巻の三十三「怒りは他人にとって有害であるが、憤怒にかられている当人にとってはもっと有害である」「……だましてごめんなさい」「いや、別に気にしてないから」 頭にどでかいたんこぶをこしらえたてゐが、半泣きで僕に謝ってくる。 背後で文姉が両腕を組みながら、そんな彼女を睨みつけていた。「まったく、晶さんも迂闊に相手を信用しないでくださいよ。だからこの妖怪兎に騙されるんです」「うぐっ、め、面目ございません。今後は気をつけます」「まぁ、永遠亭の兎と出会えたのは僥倖だったかもしれませんがね」「そうそう、ぎょーこーぎょーこー」「……見事に懲りてないみたいですね」 文姉が言うには、てゐとあの兎さんは永遠亭の従業員なんだそうだ。 もちろん、そこに言うのを躊躇う様な因縁は一切ない。 追われてたのも、話を聞く限りでは単純な悪戯が原因だったようである。 いやぁ、見事に騙されちゃったねー。「それにしても凄いよね。一瞬でそこらへんの事実を、全部自分の都合が良いように作りかえちゃうんだもん。感心しちゃうよ」「ふっふっふ。そりゃもう、力は無い分頭は回るからね私は」 自慢げに人差し指でおでこを叩くてゐ。 その発言に、不機嫌そうな顔の文姉がボソリと呟いた。「それをあえて自慢しますか。面の皮が冬の妖怪並にふとましいですね」「そんな事言わなくていいじゃないっ! 文ちゃんひどいっ」「文姉、そんなに責めなくても……」 涙目になって顔を伏せるてゐ、間違いなく嘘泣きだ。 とはいえ、さすがにそこまで目くじら立てるのもどうかと思うので、僕からも軽く注意しておく。 すると文姉は不快そうに顔を歪ませながら、苦々しく言葉を付け加えた。「油断しないでくださいね。こう見えて、幻想郷でトップファイブに入るくらい長く生きてますよ、この兎詐欺」「うぇっ!?」「うん。ちょっと昔に因幡の白兎とも呼ばれていたかな」「………あの、日本自体が出来上がるレベルの「ちょっと昔」なんですけど、ソレ」「あはは、ジョークだよジョーク。だけど千年以上生きてるのはマジかな。永遠亭創設にも関わってるよん」 あっさり涙を引っ込め、カラカラと年齢を定めさせない笑みを浮かべる千歳超えた妖怪兎。 ああ、やっぱりウソ泣きだったのか――ではなくて。 千年以上生きてる時点でかなりの詐欺だと思いますよ? まぁ、僕は特に気にしないけどさ。 それにしても幻想郷の妖怪って、子供っぽいかカリスマっぽいかの二択しかないような気がするなぁ。 極端だけど、長く生きるってのはそれだけシンドイ事なのかもしれない。「まー、長く生きてたってそれが何だって感じだから、特に気にする必要はないよ」「それに関しては激しく同意です。年功序列は大事ですが、それに括るのは愚か者ですね」 何だろう。ありがちなセリフでも、この二人が言うとやたらと説得力があるよね。 文姉もてゐも、うんうんと同じような顔で頷いている。 ……年功序列で嫌な事でもあったの? 二人とも。「じゃあそこらへんは深く気にしないけど……結局、このまま永遠亭に向かうの?」「そのつもりです。だからてゐさんにも同行してもらいますよ? このままだと、ついた途端に弾幕で歓迎されそうですから」「へーいへい。まー元々フォローはするつもりだったからね。任せてくれて構わないよ」「レイセンさん? だったっけ、あの人にも悪い事しちゃったしなぁ」「ああ、ソレは気にしなくてもいいって。いつもの事だし」「そうですね。比較的いつもの事ですかね」 いや、いつもの事って二人とも。「……永遠亭におけるレイセンさんの立場ってどうなってるの?」「紅魔館における美鈴さんみたいな立場です」「ああ……」 って、そこで納得しないの僕! ゴメン美鈴、帰ったら僕のとっておきのプリンあげるよ。 「……なに? 紅魔館とも関係あるの、コイツ?」「レミリアさんのお気に入りですよ、この人」「重ね重ね失礼しました」「土下座!?」 いきなり過ぎるてゐの反応に戸惑う事もできないんだけど、いったいどうしたのさ。 そんな僕に対して、土下座した姿勢のまま恐る恐る顔をあげるてゐ。 その目は、どこから来るとも分からない報復を恐れているように見えた。「いやいやいや、あそこにいるならアンタだって知ってるだろ? あの陰険で執念深い吸血鬼の性格」「……誰のこと?」「レミリアさんの事です。ちなみに、世間一般の感覚からすると何一つ間違っていません」「まぁ、感覚ずれまくってる晶には疑問かもねー」「おやおや、分かってますねてゐさん」「そういう観察力も含めて、頭脳労働担当だって認識してるからね」 何これ、土下座されながら貶められるとか、新感覚過ぎてついていけないんですけど。 とにかく、てゐがレミリアさんの事を警戒していることだけは分かった。 しかし何でだろうね? レミリアさんってそんなに怖かったっけ? 確かに、いきなり襲いかかってくるし、幽香さんより気まぐれな命令するし、真夜中に叩き起こしてくる吸血鬼だけど……。「あーうん、そうだね。土下座したくなる気持ちは分かるよ」「でしょー? お願いだからあそこらへんの面々に告げ口しないでよ?」 「……一応言っておきますが、お二人の認識には妖怪の山より高い隔たりが存在しておりますよ?」「まぁ、結果が変わらないんならいいんじゃない?」「そうそう、晶の言うとおり」 告げ口する気が無いと態度で理解したてゐは、土下座を止めて僕の隣に立ちにこやかに笑った。 すごい変わり身の早さだ。しかし、真に恐るべきはその仕草に違和感を見つけられないことである。 これが兎詐欺と呼ばれる由縁か。今さらながら、僕は恐怖に打ち震えた。 きっと次の瞬間彼女が別の誰かに裏切っていたとしても、僕らはそれを疑う事なく受け入れているのだろう。 頻繁に裏切っても許される妖怪ってのはすごいなぁ。まるでネズミ男みたいだ。「ところで晶さん、もう一つよろしいでしょうか」「ほへ? 何さ」「何故晶さんの眼は、そんなに真っ赤になっているんです?」 ……ああそういえば、それは言ってなかったっけ。 レイセンさんの能力をコピーした僕の眼は、深紅に染まってしまったのだ。 別段、それで困る事はないんだけどね? 意識すれば元に戻す事も出来るみたいだし。 だけど迷子になっていた弟の目がいきなり赤くなってたら、さすがの文姉もびっくりするよね。「ああ、それはウチの鈴仙と同じ「狂気を操る程度の能力」を、晶が覚えたからだよ」 てゐが僕に先んじて説明する。 そんな彼女の言葉に、文姉は露骨に眉をひそめて僕を見つめた。「……晶さん、最近どんどん人間止めてませんか?」「うぇ!? そ、そんなに止めてるかな」「まー、少なくとも私より晶の方が妖怪っぽいのは確かだね」「混じりっ気無しの人間に対して酷い言い様だっ!?」「この際だから言わせていただきますが、晶さん妖怪として考えても割と愉快な方ですよ?」「愉快!?」 そりゃ、ちょっと節操無く色んな能力を取り込み過ぎたかなーとは思っていたけどさ。 だからって愉快はないでしょう、愉快は。せめて変わり者くらいに抑えてよ。 でも確かに、ここまで集まると全部使って何かできそうだよね。「フリーズ・ワイバーン」的な意味で。 ……いや、だけど狂気の魔眼なんてどう組み込めばいいんだろうか。 相手をかく乱して攻撃? でもそうすると、根本的な威力の方が落ちるからなぁ。 ――あれ、今何か引っかかったぞ。 前にスペルコピーを閃かせてもらった時みたいな、思考の掛け違いに気付いたような気分。 いや、待てよ。ひょっとして……。「見つけたーっ!!」 まとまりかけた思考は、知らない誰かの声で粉々に砕け散った。 ああ、もう少しで形にできそうだったのにっ。「おっと鈴仙か―――って、あっちゃー」「……てゐさん。これ、貴女が想定していた事態の中でどれくらい酷いものですか?」「考えうる限り最悪かなー。ここに来たって事は、師匠が鈴仙の「緊急事態」を重く受け止めたって事だしね」「あのお姫様はこういう事では動かないでしょうし、そう考えると確かに最悪ですね。……何言ったんでしょうか、鈴仙さん」「そのまま報告したんじゃない? 晶の能力はうちらにはシンドイわけだし」「能力が強力な方々にとっては鬼門ですからねぇ、晶さんの能力は」 まったく、僕っていつもこうなんだよなぁ。集中力はあるのに持続しない、いつも簡単な事で思考を乱される。 いっそ、狂気の魔眼で自分を弄ってみようか? レイセンさんの攻撃はそれで何とかできたワケだし、根源にあるのが‘波長’を操ることなら、プラスに変える事も難しくはな……。 ―――おおっ、今度こそ完全に閃いたっ!!「あぁもうっ、私達の事を無視するんじゃないわよっ!!!」「はにゃっ?」「あやや?」「うさ?」 あ、そういえば誰か来てたんだっけ。 考え事に夢中になってて、すっかり頭から抜け落ちてたや。 見れば、二人も同じような表情でポカンとしていた。どうやら失念していたのは僕だけではなかったらしい。良かった。「というか、何でてゐがソイツと一緒にいるの!? 後、どうしてブン屋が!?」「……なんとも、聞いていた以上におかしな状況ね」 竹林の奥から現れたのは、二人の異なる姿をした女性たちだった。 一人は先ほど顔を合わせた、てゐと同じ兎の耳をつけた藤色の髪の女性――レイセンさん。 会った時から思ってたんだけど、幻想郷に「ブレザー」って似合わないよね。 そんな彼女は、無視されたせいで頭にだいぶ血が上っているようだ。 今にも怒りを爆発させそうな雰囲気なんだけど、不思議と全然怖くない。「あー、ごめん鈴仙。素で忘れてた」「あはははは、右に同じです」「ごめん。僕に至ってはそもそも気づかなかったです」「バカにしてーっ!!」 ……まぁ、怒るよねぇ。 今にも「むきーっ」とか言いだしかねない様子のレイセンさん。 ソレに対しておざなりな謝罪しかしない僕ら。 ああ、なんかわかる。やっぱりこの人美鈴っぽい感じが……おっとっと。「落ち着きなさい、うどんげ」「師匠、ですけど……」「この場で昂っているのは貴女一人だけよ? 感情に流されすぎて我を忘れるような者に、私の弟子を名乗って欲しくないわね」 激昂するレイセンさんを、隣にいた女性が宥める。 諭すような言い方をしているが、内容はかなり辛らつだ。 レイセンさんも、冷や水をかけられたように顔を青ざめさせて押し黙る。 赤と青で等分割されたナース服という、幻想郷らしい変わった服を着た銀髪の女性。 彼女が、てゐの言っていた永遠亭の元締めである「師匠」なんだろう。 母性的な笑みを浮かべた大人の女性といった風だが、僕のあんまりあてにならない危険感知センサーは最大級の警戒を指示している。 ……幽香さんや咲夜さんと同じ匂いがする人だ。温和そうな態度がむしろ空恐ろしい。「とりあえず状況を確認させてもらいましょうか? 私はうどんげから、厄介な輩が永遠亭を狙っていると聞いてきたんだけど」「いえ? そんな事は一切ありませんよおししょー様」 言いきった! この兎詐欺、真顔で何も無いと言いきった!! いや、まぁ確かに、下手に言い逃れするより白を切った方が上手くいくかもしれないけど。 ……何の躊躇いもなく、よくもまぁこんな嘘がつけるよね。「さっき、鴉天狗とその報告の事で話し合っていたみたいだけど?」「はい、嘘です。誤魔化せないかなーと思ってました」「ちょっとてゐ!? どういう事!?」 通じないと判断した途端に撤回するとは……恐るべし、てゐ。 でも安易に嘘をつくと、さすがに一個一個の発言に信ぴょう性がなくなるんじゃないのかな? 僕が心配からてゐに視線を送ると、それを受けたてゐがニヤリと笑ってみせる。 どうやら、ここは任せろと言っているらしい。 頼もしいはずなのに、不思議と嫌な予感がするのは何でだろうか。「本当の事は、あまり言いたくなかったんだ。……鈴仙がショックを受けると思ったから」「な、なによソレ。どういう意味よっ」「実はアイツはね。ししょーの弟子となるためココにやってきたの」「あら、私の……?」 あれれ? なんかイキナリ雲行きが怪しくなってきたぞ? ちらりと文姉を見てみると、困ったように肩を竦めるだけだった。 どうやら、文姉もてゐが何をするか把握しているワケではないようだ。 てゐの独壇場になっているこの場で迂闊に口を挟むわけにはいかないけど……話が確実におかしな方向に向かっている気がする。「最初に話を聞いた時、私は反対したんだよ。お師匠にはすでに鈴仙という弟子がいる。人間が入る余地はないってね」「ふんっ、当然でしょう」「だけどあんまりにも熱心に自分を売り込むものだからね。一つテストをしてやる事にしたのさ」「……テスト?」「そ、永遠亭でやっていくための実地試験ってやつさ」「ちょ、ちょっと待って、もしかしてそれって……」「―――まさかこんなにもあっさり受かってしまうとは」「ええぇぇぇぇぇぇええええっ!?」 目元を抑える仕草をしつつ、百パーセント嘘で構成された事実を捏造するてゐ。 言うまでもない事だけど、何一つ正しくないです。「鈴仙を軽くあしらってしまった以上、約束通り私はコイツにししょーを紹介しないといけないんだよねぇ」「そ、それで私に師匠を呼びに行かせたの!?」「酷だとは思ったけど、そういう取り決めだったから……」 相変わらず、無駄にこじつけが上手いなぁ。 でもその嘘が通ったら、僕はあの人の弟子になっちゃうんだよね。 さすがにそれはボロが出るんじゃないでしょうか。そもそも僕、あの人の名前すら知らないワケだし。 ああ、まだまだ兎詐欺の会話フェイズは終わっていないワケですか。 ニヤリと企むような笑みを深めるてゐ、そろそろこの子が一応味方である事を忘れそうです。 後、一応当事者であるはずなのに沈黙を保ったままの「師匠」が、やっぱり地味に空恐ろしいんですが。「な、納得いかないわっ! こんな不意打ちみたいな形で、しかも勝手にてゐがやったテストなんかで、師匠の弟子になれるなんて認めないっ!!」「それじゃあ、改めて師匠の弟子である鈴仙がコイツの実力を図ってみるかい? そうすれば、コイツが弟子に相応しいか分かるだろう?」「良いわよ! 今度は不意打ちみたいな真似が出来ると思わない事ねっ」「じゃあ、もう一度弾幕ごっこして鈴仙が勝ったらこの話はなかった事に、コイツが勝ったら師匠に弟子入りって事でいいかい?」「ええ、それで構わないわっ!!」 「師匠」に冷静になれと言われたのに、再び頭に血が上ったレイセンさんは脊椎反射でてゐの言葉を受け入れた。 ……いやぁ、あれだけ結構良いようにあしらわれていたのに、良くもまだてゐの事を信用できるよね、彼女。 そんな彼女の言葉を聞いたてゐは満足そうに頷きつつ、僕と文姉にだけ聞こえるよう小さく呟いた。「ほら、これで後は鈴仙と弾幕ごっこするだけで何とかなるよ。良かったね」「……色々ツッコミどころはあるけど、てゐの詐欺師っぷりは純粋に凄いと思ったよ」「そう褒めないでよ。照れるじゃん」「どう聞いても褒めてませんよ。というか、どうして薬師の弟子入り試験が弾幕ごっこなんですか?」「まぁ、ノリと勢いかな。さっきの行動を説明づける必要があったし、晶の強さも知っておきたかったからね」「強さを知るって、なんでそうなるのさ?」「そりゃ後々利用しやす……げふんげふん、何でも無いよ。いいじゃん、この条件を鈴仙が受け入れた時点で問題は解決したようなもんなんだから」「……なるほど。今の条件なら、負けた場合はもちろん、まかり間違って勝った場合でも損はないですからね。主にてゐさんに」「あははー」 そういえば、話が全部ウソに書き換えられていたから気づかなかったけど、今の話だとてゐに過失がないんだね。 レイセンさんが条件を呑んだ時点で、それまでの嘘話が本当の扱いになってしまうワケだし。 これなら、勝敗関係なくてゐの一人勝ちが確定してるじゃないか。 さすが兎詐欺。自分の損になる展開にはしないワケだね。まぁ、別にいいけど。「とにかくこれで僕が負ければ、レイセンさんのプライドも守れるし弟子入りの話も消えるしで、全てが円満に解決すると思って良いんだよね」「そういう事ですね。とはいえ露骨に手加減すると相手の神経逆撫でするだけですから、それなりに本気でいかないとダメですよ?」「鈴仙はボチボチ強いから、晶も本気で行って問題ないと思うよ。……晶が勝ってくれた方が、私としても都合がいいしさ」 てゐの言葉の端々から黒いものを感じるけど、とりあえず無視。 何だか妙に面倒くさい事になったけど、僕は全力で戦えば問題ないのかな? 幻覚をメインに戦う相手とはいえ、直接戦闘能力もそれなりにありそうだしね。「師匠も、それでよろしいですねっ!!」「……そうね。アナタがてゐの提案を呑むのなら、それで構わないんじゃない?」「当り前ですっ! ここまで馬鹿にされて、引っ込むわけにはいきません!!」「そういう意味じゃ無いんだけどね。……貴女はもう少し客観的に物事を見るべきよ、うどんげ」「私は冷静ですっ!!」「……そう、ならいいわ」 あちらの方でも話がついたようである。「師匠」と呼ばれた人が後方に下がり、レイセンさんが前にでる。 わぁ、まるで親の仇でも見るような眼で睨みつけてきますね。「覚悟はいい? 今度は、右往左往するだけじゃ済ませないわよ。徹底的に狂わせてやるっ」「その言葉に今更ながら怖気づいています。ああ、何で僕がこんな目に」「ふんっ、真正面からロクに戦う事も出来ない臆病者ね」 レイセンさんと噛み合っているようで噛み合っていない会話をしつつ、どうしたものかと考え込む。 ヤル気になっているのはいいけど、ものの見事に空回りそうな予感がするんですがアナタ。 というかレイセンさんのお師匠さん、ぶっちゃけてゐの嘘に気づいてるっぽいよ? なら、今すぐにでも本当の事情を話して、この一連の流れを終わらせた方がいいんじゃないかな。「絶対に許さないっ。言いたい放題馬鹿にした挙句逃げ出すなんて……この、卑怯者!」 ああ、これはダメだ。謝って許して貰える雰囲気じゃないや。 彼女の瞳には、僕に対する怒りの炎が見え隠れしている。 おかしい。何故ここまで僕は恨まれているんだろうか。この人、そんなに人間が嫌いなの?「……てゐさん。なんか鈴仙さん、やけに機嫌悪くないですか?」「あー、そういえばこの前、無縁塚で閻魔に昔の事を説教されたとか言ってたっけ」 「真面目な子だから、一度悩んじゃうとどんどん考えがネガティブになっちゃうのよね。困ったものよ」「永琳さんいつのまに……というか、そんな鈴仙さんの事情と今の大激怒にどんな関係が?」「そりゃ、昔の自分とさっきの晶の行動がダブって見えたんじゃないの?」「敵前から逃げた、という所が引っかかっているみたいね。おまけにそんな人間が、私の弟子になるかも知れないワケだから……」「なるほど、晶さんに自分のココロの地雷を激しく踏み荒らした気分という事ですか」「どう考えても自意識過剰だとは思うけどねー。心に余裕がない時は、どんなことでも自分に繋がってると思っちゃうもんだよ」 背後から三人のやり取りが聞こえてくる。 要訳するとそれってつまり、僕は彼女に八つ当たりされてるって事になりますよね。 ちくしょう、迂闊に流されるといろいろ損するのだと改めて学習しましたよ。 今後は最低でも一度は反抗の意思を示してやる。 まぁ、通るかどうかは別問題ですけどねっ!「そろそろ準備は出来たかしら? 臆病者さん」「――どっちにしろ、今更逃げられるワケじゃないか」 知らなかったとはいえ、僕が彼女の逆鱗を触れてしまったのは事実なんだ。 こうなったら、とことん付き合ってやろうじゃないか。 どうせ、全力出したって勝てるとは限らないんだ。 言われた通り勝ち負けなんか気にせず、思いっきり向かっていけばいいじゃないか。 ……だいたい、僕ってそんなに弾幕ごっこで勝った事ないんだよね。 いつも負けるか引き分けで、勝ったとしても不意打ちがほとんどと言うか。 あれ? 僕ってひょっとして自分で思ってるよりも強くない? 「な、何でいきなり泣き出してるのよ」「ううっ、本当に卑怯者で臆病者かもしれないと思うと、自然と涙が」「……確かに、晶さんって結構勝つために手段選びませんからね」「あー、わりと無自覚に色々やるよねアイツ。場合によっては私とおんなじくらい何かしてるかも」「それは相当卑怯ねぇ……」 僕の悲哀を、フォローするでもなくあっさりと肯定する味方のはずの二人。 いいよいいよ。それなら、存分に卑怯の限りを尽くさせてもらおうじゃないか。 ―――丁度、試してみたい技も思いついていたワケだしね。 後、てゐとレイセンさんのお師匠さん? もうそこまで馴染んでるならこの喧嘩止めてください。 「さぁ、かかってきなさいっ!」 ……本人がやる気満々だから、やっぱりさすがにそれは無理かぁ。 指を銃の形にして、こちらに向けるレイセンさん。 うん、やるしかないかね。 こう見えても僕って結構負けず嫌いだから、やると決めたらとことんやるよっ! 本気でやっても勝率低いですがねっ!!「行くよ! ―――――天狗面『鴉』!!」 嘴と烏帽子を合わせた形の面を形成し、装着する。 背中には翼。右手には葉団扇。全てが氷で作られた偽物の道具。 だけどそれは、次の手で本物へと成り変わる。「あの、姿って」「烏天狗……ですね」 葉団扇に赤い魔眼が映った。 その瞬間から、狂気が僕を支配する。「では、風のごとく、速く華麗に参りましょうか」 自分のモノである口から、自分のモノでない言葉が漏れていく。 ――――さぁ、弾幕ごっこの始まりですよ。