巻の百二「つまりはいつも通り、一か八かの出たとこ勝負をするワケね」「ところで晶さん。今更なんですが、あのスキマの居る所に心当たりはあるんですか?」「本当に今更ねぇ……」 太陽の畑を飛び出してから数分も立たないウチに、文姉がその疑問を口にした。 二人の視線が、先頭を行く僕に集中する――しているのだろう、多分。前を向いている僕には分からないけど。「まぁ一応、あるにはあります」 我ながら何とも微妙な表現で、僕は文姉の問いに答えた。 ……正直に白状すると、僕の言う『心当たり』には一切の確証が無かったりする。 と言うか無いだけじゃすまない。そこに居る可能性も低い、超低い。 ぶっちゃけ、ゼロと言ってしまっても大袈裟で無い気がする。冗談でも何でも無くて。 だけど、居る事が‘オカシイ’と言ってしまえるレベルの望み薄さでも、僕にはそこしか考えられなかったのだ。 虫の知らせなのか、それともある種の予知なのか、それは分からないけれど。 確証も可能性も無い状態でも、何故だか僕は確信していた。 ――紫ねーさまは、きっと‘そこ’に居るはずだと。 ……これで予想を外したりしたら、僕超カッコ悪いよなぁ。 念のため、予防線を一つや二つ張っといた方が良いかもしれない。 あくまでこれは予想なので、やっぱり間違っている可能性はありますよーみたいな。「そうですか。なら、大丈夫ですね」「ええ、任せたわよ?」 ――全幅の信頼は、時として不信よりも心にクる事があるみたいです。 自分で言うのもアレだけど、良くもまぁそんなあっさりと信用してくれますよね。「ふふっ。晶さんは、勘で動いてる時の方がアテになるんですよ」「むしろ理屈で動いている時の方が怪しいわね。貴方、基本的に抜けてるから」「左様でございますか……」 文姉も幽香さんも、本当に僕の事を僕以上に理解してるよね。 いやー、分かられ過ぎてて涙が出てくるくらいだ。 あっはっはっはっ。……真性のうっかり屋ですいません。「私としては、スキマに会った後の方が気になるわね。勝算はあるの?」 今度は速度を上げて僕の横に並んだ幽香さんが、意地の悪そうな笑顔でそんな事を聞いてくる。 なので僕は、不敵に微笑みながらサムズアップして幽香さんに言葉を返す。「五分五分……いや、四分六分……三分七分? は確実ですかね」「せめて数字くらいは確定させてください。この際嘘でも良いので」「いやぁ、実はこれでも多めに数えてるんデスヨ?」「尚の事悪いです」 僕の弱気な答えに、傍から聞いていた文姉が呆れた視線を向けてくる。 わざわざ横並びになってくれたから、今度ははっきりと分かった。心の底から申し訳ない。 ちなみに実際の予想は、二分八分あれば良いけど実際は一分九分が良い所だろうなぁと言った感じだったりします。 ……説明しなくても分かると思いますが、数の少ない方が僕の勝ち目です。「つまりはいつも通り、一か八かの出たとこ勝負をするワケね」「まぁ、そうとも言いますね」「そうとしか言いませんよ……大丈夫なんですか?」「大丈夫だと、思いたいです」「……僅かな希望に縋る様な言い方は止めてください」 いやいやまぁまぁ、少しだけ言い訳させてください。仕方なかったんですよ。 準備をしている時は僕一人だけで何とかする気だったから、情報収集する暇が無かったんです。 ねーさまは保護者で付き合いもそこそこ長いけど、僕はその能力がどんなモノかすら知らないからなぁ。 当然、対紫ねーさま用の対策なんて打てるはずもない。 真の能力を活用しようと、色々アレコレ作戦も考えてみたんだけど……残念ながら結果はスペカ一枚だけだったし。 そのスペルカードも、使えるかと聞かれると「使い時を間違えたら死ぬ、間違えなかったら死にかけるモノ」としか答えられないワケで。 まぁ、つまりアレです。「―――意地なんて張らずに、最初から皆に頼っていれば良かった」「お願いですから、最後の尊厳まで投げ捨てるレベルで後悔しないでください」「一々不安を煽る子ねぇ……」 もちろん僕だって、夜までの間何もしなかったワケでは無い。 手持ちのカードを最大限に活かすために、シミュレーション的な事もしました。 そして出た結論が――勝利確率一分二分なワケですが。「まぁ、勝ち目が有るにせよ無いにせよ、何とかするしかないですからね。精一杯頑張りたいなぁと思う所存でございますです」「多くは望まないから、せめて一言くらい断言してください」「そこの鴉天狗の言う通りよ。これから‘お客さん’が来るって言うのに腑抜けられたら、こっちも気合いが入らないじゃないの」「……お客さん?」「なるほど―――これが異変なら、彼女達が現れるのは当然の帰結ですか」 月明かりは星の光を掻き消し、黒とも蒼とも言えない色に夜空を染め上げている。 そんな中、二人の視線は真っ直ぐ一点へと向けられていた。 単色の空に紛れ込んだ、二つの影。 それらはゆっくりとこちらに近づいてくるのと同時に、其々のシルエットを徐々にはっきりとさせた。「さぁ、来ますよ。幻想郷の‘異変解決人’――「普通の魔法使い」と「楽園の素敵な巫女」が」 黒と白、赤と白の装いの少女達が僕らの前に立ちふさがる。 今まで見てきた独創的な服装の方々と違い、彼女等の姿は大変シンプルで分かり易い。 若干白が多いけれど、トンガリ帽子に箒にエプロンドレスと二つ名通りの格好をしている「普通の魔法使い」。 腋が露出している巫女服は幻想郷のスタンダードなのか、紅白のめでたい衣装を着ている「楽園の素敵な巫女」。 彼女達が、今まで数多くの‘異変’を解決してきた『ただの人間達』なのだろう。 ……言っちゃあなんだけど、二人とも普通の女の子にしか見えないね。「何だか、随分とおかしな事になってるみたいだな。『花鳥風月』勢ぞろいってか?」「鳥と風がダブってるわよ。それに、あのメイドは月って感じがしないわね」「月はお前だぜ、昼の月ならお呼びじゃないがな。んで、あっちは風だ。なんか飄々としてるし」「夜の月ならあっちも仲良しでしょうが」 ―――普通、なのかなぁ? 小粋なのか呑気なのか、いまいち良く分からない会話を交わす黒白と紅白。 えーっと、この人達が今まで数多くの異変を解決してきた、ただの人間さん達で宜しいのですヨネ? 確認するように文姉と幽香さんに視線を送る僕。静かに頷く二人。 マジっすか、想像していたのと全然違うんですが。 特に博麗の巫女。皆が皆――特にレミリアさん――ベタ誉めしてる内容から、クールで知的な感じの巫女を想像していたんだけど。 どう見ても面倒臭がりなダウナー系巫女だよねぇ、コレ。 いやまぁ、確かに彼女からは得体のしれない‘タダモノでは無い’感がするにはするんだけどね? どうにも中途半端な感じがすると言うか、合唱コンクールに無理矢理参加させられた男子中学生のテンションみたいと言うか。 「あやや、随分とノリが悪いじゃないですか博麗の。いつもならドリルを得た呂布みたいに張り切ると言うのに」「……ツインテール縦ロール呂布子ちゃん?」「ツッコミは入れないわよ。面倒だから」「どうにもねー。スキマのヤツに言われて来てはみたんだけど、いまいち気分が乗らないのよ」「まぁ確かに。ついこの前も、アイツの口車に乗せられてエライ目にあったからな。調子が出ないのも分かるぜ」「んー、アレとはちょっと違う気がするのよねー。まぁ、どっちにしろやる事は変わらないから良いんだけど」 そう言って巫女さんは、懐から針の様なモノとお札を取り出した。 相変わらずダウナーな空気を放ってはいるが、纏った空気はほんの僅かに変わった気がする。 そしてその些細な変化が、僕の危機感知センサーを今までに無い程激しくかき鳴らす。 ――この子は、強い。ほとんど直感的にそう確信した。 強者特有の圧倒的なオーラも、実力に裏打ちされたカリスマも無いけれど、僕の知る誰よりも底知れない『強さ』が彼女にはある。 「それもそうだな。抜け駆け出来ないのは残念だが、それもお前より先に全員倒せば問題無くなる話だぜ」 魔法使いちゃんの方も、巫女さんの動きに呼応して八角形の不思議な物体を手に構えた。 こっちもこっちで強そうだけど、巫女さんみたいなヤバさは感じられない。 何と言うか、幻想郷の極一般的な実力者って感じだ。 巫女さんの得体が知れないだけに、彼女の普通の強さがある種の清涼剤の様に感じられる。気がする。「……今、とても不本意な評価を下された気がするな」「多分気のせいじゃないわよ、ソレ」 アレ、見抜かれた? しかもそのせいで本気にさせちゃった? しまった、余計な事考えなきゃ良かった! いやでもさ、頭の中まで自重しろっていうのはかなり理不尽な気がしませんか? 「理由は特に無いが、お前さんを蒼白から黒一色に染め変えたくなったぜ。覚悟は良いか?」「ええい、チクショー!! 受けて立とうじゃ無いかっ、このヤロウ!」「―――いいえ、受けられては困ります」「―――もう少し場の流れを読みなさい、ここは貴方の出番じゃないわよ」 怒らせてしまったモノは仕方ないと、半ばヤケクソでスペルカードを構えようとした僕を抑えて、文姉と幽香さんが前に進み出る。 え? ここって皆の力を合わせて二人と戦う場面じゃないんですか? 空気読めてませんか? スイマセン。「まぁ、一緒に戦っても構わないんですけどねぇ。――晶さん、戦力の温存出来ますか?」「……あぅあぅ」「どうせ貴方の事だから、八雲紫と戦う事しか考えて無かったんでしょう? 下手に消耗したら、タダでさえ薄い勝ち目がゼロになるわよ」 わぁー、指摘が的確過ぎて涙が止まんねぇや。 仰る通り、僕は紫ねーさまと戦う事だけしか考えていませんでした。 当然、こういったイレギュラーな事態に対する策は無い。そもそも今の手札自体が少ないワケだし。 ……目先の事に囚われて、危うく一世一代の大勝負を台無しにする所だった。危ない危ない。「そういう事なので、ここは我々に任せて先に行ってください」「晴れ舞台に同伴して、親馬鹿扱いされるのは私も不本意よ。今日の所は前座相手で我慢してあげるわ」 ニヤリと不敵に笑いながら、二人は其々傘と葉扇を構える。 ――敵わないなぁ、この人達には。 二人とも、最初から僕の‘露払い’をしてくれるつもりでついてきてくれたのだろう。 「……分かりました、行ってきます! 二人共、後はお願いします!!」 氷の翼を広げ、全速力で巫女さんと魔法使いちゃんの間を飛び抜ける。 咄嗟の行動にそれでも反応してみせた二人は、しかし文姉と幽香さんの弾幕に動きを阻まれた。「はい、そこまでよー。主役の妨害なんて無粋な真似しないの」「失礼なヤツだぜ、小粋な魔法使いを捕まえて。それに主役は私だろう?」「記事の見出しで良ければ主役にして上げますよ? タイトルは『黒白魔法使い、暁に散る』で」「―――上等だぜ。その見出し、大勝利に変えて掲載させてやる」「……貴女は、反応しても対処はしないのね」「面倒臭いもの。そんな無理をしなくても、目の前の障害を片付けていけばまた会えるわ。アイツが異変の元凶ならね」「ふふ、単純だけど『らしい』答え。……嫌いじゃないわよ?」 「私は嫌い。アンタ弾幕ごっこしてくれないし」 軽口の応酬と共に、四者四様の弾幕が放たれた――ようだ。 残念ながら、最高速に達した僕にはそれを確認する方法は無いんだけどね。 って言うか全然見えない! 魔眼あるけど全然見えない!! スピード出過ぎ! ――結局、無暗に早過ぎてもダメっぽいと判断して、僕は誰が見てるワケでも無いのにこそこそ速度を下げた。 どうしてこう、いちいち締まらないのかなぁ、僕は。 それから数分後、僕は魔法の森の前に辿り着いていた。 目的地は、この先にある天晶の花畑。 僕と紫ねーさまの、幻想郷における唯一の接点だ。 ……だから、居るワケ無いんだよなぁ。これから関係をぶち切る相手との思い出の場所になんて。「でも、居る様な気がするんだよねー」 祖父の事を想い出しているのか、僕の事を想っているのか、それとも何か別の思惑があるのか。 それは分からないけれど、もしもあの人が居るのなら、それは―――「……うん、良く分からん」 あの人の考えを見抜こうと思ったら、最低でも後二十年くらいの経験が必要な気がする。 とりあえず分からない事は考えてもしょうがないから、居るか居ないかだけを探る事にしよう。 居ればラッキー、くらいに考えておけば被害も少ないだろうしね。 ……まぁ、居なかった時の事は全然考えて無いんだけど。「えっと、確かこっちだったかな」 僕は以前案内された記憶を頼りに、入り組んだ獣道を進んでいく。 ついでに胃の痛くなる事も思い出しちゃったけど、そっちの方は即刻忘れる方向性で。 そうしてしばらく進んでいくと、記憶の通りに視界が開けていった。 月明かりの下、薄らと輝く無数の天晶が咲く花畑。以前、紫ねーさまに案内されたのと全く同じ光景。 そこには、‘以前と同じ様に佇む’紫ねーさまの姿も在った。「いらっしゃい、お早いお着きね」「にはは、頼りになる保護者が二人も居てくれたおかげです」「あらあら、妬ける話ねぇ。貴方の後見人は私なのに」 以前の流れが、まるで無かったかのようないつも通りの会話。 だけどその場の空気は、恐ろしいほど冷たく、静かに張り詰めていた。 ねーさまは知っているのだ。僕が、何のためにここに来たのか。 「――さて、そろそろ始めましょうか?」「早いですね。もっと色々と聞いてくると思ったんですが」「勝利者が全てを手に入れる。それだけ分かっていれば充分でしょう――今は」「……そうですね」 紫ねーさまが、五枚のスペルカードを提示する。 それは、全力を持って僕を捻じ伏せると言う意思表示。 今回はハンデも手助けも無しだ。僕一人の力で、彼女に勝たなければいけない。 ……出来るかなぁ? いや、やらなきゃいけないんだけどネ? 内心でそんな風に気後れしながらも、僕は五枚のスペルカードを示し返した。「覚悟なさい。これが、貴方の最後の弾幕ごっこよ」「あはは、最後にしたい気持ちだけは一緒ですね。……まぁ、幻想郷に居る限りは無理だと思いますけど!」 スペルカードを仕舞い、僕は紫ねーさまから距離を取った。 下手な温存はするだけ無駄だ。とにかく、最初っから全力で飛ばしていく!「だけどその前に、余計なギミックを外してもらわないといけないわね」 ――しかし、思いっきり離れたはずの僕の眼前に一発の弾丸が突然現れる。 時間の流れが、スローモーションになった様な感覚。 ソレは攻撃だと分からない程自然な動きで、真っ直ぐ僕の頭を撃ち抜いた。 そして発動する攻撃の無効化。宝石の輝きが失われ、魔法の鎧が淡い輝きを放ち始める。「一回死ねるからって無茶されても困るモノねぇ。ふふっ、精々平等に戦いましょう?」「……いやぁ、すでに不平等さが明らかになっている気がしますじょ?」 その気になれば、一発で僕を殺せるワケじゃないですかねーさま。 しかも、手札の大半がバレてるみたいだし。 心の芯にヒビが入る音を聞きながら、僕は不敵に微笑む紫ねーさまに苦笑を返すのだった。 ―――これでもどうにかして勝つしか無いんだよなぁ。いやぁ、困った困った。