巻の一「百聞は一見に如かず」 人の手が一切入っていない、自然の力だけで構成された原生林。 その奔放な美しさに、色んな感想を抱かないこともないけど……はっきりいってそれどころじゃないです。「まぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁてぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」「誰が待つかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」 どうもこんにちは。僕、久遠 晶。 幻想郷に憧れ、幻想郷を旅する事を夢見て、ついに幻想郷まで辿り着いた学者志望の一般人です。 では、さようなら。「たぁすぅけぇてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」 なに? 唐突過ぎる? 狙い過ぎだ? ――――うるさい、僕は今人生最大の危機を迎えてるの! 野次や茶々なら他のヤツ相手に入れてくださいこの野郎。「止まらないなら……こうだっ!!!」 ―――――――――――――――――――――――――――――氷符「アイシクルフォール」「わひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!?」 後方から迫ってくる、青い洋服を着る〝氷の羽を生やした〝少女が何かを叫んだ。 次の瞬間、無数の氷柱がまるで散弾のようにばら撒かれる。 あるものは森の木々を突き破り、あるものは僕の脇腹の少し隣を通過し、その威力の高さと殺傷性を誇示してきた。 ……凄い。これが、幻想郷の住人達が持っているという「能力」なのだろうか。 命の危機にあるというのに、初めて間近でみる他人の能力に僕は目を奪われ―――「あたれぇ!!」 頬を掠めた氷の弾丸のおかげで、奪われた目を取り戻せました。 つーか、ごめんごめんごめん、ウソウソウソウソ!! 冷静に見物している暇なんて全然ないから。 氷弾の命中率が低いのがせめてもの救いだけど、なんかジワジワといたぶられているだけって気もする。 こう、猫がネズミを弄り殺す、的な。「ふふーん!! 思い知った!? あたいってばさいきょーなのよ!!」「分かってるよ! さんざん聞いたよ!! だからもう勘弁してよぉぉぉ!!!」 まったくもって分からない。どうして僕は彼女に追い回されているのだろう。 別に彼女の気に障る発言をしたってわけじゃないはず。 そもそも幻想郷に来たばかりの僕が、初めて遭遇した彼女の機嫌をどうやって損ねるっていうんだ。 初顔合わせ後、僅か数分で相手を激怒させるほど反社会的な生き方なんてしてないってば。「えへへー。さいきょーだぁ」「―――な、なぜ笑顔」 幸せそうなのは結構ですが、その呼称を最初に口にしたのはあなたですよね?「ううっ、何でこんな事に……」 彼女―――『氷の妖精』チルノは、何でも「幻想郷最強の妖精」なんだそーな。 本人の自称だったけど、彼女の驚異的な能力――【冷気を操る程度の能力】――は、その言葉を信じさせるには充分すぎるほどの説得力を持っていたわけで。 幻想郷を訪れて早々、最強クラスの人物(?)に会えた事で、僕のテンションは一気に最高潮に。 そのまま、幻想郷調査の一環としてチルノに話を聞き続け――― なんでか、チルノと「弾幕ごっこ」をするはめになった、というわけだ。「……何もかもがさっぱり理解できない」 実を言うと、チルノが口にした「弾幕ごっこ」という遊びも良く分からない。 何でも「スぺルカード」を使って撃ったり撃たれたりするゲーム、ということなんだけど……。 えらく抽象的かついい加減なチルノの説明では、なーんにも分かりませんでしたともさ。 恐らくは僕が仕入れた情報以降に出来た、幻想郷独自のルールではないかと――――「スキ焼きぃぃぃぃぃぃ!!」「それを言うなら隙ありだからぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」 悪寒を感じて咄嗟に飛び上がると、さっきまで僕がいた地点にぶっとい氷の塊が。 ……ほどよいスピードといい、透けて見えるほど透明な氷の純度といい、やる気満々な一品ですね。 つーか、いつの間にヘブン状態から復帰したんですか、チルノさん。 せめて蘊蓄シーンぐらいは最後まで喋らせてくださいな。「さいきょーのあたいの弾幕を避けきるなんて……アンタもやるわね!!」「いや、運よく外れてるだけだから。そろそろ勘弁してくれない? チルノの最強っぷりはよーく分かったってば」「…………さいきょー……へへへー」 おいコラ、なにがそんなに嬉しいのさアンタ。 爺ちゃん………幻想郷は、話に聞いてた以上のカオスだったよ。「こんな事で、僕の夢が叶えられるのかなぁ……」 思い返す。僕が幻想郷に憧れるようになった、その切欠を。 すべての「はじまり」は、祖父から聞かされたあるお伽噺だった―――「ススキノハラー!!」「最早わざといってるとしか思えないよソレ!!?」 そして、回想シーン中の人間に攻撃を仕掛けてくるとは、何と言う外道。 これから祖父による幻想郷語りとか、僕が幻想郷を目指すきっかけとなる最大の事件とかがあったりするんだけどなぁ……。 最強の妖精さんは、僕の過去話なんて心底どうでもいいらしい。 つーか、そろそろ僕死ぬよ? 何かしらの要因で確実に死ぬよ?「そ、そろそろ本気で許してよ! もう充分だから! とにかくやめようじゃないか!!」「何言ってるのよ、あたいのさいきょーっぷりはまだまだこれからよ!! 辛いんだったらアンタも反撃すればいいんだわ!」 ―――ああなるほど、生かして返す気はないんですね。 僕はいったい、彼女にどんな無礼を働いてしまったのだろうか。 やたらと興奮して、「すごい! 最強マジすごい!」とか言いながら子供みたいにはしゃいだのがいけなかった? それとも、チルノの能力を思いつく限りの言葉でべた褒めしたから? 本人ずっと喜んでたから、ありきたりな美辞麗句を並べても問題はないと思ったのになぁ。「さぁ、いっくよー!」 ―――――――――――――――――――――――――――――雪符「ダイアモンドブリザード」「む、無理無理無理無理ー!?!?」 ああ、終わった。さよなら僕の人生――――「い、いや、諦めるのはまだ早い! 反撃許可は貰ったんだ。とにかく、出来うる限り相手の攻撃を相殺してやればいい!」 こんなところで死んだら、爺ちゃんと「あの人」に申し訳が立たない。 初めて使う能力だけど……相手が使うところは何度も見たんだ!(・・・・・・・・・・・・・・・・) 問題無い!!「ええと確かぁ………………ひょ、氷符!」 ―――――――――――――――――――――――――――――模倣「アイシクルフォール(Easy)」「へ――?」 まさかの反撃でチルノの反応が遅れた。―――いける! 先ほど僕を襲ったのとまったく同じ氷弾が、今度はチルノ自身に向かって放たれる。 幻想郷を目指そうと決めた時に、『あの人』が教えてくれた僕の能力。 【相手の力を写し取る程度の能力】 ……使うのに面倒くさい条件が幾つもある上に、外の世界じゃまず使えない力だったから出来るか不安だったけど、どうやら問題無く発動できたようだ。 よし、これで何とか――――「…………………………あ、れ?」「……? 何それ」 放たれた氷弾達は、綺麗に真正面のチルノを避けてあさっての方向へ飛んでいきました。 ――――――――あるぇ~? おかしい。確かに彼女の【冷気を操る程度の能力】はコピーしたはずだ。 攻撃手段も彼女から借りたモノだから問題ないはずなのに。 ……やっぱり、「スペルカード」の存在を分かってなかったのはまずかったか。 僕の能力は写し取る対象の能力を、僕自身きちんと理解していないと使えないからなぁ。 うう、ぶっつけ本番で使うのはさすがに無理があったかも。 次からは気をつけないと――――「なんだかわからないけど、氷の扱いがまだまだね!!」 ――――そういえば、ここでミスったら次が無いんでした。 チルノの「ダイアモンドブリザード」は、放たれるのを今か今かと待ちわびている。 断言してもいい。僕があれを避けるの不可能だろう。 ……だって、待機状態ですでに皮膚が引きつるほどに気温が下がってるんだもん。 絶対さっきの「アイシクルフォール」よりヤバい技だって! そんなの対抗できるわけないじゃん!! ざんねん わたしのぼうけんは おわってしまった! とか言ってる場合じゃねー!?「さぁ、あたいの氷お裁きを見て、存分に反省するといいわ!!!」「 (声にならない悲鳴)」 動けない身体。恐怖から、とっさに目をつぶる。 走馬灯の方はダイジェスト版でお送りしております。 放たれる氷の散弾。迫る冷気が頬を撫でる。 氷の塊にドつかれて死んでも凍死にはならないんだよなぁ。 巻き起こる疾風。凄まじい加速度が体を襲う。 知ってるか。冷気はある一定の温度を下回ると、暑くて痛くなるんだぜ。 ………ははは、死ぬ間際にまで余計な事を考え続けている僕は、死んでいいと思うよ。「まぁ、今から死ぬんだけどさ」 それでも自虐ネタしか出てこない自分に思わず溜息が出る。 こんな僕がよくもまぁ、あの「幻想郷」にまでやってこれたもんだよ。 最後の最後で諦観の境地に至った僕は、目を閉じたまま幻想郷を訪れた時の事を思い返していた。 僕が幻想郷に憧れるようになったのは、十年くらい前の事。 けど、幻想郷が「実在」することを知ったのは、ほんの数年前の話だ。 経緯は省くけど、そこから僕は幻想郷を探し出すためにそれはもう東奔西走、情報を求めて動き回った。 結果、かなり有力な幻想郷の話を仕入れた僕は、「博麗神社」に向かい――― その途中で、ついに幻想郷へと足を踏み入れたのだった。 ………あーうん。重要な部分が吹っ飛んでいることくらいは僕もわかっているから。 でも実はここらへんあたりの記憶、結構あいまいで上手く思い出すのが難しくなっているんだよ。 はっきりしているのは、気づいたら幻想郷に足を踏み込んでいた。ということだけ。 さすが幻想郷、入る方法も謎に包まれている。 や、そんなワクワクしているほど呑気な状況でもないんだけどさ。 何しろこの世界、幻想郷でいうところの「外の世界」から隔離された場所に存在しているようなのだ。 その理屈や理由は今のところ不明だけど、現状僕は元の世界に戻れなくなってしまっている。 ――――そりゃ、文献を元に探しても見つからないはずだよ。 別の世界に存在しているなんて、例え想像はしても本気にする人間はいないだろう。 そういう意味では、僕は幸運な人間だったのかもしれない。 あのまま「博麗神社」に向かったとしても、きっと綺麗に空振りしてがっくり肩を落としながらお家に帰ってただけだったろうしなぁ。 そろそろ財布の中身もヤバかったし。 ――――そしてまぁ、現在ここが幻想郷だと確信した要因の手によって始末されそうになっているわけなんですが。 ああ、せめてもう少し幻想郷の事を知りたかった。 妖精以外にも、妖怪とか幽霊とかの話を是非――――― ……んー、それにしてもずいぶんと着弾に時間がかかってない? 三十分アニメとかだと、振り返るだけで時間使いきるような回想シーンだったのに………引き伸ばし展開前提だけど。 いつのまにか冷気もどっかに行ってるし。 なんか、足下もおぼつかないし。 ―――これはつまるところ、すでにゲームオーバー済だと考えていいのでしょうか。「さすが幻想郷最強。息の根を止める時も一瞬とは……」「何を言ってるんですか、あなた」「うぅ、じいちゃん、おねーさま。先立つ不孝をお許しください。……あ、じいちゃんは死んでたっけ」「もしもーし? いつまでも現実逃避してないでこっちを見てくださーい」 あれ? ひょっとして僕、生きてる?「あやややや、さっきの弾幕ならもうとっくに振り切りましたよ。ですからいい加減こっちを向いてください」 そういえば最後の一瞬、何かに連れていかれるような感覚があったよーな。 だ、大丈夫カナ? 僕は恐る恐る目を開ける。すると、目の前には絵に描いたような美少女が。 ただし、背中に翼付き。………あれ?「ええっと、貴方は」「あやややや、どうもはじめまして。清く正しい射命丸です。幻想郷ではブン屋を営んでおります」「ど、どうもご丁寧に。クールでイナセな久遠くんです。幻想郷の外から来た、学者志望の学生です」「…………意外と余裕ありますね。妖精に弾幕浴びせられていた時には、あんだけ大慌てしていたというのに」「はい。なんか驚き度が規定値を超えたみたいで、逆に冷静になれました」 具体的に言うと射命丸さんとやらの姿を目視で確認したあたりからなんだけど、それを言うのは凄く失礼な気がするので黙っておく。 今ここでうっかりそれを口にしたら手を離されそうだ。「久遠さん、何か変な事考えませんでした?」「い、いえいえ! 単に空を飛ぶ感覚ってこんななのかぁーと思ってただけでして」「……まぁ、そういう事にしておきましょう」「ほっ……」 良かったぁ。見逃してもらえたようだ。 安堵からほっと一息ついて、僕はちらりと下を向く。 ……うん、やっぱりしっかり空を飛んでますね。 誤魔化すつもりでうっかり逃避していた別の事実と向き合ってしまったお間抜けな僕。ああ、足もとがすーすーします。 しかもけっこー高い。視界の向こう側に見える高いお山とタメ張れる高度だ。 さっきから感じていたこのおぼつかなさは、射命丸さんに吊られてたからだったんだね。 ―――良かった、驚き度が規定値超えてて。 おかげで射命丸さんが呆れるほどに取り乱さなくてすんだよ。「で、久遠さん。さっきから手が震えまくっているんですが、怖いんですか?」「あはははははは、武者震いです」「そうですか。何に対してかは聞かないであげますよ」 それはありがたい。答えようがないからね。 どんだけ落ち着こうとしても、手の震えは一切止まらない。 ……まぁ、恐怖度の規定値にはまだまだ余裕があるってことだね! あはははは。「――――ふぅ」「あやややや……つかれた中年のような溜息具合です」「うん。だいぶ疲れました」 おねーさま、貴方の言うことは正しかった。 幻想郷では僕なんかの常識なんて通用しそうにありません。 射命丸さんに吊らされたまま、僕は半泣きでそんな現実を受け入れるのだった。「……つーか射命丸さん。僕がチルノに攻撃されてた事知ってるんですか?」「はい。弾幕ごっこはじめたあたりから、ずーっと見ていましたから」 ――ほんと、憧れの幻想郷は思いのほかハードです。