巻の三十四「進歩とは、価値の置換によって生ずる錯覚にほかならない」 やっほー☆ みんなのアイドルてゐちゃんだピョン。 私の力で幸せにして欲しい子は、永遠亭の裏手にあるポストに在るだけお金を振り込んでねっ。 とまぁ、軽い冗談を挟んだところで話を元に戻そう。 さてさて、上手い具合に鈴仙を乗せて実現させた、晶対鈴仙の弾幕ごっこなんだけど。 ……しょっぱなから随分とおかしな事になってきたねー。「な、なによそれ! 仮装のつもり!? とことん馬鹿にしてっ」 鈴仙がくってかかるのも、また当然の話だ。 晶の格好は、今までの腋メイド服に鴉天狗の要素を加えたコスプレみたいな姿になっている。 氷でできた衣装一式を身につけているとかなり寒いと思うんだけど……晶は、全然平気そうだねー。「ねぇ、あやや。晶って全力出すとあんな風に戦うの?」「あややって……まぁいいですけど。とりあえず私の知る限り、晶さんがあんな格好した事はなかったはずです」 と言う事は、今回初めて見せた姿って事か。 ふーむ。鈴仙は仮装だ何だと怒っているけど、本当にそうなのかね? 付き合いなんてほとんど無い間柄だけど、アイツがなんだかんだで無駄な事をやらないのは分かってたつもりなんだけどなー。 まぁ、結果的に無駄になる事はしそうだけどね。うっかりしてそうだし。 ひょっとしてあの仮装にも、何かしらの意味があるのかな?「おやおや、馬鹿にしているとは心外です。わたくし至って真剣に対峙しているつもりですよ?」「それならそのふざけた喋り方を引っ込めなさいっ」「これは失礼いたしました。まさかレイセンさんが口調の変化も受け入れられないほど短慮な方でしたとは、この晶ついぞ知りませんでしたので」「あ、ああいえばこういって……」 氷の葉団扇――氷団扇? を仰ぎながら、余裕の表情で微笑む晶。 その口調も態度も、今までの晶とは全然違う。なんか色々とウザくなってる。「それよりもよろしいのですか?」「な、何よ」「いえいえ、「徹底的に狂わせてやる」と勢いこんでいたわりに一向にしかけてきませんので、いかがなされたのかなぁと思いまして」「―――っ、上等よ。その口、無理やりにでも閉じてもらうわっ」「おおっ、怖い怖い」 別人に変わったような晶の挑発的な言葉で、戸惑っていた鈴仙の怒りに再び火が付く。 指先を銃の形に変え、彼女は悠然と佇んでいる晶に向って先端を突き付けた。 そして再び、怒りの言葉を口にしようとする鈴仙。 しかしその言葉を私達が聞く事は叶わなかった。 いきなり相手を見失った彼女は、怒りではなく驚愕の言葉を漏らしたからだ。「……えっ?」「申し訳ありませんが、わたくし痛いのは苦手なんですよ。なのでそこまで言われてしまっては逃げる他ありません」「う、後ろっ!?」 鈴仙が振り返っても、そこに晶は存在していない。 動揺する彼女をあざ笑うかのように、再び晶は鈴仙の背後を取っていた。 ……速い。鈴仙が振り返るあの一瞬で、あそこまで移動するなんて。「あんっ♪ その真っ赤なお目目で私を見ないでください。狂わされてしまいます☆」「い、いい加減ふざけるのを止めなさい! 背後をとったくらいで調子にっ」「はい残念。今度は真正面です」「えっ!?」 完全にペースを握った晶が、からかう様に鈴仙に囁く。 宣告通り戸惑う彼女の真正面には、今までと同じく気楽な姿勢で佇んでいるアイツがいた。「こ、このっ! とことん馬鹿にして!!」「おおっ、怖い怖い」「くっ、あ、当たらないっ」 咄嗟に放った鈴仙の弾幕を、晶は最小限の動きで回避していく。 距離を詰めるでもなく、反撃するでもなくただ避けるだけの晶の姿に、鈴仙の焦りは増していくようだった。 ……なるほど、態度こそ別人になっているけど、中身はアイツのまんまなのか。 一見すると挑発に見えるその行動で、私の疑問は氷解した。「上手いわね、あの子。戦術的な思考ってモノが分かっているわ」 師匠も同じ結論に達したのか、感嘆の言葉を呟いた。 鈴仙は……ダメっぽいね。馬鹿にされてるとしか思ってないみたい。 まったく、言動と行動にすっかり惑わされてるから、相手の挑発が‘挑発でない’事に気づかないんだよ。 晶のスピードを考えれば分かるだろうに。真正面にいようが背後にいようが、アイツは一瞬あれば別の場所に移動できるんだよ? むしろ今の行動で、鈴仙の頭には「いなくなったからといって後ろにいるとは限らない」という疑念が差し挟まれてしまった。 頭に馬鹿がつくほど正直だからなぁ、鈴仙は。策士タイプに弱いんだよねー。「……アレは、いや、まさか」「ん? どしたのあややん」「いえ、何でも無いです。後、せめて呼称は統一してください」 晶の謎の変貌に、自称晶の姉である文は色々考えているようだ。 まー、作戦だと考えてもあのキャラチェンジは異常だよね。 その事に関して、なーんか引っかかってる気もするんだけどさー。 なんだったっけ? 私は別に当事者じゃないから、ゆっくり考えても全然問題ないんだけどね。「―――のっ、ならこれでどう!!」 ―――――――幻爆「近眼花火(マインドスターマイン)」 鈴仙のスペルカードが発動する。 八方に広がる爆風。なるほど、弾幕ごっこらしく数撃って当てに来たか。 ……だけどそれ、今までの展開から考えると明らかに読まれちゃってるよねー。「助かりましたよ、‘実弾系’の弾幕で。‘幻覚系’の技だったら避けるしかありませんでしたからね」 仮面の奥に鋭い光を放つ瞳を湛え、ボソリと晶が呟く。 あっちゃー、やっぱりそこまで読まれてたのか。 ―――――――風符「天狗道の開風」 振るわれた氷団扇から、放たれる竜巻。 それは、鈴仙を包囲するように風の壁を作りだす。 ……あれ? 直接攻撃じゃ無い? てっきり鈴仙の攻撃を捌きつつ反撃するのかと思ったんだけど、晶の攻撃はそもそも鈴仙に掠ってすらない。 おっかしいな。私の読み間違いだったかな。「うどんげ! 下がりなさいっ!!」「へっ? 師匠、なにを……ってうわっ!?」 ししょーが叫ぶと同時に、‘鈴仙のスペルカードが鈴仙に襲いかかって’きた。 逆再生するかのように戻ってくる爆風を、鈴仙は回避しようと試みる。 だが、それを竜巻が阻止した。周囲を覆う風の壁は、逃げようとする鈴仙の身体を押しとどめる。 うわっ、そう言う事か。えげつなっ。 晶が作ったのは、風による通り道と封鎖壁だ。 鈴仙の弾幕を風で誘導し相手に返しつつ、その風で同時に相手の動きを阻害する。 ……まさしく攻防一体。っていうかマジで上位の鴉天狗並に風を使いこなしてない? 晶のヤツ。「天狗のスペルカード――なるほど、見た目だけではないという事ね」 ししょーが感嘆の言葉を口にする。 確かに、晶の強さをただのコスプレと断じるのは難しい。 あまりにも、鴉天狗‘らし過ぎる’のだ。 晶が人間であるという事を、思わず忘れてしまうくらいに。 「ってそうか、狂気の魔眼!」「てゐ? いきなりどうしたの?」「あまりにも晶のキャラが変わってたから、おかしいとは思ってたんですよ。だけど、今その理由に思い当りまして」 いくつか着弾しつつも、鈴仙は己の弾幕で何とか相殺する事に成功した。 だが、その間にも晶は動きを止めない。 休ませる時間も与えず戦闘続行か。本来の性格を考えると、信じられないくらいシビアな事するね。「別人を演じている……という感じじゃないでしょう?」「確かにそうみたいね。そしてその理由が、狂気の魔眼だと言うのかしら」「そういう事なんですよ」「―――そういえば、さっき晶さんが「狂気の魔眼を覚えた」と言ってましたね」「私もうどんげからその話は聞いているわ。では彼の人格の変貌は……」 「そういう事です。アレは狂気の魔眼を使った、別人格の貼り付けなんですよ」 まさか、‘自分に’魔眼を使うなんてね。本当に発想がぶっ飛んでいるヤツだ。 だけどこれで、今までの「不自然」に説明がついた。 波長を弄る事による性格の改変―――いや、違う人格の固着。 氷で作った小道具も、全ては別の自分になる為の演出だったワケだ。 ……なるほどねぇ、だからわざわざあんな仮面をつけたのか。 自分の波長を弄って別の人格を張り付けるなんて技、実際のところ気楽にやれはしない。 例えそれが「偽物」の人格だったとしても、何度もそれを演じていれば「本物」の人格を侵食してしまうことだってある。 ましてやアレだけ強烈な個性を持った性格だ。下手すれば一発で「自分」を食われてしまう可能性だって捨て切れない。 だからこそ、晶は仮面をつけた。 あれは別人格をよりスムーズに固定させるための道具であると同時に、確実に性格を切り替えるためのスイッチでもあると言う事なのだ。 まー、そういう工夫をしたとしても、食われる時は食われるけどね。 ほんとチャレンジャーだよねー。晶って。「……だけど、それだけじゃないわね」「へっ? それだけじゃないってどういう事ですか?」「ただのモノマネじゃない、と言う事よ。あれは、本人のイメージの具現化と言っていいわね」「イメージの具現化……ですか」「本人が「鴉天狗」に抱いているイメージ。それを、自分の能力を掛け合わせる事によって現実化してるのよ」 うーむ、さすがはししょー。 良くもまぁほんの僅かな情報から、そこまでの事を推測できるもんである。 確かに、私が確認しただけでも結構な量の能力を持っている晶だ。その力を掛け合わせれば別人になりきる事も可能だろう。 だけどそれは、そのままならただのモノマネにしかならない。―――そう、そのままなら。 「狂気の魔眼による人格修正は、偽物を本物に変える最後の仕上げと言う事ですか」「そういう事よ。まったく、とんでもない技を思いつく人間がいたものね」「へ? それはどういう事ですかね、ししょー?」「分からない? 肉体のポテンシャルとイメージの強さにもよるだろうけど、あの子のモノマネはオリジナルを超える事すら出来るのよ?」「オリジナルを超える……」 そうか。確かにししょーの言う通りだ。 想像と言うのはどれほど現実に近くても、あくまでもその人物の持つ認識でしかない。 本来の存在以上に捉えていることだってあるだろうし、その逆も然りだ。 だから晶が相手を実力以上に捉えていれば、想像は現実を凌駕する事になる。 ……確かに、これはとんでもない技だ。まさか‘過大評価’が武器になるなんて。 「晶が、鴉天狗という存在を強く思っていれば思っているほど、あの面をつけた晶は強くなるって事か」 もちろん元となる存在がある以上、戦法や技などは限定されてしまうだろうけど。 ここまでの仮定が真実なら、その程度の制限など問題にすらならないはずだ。 いやー、凄いわ晶ってば。素直に感服するよ。「おやおや、どうしました? 自慢の狂気の瞳も、相手を見れなきゃ意味がないようですねぇ」「う、ウザい。なんてウザいのよコイツ!」 他の「誰か」に成りきった晶が、鈴仙をかく乱し続ける。 その仕草は、言ってしまえば晶がその「誰か」に抱いているイメージそのものだというわけで。「ふふ、ふふふ、ふふふふふ、晶さんはユーモアのセンスに溢れていますね。お姉ちゃんはビックリです」「……本人の目の前で、勇気あるなぁアイツ」「そうねぇ」 恐らく、というかほぼ間違いなく‘イメージ元’の、自称晶の姉であるブン屋が暗い笑みを浮かべた。 ここまで技の概要が分かってしまえば、もはや多くを語る必要はないだろう。 ……まー、自分のイメージがこんなウザいモノだったりすると、やっぱりショックなんだろうね。私はそっくりだと思ったけど。 本当に凄いわ、感服する。良くもこんな命知らずな真似ができるもんだ。 「さて、テンポを変えますよっ!!」 自分が姉の地雷を踏んだ事にも気づかずに、鴉天狗になりきった晶が新たな行動に移った。 相手に気取られないための瞬間的な加速から、相手を惑わす為の目視可能な高速移動へとシフトする。 緩急のあるかく乱からの急速な変化に、慣れ始めていた鈴仙が再度混乱し始める。 応用が利かないからなぁ、鈴仙。 だけど、いつまでもこうして相手をかき回しているだけじゃ限界が来るはずだ。 すでに何度か致命的な隙を晒しているはずの鈴仙に、何故晶はとどめをささないのだろうか。「まだかく乱を続けると言う事は、あの姿には確実が決め手がないと考えていいのかしら」「でしょうね。……癪ですが、アレが私の姿を真似ているのなら得心がいきます」「そうなの? あややんって攻撃力もそれなりにあったと思うけど」「私はそうです。ですがその‘それなりにある’攻撃力を、晶さんには見せてないんですよ。元々、戦ってる姿も見せたワケでも無いですしね」 なるほど。力の源が晶自身のイメージである以上、本人が出来る事でも知らなければ再現できないのか。 だとすると今の晶には、具体的な決定打が無いという事になる。 ……さて、どうするのかなー。いくら鈴仙でも、このままやられっぱなしなワケないし。「―――甘いわね。いくら何でも私を舐め過ぎよ!」「おおっ!?」「私と同じ目を持っているなら分かるでしょう? 意外と応用が利くのよ、狂気の魔眼はっ」 鈴仙の射撃が、晶の氷団扇を吹き飛ばす。 疲労の色が濃い顔に笑みを湛え、彼女はようやく捉えた晶に弾幕を放った。 ま、ただ速い程度じゃ、いくら鈴仙だって延々誤魔化されはしないか。 今のは晶の戦術ミスだね。そしてこの失態は、今の状況では結構辛いハンデになるだろう。 だけど晶のヤツ、ミスしたわりにはなんかヤケに落ち着いてない? 「さぁ、次は貴方の羽を奪うわよ!!」 ―――――――喪心「喪心創痍(ディスカーダー)」 放たれるスペルカード。速度を重視した弾幕が晶に向って飛んで行く。 さっきの弾で軽く体勢を崩している晶に、それを避ける事はできないはずだ。 弾丸が着弾しようとする、その直前。 晶が、己の仮面に手をかけた。「―――――四季面『花』」「えっ!?」 晶の仮面が、姿が切り替わる。 顔半分を隠した面。前面だけを空けた氷のロングスカート。そして、晶自身と同じくらい巨大な氷の傘。 サディスティックな笑みを浮かべ、晶はまた別の人物へと成り変わった。「うそっ、一つじゃ無かったの?」「あれは―――まさか、フラワーマスター!?」「貧弱な弾幕ね。欠伸がでるわっ!!」 晶が、氷の傘を振り回す。いや、傘の形を模して入るけど、あれはもう棍棒と言っても差支えないだろう。 バカみたいにでっかい傘が起こす暴力の様な風の奔流に巻き込まれ、弾幕は軌道を変えた。「そんな、私のスペルカードが……」 呆然とする私達をよそに、晶は優雅に着地してみせた。 傘を肩に引っ掛け、戸惑う鈴仙に対して冷笑を向けている。 ……お、驚いた。他の面を用意していた事もそうだけど、力任せにスペルカードを破った事にも、私は驚嘆していた。 いくらあの花の妖怪を真似したとはいえ、まさかここまでの怪力が晶に宿るなんて。「いえ、今のは違いますよ」「へっ? どうしたのさ文っち、急に」「てゐさんが勘違いしているようなので言っておきますが、アレは傘を振り回した勢いでふっ飛ばしたんじゃないんです」「それじゃあなんで……」「「風を操る程度の能力」でしょうね。役柄に入り込むための小細工とはいえ、ここまで巧妙にやると感嘆の声しか出てこないわ」 あややの解説をししょーが引き継ぐ。 なるほど、本物に及ばない部分は演出で誤魔化すわけか。 ……でもそんな半端な再現が、奥の手って言うのはどうかと思うなー。「もう少し、ぞくぞくする様な攻撃をしてほしいものね」「ぐっ……なら、お望み通り強力なスペルカードでっ」「残念、少し遅いわ」 私達が考察している間にも、戦局は動く。 新たなスペルカードを鈴仙が使おうとする前に、晶が彼女に接敵した。「――うそ、はやっ」 先ほどのような高速飛翔とは違う、ただ駆け出しだだけで鈴仙が相手を見失う程の肉体強化。 フラワーマスターを真似た事で、晶の身体能力は天狗の面をつけていた時よりも遥かに強くなっていたようだ。 射程内に近づいた晶は、担いでいた傘を勢いよく振り下ろした。 鈴仙の顔色が変わる。ほとんど本能的に、彼女は真横へ跳んで逃げ出していた。 ……そして、その判断は間違っていなかったようである。 振りおろした傘は、まるでガラス細工を砕く様に地面に大きな亀裂を生みだした。「へ――?」「あ、あややっ」「あらまぁ」「 (声になってない)」 ……わぁ、何それ。 どうやら見誤っていたのは私のようだ。 まさか、晶がフラワーマスターをここまで強大な存在だと認識していたとは。 そんだけ馬鹿力を出せれば、もう演出とかいらないでしょうに。「やるじゃない。じゃ、次行くわよ」「あ、あわわ、あわあわ」 鈴仙の顔色がどんどん青ざめていく。そして逆に、晶の顔は喜色に染まっていった。 凄く楽しそうだ。なるほど、フラワーマスターを倣っているだけの事はある。……ちょっとサディスティック分が強めだけどね。 しかも今度は一転して、一撃一撃が決定打になったワケだ。また極端な。「はい」「きゃぁーっ!?」「ほら」「うきゃーっ!?」「えい」「ひぃやぁー!?」 軽そうな声とは裏腹に、一撃喰らえば折りたたまれそうな速度の攻撃が放たれ続ける。 もはや、鈴仙に攻撃できる暇はなかった。 あんな分かりやすく痛そうな攻撃を連発されれば、逃げに走るしかないだろう。 どっかんばっかんと、とても打撃音とは思えない擬音が響き渡る。 ……さっきのかく乱で疲労した鈴仙が、長い間耐えられるとも思えない。 死ぬかもねぇ、鈴仙。「いけない、このままじゃ……とりあえず距離をとって」 大きく後ろに下がった鈴仙が、そのまま飛んで距離を取ろうとする。 賢明な判断だ。少なくともあのまま近接戦闘を続けるよりはずっと賢い―――と思うんだけど。 なんだろう、今の鈴仙の行動が死亡フラグにしか見えないんだけど。「あれ? ちょっと待ってくださいよ?」「ん? どしたのさ、あやゴン」「えーっと、あのお面で晶さんは幽香さんになりきってて、イメージの範囲で能力が強化されてて、スペルカードは手持ちのモノで――あっ」 文の表情が青ざめていく。 何かトンデモない事実に気づいてしまったような、そんな表情で。 彼女は、声を張り上げて叫んだ。 ―――晶にではなく、大きく逃げた‘鈴仙に’対して。「に、逃げてください鈴仙さぁーん! それはダメですよぉぉぉっ!!」「へ?」「うふふ、もう遅いわ」 晶がスペルカードを取り出すと同時に、傘の先端を鈴仙につきつける。 そして収束する光。私にすら分かるほどヤバいエネルギーが、傘の先に集まっていく。 ……あ、あれ? あれってひょっとして。「晶さんダメですぅーっ! そんなどこぞの性悪妖怪みたいな真似しちゃ―――」「さ、頑張って耐えなさいね」 文の叫びを完全に無視して、晶は満面の笑みと共にスペルカードを発現させた。 ―――――――魔砲「マスタースパーク」 光が、鈴仙を包み込む。 圧倒的な力の流れが、そこにいる全ての者の感覚を一瞬奪い去った。 それが、この戦いの決着。 後には黒コゲになって目を回している鈴仙と、仮面を外し素に戻った晶の姿があった。 しょうがないよねー、これはさすがに。 見るとししょーも、諦めたように溜息を漏らしている。 文っちは……なんか、「晶さんがUSCの影響を……影響を」とかブツブツ青い顔で呟いてるけど。 いや、あやゴンも結構影響を与えていると思うよ? 主に天狗面的な意味で。 そんな中、勝利者である晶は――何故か氷で作ったナイフを両手に持って構えていた。 え? ここまでボコっておいてさらに追撃する気なの?「何やってるのさ、晶」「いやほら、油断するわけにはいかないじゃん。また起き上がってくるかもしれないし」「油断って……どんな奇跡を使ったらこの状況で立ち上がれるようになるのさ」 冷や汗をだらだら垂れ流しながら、素に戻った晶が呟く。 いくら非常識な幻想郷でも、そこまで無茶な奴はそうそういないって。 少なくとも鈴仙の場合、死んだふりするより耐えきって不敵に微笑むと思うよ? ……ひょっとして今まで容赦なくしてたのって、いつ逆転されるか分からないのが怖かったからなのかね。 意外とあれでギリギリだったんだなー、晶のヤツ。「もう決着はついたわ。トドメを指す気が無いなら、その危なっかしいものを仕舞ってもらえないかしら」「いや、さすがに決着がついたっていうなら、ソレ以上何かする気はないんですけど……えーっと」「八意永琳、永琳でいいわ。―――てゐ」「はいはーい、鈴仙回収しまーす」「さて、それじゃあ永遠亭に行きましょうか。鈴仙の手当てもしたいし、貴方もお休みしたいでしょう?」「は、はぁ。だけどその……」「細かい話は後で、ね」「………はい」 ししょーが笑顔でそういうと、晶は顔を真っ赤にして頷いた。 甘い、甘い過ぎるよハニーボーイ。 一見すると優しくこの場を纏めているように見えるししょーだけど、実際のところは自分の意見をごり押ししているだけだ。 あーあ、間違いなく何か企んでるねこの人。晶もお可哀想に。 どうやらさっきの弾幕ごっこは、師匠の琴線にも触れてしまったようだ。 人の良さそうな考えの読めない笑みを浮かべながら、ししょーはブツブツ言ってるあややんにも視線を向けた。「さ、貴方も永遠亭に行くんでしょう? いつまでもぼーっとしないで、一緒に行きましょうよ」「……そうですね。いつまでもぼーっとはしていられませんね。では晶さん」「はい?」「―――ちょっと向こうに行きましょうか。いろいろお話があります」 親指で軽く人気のない方を指さし、最高にイイ笑顔を浮かべる文。 と言ってもししょーのように得体のしれないモノではない。むしろとっても分かりやすい。 ああ、笑顔は本来攻撃的なもんだって話、本当なんだね。「えとあの、そういう話も永遠亭についてからで」「……いいえ、その話はこっちで済ませた方がよさそうね。私達はうどんげの応急手当をしているから、しばらく話し合ってくれて構わないわよ?」「ありがとうございます。さぁ、行きましょうか晶さん」「いや、あれですよ? さっきのはフィクションであって、実在の妖怪とは一切関係なくて」「その言い訳してる時点で、もう何で呼ばれているのか自分で把握してるじゃないか」「―――えへっ☆」「さ、存分に‘話し合い’ましょう?」「あうぅ……」 可愛らしく誤魔化そうとした晶の試みも、あっさり失敗した。 そして首輪を掴まれずるずると竹林の奥に連れていかれる、芸達者なおマヌケさん。 ……どうやら、戦術眼はあっても戦略眼は持ってなかったようである。 二人がいなくなった所から聞こえてくる悲鳴を聞き流し、私は一人苦笑するのだった。