巻の十五「竹馬の友」 さて、ここで問題です。 幻想郷最強の妖怪『風見幽香』を相手にした決闘で、僕はどうやって勝つのでしょうか。 答え①ハンサムな晶くんは突如反撃のアイディアをひらめく。 答え②射命丸さんがきて助けてくれる。 答え③ペットになる。現実は非情である。 うん、もうオチは分かってるよね? ―――紫ねーさま、このたび僕は幽香さんのペットになりました。 人間の尊厳ってわりと簡単に無くせるもんなんですね、びっくりです。「と、いうわけで……今までお世話になりました」「いやいやいや、ちょっと待ちなって。丸一日連絡せず急に帰って来て、いきなりそれじゃあワケわかんないよ」 ちょっと話を端折り過ぎたようだ。 目の前のにとりは、僕の急な言葉についていけず軽く混乱している。 水車小屋に辿り着くまでの間で、頭の中を整理していたつもりだったけど……まだだいぶ混乱してるみたいだ。「とりあえず、中に入って詳しく話を聞かせてよ」「だね。そうするよ」「……ところで、文は?」「幽香さんのところで取材中です」 アレを睨みあいととるか取材中ととるかは個人の自由だと思うので、そう表現させてもらった。 胃袋が痛くなるほど場の空気が引きつっていたのは気のせい。間違いなく気のせい。「で、何があったの? というかその首の何?」「首輪です」「いや、そうじゃなくて」「皮の首輪です」「……とりあえず、最初から話してよ」「分かった」 うん、ぶっちゃけて言うと幽香さんにつけられたペットの証なんだけどね。 それを正直に言えるほど器ないです、僕。 そりゃ、「こんな事もあろうかと、あらかじめ用意していたのよ」と言われても苦笑いしか返せないですよね。 ……ああいう時ってどうリアクションすれば良かったんだろうか。 笑えばいいと思うってすでに笑ってるんですよ、見知らぬヘタレっぽい人。「な、何で泣いてるのさ」「色々ありまして」「色々って、だから何があったのさ」「えーっとね」 気を取り直して、取材に行ってから起きた事を一から説明していく。 幽香さんとの再会、挑まれた弾幕ごっこ、新しい能力。 やがて話が同じスペルカードのぶつかりあいになったところで、それまで黙って聞いていたにとりがボソリと漏らした。「相変わらず、アキラは生き急いでいるねぇ」「やっぱそう見えますか」 つーか「相変わらず」を枕詞につけられるほど無茶してるの? 貴方の中で僕は。「ま、無事で何よりだけどね。……スペルコピー? だっけ、また言葉の響きだけは便利そうな技を覚えたもんだよ」「言葉の響きだけは便利そうときましたか」「どうせまた、しち面倒な条件とかガッカリなオチとかつくんだろ?」「……その通りでございます」 河童の理解度の高さは異常。 でも、当人差し置いてやれやれ言うのは勘弁してください。 何故か貧乏くじ引かされたはずの本人が申し訳ない気持ちになります。「今更だからぶっちゃけ言うけど、三つの条件はこっちにもあるみたいなんだよね」「あ、やっぱそうなんだ。……だけど、スペルカードのコピーならそう難しくもないだろ?」 確かに、事前に名称を宣誓する必要があるスペルカードなら、技の名前を知る事は容易だ。 弾幕ごっこに用いられる所は共通だから、用途を知るのもそう難しくはないし。 強いて言うなら「見る」イコール「スペルカードを食らう」になる点が辛いけど、そこらへんはスキルコピーも変わらないからね。 ただ、問題が無いかといわれるとやっぱりそうじゃないわけで。「難しくないけど、僕が使うには面倒な問題があるんだよねー」「問題?」「スペルコピーで覚えた技は、’そのスペルカードの形を保っている’必要があるんだよ」 自分の能力を把握していない愚を、幽香さんとの弾幕ごっこで痛感したからね。 色々あって足止めくらっていた数時間の間に、「スペルコピー」で覚えた技の実験は相当しましたよ。 おかげで、「スペルコピー」で覚えた技の利点と欠点はある程度理解する事が出来た……と思う。 え? 色々あったって何の事だって? ヒエラルキー最下層の僕に説明できるわけないじゃないですか、あの睨み合いの一部始終を。 「んー、良く分かんないや。つまりどういう事?」「元の形や力からかけ離れた弾幕にする事は出来ないんだよ。他の力と合わせても」 この前の弾幕ごっこで覚えたマスタースパークは、直線的な光線以外の形で使う事は出来なかった。 剣みたいな形の「マスターブレード」なんてスペルカードのアイディアも考えていただけに、受けたショックは地味に大きい。 調整できたのは、結局威力と数だけだったしね。 しかも、数を増やすと威力が落ちるため、マスタースパークの特徴が生かせなくなると言うオチ付き。「それって、ちょっと面倒じゃないかい?」「ちょっとどころかだいぶ面倒だよ。スペルカードの特性を残さないといけないから、どうやっても亜種っぽくなっちゃうし」「うーん、複数のスペルカードを合わせる時はどうなっちゃうの?」「……そこまでは試してないけど、組み合わせが悪かったら『劣化弾幕抱き合わせ商法』になるんじゃないかと」「泣きたくなるほど世知辛いねぇ」 「まったくです」 あの時「フリーズ・ワイバーン」を思いつけた事は、幸運であり奇跡であった。 【冷気を操る程度の能力】がうまい具合にマスタースパークに付与され、相乗効果として威力が上がったんだから。 そりゃ、複合技の欠点である「能力を限定して使うため、同能力は使用不可になる」というペナルティはしっかりついてきているけど。 多分現時点では、アレ以上の組み合わせを見つける事は出来ないんじゃないだろうか。 単に二つのスペルカードを合わせても、それだけでパワーアップ!なんて安易な事にはならないはず。 おそらくマスタースパークの数を増やした時みたいに、相対的に威力が下がってガッカリショボンなオチになるだけだろう。 そもそも、大概の弾幕は能力覚えれば疑似的にでも再現できるからねぇ。「結局、相手の能力と無関係なスペルカード覚えるぐらいしか用途ないんだよ」「……そこまで酷いの?」「酷くはないけど、弄り幅が少ないの」「だから劣化前提で覚えるアキラには、ちょいと厳しいのか」「そういう事です」「なるほどねぇ」 僕のコピーした能力や技は、オリジナルより劣る――というか’僕自身の地力相応’の結果しか生まないのだ。 組み合わせる事で、劣化した力同士が相乗効果やら限定特化やらで強化され実力以上のパワーを持つことになるんだけど、それだって全てが上手くいくわけじゃない。 ブーメランと拳法が両方強いからと言って、ただ組み合わせればいいってワケじゃあないんですよ。 工夫せずにくっつけた所で、出来あがるのはブーメラン拳法なんつーワケのわからないモノなんだから。 ………我ながらどういう例えだ、それは。 「ところで、だいぶ脱線したけど本筋の話はどこまで進めてたっけ?」「アキラと花の妖怪が押しあいヘしあいってとこまで聞いたよ」「ああ、そうだった」「それでその状態からどうなったんだい?」「えーっと……ここから先は、射命丸さんと幽香さんから教えてもらった話になるんだけど」「……何で、他人から自分の決闘の顛末を教わるのさ」「色々ありまして」 何せ、その時の僕はいろんな意味でギリギリだったからね。 「フリーズ・ワイバーン」で互角になったあたりから、僕自身の記憶はだいぶ曖昧な感じになっている。 だから、これから話す事にも全然実感がなかったりするのだ。「とりあえずそこらへんの説明を後回しにして要点だけ説明すると、僕は勝負に勝って試合に負けたらしいです」「……本当に要点だけだね。どういう事だい?」「劣化してる分負けていた僕は、複合したスペルカードを使ったんだよ。冷気属性を追加したビームって感じのヤツを」「ビームってのはイマイチ分よくかんないけど………スペルコピーで覚えたスペルカードに、【冷気を操る程度の能力】を組み合わせた技なのかな」「そういう事。それでも互角が精一杯だったんだけどね。どうもこの複合技、「冷気」の特性が概念として組み込まれてたみたいで」「あんま小難しい事言われても分かんないから、簡単にお願い」「このスペルカードは光も凍ります。幽香さんのスペルカードも凍りました。勝った」「……マジ?」「マジ、らしいです」 残念ながら、僕はその時前後不覚に陥っていたので見てはいないんだけどね。 「フリーズ・ワイバーン」は幽香さんのマスタースパークを凍結させ、粉々に砕いたらしい。 マスタースパークに組み込まれた事で、冷気の特性がより幻想に近づいたのだろうか。自分で言ってて良く分からない。 良く分からないけど、結果としてそれが勝利につながった事は確かだ。 問題があるとするなら……。「そこでガス欠起こして、結局僕の負けになったけど」 まぁ、それくらいの事だろう。「なるほど、要点通りの結果だったわけだ」「……そういう事です」 一応、「フリーズ・ワイバーン」は幽香さんに届いたらしい。 余波で太陽の畑の一部は凍ってしまったらしいし、それなりに威力はあったんだろう。 が、幽香さん自身はまったくの無傷。 むしろ、両手凍った僕の方がダメージ大きかったという体たらくだった。 ……凍傷になるほど酷くはなかったけど、しばらく両手が動かなかったしなぁ。 「そして、決闘に負けた僕は幽香さんのぺ――保護下に入る事になりまして」「荷物を取りに、アキラだけ帰ってきたと」「……そういう事です」「なるほどねぇ」 にとりがじっと僕の眼を見てくる。 うぐぅ、やっぱり勝手にこういう事決めるのは、にとりに悪かったかな。「―――ねぇ、アキラ」「な、なに?」「フラワーマスターの世話になる理由は、決闘に負けたからだけなのかい?」「え?」「付き合いは浅いけど、アキラがなんだかんだで意地っ張りなのは知ってるからね。何か他にも理由があるんじゃないかなーって思ってさ」 間違ってたらごめんよ。と頬をかきながら苦笑するにとり。 ……本当に、河童の理解力の高さは異常だ。 一か月にも満たない短い付き合いで、僕の事をこんなにも分かってくれるんだから。「えっとさ、幽香さんとの決闘で思い知ったんだよね。ああ、僕は幻想郷の事を何も分かってなかったんだなーって」「……ん、続けて」「頭でっかちな知識があるだけで、強さも、覚悟も全然足りなかった。きっと幽香さんが教えてくれなかったら、どこかでうっかり死んでたと思う」 自分が強いとか、絶対に死なないとか、そういう無意味な自信が僕にも僅かだけどあったんだろう。 妖怪全てが人間相手に「手加減」できるという変な信頼も、そこから生まれる油断を助長していたに違いない。 ……だけど一番の問題は、相手の好意に甘えて自分を磨くのを放棄しようとしていた事だ。 そんな人間に、幻想郷の全てを見たいと言う権利は、きっとない。「決闘の後、幽香さんのお世話になるって決めた根本の原因はさ。つまるところ、生意気言うなら相応の実力を身につけなきゃいけないと思ったからと言いますか……」「うん、分かった。なら止めないよ」「へ―――?」 僕がグダグダな言い訳を最後まで言い切る前に、にとりはそういって頷いた。 ……自分で言っててかなり意味不明な説明だったと思うんですが、それで問題なかったのでしょうか?「い、いいの?」「いいよ。アキラがそう決めたんならね」「な、なんかわりとあっさりだね」「それはアキラが変わってなかったからだよ」「僕が……?」「うん。私は、アキラの誰とでも仲良くしようとする所が好きなんだ。誰がなんと言おうと、そこがアキラの長所だと思ってる」「そ、そこまで褒められるとむず痒いんですが」「だから、アキラが皆と仲良くなるために頑張るって言うなら止めない。止めるわけがない。だって、友達だもん」「にとり……」 彼女の笑顔が眩しい。 たとえ種族が違うとしても、僕とにとりは友達だとはっきり言ってくれた。 友達だから、僕のする事を信じると、応援してくれると言ってくれた。 それが、すごく嬉しい。「……はは、ありがとう。そんな事、言ってもらえるとは思わなかったよ」「酷いなぁ。アキラは私の事をなんだと思ってたのさ」「友達、だよ。幻想郷で出来た、大切な友達」「なーんだ、私と一緒じゃないか」「うん、そうだね」 お互いに笑い合う。 頑張ろう。彼女が信じてくれた「久遠晶」であり続けるためにも。「だから遠慮せず行っておいで、アキラ」「うん。ありがとう、にとり」「礼はいらないって。……だけどまぁ、アキラとお風呂に入れなくなるのは寂しいかな」「いや、今までも一緒に入った事はないから。なにその事実捏造」「花の妖怪の所に行っても、たまには一緒にお風呂入ろうね」「丁重にお断りします」 今までの感動を、あっさりぶち壊す発言をするにとり。 おそらく、これから幽香さんの元に行く僕を励ましてくれてるんだろう、多分。 最後の言葉を「にとりなりのジョーク」と受けとって、僕は水車小屋を後にした。 ……せめて、冗談の上だけでも了承してあげれば良かったかな。 お互いが見えなくなるまで手を振り続けるにとりを見ながら、僕は噛みしめるように彼女との思い出に浸るのであった。 ―――僕が幽香さんの家に住み始めて、最初の朝を迎えた。 到着した当初は「ペット」という扱いに戦々恐々としていたワケなんですが、どうやら思いっきり杞憂だったようです。 三食個室付きの上に自由行動可能門限無しって、優遇されているにも程があるでしょう。 まぁ、幽香さんの用事を最優先するよう厳命はされたけどさ。そこらへんはむしろ予測の範囲内というか当然の要求というか。 とにかく、思いのほか優しい扱いに拍子ぬけしたわけなんですが……思いもしなかった問題が、一つ発生しました。 「さて、弁明を聞こうか」「はてさて、何の事だい?」 なぜか、朝起きたら居間に河童がいました。 フローリングに座り込んだにとりと、椅子に座って優雅にお茶してる幽香さん。……シュールな絵だ。「僕の涙と感傷と思い出を返せっ!」「そこまで言うかい」「何でココにいるのさ!? 昨日別れたばっかじゃん!? しかもくつろぎすぎっ!!」「えー? だって、アキラの持ってる「おりじなる」がないと『でじかめ』と『ぷりんた』の調査ができないじゃん」 屈託のない満面の笑みだ。さては、最初からそのつもりだったなこの河童。 嬉しいはずなのに釈然としないのは何故だろう。 救いを求めるように、僕は幽香さんの方に視線を送る。「私は構わないわ。邪魔になったら’出て行ってもらう’だけよ」 はて、幽香さんの寛容な態度に、背筋がぞっとするのは何故なんでしょうか。 とはいえ家主のOKが出たのは間違いない。 そうなると、ペットの僕に異論を挟む余地はないのだ。……さすがに、そこまでムキになるほど怒ってたわけでもないしね。 「すでに一人受け入れているんだから、もう一人ぐらい増えたって何も変わらないわよ」「へ?」「どうもー! 清く正しい射命丸ですっ!! 久遠さんの様子を見に来ましたっ!」「――ああ、なるほど」 どんなやり取りがあったのかは知らないけど、幽香さんと射命丸さんの対立には一応の決着がついたらしい。 何故かやたら張り切る射命丸さんと、悪党っぽく笑う幽香さんの態度が気になったけど、まぁそこはスルーで。 その結果、射命丸さんはこの家にも変わらず顔を出す事になったんだけど……。 それってつまり、今までとほとんど状況が変わらないって事だよね。「…………ほんと、嬉しいはずなのに、釈然としないこの気持ちは何だろう」「人生なんて総じてそんなものよ」「幻想郷には不条理なんてないんですよ? あるのは誰かが望んだ結果だけです」「あはは、気にしない気にしない」 やたら悟ったことを言う三人の妖怪の意見を聞き流しながら、僕は深々と溜息を吐くのだった。 ―――まぁ、楽しそうだからいいか。