巻の九十二「他人のペースに合わせて自分を見失ってはダメなの」 どうも、頼れるお兄さん属性が付加されてしまった久遠晶です。頼られても困りますが。 僕に余計な評価が付いた後、僕等は互いの財布が一回り痩せるほど飲み食いして騒いでいました。 始めたメルランとリリカに言わせると、「お疲れ様会」と言う催しなんだそうで。 どうやら、幻想郷の芸人達にも演奏後の打ち上げと言うヤツは存在しているらしい。「あははははっ、三姉妹バンザーイ!!」「フランちゃんと晶ちゃんも、バンザ~イ~」「良く分からないけど、ばんざーい!」 ……お酒の出ない健全な催しで、良くここまで盛り上がれるモノである。 フランちゃんも完全に二人のノリに引っ張られて、良く分からない万歳三唱に興じているし。 まぁ、僕としてはテンション上げ過ぎて暴走してくれなければそれで良いんだけどね。「ゴメンね、騒がしくて」「ふにゃ?」「二人ともいつもあんな感じ、何度言っても聞いてくれなくて困るわ」「あはは、それは何となく分かるよ」 場の流れに乗り損ね、ちびちびとお茶を啜る僕にルナサが話しかけてきた。 本人の性格上盛り上がるのが苦手なのは分かるけど、母親の様な柔らかい笑みで三人のやり取りを眺めている所は何故か泣ける。 メルランは超楽観的だし、リリカはてゐと同じ匂いがするし、必然彼女が抑え役へと回る事が多いのだろう。 いつの時代も、苦労するのは常識人なのである。 ……はて? 今、お前が常識人ぶるなと亜空間の向こう側からツッコミを受けた気が。 「ところで貴方達は、これからどうするつもりなの?」「えっと、実はこれから白玉楼って所に行こうと思ってるんだけど……」「白玉楼? 生きてる貴方達が、どうしてワザワザ冥界へ?」 あ、存じておりましたか、白玉楼の事。 けどまぁそうだよね。ルナサは霊なワケだから、冥界にある有名らしい場所の事は当然知ってるよね。 あ、と言う事は色々細かい話も聞けるかもしれない。 何気に「冥界にある亡霊の住んでる場所」と言う情報しか知らない僕は、ルナサに白玉楼の話を尋ねる事にした。「ちょっとそこに住んでる亡霊さんに用事があってね。それでルナサ、出来れば白玉楼に関してのお話を――」「亡霊……西行寺さんの事ね? でもあの人は今、白玉楼にはいないわよ?」「ほへっ? どういう事でせう?」「昨日、白玉楼で演奏した時に今日の予定を話してくれたの。多分今頃は、この中有の道のどこかで道楽に耽ってるはずじゃないかな」「……マジっすか」「マジよ。白玉楼の主な住人はその人とお付きの庭師だけだから、今のあそこは実質空になってるようなものね」「左様でございますか……」 思わぬ所からの有益な情報に、僕はほっと安堵の息を漏らす。 危ない所だった。ここまで来て目的の相手と入れ違うのは、正直勘弁して欲しい。 ……しかしそうなると、白玉楼への訪問は夜までお預けだなぁ。 「こらぁ、そこの根暗共! 二人で何コソコソ話してるのさぁー!!」「ダメよ~、ルナサと交際したいならちゃんと私達の許可を取らないと~」「そういう話をしていたワケじゃないわ」「あはは、ちょっと聞きたい事があいたぁ!?」「……むぅー」 僕らが話し込んでいるのに気付き、騒いでいた三人がこちらにやってきた。 そしてなんかフランちゃんには抓られた。不機嫌そうなのにしがみついてくるのは何故だろうか。「そういう細かい話は、騒ぎ切った後にするんだね! ――メルラン!!」「おっけー、盛り上がる曲を演奏しちゃうわよー」「らめぇぇええっ、それだけはやっちゃらめぇぇええええっ!」 僕が半泣きで土下座した事で、何とか演奏しようとするメルランに押し留まって貰えた。 ……その代わり、色々やらされる羽目になったけどね。 まぁでも、こうやって騒いでいたら夜なんてあっという間だろう。 僕等はその後も、時間を忘れて騒ぎ続けたのだった。 ――どうでもいいけど、その間ずっとフランちゃんが抱きついて離れなかったのは何でなんだろうね。 そして僕は、自らの見通しの甘さを呪っていた。 「それじゃまったねー、今度もセッションしようぜっ!!」「今度の公演には、貴方達も招待させて貰うわね~」「それじゃ、また」「ばいばーい!」 幻想郷の宴会で、一切アルコールが入って無い事に疑問を抱くべきだった。 太陽が真上に昇った頃、打ち上げ会は唐突に終了した。 何でも、三姉妹には余所で公演の予定があったのだそうだ。 その前に天気も良いからここで一曲――と言う所で僕等に会ったらしい。 一応、一緒に来ないかとも言われたんだけどね? ……ついていくと、またチャンバラをやらされる羽目になりそうだったので遠慮しました。「行っちゃったね。これからどうしようか?」「うーん、そうだねー」 ちなみに何故か、僕は今フランちゃんを肩車していた。 ルナサと二人で話してからと言うモノ、彼女はおかしなくらい僕に甘えてきている。 まぁ、こういう風に甘えられるのは嫌じゃないからいいけどね? 甘えてきてるのに機嫌が悪いってどういう事なのさ。これは何かでご機嫌を取らないといけないかなぁ。 「とりあえず、適当に夜まで時間を潰そうか」「ほんと? なら私、あれやってみたいっ!!」「あれって……どれの事?」「あそこにある、何かを掬うヤツ!」 ……金魚すくいかな? 本当に中有の道は、祭りの出店が乱立しているね。 フランちゃんの指差した方向を見た僕は――白々しいほど爽やかな笑みを浮かべてフランちゃんの注意を逸らした。「あ、そういやフランちゃん林檎飴食べたがってたよね! 今からちょっと食べに行こうか!!」「わーい、食べる食べるー」 一刻も早くこの場から離れるため、僕はフランちゃんを担いだままダッシュで駆け出した。 ほら、やっぱり金魚って生き物だからさ。いつ帰れるか分からない今の状態で取るワケにもいかないじゃん? 決してアレだよ? 水槽の中の金魚から生気を感じなかったとか、小さな火の玉が浮いてるのを見たとかそんなワケじゃないよ? ……ところで、あの出店の看板に書かれてあった「因幡の白兎プロデュース」の意味は何だったんだろう。 いや、すいません。正直知りたく無いです。深く気にしない事にします。「ねぇお兄ちゃん、あのワタアメってヤツも食べて良い? あと、あの真ん丸なケーキみたいなヤツも」「いいよー、今日は特別に散財覚悟で何でも奢っちゃおう!」「ほんとっ!? じゃあね、じゃあねっ」 それから僕等は、彼女のリクエストに応えながら出店を行脚していった。 お祭り特有の食べ物はほとんど制覇した。……残念ながら、わたあめは色々と独特過ぎてお気に召さなかったみたいだけど。 また、射的や型抜きの様な遊戯系の出店も――無難なモノ限定だけど――片っ端から挑戦してみた。 ……例に挙げた二種類の店は、フランちゃんがキュッとしてドカンとしたおかげで見事に出禁を喰らったけどねっ! まぁ一部トラブルはあったけれども、出店巡りは概ねフランちゃんに好評だったワケです。 唯一誤算があったとするならば、お祭り価格の積み重ねが思ったよりも財布に響いた事だろう。 むぅ、もうすでに財布の中身が出発前と同じ感じに。さすがにちょっと大盤振る舞いし過ぎたかな。 今日の夜には目的の相手に逢えると思うけど、それを期待して宵越しの金を投げ捨てるのは問題だろうし……。「うーむ、どうしたもんかなー」「ねぇねぇ、お兄ちゃん」「ナニカナ!? 何でも頼んでイイヨ!?」「そうじゃなくて……あれ、何なのかなって」「あれ?」 フランちゃんの示した方向には、先ほどのプリズムリバー三姉妹臨時公演並の人だかりが出来ていた。 ふむ、人ごみでよく見えないけれど、何かの会場が設営されているような……。「とりあえず、行ってみようか」「うん!」 さすがに良く分からなかったので、確認のため僕等は人ごみに近づいていく。 すると先ほどの位置では見えなかった垂れ幕に、「葬式饅頭大食い大会」の文字が。 ……ここで行われるって事は死人主催の大会なんだろうけど、それにしたって食べるモノが不謹慎過ぎやしませんかね。「大食い大会? いっぱい食べれば良いの?」「そうそう、それで一番多く食べた人が優勝するんだよ」「へぇ~、面白そうだなぁー」 確か大食い大会は、江戸時代にすでに存在していたはず。なら幻想郷にもあって当然か。 内容も、僕の知っている大食い大会と大して変わらないみたいだし。 あ、賞金も出るんだ。へぇー、結構な額じゃないか。 たかがと言うのは失礼かもしれないが、何の変哲もない大食い大会にしては高額な賞金設定に思わず首を傾げる。 それに、飛び入り参加可能って書かれている割に参加者が少ない気がするし。 何だろう、ちょっと嫌な予感が。 「お兄ちゃん、私達も参加してみようよ!」「えっ、フランちゃん大丈夫なの? さっきまでたくさん食べてたじゃない」「大丈夫! 女の子は甘いモノが別腹に入るってお姉様が言ってたわ」 「……今まで食べていたモノも甘いモノですヨ」「へーきへーき、私たくさん食べられるよ」 うーん。この手の大会で優勝するためには、「たくさん食べられる」より二段階くらい上の食事量が必要なんだけど。 ――まぁ、思い出参加なら良いか。 そろそろ財布的に出店巡りもキツくなってきたので、僕はフランちゃんの提案に頷いた。 それにしても、この‘どこかで強敵がほくそ笑んでいる天下一武道会の予選会場’みたいな空気は本当になんなんだろうか。 「ふふ、中々の参加者じゃない。わざわざ企画した甲斐があったわ、面白い事になりそうね」「――いや、お饅頭を食べたかっただけですよね?」 ……と言うワケで、僕等は揃って大食い大会にエントリーしたんだけど。 感じていた妙な雰囲気は、ここに来て最高潮に達しようとしていた。 「いっぱい人が見てる中で食べるなんて初めて! 何だかワクワクするね!!」「ウン、ソーダネ」 さっき参加したばかりの僕等が、すでに大食い大会の会場に座っているのである。 飛び入り参加可能な上に参加費はタダなのに、予選やテストの類も一切無しで。 明らかにおかしい。しかも参加者が、僕等を含めて六人しかいないのがさらにおかしい。 しかも参加メンバーのうち半分は女子供なのだから倍おかしい。……そこは僕らも含めてなんだけどね。「あら、こういった催しに参加するのは初めて?」「あ……は、はい」「うふふ、そんな畏まらなくて良いのよ。お互い楽しく食べましょう」 フランちゃんの隣に座っている品の良いご婦人が、扇で口元を隠しながら上品に微笑んだ。 恐らく、一番大食い大会に似つかわしくない人はぶっちぎりでこの人だろう。 ウェーブのかかった桜色の髪に、透き通る様な白い肌。 洋風の意匠を盛り込んだ空色の着物には、彼女の幽玄さを表わすかのような桜が染め入れられている。 染井吉野の化身と言われても信じてしまいそうな、優雅でかつ可憐な人だ。 ……何でこの人、こんな所に居るんだろうか。 僕らも人の事を言えた義理では無いけど、余りに不釣り合い過ぎて逆に強豪の様な気さえしてくる。 ちなみに残りの参加者三人は「私、大食い得意ですわよ」と言わんばかりの雰囲気を漂わせた典型的な大食い自慢達です。 だけど彼らから、死地に挑む悲痛さも感じるのは本当に何故なんだろうネ? 「たくさん食べるコツはね、自分のペースを守る事なのよ? 他人のペースに合わせて自分を見失ってはダメなの」「自分のペースを……えっと、焦っちゃダメってこと?」「そうよ。ふふ、お嬢ちゃんはどれくらい食べられるのかしら」「んーとえーっと、五個くらい!」「あらあら、いっぱい食べられるのねぇ」 ……しかし平和だなぁ、この二人は。 会場に流れるおかしな空気をモノともせずに、のほほんと話す場違いな二人。 まぁ、フランちゃんが楽しんでくれてる様なので良しとしておこう。 ――お、司会者っぽい子が出てきた。「大変お待たせいたしました。わたくし、本大会の司会を務める魂魄妖夢と申します」 銀髪のおかっぱ頭に、黒い大きなリボンを結んだ何とも可愛らしい女の子がギャラリーに一礼した。 腰に差した二振りの太刀が目立つけど、それ以上に彼女の頭上ちょっと右に浮いている人魂の様なモノが気になる。 彼女の動きに合わせて右に行ったり左に行ったりしている所を見るに、司会者の子と何かしらの関係があるのだろうけど。 ふむ、どういう関係なのかな。取り憑かれていると言うのとはまた違う感じだけど……。「お兄ちゃん、お兄ちゃん」「ほへ?」「もう始まるよ。ぼーっとしてちゃダメだって」 おっと、いけないいけない。また思考の海に沈んで、大事な話を聞き損ねてしまった。 大会前に喋る事なんてルールの再確認と開幕の挨拶ぐらいだろうけど、ポロっと重要な事を話していた可能性も捨てきれない。 とりあえず、フランちゃんに何を言ってたか聞いて……。「では、最初のお皿を持ってきてください!」 あ、ダメだ。もう饅頭が来ちゃった。 幾ら思い出優先の参加だったとしても、大会そっちのけで喋るのはさすがに宜しくない。 大事な所は聞き逃していなかったと信じて、今は素直に食べる事に集中しよう。 さて、どんなお饅頭が来るのかなぁ。おぼろ饅頭? 春日饅頭?「ちなみに今大会で使用するのは、冥界謹製大判葬式饅頭です」「うわ、でかっ!?」 なんか、葬式饅頭とは名ばかりの馬鹿でかい饅頭がきたーっ!? 僕等の目の前にやってきたのは、お皿をたった一個で占拠する規格外の饅頭だった。 いやほんと、饅頭にあるまじきサイズだね。ちゃちな宅配ピザのSサイズくらいはあるんじゃないかな? それに、こういった大きさ最優先の食べ物にしては美味しそうな匂いだ。僕ちょっとワクワクしてきましたヨ。 しかしそんな僕のテンション上昇に反比例して、フランちゃんのヤル気はガッツリ削れてしまったようだ。 まぁ仕方あるまいて。これだけで普通の饅頭五個分は余裕であるもん。 「とりあえずフランちゃん、それ一個食べ切る気で頑張ろう」 「……うん、が、頑張る」「それではっ! 葬式饅頭大食い大会、始め!!」 司会者の合図と共に、全員が一斉に饅頭を食べ始める。 もちろん僕も食べ始めたウチの一人だ。噛り付くには少々大き過ぎるので、一口大に千切って口に運ぶ。 うん、かなり美味しい。これなら幾らでも食べられそうだね。 「と言うワケで、おかわり」「私も、お代りを頂けるかしら」 さすがに一個目なので、特に苦も無く食べ切る事が出来た。 給仕の人に空になった皿を差し出すと、フランちゃんの隣に居るご婦人も同じ様に皿を差し出す。 少食そうな感じなのに、良くアレが食べられたなぁ。 飄々とした表情で二つ目を受け取る彼女の姿に、思わず関心してしまう僕。 ちなみに、その隣に居る大喰らい三人はまだ半分しか食べていない。とんだ見かけ倒しである。「あ、すいません。おかわりで」「私もお代り」「は、はい。分かりました!」 むぅ、しかしこの人、結構食べるのも早いなぁ。 自慢する程では無いけど、大食いにも早食いにもそれなりの自信はあったのに。 お姉さんも伯仲している僕に気が付いたのか、次の饅頭を待つ間にゆっくりとこちらへ顔を向けてきた。 先ほどまでと一切変わらない彼女の微笑は、底知れない胃袋の深さを見せつけてくるようだ。 「あら、意外と出来るじゃないの。お代り」「そう言うお姉さんこそ、中々やりますね。おかわり」 お互い不敵に笑いながら、さらに饅頭のおかわりを重ねていく。 すでに大食い勝負は、僕と彼女による一対一の勝負へと移行しつつあった。 全く情けない話だ。四分の一をようやく食べ切ったフランちゃんはともかく、他の三人もまだ二個目と言うのはさすがに遅すぎるだろう。 ちなみに僕達はこれで七個目。食べそうに無い二人が一番食べてるってどうよ。 もちろん彼女もその事を承知しているようで、先ほどと同じ微笑に僅かな高揚を含ませて僕に笑いかけてきた。 「ふふふ、ここまで私に食らいついてくるなんてね。……久方ぶりに、本気が出せそうだわ」 そう言って、お姉さんは食べるスピードを上げていく。 それでも下品に見えず、普通に食べているようにしか見えないのは正直に凄い。 ……これは、うかうかしていたら置いていかれてしまうね。 彼女の見せた‘本気’に、僕の中で燻っていた何かが燃え盛り始めた。 この人は、強い。このまま‘自重’し続けていても、彼女に勝つ事はまず不可能だろう。 ならば僕も外すべきかもしれない。今まで「居候」と言う事で自重していた、アリスに奢って貰った時にすら抑えていた最後のリミッターを。「なら僕も、全力で受けて立ちましょう。――その上で、貴女を捻じ伏せます!」 宣言すると同時に、僕も食べるスピードを上げていった。 それでも速さは五分と五分。どちらも相手を引き離す事は出来ない。 互いの皿は、同じペースで積み重なっていった。「まさか……ゆゆ様と互角だなんて」「がんばれーっ! お兄ちゃーん!!」 こうして速さで並んでしまった以上、決着をつける手段は一つしかない。 驚愕する司会の子と、食べるのを諦めて応援に回ったフランちゃんを余所に、僕等は黙々と皿を重ねていく。 大会の趣旨通り、‘どちらがより多く食べられるのか’を決めるために。 生まれて初めて出会った強敵との邂逅に、僕は静かに闘志を燃やすのであった。 ―――ところで、このお饅頭お持ち帰りとか出来ないんですかね?