巻の九十「世間から必要とされない音楽はこうやって消えていくのね~」「あふぅ……よく寝たぁ」「おはよう、フランちゃん。良く寝れた?」「うん! お布団で寝るの初めてだったけど、すっごく気持ち良かった!!」 どうも、毎度おなじみ久遠晶です。 意味ありげな会話を交わしていますが、深い意味は一切ありませんのであしからず。 まぁアレだね。選択の余地が無かったとは言え、旅立ちはせめて明け方頃にすべきだったね。 そこらへんで野宿する根性もずっと徹夜する根性も無かった僕等は、偶々見かけた宿屋で大人しく一夜を過ごしていた。 何気にこういう形での外泊は初めてだったりする当たり、僕の恵まれっぷりがよく分かると言うものだ。 「それじゃ支度して外に出ようか。格安だから、朝ご飯は出てこないみたいだし」「はーいっ!」 手早く身支度を整えた僕等は、‘やたら半透明な’店主に宿代を払い外に出る。 宿の前には、丁寧に舗装された石畳の道が延々と続いていた。 道の両端には多種多様な出店の数々が立ち並び、多くの人や妖怪――そして‘死者’達が長い長い道を行き来している。 そう、ここは中有の道。三途の河に繋がる死者の通り道である。「……まぁ、そんな風にはぜーんぜん見えないんですがね」「どうしたの?」「あはは、何でも無いよー。ちょっと世界の不思議を噛みしめて居ただけで」「ふーん?」 何でも地獄の不景気を補うために、地獄の模範囚たちがこの道の出店で出稼ぎをしているらしい。 そのせいでお祭り好きの生きてる方々もたくさん集まり、中有の道は結構な観光地になっているんだそうな。 正直、人里よりここの方が繁盛している気がする。年中お祭り騒ぎだし。「ねぇねぇ、ところで朝ご飯は何? 私、あそこの林檎飴ってヤツとか食べて見たい!!」 フランちゃんもお祭りムードに当てられ、目に見えるほどテンションが上がっている。 しかし、ここでとっても残念なお知らせがあったりします。 ……ちょっと普通の朝ご飯を食べるのは無理かなぁ。財布の中身的に。 元々、僕は幻想郷の通貨を一切持っていない。言わば文無しの状態だったワケだ。 なのに宿代が支払えたのは、以前に上白沢先生の頼みで教師のアルバイトをしていたおかげなのである。 とは言えそれも、額としてはそれ程大したモノでは無い。 ぶっちゃけて言うと、さっきの宿泊代だけでもう中身の四分の三は持って行かれました。格安なのに。「――と、とりあえずあそこのお団子を食べに行こうか! お団子!!」「わーいっ、おっだんごおっだんご」 魔眼による超視力をフル活用して、ここらへんで一番安いお店を選んだ僕を許して下さい。 それもこれも皆ビンボーが悪いんだ。あと、年中お祭り価格な出店も。 「みったらし、くっさもち、きっなこにずっんだ、いっぱいいっぱい食べたいなぁ~♪」 ゴメンナサイ、いっぱいどころかお代わりすら出来るか怪しいデス。 こちらの心情も知らずに――知られても困るけど――即興で呑気な歌を口ずさむフランちゃん。 余程気分が良いのか、管楽器によるやたら浮かれた音楽まで聞こえてくる気がする。 ……いや、ちょっと待った。本当に聞こえてるぞ。 フランちゃんも気付いたのか、足を止めて周囲の様子を窺っている。 そんな僕等に、音の発生源が現れた。「あらら~、もうおしまいなの? せっかく気分が乗ってきた所なのにー」 トランペット片手に、全体的に白いぽわぽわした雰囲気の女性が話しかけてきた。 もうすでに普通では無い感じのする女性だけど、僕の魔眼にはその正体の様なモノがぼんやりと映っている。 「お姉さん、ひょっとして幽霊ですか?」「ふふ、ざ~んねん。私は騒霊よー」「……そーれい? お兄ちゃん知ってる?」「いや、全然知らない」 霊の分類って、幽霊と亡霊くらいじゃ無いの? 初めて聞く霊の名前に、幻想大好きっ子を自負する僕もフランちゃんと一緒に首を傾げるしかない。 それを予期していたのか、騒霊と名乗った女性は不敵に微笑んでみせる。 そして彼女は、やや立派な胸を張り高らかに名乗った。「私はメルラン・プリズムリバー。あの有名なプリズムリバー三姉妹の次女なのよ~」 同時に鳴り響く複数のファンファーレ、誰が鳴らした。 メルランさんは、称賛か驚愕の言葉を寄こせと言わんばかりに胸を張った姿勢で止まっている。 ……なので、僕は助けを求めるためにフランちゃんへと視線を送る。「――――だれ?」「ですよねー」 さすがにフランちゃんに救援を頼むのは、親分に微分積分を解いてもらうくらい無謀だったか。 あ、メルランさんが胸を張った姿勢のままずっこけた。 地面に転がらず宙に浮いている所は、さすが霊の一種だと言わざるを得ない。 さらに、出処不明の管楽器がやたら悲劇的な音をかき鳴らす。 良く分からないけど、この音は彼女のメンタル状態を表現しているようだ。もしくは自分で鳴らしてるのかな?「ふふふ~、今のはちょっと利いたわー」 二、三発ボディブローを喰らった後のボクサーみたいにフラフラな挙動で立ち上がり、劇画ちっくな感じに拳で顔の汗を拭うメルランさん。 どうやら、結構自分の知名度に自信を持っていたらしい。 まぁこの場合、知っていない僕等の方が異端である可能性は非常に高いので、特に落ち込む必要は無いと思うんだけど。 ……そういう問題じゃ無いんだろうなぁ。なんかプロの芸人さんって感じがするし、プライドは存外高そうだ。「ま、まぁ、お嬢ちゃんにはちょっと早いもんね~。私達の音楽はー」「そうなの? 残念……」 いやメルランさん、その子実年齢五百歳越えてますから。 フランちゃんも、聞かせないって言ってるワケじゃ無いんだよ? まぁ、今までの様子からして本格的な演奏家みたいだし、途中で興味を失って寝てしまいそうな事は否定しないけど。「ところで、そっちのお姉さん」 「……すいません、僕男なんです」「あ~、そうなんだー。じゃあお兄さん」「なんでしょう」 軽っ! そして受け入れ早っ!! なんだろうこの気持ち。引かれるのは嫌だけど、ここまであっさり受け入れられるのも同じくらい嫌だ。 そういえば、僕の人生の中で女装姿を否定された事って数える程しか無いような……。 うん、忘れよう。今のは‘知らなくて良い事’だ。一生問題定義にすら取り上げてやらないからなチクショウ。 ちなみに、僕に微妙な心の傷を与えた張本人は気にせず話を進めている。まぁ当然だけど。 「貴方はどうなの? 私の事、知ってるー?」 そして期待をたっぷり込めた瞳で、僕を見つめてくるメルランさん。 ゲームだったら、選択肢が二つか三つ出てきそうな場面だ。 ……メルランさんの事を考えたら、知ったかぶりでもファンのフリをしてあげたいんだけどね。 僕、フォルテとピアノの違いも分からないレベルの音楽音痴なんですヨ。 もちろん、それでも感想くらいなら絞りだす事が出来るけど……最終的に「上げて落とす」結果になる事は間違いないだろう。 と言うワケで素直に白状します。メルランさんゴメンナサイ。「えっと……知らないです申し訳ない」「がびーん」 わざとらしい口調に反して、沈み切った表情で地面に崩れ落ちるメルランさん。 よほどショックを受けたのだろう。こんな事なら、後々もっと酷くなるにしても嘘をついた方が良かった気がする。 いや、そっちの方がダメか。そんな展開になったら今度は地面にでも潜られそうだ。 「ううっ、私達も最近有名になったと思った直後にこの仕打ち。世間の荒波は幽霊にも厳しいのね」「げ、元気出してお姉さん」 「ありがとうねー、お嬢ちゃん。ちょっと辛い事もあったけど私は泣かないわ~」「もう、お兄ちゃぁん……」 え、僕が悪いの? 僕だけが悪いの? 何故かメルランさん側に居る、僕と同罪なはずのフランちゃん。 僕を咎めるその視線はとっても痛いけど、同じくらい理不尽さも感じてしまう。 いや、感じて良いんだよね。実際に理不尽なんだよね、この状況は。 反省に傾きかけた気持ちを何とか押し留め、僕は自らのボヤキの正当性を再確認する。 よしよし、それじゃあビシッと一言二人に―――「ああ、意識が薄くなるわ。世間から必要とされない音楽はこうやって消えていくのね~」「しっかりして、お姉さん!」「――――すいません。お詫びってワケじゃありませんけど、そこでお団子でも食べませんかね」 はい、嘲笑ってくださって結構です。 ぶっちゃけ二人ともノリでやってる気はするんだけど、それを指摘してさらにツッコミを入れる勇気は僕にはありませんでした。 今更だけど……僕って本当にヘタレだなぁ。 団子屋に入ってから、良い事と悪い事が其々一つずつありました。 良い事は、メルランさんが思ったよりも少食だったと言う事。 おかげで出費は、お茶三杯と三個セットのお団子一つで済みました。 悪い事は……それでも財布の中身がスッカラカンになってしまったと言う事だ。 お金が無いのは首が無いのと同じだと良く言ったモノだ。うう、皆びんぼーが悪いんやっ。「メルランお姉さんは、姉妹で楽団をやってるんだねー」「そうなのよ~、三人で並の楽師百人分。それがプリズムリバー三姉妹なのー」 お団子を食べてすっかり気を持ち直したメルランさんは、フランちゃんと僕に自らの‘楽団’の事を語ってくれた。 楽しそうに自分達の事を語る彼女の言は、ともすれば自信過剰な言葉とも捉えられかねないけれど実は違う。 文字通り、彼女等は一人で複数の‘音’を鳴らす事が出来るらしい。 だからこそ、三人でありながら彼女等は「楽団」を名乗っているのだそうだ。 ……言葉通りの自信も、案外含まれてそうではあるけどね。 ちなみにメルランさんの担当は見ての通り金管楽器。道理で突然ファンファーレが鳴り響いたワケである。 「今日はねー、天気も良いからどこかで一曲奏でようかと思って、皆でココに遊びに来たのよ」「皆って……メルランさん以外の姿が見えないんですが」「そうなのよ~。二人とも、どこに行ったのかしらー」 その台詞は、はぐれてしまったであろう他の二人に言わせてあげてください。 つまりメルランさんは、姉妹揃ってこの中有の道にやってきて――見事に迷子になったと言うワケだ。 そしてフランちゃんの創作鼻歌に惹かれ、迷子になっている事も気付かずここに来た、と。 ……何故だろうか。この呑気さには妙な親近感を持ってしまう。「それじゃあ、お姉さんの音楽聞けないんだ……」 メルランさんの語る幽霊楽団の話に、すっかり食いついていたフランちゃんががっくりと肩を下ろす。 内心、どんな音楽なのか期待していた僕もちょっとションボリである。 しかしメルランさんは、そんな事は無いと言わんばかりに胸を張って答えた。「ふふん、プリズムリバー三姉妹を舐めてもらっちゃあ困りますよ~。ピンになっても一騎当千、オーケストラだって演じて見せますとも」「……三人の時より増えてない?」「しっ、そういう事は思ってても言っちゃダメなの!」 フランちゃんのツッコミは聞こえていなかったようで、上機嫌でトランペットを構えるメルランさん。 店先で良いのかとも思ったけれど、客も店主も「待ってました」と言った様子なので問題は無いのだろう。……全員幽霊なのがやや気になるけど。「それじゃー、いっつしょーた~いむっ」 メルランさんが宣言すると同時に、店の中に多数の金管楽器の音が鳴り響く。 ジャズの様に軽快なのに、クラシックの様な重みもある重奏。 音楽に詳しくない僕には良く分からないけれど、その場のノリでコロコロ曲調が変わっている所を見ると即興演奏なのだろう。 それが違和感に為らず、むしろ自然に感じるのだから、彼女の言う「一騎当千」もあながち誇張では無いのかもしれない。 フランちゃんも、曲に釣られたのか楽しそうにステップを踏んでいる。 まったくもうはしゃいじゃって、でもレーヴァテインを持ちだすのはさすがに危な―――「ってちょっとちょっとフランさぁん!?」「アハハ、アハハ、タノシイナタノシイナシイナシイナナナナナナ」 あんまりにも楽し過ぎて、理性を振り切ってしまったようです。そんな馬鹿な。 壊れたテープレコーダーみたいに笑いながら、フランちゃんがレーヴァンテインを振りまわそうとする。 周りの幽霊たちは、メルランさんも含めて音楽に集中している様でそんなフランちゃんに気付いていないようだ。 これはマズい、本格的にマズい。とにかくまずはフランちゃんを止めないとっ! ―――――――神剣「天之尾羽張」 全てを奪う神剣を顕現させ、フランちゃんの魔剣を相殺する。 自分一人なら逃げ惑うだけで済むけど、これだけ霊の皆様が居るとそうも言ってられない。 まだ地獄に行って無いけど灼熱地獄をプレゼント、なんて結果になったらそれこそ地獄に叩き落とされそうだし。 この技を使うのはそれと同じくらい嫌だけど、全部相殺し切れば問題は無いだろう。 良く分からないけど、今の僕なら出来そうな気がする。 何だろうか、この高揚感は。きっとテンポの良い音楽のおかげに違いない。「アソブノ!? イッショニアソンデクレルノ!? アハハハハハ!!」「遊んでやろうじゃないか、さぁ来いフランちゃん!!」「おぉー、盛り上がってるねぇ~。それじゃあこっちもテンポアップするよー」 僕の神剣が魔剣を掻き消し、フランちゃんが再び魔剣を精製する。 いつか見たやり取りは、新たにバックグラウンドミュージックを追加して再開された。 再形成、斬撃、薙ぎ払い。 斬る、薙ぐ。斬る、薙ぐ。斬る、薙ぐ。斬る、薙ぐ。斬る、薙ぐ。斬る、薙ぐ。斬る、薙ぐ。斬る、薙ぐ。斬る、薙ぐ。 以前と変わらない壮絶な‘我慢比べ’は、ますます勢いを増していった。 余りにテンポが速すぎて、即興で曲調を変えていっているメルランさんが次の曲に悩んで一端演奏を止める程だ。 ……ってアレ? どうして僕、フランちゃんと馬鹿正直に斬りあってるんだろう? BGMが途絶えると同時に、僕の頭は急速に冷えていった。 そりゃ、最初の一撃は相殺必須だったけどさ。その後も続けざまにチャンバラする理由は無いはずだ。 「と、とりあえず魔眼を発動! フランちゃんちょっと僕の話を聞いて!!」「――よーし、きーまった。それじゃあ弾幕ごっこにピッタリな第二弾、いっくよ~」「アハハハハハハ、キエロキエロキエロキエロキエロ!!」「……あ、あっるぅえーっ?」 再度鳴り響く音楽と共に、フランちゃんが狂気の笑顔を保ったまま斬りかかってきた。 弄ったはずの狂気は、まるでそんな事実が無かったかのように戻っている。 おかしい。絶対におかしい。 確かにフランちゃんの精神は変化しやすいけど、下げた傍から上がっていく程酷くは無かったはずだ。 そもそも最近は、僕と姉弟子の努力――主に姉弟子がメインで――の結果、魔眼に頼る機会も大分減ったと思っていたんだけど。 どーいう事なんだろう、まるで何かに後押しされている様な……。「うんうん、盛り上がってきたわね~。なら次はもっと激しい曲で行くよ!!」 勘弁してください! 貴方の曲を聴いていると、テンションが上がり過ぎて細かい事がどうでも良くなってくるんですヨ!! 結局考えは一向に纏まらず、フランちゃんの斬撃でチャンバラが再開されてしまった。 いやーっ!! 終わりの無いマラソンはいやーっ!? 不吉な未来を何とか頭から消して、僕は神剣を振るうのだった。