巻の二十八「青春は短い。宝石の如くにしてそれを惜しめ」 決闘の始まりを肌で感じると共に、頭の中が急速に冷めていく。 いつもそうだ。どれだけ動揺していても、弾幕ごっこが始まった瞬間に思考はクリアになる。 美鈴は、それを‘才能’だと言った。『雷より速く動ける歩法や、鋼をも砕く剛拳は、時間さえあれば誰にでも修められます。でも、‘その心’を修める拳法は存在しないんですよ』 どれほど高名な拳師に学ぼうとも、自ずから変わらねば心は正せない。 戦いにおいて最も必要な「冷静な心」を持っているなら、僕は強くなれる。そう彼女は言ってくれた。『なーんて、それだけで勝てたら世話ないんですけどねぇー』 まぁ、最後にそんな「オチ付きかよっ!」的なお言葉を添えてくれたりしてくれやがったワケですが。 本当にあの人は空気読めないよね。 だけどそんな軽いノリの中華妖怪さんは、短い時間で色んな事を教えてくれた。 生憎僕は安静の身で、試せる事は少なかったけれど。 自分の操り方が少しずつだけど分かってきた気がする。 ……その初実験が実戦ってのが、大変無鉄砲で僕らしいですな。「先手、行くよっ」 バックステップで下がりながら、氷の弾幕をばら撒く。 視界を覆わない程度の、それでも回避困難な氷の弾丸は。「甘いっ!!」 アリスの操る人形が生み出した防御陣によって、全て防がれてしまった。 ――やっぱり、見たまんまの人形遣いか。 出来れば人形作りはただの趣味で、戦闘中に使うのは普通の魔法だったりしてくれたら嬉しかったんだけど。 そんなに世の中、上手くは出来てないよねぇ。「ほら、今度はこっちの番よっ!」 人形の一体がこちらに向かって飛んでくる。 その手にあるのは、鈍く銀光を放つ凶器―――ヤバい!「……ふぅーっ」 相変わらずのモノマネ拳法で構え、全身に『気』を伝わらせた。 氷翼は使わない。あれは僕の攻撃手段を奪い過ぎるからだ。 強化した身体能力だけで、ギリギリでも捌ききる!「シニサラセー」 わりと洒落になっていない事を可愛らしく述べながら、妖精を模した人形がナイフを振り回す。 思ったよりも射程は長い。けど、思った以上に動きが遅いっ!「えいやっ!」「ナンヤトー」 相手が初撃を振り切るより先に、持ち手の部分に手刀を当てる。 話に聞いていた通り、肉体強化の影響はかなりのものだ。 軽く放ったつもりの一撃でも、容易に人形からナイフを叩き落とす。 そもそも、‘相手の初撃の最中に動ける’時点で、『気』による強化の異常性が分かると言うモノだ。 ……というか、速すぎて僕もいっぱいいっぱいなんですが。思った以上にしんどいっす、コレ。「とにかく、これで――あれ?」 デコピンで人形をふっ飛ばし、アリスに向き直る。 けれどかつてアリスがいた場所には、一体の人形が浮くのみだった。 そしてその人形は、両手をこちらに向けている。 まるで、‘何かを発射する’ような姿勢だ。「―――って、一難去ってまた一難!?」「ネライウツゼー」「はわわっ!?」 前方と‘真横から’放たれる弾幕。 ちらりと横目でもう一つの弾幕を追うと、そこにも同じデザインの人形が。 わあ、設置系のガチな戦い方ですね。潰す気満々ですか。「ああもう、上っ!!」 氷で棒を作り出し、地面に突き刺す。 空を向いた方の先端を掴み、氷棒を伸ばすと同時に地面を蹴って跳ぶ。 まるで飛ぶような浮遊感と合わせて、一気に身体が真上へと上がっていく。 戦いの場全てが視界に収まる。鬱蒼とした森に隠れてアリスの姿は見えないが、人形の姿は確認できた。 ――なら、それで充分だ。 氷棒のコントロールを捨て、僕は上昇し続ける自らの先に氷の足場を作成し、そこに‘着地’した。 ここまでは概ね予定通り。問題は、ここから先の行動である。 ……だ、大丈夫だよね。肉体は強化されてるワケだし、風のクッションも残ってるワケだし、いけるよね。「タマトッタラー」「モクヒョウヲクチクスルー」「あにゃあっ、し、下っ!」 上空にいる僕へと向けて、人形達の弾幕が放たれる。 僕は自らの足場を蹴って地面へと‘跳ぶ’事で、向かってくる弾を避けた。 同時に、地面が急速な勢いで迫ってくる。備えなければ潰れてしまう事は確実だろう。 どうにかしてぶつかるまでに止まらなければゲームオーバーだ。けど、それを分かっているのは僕だけじゃない。 アリスも必ず、‘止まった瞬間’を攻撃してくるはずだ。 だからこそ、僕は風の力だけで止まる必要がある。 同時に、反撃もこなす為に。「いっせーの、せっ!」 巻き起こる風と共に、一瞬宙で停止する。 同時にこちらを向く二体の人形と、森の奥から感じ取れる‘複数の’敵意。 さすがに、迂闊に自分の位置を知らせるような真似はしないか。 だけど残念―――こっちはもう大体の仕込みを終わらせているんだよねっ!!「ちょいやっ!!」「きゃあっ!?」 着地と同時に、地面から複数の氷柱が隆起する。 それはある一定の地点に固まって生まれ、目的の人物をいぶり出した。「嘘、バレた? 何でっ」「いくら居場所を悟らせないためとはいえ、人形を出し過ぎって事だよっ」「――まさか、逆算!」 はい、そういう事です。 とりたて数字に強いワケではない僕だけど、簡単な位置把握ぐらいならできますとも。 最初の人形を、アリスは確かに「手を動かして」操っていた。 と言う事は、糸が見えないだけでこの人形達はアリスが操っているはずなんだ。 後は簡単な話。 いくら人形に集中していたとはいえ、自分の横をアリスが通過すれば嫌でもわかる。 だとすると彼女は、「僕とは反対方向に逃げた」事になるはず。 その事を踏まえ「人形達と大体でも等位置になれる場所」を探せば―――大まかでも、アリスの居場所は予想できるという寸法だ。 えっ? どう考えても憶測だって? ……当たってたからいいじゃん。「やるじゃないの。だけど、ツメが甘いわ!」「へ?」 ―――――――魔符「アーティフルサクリファイス」「ひにゃあぁぁぁぁぁぁああああ!?」 僕を囲っていた二体の人形がこちらに触れ、同時に爆発を起こした。 え、うそっ、爆発すんのコレ!? 「ちょ、ちょっと待てぃ! アンタ人形に対して愛着はないんかいっ!!」「あるわっ! 道具として常に、その本分を全うできるよう私も色々考えているのよ!!」「その理屈は悪役のものではありませんか……?」「愛ゆえよっ!!!」 言いきったよ、この人形遣い。 あ、でも良く見るとちょっと涙目になってる。 ……そこまで愛着あるなら、もうちょっと穏便な攻撃方法仕込めばいいのに。「それにしても、至近距離であの一撃食らったわりに元気ね、アナタ」「強化してますからっ」 呆れるアリスに対してふんぞり返る僕。身体の節々が痛いのは内緒だ。 まぁ、痛かった事は痛かったけどね。美鈴の破山砲よりは威力が下だったみたいだし、何より……。「真横の一人、僕の風に飛ばされてどこか打ち付けたでしょ? ギミックに不備があったみたいで、爆発が半端だったよ」「……へぇ、良く見てるわね。その状況で」「そういうの冷静に見れる‘才能’だけは、人一倍あったみたいでして」 まぁ、自分がダメージ食らう所を冷静に見られても、何の意味も無いんだけどね。 身体? ええ、当然動きませんでしたよ。 別に超反応出来るわけじゃないんで、むしろ反応自体は遅めなんで。「そこまで落ちついていられるなら、何かあるたびに変な鳴き声あげるのも止めなさいよ。正直、気が抜けるわ」「ほへ? 変な鳴き声って?」「無自覚なのね……タチ悪い。「ひにゃあ」とか「はわわ」とか「ちょいや」とか言ってるじゃないの」「はっはっは、そんな事戦闘中に言うヤツいるわけないじゃん」「――今、かなりイラッときたわ」 なんでさ。 急激に膨れ上がるアリスの敵意に、自然と冷や汗が流れる。 お、落ちつけ僕。とりあえず、目標は目の前にいるんだ。 何とか勢いで誤魔化――もといせっかくの攻撃のチャンスを逃す理由はない。「と言うわけで、戦闘再開っ!」「あ、ズルい!」 ―――――――幻想「ダンシング・フェアリー」 巻き起こる氷弾の嵐。 乱気流に乗って、ランダムに軌道を変化させた攻撃がアリスに迫る。 僕の持つスペルカードの中で一番「当てる事に特化」した技だ。 これで、少なくとも相手の体勢を崩す事は出来るはず。 ……しかし、そんな僕の目論見を見透かすように、アリスは逃げようとしなかった。 迫りくる氷弾を見据えながら、彼女は‘まっすぐこちらに’向かってくる。「ええっ!?」 驚愕する僕に対し、アリスは可憐な笑みを浮かべて見せた。 氷弾は彼女の目の前まで近づき――次の瞬間には、アリスを通り越し近くの木々を砕いていた。「なっ―――」「ふふっ」 ゆっくりと前進するアリスは、迫る氷弾をすり抜けるように避ける。 グレイズ――弾幕ごっこにおける高等回避。 高密度の弾幕を掠れるようなスレスレの距離で避けるという、文姉から聞かされた直後には正気を疑った技術の一つだ。 それを、目の前のアリスは当たり前のように実行している。「良い弾幕ね。けど、難易度はせいぜいnormalよ」 近づけば近づくほど、風の勢いと氷の数は激しくなる。 それでもなお、アリスのペースは変わらない。 揺るぎない瞳で、彼女は僕との距離を詰めていく。 いけない! このままじゃ良い的になるっ!「ス、スペルブレイク!」「遅いわっ」 氷の嵐を収め、バックステップで距離をとる。 しかし、相手は‘それを想定した間合い’を取っていたようだ。 どこからともかく、ナイフを持った人形が放たれる。それも、合わせて六体。「って、多い多い多い多い!?!?」 一直線にこちらに向かってくる、六体の人形。 や、さすがに無理。これを捌くのは、僕の腕前では不可能です!「はひぃぃぃいっ」 転がるように真横に倒れこみ、人形の攻撃を回避する。 だが、アリスの追撃は止まらない。 彼女の真上には、先ほど爆発したのと同じ容姿の人形が。 ……絨毯爆撃ですかそうですか。「ヤキハラエー」「ひょ、氷翼展開っ!」 さすがにギブアップです。もう一撃ほど弾幕を耐える度胸はありません。 氷の翼が形成され、同時に人形から弾が放たれる。 先ほどまでの僕なら確実に‘詰み’だ。降り注ぐ弾の雨も、全て受け止めていた事だろう。 だけど、それもさっきまでの話。 倒れた姿勢から四つん這いに立ち上がった僕は、即座にアリスの背後へと移動する。 その速度は、まさしく刹那。 具体的にどれくらい速いのかと言うと、僕自身どういう経緯で背後に回ったのか認識できないくらい速い。 小回りを利かせた短距離特化の移動法だからなぁ……風による自動回避が無ければ、僕とっくに自爆が原因で死んでるよね。 「嘘、いつのまに後ろにっ!?」「サラマンダーヨリハヤーイ」「……おおっ」 しまった。呆然としていたせいで、先にアリスに反応されてしまった。 不意打ちが難しい弾幕ごっことは言え、何かしらの仕込みができないわけじゃない。 そのチャンスが今、舞い込んできたと言うのに……みすみすその機会を逃してしまうとは。 何くそ、なら別の駆け引きに持ち込むだけだい!「氷翼、解除!」 氷の翼が砕ける。 それに合わせ、アリスの顔に警戒色が強くなった。「あら、せっかくの移動手段を捨てていいのかしら?」「しょうがないよ。氷翼を使ってる間は、強力なスペルカードが使えなくなっちゃうからね」「ふぅん……上等じゃない」 こういう時相手の物分かりが良いとありがたい。こちらが一つ情報を提示しただけで、伝えたい事をすぐに理解してくれる。 僕がスペルカードを提示するのに合わせて、相手も二枚目のスペルカードを示した。 大技同士の撃ちあいになると、お互いが理解している。 だからこそ、僕らは迂闊に動く事ができない。 互いに選んだ必殺の威力を誇る技は、同時に相手へ最高の勝機を与える隙にもなりうるからだ。 ……同タイプ対戦の典型的硬直パターンだね、これは。「ファイナルアタックライドー」 そして僕らの均衡はあっさりと破られた。 真上に控えていた人形からの弾幕が、僕に迫る。 回避のための三度目のバックステップ。それは、アリスに攻撃を決断させるには十分すぎる‘隙’だった。 ―――――――咒符「上海人形」 一体の人形が掲げられる。 今までの人形とは一線を画する造形。 その手から、まるで照準をつけるようにオレンジ色の閃光が一瞬輝く。 ―――来るっ!「シャンハーイ」 放たれる高出力の魔力。 回避は出来ない。――もとい。 ‘避けるつもりなんて、元々無いっ’!!「ひっさぁぁぁぁっ! 掟破りの室外畳返しっ!」 中国拳法にある「震脚」の要領で、地面を思いっきり踏みつける。 その瞬間、地面から氷の板が跳ね上がった。「そんなチャチな氷で、私のスペルカードは破れないわっ」「―――それが、ただの氷だったらね!!」「えっ!?」 こっちが地面の下で、ただコツコツと板を作っていただけだと思われては困る。 「スピア・ザ・ゲイボルク」を作った時、僕も学習したんだ。 気のコントロールは、物質の強化も可能にするんだって。「ふ、防がれた!?」 閃光が氷壁にぶつかり、数瞬の拮抗の後を見せる。 ――その隙が、今度は僕のチャンスだ!「解除、氷翼展開!」 氷の壁のコントロールを手放した。 その瞬間、拮抗は破れる。 砕ける氷の壁――だけどすでに、僕の姿はそこには無い。「しまった、またどこかに……」「アッチヨー」「右っ!?」 さすがに、二度も呆けはしないよ。 ―――――――転写「マスタースパーク」 放たれる魔力の閃光。 単体だと威力は落ちてしまうけど……氷翼展開状態で使える強力な技はこれしかないもんなぁ。 それでも、その光が持つ破壊力は相当なものだ。 ただしそれは、‘当たれば’の話なんだけど。「甘いわっ!」 グレイズ――いや、あくまで直撃を避けただけか。 それでも、咄嗟の回避と人形による防御陣で、僕のスペルカードはほぼ相殺されてしまった。「へぅあっ!?」「生憎その技は、不意をつかれても避けれる程度には見慣れてるのよ!」「うぐぅ。なら、追撃だぁ!!」「させない!」 空気が爆ぜる。手にしたカードは、模倣した「破山砲」。 体勢の崩れたアリスに向かい、一直線で突き進む。 そしてアリスも、崩れた姿勢のまま構え――「へりゃあぁぁぁああっ!」「はぁぁあああああっ!」 交差する、拳と人形。 それは互いの眼前まで迫り――そして、停止した。「……だから、「へりゃあ」って何よ。気が抜けるわねぇ」「……アリスが何の話をしてるのか、僕にはさっぱり分からないデス」「実は自覚あるでしょ」「何のことやら」 お互いに苦笑して、拳と人形を引っ込める。 決着はついた。 まぁ、アリス相手に引き分けられたのは、僕としても上出来だったかな。「あー疲れた。まったく、意外と芸達者じゃないのアナタ」「アリスに言われると褒められてる気がしないなぁ」「褒めてるのよ。氷に、風に……「気」? しまいには、ミニ八卦炉無しでマスタースパークまで撃っちゃうなんてね」「僕は相手の力を劣化して覚えるから、芸達者になるのは当然だよ。それより、一度にあれだけ人形を扱えるアリスの方が凄いって」「これくらい、人形遣いの基本よ」 体の埃を払いながら、アリスが立ち上がる。 あっさりとそんな事を言われると、本当に何でもないような事だと思えてくる。「まぁ、今回は特別に引き分けにしといてあげるわ。特別に」「押すなぁ……」「本気で私と互角になったと思われたら困るもの。まだまだ、アナタの腕じゃあ私に引き分けるのも難しいわよ」「うぐっ」 確かに、僕はわりといっぱいいっぱいだったけどさ。 これで全力だったと思われるのは、何と言うかちょっと不服だったり。 ……いや、まぁ全力だったんですけどね。「それにしても、このままだと人里にいけそうにないわね……服ボロボロ」「まぁ、そういう気遣いが出来る状況じゃなかったしね」「なに呑気な事言ってるのよ。そういうアナタだって―――」 咎めるような視線だったアリスが、僕の服を見てキョトンとした表情になった。 妥当な反応だろう。何しろ、爆発の直撃を受けた僕の服は‘汚れているだけ’なのだから。「え? なんで?」「……特別製なんだよ」 文姉のお得意様である「動かない古道具屋」が精魂込めて作ったこの服装には、咲夜さんから依頼された「動かない大図書館」が多様な魔法を施している。 防弾、防火、防刃、防水、対魔法、対物理、汚れない、そして何故か空気洗浄機能付き。 そんな頭おかしいんじゃないかと言いたいほどの細工が施されたこの服は、当然あのくらいの爆発じゃ傷つくはずもない。 製作に係わったパチュリーさん曰く、「アナタが粉々になっても服は完全な形で残るわよ」との事。 ……別に、僕を護ってくれるワケではないらしい。「これだけゴテゴテしてるのに動きも阻害しないから、外出用の服としては最適なんだよね……デザインはともかく」 実は、外出するくせにうっかり習慣で着ちゃっただけなんだけど。 そして着替えようとする前に、幽香さんから「今日はその服着て行くのよね」と笑顔で念押しされ引っ込みつかなくなったワケなんですよ、はい。 「……恵まれてるのか、哀れなのか分からない環境ね」「僕も幸せなのか不幸なのか良く分からないです」「ドッチヤネーン」 はっはっは……まさか人形に突っ込まれるとは思わなかった。「それにしても、特別製ね」「ほへ? な、なに?」「……これ、パチュリーの術式ね。あの面倒くさがりが他人のために働くなんて意外だけど」「咲夜さんから頼まれたらしいからね」「なるほど、あのメイド長の仕業か。……それに元々の素材もかなり良いわね。何だか霊夢の着てる服に似てる気もするけど」「えっと、アリス? あんまり見つめられても困るんだけど」「……晶」「な、なんでしょうか」 何か、マジマジと僕の服を見つめるアリスの目が怖いんですが。 具体的に言うと、スクープを前にした文姉みたいな、目の前に極上の餌を釣られたような―――「脱ぎなさい」「―――――はい?」 今、凄いオカシイ台詞が聞こえた気がする。 これはアレかな? 疲れからくる幻聴ってやつかな。 いやぁ、最近ちょっと働き過ぎたみたいだ。あははははー。「ほら、早く脱ぎなさいよっ! 脱がないなら私が脱がすわよっ!! むしろ脱がせる!!!」「は、はわわわわっ!? マジですかっ!?」「私は冗談なんて言わないわっ!!」「そこは冗談だと言ってほしかったですっ!」 アリスが僕のコルセットに手をかける。 危機感知センサーは最高潮。ただし、危険を告げるだけで何の解決策も教えてはくれなかった。「い、いやぁぁあああっ! ケダモノぉぉぉっ!!」「うるさい、黙ってなさい! 空にある雲でも数えていればそのうち終わるわよ!!」「きゃぁぁあああっ、助けて、たぁすぅけてぇぇぇぇえええっ!!」「ふんふん、ここの糸の形が防御を司る術の一つになってるわけね、ならこの下は」「下はや~め~てぇぇぇぇ」「ココカラサキハアールシテイダー」 その後あった事は、深く思い出したくない。 ただ、僕のトラウマに新たな一ページが刻まれたとだけ言っておこう。 ―――本日の教訓。魔法使いは基本研究熱心だから、迂闊に興味を引くような事を言うのは止めよう。