんな僕の心意気を図るため、あえてあんな言い方をしたのだと思ったのだけど……考え過ぎだった? いやいや、気を抜いてはダメだぞ久遠晶。ここは永遠亭、どんな知略策謀が張られているのか分かったモノではないのです。 こう、秘伝的な何かを伝授されるために意味の分からない修業をしたり。 精神的な何かを高めるために、必要以上に厳しい目にあったり。 とにかくそういう、凄まじい試練的なモノがあるに違いない。 おおっ、なんかすっごいワクワクしてきた!「くっ、落ち着きなさい鈴仙。昨日決めたじゃない、コイツに永遠亭の流儀を骨の髄まで叩きこんでやるって」「うっす! ご指導お願いします姉弟子っ!!」「……それにしても調子狂うわね。もう少し反抗したって良いでしょうに」「何かおっしゃいましたか姉弟子っ!!」「何でも無いわよ! それより分かっているの? 後輩で有る以上、先輩には」「うっす! 絶対服従、馬車馬の如く働かせて頂きますっ!!」 ふっ、こう見えても結構ノリは体育会系なんですぜ? 脅かすような様子のレイセンさんに、僕は新米海兵隊の様な愚直な態度を返した。 自分でも驚くほどの下っ端根性っぷりだ。ちょっと泣けてくる。 ところで姉弟子。その、当てが外れたって顔にはどういう意味があるのでしょうか?「わ、分かっていればいいのよ。分かっていれば」「うっす! それで、今日はどんな事をすれば良いのでしょうか!!」 何だか良く分からないけど、一応レイセンさんは僕を出迎えてくれてるのだろう。 それなら、今後の方針なり何なりをお師匠様から聞いているかもしれない。 そんな簡単な気持ちで尋ねてみたのに、何故かレイセンさんは戸惑っているようだった。 もしかして、今の一連の流れがやりたいがために顔出したの? ……そんなはずないか。別に、さっきのやり取りに何かしらの意味があったワケでもないんだし。 「ふふっ、そうね」 突然、戸惑っていたレイセンさんがニヤリと笑った。多分。顔面神経痛を患っていたので無ければ。 ……ひょっとして姉弟子は、意地の悪いキャラになっているつもりなのだろうか? そう考えると、彼女の仕草にも一応の説明が付く。 彼女の笑顔には「引用元:因幡てゐ」なんて説明文が付けれそうだ。 と言うか、付けないと正直分からない。 何をトチ狂ったのか腹黒キャラに転身している様だけど、どう考えてもレイセンさんにそのキャラは向いてないデスヨ? ――まぁ、実害があったワケじゃないから良いんですけどね。「貴女、今日は応急手当を覚えに来たんでしょう?」「そうなるのかな? 確かに、そういう話を以前された気がします」「だけどそう言った技術を覚えるには、やっぱり怪我をしてなきゃいけないわよね?」「怪我して無くても学べる気はしますけど。……まぁ、そっちの方がより分かりやすく覚えられそうですね」「そうでしょう? だから―――私が弾幕ごっこの練習も兼ねて、耐久スペルに挑ませてあげるわ!」「うっす! ヨロシクお願いしますっ!!」「……えっ?」 やはり僕の予想は間違っていなかった。来て早々こんな試練が待ってるとは。 話を聞く限りではただのイジメに聞こえるけれど、そこには奥深い意図が隠されているに違いない。 激流に身を任せ同化し、ワックス掛けてワックスとって、三つのペダルを同時に踏むぜ。 技の極意とは、案外何気ない日常の一ページに潜んでいるモノなのである。例えは微妙に間違ってる気がするけど。 「それじゃあ姉弟子、早速外で弾幕ごっこといきましょうか」「えっ? えっ?」 そういうワケで乗り気な僕に、何故かレイセンさんは困っているようだった。 はて、どうしたのだろう。まるで冗談を本気にされたような顔をしているけど。 ……ちょっと急ぎ過ぎたかな? さすがに、来て早々弾幕ごっこははしゃぎ過ぎかもしれない。 「貴方達、何をやってるの?」「あっ、お師匠様! おはようございますっ」「う゛っ、し、師匠……」 僕達がグダグダやっていると、屋敷の奥からお師匠様――永琳さんが現れた。 相も変わらず、気品のある仕草とにこやかな笑みが眩しい。「あらあらうどんげ、先に出迎えをしてくれたのね。ありがとう」「い、いえっ、姉弟子として当然の事ですよ」 お師匠様の労いの言葉に、レイセンさんはこっちをチラチラ見ながら苦笑いする。 どうやら、姉弟子の出迎えを永琳さんは知らなかったらしい。 と言う事は、さっきの練習も口から出まかせだったのか。道理であんなに困ってたわけだ。 ……医療を応用した謎の暗殺拳法の伝授は無しかぁ。残念だ。「でも、いきなり耐久スペルに挑ませるのは酷くないかしら? 医療に携わるモノが、無為に人を傷つけるのは感心しないわよ」 「いやその、ちょっと脅かすだけのつもりだったんです。だけどコイツがあっさり信じて……」「人のせいにしないの」「……すいません」 お師匠様に叱られ、レイセンさんのウサミミが垂れた。何とも分かりやすい感情表現だ。 ――っていうか脅かされていたのか、アレ。 全然気付かなかった。何しろちゃんと勝負の形になっていたワケだし。 回避防御不可とか、手足縛っとけとか、能力使用禁止とか、もうサンドバックで良いじゃんとかの多様なオプションも付いてこないんだよね? なーんだ、問題なんかまったく無いじゃん。レイセンさんって意地悪出来ない人なんだね。「晶も御免なさいね。うどんげが迷惑かけたみたいで」「いやいや、僕が勝手に早とちりしただけですから。気にしないでくださいよ」 個人的には、今の発言で殺意を撒き散らすようになったレイセンさんの方がずっと迷惑です。 狂気の魔眼を持っているせいか、姉弟子に睨まれると凄くゾクゾクしてくるんだよね。 そういう意味では、さっきみたいに意地悪? されていた方がまだ良かった。優越感のおかげで視線が緩和されるから。「そう言ってもらえるとありがたいわ。それじゃあ、はいコレ」「はいどうも――って、何ですかこの筒は?」「弟子入りする貴方へのプレゼントよ」 お師匠様から手渡されたのは、三十センチくらいの長さがある銀色の筒だった。 筒の表面には滑り止め防止の溝が彫られており、ゴツイ外見に反してかなり持ちやすい。 それに……これは金属製なのだろうか? 見た目に反して凄い軽さだ。 何だろう、乳棒? サイズ的にはすりこぎっぽいけど、薬師関連のプレゼントなんてそれしかないよね?「あの、これって何に使うモノ何ですかね? 診察棒?」「ふふっ、軽く棒を捻ってみなさい。そうすれば分かるわよ」 捻る? ……あっ、本当だ。筒の中央に切れ目みたいな線が入ってて、そこから捻れるようになってるみたい。 お師匠様に言われるまま、僕は銀色の筒を軽く捻ってみる。 すると、筒の両端から勢いよく棒が飛びだしてきた。 「ふにゃっ!? 何これ!?」「棒よ?」「……いや、それは見れば分かります」 むしろ聞きたいのは、この棒の用途なんですが。 二メートル半ほどに伸びた銀の棒は、体積だけが大きくなった分さらに軽くなったような気がする。 しかし長い。もうすりこぎじゃなくて物干し竿のレベルだ。 ここまで長い道具を使う医術が、世の中には存在していただろうか? はっ!? まさか熱した鉄棒を肌に押し当て、ツボを刺激するとかそんな民間医療が!? ……さすがに無いか。あったとしても素直にお灸した方が絶対に安全だよね。「何って、武器じゃないの?」 僕がこのアイテムの用途に悩んでいると、姉弟子が呆れ顔であっさりそんな事を言った。 ふむ、それはまた斬新な解釈をしたものだ。 確かに広がった棒の部分に装飾は無く、目的のためあえてシンプルな形状にした感じがする。 しかも、折りたたみ式の割には展開後も意外と強度があるような。 ――なるほど、これは武器以外の何物でもないですね。「あの、僕は医術を学びに来たんですが……」「私もそのつもりだったけど、それだけだと低くなっちゃうのよね」「な、何がですか?」「永遠亭の比率」「姉弟子、僕にはお師匠様の言葉の意味が分からない」「一生悩んでなさい」 うわ酷い。自分だって分かってない癖に。 完全に置いてきぼりになっている僕達を余所に、お師匠様は呑気に話を続けていく。 「だから応急手当を教えるついでに、棒術でも教えてあげようかと思って」「棒術――ですか?」「ええ、貴方なら上手く活用できるはずよ。その武器も含めて、ね」「なるほど……」 確かに、攻め手は多い方が良いよね。 僕は与えられた銀の棒を眺めつつ、そんな事を考える。 この武器も、何で出来ているのか分からないけど色々やれそうだ。 それに何と言うか―――武器は男の浪漫ですもんね! 冷静に考察を進めながら、それでも内心では与えられた玩具に大はしゃぎする僕。 そんな僕を優しく見つめながら、お師匠様は同じ長さの木の棒を構えてにこやかに告げてきた。「それじゃ、早速訓練を始めましょうか」「……はへ?」「鉄は熱いうちに打てって言うでしょう? それに怪我した後なら、応急手当の練習もやりやすくなるわよ」 お師匠様。ソレ、レイセンさんの脅しと同じ発想です。 いけしゃあしゃあとそんな事を言うお師匠様に、さすがの姉弟子も苦笑いしている。 この人、意外と天然なんだなぁ……。 月の頭脳のお茶目な部分を覗き見た僕は、とりあえずさっきレイセンさんに言ったのと全く同じ台詞を返したのだった。「うっす! ヨロシクお願いしますっ!!」 さて、果たして『天才』八意永琳の棒術とは、どれほどのモノなんでしょうかね? 一時間後、僕はメタクソにやられた。 正直、天才の事舐めてました。月の頭脳マジ何でも出来る。「馬鹿ねぇ、師匠に勝てるワケ無いじゃない」「ぐぉぉぉおっ。折れてる、絶対コレ折れてるって!」「ただの内出血よ。貴女の回復能力ならほっといても治るわ」 現在は、レイセンさんによる応急手当講義と言う名の治療の真っ最中です。 つーかコレ。実際この状況になって分かったけど、痛みが酷くて勉強どころじゃないです。 強いて言うなら、姉弟子の治療が凄く上手いって事がギリギリ分かるレベル。 これなら、まだ耐久スペルやってた方がマシだったかもしれない。「それにしても……正直、意外だったわ」「ほへ? 何がですか?」「棒術の訓練よ。貴女、ずっと真面目に受けてたじゃない」「……あのサンドバック状態が‘訓練を受けてた’と言うのなら、そうなりますね」 いや、アレはアレで、かなり勉強にはなりましたがね? 戦闘強化状態で思いっきり殴りかかったのに、全部あっさり流されるとは思わなかった。 装備的にも腕力的にも、明らかに僕の方が優勢だったのに。 あれが‘技’の真髄なんだろうなぁ。さすがに今の僕には真似できそうにない。 ただ、得るモノが無かったワケではない。 訓練と言うだけあって、お師匠様は非常に合理的に僕の動きの欠点を指摘してくれたのだ。 具体的に言うと、攻撃や防御で隙があったらわりと容赦なく叩かれた。 今までそういう類の戦闘訓練を受けた事のなかった僕にとって、そんなお師匠様の訓練は中々為になるものだったのである。 おかげで、かなりボコボコにされましたけどねっ!「ふんっ、てっきり上手い事ズルして訓練をサボるかと思ってたわ」「サボるって……何で?」「あら、この前の事を考えれば自然と分かるでしょう?」「―――いや、さっぱり分かりませんが」 この前の事と言うのは、僕が最初に永遠亭を訪れた時の話だろう。 確かにあの時の僕はかなり無茶苦茶やったけど、サボりに直結するような真似はしてなかったはずだよ? 僕がそう答えると、何故か姉弟子の表情が険しくなる。良く分からないけど土下座したい。「良く言うわ。あれだけ卑怯な真似しておいて……」「余計に意味が分からないんですが。それはむしろ、頑張る理由でしょう?」「はぁっ!? 何ふざけた事言ってるのよ!」「いや、至って本気ですよ? だってあの時、卑怯な真似を‘するしかなかった’から、今こうして努力してるワケだし」「……私には、貴女が何を言っているかイマイチ良く分からないわ」 はて、僕そんなに難しい事を言ったのかな? 怪訝そうなレイセンさんの表情を見て、改めて僕は自分の発言を省みる。 ――うん、やっぱりそんな不思議な事は言ってないよね。 納得し何度も頷く僕に、レイセンさんは呆れた様子でさらに言葉を重ねた。「どんな状況でも、卑怯な真似なんてして良いワケないじゃない」「へっ? なんで?」 強い確信を持ってそんな事を言うレイセンさんに、僕は思わず首を傾げる。 彼女の言う事が理解出来ないワケじゃないけど、さすがにその意見は極端すぎる気がした。 「なんでじゃないわよ! 卑怯な事はしちゃダメなの! そんなの常識じゃない!!」「どこの常識かは知らないけど……レイセンさんは負けちゃいけない状況でも、卑怯な手を使うくらいなら正々堂々戦って負けるべきだと思ってるの?」「そうよ。当たり前の事を聞かないで」「負けたら、自分の全てが奪われてしまうような状況でも?」「そ、そういう時にはね。負けないよう、常日頃から努力して――」「レイセンさんの戦う相手は、努力が形になるまでずっと待っていてくれるの?」 その問いかけに、レイセンさんは言葉を詰まらせる。 僕は、今まで戦う努力をしてこなかった人間だ。 そんな環境に居なかったからしょうがない。と言い訳する事は簡単だけど、僕の状況はそれを許さなかった。 僕に許されたのは全力を尽くす事。その中には、確かに「卑怯な事」も含まれていたに違いない。 だけど、それは悪い事だったのだろうか。 もちろん、今だって強くなる努力は欠かせていない。 欠かせていないけど――僕はそれだけで、幽香さんやレミリアさんの様な強い妖怪たちに勝てるなんて思っていない。 むしろ、努力するだけで彼女らに届くと思っている方が、よっぽど酷い侮辱では無いのだろうか。「戦わなきゃいけない時って、凄く唐突に来ると思うんだ」 こちらにこちらの都合があるように、相手にも相手の都合がある。 いつでも自分の全力が出せる状況で戦えるワケじゃないし、頑張れば勝てる相手ばかりが出てくるはずもない。 そして、それが分かっていても勝たなきゃいけない時って言うのは、案外何度も出てくるモノだ。「そういう時に使える手札を選り好みしてたら、勝てる勝負も勝てなくなっちゃわない?」「……だからって、どんな卑怯な手段でも使って良い事にはならないわ」 それもまぁ、道理だろう。 僕だって正々堂々戦って勝てるなら、毎回そうやって勝ちたいものだ。 何しろ、そういった勝利にはケチが付けられない。 その戦いのルールに則り、全てにおいて相手に勝ったと証明されるからこそ、正々堂々の勝利と言うのは好まれるのである。「むぅ、僕はそういう真理を語れるほど、人生を悟っちゃいないんだけど……そうだなぁ」「なによ。言いたい事があるならはっきり言いなさい」「そうやって変に線引きしちゃうのが、一番ダメなんじゃないかな?」「―――っ!」 あ、何かすっごいビックリされた。 今のはひょっとして、地雷だったりするのだろうか。 だとしたらマズい。もうちょっとオブラートに包んで説明し直さないと。「ほ、ほら、青カビってあるじゃないですかっ」「…………」「あれだって特定の病気に投与すると薬になるけど、そうでなかったらただの毒でしょう? つまりそういう事ですよ!」 ありゃ? ペニシリンってイコール青カビじゃなかったっけ? と言うか幻想郷にその手の知識って普及してるの? いかん、外した気がする。冷静に考えると何故そこでカビをチョイスしたし。 僕が自らのスベリに気付いて動揺していると、相変わらず怖い顔のままのレイセンさんが俯いたまま口を開いた。「貴女は……」「ひゃ、ひゃい!?」「貴女は、ちゃんと線引きせずに戦えているの?」「――えーっと、すいません。そもそも考えた事もありません、そんな事」「……そう」 ど、どうしたんでしょうかレイセンさんは。やっぱり、深く考えずに思った事を口にしたのがまずかったのかな? いやでも、実際戦う時に今からやる事が卑怯かそうでないか何て考えた事無いし。 ……後で超怒られるんだろうなー、くらいは考えた事あるけどね。 しかし、自分で偉そうな事を言っといてソレは、さすがにちょっと無責任過ぎただろうか。 とりあえず、ここは大人しくジャンピングスパイラル土下座でもしておくべき? 僕は戦々恐々と、俯いているレイセンさんの様子を窺う。 じっと床を見つめていた彼女は――やがて、ゆっくりとこちらに向けて顔を上げた。 その表情は、僕の気のせいで無ければどこか晴々としているようだった。「まったく。お気楽ねぇ、晶は」 どこか自虐しているような声で、彼女は僕に微笑みかけてくる。 その言葉の意味は、良く分からないけれど。 ……少しだけ、彼女が僕の事を認めてくれたような気がした。「はい、おしまい。これで応急手当は完了よ」「どうも――ってえぇっ!? 僕まだ何も覚えて無いよ!?」 彼女の笑顔にぼーっとしている間に、彼女は一連の手当を終えていたらしい。 僕が唖然としていると、レイセンさんはくすくすと小さく笑う。 思いの外柔らかいその仕草に、ちょっとドキっとしてしまったのは秘密だ。「よそ見するからよ。師匠からも言われてたでしょう? ちゃんと身体で覚えるようにって」「ううっ、スイマセン、もう一回お願いします。出来れば怪我無しで」「……まぁ、こういうのは何度も見て身に付くモノだしね。教えるくらいなら良いわよ」 そう言いながら、レイセンさんが再び薬箱から道具を取り出す。 自慢げな顔をしているけど、その声色には確かに優しいモノが含まれている。 なるほど、これが本来の彼女の態度なのか。 今まで殺意をぶつけられ続けた僕には、ちょっとこの優しさが眩し過ぎるね。あははー。「二人とも、ちょっと良いかしらーっ」「はーい、何ですか師匠」「訓練の続きとして、軽く勝負をしてもらいたいのよーっ。出来れば‘何でも’ありでーっ」 ――でもまぁ、どうやら一瞬の輝きになりそうデスよ? お師匠様の提案に、僕は一抹の不安を感じられずにはいられなかった。