巻の十「身から出た錆」「ふんふふん、ふふふふふ~ん、ふふふ~♪」 空が飛べるようになって調子に乗っている男、久遠晶です。どうもこんにちは。 現在僕は、歌いながら幻想郷の空を飛び回っております。 なに、下手くそ? ふふぅん、今日の僕は何を言われても平気なんですよ。 何故なら――――「遠出だ、と・お・でっ!!」 にとりの工房周辺までしか許されていなかった僕の行動範囲が、このたび広がったからです。 まぁ、あんまし遠くに行きすぎたらダメだと念も押されはしたけどね。 大丈夫、大丈夫。僕だって反省と学習はするんだから。「もう、この前の『そうなのかー』みたいなのに追われるのは勘弁だもんねー」 よって学習した僕は、安全に近くの風景写真を撮る事にしました。 うん、これなら安心だよね。 そのために、にとりから一時的にデジカメも返してもらったし。 持ってきた折りたたみ三脚までつけて、ちょっとしたプロ気分だよ! ……我ながら、だいぶテンション高いなぁ。「やっぱ空を飛べるっていうのは気持ちがいいよねっ!!」 その原因は何なのかといえば、やはりソレになるのだろう。 この氷翼が出せる速度は、まさしく驚愕の一言に限る。 射命丸さんでさえ、「幻想郷でもベスト5に入れる速さかもしれない」と褒めてくれていた。 そのあとで、僕が使いこなせるという前提があれば、とは言われたけれどね。「っと、そろそろ降りようかな」 あんまり飛ばし過ぎて、変な所に辿り着いたらこの前の二の舞だ。 僕はゆっくりと速度を落としながら下の森へと降りる。 鬱蒼と茂った森は、数日ぶりだというのにどこか懐かしい感じがする。 何と言うか、やけに感慨深い気がするような。 ―――――あれ? ここって。 「……妖怪の山周辺の森じゃ、ない?」 にとりの工房がある妖怪の山周辺の森は、天狗や河童の縄張りが近くにあるせいか他の場所と雰囲気が違っている。 張り詰めているというか、澄んでいるというか。とにかく、身の引き締まる空気が常に漂っている場所なんだ。 そしてその空気は、今この場所には無い。「あらら~、これって」 調子に乗って飛び過ぎたのかな。 歩いている時とは移動の感覚が違うから、距離を測り損ねてしまったのかもしれない。「………………まぁ、いっか」 大丈夫。まだ「遠く」までは行ってない。 そう結論づけた僕は、背負ったリュックから三脚とデジカメを取り出そうとして……。 ―――とんでもない奴と、再会するはめになってしまった。「あーっ! この間の人間だぁーっ!!」「ち、チルノー!?」 僕のトラウマ、『お転婆妖精』チルノさん。 そうか、道理で覚えがあると思ったら……ここは、彼女と出会った所だったのか。 つーかチルノ、僕の事忘れてないじゃん。射命丸さんの嘘吐きー!! 彼女は、嬉しさが零れ出ているような満面の笑顔で近づいてくる。 僕はそれに対し氷翼を立て――――いつでも逃げられるよう身構えた。 いや、これはアレだよ? 無駄な戦いを避けようとしているだけだよ?「なーんだ。アンタがあの時、突然いなくなったのはそういうワケだったの」「へ? 何が?」「ごまかしちゃってー。へへへ、あたいに憧れてそんなものまで用意したんだ」「……憧れて?」「もうっ! その背中の羽だよっ!! どー考えてもあたいの真似っこじゃん!」 へ? これっすか? いやいや、これは現状持ちうる手札で可能な最高の飛行能力を検討した結果の形であって、チルノとはなんの関係もないんだよ? そもそも君のプロペラントタンク六つくっつけたような形した氷の羽の、どこらへんを参考にしたというのさ。 僕の羽、どうみても鳥類の翼だよ? 氷しか接点ないじゃん。「分かったわ! アンタの意思がそこまで硬いなら、アンタをあたいの子分にしてあげるっ!!」「いや、僕はそういうつもりは……」「その前に、あたいの子分にふさわしいかどうかテストさせてもらうわねっ」 オゥ、シット。聞く気ナッシングですか。 彼女が三枚のスペルカードを構える。弾幕ごっこ開始前の宣誓だ。 ……これは、逃げられそうにない雰囲気だね。「ええいっ、上等! こうなったらやってやろうじゃないかっ!!」 観念して、僕もスペルカードを取り出す。 現在手持ちにあるカードは三枚、それらは全て、この五日間で何とか形にしたものだ。 そのうち二つは、チルノと射命丸さん、それぞれから覚えた劣化スペルカードなんだけど。 それはまぁ、しょうがないだろう。むしろ、この五日でオリジナルのスペルカードを一枚考え付いた事を褒めてほしい。 ……どうせなら、数合わせでもいいから五枚用意しておけばよかったかなぁ。 スペルカードは使い切っても負けになるしね。「良い覚悟だわっ! あたいの最強っぷりをその身に……ええと」「『その身に教えてあげる』……前もつっかえてたよね」「おおー、その通りよ! さすが子分、ないすふぉろーだわっ!!」 ……あの、これってその子分になるための試験ですよね。 少し頭が痛くなってきた。やっぱり妖精はちょっとオツムが弱い。「もんどーむよう! さぁ行くわよぉー!!」 確かにチルノの言うとおり、問答してた方がキリがない。 本人はそんな意図で言ったわけじゃないだろうけど、素直に弾幕ごっこやってた方が百倍マシだ。 なら、先手必勝。速攻でカタをつけるっ!「それじゃ、先にこっちから行くよ!」 ―――――――幻想「ダンシング・フェアリー」 両手を突き出すとともに、スペルカードが発動する。 僕の両手に、風が集ま――――らない。「……あれ?」 な、なんでウンともスンとも言わないの? 確かに、構想八時間のうち名称決定に七時間半ほど費やしちゃったワケだけど、内容も一生懸命考えたんだよ? あー、そういえば…………。『久遠さん、絶対に氷翼を出しながら弾幕ごっこをしないでください』『それは僕に死ねと言っているんですか、射命丸さん。空飛べなきゃ僕なんて良い的なんですが』『あー、違う違う。そうじゃないんさ、アキラ』『…………と、いうと?』『氷翼は、【冷気を操る程度の能力】と【風を操る程度の能力】に、限定的な役割を持たせる事で成り立っているモノです』『限定させてあるからこそ、アキラの翼は複雑な機構を再現できているんだよね』『それじゃあ……その状態で二つの能力のどちらかを使ったら』『いえ、恐らくは’使えません’よ。冷気も風も、翼の維持に回していますからね』『そ、だからこその注意さ。スペルカードが使えなかったら、そもそも弾幕ごっこにならないだろう?』『……了解。肝に銘じておく』 「――――――――――――――――――――――あちゃあ」 やっちゃった☆ と、とにかく、氷翼を解除してっ。「スキャパレリー!」「だから意味わからんて!?」 ―――――――凍符「マイナスK」「ぎゃぼーーーーーーーーっ!?」 氷の弾幕が全てヒットする。 ……これが、僕の初撃墜の瞬間でした。『飛べる、飛べる、僕は飛べる……』 あれ? 何だこれ。 どこかで見たようなちびっ子が、やっぱりどこかで見たような家の屋根でブツブツと何か言っている。 危ないよ、君。落ちたら死ぬって。『……こわい』 ほら、そうでしょ?『やっぱりこわくないっ』 どっちやねん。 男の子はぶるぶる震えながら気丈に空を睨みつける。 『げんそーきょーでは、皆飛べるのが当たり前なんだっ』 そういって彼は………ってあれ、誰かと思ったら僕じゃないか。 何故か客観的な視点になっていたため分からなかったけど、屋根の上にいる少年は間違いない、八年前の僕だ。 ……という事は、これって回想シーン? そういえば、昔幻想郷への憧れが最高潮だった時にしたよなぁ、こんなこと。 結果、アバラを三本折ったわけですが。『で、でも、飛ぶのは難しそうだから、まずは浮くことから』 どういう妥協の仕方だ、それは。 幼い頃の黒歴史が蘇ってくる。 屋根から飛び降りようとしている時点で相当難易度が高い事に、何で当時の僕は気づかなかったのだろうか。『浮ける、浮ける、僕は浮ける』 痛い痛い、結果が分かっているだけに余計痛々しい。『と、とりゃあー!』 良く分からない覚悟を決めた僕は、屋根から飛び降りた。 そしてこのまま地面に叩きつけられて、爺ちゃんを泣かせる事になるのだ。 ああ、正直この先は見たくないです。飛ばしてもらえませんか?『や、やったー!!』 ――――――え? 何故か、記憶と回想がズレ始める。 記憶の中の僕は、無様に地面に落ちていたはずなのに。 目の前の僕は、ふわふわと宙を浮いている。 ……どういうこと? 僕が浮けるようになったのは、紫ねーさまと出会った中学生頃の話だ。 それまでの僕は幻想郷があることすらも知らなかった、ただの幻想好きな男の子だったはず。 なのに、何で。『……あれ? ど、どうやって降りるの、これ?』 僕の戸惑いもお構いなしで、回想は事実を変えたまま進んでいく。 宙を浮いたまま降りられなくなった僕は、パニックに陥ってしまったようだ。 それを聞きつけた爺ちゃんも家の中から出てくるが、どうしていいか分からず呆然としてしまっている。『うぅ………うわぁぁぁあああああん』 ああ、ついに泣き出してしまった。 だけど確かにこれは泣くよ。屋根の上と同じ高さに浮いているんだもん。 手の届かない所で泣きだした幼い僕を見て、爺ちゃんも慌て出す。 どうなってるんだろう? 自分の過去であるはずなのに、これから先の事が全然分からない。『……ふふふっ、泣くのはおよしなさい』『ふぇ?』 泣いている僕の真横に、空間に線を引いたような裂け目が生まれる。 生き物の口にも見えるその裂け目は、割り込むようにその隙間を広げていく。 やがて、空間に不自然な間が出来あがると同時に、今度は怪しげな魅力を纏った美しい女性が現れた。 僕は知っている、その人を。 紫色のドレス、白い日傘、特徴的な帽子。 僕が’数年後に初めて出会う’はずの妖怪。――――八雲紫。『泣かないの。男の子でしょう?』『……あぅ? お姉さん、誰?』『ふふふ、そうねぇ』 彼女は幼い僕を抱きしめて、優しくあやす。 知らない。こんな過去、僕は知らない。 いったい僕は、何を見ているんだ。「……少し、ここに来るのは早かったわね」 突然、八年前の僕を抱きかかえていた紫ねーさまの顔がこちらを向く。 その妖艶な笑みは、しっかりといないはずの僕を見据えている。 「紫ねーさま。ここはどこなんですか?」 彼女が僕という「意識」を見つけたせいだろうか。見ているだけだった僕の口から、言葉が漏れるようになった。「どこでしょうね」「……ここは、僕の過去なんですか?」「どうでしょうね」 どうしよう。さっぱり要領を得ない。 ねーさまはあやふやな、答えとも言えない返事しかしてくれない。「分からなくていいのよ。今は、ね」 彼女の手が、見えない僕の頬をなぞる。 自分とそれ以外の境界がぼやけていくような、不思議な感覚。 何が起こっているのか分からない。 ただ、もう僕がここにいられない事だけは何となく理解できた。 「それじゃあ、’またね’」「……はい、’また会いましょう’」 最後に紫ねーさまと挨拶を交わして、僕の意識は一気に薄れていった。 そして彼女もまた、過去の映像に戻っていく。『私はね………』 続いていく知らない回想を遠くに眺めつつ、ついに僕の意識は完全に途切れるのだった。「―――んっ」 意識が晴れると、そこには見知らぬ天井が広がっていた。 ……天井? 屋外にいたのに?「どこだ、ここ?」 上半身を起こして周囲を確認する。 どうやら僕は、誰かの家のベッドに寝かされていたらしい。 全てがアンティークだと言われても信じてしまいそうな、この洋風の部屋に見覚えはない。 ……何がどうなっているんだろう。「うぐっ、あ、頭が痛い」 寝覚めが悪かったせいか、締め付けるような頭痛が無秩序に襲いかかってくる。 まぁ、仕方のない話だよね。あんな夢を見せらたら。「なんか脇腹も痛くなってきた気がするっす……」 恐るべし過去のトラウマ。 よりにもよって、アバラを三本も折るはめになったあの事件の夢を見るなんて。 爺ちゃんを心配させた以上の事は’何も無かった’というのに、未だに僕の脳みそはこの黒歴史を忘れようとは思わないらしい。 自分の記憶力に軽い殺意を覚えるね。「あら、気がついたの」「ん?」 部屋の奥の方から、金髪の少女がティーセットを’連れて’現れた。 青いワンピースに白いケープを羽織った彼女は、射命丸さんやにとりとは違い、西洋風の意匠で全体を統一している。 一言で表現するなら、「西洋人形」といったところだろうか。 幻想郷は、欧州系の住人も平気で受け入れているらしい。 分かっていたけど、節操無いよね幻想郷。 「はい。蜂蜜入りの紅茶よ、甘いものは平気かしら?」「えーと、甘いものは大好物だけど」「そう、良かったわ。身体を温めるには丁度良いから、遠慮せずに飲んで」 ティーポットから紅茶が注がれる。 蜂蜜特有の甘い匂いが部屋の中に広がっていく。 そういえば僕はチルノに氷漬けにされたわけだから、身体もそこそこ冷えているはずなんだよね。 なのに全然元気なのは、やっぱり僕の持つ【冷気を操る程度の能力】のおかげなのだろうか。 ま、助かったからどうでもいいか。 ……それよりも気になるモノが、今目の前を飛んでいるわけだしね。 「シャンハーイ」「あ、どうもありがとう」 わざわざティーカップを持ってきてくれた’人形’に礼を言って、カップを受け取る。 先ほどからティーセットを運んだり、紅茶をいれたりしてくれたのも彼女(?)だ。 金髪の女性は先ほどから当たり前のように人形を行使しているため、ツッコミを入れる事は出来なかったけれど。 これって、明らかにおかしいよね。「ねぇ、ちょっといいかな」「何かしら」「その、ここまでもてなされて今更こんな事を聞くのもアレなんだけど……君、何者?」「……そういえば、名乗っていなかったわね」 僕の失礼な質問にも、彼女は怒った様子を見せない。 むしろ当然だと言わんばかりの態度で、軽く一礼して彼女は僕に名乗った。「私は『七色の人形遣い』アリス・マーガトロイド、世間一般的な言い方に倣えば―――魔法使い、という事になるわね。よろしくお願いするわ」「はぁ、どうも。久遠晶です」 よろしくと言う割にはあまり親愛の情を感じない彼女の挨拶に、僕は気の抜けた返事で答えた。 ……相手が魔法使いだってくらいじゃすでに内心で驚く事もなくなったようだ。まったく、慣れって怖いよね。