巻の二十三「立てば芍薬 座れば牡丹 歩く姿は百合の花」※CAUTION!! このSSでは、東方のキャラ達が少しおかしくはっちゃけております。 そこらへん注意して閲覧するかどうかを決めてください。 後、晶君は基本酷い目に遭う役目です。 僕が紅魔館で怪我の治療を初めてから、一週間が経過した。 とは言っても色々あって絶対安静を言い渡されていた僕には、あっという間に時間が過ぎていったという印象しかないんだけどね。 ……あー、でもそうだなぁ。 とりあえずもう、「文姉」と言う呼称に照れとか恥じらいとかは無くなったかな。 あの人、ほぼ毎日居座って世話焼くんだもん。 まぁ、アレは下の子が出来たばかりの一人っ子特有の一過性な甲斐甲斐しさだと思うから、あえて止めはしなかったけど。 一過性だよね? これからずっとあんな感じじゃないよね? ね? ――――閑話休題。 とにかく、この一週間治療に専念していた僕は、無事自由行動の許可を貰えるようになったワケです。 良かった良かった、おしまい。 ……そこで安寧に終わる事が出来れば、僕の人生もずっと楽になるんだろうけどなぁ。 あくまで「絶対」が取れただけで、安静には違いないのだ。 ただ、幽香さんの意向で動き回るようにしているだけの話で。 もっとも、僕としてもこれ以上引きこもるのは精神衛生上大変よろしくない。 タダ飯を食らい続けるのも、なにもしないで寝ているのも、小市民な僕には耐えられそうにないのだ。 と、言うわけで――「なにか、仕事もらえませんかね」 僕はメイドさんに、仕事を貰おうとお願いしに行ったわけです。 あ、紅魔館に泊まるに当たって、彼女とはちゃんと互いに自己紹介をしましたよ。 十六夜咲夜と名乗った紅魔館のメイド長さんは、驚いた事に普通の人間でした。 いや、どう考えても妖怪である美鈴より強そうなんですが。さすが、恐るべしは幻想郷の人間というべきか。 ……って、そうじゃないそうじゃない。今は、やれる仕事を探してるんだった。「………仕事、ですか」 僕の言葉に掃除中の咲夜さんが硬直する。 へ? 硬直? 何で今の言葉で、咲夜さんが固まったりするのさ。 ああ、一応客人である僕が、そんな事を言い出したりしたから驚いてるのか。 ……と言う事は、やっぱり断られるのかなぁ。「―――なるほど、つまりバイトがしたいと」「いや、別にお金が欲しいワケじゃ」 そんなに僕ってがめつく見えるのかな? 僕がそう答えると、再び咲夜さんが硬直した。 こ、今度は何だって言うんですか。 いきなり咲夜さんに黙られると、何か粗相をしたんじゃないかと不安になるじゃないですか。「そ、その、ただ寝泊まりさせてもらうだけじゃ悪いと思って」「そのような事を、思ってくださったのですか」「やっぱり……まずかったですかね?」「いえ、その心遣いに感激しておりました。感謝の気持ちを表すために頭を撫でて良いでしょうか」「は、はぁ、どうぞ」 そしてまた、咲夜さんは僕の頭を撫でてくる。 これもここに来てからほぼ毎日繰り返されている事柄だ。 何故かは分からないけれど、彼女は僕の頭を撫でる時幸せそうな雰囲気を纏っているので、僕もされるがままに撫でられている。 ちなみにこうやって子供扱いされているけれど、彼女と僕の年齢差は一年程度のものだ。 もちろん、僕が年下で。「あの、そろそろ話を進めて欲しいんですが」「………申し訳ありません。しばらくお待ちを」 今まで頭を撫でていた咲夜さんの姿が消えた。 この、突然メイドさんが現れたり消えたりする現象にもだいぶ慣れたものだ。 どういう理屈かは、未だに全然分からないけどね。「お待たせしました」「いえいえ、全然待ってないです」 居なくなった時と同じくらい唐突に、咲夜さんが戻ってきた。 その手に持っているのは……布?「これを」「はぁ」「この布で、あの壺を磨いてください」「はぁ」 言われるがまま、壺を擦る様に布で磨いていく。 おそらく何かのテストなんだろう。なにしろ、壺はほとんど汚れていないのだ。 ……けど、もう終わるよコレ? そんなに大きくないしさ。 これはあれかな。いろいろテストを重ねて適性を見ようとしているのかな。「えーっと、こんな感じでいいんですかね? 壺の磨き方なんて知らなかったんですが」「……割れてませんね」「はぁ、割れてませんが」 と言うか、布で壺を擦るだけでどう割るって言うのさ。 僕には軽く力を込めるだけで壺を粉砕できるほどの腕力はないですよ? 「―――素晴らしいです」「………はい?」「本来ならお客様に仕事を任せるわけにはいかないのですが、久遠様のような有能な方が手伝ってくださるのなら、断るわけには参りません」「いや、そんな大袈裟な」 壺を磨いただけでそこまで持ち上げられるとは思わなかった。 いったい何故、咲夜さんはこんなにも僕を評価しているんだろうか。 あまりに不自然な賛辞に、僕は思わず身体を堅くする――が。 彼女の背後を通り過ぎていくメイド服姿の妖精達を見て、賛辞の理由を把握してしまった。「ああ、確かに有能だよね。言う事ちゃんと聞くし」「…………お察しいただけましたか」 紅魔館に勤めるメイドは、咲夜さんを除いて全て妖精である。 何でも紅魔館の主であるレミリアさんが、幻想郷入りした際大量に雇ったらしい。 「貴族たるもの、多くの者を傅かせてこそ一流だ」とは彼女の弁だけど……張りぼての石垣に威厳もへったくれも無いと思うのは、僕だけだろうか。 ちなみにそういった経緯で紅魔館に居る妖精メイド達の実力は、「枯れ木も山のにぎわい」という言葉に真っ向から反抗するものだという事をあえて述べておく。 ……もちろん、さっき受けたテストをクリア出来るメイドはいない。少なくとも、僕の知る範囲では。「頑張ります。簡単な仕事しかできませんが」「いえ、それで充分です。……それより、久遠様」「な、なんでしょうか」 あれ? 今、咲夜さんの目が怪しく光ったような。 き、気のせいだよね。うん。「仮とは言え紅魔館で働くのなら、紅魔館のルールに従っていただきます」「う、うん」「ですので久遠様には、この衣装を着てもらいます」 また、どこからともなく物を取り出す咲夜さん。 今度取り出したのは、丁寧に折りたたまれた服だった。 なるほど、紅魔館で働くためのユニフォームなわけですか。何とか理解できますよ。 うん、分かる分かる。だけど……。「あのー、何でスカートとエプロンが僕の衣装に混ぜられているんでしょうかね?」 畳まれた服からは、黒いプリーツスカートと白いフリフリ付きエプロンが覗いて見える。 どう考えても男性用の衣装とは思えない。 後、幾つか用途不明のパーツも見えるんですが。ぶっちゃけ嫌な予感しかしません。「何故と言われましても……これが、紅魔館で働く正規の衣装だからですが」「いや、明らかに違いますよね。これ、どう見ても咲夜さんや妖精メイドの衣装と違いますよね」「気のせいです」 言いきった! どう見ても違うのに、真顔で言い切った! いや、問題はそこだけじゃないしっ! 「ソレ以前に、僕は男なんですよ!」「はい、知っていますが」「承知の上で!?」「きっと久遠様に似合います。それだけで何の問題もなくなるでしょう?」「むしろ増えるよ! 色々問題が増えまくりだよ!!」 どうしよう。そりゃ、無駄飯食らい続けるのは嫌だとは言ったけどさ。 まさかこんな試練が待ち構えていようとは。 テストはさっき終了したんじゃないですか咲夜さん。「そこまでですっ!!!」「文姉!?」 これまた突然現れたのは、最近僕の姉となった射命丸文さんだ。 どこでこの騒ぎを察知したのか、鴉天狗の情報収集能力は本当に侮れない。 とはいえ、ありがたい助けが現れたのも事実だ。 とりあえず文姉から、男用衣装を用意してもらえるように口添えしてもらおう。「あの文姉、実は……」「ふっ、みなまで言わずとも分かっています」「え?」「咲夜さん! この私を抜きにして、『晶さん専用メイド服(Ver1.0)』の試着をしようとは言語道断です!!」「ええぇぇぇぇぇぇぇぇぇえええええええええええっ!?」 味方だと思ったらそうじゃなかったー!?「ふふっ、そうね。貴女と共にデザインしたこの衣装。着せる時は二人一緒の時に、という約束だったわね」「まったく、危うく晶さんのナイスショットを取り逃すところだったではありませんか」「……焼き増しは」「お任せくださいっ」 うわぁ、どう扱えと言うのですかこのやりとり。 色々衝撃的過ぎて口を挟めないんですが、敵が増えたと把握してよろしいのでしょうか。「さぁ、そういうワケで早速着替えましょうかね、晶さん」「え、あ、う?」「なんとこのメイド服、実はこっそりお揃いなんですよ、お揃い」 確かに、黒いプリーツスカートと白いワイシャツは彼女の服と同じデザインをしている。 ワザワザ僕に着せるため、同じものを用意したのだろうか。 ……泣いていいですか。「ちなみに、私のお古です」 その告白を僕にどう扱えと言うんですか。 顔を赤らめるその姿は大変可愛らしいのですが、内容は色んな意味で笑えません。「……だけど晶さん、私より腰が細かったんですね。おかげでそのまま着る事ができませんでしたよ」「ええっ? いつのまに図ったの!?」「以前、汗を拭くときに軽く図らせていただきました」 軽く図らせてもらったって、全然そんな素振り見せなかったじゃん咲夜さん!? その無駄に凄い能力をなんて事に使ってるのさアナタは。 ……あと、僕を介抱している時点ですでに出来上がっていたんですか、このオカシナ同盟。「そういうワケですので、腰はこちらのコルセットで固定してください」「ううっ、少女としてはちょっと悔しいです」 僕は、悔しいというより切ないです。 まさかコルセットまで薦められるとは思いもしなかった。 生まれて初めての体験ですよ。そして、一生したくなかった経験でもあります。 ……この上でさらに、メイド服を着るという恥辱を重ねろと言うのですか、二人とも。「まぁ、それはそれでアリなので涙を呑んで見逃します」「良かったですね、久遠様。さぁ、着替えましょうか」 すいません。何が「良かった」なのか、今の僕には何一つ理解できません。 途方に暮れてしまった僕は、咲夜さんが渡してきた衣装をうっかり受け取ってしまった。 こうなってしまうと、逃げだす事も難しくなってくる。 そしてそんな僕に期待の目を向ける文姉と、無表情ながらも楽しそうなオーラを放ちまくっている咲夜さん。 ――――この時、僕は本能で理解してしまった。 ああ、僕はもう拒否する事ができないのだと。「……着替えてきます」「え、ここで着替えていいんですよ?」「何ひとつ問題ありません」 いや、本気で勘弁してください。 そろそろ僕の中にある大切な何かが、音を立てて砕けそうです。 「着替えてきました……」 近くの部屋に逃げ込み、与えられた服に着替えた僕のテンションは最低でした。 思った以上に酷い。これは酷い。 例えばあの用途不明のパーツ。これはなんと、二の腕の部分で固定する追加袖でした。 ……いや、何の意味も無いでしょうコレ。ただ邪魔になるだけじゃん。 フリフリエプロンや黒いコルセットと相まって、完全に服の原型消えてるよ。まぁ、残ってても何の救いにもならないけどさ。 頭巾も無く、歯のついた靴も編上げブーツに差し替えられたこの服は、もう完全に文姉の服とは別物になっていた。 改めて呼称するならば、「脇メイド服」とでも言うべきだろうか。……いや、やっぱ止めとこう、名付けるとさらに心が痛い。 せめてもの情けがあるとすれば、それはスカートの下がドロワーズでなくスパッツになっているという事くらいだ。 ……情、け? いやうん、情けだ。情けじゃ無いと泣く。 とにかく、そうやって二人の望み通りの恰好をした僕に対し、当人達の反応はと言うと―――「うーん、これはこれで良いんですが」「何か物足りませんね」 暴れたくなるような冷めたモノだった。 もう本気で暴れるぞ。そしてトイレでひっそりと泣くぞ、オイ。「色んな尊厳を失ってまで着たのに……」「いえ、似合っているんですよ? 似合っているんですが……」「画竜点睛を欠く、とはこの事を指すのでしょうか」 この人達は自分らがどれだけ好き勝手な事を言ってるのか、分かっているのだろうか。 「ふんっ、情けないな」「お嬢様!」「レミリアさん!」「……また増えたよ」 唐突に―――もう出現手段とかどうでもいいや、レミリアさんです。 必要以上にカリスマをばら撒いて現れた紅魔館の主は、もう最初っから頼れそうになかった。「見せてやろう、貴様らに足りないものを!」 そういって僕の背後に回ったレミリアさんが、髪の毛を一房握る。 短めの髪を髪留めで無理やりポニーテールにした瞬間、二人の表情が変わった。 ……怖いです、主に目が。「ちょ、ちょんまげポニー!? 短い晶さんの髪を、あえてその結い方にっ」「しかも、髪留めでもみあげの位置を調節する事でアホ毛まで!?」「くっくっくっ。服と人、両者を歩み寄らせてこそ調和が取れるというものさ」「さすがです、お嬢様! サイコーです、おぜうさまっ!!」「今こそ言いきれます、レミリアさんはカリスマですっ!」 吸血鬼を称えながら僕の写真を――主に斜め下から――撮りまくる文姉。 鼻血を垂らしつつ、涙を流しながら主人に拍手を送る咲夜さん。 そして、胸を張って自らの功績を自慢するレミリアさん。 ―――ああそうか、ここは現実じゃないのか。 そんな直視しがたい光景の中で、僕はそんな結論を出したのだった。 僕の中で崩壊していく色んなモノの音を聞きながら、そうやって遠い世界に思いをはせてみる。 ……だけど、世の中というヤツはとことん僕に優しく出来ていなかったらしい。 呆然と留まっていた僕達の前に、この日最強最後の災厄が現れたのでした。「あら、楽しそうな事をやっているわね」 今日だけは、彼女をこの名称で呼ばせていただこう。 ―――アルティメットサディスティッククリーチャーが来ちゃったぁー!?「ニュー晶さんのお目見え式です!」「へぇ……そうなの」 ああっ、とても楽しそうな笑顔が、笑顔が。 全方位を囲まれて逃げられない僕に、いじめっ子スマイルを固定させた幽香さんが近づいてくる。 ……もう、鳴らなくていいよ。僕の脳内の災難察知レーダー。 はっきり分かった。 今日の僕は、天中殺真っただ中だ。「―――――なら、これから晶の服はずっとそれでいきましょうか」 こうして、幻想郷に『脇メイド(♂)』という禁忌の存在が生まれてしまったのでした。 ……誰か夢だと言ってください。「青い空に白い雲、とっても綺麗に流れていますねぇー。……今日は、気持ちよく眠れそうです」「………掃除にきました」「うひゃひゃうっ!? ね、寝ませんよ! 言ってみただけですよ!」「………そうですか」「あれ、咲夜さんじゃない? 貴女、新入りの子ですか?」「しくしく」「え゛っ!? ひょ、ひょっとして晶さんですか?」「しくしくしくしくしくしくしくしく」「な、何があったんですか?」「しくしくしくしくしくしくしくしくしくしくしくしくしくしくしく」「…………一緒にお茶でも飲みますか」「………ありがと。美鈴だけだよ、そう言ってくれるのは」「晶さんも大変ですねぇ……」「ううっ、しくしく」おまけ晶君新規衣装設定画(修正に伴いリンクが張れなくなりました、絵はピクシブの天晶花らくがきに入ってます)