巻の十七「無用の用」 河城にとり様、河童の川鍋美味しゆうございました。 河城にとり様、特製河童巻き美味しゆうございました。 河城にとり様、胡瓜増し増し冷や汁美味しゆうございました。 ……胡瓜尽くしとはこの事か。 まぁ、実際美味しかったから良いんだけどね。 幻想郷で食べた、最後の料理になるかもしれないワケだしさっ!「で、氷精に負けた言い訳は無いのかしら?」「……ありません」 どうも、死亡フラグだらけの地雷原を全力疾走している晶君です。 現在絶賛正座中……というか強制着座中でございます。 いやー、知らなかった。 幽香さんの【花を操る程度の能力】って、こんな使い道も出来たんだね。 植物の拘束具とか、漫画でしか見たこと無かったよ。 でもこれ、膝の上に石畳置いたら普通に拷問になりますよね? ……手足を蔦で絡める以上の事をしてこないのは、せめてもの情けなのか。「ほら、現実逃避しないの」 幽香さんが優しく僕の態度を諌めるのに合わせ、足に絡まっていた蔦の蕾が花開く。 それ自体は、身じろぎすれば簡単に散ってしまうただの花でしかない。 だけど、それを本当に散らしてしまった時、僕の命も散る。 明言されてはいないけど、幽香さんの眼はそう告げている気がした。 「あれだけ綺麗に凍らされておきながら、弁解の一つも出てこないのかしら」「弁解したら、怒るんでしょう?」「何も言わなくても怒るわよ」 理不尽だ。いや、一応幽香さんは僕の師匠っぽい立場にいるんだから、理不尽ではないのかな? でも僕としてはやっぱり理不尽だ。 ムカデの変化を倒した僕は、何故かチルノに凍らされた。 その後、射命丸さんに発見された僕は、太陽の畑まで輸送、解凍され今の状態に至ったというわけだ。 射命丸さん? 今僕の後ろで冷やかな視線を送っていますよ。 あえて視線の意味を翻訳するとしたら、「またこの人は安易に命を危険に晒して……」といった所だろうか。 ……色々と迂闊でごめんなさい。「仕方なかったんです。あの時は「フリーズ・ワイバーン」を使ったせいで、弾幕を避ける余力も無くて」「あんな変化相手に余力無くすくらい苦戦しないでください」「う、うぐぅ」 僕の弁解は、あっさり射命丸さんに論破されてしまいました。 なんでも射命丸さん、そして話を聞いた幽香さん曰く、あのムカデの変化は妖怪としてはむしろ弱い部類に入るようで。 ……数百年程度の変化って、幻想郷じゃあ「思春期入ったガキンチョ」レベルの扱いでしかないんだそうです。 見た目コワモテだから、思わず不意打ちで最強必殺技を叩きこんでしまったけど……普通に戦ってればよかったかなぁ。「そう意地の悪い事を言うものじゃないわよ、文。結果がどうあれ、晶の判断自体は正しかったわ」「貴方に意地が悪いと言われるのはだいぶ不本意ですが……どうやら、幽香さんの見解は私とは違うようですね」「そうね。相手は幻想郷のルールも知らない無法者、早めにケリをつけようとした晶の行動自体は間違っていなかったと思っているわ」「そう言われると……確かに」「問題なのは、晶のスペルカードよ」「ぼ、僕の「フリーズ・ワイバーン」が問題なんですか?」「一発放っただけで戦闘不可能になるようなスペルカードよ? いつかこういう事になるのは目に見えていたわ」「はわわ……」 確かに、「フリーズ・ワイバーン」による体力の消費は尋常でない。 何せまったく疲れていなかった僕が、足腰立たなくなるくらい疲労したんだ。 幽香さんの言うとおり、こういう事態に陥るのは時間の問題だったのかもしれない。「氷精に感謝した方がいいわよ? 何しろ貴方のスペルカードの欠点を教えてもらったんだもの」「そうですねぇ。弾幕ごっこは連戦する事も考えられますから、使えば即座にゲームオーバーになるスペルカードは色々と問題がありますよね」「一撃必殺というわけでもない所がさらに問題よ。氷結の特性を持っている点は評価できるけど、ね」「そもそも、最初に使った時点で幽香さんに破られているわけですし。そう考えてみると切り札としての価値も……」「あの、もう勘弁していただけませんでしょうか」 二人にそうやって淡々とダメ出しされると、心が折れそうになるんですが。 喧嘩しなくなった途端、ありえないほど仲良くなってませんか二人とも。 意外と、相性いいのかなぁこの二人。「仲は良くないわね」「むしろ最悪ですよ?」 揃って心を読まないでください。 後、それはそれで切ないです。「そ、それにしても、「フリーズ・ワイバーン」がこんなに使いにくいとは思わなかったですねっ」「違うわよ? そのスペルカードが使えないんじゃなくて、貴方が使いこなせていないだけよ。あと、その誤魔化し方無理があるわ」「そうですね。結局、久遠さん自身が貧弱すぎる事が問題なんですから。それと、その話題の振り方はどうかと思います」「……別に、仲悪くないじゃん」 泣けてくる。別に悪意があって言ってるわけじゃないのが余計に。「とりあえず、晶」「はい?」「そのスペルカードは使用禁止よ。欠点が克服されるまで使わないこと」「やっぱそうなりますか……」「そりゃなるでしょう。これ以上、久遠さんに自爆要素を追加するわけにはいきませんよ」「え? そんなに言うほど自爆要素多いの、僕?」「むしろ自爆体質の体現者ですね」「体現者!?」 射命丸さんの中で、僕はどういう人間にされているんだろうか。 ……あながち、否定しきれないのが辛い。「でも、アレが一番威力のあるスペルカードだからなぁ……禁止されるのはちょっと」「確かにある意味必殺技ですよね。自分を、と頭に付いてしまう所が問題ですが」「あはははは―――おっしゃる通りです」「………そうねぇ。打たれ弱いのも、決定打に欠けるのも問題よね」 幽香さんが、ボソリと呟いた。 まるで、悪戯を思いついた子供のような笑顔で。 いや、子供というには少々……あの、その邪悪な微笑みはなんですか幽香さん。 彼女は満面のように見えなくもない笑みを浮かべ、僕の首輪を掴む。 頭の中で警鐘が鳴りまくっているのは、きっと気のせいじゃ無い。「あの……幽香さん?」「さ、晶。散歩に行くわよ」 ―――その散歩とやらは、デスマーチと何が違うのでしょうか。 「見えてきたわね」「久遠さーん、見えてきましたよー」「…………うぐぅ」 幽香さんの言う「散歩」は、今のところ本当に普通の散歩だった。 ただし、僕の扱いを除いての話だけど。 幽香さん、首輪に縄をつけて引っ張るのは、外の世界じゃペットの散歩でする事です。 ……ああそうか、だからなのか。「憔悴しきってますねー」「そう思うなら、この状況を何とかしてください」「すいません。その、彼女とは相互不干渉を誓い合ってまして」「ううっ、これくらい干渉しても罰は当たらないと思うんですが」「似合ってますよ?」「それが本音か」 今分かった。僕に味方はいない。 二足で移動させる程度の尊厳は残してくれていますが、むしろ中途半端に残ってる分余計恥ずかしいんです。 いや、一気に尊厳を取り除いてくれと言ってるわけじゃありませんよ? ただ縄をつけて引っ張りまわすのを勘弁して欲しいんです。首輪はもう諦めましたから。 おかげで今の僕には、いちいち周囲を気にしている余裕も無いんですよ。「ところで、なにが見えてきたの?」「はぁ……本当に余裕がないんですね。目的地ですよ、目的地」「え? この散歩って目的地があるの?」「それはありますよ。歩き回る為に出かけたわけじゃありませんからね」「それもそうか」 どうも、思っていた以上に僕は憔悴していたらしい。 散歩に至る経緯を考えれば、目的地がある事は十分考えられたというのに。 さて、どこに連れてこられたのだろうか。 それを確認するために、僕は下げっぱなしだった顔を前に向けた。 「うわ! 何アレ!?」「あー、やっぱりそういう感想になりますよね」 幻想郷に似つかわしくない整った道の先には、大きな洋館が存在していた。 それだけなら、外の世界の避暑地みたいな光景だなぁ。と珍しがるだけで終わっていただろう。 けどそれは、屋敷の外観が普通だった時の話だ。 「……真っ赤だ」 そう、その洋館は屋根から壁にいたるまで全て深紅に染まっていた。 もう悪趣味とかそういうレベルをとっくに通り越して、芸術の域にまで辿りついている光景だ。 そしてその芸術は、当然僕には理解できない。 しかも窓が全然無いし。どういう間取りしてるんだろう、この屋敷。「ここは『紅魔館』、趣味の悪い吸血鬼の根城よ。この散歩の目的地でもあるわね」「……すいません。片っぱしから不吉な単語が入りまくっているような気がするんですが」「その予感は気のせいじゃありませんから、気をつけた方がいいですよ。いろいろと」 あー、やっぱりそうなんだ。 とりあえず、幻想郷には吸血鬼さえいる事にビックリしておこう。 アリスの時にも思ったけど、本気で節操無いよね幻想郷。 しかも、そんな妖怪の住み家が目的地ってどういうことですか? 僕が足を踏み入れるだけで死亡フラグになりそうな所に、目的を置いてほしくないんですが。「話は終わった? なら、先に進むわよ」「あの……幽香さん。つかぬ事お尋ねしますが、吸血鬼の根城で何をする気なんですかね?」「あら、私は何もしないわよ」「あ、そうなんですか」 良かった。幽香さんの事だから、てっきり何か無茶苦茶な事をするのかと。 そうだよねぇ。いくら幽香さんでも、いきなり吸血鬼の根城に殴り込むなんて事は。「貴方が、紅魔館に真正面から突撃をしかけるのよ」「―――正直、そうじゃないかと思ってました」 けど、その提案は攻撃的過ぎじゃないでしょうか。 確かに強くなりたいとは思ってますが、僕の基本姿勢は専守防衛ですよ? というか死ぬて。今度こそ間違いなく死にますて。「すいません幽香さん。出来れば、そういう後々遺恨が残りそうな散歩は勘弁願いたいのですが……」「ふふっ、そのあたりの問題なら大丈夫よ。あの我儘な吸血鬼はきっと、菓子折を持って挨拶に行くより喜んでくれるわ」「そ、それはいくらなんでもありえないのでは」 この人、嘘はつかないけど自分の中の常識で物事を語る時が結構あるんだよなぁ。 確かに幽香さんはそういう『挨拶』の方が好きなんだろうけど。 あの屋敷の主である吸血鬼まで、そういう嗜好があるとは限らないんじゃ。 とりあえず、確認の意味を込めて射命丸さんに視線を向けてみる。 彼女は僕と目を合わせると、苦笑しながら頷いた。 ……つまり、マジなんですか。 幻想郷の妖怪は、強くなればなるほどバトルジャンキーになる傾向があるとかないよね。 ない、よね?「少なくとも、何かしらの縁は出来るわよ。良かったじゃない」「未来の皮算用を喜ぶ前に、今の命を大切にさせて欲しいんですが」 「――頑張りなさい」「イエッサー!」 直立不動で敬礼し、僕は反論する事を諦めた。 うん、情けないのは分かっているからヘタレって言うな。 今の命を大切にした結果がこれなんだよ! 目に冷たい光が宿ってたんだよ!!「応援する事しかできませんが……頑張ってください、久遠さん」「うぐぅ、その一言だけで救われます」 けど、応援の内容は幽香さんとおんなじだよね。などと思ってしまう捻くれた僕。 自分の死を予期し、心がささくれだっているわけではない。断じてない。「ほら、入口が見えてきたわよ。いつまでも私の後ろに隠れているんじゃないの」「ぐぇっ」 幽香さんに縄を引っ張られ、先頭に押し出される。 ここからは僕一人で行けという事なんだろう。二人はその場で立ち止まり、幽香さんは僕の縄をほどいてくれた。 ……覚悟、決めるしかないよなぁ。 両頬を叩きながら、僕は紅い屋敷と相対する。 洋館を囲っている鋼鉄の柵の入口が、目と鼻の先に存在していた。 ここから、堂々と入っていかなきゃいけないんだよね。「…………あの、度々すいません」「今度は何かしら?」「あそこに佇んでいる門番と思しき方とは……」「当然、戦うのよ」「ううっ、やっぱりそうですか」 実は先ほどから門の前にずっと、一人の女性が佇んでいたのだ。 人民服とチャイナ服を合わせたような中華風の衣装に、艶やかな赤い長髪を持つ長身の美女。 こちらに見向きもせず悠然と佇んでいる彼女から、僕はこの屋敷の守護神と評するに相応しい威厳を感じとっている。 はっきり言って超強そう。まだ吸血鬼の顔すら見ていないと言うのに、この絶望感は何なんだろうか。 「久遠さーん、何やってるんですかー?」「ちょ、ちょっと待って! まだ覚悟が決まってなくて」 今までと違って自発的に喧嘩を売るせいか、どうにも覚悟が決まらない。 せめて相手が反応してくれれば、その場の勢いでどうにか戦えると思うんですが。 ……不法侵入の意図を露骨に示しているというのに、ウンともスンとも言わないのはどういうわけなんでしょうか。 相手にもされてないって事? それはそれでショックだなぁ。 それとも、僕の背後に控えている幽香さん達を警戒しているのだろうか。「そうなんですか。なら、覚悟が決まってからで構いませんから、相手を起こしてあげてくださいよ?」 「……へ?」「ふふっ、寝ている相手に右往左往する晶もなかなか面白かったわね」 二人の言葉を受け、改めて目の前の女性の様子を確かめる。 穏やかで定期的な呼吸、かすかに前後する頭、あと鼻ちょうちん。 どう見ても寝てます。本当にありがとうございました。 こんな油断しまくった姿に脅威を感じていたとは……これが噂に聞く、石橋を叩きまくって壊すというヤツか。「いえ、ただ久遠さんがビビっていただけでしょう」 「臆病と慎重過ぎる事は完全に別物よ?」 だから、心を読むのと二人がかりでチクチク痛いところを突っつくのは止めてくださいってば。 そのうち泣きますよ? もう半泣きだけど、さらに全泣きを追加して五割増しの勢いでマジ泣きしちゃいますよ? うん、まぁ泣くだけなんですけどね。「……ごほん」 軽く咳ばらいして、気を取り直す。 何はともあれ、相手が寝ていると分かった事は僥倖だ。 卑怯だと言われようと相手の隙をつくのは勝利の鉄則なのだから、存分にこの優勢を利用させてもらおう。 僕は悪党ちっくな笑みを浮かべ、幽香さんに問いかけた。 「――――作戦タイムを申請しますっ!!」「却下よ」 せ、せこいとか言わないでよ! こっちも生き残るために必死なんですよっ!!