巻の三十八「成功する人は錐のように、ある一点に向かって働く」 迫りくる弾幕。 あまりに圧倒的なその攻撃の中、僕に許された手段は回避のみだった。「まったく、冗談じゃありませんわねっ」 まさかこんなにも早く、「グレイズ」を試す機会が訪れるとはね。 もっとも、避け損ないが掠っているだけとも言えるけど。 とりあえずは、直撃じゃ無ければそれでいい。 「ふふっ、どうしたの? さっきの気概はどこへ行ったのかしらねぇ」「……えいっ」「あぶなっ!?」 優勢だと分かった途端ニヤリと笑いだした輝夜さんに、とりあえず傘をブン投げてみた。 鈍器として使ってる氷の傘だけど、使い捨て可能だから投擲にも使えるのだ。 しかも気で強化してるから、実は劣化版「スピア・ザ・ゲイボルク」と言えるほどの威力があったり。 ―――まぁ、普通に外れたけどね。 ついでに言うと投げてる最中にガシガシ攻撃も当たってたりするんですが……意趣返しできたからいいや。「本当に我が身を省みない子ね。私は不老不死だって言ったでしょ、こんなことしても無駄よ?」「そうですわね。けれど、気をそらす程度のけん制にはなりましたわよ?」「っ!? しまった、今のは」「ご察しの通り、本命はこっちですっ!!」 こちらが詰まっている間に、スペルカードを抜けた文姉が葉団扇を構える。 即席コンビと侮ってもらっては困る。単純な連携なら、会話しないで疎通をはかる事くらい可能だ。 複数の小型の竜巻が、輝夜さんに襲いかかった。「くっ、この程度の不意打ちで……」「良いから当たってなさい」「二発目っ!?」「はい、サクサク追加しますよー」「貴方達容赦ないわねっ!?」 こちらが投擲でけん制し、その隙に文姉が風圧弾をお見舞いする。 輝夜さんは全てギリギリで回避しているが、やはり避けきるのは無理なようで細かい傷が増えていく。 とはいえ、あくまでこれは守りのための戦術。 勝つためというよりは、相手の弾幕を乱すための攻撃という意味合いが強い。 そもそも、相手の攻撃もこっち―――主に僕―――に届いているんだ。 彼女が不死である事を考えれば、むしろこっちが損しているといっても過言ではない。 それに輝夜さんは疲労を「感じる」と言ったが、残るとは言っていなかった。 霊力も同様だ。確定的ではないが、彼女の不老不死が「不完全」なものであるという期待はしない方がいいだろう。 まったく、ズルいよリザレクション。 ……もういっそ、死なない程度に痛めつけて参ったと言わせようか。「ねぇお姫様、前歯を全部引き抜かれた経験はおありですの?」「な、何よその怖い問いかけはっ!? 言っておくけど、もう貴方を近づけさせないわよ」 確かに、彼女は僕の接近を許さなかった。 弾幕をグレイズしながら近づいても、その分彼女は下がってしまう。 文姉の事も多少は警戒しているが、あくまでも僕を警戒するおまけのようなものとなっている。 どうやら、あのパラソルデスマッチは意外と彼女の心に深い傷を与えたようだ。 「貴方の得意分野に持ち込まなければ、弾幕ごっこも真っ当にできるみたいだしね」「ふんっ、それはどうかしら」「あら、私が‘後ろに下がった’だけで、ここまで追い込まれているじゃない」「……くっ」 さすがに見抜かれちゃったか。何しろ僕には、遠距離攻撃がほとんど無いからね。 現状、けん制以上の手順を持ってないわけだし……。 あーもう、本当にどうしようか。「ふふっ、さぁ晶? ここからどうする気なの?」「―――とりあえず、さっさとスペルブレイクしてもらいますよっ!」「っ! また鴉天狗っ!?」 ―――――――「幻想風靡」 風を全身にまとった文姉が、輝夜さんを跳ね上げる。 そのまま、輝夜さんをお手玉のようにポンポンと‘轢く’風の塊。 二つ目の難題は砕け散り、何度も文姉に体当たりを食らった輝夜さんは地面に叩きつけられた。 ……分かっていた事だけど、強いなぁ。 そのまま優雅に僕の隣に降り立った文姉を見て、僕は感嘆のため息を漏らした。「あやや? どうしました晶さん、お姉ちゃんの勇姿に見とれてました?」「そうですわね。うっとりするほど美しいお姿でしたわよ、お姉様」「……すいません。自分で聞いといてアレですけど、素直に褒められると何かイヤです」「私にどうしろとおっしゃるのですか」 いや、その複雑な気持ちは分からないでもないけどさ。 いい加減、根っこの部分は僕なんだって事を理解してくださいよ。「私は別にお姉様の事を嫌ってはおりませんわ。あの状況が続けばタダでは済まなかったでしょうし、感謝の気持ちを偽る理由はありません」「至極まっとうな事をそのツラで言わないでください! 怖気がきますっ」「本当にどうしろと」 この人、どんだけ幽香さんの事嫌いなんだろうか。 ……まぁいいや。好き嫌いで行動を惜しんでいるワケでもないし。 危なかった。さすがに二回続けて喰らい続けるのは、四季面でもつらい。 片腕も相変わらず動かせないままだし、下手するとあのままギブアップしていた可能性は高かった。 とはいえ、まだ二つしか終わってないんだよなぁ。 大の字で寝転がってるお姫様を恨めしげに睨みつけつつ、次の手を考える。 残る三つのスペルカードをこのまま避けきれる自信は、当然持ち合わせていない。「あーもう! 一回の弾幕ごっこで二回殺されるとは思わなかったわよっ」「あ、起きましたわね」「おや、寝てたんじゃなくて死んでたんですか」「悪かったわね。幾ら私でも弾幕ごっこ中に寝たりはしないわよ」「なるほど。つまり、死んだふりして馬鹿にしていたと言う事ですわね?」「……死んだふりって意味合いとしては間違ってないけど、馬鹿にしてたワケじゃなくて単なる復活待ちよ」「あら、それはつまり、リザレクションには多少のタイムラグがあると判断して良いという事かしら?」「そういうことよ。復活に時間がかかる、それだけの話だけどね」 付け入る隙は無いと言わんばかりに、ニヤリと笑ってみせる輝夜さん。 復活中はリザレクションによる復活にも穴が出来るとか、ちょっと期待していたんだけどなぁ。 そんな不完全な不死性は、期待するだけ無駄って事か。 ああ、その誇らしげな顔が少しばかり憎らしい。「すっごい腹立たしいです……月まで吹っ飛ばして差し上げましょうか」 文姉の苛立ちも、よくわかるというものだ。 こっちは――とはいっても僕だけだけど――ボロボロなのに、彼女は死んでしまえば完全復活。 さっきの連携で与えた分のダメージも、もうとっくに消えてしまっているのだろう。 この調子じゃ、三つ目の難題にも耐えられるかどうか……。 ううっ、文姉じゃないけど、本当に月まで吹っ飛ばしたくなってきた。 ――――ん? ちょっと待てよ。「さて、それでは三つ目の難題に行きましょうか? もっともこれが、最後の難題になるかもしれないけどね」「言いたい放題言ってくれますね。……とはいえ確かに、晶さんも限界が近そうです」「ええ、そうですわね」 もうすでに、初めほど速く動く事も出来なくなっていた。 ダメージは少しずつ蓄積し、僕の体を縛る重りと化している。 四季面の支柱である「気を使う程度の能力」も、強化に廻すだけで精一杯なのが現状だ。 彼女の言うとおり、まともにやればこの難題で僕は脱落する。 ……迷っている暇はない、か。 はっきり言って思い付き以外の何物でもないが、少なくとも勝機は見いだせた。 なら、それに賭けない理由はない!「すいません、お姉様。少しばかり私の無謀にお付き合い願えませんか?」「無謀って――なるほど、何か思いついたみたいですね。随分と良い顔をしていますよ」 文姉が僕の顔を覗き込み、ニヤリと笑った。 自分では分からないけれど、どうやら僕は相当意地の悪い顔をしているらしい。「……あまり期待されても困りますがね。では射命丸文殿、返答はいかに?」「私はパートナーとして、最後まで貴方にお付き合いするつもりです」「そうですか。色よい返事ありがとうございます」 本当にありがたい話だ。彼女主体で動けば、もっと楽に勝つ事もできただろうに。 どういう策を思いついたのか、それを具体的に口にしたわけでもないのに、彼女は僕に全幅の信頼を与えてくれた。 なら、僕も彼女の信頼に全力で応えようじゃないか。「私が彼女の三つ目の難題を消し飛ばしますので、お姉様はその隙に、ドでかい一発をお願いしますわ」「ふふっ、お任せください」 輝夜さんが、三枚目のスペルカードを取り出す。 それに対抗するように、僕も空いた腕でスペルカードを示した。 成否の可能性すら測れない一発勝負。 だけどまぁ、それもまたいつもの事だよね。「では、三つ目の難題「火鼠の皮衣」……これが最後にならぬ事を祈っておりますわ」 ―――――――神宝「サラマンダーシールド」 盾の名にふさわしく、赤い弾丸の壁が広がっていく。 身体がすでに告げている。僕の技量で、あれに耐えきる事は出来ないと。 だけどまぁ、耐えきる必要なんてどこにもない。「残念ですがこれ以上、お姫様の我儘に付き合う気はありませんわっ!」 ―――――――魔砲「マスタースパーク」 閃光が、瞬いた。 四季面唯一の遠距離射撃。 飾り気も無く、ただ力ある光をぶつけるだけの、単純でありながら驚異的なスペルカード。 そんな「力任せ」の象徴である一撃が、なよ竹のかぐやが用意した難題を吹き飛ばす。 さらに、閃光は彼女をとらえようとその力を伸ばした。 しかし―――「貴女が「ソレ」を使えるという話は、すでに鈴仙から聞いているわよ!!」 スペルブレイクと同時に、輝夜さんが真横に跳んだ。 暴力的な光の奔流は、彼女を飲み込む事なく直進していった。 ―――うん。ここまでは予想通り。「文お姉様っ!」「お任せくださいっ!!」 障害となりうるマスタースパークをスペルブレイクし、文姉と輝夜さんの間に道を作る。 文姉の手には、一枚のスペルカード。 ―――――――竜巻「天孫降臨の道しるべ」 今までで最も巨大な竜巻が、文姉の周りに巻き起こる。 それは、輝夜さんを巻きこまんと激しく力を拡大させていく。 ……鴉天狗の最大級スペルカード。すごいとは思っていたけど、ここまでとはね。 だが、蓬莱山輝夜はその一撃すら読み切る。 風に巻き込まれないように、彼女はどんどん後方へと下がっていった。 やはり、輝夜さんは根本的な部分で戦士ではない。彼女はあくまで僕らを試しているのであって、戦っているわけではないのだ。 だからこそ彼女は下がる事に抵抗が無い。 僕らの全力攻撃は、全て空振りに終わってしまった。「危ない危ない。だけどこれだけの威力があるスペルカードなら、それぞれを難題用にとっておいた方がよかったんじゃないの?」 そういうワケにはいかなかった。 何しろ僕にはもう、マスタースパークを使う余力が残っていないのだ。 それぞれが一回ずつ難題を散らしたとしても、最後の一枚を裁き切れず結局は終ってしまう。 文姉なら、もう一発くらい放つ事は出来るかもしれないけれど……それで得た勝利は、結局僕のモノではないのである。 そんな勝利を享受できるなら、僕は最初に泣いて頼んで天狗面をつけていたはずだ。 それに、彼女は一つ大きな勘違いをしている。「構いませんわ。これで、おしまいですもの」「えっ―――?」 そう、‘ここまでも予想通り’だ。 最大級のスペルカード二枚を囮に使ったのだから、成功してもらわなければ困るのだけれどね。 文姉の竜巻に気を取られていた彼女は、僕の接近をまんまと許していた。「いくら貴方でも、三度目の回避は無理でしょう?」「ま、待ちなさいよ。もう分かってるでしょ? 私に打撃は意味無いワケで――」「安心して宜しいですわ。……思いっきり痛くしますから」「わぁ、いい笑顔ぉー」 涙目で笑っている彼女に、普段の倍は巨大にした氷の傘を叩きつける。 大地が激しく揺れた。 以前のように亀裂が入らなかったのは、‘クッション’が間に挟まっていたからだろう。 ……よし、手ごたえはあった。「か、かぁぐやぁさまぁー!?」「あちゃー、今のはモロだったね」「元々武闘派で無かったとはいえ……これで三度目ね」 目的を果たし、障害物になった鈍器を投げ捨てる。 陥没した地面の上で、輝夜さんが原型を残したまま手足を痙攣させていた。 ……良かった。これでミンチになっていたら一生もののトラウマになっていた事だろう。 耳を澄ますと聞こえてくる、ミシミシという何かが軋む音。 すでに、リザレクションは始まっているようだ。 僕は輝夜さんの首を優しく掴み、宙ぶらりんにする。「……で、ここまでやってどうするんですか? まさか本当に死なない程度に痛めつけるつもりですか?」「それで確実に勝てるなら、そうしますけどね」 まぁ無理だろう。幻想郷の住人は意地っ張りばかりだし。 それにもっと楽に勝つ方法を、僕は文姉から教えてもらったんだよ?「う、うぐ……貴方達、難題に応えるっていう事は、私にトドメを刺すってことじゃないのよ?」「ええ、分かっていますわ。これも作戦の一つですの」「……こ、今度は何デスマッチなのかしら?」 無事復活した彼女が、先ほどまでの事を思い出して顔を強張らせる。 ……いや、確かに得意分野という事で、インファイトで散々好き勝手やったけど。 そんな露骨に怯えられると、何だか自分がいじめっ子にでもなった気分になるんですが。 ああ、ほとんど変わらないですかそうですか。 いいもんいいもん。気にしてないもん。「ねぇお姫様。最後に一つ、聞いても宜しいかしら」「な、何よ」「――――貴女、迷いの竹林をどこまで把握してますの?」「……ちょっと待って。その質問の意図は、つまり」 さすが、この一言で全てを察してくれたか。 分かりやすく顔を青くする輝夜さん。雄弁な返答ありがとうございます。 得るべき答えを確保した僕は、この勝負にカタをつけるために思いっきり振りかぶった。「ああ、抵抗したいのならご自由にどうぞ。残りの腕くらいなら道連れして結構ですわ、止めませんけど」「そ、それはさすがに弾幕ごっことしてどうかと思うわよ。ほら、落ち着いて」「別に問題ないでしょう? ‘すぐに戻ってくれば’済む話ですわよ」 照準は、迷いの竹林。 四季面のパワーをフルに使って、僕は輝夜さんを‘竹林に向って’ブン投げた。「せーのぉぉぉぉぉぉおっ!!!」「いやぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁっぁあっぁぁぁぁぁぁぁっ!?」 ドップラー効果を上げながら迷いの竹林へ消えていく、なよ竹のかぐや。 さすが四季面、人間がまるでピンポン玉のようだ。 ちなみによほど余裕が無かったのか、輝夜さんを投げ飛ばした僕の腕は無事だった。「……さて、永琳さん」「はい。何でしょう」「あのお姫様は、自力で竹林から戻ってこれますか?」「無理でしょうね。私やてゐやうどんげの案内がなければ、三日三晩は迷うと思いますよ」「つまりそれは、戦闘続行が不可能である、という事ですわね」「……相違ありませんわね」「ちょ、師匠!?」「なるほど、確かにこれも立派な「戦闘不能」だね」 てゐが僕の屁理屈に苦笑する。 まさしく、彼女の言うとおりだった。 戦闘不能というのは相手が戦えなくなる事を指すのであって、相手を倒す事ではない。 例え相手が不死の蓬莱人であっても、「戦えなくなる」という状況はきちんと存在しているのだ。 それを教えてくれたのは、もちろん僕のお姉ちゃんである。「あー、ひょっとして私の発言がアイディア元ですかね」「そうですわね。あれはまさしくコロンブスの卵的発想でしたわ。さすがお姉様、頼りになります」「それは「余計な口出ししやがってこのアマ」という喧嘩の売り文句ですね?」「……てゐさん? 私おかしなこと申し上げました?」「いや、おかしくないよ。問題なのは、その礼儀正しい発言がガマクジラの口から発せられた事だと思うけど」「貴女はシビアなくらい優しく真実を突き付けるのですわね」 つーかガマクジラって幻想入りしてたの? いや、してなかったとしても、てゐなら知っていておかしくない気もするけど。 ……おっと、話題がずれた。「とりあえずこれで我々の勝ち――そう思って宜しいのですわね」「少なくとも私は、姫様が負けたと思っていますわ」「難題続行不可なんだから、姫の負けでしょ」「し、師匠!? それにてゐも! 二人はそれでいいんですかっ!」 レイセンさんがくってかかっているけど、二人の意見は変わらないようだ。 まぁ、迷いの竹林ぐらいでしか使えない勝ち方だから、彼女が納得できない気持ちもわかるけどね。 僕としては、負けになっても一本取ってやったから別に問題は無い。 あのまま戦ってたら確実に負けてたしね。「しかし鈴仙さんではありませんが、この勝利には釈然としないものがありますね」「当然でしょう。試合に勝って勝負に負けたのですわ、私たちは」「あー、やっぱ負けてますかね」「ボロ負け、と言っても差し支えありませんわよ」 それに関しては言い訳する気も無い。 そもそもこの勝ち方は「五つの難題を破れない」事が前提となっている。 本来求められている勝利条件を初めから放棄している時点で、負けを認めているようなものだ。 それが分かっているから、僕は「ルール上の勝利」だけでも得るためにあんな無茶な真似をしたのである。「ほらほら、晶たちもこう言ってるんだから大人しく勝たせてやりなって」「そうね。せっかく形式だけでも勝利をもぎ取ったんだもの、その努力は認めてあげるべきよ」 物分かりが良すぎて涙が出てくるなぁ。 そんな二人を睨みつけ、レイセンさんは僕の顔に指を突き付けた。 どうでもいいけど、それは失礼な行為に部類されてる仕草です。「こんな卑怯な手段を使う奴を認めろって言うんですか!?」「けれど姫様は、その卑怯な手段を見破れなかった。この子を責めるのは筋違いよ」「………くっ」 歯を食いしばって黙りこむレイセンさん。 永琳さんの鶴の一声に、さすがに二の句を告げられないのだろう。 ……そこまで声高に叫ぶなら、まずは輝夜さんを助けに行けばいいのに。 そんな事を思いつつ、僕は仮面に手をかける。 納得してない人もいるみたいだけど、とりあえず決着はついたのだ。元に戻っても問題は無いだろう。 いつまでも、文姉に変な顔されるのは避けたいしね。「あ、ダメよ」「ほへ?」 しかし、なぜかそれを永琳さんに止められた。 どうしたんだろう。まさか、四季面を気に入ったとか? だとしたらスイマセン。もう外しちゃいました。「どうしたんですかししょー……って、うぉうっ!?」「あややややややーっ!?」「ど、どうしたの二人ともっ!?」「あたまっ、あたまーっ」 頭? いきなり慌てだしたてゐと文姉が、僕の頭をそろって指差す。 だからそれは、失礼な行為に部類される仕草ですってば。 何故かレイセンさんも、びっくりした顔でこっちを見ている。 どうしたんだろうと思い頭に手を添えてみると、ぴちゃりと音を立てて手が赤い何かに彩られた。「……あれ?」「マズイわね……」「ちょ、ど、どういう事なんですか!? 永琳さんっ」「分からない? ヒントは、「あの面による身体強化」よ」「いや、ヒントとかどうでもいいんでとっとと治療してくださいよっ!」 あ、やっぱりこれ、僕の血だったのか。 ドクドクと手を赤く染める血液。これって普通に致死量じゃない?「要するに、あの面で向上していたのは防御力だけじゃなかった、という事よ」 永琳さんがため息混じりそう言った。 なるほど、そういう事か。 四季面は僕の身体能力や防御力を気で向上させている。 だから僕は輝夜さんの弾幕を耐えきる事が出来た――と思っていたのだが、どうやらそれだけではなかったらしい。 気を使う程度の能力は、体力の強化も無意識に行っていたようだ。 僕の元々の体力が百だとするなら、百五十くらいには底上げされていたのかもしれない。 そして僕は、今回の戦闘で九十程のダメージを受けた。 四季面をつけている間は、まだ半分程度余裕が残っている値だ。 だが面を外してしまえば底上げ分は無くなり、自分の元ある体力分だけでダメージに耐えなければいけなくなる。 当然の話だがダメージの値自体は変わらない。そうなると僕の体力は、九十差っ引いて残り十に―――見事な瀕死の重体の出来上がりである。 ……丈夫さに任せてガンガン受けるのは止そう、そう決めた直後にこれとは。 僕のうっかりは、やっぱり致命的なのかもしれない。「――――あっ」 気が緩んだ瞬間、何とか保っていた最後の一線も崩れてしまったようだ。 体中の傷口が開き、疲労が一気に押し寄せる。 ……これは、本格的にやばくない?「ぎゃぁーっ!? 晶さんがスプラッター!!?」「なるほどね、これが本当の人間噴水。座布団一枚」「こんな時に大喜利やってんじゃないわよっ! し、師匠!」「うどんげは永遠亭から治療道具を持ってきなさい。私はこの子の応急処置をするわ」「は、はいっ!!」「あややややっ、私もお手伝いいたしますっ」「ししょー、私は?」「姫を回収してきなさい」「あいよー」 てきぱきと指示を飛ばす永琳さんが、僕の額に手を当てた。 同時に、意識が急激に緩んでいく。「少し眠っていなさい。その間に手当を済ませておくわ」「す、すいません」「お礼は助かってからにしなさい。……大丈夫、死なせはしないわよ」 最後に聞いたのは、そんな母のような囁き。 優しい暖かさを感じながら、僕の意識はブラックアウトするのだった。 ――――あーあ、やっぱり大人しく負けとけば良かったかなぁ。