巻の三十六「命と引き換えに金を欲しがるのは強盗であるが、女はその両方とも欲しがる」 目を覚ますと、眼前で謎の儀式が行われていた。 右に左に移動しながら、同じ言葉を繰り返す不審人物。 何これ、邪神召喚の儀式か何か?「えーりん! えーりん! 助けてえーりん!! えーりん! えーりん! 助けてえーりん!!」 儀式に参加しているのは、少女と呼んでも差支えない年頃の女性一人だけ。 彼女を一言で表現しろと言われれば、僕は迷わず「お姫様」という呼称を用いるだろう。 それほどの優雅さと気品が、今の彼女からも感じ取れるのだ。 いや、本当ですよ? 怪しげな舞踏しているようにしか見えないのに、それでもお姫様っぽいんですよ。 ……結局の所、怪人物には変わりないんですがね?「ああもう、なんでこないのよ!? こういう時に来るのが従者の役割でしょ!?」 途方に暮れた様子で、頭を掻き毟る謎の少女。 って従者? あ、じゃあ今の、「えーりん」って永琳さんの事か。 そういえばてゐが僕を落とす前に、トップにどうこうとか言ってたっけ。 ……ひょっとしてこの人が、永遠亭のトップ? なるほど、そうして見ると確かにそれっぽい風格が漂って……漂って? うん、漂っているね? いや、おべっかじゃないよ? 本当にカリスマっぽいんですよ? 例えて言うならレミリアさんみたいな――ああ、いや何かそれは両方共にごめんなさい。「どうしよう、とりあえず鈴仙でも呼んで……」 それにしても、どうしてこの人こんなにもパニくっているんだろうか。 事あるごとに視線がこっちに向くんだけど、僕何かした?「いや、その前にこのタライを」 ――――タライ? 彼女の呟きのおかげで、今僕がどういう状況に陥っているのかを確認できた。 どうやらうつ伏せになった背中に、何かが乗っているらしい。 彼女はそれをタライだと言っているけど……こんなに重いタライが存在するのだろうか。 まぁいいや、とりあえずとっとと抜け出そう。「よいしょ」「あら?」 自分でも驚くほどあっさりと立ち上がる事が出来た。 以前氷精との戦いで得た教訓から、常に自分の身体を気で強化していたおかげだろう。 戦闘時ほど強力に強化しているワケでもないというのに、ここまで身を守ってくれるとは……気を使う程度の能力様々だね。 でも、出来れば罠そのものに引っかからないようになりたいよなぁ。 ちらりと背後を振り返ると、そこには石が積まれまくったタライが転がっていた。 てゐの奴め、何と言う手加減無用っぷりか。彼女とはいつか決着をつけないといけないようである。 身体の調子を確かめるように全身を動かしながら、僕は思いっきり溜息を吐くのだった。「……ってうわっ、何これ全然痛くない。むしろ休んだおかげでオシオキの痛みまでなくなってるじゃん」 何と言う治癒能力。これ程の回復力があるなら、美鈴があれだけ頑丈なのも頷ける。 だけどこれ、微妙なダメージなら避ける気力を無くしちゃうよね。何しろ、受けた直後に治っちゃうんだもん。 便利だけどあんまり頼れそうにないなぁ……僕の場合は、油断してたらダメージが蓄積しててやられるとか充分ありそうだし。 「ふふっ、落ちついたかしら?」「落ちつ……あれっ?」 タライを見つめながら思考に浸っていたら、邪教崇拝の少女に話しかけられた。 しかし、振り返っても彼女の姿はさっきの場所に無い。「こっちよ、こっち」 言われるままに、声のもとへと視線を移動させる。 今まで余裕が無くて気がつかなかったけど、この部屋は御簾で部屋の一部を隠してあるらしい。 さっきまで右往左往していた彼女は、いつのまにかその中に入って笑っていた。 ……そういえば平安時代ぐらいの高貴な身分の女性って、人目を避けるのが嗜みだったんだよね。 求愛する男性側も、ストーカー行為をしなければ顔合わせする事すら出来なかったらしいし。 ちなみにこの場合の顔合わせは、イコール同衾の事です。 なるほど、屋敷だけじゃなくて主人の振る舞いも平安時代的なんだね。 ―――さっきの暗黒舞踏が無ければ、完璧なお姫様登場シーンだったのになぁ。「ようこそ御客人。私はこの永遠亭の主、蓬莱山輝夜よ」 あ、なんか普通に続けてる。 どうやら彼女は、今までの失態を無かったことにするつもりらしい。 こっちの戸惑いお構いなしに、彼女は優雅な仕草で妖艶に微笑んでみせた――のかな? シルエットだけじゃ良く分かんないや。 それにしても、かぐや……ねぇ。 平安貴族のような振る舞いに、竹林の中の屋敷。さらに月から来たというてゐの言葉。 ここまで揃った上でその名前を聞かされたら、出てくる発想は一つしかない。「アナタには、なよ竹のかぐやと名乗った方が良いかしら」 そこに居たのは、かの竹取物語の主人公。 あらゆる立場の男性から求愛され、当時の帝すら魅了したという絶世の美女――かぐや姫。 まさしく伝説上の人物が、僕の目の前に存在していた。 「驚かなかった」と言えば嘘になる。だけど、本音を言えば「繋がった」という感情の方が大きかった。 ヒントは充分にあったからねぇ……むしろ今まで出てこなかった自分にビックリだ。 ―――で、どうしよう。 彼女の精神衛生上の安寧を考えれば、何事も無かったかのように振舞うのがベストな選択である事は間違いない。 間違いないんだけど、さすがにそこまで切り替え速くないんでそれは無理です。「…………」「…………」 彼女も、自分のフリが急過ぎた事は理解しているようだ。 こちらの様子を窺うような空気が、 御簾越しからも伝わってくる。 とりあえず、返事しとこう。「えっと、僕は久遠晶と申します。あやね……鴉天狗、射命丸文の付き添いとしてお邪魔させてもらってます」「知ってるわ。そこらへんの話は永琳から聞いてるもの」 「そうですか」「そうよ」「…………」「…………」 うわぁい、見事に話がブツ切れた。 今の挨拶で何かしら変化が起きると思ったのに、まさかお見合い状態に逆戻りとは。 相手もアテを外したようで、随分とバツが悪そうにしている。……多分。 それもこれも皆てゐのせいだ。彼女が変な罠を仕掛けなければ、こんな気まずい思いをせずに済んだのに。 やはり、三日徹夜してでもヤツの枕元で泣くしかないか。 「あぁぁぁぁあああああ、もぉうっ!!」 あ、ついに癇癪起こした。 御簾の向こう側で手足をジタバタさせるかぐや姫。 文字通り千年の恋も冷める光景だ。シルエットなのがまだ救いか。「なんでよっ!? なんでノーリアクションなのよっ!!?」「す、すいません」「謝るぐらいなら驚きなさいよっ」「う、うわー、かぐやひめだびっくりー」「死んでしまえっ!」 大根役者でスイマセン。 だけど、僕は思ってもない事を言うのは苦手なんです。 ……ここらへんのバカ正直さが「僕の態度には敬意が無い」と言われる原因なのかな。 少なくとも今回は、本当に敬う気持ちゼロだしね。「あーあ、ひっさびさに姫っぽい事しようと思ったのに、がっかりよー」「…………そうですか」「色々言いたい事がありそうね。ならとりあえず、そこの紐弄ってこの御簾引き上げてくれない?」 可動式なんですかこれ。そして僕の発言権とその行為に何の関係が。 シルエットの上からでもわかるほど適当な仕草で、手をひらひら振るがっかり姫様。 いくら何でも無作法過ぎる。これは怒っても許されるレベルのはずだ。「はい、ありがと」 ……とか思ってる間に、身体の方は指示に従っていたようだ。 ううっ、いつのまにか身についていた従者根性が憎い。 やけに近代的な仕組みの滑車を使って、御簾が軽やかに上がっていく。 シルエットで覚悟していたとはいえ、テンションだだ下がりで頬杖ついているかぐや姫を見るのはやっぱりショック。 しかも奥の方にスーパーファミコンが見えるんですけど。今まで会ったどの妖怪より現代的だよ、この人。 あー、もう怒りもどっかに行ってしまいました。「えーりんもさぁ、映画の予告編みたいに色々と期待させてくれるわけよ」「何で幻想郷在住の貴女がそんなに分かりやすい例えを出せるんですか」「あら、伝わるとは思わなかったわ。外の世界の「あるあるネタ」って結構幻想郷でも需要があるのね」 上半身だけを捻って、かぐや姫は後ろから一冊の本を取り出す。 タイトルは、「明日職場で使えるあるあるネタ百選!」――断言してもいいが、明日使えば職場でドン引き間違いなしだと思われる。「やっぱり百点の評価を取っただけはあるわね。何でか、永琳達にはウケが悪かったけど」 違うんです。その安っぽい装丁に張り付いたシールは、投げ売り百円の意味なんです。 そういえば幻想郷って、通貨単位も明治時代基準だったっけ。金銭の単位に百なんて殆ど使わないのか。 良く見ると、奥のスーパーファミコンにも無理やり解体したような跡が見受けられる。 しかも、電源やテレビが見当たらないのだ。恐らくは、使い道を模索してバラバラにしてしまったのだろう。 ―――ああ、本当に暇なんだねこの人。「でもおかしいのよ。この点数を付けた人、自分の名前を書いてないの」「……姫様は、このような書物を読まない方がよろしいです」「あら、アナタも永琳と同じ事を言うのね?」 何と言うか、最初の印象とは違う意味でお姫様してる人だ。 頭も良いし好奇心も旺盛なんだけど、知ってる世界が微妙に狭い。 彼女の言葉通りなら、都合千年以上は生きてるはずなのに……何故こんなにも世間知らずなんだろうか。 まるで、ずっと長い間引きこもっていたみたいだ。 あ、そういえば永遠亭って、つい最近までは世間から隔絶した生活を送っていたんだったっけ。 なら、入ってくる情報に制限があったのはむしろ当然のことなのか。 ただでさえお姫様なんて世間知らずになりがちなポジションのかぐや姫が、千年以上も情報統制されてたら世界も狭くなるよね。 なるほど、納得納得。 「ところで永琳さんが色々期待させたって、結局どういう事ですか?」 問題が解決すると、また新たな疑問が湧いてきた。 ツッコミどころが他にあったからスルーしてしまったけれど、あの人はどうも彼女に何かを吹き込んようだ。 てゐと策をやり取りするような人の「期待を匂わせる」言葉は、色んな意味で聞き逃せない。「楽しそうに言ってたわよ。久しぶりに五つの難題を吹っ掛けれそうな男の子が来たって」「……五つの難題って、竹取物語でかぐや姫が五人の皇子に出したアレですか?」「そうそう、その獲得難解な五つの宝の事よ。まぁ、この場合の難題はそれを模したスペルカードの事を言うんだけどね」「そこは、幻想郷のルールに合わせているんですか」「私、尽くす女だもの」 当時の帝にすら尽くさせた姫が何を言うか。 いや、当時の世情を考えるとそこは仕方ないのかな? ……どうせ断るから、断るなりに誠意は尽くしたという事だろうか。 それはまったく上手くないですね。「で、その五つの難題を吹っかけられそうなのが、僕?」「ちょっと、少しは反応なさいな」「で、その五つの難題を吹っかけられそうなのが、僕?」「……そうよ。まぁ、当てが外れたけど」「ほへ?」「最近は同性相手にしか使ってないけど、本来は異性相手に使うべきスペルカードだと思わない? 五つの難題って」「貴方の「最近」は知りませんけど、確かにそうですね。元々難題は求婚のための条件だったワケですし」「そうそう、私を連れ出そうとする男に使ってこそ、五つの難題は正しく効果を発揮すると思うのよ!」「……なるほど」 暇ならそんな括り捨てればいいのに、という言葉はギリギリ呑み込んだ。 彼女には彼女なりのこだわりがあるのだろう。 プライドも高そうだもんなぁ。……いや、良い意味でですよ?「とりあえず納得しました。かぐや姫さんの仰る通り、僕は貴方を連れて行くつもりはありませんから」「呼び方は輝夜、敬称は自由でいいわ。後、ソレ以前の問題だって気づきなさいな」「じゃあ輝夜さんで。……でも輝夜さん、ソレ以前の問題って何の事ですか?」「……自分の性別を思い返してみなさい」「……………性別?」 本当に、何を言ってるんだろうかこの人は。 思い返すも何も、僕の性別は見ての通り……通り。「――――すいません、言い忘れてました」「なによ」「こう見えて、僕は男です」「あらそうなの。じゃあ、勘違いしていたのは永琳じゃなくて私だったのね」「……あれ?」 うっかり忘れていた衣装の事を思い出し、僕は慌てて彼女の間違いを修正しようと試みた。 すると輝夜さんは、我ながら説得力の欠片もないその言葉をあっさり受け入れる。 これは、どういう事なのだろうか。 説明の手間が省けたのはありがたいけど、何か釈然としないなぁ。「そんなに僕って女装しそうに見えますか?」「女装しそうも何も、今女装してるんじゃないの。理由までは知らないけど」「さようですか……」 くだらない事を聞くなと言わんばかりに呆れてみせる輝夜さん。 その態度から、嫌悪や驚愕の感情が伝わってくる事はない。 ―――そういえば、聞いた事がある。 昔は、いろんな事情から女装する皇子とかが結構居たらしい。 そもそも某十字教が入ってくるまで、日本って一夫多妻や、多夫一妻、同性愛すらも上等なお国柄だったはず。 なら今更、輝夜さんが女装程度で動揺するわけないのか。 ……こういうのも、ジェネレーションギャップと言うのだろうか。「それにしても……ふぅーん」「な、なにか?」「いやいや、永琳の言ったとおり面白い人間だなぁーと」「――しまった!? 今僕、回避できる危機を自ら招き寄せたっ!?」 彼女は僕の眼を覗き込むように顔を近づけ、にんまり笑う。 そこでようやく、輝夜さんの発言が意味するところに気がついた。 ―――要するに輝夜さんは、強力なスペルカード吹っ掛ける相手を探していたのだ。 そして永琳さんが彼女の要望に従い連れてきた相手が僕。 暇を潰すイコール弾幕ごっこになっているあたり、なよ竹のかぐやもだいぶ幻想郷に馴染んでいるようである。 ではなくて。「ややや、止めよう!? それはさすがに止めよう!?」 勢いに任せて首を左右に振りまくる。 かなり気安い態度をとっていたが、相手は仮にも永遠亭の主だ。 最強ではないにしても、確実に強大な力を持っている事は間違いない。 少なくとも、幻想郷のトンデモ妖怪たちを見続けてきた観察力とあまり当てにならない危険感知センサーは、全力で僕の意見を肯定してくれている。 そんな彼女にその気になんてなられたら、いったいどんな目にあわされるか。「……安心なさい。さっきアナタも言ってたけど、難題の主眼はあくまで「私を連れ出す者」よ」「え? それじゃあ」「いくら暇だからって、泣いてる子に喧嘩を吹っ掛けはしないわ」 そういって、軽くウィンクする輝夜さん。 ううっ、良かった。微妙にズレた所もあるけど、常識的な人で本当に良かった。 安堵から、思わず至近距離で溜息を吐いてしまう僕。 いけないいけない、いくら気が抜けたからって失礼を働いていいわけじゃ……。 ―――あれ? なんか輝夜さん、急に目つきが険しくなってません?「ご、ごめんなさい。別に嫌がらせしたつもりでは……」「――――顔、上げなさい」「へっ?」「顔上げて私の眼を見なさいって言ってるのよ」「は、はいっ」 言われるがままに、輝夜さんと視線を合わせる。 まるで全てを見透かすような深遠な瞳が、じっと僕の眼を見据えてきた。 ……どうしたんだろう?「ねぇ、晶。一つ聞いていいかしら」「なんでしょう?」「―――――――アナタ、八雲紫とどんな関係なの?」「………えっ?」 彼女の口から、ありえない名前が出てくる。 永遠亭に来てから、あの人の話をした事などなかった。 そもそも、僕は他人にねーさまの話を積極的にした事はない。 なのに何故、彼女は僕の後見人―――紫ねーさまの名前を口にしたんだろうか。「……ふぅん、‘仕掛けた’のか、‘仕組んだ’のか。どちらにせよ、本人に自覚はないわけね」 え? 説明する気どころか答えを聞く気すらないの!? 輝夜さんは僕から目を離し、ブツブツ考え事を呟きながら部屋の中を行ったり来たりし始める。 あの、思わせぶりな言葉を言うにしても、もう少しヒントを……。「スキマ妖怪め、今度は何を企んでいるのかしら」「あのー、輝夜さん?」「ふふんっ。随分と面白くなってきたじゃない」「すいません。かぐやさーん?」「だとすると……鍵となるのはこの子ね」 あ、あれ? こっちを向いてくれたのは良いけど、やたらと目が怖いよ? 無邪気なお姫様から、策謀渦巻く世界を生き抜く腹黒い姫様にシフトチェンジしてないですか、ちょっと。 「ねぇ、晶?」「……なんでせう」 「――――ちょっと、五つの難題に挑戦なさい」 拒否権? お姫様の命令にそんなものありませんよ。「で、そのまま理由も分からず弾幕ごっこするはめになった、と」「おっしゃる通りでございます」 永遠亭の庭に連れ出された僕は、文姉やてゐ達と合流した。 取材を終えてニコニコ笑顔を振りまいていた彼女は、僕の事情を聞いた途端笑顔を引っ込めて呆れ顔で呟いたのだった。 ……しょうがないじゃん。 輝夜さんは僕が何を聞いても、はぐらかすだけでまともに答えてくれなかったのだ。 あまつさえ、「知りたければ私の難題に応えて見せなさい」とか言ってくるし。「呆れてものも言えません」「……僕だって、途方にくれてるんだよ」 ちなみに元凶たる輝夜さんは今、文姉と一緒に居た永琳さんと雑談している。 ここからでは、二人が何を話しているのかまではわからない。死んだら実験材料とか聞こえるはずがない。 あ、今やっぱり一緒に居たレイセンさんから、輝夜さんが謎のエールを受けた。 同時にあの失礼な人間を地獄に叩き落としてくださいね、なんて雑音も聞こえた気がするけど……まぁ幻聴だろう。「さすがの晶も、姫様相手じゃ小賢しい知恵も出てこないかー」「うん。何故かこっち側にいるてゐにツッコミを入れる余裕もないくらいピンチです」「あらら、マジで余裕無さそうだね。さっきから視線が一定してないよ」「正直、勝つためのビジョンがまったく浮かんできません」 今までも勝てそうにない勝負は多々あったけど、一矢報えそうな隙はそれなりにあった。 だけど、今回は違う。 何となくだが断言できる。あの姫様は、絶対僕との勝負で手を抜かない。 笑顔の裏に、僕をボッコボコにしてやるという気概が垣間見えるのだ。理由は分からないけど。 ……恨まれてはいないんだよね、多分。 本気を出してくるのは、本人の気質もあるだろうけどそれ以上に――さっきの呟きが関係しているのだろう。 彼女は、僕の中に何かを見たのだ。 僕自身ですら知らない、得体のしれないナニカを。 ううっ、せめてちょっとくらい見たモノの説明をしてくれても、バチは当たらないと思うんだけどなぁ。「なるほど、今回は本当に被害者なんですね」「文姉? なにその、いつもは僕にも責任があるみたいな言い方は」「文面を良く読んだ上で契約書に署名をした人間に、何の責任も無いと?」「的確過ぎてぐぅの音も出ません」 言われてみると、今までの弾幕ごっこって僕も最終的にOKを出しちゃってるんだよね。 僕を庇おうとする文姉が引っ込んできたのも、それが原因だったはずだし……。 あれ? 今までやられてきたのって、実はかなり自業自得?「その例えで行くと、今回は侠の人に脅されて無理やり署名されたようなもんか」「てゐ、自分のトコの偉い人をヤクザ扱いするのはどうかと」「いや晶さん、ツッコミどころはそこじゃないでしょう」「余裕なくてもそういう所は変わらないんだね」「うぐぅ……」「―――さ、それじゃそろそろ始めましょうか」 輝夜さんの宣言に合わせ、永琳さんとレイセンさんが離れていく。 しまった。僕たちの話が脇道に逸れている間に、逃げ道を防がれてしまった。 相手はすでにヤる気満々、ゲームオーバーの予感がプンプンしてくる。 ええいっしょうがない、覚悟を決めろ、僕っ。 とにかく生き残る事を念頭に、相手の弾幕を避けまくるんだ。 とりあえず、頭と胴体が無事なら生還はできるかなぁ。「……やれやれ、仕方ないですね」「無駄な手助けは止めた方がいいよー? 今更ブン屋が何を言っても、姫様は弾幕ごっこ止めたりしないって」「わかってますよ。だから、提案するのは決闘中止じゃありません」 覚悟っぽいモノを決めた僕とワクワクしながら構えてる輝夜さんの間に、文姉が立ちふさがる。 突然の闖入者に、さすがの輝夜さんも怪訝そうな顔をした。「なによ烏天狗、取材なら後にしてくれない?」「いえ、私は晶さんの姉として、この決闘に一言物申したいのですよ」「……姉なの?」「はい、一応自慢の姉です」「一応ってなんですか一応って……まぁいいです。それより輝夜さん、幾らなんでもこの弾幕ごっこ一方的過ぎではありませんか?」「ちゃんと同意はとったわよ? それに彼、鈴仙に勝てる程度の実力はあるそうじゃない」「妖怪兎に勝つ程度の力しかない相手、の間違いでしょう?」 ヒドイ言われようだ、事実だけど。 実際、レイセンさんも悔しそうな顔をしているけど、反論はしてこない。 そのくらいの実力が、輝夜さんにはあるって事だ。 からかう様な文姉の言葉に、輝夜さんは不機嫌さを隠そうともしないで言い返す。「胡乱な物言いは、自称雅な公家共の愛の言葉を思い出すから止めて。結局のところ何が言いたいの?」「晶さんに、勝つためのハンデをいただきます」「おおっ、わかりやすいねー」「分かりやすいけど……図々しいわよ」 文姉の単刀直入な言葉に、レイセンさんが苦々しく呟いた。 確かに、強気に言ってるがかなり情けない言い分だ。 だけど実際文姉の言うとおり、ハンデをもらわないと僕に勝ち目はないんだよね。 別に正々堂々戦わないと死んでしまう、みたいなプライドは持ち合わせていないから、その提案自体に文句はないけど。 それで、何とかなるのかなぁ? 後そこの兎詐欺。安全そうな場所に率先して移動するのはいいけど、少しは申し訳なさそうにして。「ふふっ、本当に分かりやすい提案ね。でも、私が手を抜いた程度で勝ち目が生まれるのかしら?」 意地の悪い笑みを浮かべ、輝夜さんは高慢とも思える台詞を口にする。 ……だけど、それが過信だとは思えない。 少なくともこの場に居る誰もが、その言葉を真実だと認めていた。「確かにそれでは無理でしょう。ですから私が提案する「ハンデ」は、晶さん側の戦力を強化するものなんです」「……戦力を、強化?」 文姉? なんでそんなに笑顔が黒いんですか。 ひょっとして無理やりねじ込まれたこの弾幕ごっこに、結構怒ってます? 表面上はニコヤカに笑ったまま、文姉が「ハンデ」の内容を口にする。 それは、僕にとっても驚くべき提案だった。「2対1の変則マッチ、というのはいかがでしょうか。もちろんメインで戦うのは、あくまでも晶さんですけどね」「へ? それって……」「はいっ、そういう事です」 文姉がニヤリと笑い、懐からスペルカードを取り出す。 反対の手に握られたのは、カメラではなく葉団扇。 それは、新聞記者から僕の味方へシフトしたという確かな証。 瞳に宿った闘争心を隠そうともしないで、文姉は葉団扇を輝夜さんに突き付けた。 その意味を察し、輝夜さんの口が三日月形に歪む。 圧倒的なプレッシャーの中、それでも文姉は挑戦の言葉を口にするのだった。「―――貴方ご自慢の五つの難題には、私と晶さんの二人で挑ませていただきます」