巻の二十九「時というものは、 それぞれの人間によって、 それぞれの速さで走るもの」 幻想郷の人間達が住まう「人里」。 初めて訪れたその場所の第一印象は、ずばり「不自然」だった。 失礼過ぎる話だが、外来人である僕の眼から見るとそう思えてしまうのだから仕方がない。 おそらく幻想郷の成り立ち方が、この不自然さの根底にはあるのだろう。 ……この一ヶ月近く、僕だって何もしていなかったわけではない。 出来うる限りの範囲でだが、幻想郷の情報を多種多様に集めていたのだ。 そして知った。この世界における重要な要素の一つを。 ―――博麗大結界。 それは幻想と現実の境を生み出し、幻想郷を「異世界」とした境界の‘一つ’だ。 これが存在し続けている以上、幻想郷と外の世界が繋がる事はほとんど無い。 そう、最初に僕が考えた「外の世界とは違う世界にある」という推測は、正解であり不正解であったのだ。 あくまでも地続きでありながら、この幻想郷は外とは違う場所に存在している。 ……ここらへんの問題にはさらに紫ねーさまの存在が複雑に関係しているらしいけど、とりあえず今は割愛しておく。 さて、そんな幻想郷の仕組みと人里の不自然さの因果関係を語る前に、まずは人里の全容を語ろう。 幻想郷において唯一人間が安寧に住める人里は、実はそれほど大きくない。 ゆっくり全体を見まわすように外周を歩いたとしても、せいぜい三十分程度で全て回れてしまうだろうか。 そしてその外観は、博麗大結界が施行された明治時代のそれで完全に停止してしまっている。 まぁ当然といえば当然の話だろう。隔離されてしまった以上、この里は自らの力で発展しなければいけないのだから。 ――しかし、そういった発展が必要なのか、と言われると首を傾げざるを得ない。 推測にしかならないが、外の世界で通用しているモノのほとんどはこの世界では通用しないはずである。 何しろ周りを取り巻く環境が、外とココでは違い過ぎるのだ。 例えば、現代社会では必須になった携帯電話。 遠い場所にいる相手とも容易に連絡が取れるその機械も、閉じた世界である幻想郷ではほとんど無用の長物になるだろう。 ……とは言え、外の技術全てが不要かと言われるとそうでもない。 むしろその技術の多くは、人里にとっても大変有意義であると言えるはず。 だからこそ、「不自然」なのである。 ――明治で止まったこの町並みに、点々と存在している「外の世界の光景」が。 先ほど、幻想郷と外の世界が繋がる事は「ほとんど」無いと言った。 つまり言い換えると、「僅かだが」外との接点は失われてないという事になる。 外の進んだ知識や情報は、多様な経緯を経て人里に入ってくる。この不自然さはそう言って経緯から生まれてしまったのだろう。 まぁ、住人達にとっては当たり前の光景なんだろうから、深く気にする必要はないんだろうけどね。 ちなみに、今僕がいる「カフェー」なんかもその「伝わった知識」の一つだ。 ケーキや紅茶なんかを出す「外では当たり前」のこの店も、やっぱり人里では浮いて見える。 ……あー、でも紅茶とケーキはかなりおいしいな。 紅魔館で出る咲夜さんお手製のケーキもおいしいっちゃおいしいけど、商品としてのおいしさはまた別物だからね。 いやー、比喩でなく本当にいくらでも食べられそうだ。 こんなおいしいケーキを食べながら別の事を考えるのは、ケーキに対して大変失礼だろう。そろそろ食べる事に集中しようか。 うん、美味美味。「おかわりー」「……もうそろそろ食べるの止めたら?」「『うるさい、黙ってなさい! 空にある雲でも数えていればそのうち終わるわよ!!』」「こ、紅茶のおかわりもどうかしら?」「いただきまーす」 僕の前で、冷や汗を流しながら財布の中身を確認している強姦魔――もとい、七色の魔法使い。 自業自得なので可哀想だとは思わない。むしろざまあみろと言いたい。「ううっ、何でこんな事に……」「人を着せ替え人形みたいに剥いだからに決まってるじゃん」「そ、それは悪かったって謝ったじゃないの」 ははは、僕の受けた精神的ダメージは、謝った程度で済むもんじゃないぞぅ。 僕が無機質な笑顔を返すと、アリスは居心地悪そうに目線を逸らした。 一応反省している辺り、自分の行いがどれだけ痴女痴女しかったのか自覚はしているのだろう。 ――まぁ、許さないけどね。「まったく……もぐもぐ……僕がどれだけ……もぐもぐ……辛かったか……もぐもぐ……おかわり!」 文字通り襲われた僕と襲ったアリスは今、予定通り訪れた人里のカフェーに居た。 アリスが謝罪として、お茶を奢ってくれると言ってくれたからだ。 もちろん、僕にそれを断る理由はなかった。「お、おかわりをお持ちしました」「ありがと、そこ置いといて」 なぜか強張っている給仕のお姉さんからケーキを受けとる。 はて、何ゆえアナタはそんな物珍しそうな目でこっちを見ているのでしょうか。 ひょっとして、僕達の格好が気になるのかな? 人里の人達は基本和服だから、僕たちみたいな洋装はやっぱり異質に見えるんだろう。 皿の塔のてっ辺に食べ終わった皿を置きながら、僕は自分の立てた仮説に深く納得してみせる。 ……あれ? でも給仕のお姉さんは洋服だよね?「それじゃあいったい、何が気になるって言うんだろうか」「……そんなの、アンタが食いまくってるからに決まってじゃない」「ほへ?」 呆れたようなアリスの視線が、僕の食べた皿の山に向かう。 すでにテーブルの半分を占拠している皿の向こう側は、座っている状態では確認できない。「えっと、何の話?」 あ、アリスがずっこけた。 また随分と芸術的な転び方をするもんだ。 外の世界なら、名人芸と持て囃された事だろう。「だから食べすぎだって言ってるのよ! 嫌がらせにしたって異常よ、異常!!」「失礼な。僕は食べたいだけ食べてるだけだよ」「……その身体のどこに、この大量のケーキが収まってるのかしら」 憮然とした顔のアリスが、僕の脇腹を摘まもうと手を伸ばす。 しかしほとんど脂肪の無い脇腹はあっさりとアリスの指を滑らせ、結果服だけを掴んでしまった彼女をさらに憮然とした表情に変えた。 そういえば文姉も咲夜さんも、一緒におやつ食べた時にアリスと全く同じ顔をしてたっけ。 文姉曰く、いくら食べても太らない僕の不思議体質は女の敵であるらしい。 ……僕としては、食べた分だけガッシリとなりたいんだけどね。男の意地として。「あーもう、勘弁してよ。私にも私の買い物があるから、財布をスッカラカンにするワケにはいかないんだけど」「……もぐもぐ……分かった分かった。アリスも反省したみたいだし、そろそろ許してあげるよ」「そ、そう。やたらと恩着せがましいけど、とにかく助かったわ」 安堵のため息を漏らすアリス。 ……さすがにちょっと、食べすぎたかもしれない。 こっちでのケーキの価格は知らないワケだし、少し自重するべきだったかな?「ま、これに懲りたら、今後はどこぞの吸血鬼みたいな真似は控える事だね」「はいはい分かったわよ――って、え? 吸血鬼って、あのレミリア・スカーレットの事?」「個人情報保護のためお答えできません」「その時点でもう答えてるようなものじゃない。と言うか何があったのよ、アンタとあの吸血鬼の間に」「ふっふっふっ、全容は語れないけど、この前は廊下を歩いていたらいきなり後ろから襲われた、とだけは言っておこうか」「……本当に何があったの?」「彼女の名誉のためお答えできません」 ただ、その吸血鬼の脱衣速度がアリスの三倍近く速い事だけは、事実として付け加えておこう。 これもきっと、日々の修錬の賜物だと思われる。……実験台になっている僕としてはたまったもんじゃ無いけどね。「最近では、鉄分不足が心配です」「……それで大体、事情は理解できたわ」 この服が汚れない仕様じゃなかったら、あっという間に黒ずんでいますよ。 まぁ、軽い献血みたいなノリで済んでるのがせめてもの救いと言うか。 ……あ、でも確か献血って、一度やった後は一ヶ月くらい健康のために出来なくなるんだよね。 うん、僕はそのうち死ぬかもしれない。「苦労してるわねぇ」「ははは、むしろ疲労してます」「でも軽口を叩く余裕はある、と」 自分でもたまに、余裕ありすぎて怖くなります。 そんな意味を込めて笑い、最後のケーキを口に収める。 内容はともかく、空気だけはまったりとしたモノが流れていく。 すると、そんな僕らに近づいてくる女性が一人。「おおっ! 誰かと思えば、七色の人形遣いじゃないか!」「……うわっ、出た」 前髪に青いメッシュの入った銀髪の女性は、満面の笑みで手を振りながらこちらに近づいてくる。 それに対してアリスは露骨に眉をしかめてみせた。 はて、どうしたんだろうか。 家の様な帽子を被っていたりワイシャツ風のワンピースを着ていたりと、変わった所の多い女性ではあるけどね。 一見するだけでは、アリスが嫌がる様な人には見えないよ?「珍しいな、いつ人里に来たんだ? 言ってくれれば茶でも出したのに」「ついさっきよ。ただの買い物だから、別にそんな特別待遇をしてもらわなくても結構よ」「いやいや、この前お前が寺子屋でやってくれた人形劇が子供たちに大好評でな。その礼をしたいと思っていたのだ」「子供は自分の視点でしか物事を語らないから、人形繰りの技術を見せる相手に最適なのよ。謝礼も貰ってるし、必要以上の気遣いはいらないわ」 ふむ、会話から察するに、この人は人里の学校で教師でもやってるのかな。 道理で面倒見の良さそうな感じがするわけだ。 ……そうなるとますます分からない。何でアリスは、こんなにも素っ気ないのだろうか。「お前は相変わらずだな。もう少し愛想を良くしてもバチは当たらないぞ?」「私はもともとこんな感じよ」「ダウト!」「むっ?」「な、何がダウトよ! 失礼ねっ」「だってアリス、いつもはもうちょっと愛想良いじゃん」「……一応言っとくけど、アンタと初めて会った時も私はだいたいこんな感じだったわよ」「えー、でももうちょっと親切だったよ?」「それはアンタと取引する上での社交辞令よ! ついでに言うと、私の態度に関わらず好き勝手やってたアンタに態度云々を言われたくないわっ」「僕は相手の尊厳を尊重致します」「ダウト」「何とも失敬な」 それじゃまるで僕が、お構いなしで相手に関わろうとするみたいじゃないか。 僕にだって、嫌だと言われれば引き下がるくらいの礼儀はあるよ?「ふむ。今まで気づかなかったが、君は……」「あ、どーも。アリスの友達やってる久遠晶です、今後ともよろしく」「これはどうもご丁寧に。私は上白沢慧音、人里で寺子屋の教師をやっている者だ」 こちらに気がついた女性――上白沢先生が、丁寧な態度で挨拶してくれた。 しかしそうやって頭を下げても、あの独特な形の帽子はずり落ちない。 うーん、紐で縛ってあるのかな? なんだかそんなところばかり気になってしまう、忙しない僕。「なんだマーガトロイド、否定はしないのか?」「言葉通り、晶は私の友人だからね。デリカシーは皆無だけど」「ほぅ、意外だな。お前が人間に対してそんな事を言うとは」「弾幕で友情を深めあいましたので」 そのせいか、わりと評価に遠慮がありませんけどね。 そんな僕とアリスを、何度も珍しそうに見比べる上白沢先生。 そうしてただ不思議そうに僕らを眺めていた彼女は、やがて何かに気づいたように、今度はじっと僕を見つめ始めた。 何だろう? マジマジと見つめられると照れるんですが。「ふむ、済まないが一つ確認させてくれ。君は里の者ではないな?」「あ、はい。僕は人里の人間ではなく、外から来た人間です」「なるほど外来人か。それで私も顔を知らなかったのか」 納得したように何度も頷く上白沢先生。 しかしそれも僅かな間の話。 彼女は、ふと何かに気がついたように再び僕の顔を覗き込んできた。「な、何か?」「もう一つ確認しておきたいのだが……君と私は、初対面だよな?」「はぁ、そうですけど」 そんな事、わざわざ僕に確認しなくても分かると思うけどなぁ。 だと言うのに先生は、まだ腑に落ちないのか怪訝そうな顔をしている。 何かがのど元に引っ掛かっているような、そんな表情で僕の顔を見つめ続ける先生。 ……だから、そうやって見られると照れるんですってば。「あ、あの、何か気になる事でもあるんですか?」「うむ。上手くは言えないが、前にどこかで会ったような気がな……」「幻想郷には一ヶ月近くいますけど、先生と会ったのは今日が初めてですよ?」「私からも補足するけど、晶はずっと人里以外の場所で暮らしてたから、間違いなくアナタと面識はないはずよ」「む、そうなのか。確かに、外で暮らしていたのなら――なにっ?」「頭おかしいでしょ? 運にも実力にも恵まれていたみたいだけど、一ヶ月近く幻想郷にいながら、人里に顔も出してないのよコイツ」「それは何と言うか……良く、無事だったな」「はっはっは、食われそうになったりペットになったり血を吸われたり着せかえられたりしましたが、何とか生きてますヨ」「……無事なのか?」「……私に振らないでよ」 先ほどの疑問はどこへやら、驚愕の表情で僕を見つめる上白沢先生。 やっぱり、傍から見ると僕の生活はおかしかったりするんでしょうか。 ちょっと幻想郷に来てからの事を、簡単に振り返ってみよう。 ――うん。おかしいかどうかは分からないけど、良く生きてたと褒めてやりたくなる事は確かかな。「まぁ色々ありましたが、それなりにうまくやってますよ」「それだけ色んな目に会っておきながら、はっきりそう言えるのがアンタの凄いところよね」 僕の、我ながら呑気な言葉にアリスが苦笑する。 自分でも良く平気でいられるな、とは思っているから、彼女の言葉には頷かざるを得ない。 しかし、そんな僕達のやりとりを上白沢先生は別の解釈で受け取ってしまったようだ。 半分くらい涙目になりながら、先生は僕の両手を包み込むように掴んできた。 ――え? なにこの急展開。「すまない久遠、辛い目に合わせたな」「……はい?」「良いんだ、もう耐えなくて。この一ヶ月間さぞや辛い思いをした事だろう」 どうなってるのさ、コレ。 まるでこの世の不幸を一身に背負ったような顔で、先生が悔恨の嘆きを漏らす。 や、突然そんな事言われても困るんですけど。 耐えるって何にですか? 辛い思いは――まぁ、それなりにしたかもしれないけど、そんな涙を誘うほど酷い目にはあっていませんよ? いきなり始まってしまった、謎の上白沢先生劇場。 このままではワケも分からず流されてしまいそうなので、僕は横で傍観を決め込んでいるアリスに救援の視線を送った。 ――で、なにこれ? ――いつもの病気よ、気にしない事ね。 ――いや、僕当事者だから、無視できないから。 ――私が素っ気なかった理由を思い知りなさい。 しかし救助役のアリスさんは、あっさり救いの手を払ってくださいましたコンチクショウ。 と言うか、愛想悪かったのってコレのせいなの?「さぁ、久遠! 困った事があるなら私に言ってくれ、何でも協力するぞっ」「は、はぁ……強いて言うなら、そう言われた事が困った事です」「こらこら、遠慮しなくていいんだぞ。こう見えても私は人里の守護者と呼ばれているんだ。荒事だってお手の物なんだからな」 いや、本当になんでも無いんですって。 僕も段々と、アリスが彼女を避ける理由を理解し始めてきた。 ……良い人なんだけど、凄く疲れる。 昭和の熱血教師みたいな熱いセリフを吐きながら、目を輝かせる上白沢先生。 どないせーっちゅーねん、この人。「――って、人里の守護者?」「ああ、そういえば言ってなかったわね。上白沢慧音は半獣なのよ」「うむ、妖怪の身ではあるが、人里に住まわせてもらっている」「えーっと、半獣?」「ハクタクって言えば分かる? あれとのハーフなの」「……ああ、ハクタクかぁ」 ハクタクとは、中国の伝説に登場する聖獣の一種だ。 麒麟とか鳳凰とかの有名所と同じく、人の世に有益をもたらす存在として神聖視されていたはず。 ……うん、まぁ説明があやふや過ぎるのは分かってるけど、ちょっと僕の言い訳も聞いて? 別に中華系の妖怪を調べるのを蔑にしていたと言うわけじゃ無いんだ。 ただ、ハクタクは僕にとっても思い出深い妖怪だから、どうしても本来の姿を忘れがちになってしまうんだよ。 爺ちゃんから聞いた、幻想郷を舞台としたお伽噺の一つ。 その登場人物として出てくる、人間とハクタクのハーフのお話が強烈過ぎて――― アレ? ちょーっとマテヨ?「久遠は博識だな。普通、ハクタクと言われてポンと出てくる人間は中々いないぞ?」「ま、晶は色々と特殊だからね。……ってどうしたのよ、そんなに呆けて」「あの、女性に対してこんな事を尋ねるのは失礼だって重々承知してはいるんですが、ひとつ聞いていいですか?」「ん? なんだ?」「上白沢先生って……四十年ほど前にも、幻想郷に今と変わらぬお姿で存在していました?」「まぁ、半分とはいえ妖怪だからな。四十年程度では何も変わりはしないが……それがどうかしたのか?」 キョトンとした表情の上白沢先生。 僕の質問の意図する所が分からないのだろう。 一方の僕は、判明してしまった事実にやはり呆然とする他なかった。「……もう一つ質問、上白沢先生の他に半獣のハクタクっていますか?」「いや、私の知る限りでは特にいないが」「何よさっきから、言いたい事があるならとっとと言いなさい」 そうですね。丁度確信も持てたので、そろそろ白状しようと思います。「えっと上白沢先生、やっぱり僕と貴女に面識はありません」「むぅ、そうか。では私の勘違い……」「けれど先生。話は変わりますが、僕の目元とか口元とかに見覚えありませんか?」「……言われてみれば確かに。こうして間近で見てみると、何かを思い出すような気がするな」 うん、やっぱりそうか。間違いない。 基本的に僕の容姿は家族の誰にも似てないのだけど、纏う雰囲気とさっき言ったパーツだけは良く似ているといわれるのだ。 だからこそ、彼女は僕にデジャブを覚えた。 そう、彼女が知っているのは僕ではなく―――僕の祖父なのだ。「とりあえず、祖父に代わって言わせて下さい。……その節は、お世話になりました」 もっともその話は、「他人の体験」として聞いたんだけどね。 見知らぬ土地で迷子になり、途方に暮れていた人間を助けてくれた心優しいワーハクタクのお話。 爺ちゃんの真実を知った今なら、それが誰の体験談だったのか良く分かるんだけど。「―――まさか、君は」「えっーと、お察しの通りです。多分僕は、先生の知ってる「久遠」の孫です、はい」「なんと……アイツの」 驚きの表情から一転、嬉しそうな笑顔へと変わる上白沢先生。 彼女も、爺ちゃんとの間に色んな思い出があったのかもしれない。 懐かしむような口調で、彼女は僕に笑いかけた。「二代に渡って幻想郷を訪れるとは、不思議な縁もあるものだな」「そうですね。むしろその祖父の縁があったから、僕は幻想郷に来れたのかもしれません」 僕の言葉に、先生の笑顔が固まる。 ……察されたのかもしれない、言葉の裏にある事実を。 一瞬、本当に一瞬だけ、先生の表情が泣きそうなモノに変わる。 だけどすぐに、その表情は笑顔へと戻った。 どこか儚げな雰囲気を漂わせながら、それでも上白沢先生は僕に問いかけてくる。「なぁ久遠。ひとつ聞かせてもらっていいか? もしや、君の祖父は――」「二年ほど前に、天寿を全う致しました」「…………そうか」 先生は、何かを思い出すように遠くを見据えた。 これもまた、人と妖怪の間にある「不平等」の一つだ。 どれほど切望しても、この二種が同じ時間を生きる事は出来ない。 ――けれど、残される方と残す方、果たして本当に辛いのはどちらなのだろうか。 僕も何れ、同じ問題に行き当たるのかもしれない。 ……その時僕は、ちゃんと向き合う事が出来るのだろうか。 「まったく、つくづく異例なのね。アンタって」「ん、そうかな?」「そうよ。二代にわたって神隠しにあった人間なんて、下手すれば初よ、初」 そう言ってアリスは、しんみりしてしまった空気を入れ替えるように笑った。 僕も先生も、そんな彼女の笑顔につられるように苦笑する。 ……気を使ってくれたんだろう。 僕ら自身が思っていたよりも、受けた衝撃は大きかったのかもしれない。 「そうだな。久遠の祖父もそれなりに異例な人間だったから、そういう血筋なのかもしれんな」「ひ、酷い事言いますね、僕はまともですって」「ダウト」「ふふっ、ダウトだな」「うぐぅ……」 うん、色々考えるのは後回しにしよう。 頭で考えるだけじゃ、この問題はきっと解決しないから。 今はただこの出会いに感謝して。 ――爺ちゃん。また一つ、爺ちゃんの残したものを見つけたよ。