巻の三十七「苦痛には限度があるが、恐怖には限度がない」 これまでのあらすじ。 秘宝「貴族の竹笛(キングバンブー)」で久遠晶を追い詰める蓬莱山輝夜。 だが彼には、とっておきの秘策が残っていた。 「ならダブルスで行くよ!」 二人に増える射命丸文。 会場にいる誰もが目を疑う。そこには信じられない光景があった。 ……すいません、全部ウソです。 輝夜さんに無理やり弾幕ごっこを挑まされ、文姉とコンビで戦うことになっただけです。 おうちにかえりたい。「晶さん、ちょっといいですか」「なんでしょうか」「私が増えるという事は……晶さん、天狗面で戦うつもりですか?」「嘘予告すら読まれるんですね、僕は」「答えてください」「……はぁ、まぁそのつもりですが」 相手の能力は分からないけど、僕のパートナーは文姉だ。 彼女の速さを生かすために高速戦闘可能な天狗面を使うのは、当たり前だと思ったんだけど……。「止めてください」 すっごい険しい顔で、文姉に止められてしまった。 え? なんで? なんでそんなに苦々しい顔してるんですか? ひょっとして、僕が思ってた以上にあの仮面がイヤ?「勘弁してください。アレと一緒に戦うくらいなら、幽香さんマスクと一緒に戦ったほうがまだマシですっ!」「四季面です、完全オリジナルと言い張ります」「どうでもいいです! とにかく止めてください!! いいですねっ」 ……やっぱり駄目かぁ。 天狗面の力を基に構築していた脳内作戦表を全て廃棄する。 相手の戦闘方法が分からない場合、回避主体のアレが一番有効なのになぁ。 僕の不満そうな表情から、言いたいことを理解したんだろう。 文姉がコホンとセキを一つついて、「それに」と言葉をつづけた。「天狗面だと、私と晶さんは同格の存在として戦うことになりますよね?」「え、うん。アタッカーを絞らせない事も念頭に置いてあるから……」「それじゃあ困るんですよ、私は手助けをするだけなんですから。メインはあくまで晶さんでないと」「うぐっ」「それに―――お姉ちゃんとしては、カッコよく自分の手で勝利を掴む弟君が見たいんですよ」 まっすぐに僕の目を見て、文姉はとてもずるい事を言った。 本当にずるい。そんな事を言われたら、頑張るしかないじゃないか。 彼女の言葉に苦笑しながら、僕は氷で面を作り出す。「――――四季面『花』!!」 顔を覆う左半分の仮面。氷のロングスカート、巨大な傘。 自分であって自分でない僕の口は、サディスティックな笑みを浮かべる。「分かりましたわ。では、あの高慢ちきなお姫様を泥だらけにしてあげましょう」 自分でやろうとしても再現できそうにない優雅な笑みを湛え、四季面をつけた僕が文姉に囁く。 回避能力はそんなに高くない姿だけど、現状素の僕より強いことには違いない。 だから文姉、できればそっちの姿も見たくなかったなぁみたいな顔は止めてくださいよ。 ただでさえ勝ち目が無いんだから、できるだけ勝率は上げておきたいんですって。「ううっ、晶さんがすっかり花の妖怪みたいなお顔になってしまいました。これはこれでやっぱイヤです」「……はぁ、しっかりなさってもらえませんか? 私の姿がどうであろうと、お姉様の力が必要な事に変わりはないのですよ?」「――――お姉様、ですか」「……文お姉様?」 なんかプルプル震えてる!? いや、別にキャラが変わっただけで、嗜好や性格なんかの戦闘に影響ない部分は結構そのまんまなんですよ。 そもそも僕は幽香さんの嗜好とかあんまり知らないし、あくまで性格も僕のイメージ――――だから完全オリジナルなんですって。 落ち着いた様子の外見とは裏腹に、文姉の姿に内心動揺しまくっている僕。 そんな僕の動揺に気づかない文姉は、小さく、本当に小さくそっと呟く。「―――ベネ、実にベネです」「な、何故イタリア語」「貴方とは仲良くできそうですよっ! 花さん!!」 なんか変な渾名までつけられた。 目をキラキラさせて、僕こと花さんを見つめてくる文姉。 輝夜さんも待ちくたびれているワケだし、本人がいいならもう何も言うまい。「それで、作戦会議は終わったのー?」「ええ―――もうとっくにねっ!」 あ、ダメだ。花さん強制イベント発動しちゃった。 一瞬にして彼女との間合いを詰めた僕は、担いだ傘を勢いよく彼女に振りおろす。 清々しいまでの不意打ちである。 レイセンさんが、「この卑怯ものーっ」とか言ってるのも無理ない話だ。 他の二人? 笑ってますよ、両者の笑顔の意味合いはだいぶ違うようだけど。「そうなの。よかったわ」 しかし、振り下ろされた殺意溢れる一撃は、容易に彼女に止められてしまった。 箸より重いものを持った事が無さそうな輝夜さんのたおやかな腕は、丸太のような氷傘を掴んだまま微動だにしていない。 う、嘘っ!? 自分で言うのもなんだけど、四季面の攻撃って妖怪すら撲殺できそうな威力があるはずなのに。 まるで鳥の羽根でも持っているかのような気軽過ぎる態度で、彼女は―――「―――っ!?」「こうみえて、‘殺し合い’の経験は豊富なのよ? 力任せの粗野な一撃を流せる程度にはね」 撥ねるように投げられ、僕の体が数メートルほどの高さまで飛ばされる。 大して力を込められたワケでもないのに、全然抵抗できない。 それどころか、回転させられたせいで上手く身体を動かすことすらできそうにない。 ……あれ? ひょっとして今の状態超ヤバイ? こちらを見つめる輝夜さんが、意地悪い表情でニヤリと笑う。 「さて、フライングのペナルティも払ってもらったことだし、一つ目の難題を……」 ―――――――突符「天狗のマクロバースト」「あらあら?」「もうっ、早々に突撃しないでくださいっ! 無鉄砲なんですから!!」 空中で僕を受け止めた文姉が、スペルカードで輝夜さんをけん制する。 放たれた風の弾丸を、彼女は少し顔を歪めながら避けていく。「助かりましたわ、文お姉様」「素直に礼を言われると何だかむず痒いですね。まぁ、結果的に先手は取れましたから、よしとしましょうか」「先手、ですか?」「――しまった、この技っ」 輝夜さんの体を風が掠めるたびに、ガリガリと何かが削れる音が聞こえてくる。 そうか、あのスペルカード、ただ風圧弾を放っているわけじゃないんだ。 文姉が生み出したのは、幻想の源となる「霊力」にすら影響を及ぼす妖気の風。 さすが本職。物質的な風しか操れない僕と違って、多彩な技を持ってるね。 「距離をとりますよっ! 幽香さんじゃないんですから、力任せに突っ込まないでください!!」 手早く離れながら、文姉が呆れ気味に警告する。 その忠告はもっともだけど、残念ながら頷く事は出来ないんだよね。 何しろ、この姿で最も有利に戦える状況はインファイトだ。 必然的に距離を詰める必要があるワケだから、結局のところ突撃するのは時間の問題だったのである。 一芸特化は、戦法も限られてくるからなぁ。「残念ながら保証は出来かねますわ」「やっぱり可愛くないです……」 いえ、素面でも同じ事言ってましたよ? そんな事を言ってる間に、輝夜さんがスペルカードを抜けたようだ。 ダメージは……全然無さそう。残念。 とりあえず文姉に下ろしてもらい、彼女の次の行動に備える。「天狗の風を裁くのは骨が折れたわ……まったく、難題に挑戦しろと言ったのだから、私が何かするまで待ちなさいよ」「従う義理はありませんね」「勿体付ける暇があるなら、晶さんみたいに問答無用でかかっていけばいいんですよ」「……間違いなく姉妹ね、貴方達」 あえてそこで姉弟と言わないのは、僕が仮面をつけてるからですか。 小さくため息を吐いて、輝夜さんはスペルカードを取り出す。 ―――伝わってくる必殺の気配。 これは、思った以上にマズいかもしれない。 だけど僕の口からは、僕の想いとは別の言葉が漏れた。「面白いじゃない。良いわ、大人しく出すのを待ってあげる」「晶さん、不遜すぎますよ」 自信過剰とも思える言い方だけど、四季面をつけてたって基本的な考え方まで変わるわけではない。 ……なるほど、身体のほうは「今の僕なら裁き切れる」と思ってるって事か。 良かった。それだけ分かれば遠慮なく‘無茶’ができる。「さて、一つ目の難題「龍の頸の玉」……貴方に応える事が出来るのかしら」 ―――――――神宝「ブリリアントドラゴンバレッタ」 それは、龍の力を持った神宝の名に相応しい弾幕。 牙のような閃光が放射状に放たれ、その合間を縫って輝く宝玉が舞っていく。「いきなりハードモードとは、本気ですね輝夜さん」「人が定められた理を破るためには、己が限界を超えた窮地を経験する必要があるのよ」「……何のことですか?」「別に分からなくていいわ。私だけが分かればいいの」「まったく、相変わらず唯我独尊な人ですね。晶さん、とりあえず―――」「文お姉様は先ほどのように、隙を見つけて攻撃してください」「ええっ!? また突撃ですかっ!?」 足に力を込め、再び駆け出す。 今度はさっきより距離があるため、一瞬で距離を詰める事はできそうにない。 目の前から、龍の牙と宝玉が迫ってくる。「まずはお手並み拝見よ。私に近づきたければ、全てを避けてみる事ね!」「いいえ、避けません」「……あら?」 牙が突き刺さり、宝玉が触れ爆散する。 それでも足を止めはしない。全ての攻撃を喰らいながらも、僕は進み続けた。 でもちょっと痛い、むしろかなり痛い。四季面で無ければ死んでいたかもしれない。 だけど――あまりにも力任せなこの対処法こそが、この面の真骨頂だ。 あらゆる障害をその身に受けながら、弾幕を超えて接近する。 目の前には、驚愕の色で表情を彩った輝夜さん。 そんな彼女に向かって、僕は突き付けるように傘の先端を押し出した。 驚嘆から反応が遅れた輝夜さんは、それでも咄嗟に身体を動かし攻撃を回避する。 そのあまりの速度に空気が引き裂かれ、まるで悲鳴のような音を上げた。「残念、当て損ねたわ」「……顔面狙いとか、エグイ真似しますね」 あくまで四季面の趣味です。 不意の一撃をギリギリ避けた輝夜さんの頬に、衝撃波で一文字の切り傷が出来上がる。 そのまま体勢を崩した彼女に対し、僕は容赦なく追撃をかけた。「さぁ、潰れたカエルのような声をあげなさいっ!!」「晶さぁーん! それダメですっ!! その台詞はお姉ちゃん的にアウトですっ」「――ふん、甘いわね!」 首の根元を狙った一撃を、彼女は最初と同じように受け止める。 あの崩れた姿勢でも防ぎきるとは、さすが輝夜さん。 そのまま彼女は、一気に崩れた体勢を整えた。 ……それにしても、毎回急所を狙うのはさすがにどうかと。や、自分の事だけどさ。「まさか、あの不死鳥馬鹿みたいな真似する子がいるとは思わなかったわ。でも、そのくらいで不意をついたと―――」「輝夜さん、頭の固さに自信はおありですか?」「……えっ?」「歯は食いしばらなくてよろしいですよ。後、舌を出してくれるとなお良しです」 そう言って僕は、傘を掴んだ彼女の頭に向って思いっきり頭突きをお見舞いした。 一瞬、火花が散った気がする。 とはいっても、僕のほうは全然痛くない。気で強化した上に四季面でそれをブーストしてあるおかげだろう。 むしろ大ダメージを受けたのは彼女の方だった。目を白黒させて、輝夜さんはたたらを踏む。 どうやら彼女が僕の傘を受けられたのは、身体能力によるモノではなかったようである。 それはそれで凄いけれど、こういう純粋な体での勝負には使えないようだ。「あ、あぐぅ……」「うっわぁ、すっごい痛そうだね。頭カチ割れたんじゃない?」「姫様は基本的に頭脳労働派なのよね。だから、頭も柔らかくて……」 上手い事言ってる呑気な外野は、とりあえずスルー。 頭突きを受けた輝夜さんは、頭を押さえながらふらついている。 それでも僕の武器を離さないのは、さすがだと言えるだろう。 ――だけどそれは、こっちにとってもありがたい話だ。 悪いけど、最初に僕の攻撃を防がれた時から、「ソレ」を使った打撃は囮にするって決めてたんだよね。「さぁ、ガンガン行きましょうか。次はグーですわ」 「いつつ……ちょ、ちょっと待ちなさいって! 暴力反対っ、女の子は大切にしましょう?」「うふふっ、そういえば言っておりませんでしたわね」「な、何を?」「実は私、フェミニストではありませんの」 最高にいい笑顔で言い切る四季面。 味方であるはずの文姉までもが、「うわぁ、断言しちゃいましたよ」みたいな顔をしていた。 ちなみに素の僕も別にフェミニストではない。女性を殴らないのは単純に、他人の顔面を殴る機会も理由も無かっただけだ。 理由と動機があれば、多分四季面の有無関係無しに殴ってると思う。「でもほら、私か弱いから手を抜いてくれても」「戦う際に手を抜くのは、ヒドイ侮辱だと思いません?」「そ、そうかしら、勝ち負けよりも大切なものってあると思うわよ」「………ところでお姫様、関係無いけどチェーンデスマッチってご存じかしら?」「拳を固めながら物騒な事を聞かないでっ! しかもソレ、絶対今の状況と関係あるでしょうっ!?」「タイムアップですわ」「ちょっと!?」 僕の拳が、彼女の顔面めがけて放たれる。 やはりスレスレで回避する輝夜さん。しかし、その顔はすぐに苦痛で歪んでいく。 彼女の腹部に、僕の膝がめり込んだからだ。 ……やっぱりそうか。あっさり頭突きを喰らったから、もしやとは思っていたんだ。 彼女は確かに近接戦闘も強い。強いんだけど、その強さはかなり歪なものになっている。 まるで、同じ相手と戦い続けたかのような不自然さ。 断言してもいい、彼女は僕―――いや、四季面のようなパワーファイターとやりあった経験が、ほとんど無い。 そしてその「未経験」は、この場において致命的なハンデに繋がる。「ふふふっ、この距離なら対等に戦えそうですわね」「げ、げほっ、い、いや、これは対等というか軽いイジメ……」「お姫様。攻撃を‘軽く止められる’のは、意外とイラつきますわよね?」「………結構根に持つタイプなのね」 否定はしません。 ついでに言うと勝つために手段を選ぶつもりも無いです。「覇っ!!」「ぐっ」「たぁっ!」「がはっ!?」「てりゃ――と見せかけて捻ってみたり」「イタイイタイイタイ、腕がねじ切れるっ!?」 至近距離で続く格闘戦。僕は相手の急所を狙い、肘や膝を当てていく。 致命打を狙っているわけではない。要は当たればいいのだ。 何しろ僕の力‘だけ’は、輝夜さんより上なのである。 掠めるだけでダメージを期待できるのなら、奇麗な当て方にこだわる理由はない。 それでも微妙に急所を狙っているのは……何度も言うけど四季面の趣味です。「輝夜様ぁーっ!? その傘もう離して、距離とってください、距離をぉーっ!?」「くっ、わかってるわよっ!」「――ふふっ、お姫様?」「こ、今度は何!?」「良い事を教えてあげるわ。私くらいパワーがあると、振りかぶらなくても相当痛く叩けるのよ?」 手が離れた瞬間、振りかぶらず彼女に打撃を叩きこむ。 ほとんどゼロ距離からの一撃、本来ならダメージを与える事すら難しいシチュエーションだ。 そう、本来の僕が持つ筋力ならば。 ありえないほど強化された僕のパワーは、押し出すという行為すら暴力的なものに高め上げたのだった。 高速で吹っ飛ばされ、地面に何度も叩きつけられながら粉塵を巻き上げ近くにあった庭石にぶつかるかぐや姫。 そのあまりの衝撃映像に、永遠亭の方々から悲鳴の声が上がる。「か、輝夜さまぁーっ!?」「あーあ、鈴仙が余計な事言うから」「うどんげ……」「えっ!? わ、私のせいですかぁっ!?」 訂正、叫んでるのレイセンさんだけだった。 主が吹っ飛んでるのに呑気だなぁ……自分が無事ならそれでいいてゐはともかく、永琳さんは少しくらい心配してもいいんじゃない? いや、それとも―――見抜かれてたのかな、今の攻防を。「なんですか晶さん、結局私が手助けする必要なんて無かったじゃないですか」「……やれやれ、文お姉様は呑気ですわね。できれば、私が吹っ飛ばした後に追撃するくらいの気遣いがほしかったですわ」「やっぱり可愛くないです。だいたい、そんなのいらなかったでしょ……あ、晶さん!?」 傍観していた文姉が、僕の異常に気がついた。 傘をふるった僕の腕は、本来あり得ない方向に曲がっている。 ……迂闊だった。例え至近距離でも、最初に放ったような「力任せな一撃」だったら対処可能なんだね。 僕は空いた手で曲がった腕を掴み、無理やりに捻る。 外され方がキレイだったためだろう、腕はゴキンと音を立てあっさり元に戻った。 ただし、腕が痺れて上手く動かせそうにない。 マズイね。回復速度に自信はあるけど、この怪我が戦闘中に治りきるかどうかは分からない。 与えたダメージが相当なものなら、腕を引き換えにした甲斐があるんだけど……。「まったく……普通こういう時は、圧倒的な力の前に大ピンチになるのが常套でしょう? なんで私が追い詰められるのよ」 庭石から頭を引っこ抜いた輝夜さんは、むしろ今までのダメージすら帳消しにしたように元気だった。 あ、あれ? 結構ボコボコにしたっていうか、ギャグっぽく流していたけど片腕捻り折ってたりとかもしてたんですが。 なんで輝夜さん、そんなに元気なの? 完全復活している彼女の姿に僕が首を捻っていると、当の本人がちょっと怒り気味の笑顔で睨みつけてくる。 いや、なんで怒るのさ。腕曲げられてダメージ与えられなくて、損してるのはこっちだけじゃん。「貴方の後ろに居る八雲紫に括りすぎて、貴方自身を見誤っていたようね。……まさか、あの状態から‘殴り殺される’とは思わなかったわよ」「―――? 嫌味にしては随分まだるっこしい言い方をしますね。私にはピンピンしているようにしか見えませんわよ?」「そういえば、晶さんは知りませんでしたね。蓬莱山輝夜に永久の命が有る事を」「と、永久ですって!?」「衰えず、死なず、妖怪ですら及ばぬ永劫の時を生きるモノ、それが「蓬莱人」蓬莱山輝夜なんです」 人が抱く夢の一つ、不老不死。 輝夜さんは、そんな人類究極の悲願を達成した人でもあったのか。 そう言えば竹取物語の最後の方で、月の使者が当時の帝に不老不死の薬を渡したとか言う話があったっけ。 千年以上生きているのは、彼女が妖怪の一種だからだと勝手に思っていたけど。 蓬莱人か……幻想郷は本当に何でもありだね。「あんまり持て囃されても困るわ。確かに私は不老不死だけど、痛みは感じるし疲労も溜まるのよ?」「無傷のくせに、良く言うわ」「そんな事ないわよ? さっきまではボロボロだったもの」「………さっきまでは?」「リザレクション。自らの肉体の限界を超えたダメージを受けた時、自動的に回復する蓬莱人の能力ですよ。どうやら彼女、一回‘死んでいる’ようですね」「死んだら完全回復で復活ですか。それはまた、意地の悪い能力ですわね」「ふん、精々誇るといいわ。あんな不安定な姿勢から放った一撃にヤられたなんて、私としても一生モノの恥よ」 不老不死の一生に残る恥って、どれだけ屈辱的だったんですか。 いや、問題はそこではない。 まさか不死身のお姫様だったとは……これは、思ったよりもマズイ事態になったかもしれない。 僕が格闘戦で早期決着を狙ったのは、ぶっちゃけて言えば彼女にスペルカードを使わせないためだった。 一つ目の難題で確信したが、彼女の弾幕は強力だ。五枚全部力任せに破る事は絶対にできない。 だからこそ、多少無茶でも力尽くで戦闘不能に……と思っていたんだけど。 体力ゼロになると全回復とか反則でしょう。「だけど、二度も同じ手が通じるほど浅い相手だと思わない事ね。もう貴方を近づかせる事は無いわよ」「と、言ってるみたいですが……次はどうします?」「さて、どうしましょうね」「……晶さん、ここまで来てそれはないですって」 呆れ気味の文姉に苦笑いを返す。 しかし、分かってほしい。 あえて口には出さなかったけれど、実は輝夜さんの特性が明らかになった時点でこの勝負、軽く詰んでいるのだ。 さっきも言った通り、今の僕の実力では五つの難題に応えきる事は出来ない。 四季面で耐えきれない事はもちろんだし、天狗面や素の状態でもあれを回避し続けるのも厳しいのだ。 文姉は大丈夫だろうけど……‘メイン’が僕である以上、やられたら降参するに違いない。 さて問題です。そんな状態でどうやって逆転すればいいのでしょう。 正解は僕にもわからないので誰か教えてください。「……あ、あれ? 実は結構ピンチなんですか?」「………正直に言えば、かなり厳しいですわね」 もちろん、何も手が無いわけではない。 唯一にして確実に効果をあげられるスペルカードが一枚、四季面には存在している。 ただし、それも使えて一回だ。 同じ手を許すほど甘い人だと思えないし……何よりあのスペルカードを連発できるほどの体力が、僕には無いのである。「文お姉様……これからちょっと負担をかけるかもしれませんが、よろしいですね?」「私が頑張れば、勝ち目を作れそうですか」「―――――えへっ☆」 「無理なら素直に言ってください。今の貴方にそういう振る舞いをされると寒気がします」「少なくとも、負けは遠ざかりますわ。私の体力が続く限りの話ですが」「……なんという苦し紛れ」 まさしくその通りなので、特に反論はありません。 いやほら、うまい具合に解決策が出てくるかもしれないじゃん。……多分。「相変わらず作戦会議が長いわね。幾ら私が寛容でも、これ以上チャンスを与えるつもりはないわよ?」「……とにかく、できうる限りけん制します。それで頑張ってください」「ええ、お願いしますわお姉様」 僕たちが構えるのに合わせて、輝夜さんも二枚目のスペルカードを取り出した。 さて、できれば最初の弾幕が上位のモノであればいいんだけど。 ……そう上手くいかないよなぁ。好きなものは後でってタイプみたいだし。「それでは、二つ目の難題「仏の御石の鉢」……今度はスマートに応えてくださいませ?」 ―――――――神宝「ブディストダイアモンド」 ああ、やっぱり駄目か。 気泡のような玉が張り巡らされ、光のような輝きをため込んでいる。 そして彼女の背後からは、星の形を模した弾丸が軍隊に例えられる程の量迫ってきていた。 気分はまさしく、彼女に求婚した五人の皇子だ。 なよ竹のかぐやが残酷なほど美しい笑みを浮かべる。残った難題は、あと四つ。