巻の四十一「人間が幸福であるために避けることのできない条件は勤労である」 帰ってきたら、紅魔館が半壊してました。 ――え、なんで?「し、知らない間に随分と‘らしい’模様替えをしたみたいじゃん、紅魔館」「あやや……これは模様替えと言えるのでしょうか。とりあえず一枚撮っておきましょう」 背中のてゐも、真横の文姉も呆然と穴だらけの紅魔館を見つめている。 その印象を一言で語るなら、怪獣大決戦その後。 どう考えても真っ当で無い手法で開けたとしか思えない大穴が、屋敷の至る所に空いていた。「あーっ! お二人ともお帰りなさーい!!」「あら、何だか余計な荷物まで増えているみたいね」「その声は、幽香さんとめいり……ん?」「……私達の居ない間に、紅魔館ではどんな大革命が起きたと言うんですか?」「わー、ガテン系だー」 てゐが口にした感想の通り、二人の頭には工事現場で良く見る黄色のヘルメットが乗っかっていた。 ただし服装自体はそのまんま、おかげで違和感が凄い事になっている。 ……だけど、ヘルメット自体は似合ってるんだよね。 二人とも肉弾戦を得意としているためか、肉体を使う仕事の備品が異常なほど様になっている。 ちょっと美鈴、木材担ぐの止めてよ。似合いすぎてて逆に切なくなっちゃうから。「何だかそちらも色々あったみたいですね。心配したんですよ? 変な目にあってないといいなーって」「そ、そう。ゴメンね、心配かけて」 そう言われると、その心配を口実にしていた身としては心苦しくなります。 美鈴は、良い人過ぎてたまに直視するのが辛くなる。「私達の方は……まぁ、晶さんが色々やらかしましたが、概ねいつも通りでしたよ」「へー、晶っていつも人間噴水なんだー」「人間噴水――素敵な響きね」「勘弁してください。二度と同じ経験したくないです」「……あの、結局何があったんですか?」「何というかその、永琳さんの弟子になる事が決まりまして。あ、こっちは同行者として付いてくる事になった因幡てゐさんです」 背中にくっついたままのてゐを、美鈴と幽香さんに紹介する。 彼女は背中から飛び降り、二人に対して丁寧に一礼した。 さすがてゐ、こういう所はソツが無い。「はじめまして、因幡てゐです。少しの間晶と一緒に行動する事になりました、どうかヨロシクお願いします」「さすがてゐさん、見事に猫を被りましたね」「もう、私は兎だよ? ブン屋さんは冗談が上手だなぁ」「……そこまで徹底されると、こちらとしてもかける言葉が思いつきません」「ふふっ、相変わらず面白い子ね。良いわ、よろしくしてあげる」「紅美鈴です、こちらこそよろしくお願いします。……えっと、晶さんにもおめでとうございますって言った方がいいんですかね?」 いや、尋ねられても困りますって。 まぁ確かに、僕の身に起きた事だけを述べてみたんだけど、それだけ聞くと何故そうなったのか全然分からないよね。 色々あったからなぁ……全部説明するとそれこそ丸一日消費しそうだ。 けどさっぱり伝わらないと言うのなら、長くなっても良いから逐一何があったのかを説明するべきかな。「うーん、何から説明するべきか」「ふっ―――――」「うわっ!?」 いきなり、幽香さんの日傘が僕の顔を貫かんと突き出された。 咄嗟に身体を捻って避け、手で傘の進路を逸らす。「ゆ、ゆゆゆ、幽香さん!? いきなり何をするんですかっ!?」「……避けたわね」「避けますよ! 顔に穴が空くじゃないですか!!」「ふふっ、以前の貴方なら空いていたわよ」 怖い事言わないでください。自分でも良く避けれたもんだと思っているんですから。 幽香さんは日傘を担ぎ、僕の頭を優しく撫でる。 えーっと、これはひょっとして褒められているんでしょうか? でも、何で?「どうやら無為に過ごしたワケではないみたいね。なら、それ以上の説明は要らないわよ」「は、はぁ……」「なるほど、これが拳で語るって事なんだね」「いや、それはちょっと違いませんか?」「どっちでもいいですよ。まったく、成長してなかったらどうしていたんですか」「穴を空けたわ」「わー、容赦ないなー」 良かった。反応出来て本当に良かった。 それにしても……僕って幽香さんに褒められるくらい成長してたのかな。 魔眼を覚えた事は成長かもしれないけど、さっきの回避にはあんまり関係してないよね。 ……あれ? そういえば僕、なんで今の一撃を避けられたの?「それにしても晶さん、以前より体捌きが自然になっていますね」「自然?」「ええ、紅魔館に居た時は、『気を使う程度の能力』に引きずられている感じがありましたから」「引きずられる感じ、ねぇ」 スイマセン、全然分かりません。 けど、僕ってそう言われる程度には強くなったのか。 ひょっとしたら僕自身気付かないうちに、この身体には溢れるほどのパワーが宿っていたのかもしれない。 だとしたら、僕憧れの男臭いムキムキボディにも少しは近づいている可能性がある。 そんな期待を抱いた僕は、試しに両腕を曲げて力瘤を作ってみる。 さぁどうだ? ちょっとは逞しくなってるか!?「晶何やってんの? いきなり可愛さアピールなんか始めて」「タイトル「ボク、頑張る」とかそんな感じですかね」「……何でもないです」「あっ、晶さん腕は下ろさないでください、写真に撮るので」「お断りします」 ああ、やっぱ気のせいだ。 残念そうな文姉の声を無視して、腕を下ろしがっくりと項垂れる。 二人に素で突っ込まれ、湧きあがった自信と期待があっさり静まりました。 ちくしょう、むしろ自分の腕の細さにビックリだ。 しかも気を使う程度の能力を持った影響か、以前より肌がツルツルしている気がするし。「ううっ、残念です。――さて、これ以上説明が要らないというのならそちらの話に戻りますよ」「ブン屋切り替え早いね、ダメな感じに」「文姉、話題変えるなら鼻血拭いてよ……」「おっと、失礼しました」 最近、文姉のはっちゃけっぷりに緩急が付き始めました。油断なりません。 懐から取り出したハンカチで優雅に鼻血を拭き取り、文姉は真剣な顔で美鈴に問い直す。 出来ればその表情は、鼻血を出す前に見せてもらいたかった。「教えてください。私達が外出したほんの数日の間に、紅魔館では何が起きていたというのですか?」「うっ……それは」 文姉の疑問に、美鈴は言葉を詰まらせる。 やはり紅魔館の崩壊には、一概に答えられない事情があるのだろうか。 そもそもこれだけ外で騒いでいるのに、咲夜さんやレミリアさんが現れないというのも変な話だ。 僕達の疑問の込められた視線を一身に受けた美鈴は、やがて観念したように口を開いた。「実は幽香さんが、紅魔館に侵入しようとした泥棒とマスタースパークの撃ち合いを……」 わぁ、それは普通に地獄絵図ですね。 彼女の口から語られたのは、予想外だけど順当過ぎる簡潔な事の顛末だった。 なるほど、紅魔館が穴だらけなのはその余波によるものなのか。 「――な、何という事でしょう! 私が永遠亭でウダウダやっている間にそんな大スクープが!?」「確かにスクープかもしれないけど……私はお目にかかりたいとは思わないなー」 今度は記者モードに入った文姉が、本気で悔しそうに地団太を踏む。 ちなみに、僕の意見は概ねてゐと同じです。「私の技を盗み逃げしたコソ泥が目の前に現れたのよ? しかるべき報いは与えてやるべきでしょう」「目には目を歯には歯をって思想の相手に、分かりやすい競技方法を提示しないでくださいよぉ」「私が勝ったのだから問題はないわ。泥棒による被害はゼロよ」「代わりに、紅魔館創設以来の未曾有の大破壊が行われてしまったワケですがね」「……なるほど、それでこんな事に」「そうなんですよ。しかも御嬢様と咲夜さん、屋敷の修理を私に押しつけて余所へ泊まりに行っちゃって」 屋敷の建築なんてやった事ないです。と木材を支えに泣く、見た目だけなら完璧な土木関係者の中華妖怪。 レミリアさんって部下に対する信頼が厚過ぎるせいか、難題レベルの無茶を当たり前のように任せちゃうんだよね。 しかも咲夜さんがその無茶振りにしっかり応えたりするもんだから、レミリアさんの無茶ぶりレベルはどんどん上がっていくわけで。 ……これが、負のスパイラルという奴か。「それにしたって、素人が設計から建設までやるのは無茶過ぎじゃない?」「小屋ぐらいなら結構作ったりするけど、ここまで行くと普通に職人呼ぶレベルだよねー」「ですが、人間の大工が紅魔館に来るはずないと思いますよ。そもそも建築様式が違いすぎますし」 あ、そうか。幻想郷には外の世界みたいな建設会社はないんだった。 上手い具合に話は繋がったけど、僕と皆では「無茶」の度合いが少し違うんだね。「そこらへんはパチュリー様が建築に関する知識もお持ちだったので、完全にお任せ状態ですけど何とかなってます」「図書館が無事で良かったわね。そうでなかったら、今頃指針が無くなってたわよ」 へぇ、パチュリーさんは紅魔館に残っているんだ。 確かにあの人なら、西洋建築の基礎から応用まで知っていそうだね。 美鈴も建築関しては素人だけど、器用さと力は妖怪の中でもずば抜けているワケだし。 そう考えると、実はレミリアさんの命令ってそんなに無茶ぶりでも無いのかな。「紅魔館の修繕に関しては、私も協力しているから心配はいらないわよ」「……協力してるって、花の妖怪が?」「まぁ、騒動の張本人ですから。幽香さん相手だと妖精メイドも言う事を聞かざるを得ないので、実はかなり助かっているんですよ」「私はただ‘お願い’しているだけなんだけどね」 そう言って、幽香さんはニコヤカに微笑んだ。 分かりましたから殺気は消してください。後ろで妖精メイド達が泣いてますよ。「そういうわけだから、貴方はしばらくどこかに行ってなさい」「―――ほへ?」「いきなり何を言い出すんですか、幽香さんは」「あ、そうです。言い忘れていました。御嬢様より晶さんに言伝を預かっているんです」「僕に伝言?」「はい、えーっとですね――『客人である久遠殿に、不自由な思いをさせる事はまかりならん。……次の台詞はなんだったかしら咲夜』」「後半部分は、彼女の名誉のために言わないでおくべきじゃありませんか?」「レミリアさん……」 なんか、その時の光景がいとも簡単に浮かんでしまうんですけど。 きっと言伝を言いつけるだけなのに、無駄にポーズ決めてカリスマを見せつけようとしたのだろう。 ……そんな彼女の隣には、カンペを持った咲夜さんが控えていたに違いない。「話かけないでくださいっ! 言伝の内容を忘れてしまいます!!」「要するにあの吸血鬼としては、壊れた紅魔館に泊まってほしくないのよ。主の品格が疑われるからね」「ゆ、幽香さん! 言伝は私が頼まれた事なんですよ!?」「あれだけ練習に付き合わされたら、イヤでも内容を覚えるわ。ちなみに続きは『不躾な頼みであると十分承知しているが、出来れば』」「わー! わー! わー!」 半泣きの美鈴が、幽香さんに纏わりつきながら必死に続きを言わせまいと抵抗している。 一方幽香さんはそんな美鈴を避けながら、続きの言葉を口にしようとしていた。 とはいえ、もうすでに内容はほとんど伝わってしまっている。 幽香さんだってそれは分かっているはずなのに……相変わらず意地悪だなぁ。 そして美鈴にとっては不幸な事に、今この場にはもう一人意地の悪い妖怪が存在していたのである。「つまり「現在改装中の紅魔館に晶は泊めるな」って、ワザワザ紅魔館の主本人から御達しを受けたワケだね」 「てゐさんまでぇ~」 ニヤニヤ笑いで美鈴にトドメを刺すてゐ。 実に容赦が無い。まぁ、てゐが説明しなくても把握してたけど。「美鈴さんの説明が無くてもレミリアさんが言いたい事は分かりましたから、そんなに張り切らなくてもいいですよ?」 そして、ここにもドSが一人。 こっちは素で言ってるからなおさらタチが悪い。 あ、美鈴さん壁際で体操座り始めちゃった。 これはフォローした方が良いのだろうか。……でも、上げたらまた三人がかりで沈められそうだからなぁ。 これ以上傷を負わないためにも、とりあえずそこで落ち込んでいてもらっとこう。ゴメンね美鈴。「そういう事情から、さっきの「どこかに行ってなさい」に繋がるんですか」「そうよ。家の修理なんてくだらない事に、貴方の貴重な時間を浪費させたくないもの」「幽香さん……」「晶には、空いた時間でたっぷりと色んな事を‘学んで’欲しいのよ」 聖母のような笑みで優しく僕を気遣ってくれる幽香さん。 ありがたい話なのに、背筋が寒くなるのは何故だろう。 てゐと文姉に至っては、ご愁傷様みたいな顔してこっちを見つめてくるし。 ちょっと美鈴、仲間を増やすよう目で手招きしないでよ。「紅魔館の修繕が終わったら、一緒にまた出かけましょうね」「あ―――はい! もちろんです!!」 いつもとは少し違う幽香さんの茶目っ気のある笑みに、僕も満面の笑みで答える。 うん、やっぱりさっきの悪寒は気のせいだ。「楽しくなりそうだわ。色々‘期待している’わよ」 あははー、幽香さんでも子供みたいな事を言うんだね。 まったくもう、それならそれで目の奥に輝く剣呑な光を消してもらわないと困りますよー。 ―――だからこの悪寒は気のせいなんだって! 「一見ハッピーエンド風に見えない事もない話が終わったんなら、一つ聞いて良いかな」「何その後日談では全部台無しになってそうな言い草、僕いつの間にか死んでいそうなんですけど」「それで結局のところ、私達の今夜の寝床はどこになるのさ?」「え? うーん、それは――」 どうなるんだろうか。全然考えてなかった。 普通に考えれば、幻想郷での保護者に当たる幽香さんの家に泊まるのが順当なんだろうけど……。 幽香さん、修繕の間はずっと紅魔館に居るみたいだからなぁ。 幾ら彼女が僕達に友好的だからと言って、主不在の縄張りに堂々と住み込むのはどうだろうか。「あ、ならいっそ私の家に来ませんか? 歓迎しますよ」「ブン屋の家? 確か妖怪の山にあるんだったよね」「はい、私もそれなりの地位にいる天狗ですから、山でならお二人が不自由する事はありませんよ」 名案を思い付いたという具合に、笑顔で両手を叩く文姉。 確かに、それはありがたい提案ではあるけど。「妖怪の山って……部外者立ち入り禁止じゃなかった?」「私もそう聞いてるけど? だから山の入り口当たりで、哨戒天狗が周囲を警戒しているんだろ?」 てゐの言ったとおり、妖怪の山には紅魔館や永遠亭よりも厳重な警備が敷かれているはずだ。 幻想郷の中でも最大最古のコミュニティがある山だから、その分縄張り意識も強くなってしまうのだろう。 おかげで最初の頃は、行動範囲がやたら歪で限定的だった記憶がある。 とは言え僕は、入るなと言われて入りたくなるような斜に構えた性格をしているワケではない。 進入禁止の掟破ってまで山に入ろうとする気はさすがになかった。 ……なかったのだけど、僕にその掟を教えてくれた当の本人はと言うと。「晶さんは私の弟ですから部外者ではありません! よって妖怪の山に入っても問題無しですっ!!」 そんな屁理屈以外の何物でもない意見で、その問題を解決させた気になっていた。 いや、それはない。さすがに。 てゐも幽香さんも――隅っこに居る美鈴さえもが、僕と同じような顔で文姉を見つめている。 と言うかそれ、よしんば通ったとしてもてゐは入れないよね? 思わず僕が、そんなどうでもいい事からツッコミ始めようとしたその時。「そこまでさっ!!」 誰のものでもない、第三者の叫び声が響き渡った。 全員の顔が、声のした方向にむけられる。 何故か紅魔館の内部から返ってきたその声の主は―――「に、にとり!?」 緑色の作業服を着た懐かしの河童殿だった。 派手な声を出したわりに、わりと普通にこちらへ歩いてくるにとり。……シュールだ。「あやや、何でこんな所に?」「いや、二人が帰ってくるだいぶ前から居たんだけどね。暇だったから少し修繕の手伝いをしてたんだ」 なるほど、言われてみれば彼女の手に屋敷のモノと思われる設計図が握られている。 にとりの専門が建築で無いにしろ、技術的なものであるなら何かしらの手助けはできるという事だろう。「そういう問題じゃありませんよ。どうして紅魔館にいるんですかって意味です」「決まってるじゃないか。どこぞの薄情者達が全然帰ってこないから、私の方から出向いてきたんだよ」「う、うぐぅ」「あ、あはははは」 言葉に詰まった僕と文姉の姿に、にとりが呆れたような声で溜息を一つ吐き出す。 そういうつもりは無かったんだけど、結果的にそうなってしまった……と言うのは言い訳過ぎる。 ううっ、咎めるようなにとりの視線が心に沁みる。「まったく、友達甲斐の無い奴らだよ。幽香はちゃんと会いに来てくれたのにさ」「へ? 幽香さんは覚えていたんですか?」「覚えていたどころか、ワザワザ私に会いに太陽の畑まで戻ってきてくれたくらいだよ」「い、意外とマメなんですね。幽香さんって」「意外とは失礼ね。これでも面倒見は良い方なのよ?」「そうそう、幽香がこまめに色々教えてくれたおかげで、私もアキラ達の現状をそれなりに把握できてるしね」「色々って……この恰好の事とか?」「そう、その恰好の事とか」 出来ればそれは言って欲しくなかったなぁ、いつか分かってしまう事だったとしても。 にとりは、何故か僕の姿を真正面からじっと見つめ始める。 そんなに僕の格好が気になるのだろうか。いや、気になるかそれは、女装だし。 「うーん。話には聞いていたけど、アキラは随分と変わったね」「格好の事は言わないで……」「確かにそっちも変わった事だけど、私が言いたいのはそこじゃないよ」「ほへ?」「アキラ、だいぶ強くなったね。――うん、少しは好い男に近づいたんじゃないのかな」「こんな格好なのに?」「心根の強さに、姿形は関係ないよ」 また褒められた。これは何かの罠なのだろうか。 にとりが嘘をつくとは思わないけど……心が強くなったねぇ。「ヘタレ度なら大分上がってると思うけど、心根とかはあんまり変わってないと思うよ? ねぇ」「いや、私は以前のアンタなんか知らないって。ヘタレ度高いのは同意するけどさ」 あ、ヘタレなのは同意するんだ。 何となく振ってみたてゐに自分の意見をあっさり肯定され、僕は改めて自分のヘタレっぷりを自覚する。 そしてにとりは、そんな僕の姿を見て満足そうに頷くのだった。「うんうん、そういう所は変わっていない様で、結構結構」 馬鹿にする意図が無いから尚更痛い。 ひょっとして忘れられていた事、地味に怒っているのでしょうかにとりさん。「ご、ごめんにとり。反省してるからそんな怒らないで」「今のは別に怒ってるワケじゃないんだけど……反省してるって言うならそうしてもらおうかな」「そうします……」「そうでした、私の方からも謝罪しないといけませんね。すいません、にとり」「うん、それで許したげる。さて、アキラの成長も確認したし二人の謝罪も聞いたから、そろそろ本題に入ろうか」「へ? 本題なんてあったんですか?」「そりゃあるよ。そうでなきゃ私が紅魔館まで足を運ぶわけ無いじゃん」 そういえば、にとりって人見知り激しかったっけ。 僕が知る彼女はかなり人懐っこい性格をしているので、未だにその申告を信じる事は出来ないんだけどね。 とは言え、河童の彼女がわざわざ紅魔館にまでやってきたんだ。相応の用事があると見るのが当然のことだろう。 ――何故か心がざわめいた。 まるで幻想郷自体が新たな変化に戸惑っているような、そんな空気が漂い始めたような気がする。 ……と言うのは少し言い過ぎか。「実はね、天魔様から文へ妖怪の山へ戻れと命令が下っているんだ」「天魔様から!?」「天狗のトップから? そりゃ穏やかじゃないね」「ええ、かなり人手が足りてないみたいよ? 河童を伝言役に使っているくらいだもの」「哨戒天狗さん達も、総動員されてるって話らしいですよー」 天魔って言うと……まさか第六天魔王? そういえば、第六天魔王波旬も天狗の一種だったっけ。 織田信長で有名な呼称だけど、本来は仏門における悟りを邪魔する悪魔の一種なんだよね、アレ。 幻想郷には仏教における最高位の魔王まで存在しているんだ。凄いなー。 この調子だと、拝火教の悪魔とかも探せば見つかりそうだ。絶対会いたくはないけど。「何でも、妖怪の山のてっぺんに神社が移転してきたらしいんだよ」「天狗の縄張りに神社って……いや、日本の天狗は呪術的とはいえ山岳信仰の流れも汲んでるから、ある意味妥当なのかな」「そこらへんの問題は河童の私には分からないけど……揉め事になるのは確実だと思うよ」「なるほど、場合によっては『異変』にもなり得るから、今のうちに私を呼び戻しておこうという事ですか」「みたいだね。至急戻って来いって言ってたよ」「うぅ~ん、面倒なのはゴメンなんですが……そうも言ってられなさそうですね」 幻想入りしたって事は、外の世界で失われた宗教なのだろうか。 だけどこれだけ大きな話になっているってことは、それなりに力のある宗教が入ってきたってことだよね。 幻想郷なら神様とかも姿を見せられそうだし、それこそ天魔と肩を並べるくらいの大物が入って――。 あ、今何か凄いイヤな予感した。 無いよね。さすがにそれは無いよね。 幾ら山岳信仰の大本がアニミズムにあるからって、日本の精霊信仰の一種が幻想入りとか発展しすぎだって。 妖怪の山も信じられないくらい高いけど、それを八ヶ岳の伝承と混同させてどうするのさ。 ……その手の知識を詰め込まされ過ぎたかなぁ。ミシャグジ信仰の話なんてソラで話せるようになっちゃってるし。「晶さん? 聞いてますか?」「え!? な、なにっ?」「……大事な話をしているんですから、ぼーっとしないでくださいよ」「ご、ごめんなさい」 これ以上、憶測だけで物を考えるのは止めた方が良いようだ。 いったん考察を諦めた僕は、話しかけてきた文姉の方に向き直る。 彼女はにとりを抱きかかえながら宙に浮いていた。どうやら、帰還の方向で話は進んでいたようだ。 「私とにとりは妖怪の山へ戻ります。先ほどの宿泊の件ですが……すいません、今は事情が事情なので」「気にしなくていいよ。人間の僕が妖怪の山に入れるとは思ってなかったからさ」「いえ、その点に関しては必ずや! かなり後になりそうですが、晶さんは絶対に妖怪の山に入れてさしあげますよ!!」「文なら本気でやれそうだなぁ。……新たな騒動の種にしないでよ?」「善処します」 全然当てにならない保障の言葉を真顔で吐き出す文姉。 にとりは再び溜息を吐く、何というかもうゴメンナサイとしか言いようが無い。「では、しばしの間離れる事になりますが―――知らない人についていかないでくださいよ」「僕は子供ですか。さすがにそんな事しませんよ」「いや、アンタならやりそう」「確かに、晶さんならありえますね」「晶、出来ない事は約束しない方がいいわよ?」「無理したらダメだって、アキラ」 どうしてこういう時には、皆から全く同じツッコミを受けることになるのだろうか。 まさかの全員否定に、さすがの僕も口をつぐむしかない。 今後は、もう少し気をつけた方がいいのかなぁ。 もう何回目になるのか分からない反省を重ね、僕は額を抑え落ち込むのだった。 ―――文姉とにとりの二人は、妖怪の山に向かって飛んでいく。 そんな二人が見えなくなるまで手を振っていると、隣に居たてゐが何気なく訪ねてきた。「ところで、晶さんや」「なんでしょうかてゐさんや」「結局私達の寝床は、どこになるんでしょうかね」「―――あっ」 すでに姿を消した二人を目で追いつつ、僕は未だに自分達の宿が決まっていない事実に気付いたのだった。