巻の十二「玉磨かざれば器を成さず」「久遠さん! 取材に行きますよ!!」「へ? 取材?」 完成した新聞を配りに行った射命丸さんが、文字通り旋風の様な勢いで戻ってきた。 で、その第一声がコレ。 当然、僕もにとりも呆然とする他なかった。「文、もうちょい噛み砕いて説明してくんないかい? いきなりすぎてワケがわかんないよ」「おっとそうでした。……あれは私が文々。新聞の配達に出かけた直後の事です」「そりゃ、さっき出かけたばっかなんだから必然的にそうなるよ」「アキラの言うとおりさ。もっと簡潔に教えてくれない?」「そんな事言わなくてもいいじゃないですかぁ」 いや、そんな可愛らしく拗ねられても。 なんだかやけにテンション高いなぁ、今日の射命丸さんは。「まぁ、簡潔に説明すると、文々。新聞の取材希望者が現れたわけなんですよっ」「へぇー、そうなんだ」「ええっ!? そんなバカなっ」「……にとりさん、貴方の発言の旨を教えていただきたいのですが」「あはははは、良かったじゃないか文!」 ……にとりが驚くって事は、よっぽど無いんだろうなぁ、取材希望者。 そう考えると、射命丸さんのテンションの高さも納得できる。 で、何で僕も一緒なの?「射命丸さん、僕を連れて取材に行くのはもう少し後だって言ってなかった?」「うっ」「だよねぇ。心配性な文は、いつもそう言ってアキラを置いてったじゃないかい」「そ、それは……久遠さんがうっかりしてるから」「返す言葉もございません」 何しろ、ほんの数日前に身体半分凍らされたワケだし。 もちろんその事は言ってないけど。 いや、ほら、終わった事で心配かけてもしょうがないじゃん。 ま、間違っても恥の上塗りを報告したくないわけじゃないんだからねっ!!「じゃあ、何でアキラを取材に連れて行くんだい?」「それが……取材相手の希望なんですよ」「ほへ? そうなの?」「はい、是非ともこの記事の『外来人』に会ってみたい、と」「なるほど、文の記事じゃ無く本人の口から内容を確認したいわけだ」「……にとり?」「い、いやっ、今のは知識の探求者として当然の欲求を語っただけの事だよ?」 そのわりには慌てているけど……まぁ、あえて指摘はすまい。 射命丸さんと一緒に取材に出かけられるいいチャンスでもあるし、今は成り行きを見守ろう。「それで結局、取材の際に久遠さんを連れて行くという事で話がついたわけなんですが」「……それって、アキラ連れて行く報酬に取材の許可をもらったって」「取材は、あくまでも相手側からの希望なんですっ!!」「分かった分かった。そういう事にしとくよ」「それは「弾幕ごっこしようぜ!」という、私へのメッセージと考えてよろしいのですね」 ダメだ。見守ってたら脱線する。「そ、それで、取材する相手って誰なの?」 スペルカードを持ち出しそうな雰囲気の射命丸さんと、苦笑しているにとりの間に割り込んで質問する。 射命丸さんは、よっぽど取材を依頼された事が嬉しかったのだろう。 僕の質問に、あっさりと怒り顔を引っこめた。「ふふふー、なんと幻想郷最強とまで言われている妖怪からの希望なんですよ」「さ、最強!?」 いきなりでてきた枕詞に、思わず身体を強張らせる。 その原因が最強という単語自体にあるのか、チルノを思い出したからなのかは分からない。「それって、最初にアキラを連れて行く相手にしては、ちょっと難易度高くないかい?」「確かに私もそれは考えましたけど……強力な妖怪の方が、逆に安全だと思いませんかね」「まぁ、それもそうか」 高位の妖怪というと、前に会った幽香さんとかそうだよね。 射命丸さんの言うとおり、確かに強い妖怪は無闇に力を振るわない傾向にあるのかもしれない。 いや、僕の知ってる強い妖怪って全然数少ないんだけど。「久遠さんだって、そういった妖怪に会ってみたいんでしょう?」「もちろん!」「……能天気な返事だね」 正直に自分の気持ちを表現しただけです。 だから呆れないでよにとり。それから、そういう返事を想定していたはずの射命丸さんも。「ま、いざとなったら私が守りますから安心してください」「うわぁい、心強いなぁ」「あはは、そりゃそうか。文がいるなら安心だねぇ」「もちろんですとも。例え幻想郷最強の一角が相手だろうとも、最速の私がいれば安全は保障されたようなものです」 そういって、自慢げに胸を張る射命丸さん。 裏付けされた実力からくる言葉なのは、重々承知しているけど。 ……男の子としてはちょっと複雑ですね。「で、結局相手は誰なんだい? スキマ?」「さすがに彼女からの依頼は受けませんよ、胡散臭いから。相手は太陽の畑の主、フラワーマスターです」「ああ、あの妖怪かぁ。確か――アルティメットサディスティッククリーチャーとか呼ばれてたっけ。意味は分かんないけど」「そうそう、その妖怪ですよ。意味は分かりませんが」 え、なにそれこわい。 まるで常識にように恐ろしい別称を述べるにとりと、頷く射命丸さん。 ………マジで究極加虐生物なんですか、その妖怪さん。 二人の言葉で、さっきまでの期待が一気に不安に塗り替えられたのは言うまでも無いことだった。 その圧倒的な光景に、僕の眼は釘付けにされた。 視界を覆う、向日葵の海。 なるほど、確かにこれは「太陽の畑」だ。「……凄い」「ええ、住んでいる妖怪が強すぎてあまり人は寄り付きませんけど、美しさは幻想郷でも一、二を争う場所ですからね」 その妖怪の住み家は、予想とは違った意味で驚くべき場所だった。 うーむ、とりあえず写真にとっておこう。「フラワーマスターはいないようですね……じゃあ、とりあえず彼女の説明を」「い、いや遠慮しとくよっ! 変な印象を抱かないよう、最初は僕の目で人となりを判断したいしね!!」「……貴方の妖怪を見る目は斬新過ぎて当てにならないと思いますが」「あはは、そんな事ないよぉ」 ついでに言うと、今回に限っては方便なんです。 すでにもう変な印象抱きまくりっす。 いや、だってアルティメットサディスティッククリーチャーだよ? いくら能天気が服を着ているとまで言われた僕だって、さすがに警戒しますとも。「それにしても、これだけ向日葵に囲まれていると誰がいるのか分からないよね」「そうですね。相手はフラワーマスター、花の親玉みたいな相手です。あまり花に近づくと彼女の怒りを買うかもしれませんよ」「そ、そういう警告は早めにお願いしますっ!」 至近距離で向日葵を覗き込もうとした僕は、射命丸さんの言葉で回れ右をした。 怖い、マジ怖い。迂闊に花の鑑賞もできやしないよ。「うふふ、冗談ですよ。いくら彼女でもそこまで狭量じゃ……」「ええ、そんな心の狭い奴だと思われるのは心外だわ」「ほへ?」 背後から、どこかで聞いたような声がかけられる。 と、同時に僕の体が何者かにギュッと抱きしめられた。 何事!? そして、背中に当たる柔らかくてドキドキする感触はいったい!?「あ、あやややややや!? 久遠さん!?」「ふふふっ、久しぶりね。『晶』」「その声……幽香さん?」 ガッチリ抱かれて動けないため、頭だけを後方に向ける。 ちらりと見える緑のウェーブがかかった髪、暖かい向日葵のような良い匂い。 間違いない。幻想郷を訪れた僕が初めて経験した『戦い』を、最後まで見届けてくれた妖怪――風見幽香さんだ。 なぜ僕を抱きしめているのか、そもそも何でここにいるのか等、疑問は尽きないけど……こうして再会できたことは素直に嬉しい。「ええ、覚えていてくれて光栄だわ」「い、いやいや、それは僕の言うべきセリフじゃないかと」「うふふ、私があなたの事を忘れるわけないじゃない」「きょ、恐縮です」 だ、だからあの、そう言いながらほっぺをプニプニするのは止めてください。 その適度過ぎる力加減が意味も無く心臓の鼓動を早くさせるんです。「………楽しそうですね」「は、はわわ!?」「あらあら」 うわっ、何だかよく分からないけど、射命丸さんの機嫌が最悪にっ!? にっこり笑顔をしてはいるけど、周囲の風が攻撃的なぐらいに渦巻いている。 っていうか引きつってますよ笑顔、怖いよ笑顔、なにがそんなに不愉快なんですかっ。「久遠さん」「は、はいっ!!」「事情の説明を希望します」「イエッサー! 実は以前散歩に出かけた時に、お友達になったのでありますっ!!」「あら、私と貴方はお友達だったのね。ふふっ………もっと、深い間柄だと思っていたわ」「―――どういう事かしら?」「はわわっ、どういう事と言われても。はわわわわわっ」「………冗談よ。そんなに脅えさせなくても良いでしょう? みっともないわよ」「これは、私と久遠さんの問題です。部外者は引っ込んでいてください」「そういうわけにもいかないのよねぇ。私と晶は『お友達』だから」「そうですか」「そうよ?」 あ、あれれ、何かどんどん剣呑な雰囲気に。 どっちも笑顔だけど、全然笑ってないですよっ!?「それにしても……久遠さんが説明不要だと言った理由はコレだったんですね。ふんっ、納得です」「ほへ? な、なにが?」「しらばっくれなくてもいいですよ。フラワーマスターとお知り合いなら、そう言ってくれればいいじゃないですか」「…………何の事?」 僕がアルティメットサディスティッククリーチャーと知り合い? いや、もしそうだったらあんなにビビってませんって。 それにしても射命丸さんは、なんでまだ会ってもいない妖怪と知り合いだなんて思……。「……あのー、幽香さん?」「何かしら」「ひょっとして、幽香さんの二つ名って『フラワーマスター』なんですか?」「そうよ? 言ってなかったかしら」 ええ、初耳です。 でもそうだよねー。いくら幻想郷が非常識な場所だって、幽香さんみたいな人がそこらへんにゴロゴロしてるわけないよね。「う、うぇえええええええええええっ!? そうなのぉぉぉおおおおおおおお!?」「あらあら、面白い顔ね」「……久遠さん、貴方のそのうっかりは何かの呪いじゃないんですか」 うん、僕もそう思う。「えー、それじゃあこれから取材を始めたいと思います」 うわぁ、テンション低いなー射命丸さん。 不機嫌の原因が何となくわかるから、なにも言えないけど。 僕が幽香さんから解放される間にも色々あったからねぇ。……か、解放されて残念だとかは思ってないよ!?「いえ、その前にやる事があるわ」「やる事?」「今度はなんですか……」 ああ、射命丸さんの機嫌がさらに急降下。 出来ればあんま刺激しないで欲しいんですが幽香さん。無理ですか。無理だよなぁ。「ええ、出来れば早めに’手を打つ’必要がありそうだからね」 そういって、幽香さんはまっすぐ僕を見つめる。 彼女の雰囲気が、今までとまるで違う大妖怪の纏うソレに変わっていく。 息を呑んだ。 そのあまりの迫力にではない。高位の妖怪が持つ、神々しさすら感じるその威厳に、僕は呑まれてしまったのだ。「久遠晶、私は貴方に決闘を申し込むわ」「――――――ほへ?」「あ、あやや?」 だから最初、彼女が何を言っているのか理解するのにだいぶ時間を有した。 結党? 血糖? 血統? 二転三転変換された言葉は、最後にようやく正しい単語に行き当たる。「け、決闘って」「――――――どういう、つもりですか」 僕が問いかけを言いきるよりも先に、剣呑な雰囲気の射命丸さんが幽香さんを睨みつけた。 彼女もまた、高位の妖怪に相応しい威厳のある雰囲気を纏っている。 忘れそうになるけど、僕の周りって凄い妖怪が多いんだよねぇ。再確認したよ。 などと、ちょっと現実逃避。「あら、なにがかしら?」「誤魔化さないでください。貴方ほどの妖怪がただの人間を相手にするなんて、正気の沙汰とは思えません」「決めつけは良くないわ、幻想郷のブン屋さん。何事にも例外はあるものよ」「ですから、その例外の理由を尋ねているんです」「貴方に話す理由がないわ」「そういうわけにはいきません。私には久遠さんを守るという約束があるのですから」 僕と幽香さんの間に割り込むように、射命丸さんが移動する。 いつ弾幕ごっこが始まってもおかしくない、警戒を露わにした態度。 なのに幽香さんは、あくまで泰然とした姿勢を崩さない。 視界を遮る彼女を邪魔だと思っているだけで、それ以上の興味を持っていないようにすら見える。「勘違いしないで鴉天狗。私は決闘を’申し込んだ’のよ。受ける権利も、断る権利も貴方には無いわ」「……久遠さんが受けるとでも?」「それを決めるのも、貴方じゃないわ」 幽香さんの言葉に射命丸さんの警戒がやや軽くなる。 それでもまだ、僕なんかはいるだけでもお腹が痛くなってくるほど場が緊迫しているワケなんですが。 互いに交わす会話も無くなったのか、二人の視線は一旦僕に向けられた。 ……へ? 僕?「あー、そのー」「もう一度言わせてもらうわね、晶。私は、貴方に決闘を申し込むわ」 そういって、相変わらず彼女は僕をじっと見つめている。 射命丸さんが文句を言ってきた時もそうだった。返答はするけど、あくまで視線は僕に向いているんだ。 本気、なんだ。「決闘には、互いにかけるモノがあるはずです。だけど僕には、そういったものはありません」「ええ、私にも無いわね」「……ないんですか」「無いわ。今回は……どちらかというと『様子見』なのよ。だから勝ち負けはあまり重要じゃないわ」「よ、様子見ですか」 僕のどんな様子を見るのか、分からないけど。 この人、ウソは言わないんだよなぁ。良い意味でも悪い意味でも。「フラワーマスター、それじゃあ決闘する意味がないでしょう」「そうね。なら、勝敗に価値をつけましょうか。晶が勝ったら、私は晶の願いを何でも一つ叶えてあげるわ」「……僕が負けたら?」「晶が私のペットになる」「メチャクチャな条件吹っかけないでくださいっ! 結局久遠さんにメリットは無いじゃないですか!!」 ですよねー。勝ち目がない以上、勝ったご褒美に意味なんて無いもん。 うん、やっぱ断っちゃおう。 いくら何でも幻想郷最強の妖怪相手に戦うのは無茶だもんね?「メリットは無いでしょうね。少なくともこの決闘に、損得なんて俗物的な概念は存在しないもの」「あやや、まるで損得以上のモノがあるみたいな言い方ですね」「ええ、あるわよ。この幻想郷で晶が晶らしくあるために、知らなきゃいけない事がね」「…………知らなきゃ、いけない事?」「そう、貴方が知っておかなければいけない事。―――それを、幻想郷の先輩として教えてあげるわ」 幽香さんが、そういって優しく笑う。 いつものいじめっ子のような笑顔でも、先ほど見せた妖怪としての笑顔でもない、温かい笑み。 その笑みに含まれた意味は、何なんだろうか。 彼女の言う『知らなきゃいけない事』とは、何なんだろうか。 分からない、なにひとつ分からないけど。「久遠さん、受ける必要はありませんよ。仮に風見幽香の言葉が真実だとしても、デメリットの部分が大きすぎます」「射命丸さん」「………久遠、さん?」「下がっててください。結構、派手な勝負になると思いますんで」 ―――この決闘を受けないで、幻想郷にいる事は出来ない気がした。 「ふふっ、男の子ねぇ」「はい、男の子です。だから……そこまで言われたら、その決闘を受けないわけにはいきません」 僕は多分、すごい馬鹿な真似をしているんだと思う。 自分でもよく分からない意地と感情で、自らを死地に追い込んでいるのだから。 でも、ひとつだけはっきりしている事がある。 彼女はやっぱり、ウソをつかないんだ。いい意味でも、悪い意味でも。「そういってもらえると、思ったわよ」 彼女が日傘を杖に見立て悠然と構える。 すでに賽は投げられた、もうなるようにしかならない。 ……大丈夫、何とかなるさ。 「期待させてもらうわよ? 久々に「弾幕ごっこ」でない喧嘩をするんですから」「いや、弾幕ごっこですから。ガチ喧嘩とかふつーに死にますから」「あらら、男の子が女の子の遊びに興じるのかしら?」「外の世界ではすでに男女平等が基本になってるんでマジ勘弁してください!」「しょうがないわねぇ。そこは妥協してあげるわ」「……っていうか、ガチの決闘するつもりだったんですか」「うふふふふっ、どうかしらねぇ?」「あ、あはははは、どうなんでしょうねぇ!」「―――だから、受ける必要はないって言ったじゃないですか」 な、何とかなるよ、ねぇ?