巻の九十九「胸を張れとは言わないけどさ、お礼くらいはちゃんと受け取りなよ」 幽々子さんにお礼を告げた僕等は、一度文姉の家に帰還すべくまったりと飛んでいた。 まぁ、あくまで傍から見たらの話ですけどね? 実際の所はどうかと言うと……悩み過ぎて悶々としている状態です、はい。 挙句の果てには、フランちゃんに気を使われる始末。「ねぇねぇお兄ちゃん。私、お兄ちゃんの本当の能力を見てみたいなぁ」「えーあー、そーだねー」「どうしたの?」「その、実はまだ使い方が良く分からなくて……」「ご、ゴメンなさい」「……いや、僕の方こそゴメン」 その気遣いも、華麗に空回りさせちゃったワケですが。 申し訳無さ過ぎてそろそろ死ねる。誰かこの空気を何とかしてくださいお願いします。「妹さまー、晶さーん」「あれ、美鈴だ?」「本当だ。何してるんだろう」 妖怪の山の麓付近まで辿り着いた僕等の前に、何故か紅魔館の門番であるはずの美鈴が現れた。 彼女はこちらに向かって、元気そうに手を振っている。 僕達は顔を見合わせ首を傾げながら、美鈴の目の前に着地した。「御二人共、お元気そうで何よりです」「おかげ様で……と言うべきなのかな? それよりどうしたのさ美鈴、こんな所で」「その、お嬢様に妹様を迎えに行くよう言われまして」「……あー、申し訳無い。勝手に連れ出しちゃって」 状況が状況だったから仕方無いけど、皆に何も言わず出掛けちゃったんだよねぇ、僕等。 心配してるだろうなぁ、特に紅魔館組と文姉。 「あ、そこらへんの事情はお嬢様も分かってますから大丈夫ですよ?」「え゛っ、レミリアさん知ってるの!?」「と言うか、あの場に居た人は皆知ってますよ?」「僕の覚悟筒抜け!?」 何と言う事でしょう。いや、正直上手くいきすぎてる気はしてたけどさ。 皆の心遣いに感謝するべきなのか、恥ずかしがるべきなのか。 ……とりあえず、フランちゃんを連れ出した釈明をしなくて済んで良かったと思っておこう。「あ、そうですそうです。それから、幽香さんからも伝言を預かっております」「幽香さんから?」「えっと『蝙蝠が騒がしいから、太陽の畑に戻るわよ』だそうです」「……どういう事?」「実はですね。晶さん達が居ない間に、お嬢様達は月へと出掛けていたんですが――そこでどうも完膚なきまでに負けちゃったみたいなんですよ」「あの、レミリアさんが!?」 月に出掛けた事自体びっくりだけど、そこで完敗した事はさらに驚きだ。正直信じられない。 彼女と戦ったのは‘お遊び’の数回だけだけど、その強さは身に沁みて分かっている。 相手が八坂様級の実力者でも、完敗は有り得ないと思っていたんだけど……世の中は本当に広いものだ。 しかしそれが本当なら、幽香さんからのメッセージの意味も何となく察する事が出来る。 あのプライドの塊みたいなレミリアさんが、そんな負け方をした後どうなるのかなんて想像するまでも無い。 「ちなみに、美鈴が今のレミリアさんの状態を例えるとどんな感じ?」「そうですねぇ。……逆鱗を反対向きに固定された状態の竜って感じです」 いつ暴れ出してもおかしくない状況なんですね、分かりました。 いや、でもそんな感じなら幽香さんは呆れて出ていくなんてしないよね。むしろ燻ってる炎に油ぶっかけるよね。 と言う事は、機嫌は悪いけど爆発する気配は無くて空気だけが悪くなってる感じなのかな。 ……うん、間違いないね。それなら幽香さんは絶対に出ていく。明日出荷される予定の養豚場のブタでも見る様な目でレミリアさんを見下しながら出ていく。 「もう、お姉様ってばしょうがないんだから。なら美鈴、急いで帰ろっか」「そう言って貰えると助かります……。晶さんはどうします?」「僕は――先に太陽の畑に戻るよ。文姉もそっちに居るだろうしね」「頑張ってね、お兄ちゃん!」 両手を合わせ僕を応援してくれるフランちゃんと、話の流れが理解できずクエスチョンマークを浮かべる美鈴。 二人に軽く手を振りながら、僕は氷翼を展開し太陽の畑へと飛んでいった。 さて、まずはあの二人に相談する事にしようか。Case1:河城にとりの場合「ああ、あの二人なら出掛けてるよ。どこかで喧嘩でもしてるんじゃないかな」 「―――ぎゃふん」 久々に戻った幽香さんの家で僕を出迎えてくれたのは、幽香さんでも文姉でもなくにとりだった。何でここに居るのさ。 彼女は僕のバックから取り出したのであろうカメラとプリンタを床に並べ、両手に持った同じ外見の代物とソレを何度も見比べている。 ……あれ、何で増殖してんの? まさか幻想郷の空気を吸って分裂したんですか? そんな僕の疑問を帯びた視線に気づいたにとりは、全身から自慢げなオーラを放ちながら説明してくれた。「ふっふっふ。アキラが私の事を忘れている間も地道に努力を続けた結果、ついに『でじたるかめら』と『こんぱくとぷりんたぁ』を模倣する事に成功したのさ!」「な、なんだってーっ! あと、忘れてて本当にごめんなさい」「まぁ、ぶっちゃけ中身の完全模倣は不可能だったんで、再現出来たのはガワと性能だけなんだけどね」「いやいや、充分凄いから」 にとりの持ってるカメラもプリンタも、本物と比べて一切遜色の無い出来をしている。 さすがに見ただけじゃ性能面の再現までは分からないけど、にとりの様子からして画竜点睛を欠く事はありえまい。 まさに河童驚異の技術力。次はこの人、パソコンをパーツ単位で作りだすんじゃないだろうか。「完成したのはアキラが協力してくれたおかげだよ、ありがとう」「あはははは、おかげと言われるとさらに申し訳なくなってしまいますネ。手助けなんて、ちょっとしかしていないワケだし」「その「ちょっと」があったから完成したんだよ。胸を張れとは言わないけどさ、お礼くらいはちゃんと受け取りなよ」「う、うん。どういたしまして」「そうそう素直で結構。……ところで、アキラはあの二人に何の用があったんだい?」 僕の返答に満足したにとりが、改めて二人を探している理由を尋ねてくる。 ふむ。二人がいないのなら、先に彼女に相談した方が良いかな。 何だかんだで、僕が幻想郷に来た頃からの付き合いがある貴重な友人だ。 どんな答えを返してくれるにせよ、結論を出す参考に為る事は間違いないだろう。「んー、実は皆に相談したい事があってね」「お、何か悩みごとかい? 何なら私が相談に乗ってあげようか?」「あはは、それじゃあお願いしちゃおうかなー」 出来るだけ軽く聞こえるような口調で、僕はにとりに今までの事を語っていく。 本当の能力の事、選ばなければいけない未来の事、閻魔様の教えてくれた期限の事。 一通りの話を聞いた彼女は――白々しいほど明るい態度で笑いだした。「そっかぁ、アキラは幻想郷から帰っちまうんだねぇ。寂しくなるよ」「えっ、いや、にとりさん?」 それをどうするべきか、現在進行形で悩んでいるワケですよ? にとりはこちらの戸惑いをガン無視して、僕が帰る前提でアレコレ考え始めている。 お別れ宴会とか企画してくれるのは嬉しいですけど、今の状況だと軽いイジメですよねソレ。 にとりは複製したプリンタとカメラを自分のバックパックに収めると、こうしては居られないとばかりに立ち上がった。「さーて、まずは宴会場を探すとするかぁー」「あ、あのですね。心遣いは大変嬉しいんですが、問題はそこじゃ無くて……」「じゃあね! アキラも、早く帰る準備を済ませなよ?」 僕はにとりを制止しようとするんだけど、もちろん彼女が聞いてくれる気配は無いワケで。 無駄に良い笑顔で、にとりさんは帰っていってしまいましたとさ。 「ええー……」 これってひょっとして、早く帰れって意思表示なのかなぁ……。Case2:アリス・マーガトロイドの場合「そんな事があったんだけど、アリスさんはどう思いますかね」「とりあえず、貴方が私を便利屋扱いしてる事は良く分かったわ」「いいえ、駆け込み寺です」「尚更悪いわよ!!」 にとりにまさかの相談放棄をされた僕は、ショックで呆然としたままアリスの家に駆けこんでいた。 作業中だったらしいアリスは僕の訪問に渋い顔をしたけれど、それでも家の中に招き入れお茶を出してくれた。 さすがはアリス、口では文句を言いつつも何だかんだで優しいね。「そういう貴方は来訪するごとに図々しさが増していくわね」「ボクトケイヤクシテ、マホウショウジョニナッテヨ!」「あっはっは」 自覚はあります。特に自重する気はありませんが。 ほら、アレですよ。思うがままに振舞える気安さがアリスさんにはあるんですよ。「アンタはどこでもそんな感じでしょうが」「はぅあっ」「そもそも都会派魔法使いの私に、そんな空気は必要ないのよ」「……都会派ですか、上海さん」「トカイハデスヨ、アキラサン」「―――上海、撃て」「テキハホンノウジニアリ!」「ひでぶっ! まさかの裏切り!?」 酷いや、上海だって同じ様な事言ってたのに。 本当にアリスさんは人形に甘いなぁ。僕にももっと愛情が欲しいです。 あ、ゴメンなさい。ちょっと調子に乗り過ぎました。 だから人形二体を使って両サイドからグリグリするのは止めてください。意外と痛いです。「あと、出来れば相談にのってください」「本当に図々しいわね。……とっとと外の世界に帰れば?」「そんな適当な事言わないでさぁ」「適当じゃないわ。帰ればいいじゃない、どうせここに残る理由も無いんでしょう?」 いや、確かにそうだけど。 その態度は、余りにもつれなさ過ぎやしませんかね? 話はそれで終わりだと言わんばかりに、アリスは卓上の作業へと戻っていく。 ちょっと待ってくださいよ。他人に頼れって言ったのはアリスさんなのに、その等閑っぷりは無いと思いません? 僕泣くよ? あらん限りの声で泣くよ?「はいはい、好きなだけ泣きなさい。ただし余所でね」「うう……うわぁ~ん!! アリスのばかぁーっ! 大っきらいだー!!」 杜撰な扱いに耐えかね、僕は半泣きで部屋から飛び出した。 もう誰も信じられないとはこの事か。ちくしょう、この悲しみをどこで癒せば良いのかっ!「……良いのよね、これで」「あ、ちなみに今の「大嫌い」は物の弾みで口にしただけで、本当は大好きだからね!!」「ワザワザ戻ってきてアホな事言ってるんじゃ無いわよ! とっとと行きなさい!!」「キミガスキダ-ト、サケビ-タイ」Case3:レミリア・スカーレットの場合 そうやって勢い良く飛び出したものの、ぶっちゃけ行く当ての無かった僕はとりあえず紅魔館にやってきた。 何故か美鈴の代わりに門番をやっていた咲夜さんに案内されて、僕はレミリアさんの部屋へと通される。 部屋の中には、何故かベッドに座って優雅に足を組んでいるレミリアさんの姿が。 何だろうコレは。聞いていたより機嫌は良いみたいだけど、あからさまに様子がおかしいな。 両腕を組んだレミリアさんは、無言で目の前に置いてある椅子に座るよう促してくる。 何と言うか、先生に呼び出された生徒の気分だ。まさかレミリアさんにまでお説教されるとかないよね?「来たか、久遠晶」「はぁ、来ましたが」「フランから聞いたぞ、何やら悩んでいるそうじゃないか。ふっふっふ、私が相談を受けてやっても良いんだぞ?」「……レミリアさん、フランちゃんから何か言われました?」「くっくっく。フランめ、晶の悩みを晴らす事が出来るのは私しかいない等とおだておって……仕方の無い奴だ。くっくっく」 フランちゃん、お姉さんの操縦方法を心得てるなぁ。 おまけに僕の方の問題も、姉に託す事で間接的に手助けするなんて。 ……手際が良過ぎて、少し将来が心配になるね。 最終的に、彼女が姉を陰から操る黒幕キャラとかにならない事を祈っておこう。「しかしやたら来るのが早かったな。つい先ほど美鈴に探してくるよう言ったのだが……」「あ、僕が紅魔館に来たのは完全な偶然です。だから美鈴には会ってませんよ」 そうか、それで咲夜さんが門番をやっていたのか。……美鈴も可哀想に。 僕がここに居る以上、美鈴は戻ってこれないはずなんだけど、レミリアさんは特に気にして無いらしい。美鈴本当に可哀想。 「まぁ、美鈴はどうでも良い。それよりも相談だ、相談」「左様ですか」 「何を悩んでいるのかは知らんが、この私に任せれば解決確実だぞ。さぁ、キリキリと相談せんか」 何故だろう、レミリアさんが張り切ってるとオチがある様な気がしてくるのは。 まぁ、相談に乗ってくれると言うのなら甘えさせてもらおう。……ここでも粗雑に扱われたら僕はもう死ぬかもしれませんが。 レミリアさんに促されるまま、僕は今まであった事を説明していく。 心が参っていたのもあって、その過程でアリスやにとりに釣れなくされた事も説明してしまったのはご愛嬌としておいてください。 僕の話を聞き終えたレミリアさんは、そんな僕の悲しみがおかしくてしょうがないとばかりに笑いだした。「……さすがに、笑われると腹が立つんですけど」「くくっ、すまんすまん。だがおかしくてな。どうやら貴様、魔法使いや河童にえらく好かれている様ではないか」 え、何その歪んだ愛情表現。恋愛は尽くす主義な僕もさすがに尽くしきれませんよ? そんな僕の思考を見抜いたのであろうレミリアさんは、一転呆れたように苦笑して肩を竦めた。「阿呆が、そういう意味では無いわ。貴様の事を気遣っているが故の発言だと言っているのだ」「気遣ってる、ですか?」「貴様は無茶ばかりするからな。その二人は、幻想郷で早死するより外の世界で安寧に暮らして欲しいと考えたのだろうさ」 言われてみれば、アリスもにとりもちょっと様子がおかしかったような。 そうか、アレは二人なりの気遣いだったのか。 ……出来ればもう少し、精神的なダメージを負わない優しさを見せて欲しかったですが。 とりあえず、アリスには後で謝っておこう。場合によっては僕の必殺土下座が火を吹く所存です。「まぁ、奴等の気持ちは分からんでも無い。だが私は私欲を優先させる吸血鬼だ、貴様に帰れ等とは言わん」「ですよねー。レミリアさんはそう言いますよねー」「ふふん。そう褒めるな」「……レミリアさんがそう思ってるのなら、それで良いですけど」「相変わらず良く分からん事を言うヤツだな……まぁいい。とにかく、貴様が悩んでいるのなら私が‘理由’をくれてやろう」「理由、ですか?」「そうだ。居場所と言い換えても構わん。――貴様程の腕前を腐らせるのは惜しい。貴様が望むのなら、私の下で存分に働かせてやろうではないか」 そう言って、彼女は右手を真っ直ぐ僕に突き出してきた。 尊大とも言えるその態度は、レミリアさんの器を示すかのように違和感無く彼女のカリスマを彩っている。 さすがレミリアさん。何だかんだ言って、実力者としての風格は充分過ぎるほどあるんだよね。 だけど……レミリアさんの配下かぁ。 いや、悪くは無いんですけどね。今でも半ば部下みたいなモノだし。 幻想郷に残る理由としては申し分無いと思うんだけど……何となく頷き難いモノが有ると言うか。「くっくっく。まぁ、即断しろとは言わん。私とて忠誠の無い部下を欲しいとは思わんからな。存分に悩めよ」「あ、はい。ありがとうございます」 解決確定はどこ行ったのでしょうか。と言うツッコミは入れちゃダメなんでしょうね、きっと。 まぁ、おかげでアリス達の事を誤解せずに済んだし。判断材料を一個貰えたし。レミリアさんには感謝しておいた方が良いのでしょうて。 ……さらに、問題が複雑化したような気もするけどね。 本当に、これからどうしたもんかなぁ。 「晶さぁ~ん、どこですかぁ~」「晶さぁ~ん……」「うう、早く見つけないと咲夜さんに逆剣山されちゃうぅうう」